黒影森林・2 M・衛宮シロウ 傾・再構成物 H・あり


メッセージ一覧

1: ハウス (2004/03/24 17:01:57)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

まえがき。
このSSは、主人公・衛宮士郎を、メガネ少女・衛宮白兎(エミヤシロウ)に入れ替えて再構成した物語。
http://www.springroll.net/tmssbbs/read.php?id=1079453591から、長くなったので新スレッドに移行しました。
まだ長くなりそうですが、お付き合いいただければ幸いです。

2: ハウス (2004/03/24 17:02:48)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月30日―――

気がつけば赤い世界に居た。
燃え盛る炎は街の全てを飲み込みなお貪欲に。
蔓延する死滅はセカイの全てを蓋ってなお貪欲に。
その中で私は彷徨する。
もうどうあがいても尽きる命脈を抱えて、しかし弱々しく抵抗するように彷徨う。
失ったのに。
失わされたのに。
守るべきものだったはずの■■■■を無くしたのに。
守るものであった私だけが■■■■も無いままに。
生存するための生命力が失われてゆく。
手足から力が抜けていく。
最早自分の身体を支える力すら無く、無様に膝を―――

「――――――つっ」

消えられない。
消えたくない。
このままでは、終われない。
焼け焦げた大地に■を突き立て、それに縋る様に立ち上がって歩を進めた。
これは、意地だ。
最早未来(さき)の希望など無いのに続ける、無様なあがきだ。
ギリリと。
悔しさに歯噛みして奥歯を噛み砕きかけたその時。

私はそのケシズミを見つけた。
最早ケシズミとしか判別できない、その■■を私は―――

 ◆◆◆

目覚めは最悪だった。
吐き気すらもたらす数年ぶりの悪夢を、冷たいシャワーを浴びることで無理矢理振り落とす。
後で真冬にバカな真似をしたと後悔したが、おかげで起きぬけの憂鬱な気分からは開放された。
心機一転、共働きの両親と、中学生の弟、そして自分の分の弁当を作って学校へと向かった。
時刻は6時半。
穂群原学園弓道部の部長をつとめる美綴綾子としては、いつも通りの登校時刻である。

「おや、めずらしい顔をみるねぇ」

と、道場でいつも通りでない時刻に登校してきたヤツに出会った。
衛宮白兎。
元弓道部員であり、私のライバルの一人である。

「連れてきてくれたんだ、桜」
「あ、いえ、今日は先輩が御自分で・・・・・・」
「・・・・・・ちょっと家に居辛くて。ついでだから一成くんの手伝いでもしようと思ってたんだけど、桜に誘われたし見学に来たワケです」

まだ私達三人しか居ない弓道場の隅で、ほうじ茶を手にテーブルを囲む。
年頃の女の子三人が集まってこの姿とはちょっとアレだけど、私も桜も衛宮も日本茶党なのでこうなるのは必然だった。
チビヂヒとお茶を舐めつつ話を聞けば、衛宮は家に宿泊している外人さんと二人きりになるのが気まずいので桜と一緒に登校して来たらしい。
別にその外人さんと喧嘩などをしたわけではなく、単に照れるからとか何とか。
詳しい事を聞いても教えてくれそうに無いので、聞くのは止めた。
衛宮は一度言わないと決めた事は絶対言わないので無駄な事はしないほうが良い。

「さーて、それじゃあせっかくだし、久しぶりに衛宮の射を見せてもらおうかな?」

それが判っていて、一度弓をやめた衛宮を弓道場に連れてくるように何度も桜に頼んでいるのも、衛宮にしつこく部に戻るように言っているのも、コイツに勝ち逃げされたのが悔しいからだ。
いや、判っている。
勝ち逃げ云々など、結局私が一方的に思っているだけの事だ。
衛宮の弓は凄い。
たかが学生の射でしかないモノに、圧倒的とか戦慄すべきとか云う形容をするしかないほどの射手。
はっきり言って憧れだった。何時だって、その背中に見惚れていたと言ってもいい。
一年ほど前退部するまで、私はヤツが的中以外に当てたのを一度しか見なかった。
そのクセ。

「遠慮しとく。一度辞めた人間が軽々しく道場に立つのは不謹慎でしょ」

などとあっさりと言う。
私のように勝つ事に拘泥していないからこそあの技量を持てるのか、それとも射らない事に拘泥しているのか。
反感とイタズラ心がムクリと起き出した。
恨みがましい表情を作って衛宮に向けると、挑発の言葉を吐き出す。

「ふーん、じゃあ衛宮はお茶しただけで帰っちゃうつもり? 意外に薄情ものなんだ?」
「ん、そのつもり。顔をあわせ辛い相手も居る事だしねぇ」
「うわ、しれっと返しやがった。顔をあわせ辛いって、まさか慎二の事?」

間桐慎二。
間桐桜の兄で、弓道部の副部長。
衛宮はその慎二と揉めたのが原因で部をやめたのだ。
本人はバイトを増やすからなどと言い訳もしたが、そんな誤魔化しが通用していると思っているのは、関係者の中で衛宮自身ただ一人だろう。
事は一年前。
なんでも胴着に着替える最中、桜のおなかにアザが出来ているのを衛宮が見つけたのが発端らしい。
元々衛宮と慎二のヤツは同じ中学で友人であり、その妹である桜とも親しかった衛宮はしつこく桜を問い詰め口を割らせた。そのアザが慎二に殴られた跡なのだと。
そのまま早朝の弓道場で慎二と問答を始めた衛宮。
後で聞いた所によると「むしゃくしゃしたから殴ったんだよ、それがなに?」と言い放った慎二に「じゃあ私もむしゃくしゃしてるから殴るよ」と宣言したらしい。
私が騒ぎに気づいたのは、鮮やか過ぎるボディアッパー一発で慎二を沈めた場面で。
綺麗に入ったその一撃の見事さは、空手を始め色々な武道武術に手を出している私が惚れ惚れするほどのものだった。
慌てて衛宮を取り押さえる顧問の藤村先生と私。
普通なら停学間違いなしの行動だっただろうが、目撃者がごくごく少なかった事と、当の慎二が何も無かったと言い張ったので衛宮はお咎めなしとあいなった。
間桐慎二のその行為が、自分の非を認めて衛宮を庇おうとしたのか、それとも女にパンチ一発でKOされた恥を隠したかったからかは判らない。
ただ、結局衛宮はそのまま責任を取ると言って弓道部を退部してしまった。

「まぁね。流石に暴力事件を起こしておいて、被害者の前には顔を出しにくいもの」
「なーに言ってんだか。毎日顔を突きあわせてるクセに」

ちなみに、その慎二と衛宮は同じ2年C組のクラスメイトだったりする。

「一応ケジメと言うかね・・・・・・女に殴り倒されたってハナシは、男の子には不名誉だろうから」

諸々の話は二年生以上の、ごく一部の弓道部員以外には殆んど知られていないから、結局衛宮が気にしているのは慎二のプライドの事なのだろう。
あの安っぽいプレイボーイを気取っている慎二にとって、それは確かに重大な問題だ。
しかも相手は、見た目だけなら小動物のような衛宮なのだから。
だが、それであっされ辞められては、衛宮の射を初めて見た時からいつか越えてやると誓っていた私のプライドが治まらない。
ともあれ。

「すみません先輩・・・・・・私のせいで」
「だから、別に桜の責任なんて何も無いってば。アレは結局、私のイライラを慎二にぶつけただけの話だから。謝らないといけないのは私の方。迷惑かけてゴメンね、桜」

そんな事を言ってすまなそうにしている衛宮にしつこく弓を持てとせまれるほどには、私も厚かましくはなれず。
慎二が来る前にと退出する衛宮の背中に「また来なさいよ」と声を掛けるぐらいしか、私にはできなかった。

 ◆◆◆

あっと言う間にお昼休み。
お弁当を広げながらふと教室の入り口を見ると、立ち尽くす三枝さんの姿。
どうやら今日も遠坂に声を掛け損ねたらしい。
遠坂凛。
成績優秀・品行方正・文武両道・容姿端麗・清廉潔白・性格温厚。
あらゆる賛辞の四字熟語を背負った我がクラス・・・いや、我が学園一の優等生、又の名をミスパーフェクトであるが、私に言わせればダース単位で猫をかぶった油断なら無いライバルである。
それでもその猫に騙されてか、ヤツにあこがれる生徒は男女問わず多い。
ある意味、穂群原学園のアイドルとも言えるだろう。
そんな、あの女に騙されたいたいけな子羊の一人が三枝由紀香嬢。
小動物的な雰囲気と癒し系の笑顔が可愛い素直で良い子なクラスメイトなのだが、遠坂に憧れてしまうあたりはいささか趣味が悪いと言いたい。
このところ遠坂と一緒のお昼を過ごしたいと、お弁当に誘おうとしては生来の気の弱さから失敗を繰り返している。
今も早々に教室を出て行った遠坂の後姿を見送ってガッカリと肩を落としていた三枝さんだったが、突然ピョコンと顔を上げた。

「あ、しろちゃん」
「おや、ゆきちゃん」

その視線の先に居たのは衛宮だった。
片手にお弁当箱をもっている。
教室で広げるとハイエナのように襲い掛かる級友におかずを食べ尽されるので、生徒会室かどこかで食べるつもりだったと言う衛宮に、一年生の頃からそうだだったよねと笑う三枝さん。
そうか・・・あの二人、一年の時は同じクラスだったか。
で、一緒に昼食をとる事にしたらしく、教室に入ってくる衛宮。

「あれ、美綴?」
「今日はよく会うわね、衛宮さん」

猫を被った私の口調に苦笑して会釈する衛宮。
なお、衛宮の方は話す相手によって呼称が変化するのはクセのようなもので、態度そのものはあまり変わらない。
しかしあの衛宮が、三枝さんと「しろちゃん」「ゆきちゃん」などと呼び合う仲とは知らなかった。
まぁ、二人とも一見小動物系だから似合うと言えば似合う。
もっとも、衛宮のアレは外見だけで、実体は狼か何か・・・それも老いて智恵長けた森のヌシじみた白狼とかそんなモノだろうけど。

「私も御一緒させていただける?」
「あ、ええ。どうぞ」
「・・・・・・美綴?」
「げっ、なんでアンタが混ざるのさ」
「蒔の字、『げっ』と言うのはいくらなんでも失礼ではなかろうか?」

不審そうに呟く衛宮と、あからさまに嫌がる蒔寺楓は無視して机を並べる。
真冬だと言うのによく日に焼けた褐色の肌が目を引く蒔寺楓と、彼女をたしなめた眼鏡の似合うクールビューティーの氷室鐘嬢、それに三枝さんの三人は、たいてい一緒に行動している陸上部の仲良しグループと言うやつだ。
ちなみに、なぜか私を敵視しているらしい蒔寺は短距離ランナー。
ツッコミ担当の氷室さんは高飛び。
三枝さんは、大方の予想に反さず運動音痴なのでマネージャーである。
そして始まる楽しいお弁当タイム。
早速衛宮のおかずは、当然の如く我々の箸に奪われて順調に数を減らしていく。
まぁ普通に教室で食べている時の減り方からすれば、まだマシという物だろう。
ああ、やっぱりコイツの鳥唐揚げはいい味だよなぁ。もぐもぐ。
こっちの煮付けもなかなか。まぐまぐ。

「しかしこーして見ると、由紀と衛宮って良く似た二匹だねぇ」
「「二匹って・・・・・・」」

失礼な事をほざく蒔寺が失礼にも箸で指したのは衛宮と三枝さん。
確かに、仲良く並んでお弁当を食べている様子は、双子の子ウサギとでも云った風情で、なんだか無暗に癒されそうな光景ではある。
同じメガネキャラである氷室さんとは、ほぼ同じような形のメガネを着けているにもかかわらず、氷室さんはクールさを強調するように、衛宮は朴訥さを強調するように見えるあたり、キャラ性能の違いとは恐ろしい。
その氷室さんは、妙に迫力の有る瞳で衛宮を見やってボソリと口にする。

「とは言え、衛宮白兎嬢が噂に違わぬ人物なら、似ているのは雰囲気だけと言う事になるだろうが・・・・・・」
「「噂?」」

コクンと同時に首をかしげる衛宮と三枝さん。
む、これはまたお持ち帰りしたい可愛さである。

「噂ってアレだろ? 2年C組の衛宮は、我が学園女子の人気を二分する間桐慎二と柳洞一成の二人を手玉に取る魔性のオンナであるってハナシ」
「そこまで生々しい噂では無かったが・・・・・・まぁ概ねその通り」

ペシっと蒔寺の頭を叩きつつ、しかし肯定する氷室さん。
なかなかズ太い神経の持ち主らしい。
まぁその手の噂は一度ならず聞いたことがある。
慎二は見た目だけなら二枚目と言えるし、自分にだけ甘い所を度外視すれば規律を重んじて公平さを重んじるヤツだ。
男には厳しいが女には優しいと言う性格のため、男友達は皆無だが、とりまきの女子生徒にはことかかない。
ただ、複数の女子と軽薄な付き合いをする慎二が、衛宮白兎に対しては少し違う様子で友人付き合いをしていたのは端で見ていて感じられる事だった。
一方、柳洞一成は生徒会長を務める学園随一の堅物で、優しげな顔立ちと真面目な性格で隠れファンの多い男で、去年のバレンタイン同様、今年も匿名のチョコを大量に送りつけられそうだともっぱらの評判だ。
だが各種備品の修理にひっぱりだこで生徒会に出入りすることの多い衛宮と付き合っていると言う噂も根強く、実際生徒会長の方は衛宮に気があるのでは無いかと、私は睨んでいる。
―――けれど、まぁ。

「まさか。あの二人とは昔からの単なる友人ですって。それに、一成くんは恋愛とか興味無いし、慎二の方は・・・・・・もっと生々しい話があるでしょ?」
「ふーん。そうなんだ?」
「泣かした女子は数知れずというヤツだな。三の字は知らなくていい話だ」
「あ、でもさ、今朝衛宮が柳洞一成に弁当を渡してたって小耳にはさんだけど?」
「え? アレは別に、昨日迷惑をかけたんでお詫びと言うか・・・・・・葛木先生にも差し入れたし?」
「うわっ・・・・・・ひょっとして天然?」
「はい? 天然?」
「どうやらそのようだな、蒔の字」

顔を見合わせてうなずきあう蒔寺と氷室さん。
結局あの二人では、衛宮白兎という天然女を振り向かせるのには、少々不足なのだろう。
それは弓を引く時の透明な姿を見ていても思うこと。
衛宮白兎という人間は、自分に関心が無い。
だから、恋愛というある意味極度にエゴイステックな感情は持ち得ないのでは無いのだろうかと。
もし衛宮が誰かに恋をするとしたら。
それは、揺らがない、迷わない、高潔さと強さをもった誰かに憧れる時ではないだろうか。
この学園で、その誰かを喩えに挙げるとすればそれは―――

「あ、じゃあしろちゃんも遠坂さんに憧れてるの?」
「んー・・・・・・憧れと言うか、あんな風にシャンとしていきたいって思う・・・って、ソレはやっぱり憧れなのかな?」
「世間的には、そう言うだろうと思う」

気がつくと話題はもう替わっていて、氷室さんは食べ終わったお弁当を片付けつつうむうむと首を振っていた。
目の前では衛宮と三枝さん、そしてなぜか蒔寺による『遠坂凛に憧れる女の子同盟』が締結されて、三枝さんは遠坂の分のお弁当を用意して誘うべきだろうかとか悩んでいる。
オイコラ蒔寺、お前はそんなタマじゃ無いだろうとか、遠坂の本性は純真なアンタ達の思っているようなモノじゃ無いとか、なんとなく一番底知れないのは、実は三枝さんじゃないだろうかとか、色々ツッコミたい所はあったのだけど。

「あら素敵。頑張ってくださいね」

などと当たり障りの無い言葉を口にするに留めておいた。
だって、何か言って明日、三枝さんの口から遠坂に漏れたらそれは面倒だから。
それ以外に理由なんて無い。

 ◆◆◆

昼間の会話は、何処がどうとかは自分でもわからないけれど、しかし私を不機嫌にしていたようで、放課後の部活はイマイチの出来だった。
雑念は直ぐに射に現れる。
まぁ他の部員から見れば気にならない程度の不調だったのだろうが、藤村先生には「今日は早めにあがってゆっくりした方がいいよー」と言われてしまった。
むう。けっこう不覚。
衛宮の家に入り浸っているらしい藤村先生が、団欒の席か何かで今日のことを話題にとかしなければ良いのだけど。
そういえば、そろそろ衛宮家の夕食は終わった頃だろうか? 桜と藤村先生はもう帰宅したのだろうか? と、自室のベッドに寝転がって考える。

「――――――ダメだ。本格的におかしい」

なぜか今日は、何かと言うと衛宮の事が気になって仕方が無い。
あるいは今朝の夢見の悪さのせいもあるのか。
10年前、今新都と呼ばれている街は大きな火災に見舞われた。
たまたま友達の家に遊びに行っていた私は、昔から深山町に住んでいる一家の中で一人だけその火災に巻き込まれ―――九死に一生を得る。
その頃の記憶はあまり無いし、思い出したい事でも無いけれど、同じ火事の中で同じように生き延びたという衛宮の事は、不思議と同志のように感じているからだ。
ちなみに、その事を知ったのは慎二の口から。
衛宮は親無しだの何だのと部員達に喧伝している最中、たまたま備品を届けに来た衛宮の姿に顔を白黒させる様子は、怒りを通り越して哀れにすら思える馬鹿ぶりではあった。
あれはある意味、小学生並みの愛情表現に違いない。

「ああ―――ダメだ。自爆ぎみかも」

部に戻れ、勝負しろと、何度も衛宮を突っつく自分の行動もソレなのかもしれないと思い当たって、不意に赤面してしまう。
茹ったような顔を隠すように、遠坂あたりに言わせると女の子らし過ぎて美綴綾子には似合わないと言われる部屋の、無数に積まれたぬいぐるみから一体を掴んで抱きしめる。
そう。
遠坂になんと言われようと私は女の子だ。
男っぽいとか姐御とか、そう云う評価を受けているのは知っているし、そんな自分も好きなのだけど、女である事を否定する気も更々無いし、恋愛未経験者ではあってもちゃんと男性を恋愛対象として見ている。
だけど、だと言うのに、この感情は何なのか。
華奢で小さく見えて、そのクセ中に通った芯は鋼のように強くて乾いている衛宮白兎を、折れるほど抱きしめたいと想うこの気持ちは。

「――――――はぁ、頭冷やそ」

コートを引っ掛けて夜の散歩としゃれこむ事にする。
最近近所で殺人事件があったとかの話はまるで頭に無かった。
近所のコンビニエンスストアーで雑誌の立ち読みでもしようかと歩いていたはずが、気がつけば和風の御屋敷が立ち並ぶ辺りにまで出てしまう。
梅の枝でも愛でに来た・・・・・・などと自分に言い訳してみたが無理があるか。
合気道や薙刀の先生宅や、ヤットウばかりに熱中する娘を心配した両親の奨めで通っていた華道と茶道の家元宅もこの辺りだから・・・・・・これも夜中にうろつく理由としては弱い。
結局、私は用も無いのに衛宮の家にフラフラと向かっているだけの事。
それすらも途中で放棄して、きびすを返した。
常識的に考えて私の行動は変だし、私のキャラクターに合ってもいない。
だから帰る。それだけだ。

―――その途中。
私は出会ってはいけないモノに、出会ってしまった。

 ◆◆◆

3: ハウス (2004/03/27 01:10:54)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

私は、むせ返るほどの血の臭いなんて嗅いだ経験は無い。
当然だ。平和な平和な日本に住んでいて、そんな経験をするヤツなんて数えるほどだろう。
けれどその時、最初に感じたのは濃密な血の匂い。
暗い夜道の向こうにわだかまる、どんな闇より深い黒々とした鮮血。

