Crass Change (Fate IF...ストーリー)


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1: ちぇるの (2004/03/21 00:47:01)

 男は憔悴しきっていた。
 何に憔悴したのか、と聞かれたら、あまりにもいろいろすぎてきっと答えられなかっただろう。とりあえず憔悴していたのだ。
「たかが一介の魔術師風情に召喚された上、使役されるとはな……」
 疲れたようにその男は苦笑した。銀と金を織り交ぜたような髪は彼を人以上の存在であると告げていた。
 赤い夕日が世界をなめていく。
「こちらを騙していいように使い捨てる気だったらしいが、ふん、それこそ舐められたものだ」
 先ほどその魔術師を殺してきたところだ。
 この身は神。多少の無理は効くだろうと思っていた。人の魂を喰らえばしばらく限界していられるだろうとも思った。
 だが、神と呼ばれるクラスの霊が肉体を得るということの負荷がどれほどのもので、自分がいかなるシステムでここに現界していたか今更思い知った。
 自分の中に浮かぶ二つの言葉。聖杯戦争とサーヴァント。
 ランサーと呼ばれるクラスに押し込められた自分。
 馬鹿な魔術師。
 馬鹿な自分。
「はぁ……まあ、大人しく消えるとするか……」
 待つのには慣れた。
 死ぬのにも慣れた。

 と、その自堕落な思考を遮るようにこの浅い森に侵入者があった。
「悪運が強いと言うのも考え物だな……」
 若干本気で頭を痛くしながら、男は侵入者の方に近寄っていく。
 再契約か、もしくは魂をいただければ幸いだ。
「おい」
 声をかけられた人影は怪訝そうにこちらを振り返った。
「誰だ、お前は。そっちは立ち入り禁止のはずだぞ」
 言われて私はきょとん、とした。
 なるほど。侵入者は私だったか。思わず私はくつくつと笑ってしまった。
「何を笑ってるんだ」
「いや、失礼。ところで君」
「……なんだ」
 油断はしない。それはそうだ。私だってこんな状況で油断なんてしないだろう。
 だからこう言うときに出す条件は双方にとって有利になることであるのが望ましい。

「どうだい、一夜を共にはしてみないか?」

 言われて少年はぴたり、と止まった。
 む? 自分で言っておきながら非常に違和感を感じたぞ。
「な、何を!?」
「いや、性交渉と言うのはパスを通すのに非常に都合が良くてね。至高の快楽を約束しよう」
「なななななな、き、貴様! お互いの性別を分かっていっているのか!?」
 言われてようやく違和感の正体に気付く。
 自分は今、男の体をしていた。
「ややや、すまなかった。これは失敬。うむ。確かに私が全面的に悪かったな」
「分かればよいのだ、うむ」
 これしきで慌てふためくとは、修行が足りないな。喝! と自分を戒める少年。
 性格は良さそうで、私が神霊であることを見抜けなかった所を見ると魔術師でもない。
 非常に扱いやすそうだ。
 私はにやりとしながら体を変化させていく。
 中性的な服装をしているのはこれが理由だったりする。
 細くなっていく肩、膨らんでいく胸、まあ簡単に言えば。
 相手に合わせてやりやすいようにしてあげたわけだ。
「というわけでこの姿ならどうだね」
「この姿なら、ってどわああっ!?」
「うん、いい反応だ。私好み」
 笑いながら少年の方に近づいていく。
「己! もののけの類か!」
「さて、どうだろうな。とりあえず私とまぐわってはくれないか?」
「ど、堂々とそのような破廉恥なことを!?」
 動揺が激しくなっていく少年。中々楽しいのだが、どうも楽しんでいるほどの余裕は無いようだ。
「ああ、すまない少年。抵抗があるならそこまでしなくてもいい、口づけだけでも十分なんだ」
 ふと一瞬で少年の空気が変わった。
「もののけかどうかは置いておくとして、貴様はもしかして助けを必要としているのか」
 何を持ってそう感じたのかは知らないが聡い奴だ。
「その方法として、その、接吻だのまぐわいなどのたまっているのか?」
「そうだ。放っておくとそろそろ消えてしまうんでな。再契約が必要なんだ」
「……いいだろう。ついてこい」
「は?」
 少年はなんてこともないようにこっちに手をさし伸ばした。
「消えるのは嫌なんだろう。うむ、これまでにどのような生き方をしたかは知らぬが仏門に入り悟りの道を開けば何の問題もなかろう」
「私は仏教を信仰していないのだが」
「どっちでもいいのだ。私が、目の前で弱っている者を、見捨てるのが嫌なだけだ」
 そんなことをいともあっさりと少年は言い切って。私の手を取った。
「少年、お前はいい奴だな」
「少年ではない。桐堂一成という名前がしっかりある」
「そうか。イッセイか。うむ。では今夜はよろしく頼む」
「なななななな、馬鹿を言うな! 接吻の方だ!」
「? しかし部屋の方に行くのでは……」
「外で接吻などできるか! 馬鹿者!」
 これは、からかいがいのある玩具が手に入った。
「お前こそ名を名乗れ」
「まぐわってくれたら教えてやる」
 かあああ、と真っ赤に染まるイッセイの顔を眺めながら私はにやにやと笑った。
 うん、少なくとも前のマスターよりはまっとうに楽しめそうだ。


 それが私とイッセイの一日目だった。










 遠坂凛は衛宮士郎の落し物をぷらぷらと指でつまんで揺らしていた。
 少し年代物の懐中時計だ。
 こっちに向かって挨拶して一成とどこかに歩いていく時にぽろりと衛宮のポケットから落ちたものだ。
 話に意識を向けていたのか衛宮本人は気付いていなかったらしい。
「あ〜あ、今度返さないと」
 とりあえずそれをポケットにねじ込みながら凛は地下へと続く階段へと降りていった。
 聖杯戦争への勝利の階段を駆け上がるために。