「ミツヅリ・アヤコ、ですね?」

雲間から顔を出した月光に照らされる『それ』が人の形をしている事に気がついたのは、それが人の世界とは相容れない異質だと確信した後のことだった。

「貴女に恨みはありませんが、マスターの命令ですので」

それなのに、ソイツは人間のように口をきき、明らかな害意をもって私に向かってきた。
その様はまるで地を這う蛇。
そこだけは綺麗で、綺麗すぎて悪夢のように思える暗紫色の髪をうねらせて、黒衣の女は私に飛び掛ってくる。

「―――っく!?」

咄嗟に身を翻して横道に逃げ込めたのは日頃の鍛錬の賜物か。
伸ばされた手をかいくぐり、全速力で駆け出す。

「なんなのよ、アレはっ!?」

それの外見だけを述べるなら、露出度の高い黒装束に身を包み、奇妙な仮面で目を隠した長身の女と言うだけの存在だ。
けれどソレが纏う空気。その存在感。そう云うものが、尋常な人間社会の産物とは相容れないモノだと告げている。
アレはそう。
御伽噺や暗い噂の中、幻想や悪夢の中でだけ存在するはずの『何か』なのだと、十数年間培ってきた常識と、危険を察知する本能が告げていた。
アレはキケン。
アレにカカワッテハナラナイ。
空手の有段者だとか、居合で目録をもらっているだとかぐらいで手を出してはいけない、常識の外側に居る存在だ。
だから走った。
全力で、わき目も振らず走った。
捕まるわけにはいかない。
                         ワタシには戦う術か無い。
追いつかれたら命が無い。
                         この身では、対抗できない。
せめて、せめて人の居る場所へ。
                         せめて、■■さえあれば。
走って、走って、走って、走って。
心肺機能の限界まで走り続けて。

「っは、はぁはぁはぁ・・・・・・ここまで来れば・・・・・・」
「ここまで来れば、何だと言うのです?」

壁に寄りかかって立ち止まった私の眼前に、その女はまるで当然とでも言う様に立っていた。
逃げられない。
そう悟って、恐怖に全身が凍りついた。
ただみっともなく震える声だけが喉から漏れ出していく。

「あ・・・あああっ・・・・・・」
「なに、命までは取りません。少しだけ血を、魔力をいただくだけです・・・・・・むしろ代償に、最高の快楽すらプレゼントしてさしあげましょう」

そう言って奇妙なマスクに手を掛ける女。
その下から顕れたのは、水晶のような硬質の双眸。
そして、人にありえざる方形の瞳孔に灯る、淫靡なイロの焔・・・・・・・・・

 ◆◆◆

「その手を―――離せっ!!」

暗い夜闇に浸る深山町の路地裏。
私と同じぐらいの年頃であろう女の子と、長身の女の姿をとった魔力のカタマリを発見した私は素早くメガネを外し、八節を無視して構えた矢を即座に放った。
咄嗟に行動出来たのは、初めからサーヴァントが現れるのを期待して夜回りをしている最中だったから。
普段は見えすぎて疲れるため特殊なレンズで落としてある、裸眼視力9.0の両目が闇の中の標的を確実に捉えている。
この距離で狙いをはずす事は、衛宮白兎にとってはありえない。
魔力を込めていないとは言え、金属製の矢は十分な殺傷能力を持った高速の凶器。
魔力のカタマリ・・・・・・黒い女サーヴァントも流石に直撃を受ける気は無いようで、素早く後ろに下がって矢を回避した。
追撃は魔力を込めての二連射。
あらかじめ発火の呪法回路を組み込まれた矢が燃え上がって飛翔する。
女サーヴァントが焔を放つ矢を避けて、蛇を連想させる身のこなしで更に後退した隙に、女の子を守るように割って入った。
同時に腰の後ろに付けた鞘から抜き放つ『地』の魔法剣と『水』の盾。

「魔術師? 見たところマスターではない様ですが・・・・・・」

霊体化しているキャスターを感じ取れず、首をかしげるサーヴァント。
魔術によるキャスター自身の気配遮断はこの距離でも有効らしい。
壁に突き刺さった矢が噴き上げる焔に照らされ、女サーヴァントの美貌が浮かび上がる。
目に飛び込んできた姿は、身に纏う濃密な血の気配をも払うほどに秀麗だった。
調和の取れた卵型の輪郭に、純白の蛇を思わせるなめらかでツヤのある肌。
ややツリ目気味の双眸は灰水晶を削りだしたかのような輝き。
その顔を蓋うのは同性なら嫉妬を押さえきれない程に美しい暗紫色の髪。
女性らしいカーブを描く長身にまでその髪が絡みついている。
一瞬、その美貌に飲まれそうになった。

(―――白兎さま、危ない!)

その途端、脳裏に響くキャスターの叫び。
同時に、目の前の空間に突如展開された不可視の魔力壁が、これまた不可視のなにかを弾いて散る。
A級を越える強力な魔力同士の激突はほぼ互角。
咄嗟に盾を構えていなければ、余波だけで傷を負っていたかも知れない、それほどの力の奔流が路地裏に渦を巻く。

「私の魔眼を弾いた!?」

一度驚愕に目を見開き、次の瞬間姿を消す黒いサーヴァント。
撤退は鮮やか過ぎて、追わなければと思う間すら無かった。
入れ替わるように実体化するのはローブ姿のキャスター。

「危ないところでした・・・・・・あれで退いてくれたのは僥倖です」
「魔眼って言ってたけど、あの四角い瞳孔っていったい?」
「宝石のノーブルカラーをもった魔眼。私の生きた神代ですら噂にしか聞いたことの無いほぼ最上級の魔力回路です・・・・・・女性の英霊であのような眼の持ち主、しかも蛇のような身のこなしとなると、十中八九彼女はかの女怪ゴルゴーン。
知名度から考えればメドゥーサで間違いないでしょう」
「ってコトは、キャスターが助けてくれなきゃ石にされてたって事か・・・・・・ありがとう、キャスター」

咄嗟に投げてしまった眼鏡を拾ってかけながらお礼を言う。
魔眼と言うのは、簡単に言うと「見ただけで対象に影響を及ぼす魔術」のようなモノで、紅い魔眼とか蒼は浄眼とかランク分けされていて、『宝石』と言えば人間には手の届かない高位の吸血鬼が持つという『黄金』より上の、最早現代には存在しないであろうグレードのシロモノなのだ。
そしてキャスターの口にしたメドゥーサとは、女王メディアの伝説が語られるのと同じギリシャ神話に登場する、英雄ペルセウスに退治された魔物の名前。
ゴルゴーン三姉妹の末妹で、その視線を見たものを石に変えたと伝えられる女怪であ。
ただ、このゴルゴーン三姉妹もある意味メディアと同じで神々の気まぐれで酷い目にあった被害者とも思える。
海神ポセイドンに囲われていたところ、嫉妬したその妻だか女神アテネーだかによって魔物に変えられたとか、自分の神殿に閉じこもって静かに暮らしていたのに、女神アテネーの都合で退治された云々。
そう考えると、話し合えれば理解しあえるかもしれないとも思う。特にキャスターと。
とは言え、そんな魔眼持ちに石にされずに済んだのはキャスターが咄嗟に防御してくれたおかげ。
感謝してし過ぎと言う事はない。

「いいえ、マスターの身を守るのはサーヴァントの使命ですから・・・・・・それに、石化と限った話でもありません。
一説には、メドゥーサは吸精鬼の一種で、強力な性的魅了の視線を持っていたと言われていますし・・・・・・」
「――――――!?」

キャスターの言いかけた言葉に悪寒を感じる。
その源が背後から感じるプレッシャーだと気が付くか付かないかと言うタイミングで。

「っく・・・・・・衛宮ぁ」

聞き覚えの有る声の主に抱きつかれていた。

「みっ、美綴?」

そう。
メドゥーサと思われる黒いサーヴァントに襲われていたのは、私も良く知っている知人の美綴綾子だった。
だが、私に抱きついてくる様子は、いつもの気風の良い姐御肌の美綴のものとは思えない、熱く潤んだ瞳と上気した表情の、異常なほど『女』を感じさせるものになっている。
魅了の魔眼、吸精鬼、襲われかけていた美綴、熱く倦むような体温、私とは雲泥の差の女らしい柔らかな身体。

「あついの・・・・・・刹那いよぅ、衛宮ぁ・・・・・・んくっ・・・衛宮・・・衛宮・・・衛宮ぁ・・・」

瞬時に理解してしまったのは、美綴がこんな状態になった理由と、そして反応してしまっている、最近なんだかおなじみになって来ている感のあるわが身の一部。

「キャスター、解呪、解呪してはやくぷりーず!!」
「・・・・・・申し訳ありませんが、流石にそのレベルの呪詛となると、いったん完成したものを解呪する事は私にも・・・・・・」

なぜか頬を染めて視線を逸らして答えるキャスター。

「じゃあいったいどーしたら!?」
「・・・・・・やはりここは、家に連れ帰ってアレをナニするしか無いかと思います」
「ナンデストー!?」

それでも抵抗して、なんとか美綴を正気に戻そうと努力はした。
したのだが、その美綴にあやうく路地裏で押し倒されそうになって、結局泣く泣く家に連れて帰ることになってしまうのであった。

 ◆◆◆

―――なんて、ベタな。
運命の神とかSSの作者とかを呪いつつ、コートを脱がした美綴を空き部屋のベッドに横たえる。
まさかこんな事で、キャスターに客間の布団を全部干してもらっていたのが役立つとは。
見ていて可哀想になるほど呼吸を荒くした美綴は、けれど瞳だけはギラギラと欲情に輝かせて、私の袖を掴んで離さなかった。
その視線が求めているものは何かわかってはいたけれど、だからと言ってこのまま彼女を抱く事など出来るわけもない。
美綴は大切な友達だし、強く見えてもちゃんと女の子なのだ。
傷つけるようなマネなど、絶対にしたくは無かった。
キャスターは後で記憶を消すと言ってはいたけれど、覚えてなければ良いと言う事ではないし、ついでに言えば姿を消したキャスターはこの状況を覗いているに違いない。
一応気配でわかるんだぞー!
・・・・・・そんな事を考える間にもBGMが『抱擁2』になっていたりして、のっぴきならない状態になって。
だいたい、美綴はきれいだし、柔らかくて良い匂いだし、今の姿は色っぽいし、ここ数日でキャスターに目覚めさせられたアレでナニな自分が理性を無視して暴走しそうになってしまうわけで。

「好き・・・なの」
「美綴?」
「変・・・だよな。女の子同士でさ・・・好きで好きで・・・・・・衛宮を抱きたいとか、抱かれたいとか、そんな風に思ってこんなに身体が熱くなってるなんて・・・・・・気持ち悪いよな、あたし」
「そんなこと無い!!」

思わず、後先考えずに答えてしまっていた。
だってその、弱々しい美綴が、あんまりにも可愛かったものだから。

「本当に?」
「本当に! だって美綴は綺麗で、いつも強くって、凛々しくて・・・・・・だから、私も美綴の事憧れてて・・・・・・!?」

ぐいっと襟を掴まれて引き倒される。
流石は美綴綾子・柔道二段。
なんて的外れな事を考えている間にも、身体を入れ替えられて組しかれ、気がつけば唇を奪われていた。

「んーっ!? んんっ、んんんー!!」

強引に侵入してくる美綴の舌。
突然の事に驚いて抵抗したのだけど、ガッチリ極められたうではまったく動かない。
それなりに鍛えている私の筋力は同性どころか一成君や慎二と腕相撲しても負けないぐらいなのに・・・・・・今度藤ねぇの親父さんに柔術習おう。
って、現実逃避をしている場合ではない。
美綴のキスは、ぎこちないし歯も当たって痛いのだけど、彼女らしい息も出来ないような情熱的なもので。
それはまだ良いのだけど、掴まれている手首は痛いし、関節もギリギリと絞められて、これじゃあまるでレイプされているみたいな状態だ。

「ぷはっ・・・・・・衛宮・・・衛宮・・・・・・」
「ちょ、落ち着いて美綴! 私は逃げたりしないから!!」
「衛宮・・・」

私の言葉など聞こえないようにひたすら名前だけを呼びつつ、美綴の手は私のシャツを引き裂いてしまう。
続いて鮮やかにうつ伏せにされて、シャツの残骸で腕を後ろ手に縛り付けられてしまった。

「美綴!! コレは流石に洒落になってないっ!!」
「洒落? そんなわけ無い・・・だって、ずっとこうしたかったんだから」

背中から抱きすくめられたまま、スポーツブラを乱暴にズリ上げられてむき出しにされる胸。
一転して優しい手つきになった美綴の指がわずかに膨らんだだけの乳房と、その先端をやわやわと揉みしだく。

「あっ・・・やっ・・・」
「嫌? そうだよな、嫌だよな。でも止めない。ずっと、ずっと衛宮のことこうしたかったんだから・・・・・・あたしはもう止まらないから。止まれないから」

執拗に責められる乳首がピンと立ってきた。
背中には美綴の胸の感触。
ああもう、こんな立派なのがあるのに、なんで内心コンプレックスな私の胸なんか触ってくるんだ美綴は!
なんて、私の心の声は当然聞こえるはずもなく、美綴は私のうなじや首筋にキスの雨を降らせてくる。

「チュッ・・・衛宮の髪、いい匂い・・・チュッ・・・チュッ・・・肌も・・・チュッ・・・キメが細かくて・・・」
「み、美綴・・・恥ずかしいから感想とかは・・・・・・ひゃんっ」
「胸も小さいし・・・チュッ・・・なんだか子供にイタズラしてるみたいだ」
「余計なお世話だバカぁ―――うあっ!?」

あまりな言葉に本気で抵抗しようとするものの、腕を縛られていてはどうしようもない。
耳たぶを甘咬みされて震える私。
その隙を突くように、美綴の手が下半身へと伸びてくる。

「ダメっ、美綴!! そこはっ!」
「!?」

制止の言葉は遅く、股間のソレに触れる美綴の手。

「・・・・・・なんで?」
「ふふふ・・・驚きましたか?」

何も無い空間から突然現われたように美綴に覆い被さったのはキャスター。
実際に霊体からマテリアライズして突然現われたのだけど。

「なっ・・・・・・アンタは!?」
「私はキャスター。白兎さまの愛人です」
「・・・・・・・・・キャスター?」

許婚の次は愛人と来ましたか。
呆れている間にも美綴の手の上に自分の手を沿えたキャスターが肉の棒を握り、そのまま上下に擦り始めた。

「硬くて・・・熱いでしょう?・・・・・・女の子なのにこんなモノを付けて・・・・・・こんなイヤらしい身体で、汚らわしいと思いますか?」
「キャスタ・・・あうっ・・・ダメ、ダメだよっ・・・手を離して・・・」
「それとも・・・・・・欲しくなったかしら? この太いペニスに貫かれたいと、そう思った?」

溢れ始めた先走りの液体を塗りつけて、手を動かし続けるキャスターが美綴の耳元で囁く。
その言葉に、美綴は・・・・・・小さく、肯いた。

 ◆◆◆

締め切られた客間に、淫猥なく浮きが満ちている。
部屋に篭るのは、三人分の嬌声とむせ返るように甘い女の体匂。
机の上のライトスタンドだけが照らす室内で三人は絡み合っていた。

「クスクス・・・そうよ。しっかりと・・・はぁ・・・・・・舐めてもらいなさい・・・・・・んくっ・・・・・・せっかくの初体験、気持ちよくなるように・・・・・・あんっ・・・・・・しておかないと」

笑うキャスター。
仰向けにされた白兎の上に跨って、その剛直を熱く濡れたヴァギナで飲み込み、腰をくねらせている。

「んっ・・・んくっ・・・ぢゅッ・・・くんっ・・・・・・」
「衛宮・・・すごい・・・こんな、自分でした時は・・・・・・こんなに感じなかったのに・・・あっ・・・吸って・・・もっと、もっと吸って、衛宮・・・衛宮あぁぁ!!」

白兎の顔の上に跨っている美綴。
拘束されたままの白兎の舌に淫唇を、キャスターに胸を弄られ、何度も唇を奪われ、全身から女の匂いを発散させて狂ったように快楽を求めていた。
動く度に揺れる83センチの豊かな胸。
今の彼女を見て『男性的』と称する人間など一人も居ないだろう。
一方、キャスターの動きはごくゆっくりとしたまま。
それは白兎を焦らし、快感を与えつつも絶対に絶頂には至らないように抑制された動きだった。
真っ白な、雪のような肌は今は朱に染まり、潤んだ紫の瞳は情欲に輝いている。

「ほら、白兎さま・・・ちゃんとこの娘を・・・綾子をイかせないと、何時までもこのままですよ」
「んん〜〜んっ・・・んぐぅ!!」

グリグリと腰を回転させる動きに焦燥された白兎が必死になって目の前の『女』を貪った。
充血した淫唇、溢れる愛液、張り詰めた肉芽。その全てを飲み干すように、口を押し付けてむしゃぶりつく。

「きゃっ! あっ、ああぁぁぁ!!」

激しくなる動きに嬌声をあげ、ついに耐え切れず軽く絶頂する美綴。
クタリと、力を失って倒れ込んだ。

「ふふふ・・・良く出来ました、白兎さま。では、ちゃんとイかせてあげますね」

宣言したキャスターは一気に動きを激しいものに変える。

「あっ・・・あうぅぅ・・・激し・・・キャスター、来ちゃうよぉ・・・おちんちんがぁ・・・変に・・・やぁ・・・ダメ、ダメえぇぇぇぇ」
「・・・・・・あ」

グチャグチャとヒワイな音を立てる結合部。
そこへ、モソモソと起き上がった美綴が舌を伸ばした。
快感から逃れるように跳ねる白兎の腰を押さえつけ、根元を舐め、溢れる愛液を舐め取り、キャスターの肉芽に吸い付く。

「はっ・・・ひぃ・・・・・・やぁぁ・・・美綴・・・キャスター・・・ダメぇ・・・もう、許し・・・」
「早く・・・早くイッて、衛宮・・・私もう我慢できない・・・・・・ちょうだい・・・衛宮の、ちょうだい・・・」
「クスクス・・・可愛いお友達がお待ちかねですよ、白兎さま・・・ホラ、もう・・・出しておしまいなさい♪」
「あっ、あっ、あ・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ドクドクとあふれ出す白濁液が、キャスターの膣に納まりきれずに溢れ出す。
ペロペロとその流れを舐め取ると、熱に浮かされた目を細めて微笑む美綴。

「・・・・・・美味し」
「んふふふふ・・・思った以上にスジが良くて嬉しいわ・・・・・・舌を出しなさい、綾子」
「?」

キャスターは言われるままに舌を突き出した美綴の口に、いつの間にか手にしていた錠剤を口移しで飲ませる。
白兎は既に飲まされている、感覚を増大させて、かつ痛みすら快楽に結びつける薬・・・いわゆる媚薬だ。
それも神代の魔女メディアが調合した薬である。効果は並大抵ではない。
既にライダーの魔眼によって発情させられていた美綴の身体が一気に灼熱する。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「さぁ、これで痛みなどカケラも無くロストバージンが出来ますわ・・・・・・さぁ白兎さま、開通式の時間です」

優しく自らのマスターに告げるサーヴァントは、息も絶え絶えな、しかし股間の異物だけは未だに限界まで反り返っている白兎の上に美綴を導いた。

「ま・・・まって、キャスター・・・」
「待ちません♪」

最後の理性で抵抗する白兎の制止を無視して、キャスターは美綴の腰を落とすように指示する。
グチュリと音を立てて飲み込まれる肉棒。
一気に処女膜を貫き、亀頭は子宮にまで到達する。

「「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

声をあげたのは同時。
美綴の、キャスターとは違うキツく何段階にも締め付けられるような感触に白兎の理性は消し飛んだ。
美綴もまた、胎内に侵入してきた熱く脈打つ肉棒の感覚に一瞬でイッてしまう。
そのエクスタシーは薬の効果。
だがその薬は同時に、そのまま何度でも続けられるという効果も備えているのだ。

「はぁっ・・・衛宮が、私の中に入ってる・・・あぁぁ・・・づっ・・・衛宮・・・衛宮ぁ・・・」

快感を求めて腰を激しくグラインドさせながら。
身長差11センチ、頭半分ほど小さな白兎の身体を抱きしめて、美綴は鳴く。

「好きぃ・・・好きだよ、衛宮・・・んっ・・・初めてアンタの射を見てからずっと・・・ずっと・・・」

淫猥に喘ぎながら、泣く。

「好きって、言って・・・私の事、好きって・・・お願い」

悦楽に狂いながら、懇願する。

「・・・・・・好き、だよ、美綴・・・・・・私の、大切な・・・・・・」

友達と、言おうとした言葉は飲み込んで、替わりに腰を突き上げる事で誤魔化した。

「白兎さま、私にも・・・」

腕の拘束を解いて、その指を自分の秘所に導くキャスター。
自分にも愛撫をという意味か、好きだと言ってと云う意味か、あるいはその両方か。
白兎は自由になった右手でキャスターを抱き寄せて唇を重ね、左腕で美綴を抱きしめて髪を撫でた。
酔いそうなほど柔らかな二つの媚肉の感触。

「・・・美綴・・・・・・出るよ・・・」
「来て、衛宮・・・・・・私の中に・・・来て・・・いっしょに・・・いっしょにイこう・・・」

その感触に埋没しながら、白兎は美綴の膣内にありったけの欲望を吐き出した。

「はぁっ・・・あっ・・・くあぁぁぁぁ!!」
「衛宮・・・えみやあぁぁぁぁぁ!!」

子宮に熱い穂とほとぼしりを受けて達する美綴。
全身から力を失って崩れ落ちた。
・・・・・・だが、白兎の剛直はまだ硬さを失っていない。
媚薬の効果が継続しているのだ。

「・・・・・・では白兎さま、次は私の中に」

夜は、まだ長い。

 ◆◆◆

眠っている美綴とキャスターを起こさないようにそっと布団から抜け出す。
暗闇に浮かび上がる二人の成熟した裸体にちょっとドキドキしながら、私は作業着を着て土蔵へと向かった。
今夜もまた魔術回路を開いてみるが、どうも二人に根こそぎ吸い尽くされたようで魔力はスッカラカン。
まぁ、一晩眠れば回復するから良いけど。
仕方なく、土蔵の隅に積まれている投影した武器の中から弓を手に取る。
今日キャスターに受けた授業で投影した弓。
矢の方は、三本とも美綴を助けるときに使った後、サラサラと消えて無くなってしまった。
それも別に、明日また投影すれば良いだろう。
キャスターいわく、二本の剣は一本ずつでなく一対として、弓と数本の矢は別々でなくて一組であると『想定』して投影しろと。そうすれば、一回分の魔力で作り出せるとの事だった。
なんだかインチキ臭い話だったが、私の投影魔術自体がインチキっぽいので文句は言えないだろう。
今後しばらくは、そうやって『多くの武器』を『出来るだけ早く』投影出来る様にするのが課題だそうだ。

「同調、開始―――」

だが今は、魔力を使わず、ただ弓と意識を重ね合わせてゆく。

第一節にて、踏みしめた両足を通して自分が立つ『地』とも同調。
第二節では体勢を整え、『地』から『場』へと同調を進めて。
第三節で、手にした弓は既にこの身の一部となっている。
それを構えながら、その弓を『この身』から『場』へと開放する第四節。
第五節、つがえた矢をイメージしながら、ゆっくりと弦を引き絞り。
それは同時に、自己を越えて『場』となった己(弓)と『的』を繋ぎ、『的』を『場』に取り込むための儀式である第六節に繋がる。
第八節はただ、的であり己の中心であり世界の中心でもある一点を射抜く・・・否、既に射抜いたイメージをもって矢を開放するのみ。
第八節・『残心』は、ただその結果を心に留めるだけの事だ。

「・・・・・・貫いた」

存在しない矢を射ただけ。それでも的中を得た手ごたえは確かにこの心に伝わってきた。
魔力はカケラも使っていない。
ただ、魔力回路を開放したまま、かつてやりなれていた射を摸しただけの行為。
けれど、一射絶命。
この一射にて、私は的を射抜き、世界を射抜き、自分を射抜き、エゴを殺した。
一矢射るたびに死す。ならばその度に、新たな生命を享受する。
弓聖と讃えられた弓道の開祖の言葉だが、私にとっては魔術の鍛錬も同じ意味を持つ。
自己を殺し、自我を滅し、エゴを消し去ったその果てにある境地は、私の場合『無我』では無くて『正義の味方』と言う『我』なのだけど。

「遠い・・・なぁ」

嘆息が漏れる。
本当はエゴを殺す事など出来ていない。
世界を貫く矢を射る境地は、まだ私には遠すぎる。
誰もが幸せな世界。誰も傷つかない世界。全ての人を助ける事の出来る正義の味方。
射抜いた先にあるはずの、あまりに遠い理想に目眩すら覚える。
思い出されるのは切嗣の笑顔。
10年前のあの日、私を助けた切嗣の、まるで私が生きていた事で自分自身が救われたような、透き通るような笑顔。
そしてそれと重なるのは・・・もう名前しか覚えていないはずの『彼』の笑顔。
助けられた命だから、その分助けなければならない。
切嗣に、『彼』に、報いるためにも。

・・・・・・そう思っているクセに、助けたはずの友達を犯していたりする自分。
思い描く理想はあまりにも遠すぎて、進むべき道の方向すら解らずにいる。

「こんな私が、正義の味方になんか成れるのかなぁ・・・・・・切嗣・・・・・・士郎・・・」

うつむきながら呟きながら。
意識は、眠りへと落ちていった。

 ◆◆◆

4: ハウス (2004/03/27 19:17:19)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月31日―――

火災は突然に町を被っていた。
何処から出火したのか、どうして延焼したのか、誰にもわからない火炎の海。
その海に飲まれた、なんと言う事も無い小さく平凡な家族。
幸せだった家族。

「父さんは母さんを助けてくるから。二人で逃げられるな?」

そう言ったのは私の父親。
もう、顔も名前も思い出せない。

「うん、大丈夫」
「士郎、お前はお兄ちゃんだからな。ちゃんと、妹を守るんだぞ」
「わかってる」

返事をしているのは双子の兄。
もう名前しか思い出せない兄。

二人で炎の中を走る。
ついさっきまで普通に暮らしていた家の中は黒と赤に染められてしまって、そこが私達のお家だと思えないほど異界。
早く外に出ないと。ここから逃げ出さないと。その一心で駆ける駆ける。
玄関までたどり着き、あと一歩で外と言う場所で。

―――ミシリと、頭上から音。

焼け焦げて崩れ落ちてくる天井は、まるでスローモーション。
ドンと、背中を押される。
転げながら後ろを見れば、私を突き飛ばしたままの姿勢のお兄ちゃん。
まるでスローモーション。

―――生きろ―――

つむがれる言葉。
透けるような笑顔。
自分自身の死への恐怖も、妹を救えた安堵も、ついていってやれない事を悔やむ悔恨も、この先にある苦難を想う憐憫も、全てを思いながら全てを飲み込んで浮かべた、それは何処までも透明な笑みで。
崩れ去る家と共に炎の中に消え去ってしまった。


―――生きろ―――
それが、私の中にある最も古い記憶。
―――生きろ―――
それが、私が一生背負うべき始まりの言葉。
―――生きろ―――
それが、決して消えない最初の罪

 ◆◆◆

軋む音は古くなった蝶番の音。
侵入してくる冬の外気と人の気配が、意識を覚醒させる。

「先輩、起きてますか?」
「―――むにゅ。おはよう、桜」

土蔵の入り口で朝の光に浮き上がるような桜の姿。
どうやら昨日は鍛錬の途中で眠ってしまっていたようだ。

「はい、おはようございます、先輩」

寝ぼけているようで奇声を発してしまった私を眺めてクスリと笑う桜。

「朝ですよ、先輩。まだ時間はありますけど、ここで眠っていると藤村先生に起こられます」
「んむにゅー・・・・・・確かに。いつも起こしてくれてありがとねー、桜」
「そんなことありません。先輩はいつも朝早いですから、こんな風に起こしに来られるのなんてたまにしかありません」
「そかな? 桜には随分起こされてると思うけど・・・・・・藤ねぇに起こされると本気で命の危険を感じるから、桜に起こされた方が助かる。・・・・・・ん、これに懲りずに次はガンバル」

寝起きの頭で返答した。
自分でもイマイチ何を言っているのか怪しかったり。
夢見が悪かったせいで、寝起きもあまり良くないし。
・・・・・・随分と久しぶりに見た『兄』の夢を思い返す。
何が原因なのか、どうもここのところ連日10年前の火災を夢に見ているような。

「はい、分かりました。でも頑張ってもらわない方が嬉しいです、わたし」

寝ぼけた私が妙な事を口走っていたようで、不思議な返答をする桜。
どう考えても毎朝こんな不出来な先輩を起こしに着てくれるのは大変だろうに。

「ゴメン桜、すぐに起きて朝食の仕度、手伝うから」

言って深く深呼吸。
こういう時に冬の凍えるような大気はありがたい。
冷気が肺を満たすと共にゆっくりと覚醒していく意識。

「そんな、先輩昨日も遅くまで作業をしてらしたんでしょ? 大丈夫です。朝食は私に任せて先輩はゆっくりしてて下さって」
「いや、でも」
「それならキャスターさんを起こしてきて下さい。朝食の下ごしらえはもうほとんど終ってますから」

―――!?
おかげで一気に覚醒した。
まったく、危ないところだ。
今桜がキャスターを起こしに行ったりしたら、ベッドには全裸の美綴とキャスターが居るはずなのだから。

「ああっ、じゃあ二人・・・じゃない、キャスターを起こしてくるから。そうそう、それとツナギのままじゃダメだよね。着替えもしてこないと。うん、じゃあちっょと時間が掛かりそうだから朝の仕度は桜にお任せしちゃうんで、悪いけどお願い!」
「あ、はい。お任せされちゃいます」

まくし立てる私にぐっと可愛らしく握りこぶしなんか作って言ってくれる後輩の笑顔に罪悪感がつのる。
なんだか加速度的に隠し事が増えてるもんなぁ。

「あ、あと、朝食はもう一人分よろしく」
「えっ? えっ?」

とは言え、言えないから隠し事なわけで、あっけに取られた桜を置き去りに、私は全速力で離れの客間へと走ったのだった。

 ◆◆◆

「「「「「いただきます」」」」」

昨日より一人増えた食卓が和やかに開始される。

「それにしても美綴さん災難だったわねぇ。でも怪我とかが無くてホント良かったわ」
「ありがとうございます。衛宮さんにはすっかり迷惑をかけてしまって」

もぐもぐと、今日も元気に大盛りごはんをかき込みつつ藤ねぇがコメント。
猫を被った美綴がそれに答えた。
キャスターの暗示を使って、美綴は『夜道で全裸コートの変質者に遭って慌てて逃げ出し、たまたま通りかかった衛宮白兎が保護して連れ帰った』と言う事になっている。
その上で『落ち着くまでウチで休ませたら、そのまま眠ってしまった』と口裏を合わせ、先ほど美綴家の方にも本人が電話を入れてもらった。
口裏を合わせたと言うのはつまり、昨夜のアレやコレやの記憶は消していないという事。
キャスターは記憶消去をすべきだと言ったのだけど私が頑なに反対し、結局私にアレが付いていると言う事だけ忘れてもらって、普通に・・・・・・いや、普通じゃないと思うんだけど、まぁその、器具を使ってレズ行為に及んだのだと錯覚させたのである。
それにしても、美綴は初めてなのに同性でしかも三人でなんて悪いことをした。
罪悪感とか羞恥心とかで、今もマトモに顔を見る事が出来ない。
だと言うのに。

「本当に、あの時衛宮さんが通りかかってくれて助かりました」
「あ、いや、そんな別に大げさな」

藤ねぇの手前見事な猫を被ったまま、こっちがシドロモドロになるような視線を向け、あまつさえ手なんか握ったりしてくる始末。
前から知っていたけど、彼女の猫は実に強力であった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一方で、昨夜の出来事のもう一人の参加者は、なぜか終始無言。
時折じーっと睨みつけてくる視線を感じるのに、こちらが目を向けるとツィと横を向いてしまう。
なんでさ。

「えっと、キャス「ああ、桜さん。この鮭の照り焼きはとっても美味しいですわ」
「そうですか、お口に合って良かったです」

料理を褒められて喜ぶ桜。
これじゃあキャスターに無理矢理話しかけたりできない。
でも、負けるもんか!!
会話の途切れるタイミングを見計らってもう一度・・・・・・

「ねぇ、キャ「藤村さん、そろそろ出かけるお時間では?」
「ありゃ、ホントだー。ありがと、キャスターさん」

・・・・・・敗退。
残りの御飯を一気に飲み込んで、慌てて立ち上がり駆け出す藤ねぇ。

「ああ、じゃあアタシも行かないと」

美綴はこれから帰宅してから登校になる。
まぁ美綴の自宅は丁度衛宮邸と学校の中間ぐらいだし、体育会系の女子学生は早着替えが芸の内なので問題無いだろう。

「じゃあ私ももう行かないといけませんね」

慌てて食器を流しに運ぶ美綴と桜。
当然藤ねぇはそんな殊勝なマネはしない。
だって野生だから。
それじゃあ洗い物でもするかと立ち上がって、昨日学校で約束をしたのを思い出した。

「そだ、私も一成くんに手伝いを頼まれてたんだ」

生徒会長を務める一成くんからは、校内にある機械類の修理などを時々頼まれている。
昨日も視聴覚室か何処かのストーブが壊れたからと頼まれていたのだ。
だがそうすると、食器洗いの時間が無くなってしまう。うかつ。

「それでは洗い物は私がしておきますから。いってらっしゃいまし」

快く提案してくれたキャスターの言葉に安心して、穂群原学園の学生三人もバタバタと出かける用意をする。
仕方が無い。キャスターに視線の意味を聞くのは帰ってからにしよう。
そう思った矢先。

「じゃあ、キャス「白兎さまの浮気者」

桜達が居なくなった居間で、ジト目で言われてしまいました。
うう・・・・・・視線が痛い。
そりゃ確かに、美綴を抱いたのは私の意志だし、否定するつもりはまったく無いけど。
浮気と言われたら確かにそうかもだし、今更キャスターは恋人じゃないからなんて言い訳はする気は無いけど。

「でも、美綴を抱くのは、キャスターだって仕方ないって認めてたじゃないのさ」
「ええそうです。これは私の我侭。だけど嫌なものは嫌なんです。貴女が他の誰かを抱くのも抱かれるのも・・・・・・でもそれ以上に、白兎さまが、彼女の昨日の記憶を消すのに反対したのが何より嫌でした!!」

激してテーブルを叩くキャスター。
けれど怒った声音と行動より、目元に浮かんだ涙が、私の心を刺した。
確かに浮気だ。言い訳のしようの無い浮気だ。
けれど。

「ゴメン・・・・・・だけどそれは譲れない。美綴は大事な友達だし、経緯はどうあれ美綴の本心を歪めて、私が彼女を傷つけたんだから。それを、その罪を、なかった事になんてしちゃいけないから」
「・・・・・・・・・・・・アレが、彼女が望んでいない事だったと?」
「だって、そうじゃない。あの黒いサーヴァントの視線の魔力であんな風になっちゃったんだもの。助けるために仕方ないとは言え、美綴、初めてだったのに・・・・・・」

だから、せめて私はその罪を自覚しなければならないと思う。
眉根を寄せてじっと私を見据えるキャスターにそう答えると、彼女は心底疲れたように溜め息をついた。

「・・・・・・・・・はぁ。分かりました。どうも白兎さまのニブさは思った以上のようですわね」
「なんでさ?」

問い返す言葉に返事はくれず、早く学校に行きなさいとと告げて台所に立つキャスター。
んむ?
なんだか知らないけれど、どうも呆れられているらしい。

「浮気って言われたから言うんじゃ無いけどさ、キャスターも女の子なんだし、魔力の補給とか関係なしに好きになれる男の人とか探しなよ。私はそれで魔力を供給するのをやめるとかは言わないからさ」
「・・・・・・・・・はぁ」

キャスターの事を思って言ったつもりなのだけど、また溜め息をつかれてしまった。
仕方なく仕度をして玄関に出る。
桜と美綴が門の所で待ってくれているので、急がないとならない。
駆け出そうとした私の背中に、急にキャスターの手が触れた。
ギュッとつかまれるスカートの裾。

「白兎さま」
「何?」
「貴女が他の女を抱いても、他の男に抱かれても、私には文句を言うつもりも、権利もありません。今日のは、単なる気の迷いです」
「いいよ、文句、言って。私とキャスターは恋人じゃないけど、大切な家族なんだから」
「・・・・・・・・・・・・」

無言。
なにか不安になって振り向くと、深い、まるで湖水のような、いまにも溺れてしまいそうなキャスターの瞳がじっとこちらを見つめている。
この上無く真剣な表情は、なぜか泣き出しそうにも見えた。

「キャスター?」
「一つだけ、約束を下さい」
「どんな約束?」

聞き返す意味などあるのだろうか。
こんな表情を見せられた以上、私に断ると言う選択肢など無いと言うのに。
直ぐにでも肯くつもりの私に、キャスターは静かに、けれど激情を含んだ声で告げた。

「私を、捨てないと。この先貴女に恋人ができても、決して私を捨てないと、誓ってください」

ああ―――なんて愚か。
今更、キャスターの気持ちに気が付くなんて。
キャスターは。いや、コルキスの女王メディアは、イアソンの不実な裏切りによって最後の拠り所を失った悲劇の少女だったのに。
その彼女が、私が裏切る事を恐れ、不安になるのは当然のことだ。

「ずっと、きっと、一緒に居よう。捨てるとか、捨てないとかじゃなく。私達は、家族なんだもの」

そっと、手を取って告げる。

「変節は無いよ。私は、キャスターを信じるって決めたから。こう見えてもね、私ってけっこう頑固なんだよ」
「それは、嫌になる程知ってます」

苦笑するキャスター。
・・・ああ、私ってば単純。
苦笑であれ何であれ、張り詰めた彼女が笑ってくれたらそれだけで嬉しくなってしまう。

「・・・・・・そう言う事で、許してくれる?」
「わかりました。今はそれで満足します。けれど、もし裏切ったら・・・・・・生きたまま魔杖に作り変えてしまいますからね?」

嬉しくなっていたから、そんな怖い事を言われても素直に肯けた。
だってそんな事。
傷を負った女の子を裏切るぐらいなら、殺されたほうがずっとマシなのだから。

「先輩ー! まだですかー?」
「おーい、衛宮ー!」
「今行きますよー!!」

痺れを切らした二人を追って、今度こそ駆け出して合流する。
なんだかその時、さっきのキャスターばりの視線で二人に睨まれたりしたのが謎だったけど。

 ◆◆◆

しくじった。
家中の時計が残らずきっかり一時間進んでいたなんて言う怪奇現象のせいで、いつもより一時間早く学校についてしまったのが運の尽きだった。
自分の失敗に呆然とする私こと遠坂凛を見つけた弓道部主将の美綴綾子に、お茶をしようと弓道場へ引きずり込まれたのはまだ良い。
校長の趣味なのか、学び舎の一施設としては不釣合いに立派な我が学園の弓道場は、寒さが続くこの街の冬の朝、落ち着いて渋い日本茶などををいただくには適した場所であるし。
問題はそう―――

「部長、遠坂先輩、どうぞ」

そっと熱い緑茶を出してくれる大人しそうな雰囲気の髪の綺麗な下級生。
間桐桜も同席している事実に他ならなかった。
綾子とはクラスメイトであり、まぁライバル兼友人であり、こうして弓道場に上がりこんでお茶をいただく事はこれまでも少なからずあった。
けれど桜は・・・・・・単に後輩だとか顔見知りだとかで片付けられる相手ではない。
そのくせ、彼女との共通の話題なんて見い出せるほど、親しく言葉を交わした事も無かった。
最も遠い気になる相手。あるいは、最も近い他人。
それが、彼女と私の間柄。距離感の掴み方は途轍もなく難しい。
・・・・・・仕方が無い。
ここで綾子に変に思われたら絶対に色々と聞かれるだろうし、不自然では無い程度に桜を意識から外して会話を続ける事にしよう。
さて。
遠坂凛と綾子の、共通の、今一番ホットな話題と言えば・・・・・・

「ねぇ美綴さん、貴女『あの話』の首尾はどうななっているかしら?」
「おや、珍しく単刀直入ね、遠坂さん」

む。
それじゃあ私が普段まわりくどいみたいじゃない。
まぁ否定はしないけど。

「あら、話をはぐらかすなんて美綴さんらしくない。まさか勝負に勝てないと諦めたんじゃないでしょうに」
「んー・・・・・・・・・まぁそうかもね」

驚いた。
挑発しようと言った言葉を、綾子は素直に肯定してしまったのだから。

「好きな相手は出来たんだけど、色々問題がありそうな相手でさ」
「な―――」
「え―――」

思わず絶句。
見れば桜も隣で目をまんまるにしていた。
そりゃあ驚く。
美綴綾子は、学園生徒一般からは男嫌いと噂されている。
だが、何を隠そう半年ほど前、私と綾子は『どちらが先に恋人を作るか勝負。負けたほうは一日勝者の言う事を聞く』なんて賭けをした。
恋人とは当然男性なのだから、彼女は男嫌いと言う事は無い。
だから驚く事は無いのだが・・・・・・正直、私はこの女が誰かに恋をするという姿が想像できなかった。
文武両道、武芸百般。
幼少の頃から様々な武術を収め、唯一心得が無かったから入部したという弓道で当然のように主将を務めている女丈夫。
カラっとした気風のいい性格、頼りがいのある姐御気質で、生徒会長である柳洞一成や弓道部副部長の間桐慎二の二人に次いで女子生徒に人気があると云う彼女。
・・・・・・まぁ女としてソレはどうなんだと思うけどさ。
とにかく、その美綴綾子に、私より先に好きな相手が出来たと言うのは、失礼ながら完全に予想外だった。
でも、それ以上に信じ難いのは、あの美綴綾子が諦めとも取れる言葉を口にした事だ。
それだけは、天地がひっくり返っても無いと思っていたのに。
一体どんな相手で、どんな問題があったと言うのだろう。

「それで、相手って言うのは誰なんです?」
「・・・・・・・・・それは言えない」

そう言って顔をそらす綾子。
よく見れば頬はかすかに紅潮していて、まるで恋するオトメのよう。
いや、本人がハッキリ恋していると言ってるんだけど・・・・・・ますます『らしくない』態度だ。
と、妙なプレッシャーを感じて見てみれば、なぜか桜が綾子の方を見ている・・・・・・いや、あれは睨んでいると表現すべきか。
今朝の綾子の言動もレアだけど、こんな表情の桜も始めて見た。

「まさか主将、危ないところを助けられた相手に一目ぼれなんて、言いませんよね?」
「そっ、そう云うんじゃ無いよ。うん」

いま、朗らかな朝の弓道場が凍りつくほど冷え込んだ気がする。
意味は分からないが何か無数のトゲが込められていそうな桜の言葉に、冷や汗まじりで答える綾子。
桜は「はい、主将がそうおっしゃるなら信じます」と言っているが・・・・・・あの目はこれッポッチも信じてないんじゃないだろうか?

「それより、遠坂さんの方の首尾はどうなのよ?」
「残念ながら。そういった気になれる殿方がまだ見つかりませんもの」

肩をすくめて答える。
私はどうも人の情という物に疎い人間なようで、恋愛と言われてもなかなかピンと来ないのだった。
それに、今はそれよりも大切な事の準備で大忙しなのだし。

「殿方・・・・・・そーだよなぁ・・・・・・普通は、そうだもんなぁ・・・・・・」

ふと見ればブツブツと小声で何か呟いている綾子。
その後、私は詳しく話を聞きたがる桜に賭けの事を簡単に説明して、弓道場から退出する事にした。

「ありゃ、射は見て行かないの?」
「見ても分からないもの。それに、顔を合わせたく無い人がもうすぐ来ますから」
「それって・・・・・・慎二の事?」
「それはご想像にお任せします・・・・・・ええまぁ、他にいませんけれど」

なぜか綾子は笑い出しそうな顔を、桜は随分複雑な表情をしている。
そうして。

「まぁ二日連続で嫌われるとは、アイツもかわいそうな事だね」

そんな意味不明の事をのたまった。

 ◆◆◆

5: ハウス (2004/03/28 20:46:14)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

気が付けば放課後。
あの後弓道場前で顔を合わせたくなかった間桐慎二に遭って呆れたり、校舎に入れば生徒会長とばったり会って軽くイヤミを応酬したり、その時小柄な女の子のクセにやたらスパナの似合うアイツに逢ったりしつつ、三枝さん達のお誘いを断って一人で昼食を食べたり、相変わらず優等生を演じたりと、いつも通りの学生生活を無事に過ごした。
ここまでが学生・遠坂凛の時間。
ここからが魔術師・遠坂凛の時間となる。

そう。遠坂凛は魔術師だ。
しかもこの冬木の土地を管理するセカンドオーダー。
魔術師の世界においても、一応名門を名乗れるぐらいの、由緒正しい家柄なのだ。
そんな遠坂の家系も、今は私一人。つまり私が現当主と言う事になる。
前の当主であった父が亡くなったのが10年前。
死因は、老衰でも病死でも事故死でもない。
父は戦争に行って死んだ。
それは聖杯戦争と呼ばれる、この冬木市でのみ行われる魔術師の戦い。
目下私の最大関心事だ。
もっとも聖杯戦争と称される戦い自体は他の土地でも行われているらしい。
ただ、この土地の聖杯戦争だけは、他の土地のそれと明らかに違う部分がある。
それはサーヴァントと呼ばれる使い魔を使役しての戦いだと云う事。
その使い魔を召喚する触媒を探して、私は連日連夜屋敷に残された遠坂家の遺産を探し回っていたのだが、どうにもかんばしい結果が訪れてくれない。
それだけでもイライラすると言うのに。

『ピ―――凛、そろそろ結果を出せ。残る席はあと三つ。お前にはマスターたる予兆が既に顕れているのだ。聖杯戦争に参戦する意思があるのなら、今晩にもサーヴァントを召喚しておけ。お前が不参加の場合、代わりの魔術師を用意する時間がかかるのだから・・・・・・まぁ、死ぬのが怖いと言うのなら早々に教会に駆け込むのだな―――プツ』

なんて留守電が、家に帰るなり入っていた。
この横柄な口調の男は言峰綺礼。
私の父の弟子、つまり兄弟子であり、ついでに今の私の師匠でもある。
魔術協会から教会に鞍替えした変り種で、しかもまだ協会とも繋がっているというエセ神父。
今回の聖杯戦争の検分役であり、教会に駆け込むと言うのはマスターがマスターたる権利を放棄して聖杯戦争を脱落し、検分役に保護を求めると云う意味なんだけど・・・・・・

「安い挑発してくれて・・・・・・やってやろうじゃない」

本当は、最強と言われるセイバーのサーヴァントを召喚する触媒を探していたのだけど、もうかまわない。
散々家捜しして出てきたのは、父の遺品でもある膨大な魔力が込められたペンダント。
強力だが、召喚の触媒になる魔具では無かった。
でも、別に触媒など無くったって、セイバーを扱えるマスターなんて私だけに決まっているのだ。
そう意気を挙げて、私は自分の魔力が最高潮に達する時間―――深夜2時になるのを静かに待つ事にした。

 ◆◆◆

静まり返った夜の街を衛宮白兎はキャスターと歩く。
とは言っても、キャスターは姿を消しているので、端から見れば夜道を一人で歩いているようにしか見えないだろうけど。
背中に盾を背負って、腰に剣を下げて夜道を歩く姿は一発で職務質問を受けそうな姿ではあったけれど、まぁ背に腹は変えられない。
未熟な私では、投影の魔術を使うのに現時点で最短27秒の時間がかかる。
このタイムを縮めるのが目下の課題なのだけど、とりあえず実戦になる可能性がある現在、こうやって持ち歩いたほうが遥かに実際的なのだ。
まぁもう一つの問題として、土蔵に積み上げてある投影した武器類がそろそろシャレにならない量になってきているという事もある。
日曜日に展示会で見てきた武器防具の数々から、キャスター謹製の魔術武器、藤ねぇの家である藤村組で見たドスとかポン刀などなど。
このまま行くと土蔵が武器庫になりそうなので、とりあえず使える分は使おうという方針なのであった。

『どうやら、今夜は収穫無しのようですね』
「そーだね・・・・・・まぁ、事件が無いのは良い事だよ。うん」

新都を一回りして、深山町に帰り着いたのは深夜11時。
何事も無いまま、町の中心とも言える交差点までたどり着く。

「ここから学校や柳洞寺、洋館の方にも行けるけど・・・・・・」
『サーヴァントの気配は、今の所ありません・・・・・・それよりその、早く家に帰って・・・・・・』
「うっ・・・・・・」

念話でも恥ずかしがっているのが判るキャスターの声に、こっちの方が真っ赤になってしまう。
彼女が求めているのは、つまり夜のアレのお誘いである。
どうも日を重ねる毎にキャスターは積極的になっていて、しかも今日など一緒に台所に立ってベッタリひっつくものだから桜や藤ねぇに変な目で見られて・・・・・・と、言うか睨まれてしまった。
私だって嫌なわけじゃないけど、女の子としては羞恥心とか慎みとか、そう云うのを忘れて欲しくないぞ。
周囲の目とかも・・・・・・って、今のキャスターの声は私にしか聞こえていないのだけど。

が、考えてみればキャスターの姿と声は他人には見えも聞こえもしない。
つまり私が一人で喋ってひとりで赤面する変な人に見えているわけで、ただでさえ珍妙な格好だと言うのに顔見知りにでも見られたら目も当てられない。
思わずキョロキョロと辺りを見回して―――

「あれ?」

人影が目に入った。
もう400メートルは離れているだろうか。私の異常に良い視力でなければ気にならなかったであろう遠くの影。
黒いシャツに黒いズボン。
ご丁寧に走りやすそうなシューズと目深に被った帽子、それにウエストポーチまで黒い。
なにより奇妙なのは、片手に下げた日本刀らしき物。
そんな格好の人物が、明かりの落ちた住宅に入ったかと思うと玄関には向かわず、その横の大きな窓にガムテー部を貼り付けていって・・・・・・・・・

「!?――――――そこの貴方っ!!」

叫んだ私の声に驚いたのか走って逃げ出す人影。
ここ数日深山町を騒がせている強盗殺人事件が頭をよぎる。
犯人は不明。
凶器は―――鋭利な大型刀剣類!

「待ちなさいっ!!」

全速全力全疾走。
逃げる影を追って走る走る走る。
こんな事なら弓を持ってくるんだったと思いつつ、絶対に逃がさないと勢い込んで脚を動かす。
平和な家庭。突然押し入る影。理不尽な暴力。そして人の死。
アレがその犯人なら。
アレがまだ同じ事を続けるのなら。
アレは正義の味方である私が、絶対に逃がしてはならない相手だ。

「追跡・開始(トレース・オン)」

脳の中にある撃鉄を落とす。
魔力を込めるのは両足と両目。
決して見失わないように、必ず追いつけるように。。
魔術以前の基礎技術ではあるが、こうやって強化した脚力はオリンピック選手並みの疾走を可能にしてくれる。
更に万全を期すためには・・・・・・

「キャスター、110番! 警察に連絡してっ!!」
『なっ!? 何を言っているのですか! マスターが前に出てサーヴァントが後方に回るなど・・・・・・』
「いいから早く!! あれはサーヴァントじゃ無いでしょ! だったら私で十分!!」
『でもっ・・・・・・ああもう、判りました!!』

背後に感じていたキャスターの気配が消える。
最寄りの電話を探しに行ってくれたのだろう。
ならば、私は私の役目をキッチリ果たす!!

気がつけば夜の公園に入り込んでいた。
縮まる距離。最早目前にある相手の背中。
走りながら背中から盾を降ろして取っ手を握り締めた丁度その時。
振り向きざまに抜刀した影が、その刃で切りつけてきた。

「―――おらぁ!!」
「――――――」

だが、甘い。
既に予想していたその斬撃を、疾走のスピードを殺さぬまま剣で弾き、ほとんど同時にきつく握り締めた盾を相手のわき腹に叩き込む。

「ぎはっ!?」

もんどりうって倒れる男。
速度と体重をありったけ乗せて金属製の板で強打したのだから肋骨の一本や二本は折れたかもしれない。
脇腹を押さえながら上体を起こしたのは、まだ若い20歳ぐらいの男だった。
顔で他人を判断してはいけないのだけど、鼻と言わず唇と言わずピアスを通したその顔は、控えめに言っても善人には見えない。
もっとも、追いかけてきた私を日本刀で斬り付けたのだから、真っ当な善人なはずも無いが。

「なっ・・・・・・なんだよテメェはよぅ!?」

驚いた顔でこちらを見ている。
そりゃそうだろう。私の今の格好は動きやすいツナギ姿に西洋風の剣と盾だなんて、時代錯誤と言うかなんと言うか、まるで中途半端なコスプレみたいなのだから。
その困惑は重々理解できるけど、今は先に聞いておくべき事があった。

「私の事はどうでもいいんです・・・・・・ここ最近の強盗事件、貴方が犯人ですね?」

剣を突きつけて詰問する。
その私に。

「はっ、何の事だかさっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああそうだよっ!!」
「っく!?」

言って、掴んでいた砂と石を投げつける男。
反射的に盾で弾いている隙に、立ち上がった男は再び逃げ出した。

「逃がしま―――!?」

走り去るその先に、別の人影が一人。
男の手には抜き身の日本刀が握られたまま。

「そこの人、危ない!!」
「邪魔だぁ、どきやがれえぇぇぇ!!」

振り上げられる兇刃。
脳裏に次の瞬間の惨劇がよぎる。

「邪魔は貴様だ、雑種」
「!?」

刀を振りかぶった男がそれを振り下ろす前に。
しかし圧倒的に早い動きで男の懐まで踏み込んだその金髪の青年の膝が腹へと突き刺さっていた。

「がふっ!?」
「・・・ふん」

鮮やかに膝を支点に回転する脚。
迅速に跳ね上がったつま先が男の側頭部を蹴り飛ばした。
あっけなく昏倒する男。
そこに及んで、金髪の青年は両手をポケットに入れたままだった。
圧倒的な強さ。容赦の無い攻撃。男を見下す無慈悲極まりない瞳。
そこに感じたのは、恐怖。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ん、この前の女か? また逢ったな」

言われて思い出す。
その青年は一昨日商店街でぶつかった人だ。

「あ・・・・・・こ、こんばんは」
「ほう。端女かと思っていたが、夜警の類だったのか」

一瞬感じた恐怖も忘れて思わずペコリと頭を下げて普通に挨拶してしまう私に、そんな事を言ってくるギルガメッシュさん。
ハシタメだとかヤケイだとか、なかなか古風な人だ。

「夜警じゃなくて正義の味方です」
「っく・・・・・・くははははは・・・・・・はははははははははははははははははははははは」

思わず反射的に答えた言葉に、近所迷惑も考えずに大笑いされた。
まぁ予想通りの反応だけど、ここまであからさまだと逆に清々しさすら感じてしまう。

「ははははは・・・・・・はは・・・・・・なるほどなるほど、そうか。今の世の人間にしては面白い女だ。気に入った、名を名乗る事を許すぞ」
「はぁ・・・・・・・・・衛宮白兎です。貴方はギルガメッシュさん、ですよね?」
「ほう、我の名を何処で知った?」
「ほら、商店街で神父さんが貴方を呼んでいたじゃないですか。あの時です」
「神父・・・・・・ああ、綺礼のヤツか」

随分と尊大な態度のギルガメッシュさんだが、やはりここまで突き抜けていると腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなる。
と、公園の外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。
キャスターが呼んでくれたのだろう。

「―――ふん、五月蝿くなってきたな。今宵の散歩はここまでにするか」

呟く言葉はあくまで平静。
刀で切りかかられた事など気にも留めていないようだ。

「あの、この強盗犯退治のお手柄は貴方の・・・」
「知らん。煩わしい」

一言で斬って捨てると、クルリとサイレンの音に背を向けて去っていくギルガメッシュさん。
背中越しに片手を挙げてヒラヒラと手を振る彼に、私も小さく手を振った。
まぁ警察にあれこれ説明するのが面倒と思う人なのだろう。
・・・・・・ってゆーか、私の格好なんかは絶対警察に説明できない類の物だと今更気がつく。
強盗自身が持っていたガムテープで刀ごと街灯に縛り付けて、ポーチに入っていたマジックで『強盗犯につき逮捕を願う』と顔に書いてから、慌ててパトカーの来ていない方向に逃げ出した。

「それにしても・・・・・・」

走りながら考えたのは金髪の青年の事。
強盗に一撃を加えた動き、どこか剣呑な空気、それにギルガメッシュという名前。
それは人類最古の叙事詩の英雄と同じ名前だ。
ひょっとすると彼は・・・・・・

「・・・・・・まさか、ね」

英雄の名前を子供につける事なんて良くあるだろうし、あの人は魔術師としての目で見ても肉体をもっていた。
だから、きっと。彼はサーヴァントでは無いはずなのだ。

 ◆◆◆

海浜公園の街頭時計の針が12時を指す。
夏にはカップルと覗きのメッカとなる公園だが、冬木市の長い冬の真っ只中、川風も厳しい公園にたむろしている人影は二つだけ。

「まったく、美綴一人襲えないなんて。随分と無能なサーヴァントだよな、ライダーは」
「・・・・・・・・・・・・」

ベンチに腰掛けて悪態をついている男と、それに何の反応もせずただ立っているだけの黒衣の女。
女の方は、昨夜美綴を襲撃しようとした女サーヴァント・ライダーである。
彼女は既に昨夜は魔術師らしき敵の介入で邪魔をされた事、その女は強力な魔術防壁を一瞬で使ってきた事、まだ聖杯戦争が始まっていない今、派手に暴れるのは危険であるという事を説明していた。
にもかかわらず彼女のマスターはライダーに対する悪口雑言を吐きつづけている。
結局、何事にでも難癖をつけたくて、だから何時までも難癖をつけ続けているだけなのだ。
原因があって結果苛立つのではなく、苛立ちをぶつけるために原因を求める。
彼はそう云う類の人種であった。

「まぁいいさ。僕は寛大だからね・・・・・・とりあえず今夜は、適当なエサを喰って帰るとしようか」

軽いウェーブのかかった髪を掻き揚げ、黙って微笑んでいれば秀麗だとか可愛いだとか形容されるであろう顔をいびつに歪ませて立ち上がるマスター。
その時、公園の入り口から足を踏み入れる人影があった。

「ん? ちょうど良いエサが来てくれたじゃないか。どうやら女みたいだし・・・・・・アレにしろ、ライダー」
「・・・・・・待って下さいシンジ、アレは・・・・・・」

言って、自らの主を守るように立ちふさがるライダー。
近づいてくる人影。
街灯の下にたどり着き、照らし出されたその姿に、ライダーのマスター・間桐慎二はやっと異常に気がついた。

「な―――なんだアイツは!?」

その身を被うのは細かな銀の鎖で編まれた鎖帷子。
胸と手足の部分は板金鎧で補強され、頭には二本のツノを模した装飾のある兜を被っている。
右手には赤黒い不吉なヴァイキング風の長剣。
左手には鎖に繋がれた白骨を象嵌してある大きな盾。
北欧神話のヴァルキューレを彷彿とさせるこんな格好をした女が何者かなど、今の時期を考えれば答えは一つしかあるまい。すなわち。

「サーヴァント・・・・・・セイバーですか!」

言うり早く、うねる蛇のような動きでライダーが飛び出す。
どう見ても槍兵でも弓兵でもなく、まして魔術師や暗殺者にも見えない以上、それはセイバーかバーサーカーであろう。
だが、そのサーヴァントの気配に狂気は無い。
あるのはただ、研ぎ澄まされた殺気。

「ハアッ!!」

投げつけた杭のようなダガーを目くらましに、四肢の全てを使った奇怪な走法をもって相手の背後に回るライダー。
手にした盾でダガーを弾くものの、自分の動きにまったく対応できずにいる相手を見て無表情な顔の下でほくそえむライダー。
相手が宝具を使う前に倒すべく先手必勝を成そうと考えたライダーではあるが、セイバーかも知れない相手に真っ向から討ちかかるほど無謀では無い。
手の中に愛用のダガーをもう一本実体化させ、真後ろから投擲する。

「ジャッ!!」

これがかわされても―――いや、当然回避される。相手はサーヴァントなのだから―――ライダーの攻撃は終わりではない。
今は実体になっていない、最初に投げたダガーに付属した鎖を出現させれば敵を絡め獲る事が出来る。
そのまま魔眼を叩き込み、動きを封じた所で必殺の一撃を打ち込めばいい。
そう考えていた。

「!?」

だが、相手は避けない。
ただ、飛来するダガーよりも迅く、彼女のマスターに向かって疾駆しただけだ。

「――――――殺ね」
「ひいっ!?」

死の臭いを纏った剣が振り上げられた瞬間、ライターはためらう事無く魔眼を発動させた。
空間そのものまで圧殺するかのような重圧。
余波だけで慎二をも巻き込んだ呪縛の呪いが公園の夜気を軋ませる。
その中で、なお剣を振り下ろそうとしているサーヴァントに向かって、ライダーは身体ごとぶつかった。

「シンジに手出しはさせません」
「ちっ!!」

数歩分の距離を弾き飛ばされたたらを踏むサーヴァントだったが、すぐさま体勢を整えて―――ライダーを無視して慎二へと向かった。

「逃げなさい、シンジ!!」
「あ・・・はあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

即座に魔眼の威力を解いて叫ぶライダー。
だが、肝心のマスターは恐怖に縛られて震えるだけだ。

「くっ」
「―――殺す」

二人の間に割って入って、激しく斬りつけてくる敵の剣から慎二を守り二本のダガーを振るうライダーに内心焦りが浮かぶ。
このままでは不利だ。
ライダーのクラスは進軍スピードが高い事が特徴。
その戦い方もまた、奇襲や一撃離脱を旨とした速度を生かしたものである。
にもかかわらず、動けないマスターを守っての戦闘となるとまったく長所が生かせない。
まして、魔術師ならぬマスターを持ったことにより十分な魔力供給が受けられないその身。
このままでは敗北は必至だった。

「殺す。殺す。殺す」
「ひいっ! 来るな、来るなよぅ!!」

それでも、執拗な攻撃を捌き切る事が出来たのは、相手がマスターである慎二だけを狙い、言葉と裏腹にライダーを傷つけないように切りかかるという不思議な行動をしているおかげだった。
それにもう一つ。
そのサーヴァントの内包する魔力量が、今のライダーよりも劣る程度しか無かったことだろう。
ならば。

「シンジ、撤退します!!」

叫んで、しかし背後ではなく前に突っ込むライダー。
案の定敵サーヴァントは驚いて剣を退いた。
即座に反転し、いまだ青い顔で硬直したままの慎二を小脇に抱えて走り出す。
そのスピードは、現状でさえランサーを覗く全サーヴァントの追随を許さない。
あのサーヴァントの魔力量では、追ってくる事は無いだろう。

「この屈辱、忘れませんよセイバー」

短く呟きながら、ガタガタと震えるマスターを抱えたままビルの谷間を疾走するライダー。
予想通り敵の追撃は無く、主従はそのまま夜の闇に消えて行った。

 ◆◆◆

―――時計の針が、2時を指す。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出て、王国に至る三叉路は循環せよ」

私、遠坂凛は魔術師である。
生命力を根源とする小源(オド)と自然界に偏在する大源(マナ)、総じて魔力と呼ばれるエネルギーを操って様々な神秘を行う者。
一般人には無としか思えぬ状態から火炎や雷撃を生み出し、不可逆を可逆に変え、現実の諸相を変容させ、箒をつかって空を飛び、黒猫や鴉を使い魔として従える御伽噺の登場人物の末裔。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」

ゆえに今宵、遠坂凛の魔力がもっとも満ちる深夜の二時、彼女が自らの工房にして住居でもある遠坂邸の地下室にて、召喚の魔法円の前に立ち魔道の儀式を執り行うことはなんら不思議ではない。

「―――Anfang(セット)」

呟いたのは切り替えの言葉。
自らの肉体を遠坂凛という名の少女から、魔術を成すためだけの装置へと変革するスイッチ。
瞬間、呼び集められた大気中の魔力が、私の体内を走る魔術回路へと流れ込み始めた。

「―――――――――告げる」

ザリザリと体内を破損させるエネルギーの奔流に満たされつつ、充ると同時に失われる感覚。
喪失する端から尽きる事無くエネルギーは流れ込む。
流れ込む端から満ちていたエネルギーは喪失される。
流入と喪失は円環を描き、肉体は魔方陣の一要素にして中核へと変貌していった。
循環する魔法円。その円内を疾駆する魔力。
魔力という異質に拒否反応を示して、その主の意識を刈り取ろうとする自己の肉体を制御。制御。制御。
いかなる魔術師であろうとこの拒否反応は無くす事は出来ない。ただ制御を行うのみ。
否。より激しい拒否反応を制御可能な者こそが達人と呼びうるのだ。
その意味で、この私は魔術師として完成の域に達しているだろう。
肉体と精神を侵す激痛を、全て圧して耐え切って見せる。

左腕では魔術刻印が吼え猛る。
魔術装置であり、魔杖であり、魔法書であり、一族の知識の結晶でもあるそれは、儀式を成功に導くために独自に詠唱を開始して、少女の魔術回路に更なる魔力を流し込んでゆく。

「―――――――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ」

その信じ難い激痛をすら制御しきって、遠坂凛は自らの魔術行使の成功を確信した。
確かに感じた手ごたえを現実のものとすべく、最後の一節を高らかにとなえる。

「誓いを此処に。
我は常世全ての善と成る者、
我は常世全ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

魔方陣に循環する魔力が変換される。
それは第五架空物質。エーテルと呼ばれる不在の要素。
荒れ狂う『ありえないモノ』の奔流が、定められた儀式により編まれる力場に収束する。
収束するはずだ。

この儀式はサーヴァントの召喚儀式。
聖杯戦争と呼ばれる戦いへの参加権を手に入れるもの。
聖杯という人の手に余る物を手に入れるため、人の手に余る英霊―――人の中から生まれて人を超え、精霊や神に近い存在へと昇華したゴーストライナー―――を召喚し、使役する七人の魔術師がお互いに戦い合う大儀礼への最初の一歩。
通常の使い魔などとは比較にならない、最強の使い魔・サーヴァントを聖杯の力を借りて呼び出すための魔術儀式だ。
なればこそ、収束したエーテルは魔法円の中心に収束し、サーヴァントとしてのカタチを得ていなければならないのだが・・・・・・

「あれ・・・・・・?」

私の前には何者も現れていなかった。
それどころか魔力やエーテルの残滓さえない。
あまつさえ上の部屋、居間のあたりから何か派手な破壊音が鳴り響く。

瞬間、慌てて駆け出す。
跳ねるように階段を駆け上がり、衝撃で歪んだのか開かなくなったドアを蹴り開けて居間に飛び込んだ。

「・・・・・・なっ!?」

絶句。
まず目に入ったのは嵐でも通り過ぎたかと思えるほどにグチャグチャになっている居間の惨状。
続いて、その部屋の真ん中で妙にえらそうな態度でふんぞり返っている真紅の服を着た人物を視認した。
紅い外套につつまれた、筋肉質の男。
色を失った真白の髪に、引き締まった褐色の肌。
鷹を思わせる鋭い双眸は、しかし気だるげに細められていた。
赤い外套を纏う身長は190にも及ぶだろうか。
真紅の外套の下には拘束具めいた黒い鎧。
強靭な騎士を連想させるその男は、まるでこの部屋の主でもあるかのように私に尊大な視線を向けている。
けれど、何より気になったのはその背後。部屋の惨状にもめげず健気に時を刻んでいる柱時計だった。
時刻は丁度二時。遠坂凛の魔力が最大限に高まる刻限であり、だからこそこの時間に召喚の儀式を執り行ったのだが・・・・・・

「・・・・・・・・・また、やっちゃった」

遠坂家の『遺伝的な呪い』。
大事な局面で決まって凡ミスをしてしまうと言う欠点。
私は今朝から時計がまるまる一時間進んでいたという事実を失念していたのである。
つまり現在の時刻は一時。魔力が最高値になるまであと一時間という時刻だった。
屋敷中の時計が狂っていた原因は不明。
まるで凛が儀式に失敗するように、世界自体が時計を狂わせたかのような偶然の出来事だった。

「やっちゃった事は仕方ない。反省」

まったく自慢にならないが、大ポカをやらかす事には慣れている。
私の切り替えは早いのだ。
とりあえず失敗は失敗として、目の前の男に目を向ける。

「それで、アンタ、なに」
「開口一番に出てくる言葉がソレか? これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたようだな」

赤い外套の騎士は、これ見よがしに眉根を寄せて、同時に嘲笑するような視線でそんな事を言った。
その後小声のくせに聞こえよがしに「これは、貧乏クジを引いたかな」などと付け足したりしやがる。

「―――――――――」

怒りと、そして驚きに言葉を失った。
マスターに引き当てられた。
その言葉は、彼が召喚されたサーヴァントであることを示している。
しかし服装こそ奇矯ではあるが、目の前の男はまるっきり人間に見えた。

―――否。
遠坂凛の魔術師としての知覚が、その感想を圧殺する。
アレは魔力のカタマリだ。強大で危険。人間の中から生まれながら、精霊の域まで達したバケモノ。ニンゲンを超越した『亡霊』、神域に達した魂『英霊』なのだと。

カチリと、柱時計が分針を刻む。
まるで私がこのサーバントを引き当てる事を仕向けるために狂いを生じさせたような、一時間キッカリ進んでいた時計の音。
その音で我に返る。
アレは、私の。
どれほど強力だろうと、アレはサーヴァント。魔術師・遠坂凛の使い魔だ。
問題とするべきは、この初対面で性格が悪いと分かるこの男をいかにして従え、コントロールするか。
そう自分に言い聞かせて頭を切り替え、白髪のサーヴァントへ問うた。

「―――確認するけど、あなたは私のサーヴァントで間違い無い?」

これが魔術師・遠坂凛と、そのサーヴァント・アーチャーのファーストコンタクトであった。

 ◆◆◆

6: ハウス (2004/03/30 23:21:15)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――2月1日―――

攪拌された過去が再構成されてゆく。
自分が何者であるか、思い出してゆく。
私の記憶。
それは殺戮に彩られた地獄の記憶だった。
私は英霊であり守護者。
その在り様は、輝かしい呼称とは裏腹に最悪だった。
世界の滅びを回避するべく、人が滅びをもたらした場所に現われて、その一切合財を刈りとる死神。
生きるものも、死にゆく者も、全てをなぎ払い殺しつくす破壊者。
けれどそれが、その場所以外に生きる人々を守るためならばそれで良いと、自分に言い聞かせた事もある。
そう。
そんな、自分の手が血にまみれる事よりも最悪なのは。
滅亡の淵に現われる人間の醜さだ。
怒り。殺戮。不義。殺戮。嫉妬。殺戮。欺瞞。殺戮。狂気。殺戮。我欲。殺戮。悦楽。殺戮。妄執。殺戮。破壊。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。
あらゆる悪意が、そこにはあった。
浮き彫りにされたそれを見せ付けられ、全てを、殺して殺して殺して殺しつくす。
その繰り返し。

ああ、そうだ。
誰かを助けるためなら良いなどと言うのは大嘘だ。
だって、この手はただの一人も救う事など出来ていないのだから。

果てしない死と死と死の道程。
ココロを磨耗させる血塗られた在り方の果てに、望んだ理想は、胸に抱いた正義は、ただ絶望へと変って行った。
そして何時の頃からだろう。
私が望むのは、たった一つの醜悪な奇跡だけになっていたのだ。

 ◆◆◆

―――さて。
ここに剣(セイバー)と本(トオサカリン)と闇(マトウサクラ)がある。
君が挑むのは十年前だ。
何を選んで何を倒すべきかは。
決して、自分にだけは知られてはいけないよ――――

 ◆◆◆

何を選んで何を倒すのか。
ああ、そんな事はもう決まっている。
殺すのはエミヤシロウ。かつての自分自身に他ならない。
私は冬木市の聖杯戦争に呼び出されたアーチャーのサーヴァントだ。
人であったこの身が死んだ日から約十年の過去。
死後守護者となって世界の掃除屋に成り下がってから幾年月。
磨耗したココロで、ただ過去の世界に現界して自分を殺す事だけを唯一の希望としてきた私に巡ってきた、千載一遇のチャンスだった。
過去の自分を自分の手で殺す。
その行為によって、世界は矛盾を孕み、結果英霊エミヤの存在が消滅する。
それだけが、今の私の希望だった。
不運にも私を召喚したマスターの不備によって混乱していた記憶も朝日が昇る頃にはほぼ回復している。

マスターである女魔術師に令呪まで使って『命令に服従する』などという呪縛をかけられたのは予定外だが、どの道聖杯戦争はマスター同士の殺し合いだ。
過去の私が『私の過去』の通りマスターであるなら殺し合いになるのは必定。
無限に分岐する多次元宇宙の『ゆらぎ』によってこの次元の『衛宮士郎』が万一マスターになっていない場合でも、マスターの目を盗んで小僧一人殺害するぐらいは容易いだろう。
その時は・・・・・・衛宮士郎の魂を『喰って』しまえば矛盾は更に増すかもしれない。
その行為を想像して、私の魂は暗い悦びに震えた。
まぁその令呪の命令のせいで、不完全な召喚の儀式のせいで半壊した部屋の掃除までさせられたのは、なんと言うか不本意もいいところなのだが。

「それより―――貴方、自分の正体は思い出せた?」

夜を徹して完璧に修復と掃除をした部屋のソファで、私が淹れた紅茶を傾けながら聞いてくるマスター。
その質問の答えはYESだが・・・・・・私は黙って首を横に振った。
思いもしない所から『自分』に知られないとも限らない。私怨の事は誰にも漏らさない方が良いだろう。

「そっか―――なかなかに深刻ね。
まぁいいわ、貴方の記憶については追々なんとかしていくって事にして。
まずはアーチャー、着替えてくれる?」
「着替え? なにをするつもりだマスター」
「街を案内するわ。どうせ学校は休む事にしたし、おおまかな道や建物がわかった方が作戦なんかも立てやすいでしょ?」

確かにもう日は高く、これから学校に向かうにはいささか遅い時間だ。
この街の地理に関しては『知っていた』のだが、その細部は摩滅して思い出し難い・・・・・・確かに簡単に把握しておくべきだろう。
だが。

「ああ、それならマスターからの魔力パスを切ってもらえば良い。そうすれば我々サーヴァントは霊体化して人の目には映らなくなる」
「あ、そうか・・・・・・元々英霊って霊体だもんね」
「そうだ。そうやって魔力消費を抑えて、普段はマスターの負担を減らしている。まぁ戦う時には実体化しなければならないが・・・・・・霊体でもマスターとの会話は可能だから、偵察ぐらいは出来る」

ポカンと、感心したようなマスターの顔。
魔術師としてはまだ若いが有能な、綺麗な顔に底意地の悪さを隠している小悪魔のような彼女がそういった表情を見せるのは・・・・・・うむ。少し気分が良いぞ。

「ほんっ気で便利ね、サーヴァントって。よし、じゃあ早速出かけて・・・」
「待ちたまえマスター。君、大事な事を忘れていないか」
「え? 大切な事って、なに?」
「・・・・・・まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約においてもっとも重要な交換を、私達はまだしていない」

心底不思議そうにキョトンとこちらを見るマスター。
む。そう云う表情は年頃の娘らしくて大変可愛らしいが、魔術師としてはいかがなものか。
まぁ彼女の内面の強さは昨夜の会話で十分確認したので、それほど心配はしていないが・・・・・・今朝はどうも鈍さが勝っているような気もする。
ああ、そう言えば先刻朝は弱いと言っていたか。

「君な、朝は弱いんだな。本当に」
「悪かったわね・・・・・・って、そうか、名前!」
「やっと思い当たったか。まぁ今からでも遅くは無い。私は君をなんと呼べば良い、マスター?」

遅ればせながら、自分がまだ名乗っていない事に気がついてくれたらしい。
一瞬、心底すまなそうな表情を見せる彼女。
だが、次の瞬間、満面に嬉しそうな笑みを浮かべる。
・・・・・・・・・まさか私をイイヒトだとか善人だとか思っているのではないだろうな?
そんな思い違いを確信にまで至らせないように、私は顔を背けた。
その途端。

「・・・わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなように呼んでかまわないわ」

そんな、頭が真っ白になるような事を告げられた。
凛。
トオサカリン。
かつて、私が衛宮士郎だった頃憧れていた少女。
かつて、聖杯戦争のマスターとして共闘した少女。
その戦いの結末は、年月に磨耗して霞のように定かではないが、彼女はエミヤシロウにとってかけがえの無い人だったはずだ。
欠けた記憶を埋めるピースが嵌り込む。
そう。遠坂凛のサーヴァント・アーチャーは、衛宮士郎の家に駆けつけ、■■■■に切り伏せられ・・・・・・■■■のサーヴァントと・・・・・・衛宮士郎と手を組み・・・・・・■桐■二がマスターの一人で・・・・・・柳洞寺にキャ■■■と■■■■二郎が・・・・・・バ■■■■■の宝具は■■の重ね■け・・・・・・だめだ・・・・・・頭痛が酷い・・・・・・世界が、未来を知って行動するのを阻害しているのか?
ああ、だがそんな事は関係ない。
今重要なのは、俺の目の前に居る彼女が遠坂だと言う事だ。
顔形すら忘却しきっていた少女が、声すら忘れていた少女が。
ただその生き方に、在り方にふさわしい凛と言う名の響きだけしか覚えている事が出来なかった彼女が。

「・・・・・・遠坂、凛」

俺・・・私の、マスターだと言うその事実こそが重要。

「では凛と。ああ、この響きは実に君に似合っている」

万感の思いを込めて、けれどその気持ちは押し隠したまま、告げた。
だって言うのに、凛は風邪でもひいたかのような顔色でこちらを見ている。

「凛? どうした。なにやら顔色がおかしいが」
「――――――う、うるさいっ! いいから行くわよアーチャー! と、とにかくのんびりしている暇なんて無いんだから・・・・・・!」

あまつさえ顔を真っ赤にして怒鳴られてしまった。
・・・・・・なんでさ。
不可思議な凛の行動に溜め息一つついて、私は彼女のあとを霊体化してついていくのだった。

 ◆◆◆

「くぅ・・・あ・・・あうぅぅぅ・・・み、美綴、駄目ぇ・・・こんなっ・・・・・・誰かに、見られたら・・・あぁぁっ・・・」
「んっ・・・ちゅっ・・・・・・くぷっ・・・・・・はんっ・・・・・・」

・・・・・・いったいなんで、こんな事になっているのか。
昼休みの学校、弓道場の裏にある雑木林の中。
人気の無いその場所に衛宮を呼び出した私は、制服のスカートを捲りあげ、股間に生えた女の子にはありえないモノを膝まづいてしゃぶっていた。
一昨日から記憶が時々あいまいで、自分の事ながらおかしいと思っていた。
昨日など気がついたら海浜公園にパジャマ姿で立っていたし、今日は今日で昼休みに入った途端記憶が無くなっていて、こんな事をしている。
まぁそれでも・・・・・・相手が衛宮でよかったとも思っている。
これでもし見ず知らずの誰かにこんな事をしていたのなら、それこそ目も当てられない。
それに比べれば衛宮とはもう一回エッチした間柄だし、私に舐められて、スカートを握る手をプルプル震わせて声を出さないように耐える衛宮の顔なんかは可愛いし、反り返って先走りの液を滲ませているコレなんかに対しても嫌悪感は無く、むしろ熱いソレが愛しいとすら思えてくるのだから。

「そうだ。衛宮はこんな事されたことは無いだろう?」

そんな感情の赴くまま、あたしは制服のタイを解き、胸を肌蹴て、ブラをずらす。
露わになった私の胸をみて衛宮がゴクリと喉を鳴らした。
ふーん・・・・・・自分が『無い』からか、衛宮はおっぱい好きなのかも。
桜には負けるとは言えケッコー自信があるその胸で、私は衛宮のソレを挟んだ。
所謂パイズリというやつだ。

「美綴! なっ、なにを!?」

衛宮の慌てる様子からすると、どうやらあの『キャスターさん』にはしてもらったことは無いようだ。
とは言っても、中学生になる弟がこっそり隠していた雑誌で見ただけで私も初めての行為なんだけど、なんでも男にとっては夢の一つらしい。
私の唾液でドロドロになっている反り返ったソレを包むに胸を押し付けて、それでもなおはみ出た先っちょを舐めてあげると。

「うあっ・・・・・・ダメ・・・ホントにもう・・・・・・出ちゃうから・・・・・・出しちゃうからぁ、お願いだから、止めて・・・・・・」

などと、泣き出しそうな顔で懇願してくる衛宮。
だけど止めてなんかあげない。
だって◆◆◆マリョクをホキュウしなければワタシはマタカツドウをテイシしなければナラナクナル◆◆◆衛宮に気持ちよくなって欲しいから。
それに、衛宮が胸でイかされるのはキャスター◆◆◆あのコンカイショウカンされたのだろうさーばんとはキケンだが、そのますたーをミカタにトリコメレバ、ワタシとヨリシロのアンゼンをカクホするのにチョウドヨイ◆◆◆さんにもまだされた事の無い、初めての行為なんだと思うと優越感も湧いてくる。
衛宮が好き。
だからキャスターさんに嫉妬している。
だからこんな場所に無意識に衛宮を連れ込んでいるんだ。
自分のあさましさを痛感しつつ、でももう気持ちは止まらなかった。

「出ちゃう・・・出ちゃううぅぅぅ・・・・・・ちんぽが・・・爆発しちゃうようぅぅ・・・」
「いいよ衛宮・・・んっ・・・わたしの顔に、全部・・・出していいよ」

理性の融け切った衛宮の顔が可愛くて、私は少し乱暴に舌先で尿道口をつついた。
その途端。

「うあ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

大量の精液◆◆◆マリョクをホウシュツするきゃすたーのますたー。◆◆それを、一滴残らず飲み干す。
喉の奥に絡みつくような、青臭い液体。
それでも、それが衛宮のだと思うと嫌じゃない。
◆◆◆そう。依代である綾子が嫌だと思わなかったのは僥倖だった。しかし、この身に味合わされた屈辱は忘れない。
あのライダーのサーヴァント。そしてそれ以上にそのマスター。
昨日は仕留め損ねたが、今度は必ず抹殺してくれる。
我がクラス、盾の騎士ディフェンサーの名にかけて。
・・・・・・そのためには、もっと魔力を補給しなければ。
幸い、私の心は綾子の心。
この可愛らしいキャスターのマスターともっと◆◆◆
もっと、欲しい。

「衛宮♪ 今度はわたしにしてよね」
「ちょ、美綴・・・・・・学校でこれ以上の事はあぁぁぁ」

枯葉の積もった地面に押し倒す。
遠くで、始業のチャイムが鳴っていた。

 ◆◆◆

7: ハウス (2004/03/31 22:06:19)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

「はぁ、疲れたぁ・・・」

夜の新都をとぼとぼと歩く。
街には仕事帰りのサラリーマンやOL、まだまだ遊び足りない若者などでごった返している。
ネオンに照らされた新都の空は深山町よりも星が少なく、くすんだ月光だけが存在を主張していた。
今日の衛宮白兎の仕事は、藤ねぇの実家・藤村組と縁のある・・・と言うか実質組の子会社である土木建築業者でのアルバイト。
体力には自信があるものの、性別とか年齢の関係でなかなか見入りの良い日雇いのバイトで雇ってもらえない私なので、雷画おじぃさん―――藤ねぇの祖父―――にはいつも感謝している。
で、建築業者の日雇いだけに当然仕事は肉体労働なのだから疲れるのは当然なのだけど、普段から鍛えてあるしもう何度も雇ってもらって手慣れた仕事なので、そっちではそれほど疲れたわけじゃ無い。
こう見えても、現場のおじさん達からは『マメトラ』なんて愛称で呼ばれているほど馴染んでいるのだ。えっへん。
ちなみに愛称の由来は「マメっちょいのにトラックみたいに馬力がある」のと「トラ(藤ねぇ)の妹分だから」というのを掛けているのだとか。
・・・・・・現場で働く藤村組の若い衆のお兄さん達。その呼び名は藤ねぇの前でだけは出さないように。あなた方の身の安全のために。
閑話休題。
じゃあどうしてこんなにくたびれているかと言うと、昼休みに美綴に拉致されて、雑木林で野外プレイなんて事になってしまった事が最初の原因。
続いてそのせいで午後の授業をサボってしまい、結果担任教師(当然藤ねぇ)にサボリの理由を聞かれた事・・・・・・って、聞かれても答えられるわけが無いデス。
あげく一旦家に帰ったらキャスターにも美綴との事を問い詰められて「今夜はオシオキですね♪」などと言われてしまった事が原因なのだった。

「・・・・・・家に帰るのが怖いなぁ」

誤魔化しきれた自信は無いので、多分藤ねぇは家で(タイガーだけに)虎視眈々と待っているだろうし。
キャスターなんか、嬉々として例の『薬』とか用意していそうだし。
ついでに今朝、出かける前に桜とキャスターのどっちが夕飯を作るかで言い合っていたのも、なにか不安をさそうし。

・・・・・・街行くサラリーマンのお父様方、これが帰宅恐怖症という物でしょうか?

そんな風に現実逃避ぎみに夜空なんかを見上げていたら、妙なものを見つけてしまった。
新都でもひときわ高いビルの屋上。
そこに立つ見覚えのある人影。

「あれって・・・・・・」

切嗣謹製視力抑制メガネを外して、眼球へと魔力を送った。
この状態の私は、昼間なら空すら成層圏の紫色に見えてしまう視力になる。
それまで星が見えなかった夜空に無数の星々が現われ、くすんでいた月光も夜気を切り裂くように輝き始める。
その夜のパノラマを背負って。
二つに結んだ長い髪や、夜空の黒に浮かび上がる赤のコートを風に弄らせるままに凛と・・・そう、名前の通りに凛と立って下界を見下ろしている姿。
私があんな風になりたいと憧れている我が学園一の優等生・遠坂凛だった。
けど、なんであんな場所に立っているのだろう?

「ん?」

なにか、眼が合ったような気がする。
いや、この距離ではありえない。
人並み外れて視力の良い私が、魔力まで使ってやっと見える距離なのだ。
彼女があの高さから、しかも人ごみの中に居る私を見つけられるはずなんて無いはず。
と、じっとその姿を見ていると、遠坂さんは唐突にきびすを返して姿を消してしまった。

「はて、なんだったんだろ・・・・・・でも・・・」

でも、月を背にして立つ遠坂さんの姿は。
まるで御伽噺の中の、塔に立つ魔術師のようで。

「なんだか似合ってたな、遠坂さん」

 ◆◆◆

「ただいまー」

せめてもの御機嫌取りにと買ってきたケーキを手に居間に入る。
新都の美味しいケーキ屋さん・フロマージュ特製のショーケーキは学校でも女子の間で大人気の逸品。
これさえあれば藤ねぇの暴走を抑えることができるだろうし、よしんば桜も不機嫌だったとしてもリカバリーは可能。
キャスターに効果があるかは不明だけど、意外と女の子らしい所の有るキャスターだから、期待はできるはず。
箱の中身は、だいぶ多めでケーキ8つ。
うむ。武器の貯蔵は十分だぞ。
そう思って襖を開けたら。

「衛宮、お邪魔してるよ」
「美綴?」

思わぬ伏兵が居ましたとさ。
・・・・・・余分に買っておいて良かった。

「あーっ、しろー遅いよー。お姉ちゃんお腹ペコペコー」
「お帰りなさい。お疲れ様です先輩」
「白兎さま、お帰りなさいませ」

美綴以外はいつも通りの風景。
テーブルには大皿に盛られた、桜やキャスター作にしてはちょっと大味かなー? でも十分美味しそうだなー。的な料理が並んでいて、その周りに行儀良く座ってお茶を飲んでいる余人の姿。
うん。平和な我が家だ。

「・・・・・・・・・・・・」

やめよう。
自分すら騙せない嘘は相手を不快にさせるから。
うん。現在の居間の空気は、なぜだか知らないけど妙に重い。
こう・・・空気が硬化しているような感触だ。
各人の手元を良く見れば、桜が玄米茶、美綴がミルクティー、キャスターが何時ものコーヒーを飲んでいて、藤ねぇの前にはその三種類が勢ぞろいしていたりする。
これって多分、全員が別々に二人分ずつだけ淹れたって事で・・・・・・なぜか背中がうそ寒くなってきた。

「あ、夕飯待っててくれたんだ。お、美味しそうだね。うん」

とりあえず会話をと思ってそう口にした瞬間、空気の重圧が10キロほど増した気がする。

「昨日のお礼にと思って、わたしが作ったんだ。口に合うといいけど」
「よーし、ろしーも帰ってきたし、早速御飯にしよー!!」

重い空気を無視して答える美綴と、気がつきもせずに元気に言い放つ藤ねぇ。
対照的に桜とキャスターの周囲は光が屈折するかと思うほど重圧が増している。

「うんうん。私もお腹ぺこぺこだし、御飯よそっちゃうね」

そう答えてキッチンに向かう。
なぜか途中で桜とキャスターに睨まれた。
・・・・・・ほんとに、なんでさ。

 ◆◆◆

先輩の鈍感。
ついつい心の中でなじってしまう。
厨房は私と先輩の二人だけの領域。
藤村先生は料理なんかしない人だから、それは破られる事のないきまりのような物だと、私は思い込んでいた。
かく言う私も、以前は料理をした事なんて学校での実習ぐらい。
そんな私が、アルバイト中に右腕を怪我した先輩の手助けをすると言ってこの家の厨房に立ったのはほんの半年ちょっと前。
丁度兄さんが先輩に殴り倒されて、先輩が退部した直後の事だ。

最初は包丁の正しい握り方すら知らなかった私に「まずはおむすびから」と言って、丁寧に料理を教えてくれた先輩。
あの日から、私にとってこの家の厨房に立つ事は幸福の象徴だった。
なのに。
なのに。
なぜ突然現われたキャスターさんと言い争って、ジャンケンの末に敗北してその場所を明け渡さなければならないのか。
なぜそうやって決めた事も無視して、美綴主将がこの家でごはんをつくっているのか。
なぜ藤村先生はそれに反対してくれないのか。

・・・・・・なんてあさましい。
こんなのは、ただの八つ当たりだと判っている。
判っていて、なのにその気持ちを抑えられない自分。
あげく大好きな先輩を恨めしく思って睨んでしまう。

だけど、ふと気がついた。
丁度向かいの席に座っているキャスターさんも、私と同じような目で先輩を見ている事に。
と、同時にキャスターさんも私の方に目を向ける。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・ああ。
目が合って直感した。この人は、私と同じなんだ。
なぜかそう確信できた。
確信して、少しだけ気持ちが軽くなる。

「藤ねぇ、ちょっと横開けて」
「はーい。しろー、ざぶとん」

私の隣でも、キャスターさんの隣でも、美綴主将の隣でもなく、藤村先生の隣に座る先輩。
多分、他の誰かの隣に座ったらダメだって、本能的に察知したのだと思う。
私達の気持ちに気付いてなんかいないだろうに、そんな所でだけ鋭い先輩だった。
私達三人のトゲを含んだ視線が先輩に集中する。

「あ、そーだ。食後のデザートにと思ってフロマージュでケーキ買ってきたよー」

その視線に、冷や汗を流しつつ言う先輩。

「わ、ラッキー」
「ケーキ、ですか・・・・・・初めて食べるものですね」

急に表情が柔らかくなる主将とキャスターさん。
それは私も同様だろう。
うん。せっかくの先輩の家での団欒なのに、ギスギスした雰囲気じゃ勿体無い。
弓道部合宿で美綴主将のごはんが美味しいのは保障付きだし、ここは楽しく食事をしないと。

「わーい、しろー偉い偉い」
「わわっ、藤ねぇ!?」

でも、先輩に抱きついてキスするのは止めてくださいね、藤村先生。

 ◆◆◆

食事の後、藤ねぇが美綴を、私が桜を家まで送る。
それからキャスターと魔術の訓練をして、新都を巡回。
・・・・・・帰宅してからやっぱりキャスターに苛められ、それでも土蔵での鍛錬をしてから寝床に入った。
今夜は巡回の成果は無く、訓練もあまり劇的に進歩したりしていない。
だけど、こうしている今も聖杯戦争の準備は刻々と成されているのだろう。
キャスターは昼間のうちに聖杯戦争の裏に隠されているであろうカラクリを探ってくれているけど、今のところ手がかりすら無く日々が過ぎている。

なのに、私は今の、キャスターが居る生活になれてしまっていた。
それが、幸福で、あたりまえな日常だと錯覚してしまっていた。

まだこの夜は。
運命と出会うだなんて。
自分が死にかけるだなんて、予想もしていなかったのだ。

 ◆◆◆

8: ハウス (2004/04/04 23:15:55)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――2月2日―――

今日も紅い地獄を夢に見る。
燃え盛る荒野には救えなかった人達の遺体。
だが、なぜそこに立っているのは現在の私だった。

「あー。こりゃ夢だよねぇ」

今の自分なら、この悲劇から誰かを救えると。そんな妄執がこんな夢を見せているのだろう。
やり直す事なんて出来ないのに。
やり直す事なんて許されないのに。

「・・・・・・でも、あれはどんな願望の現われなんだろ?」

見上げれば暗黒の月。
それは、ありとあらゆる色彩を混ぜた結果、どんな黒よりも醜悪になった闇の色をした月だ。
なぜか直感する。
死と滅びに満ちた赤い世界の天空に君臨するあの黒月こそ、この惨劇を生み出したモノだと。
ギリリと握り締めた手に、いつのまにか握っている弓と矢。

「ああ、そうか。つまり―――」

月に向かい立ち、そして嘲笑する。
夢は結局本人の記憶の産物だと言う。
ならばあの忌まわしい闇の闇は、この衛宮白兎の心そのものに違いない。

「この悪夢の元凶を。あの地獄を生み出した明確な『敵』が明確な『悪』が」

それを打倒すれば全てが許されると言う具現化した悪が存在して欲しいと言う願望か。
なんて無様な想い。
そうやって、自分の罪から逃げ出そうとするなんて。

「―――愚か」

弓を番え、引き絞る。
弓の道にて最初に教えられる事。最後に辿り着く境地。
いわく『射抜くのは的にあらず。ただ我を射抜け』と。
夢の中で、私はその死の世界と一体化し、黒い月と一体化した。
その中心を疾走する矢すらもまた、私。
射抜くは我。
射抜かれるのも我。







穿つは――――――月。

 ◆◆◆

「・・・・・・変な夢」

天空に飛翔した矢が月を砕き、世界を砕き、私を砕いて目が覚めた。
訳の分からない夢ではあったけど、まぁ夢なんて本来訳が分からないものなのだろう。
私はつい一週間ほど前までは、あまり夢を見ない体質だったのでよく分からないけれど。
でも、なんでこんなに夢をみるんだろ?
毎晩欠かさずと言うのは、すこし変だと思うのだけど・・・・・・・・・

「疲れてるのかな?」

毎日エッチしてるから。
なんて事を考えて、一人で顔を赤くしてしまう。
あー自爆だ。
自爆ついでに自己主張を始める股間の異物。
もうなんだか馴染んでしまっているようなソレは、キャスターの言葉通り4日ほどで消えて・・・・・・また生やされた2回目のブツ。
お風呂でよく観察したら、一回目より一回り大きくなっていた事に気がついた。
コレのおかげで美綴ともあーゆーコトになってしまった訳だし、万一藤ねぇや桜に見つかったら大事なので、明後日あたり消えたら次は無しにしてくれるように頼まないといけない。
・・・・・・それにしても、美綴はなんで、私にこんなモノが付いている事を不審に思わなかったんだろう?
昨日の様子も変だったし、美綴とは二人きりで話をしないといけないかも知れない。
いや、その不自然さとかは昨日だって気が付いていたし、色々聞いてみないとと思ってはいたのだ。
ただ、いざ押し倒されると流されて、それどころじゃ無くなるってゆーか。
はぁ・・・・・・弱いなぁ、私。

「いつまでも落ち込んでても仕方ない・・・・・・っし、とにかく桜が来る前に着替えて台所に行こう!」

無理矢理元気に立ち上がって伸びをする。
幸い考え事の間にアレも大人しくなってくれたので、安心して制服に着替えられる。
・・・・・・いや、朝っぱらからそんな事で悩む女の子ってなにさ?

まぁ深く考えても空しくなるだけだし、気持ちを切り替えて朝食の献立を考えよう。

 ◆◆◆

「―――くら―――桜」
「―――――えっ!?」

お茶碗と箸をもったまま、とろんとした目で明後日の方向を見て呆けている桜は、何度も呼びかけてやっと気が付く。
今日の桜はなんだかおかしい。
朝食を作っている最中もボーっとしていたし、顔色も悪いみたいだ。

「大丈夫? 体調が悪いんだったら、藤ねぇに言って朝練は休んだほうが良いんじゃない?」
「あ、いえ、平気です先輩。別に病気とかじゃ無いですから。ただ、ちょっと血が・・・」
「血?」
「その、あの、単にちょっと貧血ぎみかなーって」
「ああ、あの日なんだ」

パタパタと手を振って言う桜に、ぼへーっと身も蓋もない事を言う藤ねぇ。
まぁ女ばっかり四人の食卓。どうしても慎みに欠けるてしまうのだが、顔を赤くしてうつむいてしまう桜の慎みとかを藤ねぇは少し見習うべきだと思うぞ。
とは言え藤ねぇも伊達に教師では無い。
一転してキリリと教育者の顔になって。

「桜ちゃん、部活をがんばるのは良い事だけど、身体を労わるのはもっと大事よ。それに、集中力の欠けている時にいくら射ても、ぜ〜〜ったい上達しない・・・ううん、むしろ変なクセが付いちゃうんだから」

と、人差し指をフリフリとさせて桜を諭す。

「藤ねぇの言うとおりだよ。貧血ぎみなんだったら、少し食休みをして今日は一緒に登校しよう?」

私も藤ねぇの尻馬に乗って言う。
桜は辛い時も自分から弱音を吐かないから、その分こっちが気を使ってあげないと。
すると桜はなぜかまた頬を朱に染めてしばらくブツブツ言ったかと思うと。

「はい。私も先輩と一緒に登校したいです」

と、コクンとうなずきながら答えた。
そのはにかんだような微笑に、不覚にもドキンと大きくなる動悸。
初めて会った時は私より小さかった桜。
なのに今ではすっかり、私より遥かに女の子らしくなってしまった。
身長は言うに及ばず、女らしい身体の曲線はこの四人の中でも一番育っているし、細やかな仕草も見入ってしまうほど色っぽい時がある。
よく気配りができる性格に加え、料理の腕も最近メキメキと上達して、既に洋食では師匠だった私を追い越している。
例えば私が男だったら、こんな娘をお嫁さんにしたいと思うのだろうけど・・・・・・
一応チンクシャとは言え女の子のはずなのに、後輩で、友達の妹でもある同性を相手に劣情を感じてしまうのはどう考えても異常だろう。
うう・・・やっぱりキャスターに目覚めさせられたんだろーなぁ。
もしかして潜在的にそうだったのかもなぁ。
でも藤ねぇと一緒にお風呂に入った時は何も感じなかったのに。
・・・・・・まぁそれは中学一年生の頃までだけど。
あの頃は、藤ねぇは女子大生で・・・・・・ああ、今とあんまり変ってないや。

「じゃあ、私は先に出かけるから。桜ちゃんはしっかり休んでから登校する事。これは顧問命令ですからね」

腰に手を当てて胸を『えっへん』と反らす藤ねぇお得意のいつものポーズ。
なのに、ついその胸を目でなぞってしまって、慌てて頭に浮かんだ肌色の映像を打ち消した。

「ん? どしたの、しろー?」
「なんでもない。それより、遅刻しないように早くでかけるよーに」
「わかってるよーだ。じゃ、いってきまーす」

ダメだ。
なんだかどんどん見境無くなってる。
これは、女として、否人として、なんとかしないといけない。
手始めにエッチの回数を減らさすべきなんだろーなぁ。
今日は一成くんの手伝いが終ったら、バイトも無いしすぐに帰ってキャスターと交渉するしか。
桜に休んでいるように言いつけて、キャスターと二人で食器を洗いながら囁く。

「キャスター、今日はちょっと遅くなると思うけど、帰ったら話があるから」
「それは良いのですが・・・・・・それより、出かけられるまえに私もお話が」
「?」

水の音がうるさいので顔を寄せ合って内緒話。
なぜか背中に痛いぐらいの視線が突き刺さっているよーな?

「はっきりとは分かりませんが、桜は生命力が低下している様子ですよ」
「生命力が低下って・・・・・・なんで!?」
「理由までは分かりませんわ。ただ、何らかの原因で抜き取られたように感じますが」
「それって・・・・・・血を吸われたとか、魂を啜られたって意味?」
「まぁそれに近いかと。もっとも、致死量にはまだまだ至らない程度でしょうが」
「・・・・・・・・・・・・」

わからない。
血を吸うバケモノや魂をエネルギーにする存在が実在しているのは知っている。
一般社会ではいい加減なオカルトに登場する架空の存在とされている者達が、厳然と存在しているのは魔術に携わる者にとっては常識だ。
吸血鬼、幽霊、獣人。なにより、今隣に居て会話しているキャスターだって、魂を栄養にできるゴーストライナーなのだから。
でも桜は、そんな世界と関りの無い人間だ。
後輩で、友達の妹で、私にとっても妹のような日常の象徴。
その桜が『こちらがわ』と係わるな事、あるはずが無いと無意識に決め付けていた。
なのに。

「ひょっとして、この前のサーヴァント?」
「ええ、その可能性はあります。ここから帰る途中襲われて、その後記憶を改ざんされていても不思議は・・・・・・それに、他のサーヴァントもマスターの命令次第では同じような行動をとるかも知れません」
「そんな・・・・・・」
「でも、だとしても幸運だったと言えますわ。もしマスターかサーヴァントが人を殺す事を気にしない手合いなら、殺されている場合だってあるのですから」

―――ガツンと。
頭を鈍器で殴られたような気がしてクラクラと目眩がする。

本来、サーヴァントを維持する魔力はマスターの令呪を通して聖杯から自動的に供給される。
私のように令呪を持っていない人間は本来マスターになったりしないイレギュラーだから、基本的にサーヴァントの魔力は十分なはずなのだ。
だけど余分に魔力を補給するのは無意味では無い。
ゲーム的な表現になるが、サーヴァントは体力と魔力が同じになっている。つまりHP=MPだ。
そして、このMPの上限は普通に供給される量よりも大きい。むしろ上限は無いとすら言えると言う。
だから、魔力を余分に吸収すればするほど死ににくくなる。
結果、実力的に劣るサーヴァント程、魔力を吸収するために人間の魂を得ようとするようになりやすい。
実際、キャスターが市民図書館へ行って調べてきた10年前の新聞には、冬木町で連日起こる爆発事故や失踪、猟奇殺人などの記事が目白押しだった。

だから、今この町ではいつ人が殺されるかわからない。
藤ねぇや桜が。美綴が。一成君。葛木先生。慎二。遠坂凛。ゆきちゃん。氷室さん。蒔寺さん。藤村組のみんな。クラスメイト達。弓道部の皆。コペンハーゲンの店長さん。ネコさん。商店街の人たち。柳洞寺のお坊さん達。もっとたくさんの、知らない人達も。

―――気が、狂いそうになる。
想像しただけでこみ上げた吐き気を押さえて、自分の行動を思い返した。

「キャスター。私、まだ聖杯戦争を甘く考えていた。帰ったら話し合おう。この馬鹿げた戦いの本質はなんなのか。どうしたら、終らせられるのかを」
「・・・・・・はい。マスター」

紫の瞳に真摯な光を浮かべてコクリと肯くキャスター。
この日が、私にとって本当の聖杯戦争が始まった日になった。
・・・・・・そりゃもう、色々な意味で。

 ◆◆◆

穂群原学園は小高い丘の上に建っている。
そのため、学校へくるには坂道をのぼらねばならず、これが生徒にはすこぶる評判がよろしくない。
通称・地獄坂。
見晴らしは良いし、春には街路の桜も綺麗なのだけど。
その坂を、周囲の視線に晒されながら上ってゆく。

「ねぇ桜」
「なんですか、先輩?」
「えっとね・・・・・・」

なんで、ワタクシタチは学校に行く道で腕を組んで歩いているのでしょうかサクラさん?
そう聞こうと思ったのだけど、キラキラと純真な輝きに満ちた――そのくせ、異様なプレッシャーを伴った――桜の瞳に気圧されて言葉を飲み込む。
だから代わりに今朝思いついた事を告げた。

「あのさ、最近物騒だから夜はウチに来ないほうが良いと思うんだ」
「えっ?」
「だからしばらくは、桜は自宅で・・・」
「嫌ですっ!!」

めったに聞けない、桜の大声。
・・・・・・びっくりしたぁ。
桜はギューッと、更に強く腕に抱きついてくる。
もう身長は桜の方が10センチも高いのに、その姿は母親にしがみ付く子供のように見えた。

「桜?」
「嫌です。わたし、先輩の家でごはんを作りたいです。先輩の家じゃないと、ごはんおいしくありません。我侭なのはわかってます。でも、でも・・・・・・」

じっと、今にも泣きそうな桜の瞳が私を見つめる。
だけど、ここで折れるわけにはいかない。
これは桜の安全のためなんだから。

「わたし、邪魔ですか?」
「邪魔なんかじゃ無い! でも、夜遅くに女の子の一人歩きは危ないでしょ? 最近はほら、強盗事件だって・・・・・・」
「強盗事件の犯人は捕まったってニュースで言ってました」
「うっ・・・・・・」

そうだった。
あの犯人はを警察に突き出したのは私なんだし。

「キャスターさんが居るから、わたしは要らないんですか? 藤村先生は良くて、わたしはダメなんですか? わたしじゃ、先輩の家族にもしてもらえないんですか?」

激昂している。
あの大人しい桜が、とうとう本当に涙を浮かべて叫んでいた。
でも、これは桜のため。
桜のためなのに。
桜のためだけど。
桜の・・・・・・

「ゴメン、私が考えなしだった。桜は私達の家族だもんね。なのに、追い出したりしちゃダメだった・・・・・・うん。夜道はさ、私か藤ねぇが送っていけば良いだけの事だもんね」

折れちゃった。弱いなぁ、私。
でもこれ以上、桜の涙なんか見たくなかったから。

「あっ・・・す、すみません。わたしこそ、こんな自分勝手な事言って・・・・・・わたしは単に先輩のおうちにお邪魔しているだけなのに」
「お邪魔じゃないって。桜は間違いなくウチの家族だし、それに衛宮家はもう、桜無しじゃやっていけないんだから」
「・・・・・・・・・・・・すみません」

自分よりも背の高い桜の頭をヨシヨシとなでながら、少し心が痛むのを感じる。
大人しい桜がこんなにも取り乱すほど、桜はウチに来る事に幸福を感じていてくれる。
なのに、私はそれを気付かなかった。
他者の気持ちだから、全てを理解するのは、それは不可能な事だ。
だけど推測する事はできる。できるはず。
・・・・・・この心に、幸福の在り方が確固として存在するのならば。

衛宮白兎には『それ』が無い。
こうなれば幸せだという、明確なビジョンが存在しない。
だから、他の誰かの幸福を望んでいながら。その手助けをしたいと思いながら。一番近くにいる家族のような少女の幸せにすら思い至らなかった。
・・・・・・なんて、矛盾。
ここ数日で見た夢が思い出される。

―――イタイイタイイタイイタイイタイ―――
―――クルシイクルシイクルシイクルシイ―――

あの日の葬列の中で、自分の幸福のカタチなんて忘れてしまった。

―――生きろ―――

あの日、最初に見捨てた人の言葉が、私の全てだった。
切嗣に救われて、切嗣の望んだ正義の味方に憧れて、切嗣の遺志を追い求めた。
その根底にある、その言葉。その姿。
誰かのために命を賭して。
それ以外の生き方を、兄と父と、そして自分自身に誓って許しはできないから。
なのに、どうすれば本当に『誰かのため』になるのかを、私は知る事が出来ないなんて。

―――黒い月―――

ああ、あれは象徴だ。
私の弱さの。私の狡さの。私の限界の。
あの月を射抜いた果てに、きっと私が望んでいる全ての人の幸福があるのだろう。
あの炎の世界を射抜いて初めて、私は幸福と言う言葉の意味を思い出せるのだろう。
天の果ての、果ての果て。
なんて、遠い理想郷。

―――でもまぁ。

「不器用だからなぁ」
「先輩?」

呟きに顔を覗きこんでくる桜に手を振ってなんでもないと答える。
気が付けば坂は終って、もう校門の直前まで来ていた。
まぁそうだろう。歩き続ければいつか目的地に辿り着く。
今更、別の道を歩けるほど器用でもなし。
翼を広げて月を目指して飛べるわけでもなし。
目指す場所が遥か遠い月の向こうだとしても、不器用な凡人は凡人なりに、朴々と歩いていくしか無いのだ。
ああ、たとえその途中で力尽きて倒れようとも。








―――きっと私は、悔いる事すら出来ないのだろう。

 ◆◆◆

「おーい、衛宮ー」

呼ばれて振り返るとヒラヒラと手を振る袴姿の美綴。
一成くんの手伝いをしている間に時刻はすでに夕方。
いそいで帰ろうと足早に校門に向かう途中の事だった。

「美綴・・・・・・まだ部活?」
「ああ、今終わった所。で、丁度衛宮を見かけてさ。一服してから帰るろうと思ってたんだけど、どう? 一緒にお茶でも」
「・・・・・・じゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな」

断るのも無粋なので素直にお誘いを受ける。
ついでに弓道部顧問でもある藤ねぇに、夕飯のリクエストを聞いておくのも良いだろう。
・・・・・・と、思ったら。

「美綴、残ってるのは貴女だけ?」
「そ。他ね皆はもうとっくに帰っちゃったわよ♪」

急須にお湯を注ぎながら答える美綴。
その口元はチシャ猫のように歪んでいる。
だいたいおかしいとは思ったんだ。
弓道場の休憩室に入った途端、美綴が後ろ手にカギを閉めた時から。

「つまり私は・・・・・・誘い込まれたの?」
「人聞きの悪い。ちゃんと招待したんじゃない」

飄々と言い返す美綴だけど、明らかに眼が笑ってた。
まぁ良いか。美綴とは、話しておかないといけない事もいくつかあるし。

「はいどーぞ。粗茶ですが」

テーブルに湯呑みを差し出す美綴。
ポスンと、そのまま私の隣に腰を下ろす。

「・・・・・・いただきます」

それについては何も言わず、湯呑みを手にとって一口。
む。

「美味しい。お茶の淹れ方、上手くなってるね」
「そりゃまぁ、衛宮が居なくなってから藤村の茶坊主を務めてたからねー」

ソファに背中を預けてガハハと笑う美綴。
妙に風格が有ると言うか、少しオヤジっぽい。
・・・と、思っていたらそっと手を伸ばしてきて私の髪を指で梳く美綴。
ますますオヤジっぽいぞ。

「・・・・・・えっと」
「ん? なに、嫌だった?」
「別に嫌って事は・・・・・・ってゆーか楽しい?」
「たのしーよ。衛宮の髪って結構柔らかいからね」

眼を細める美綴。
まぁ、そう云う風に言われるのは割と嬉しい。
が、その指が耳たぶをいじったり首筋を這うのはどうかと思うなぁ。

「んっ・・・美綴、ちょっと」
「嫌じゃ無いんでしょ? ひょっとして感じちゃった?」
「あのねぇ・・・・・・そうじゃなくて、話があるからイタズラはやめてって言ってるの」
「ちぇー」

ペシっと手をはたくと、しぶしぶと引っ込めてくれる。
その行動は悪ガキのようだ。
・・・・・・男勝りな美綴。乙女のような美綴。オヤジちっくな美綴。悪ガキのような美綴。
なかなかに掴みにくい人柄だと思う。
美綴の本当と言うのは、未だによくわからない。

「で、話って?」
「えっと・・・・・・昨日の事なんだけど・・・・・・」

事が事だけになんとも照れくさい。
美綴がなんであんな事をしたのか、それに私のアレを見たのに驚きもしなかったのは何故か。
それを聞き出そうと思うのだけど、顔がカーッと熱くなって言葉が出てこないのだ。
隣に座る美綴も、頬を赤くしている。

「・・・・・・ん、ああ、アレね。うん」
「うん。その、美綴はアレを見たでしょ? なのにあんまり驚いてなくって・・・普通変に思うんじゃないかと・・・・・・」
「あー、そうか・・・そうだよなぁ」

腕を組んでうんうんとうなずく美綴。
そのポーズだと胴着の胸が強調されて・・・・・・少しドキドキ。
ああもう、本格的に衝動が男じみてきたぞ。

「あのさ衛宮、あたし最近記憶が途切れてる事があるんだ」
「え?」

私が自分の肉体の変化を抑えようと気を散らせている間に、美綴はなんだか聞き捨てなら無い事を言う。

「今日だって廊下に居たはずなのに気が付いたら屋上に居たりしてさ。さっき校門で衛宮に合ったのも、実は気が付いたらあそこに居たからなのよ」
「それって・・・・・・不安にならないの、美綴?」
「それがさ、なんだか平気なんだよ・・・・・・私、三つ下の弟が居るんだけどさ」
「うん?」
「これがまぁ、あたしに似ない良い子でね。その子に「大丈夫」って言われると、なんか大変な時でもホントに大丈夫な気がするんだ。武術の大会とか、受験の時とか」

照れくさそうな美綴。
その表情から、本当にその弟が可愛いのだろうとわかる。
わかるのだが・・・・・・それがどう先ほどの話と繋がるのか分からない。

「それに近いのかな? なんだか、長年一緒の兄弟とかが大丈夫たって言っているような、そんな気がしてさ。記憶がとんでるのに別に不安にならないんだ、コレが」

肩をすくめる美綴。
なんだかよくわからないけど、本当に不安は感じていないらしい。
と、美綴はそっとこちらに倒れかかって、スカート越しの股間へと手を伸ばしてきた。

「それとおんなじで、コレも特に気にならないんだ。何故かって聞かれても説明できないけど、不自然だとも嫌だとも変だとも思わない・・・・・・」
「ちょ、やめ―――」

ぐっと、大きくなりかけたソレを布越しに掴まれる。

「・・・・・・むしろ、愛しいぐらい」
「み・・・つづり・・・・・・」
「綾子って呼んでほしいなぁ、し・ろ・う」

チュッと、唇に触れるだけのキスをする美綴。
そのままじっと、私の眼を見つめている。
・・・・・・その間も掌を押し付けるようにナニを擦っているのだけど。
じっと、こちらの視線から外れようとしない美綴のすこしキツめの印象がある双眸。
この眼は言っている。
綾子と呼ぶまで、ずっとこのままだと。
綾子と呼べば、きっともっとキスをくれると。
・・・・・・キス、して欲しいなぁ。

「・・・・・・綾・・・子・・・」
「白兎♪」

じゅっと、のしかかられるようなキス。
口の中に舌が侵入し、その部分で繋がったまま、ソファの上に押し倒された。
柔らかな美綴の肌を包む胴着の感触。
長身の綾子に抱きしめられてスッポリと包まれた体に、服越しにも分かるほど火照った体温が感じられた。

「んっ・・・ちゅ・・・」

気が付けばスカートが捲り上げられ、下着もずらされている。
むき出しになったソレは既に天を突くように反り返り、先端には先走りの液体が期待に震えていた。

「うわ・・・・・・昨日より元気そうね」
「うっ・・・・・・」

昨日の事を思い出して羞恥に見も縮む思いに囚われる。
にもかかわらず、更にビクンと大きくなる肉の棒。
なんだってこう、私の身体は節操という物が―――

「クスクス・・・そっか、またアレ、して欲しいんだ?」

私の返事も待たず、胴着の袷を開いて胸を露出させる綾子。
その大きな双丘が、私のペニスを包み込む。

「うっ・・・・・・やわらか・・・・・・」
「ふっふー、気持ち良い、白兎?」
「うん・・・・・・綾子の胸、とっても・・・・・・大きくて・・・羨ましい」

ついつい本音で答える私に苦笑しつつ、綾子は胸を使ってソレをしごいた。
グニグニと、力の入れ方によって変形する肉の丘。
その弾力と柔らかさが、そして突き出した亀頭を舐る綾子の舌が、早くも私を一回目の絶頂へと誘った。

「ダメっ・・・でる・・・綾子、離れてっ・・・」
「良いよ、全部、飲んであげるから」
「やっ・・・ダメだって・・・あっ、あ、あうぅぅぅぅっ!!」

ニヤリと笑ってソレを口に含む綾子。
その途端、止める間もなく堰を切ってあふれ出す私の欲望。
ドクドクと吐き出されたそれを、綾子は言葉の通り飲み干してしまった。

「うぅぅ・・・綾子・・・ごめんなさいぃ」
「別に謝らなくっても・・・・・・ああもう、カワイイなぁ白兎は」

言ってキューっと再び抱きしめてくれる美綴。
射精して力が抜けてしまった私の頬にキスの雨を降らせてくる。

「んふふ〜〜、じゃあ、お詫びとして私にもシテもらいましょうか♪」

そう言って袴の裾を持ち上げて顔の上に跨る。
薄桃色のレースで飾られた上品な下着の股部分をずらす綾子。
外気に晒されたその部分は、淫蕩な期待にトロトロと濡れていた。

「・・・・・・・・・あ・・・」

ノロノロと、しかし言われるままに舌を伸ばす。
赤く充血した秘唇にチロチロと舌を這わせ、溢れる愛液を舐め取る。

「あっ・・・イイよ、白兎。もっと、激しく・・・きゃっ・・・・・・」

我慢しきれなくなって唇をつけ、貪るようにそこを責めた。
熱い襞、はちきれそうになっている淫核。
白い太腿と紺の袴に覆われた場所で、私は思う存分綾子を貪った。
・・・・・・いや、そうじゃない。
こんなんじゃ足りない。
綾子が欲しい。
私の男根で、綾子のナカを犯しまくりたい。
と、その内心を読んだかのようなタイミングで、綾子が言う。

「入れたい、白兎?」
「・・・・・・・・・はい」

欲望に抗う術も無く、うなずく私。
綾子はそんな私をクスクスと笑いながら、仰向けになったままの私の腰の上へと移動した。

「じゃあ、イクよ♪」
「・・・うっ」

既にお互い準備は万端だ。
張り詰めた亀頭に綾子の陰唇が触れただけで、もうイきそうになってしまっている。
だと言うのに、恐ろしいほど緩慢に、こちらを焦らすようにゆっくりと降りてくる綾子の腰。
その上、ヂュブリ――と、亀頭が飲み込まれた所でその動きも止まってしまう。

「あ、綾子ぉ」
「そんなに涙まで浮かべて・・・ますますいぢめたくなるじゃない」

意地悪く笑う綾子。
キャスターといいアヤコといい、私の周りはサドっ気のある娘ばかりが集まっている気がする。

「どうして欲しい? ちゃんと言ったら、その通りにしてあげるわよ?」
「うう〜〜」

恥ずかしさに唸る。
けれど、結局逆らうことなんでできなかった。

「・・・・・・て、下さい」
「ん〜? 聞こえないよぉ?」
「入れさせて下さい! 私のペニスで、綾子のそこをいっぱい犯したいですっ!!」

クッ、と笑って。
良く出来ましたなんて言って綾子は腰を落としてくれた。
一気に根元まで飲み込まれる男根。
まだほぐれきっていない、きつく締め付けてくる膣が信じられないほどの快感を送り込んでくる。
一瞬で灼熱する脳髄。
快楽を求めて、乱暴にしたから突き上げる。

「あっ・・・ちょ、ちょっと・・・・・・イキナリ激し・・・あっ・・・きゃあ・・・」
「綾子・・・・・・綾子ぉ・・・イイよぉ・・・きもち、いっ・・・あぁぁぁ・・・・・・」

気がつけば、綾子の両腕を掴んで突きまくっている。
それでももっと貪りたくて、止める事なんて考え付きもしなかった。
あふれる愛液。
あふれる気持ち。
綾子の胸にむしゃぶりついて、片手は指を綾子の口に差し入れて蹂躙し、もう片手で腰を掴んで逃げ出さないように捕まえる。

「しろ・・・うぁ・・・え、衛宮・・・・・・ダメぇ、奥に・・・奥にゴリゴリってぇ・・・当たって・・・うぁ、うあぁぁぁ・・・・・・イッちゃうよぅ・・・もう・・・いっちゃ・・・う・・・うあぁぁぁぁぁぁ!!」

目の前が灼熱する。
絶頂した綾子の膣が更にキツく締まるのに耐え切れず、私は二回目の射精を綾子のナカで解き放っていた。

 ◆◆◆

「はぁ、月が綺麗だぁ」

月明かりに照らされる弓道場で、現実逃避のヤケクソぎみに呟く。
気絶するまでエッチされたあげく、目が覚めたら美綴は居ないわ、夕日どころか既に月が頭上に昇っている時間だわ。
今日は早く帰ろうと思ってたのになー。

「・・・・・・うわ、魔力もほとんど空になってるし」

自分の体をチェックして驚く。
魔力は生命力であり、精もまた生命力だから、魔術師の精と言うのは魔力の塊りだ。
魔術師に限らず、淫魔などの幻想種は人間の精から生命力=魔力を奪取するし、元より私のコレはキャスターが魔力補給のために付けた器官。
だからあんな風にエッチをすれば、相手が魔術師では無い美綴だったとしても魔力を奪われて当然なのだけど。
まぁ、見事にカラになっている。
とは言え、元々の魔力量が少ない上、キャスターの妙な薬のおかげか回復が割合早くなっている私にとっては、それほど問題では無かった。
強化にしろ武器限定の投影にしろ、私が使える魔術なんて日常生活ではあまり使い所が無いし。
キャスターの奨めで『変化』の魔術も練習しているものの、そちらはサッパリ上達しない。
強化→変化→投影と言うのは同じ系統の魔術らしいのだけど、どうも衛宮白兎は徹頭徹尾『武器』の『模倣』に特化しているようなのだ。
実に、平時には無駄な能力である。

「・・・・・・無駄って事も無いか」

馬鹿か私は。
つい今日の朝、今この町で起こっている戦いを甘く見ていたと後悔したばかりだと言うのに。
今は平時では無い。
いま、冬木市は戦争の渦中に巻き込まれているのだから。

「帰り道に何があるか分からないし・・・・・・護身用に武器でも出しとこ」

残り少ない魔力は投影にしてほぼ一回分。
ふと思いついて弓と矢を投影する事にした。

・・・・・・イメージするのは私の弓。
キャスターの手によって魔術武器へ改造された、けれど手に馴染んだ感触はそのままの弓。
同時に、その弓と比翼のように寄り添う矢も思い描く。
二つは揃ってこそ武器として完成する。
例えば剣と鞘、例えば陰陽の双剣、例えば鴛鴬の環刃。
それと同じように、弓と矢は二つの物では無く合わせて一つの完成形となる。
そのイメージ。
この手に掴まれたままの、しなやかな武器のイメージを。
幻想をもって現実と成す!!

「・・・・・・うん。良い出来」

軽く弦を弾いて確認する。
右手の弓も、左手の五本の矢も、寸分の狂い無く再現できているだろう。

さて。
ちょっとだけ酔狂。
下らない遊び。
月明かりに照らされる道場の端に立ち、胴を作り弓を引き起こす。
見つめるのは的ではなく、天に浮かぶ白い月。
月を、穿つ。
出来るはずも無い、ただの戯れ。
けれど心は何処までも静謐に、何処までも無に。
弓を開いたままじっと、秒針が数回周る程度の時間、自己のイメージを研ぎ澄ませてゆく。
引き絞られた弦には限界近くまで力が蓄積される。
矢は月へとその鏃を一直線に向けている。
後は、ただそれを開放するのみ―――

「―――駄目か」

小さく息を吐いて、肩と、弓矢を降ろした。
私程度の鍛錬では、月を射抜くイメージなど持てないようだ。
まったくもって未熟未熟。

「帰ろ」

片手に弓を。
矢は制服のリボンを解き纏めて結わえ、腰の後ろに括りつける。
そうして、カバンを取って弓道場を後にした。

 ◆◆◆

最初は、聞き違いだと思ったのだ。

「剣戟の・・・・・・音?」

弓道場を施錠して、帰路につこうとした私の耳に飛び込んできた音は、なにか硬い金属同士がぶつかり合うような音だった。
でもまさか、そんなはずは―――

「サーヴァント!?」

ああもう、自分の警戒心の薄さ加減に腹が立つ。
この町で行われる戦争。
それは、たった七体の騎士達とたった七人の魔術師達によって争われる、けれど『戦争』と呼ばれうるほどの強大な力のぶつかり合い。
ならば。
剣戟の音が聞こえるのなら、それは騎士―――サーヴァントと呼ばれる、地上を未だ魔術と刃金が征していた時代の英雄達―――の戦いに決まっているじゃないか。

「あっち・・・・・・校庭の方?」

物陰を選んで、可能な限り早く移動する。
その先に見た光景。
私は今度こそ今度こそ本当に、聖杯戦争という超常の戦いを知ったのだ。

 ◆◆◆

真紅の槍を携えた蒼い鎧の騎士が、閃光の速さで得物を振るうこと十度。
一対の剣を握る赤い騎士が、旋風の速度で得物を振るうこと十度。
相対する鋼のぶつかり合いに火花が生み出されること十度。
否。
常人の目には、それはただ十度の火花が一瞬に散ったとしか見えないだろう。
それほどに攻め手の槍は超絶であり、受け手の剣閃もまた絶速であった。
けれどその技量は紙一重で槍の使い手が上手。
十一度目の火花と共に、赤い剣士の双剣の片方が弾き飛ばされる。
瞬時、蒼の騎士は得物に喰らい付く魔獣と化して敵の隙へと槍を突き込む。
そは絶殺の一撃、必殺の魔槍。
けれど、赤の騎士はそれすらも受け止めてみせた。
その手には、連理の運命に結ばれた一対の剣。
片方を弾き飛ばされたはずの夫婦剣は、何事も無かったように騎士の手に納まっていた。

「チッ―――」
「―――ハッ」

憎々しげに頬を釣り上げつつ、蒼の槍兵は更なる一撃を繰り出すべく踏み込んでゆく。
対する赤の剣士の表情は不変。
ただ鷹の如き両眼に鋼鉄の意志をみなぎらせ、一歩も退かぬと魔槍の雨を受けつづける。
それは、異様な戦いだった。
槍の持つ最高の機能はすなわち長さ。
敵の武器の間合いを凌駕して、その外側から一方的な攻撃を行うのが常道だ。
それに対抗する双剣の機能ならば速さ。
反りのある刀に近い中国風の双剣ならば『刀即黒』と称されるようにスピードをこそその真価とするべきだ。
槍を相手とするならば、脚を使って動き回り、翻弄して一瞬の隙を突いて間合いの内に飛び込む事こそ上策。

「シイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」

それを、蒼の槍兵は瀑布の如き槍雨を押し込まんと前進し。

「ハアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

赤の剣士は巨岩の如く一歩も引かずに迎え撃っているのだ。
ありえない、咬み合わない、起こりえない剣戟。
その激突を実現しているのは、あまりに高い双方の技量。
本来『戻り』の隙がどうしても生まれる槍の刺突を、戻る手も見せずに次段を打ち込む槍兵の怒涛。
打ち込まれる『点』を見切り、ことごとくを弾く剣士の磐石。
そして、無数に弾き飛ばされながら無限と思えるほど生み出される双剣の不思議。

「・・・・・・投影?」

自分と同じ・・・いや、自分の投影はあれほど鮮やかには出来ないが、次々と双剣を作り出すその技は同じ原理に基づいた魔術に見える。
その事実に疑問を感じた瞬間、一際高い激突音と同時に二人の騎士が離れた。
瞬時に間合いを開いたのは蒼の槍兵。
最早視認すら困難な速度で後退した騎士は、困惑を纏わせた苛立ちを露わに赤い剣士を睨みつけた。

「・・・・・・二十七、それだけ弾き飛ばしてもまだ有るとはな」
「どうしたランサー。様子見とは、君らしくない」
「はっ、ぬかせタヌキが。減らず口を叩くか」

軽口を叩き合う二人の騎士。
けれど、それは魔術師の目からみれば怖気を誘う光景だ。
あの二人の身に宿る膨大な魔力量。
なるほど、あの魔力をもってすれば、この町を壊滅させる事すら可能だろう。
正式のマスターを持たないキャスターと、夜の街での一瞬しか見ていないサーヴァントだけを基準にしていたから見誤っていたけど、アレこそが本当の意味での『サーヴァント』なのだ。
しかも、その片方はおそらくキャスターのマスターを殺したというサーヴァント。
人を殺すことに良心の呵責を感じないであろう具現した暴力。

「いいぜ、聞いてやる。貴様、何処の英霊だ? それだけの剣を操る弓兵なぞ、聞いたことも無い」

蒼い槍兵・ランサーが赤の剣士に問うた。
弓兵・・・・・・つまりあの騎士がアーチャーなのだろう。
その割には弓を使わずに剣で槍兵と戦っていたけれど。

「そう言う君は分かりやすいな、ランサー。それだけの速さを誇る槍兵など、三人ほどしか居るまい。しかも豹の如き身のこなしともなれば―――」

・・・・・・やはり、クーフーリン。
アイルランドの名高き大英雄。
ならばその手に持つ真紅の槍こそは、魔槍・ゲイボルクか―――

「・・・言ったな」

瞬間、空気が凍結した。
瞬間、空気が沸騰した。
吐き出されたランサーの殺気が、離れた場所に隠れている私にすら襲い掛かり、心臓を鷲掴みにする。

「ならば喰らうか、我が必殺の槍を―――!」

それは凍結する燃え盛る紅蓮の業火。

「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」

それは燃焼する不動なる永久の氷壁。
ぶつかり合えばどちらかが砕かれる、正反対にして相似の殺気と殺気。
ゲイボルクを構えるランサー。
槍尻を高く、切っ先を低く、地面スレスレに。
奇妙な型に構えられた槍が次の瞬間、辺りの大気を一変させた。

喰らう、喰らう、喰らう、喰らう。
大気に満ちた魔力という魔力を、一切合財残す事無く暴食する。
必殺の意味を纏い、必殺の意思よって構成された高貴なる幻想(ノーブル・ファンタズム)。
その結実した意味を開放し真の姿となるべく、根こそぎに魔力を飲み干してゆく。

アレは、ダメだ。
あの槍が発動した瞬間、赤い騎士・アーチャーは敗北する。
アレはまさに必殺。
相対した全てを殺しつくす魔の槍。
アーチャーにいかな秘密、いかな手段があった所で、アレが決定した死を覆す奇跡は無い。
絶対に、死ぬ。
あのサーヴァントは、死ぬ。
人のカタチをして、人のコトバを喋る存在が、死ぬ。
私の前で、死ぬ。
それは。
それは、決して、衛宮白兎が容認してはいけない事。

「ダメ―――!!」

ほとんど反射的に、矢をつがえて弓に蓄積された魔力を開放していた。
飛翔する炎の矢。
矢は40メートル以上の距離を正確無比に飛び、蒼い槍を持つサーヴァントの足元へと突き刺さる。

「誰だ!?」
「―――!?」
「なっ!? 魔術師!?」

分かっている。これは愚か過ぎる失策。
自分の生命を優先させるなら、今の行為は絶対にすべきで無い事だ。
事実。
蒼の槍兵・ランサーの殺気は、彼我の距離を一顧だにせずこの身に突き刺さってきているのだから。

「っく!!」

全速力で走り出す。
キャスターのマスターを殺した男。
追いつかれれば、私も殺されるだけだろう。
だから、脚も肺も心臓も、限界まで酷使して逃げ出した。

―――だって言うのに。

「なんでっ・・・私はっ・・・校舎の・・・・・・中なんかにっ・・・・・・」

冷たい月明かりに照らされる廊下で一人自分を罵倒する。
そのクセ身体はまるで別の装置のようにスムーズに動いていた。
校舎の両端にある階段から等距離を取りつつ、後ろ手に教室のドアに手を触れる。
魔力は既に枯渇し切っているが大丈夫。
生命力を削っていけば、まだ数回の魔術行使は可能だ。
・・・・・・正直明日は寝込みそうだけど、命には代えられない。

「同調・開始―――」

扉の鍵と同調し、わざと『強化の失敗』をする。
流し込まれた魔力という名の毒素に耐え切れず砕ける鍵。
限界以上に魔力を搾り出したせいで手足から力が抜けそうになるのを黙殺。
ドアを脚で開きつつ、二本の矢をまとめてつがえた。

「ハッ・・・はぁっ・・・どっちから・・・来るか」

ランサーは追って来る。
それは奇妙に確信めいた予測。
呼吸を静めろ、神経を研ぎ澄ませろ。
最悪、霊体化して近づいてこられれば眼前で実体化していきなりの攻撃もありうる。
右か、左か、目の前か。
その全てに対処して攻撃すべく、即座に弓を引ける態勢をとって待つ。

「――――――」

わずか数秒。
けれど永遠とも思える時間の後、左の階段から足音!

「つっ・・・火葬せよ、焔群!!」

矢に刻まれた魔力を解き放ち、射る。
現われた蒼い槍兵の右足と左肩を狙った一撃は、狭い廊下でかわし切るのは困難なはず!
私はそのまま第二射をつがえ・・・・・・

「なっ!?」

燃え上がる二本の矢をすり抜けるように疾駆するランサー。
その速度はまさしく疾風。
私の矢など、足止めにすらなっていない。

「―――っく!!」

つがえた矢を放ちつつ、弓を捨てて背後に飛んだ。
当たったかどうかなど確認せず―――むしろ当たっていない事を確信しながら教室の中に飛び込み、そのまま躊躇なく窓ガラスに突進。

「ぎっっ―――」

砕け散るガラス。
幸いここは二階なので命を削る覚悟で引きずり出した魔力を両足に籠めて着地してそのまま逃げる逃げる逃げる瞬間・脳髄を焼く危険信号。
咄嗟に方向転換して真横に跳んだ。
躊躇も遠慮も無く全力。でなければソレを回避など不可能なのだから。

「ぐっ!」
「ほう・・・良い勘してるじゃねぇか、嬢ちゃん」

身体は校舎裏のフェンスにぶつかって急停止。
一瞬前まで自分のいた場所を貫いた辛苦の槍が地面をえぐり、その使い手はこちらを向いて愉快そうに笑っている。

「判断は冷静かつ早い。魔力は微弱だが使い所を心得ている。この期に及んで生き残る事を諦めてねぇその目も悪くない―――急所を狙わない甘さも、個人的には嫌いじゃ無いんだが・・・・・・もったいねぇなぁ、後5年もすりゃイイ女になったろうに」

やれやれと肩をすくめてから、槍をかまえるランサー。
最後の矢。火葬の術式を組み込んだ矢を右手に握って立ち向かおうとする私を目の前にして、その余裕の態度。
だがそれは当然だろう。
彼我の戦闘能力の差は、比べる事が愚かしい程に絶望的な開きがある。
倒すどころか逃げ出す事すら、私には不可能。

「女を殺すのは趣味じゃねぇんだが・・・・・・運が無かったと諦めてくれ」

無造作に、けれど高速で突き出される槍。
脆弱な矢で防ぐことなど不可能な刺突。
その間際に。

「お気になさらず、クーフーリン」
「―――な!?」

唐突にランサーの真名を口にする。
刹那の半分の更に半分ほどの動揺。
瞬間、その瞬時のみランサーを凌駕した私は左手で槍を払った。

「ばっ―――素手でだとっ!?」
「ぐ―――――火葬せよ焔群っ!!」

爆ぜる左手。
怪力によって振るわれる槍に、指先から肘に至るまで抉り砕かれる。
そうして片腕を犠牲にして、残る右手に掴んだ矢を発動させた。
燃え上がる矢。
その炎で自分の腕も焼かれるが、関係ない。
激痛に沸騰しそうな肉体を制御して、狙うはランサーの右腕。
槍を振るう利き腕を封じればあるいは―――

「飛べ」
「―――つっ!?」

下腹部に衝撃。
それがランサーの蹴りだと気が付いたのは、再びフェンスに身体を叩きつけられてからだった。
衝撃に麻痺寸前の身体。
手から離れて転がる、唯一の武器であった燃える矢。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
動かなければ。避けなければ。次に来るのは間違いなくあの槍の一撃―――


――ドン・・・と。
胸を貫くその衝撃。

「が・・・あ・・・あっ・・・あああアあアアああああアアァぁぁァぁァァ!?」

ヒきヌかれるヤリ。
ドボドボとこぼれおちるセンケツ。
カロうじてシンゾウへチョクゲキはサケた。
ツラヌカれたのはサコツ。
ムネにウガタれたキズグチから。
ケッカンがブチブチとオトヲタテテハレツしてゆク。

「かっ・・・は・・・はぁ・・・うぐっ・・・・・・・・・」

コレは呪いだ。
槍に籠められた死の棘の呪詛。
おそらく心臓に直撃されれば、痛みを感じる間もなく全身の血管がズタズタにされて死んでいたであろう、呪い。

「今ので心臓を避けたかよ・・・つくづく殺すのは惜しい女だな」
「ギツッッ・・・ぐうぅぅ・・・」
「だがもう助からねぇ。大人しくしてな、介錯して―――」

肺も掠ったのか、呼吸が制御できない。
それでも生き残るため。
生きて、ここから逃げ出すため。
動かない・・・両足に・・・・・・力を・・・・・・・・・込めて・・・・・・・・・・・・

 ◆◆◆


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