 ――で、この惨状なわけなのだが――

 宝石を散々使った魔法陣の上には誰もいないわ、一階からすごい音がするわで、急いで一階に駆けつけてみれば、そこに呆然と尻餅をついてる一人の男。

 ……あーなんとなく分かるけど分かりたくないなぁ。
 壊れて止まった時計の指す時間は2時。まあ、軒並み2時間ずれてたのだから確かに12時現在時計の針は2時を刺してないとおかしいわけなのだが。
 思わず溜息。そして気持ちを切り替えて目前の男に声をかける。
「こんばんは、貴方は私のサーヴァントかしら?」
「……聖杯戦争、か。ああ、そうだろうな。多分僕は君のサーヴァントなんだろう」
 ぱんぱん、と黒いコートから埃を払って男は立ち上がる。
 黒のパンツに白のワイシャツとだらしなく緩められた黒いネクタイ。
「全く、難儀なことを……と、待った。今僕が喋っているのは日本語かね?」
「そうよ。ここは日本」
「では、冬木か。冬木の聖杯戦争」
「え、ええ。それがどうしたの?」
 急に黒いサーヴァントは目を細めた。
「冬木の聖杯戦争……すまないが、今回で何回目だい?」
「5回目よ」
 その言葉に驚愕した顔を見せる黒のサーヴァント。
「……君以外のマスターの名前は分かっているかね?」
「分かるわけ無いでしょうが」
「ふむ、ではもう少し具体的な質問をしよう。前回の聖杯戦争の生き残りの名前は知っているかな?」
「……まあ、聞いてるけど。もう死んだって」
 この言葉に今度こそ男は愕然とした表情を見せた。
 なんなのだろうか。
「なるほど。なんとなく事態は飲み込めてきた。すまなかったなマスター」
「いえ、結構よ。で、貴方の名前は?」
「意味が無い」
 黒のサーヴァントは一言で切り捨てた。すこーーーーしばかりかちんと来た。
「ああ、血が上って令呪を使われると困るので補足説明をしておくが。私の名前を君が知っても他のマスターが知っても意味は無いし、場合によってはマイナスになる。私は現在より未来に誕生する英霊だからだ」
「へ?」
「おそらく私が英霊である、と言うシンボルにも似たものを君は持っているのではないかな。どれかは分からないがね」
 英霊は自分のゆかりを持つものに強く引かれる。だからこそ強い英霊のシンボルを媒体に召喚するのだが、いかんせん私にはそういったコネは存在しない。しないはずだったのだが、『これからシンボルになる』ものを持っているのなら話は別になる。時間の枠を超えて守護者となった英霊はそのシンボルに引かれてサーヴァントとなるのだ。
 それはこれから生まれ得る存在であろうとも例外ではない。
「聞くと問題が?」
「……無いとは思うが念の為だ。クラスと宝具の名前は教えられるが」
「じゃあ教えて頂戴」
「クラスはアサシン。宝具は『黒の銃身“ブラックバレル”』だ」
「うそ……」
 それは伝説にしても馬鹿らしい人間だけが持つことのできる人の最強の武器。
「もちろんオリジナルだ。神性が無い変わりに人でしかありえない力を手に入れたのさ」
 アサシンはにやり、と笑いながら銃を構える仕草を取った。
「まあ宝具の性能は信じる。でも、アサシンかぁ……どうなんだろ」
「ふむ、君は勘違いをしているようだが。サーヴァントの力量としてクラスはさして問題ではないのだよ。問題なのは呼び出した魔術師の力量と、呼び出された英霊そのものの力の問題。強いてもう一つあげるとすれば意思の強さか」
 アサシンは気だるげな顔をしながら独白するように言葉を続ける。
「私がこんなところに呼び出されるとは、地獄と言うより他に無いが。まあいい。私がサーヴァントでしかもクラスは最高とも言えるアサシンになったのだ。君が負ける道理はない」
 アサシンの黒い瞳の奥に力強い光が宿っているのが見えた。
「ありがと。じゃあ、アサシン最初の指示出してもいいかな?」
「なんだマスター」
「片付けてくれる? ここ」
 む、とアサシンは一瞬動きを止めた。
「どのレベルまで片付ければいい?」
「完璧に」
 と完璧な笑顔で私が言う。
「……了解した。地獄に落ちろマスター」
 なんか因縁めいたものを感じながらとりあえず私は気だるくなっている体を休めることにした。


 それが私とアサシンの一日目だった。






 目の前にいる圧倒的な死の気配は赤い犬の仮面の男が発していた。
 そも、少し買い物をして家に帰ったとき、遠くの屋根の上に見える点のような人影を見ただけだ。
 その人影が一分もかからずに玄関にまでやってくるとは何事だろうか。
 声も出ない。
 出したら殺される。
 目の前にいるのは番犬だ。
 獣そのものの空気が男の口から漏れ出している。
 衛宮士郎は魔術師だ。
 並みの暴漢や異常者なら軽くいなせるぐらいには強いと思っていた。
 だが目の前のは別格だ。まず人じゃないし、何よりも。

 その右手に持った真紅の槍があまりにも凶々しすぎた。

 俺はとりあえず自分の肉体にゆっくりと魔力を通していく。
 足と反射神経を限界まで高めた後に、犬仮面の動いた瞬間を狙って家の中を駆け抜けた。
 俺が一瞬前までいたところを純粋な点の暴力が貫いた後、犬仮面は魔法みたいにその長い槍を一回転させて俺の背中に打ち出してきた。
 その速度は音速。衝撃波だけでダメージが行くなんて馬鹿みたいなスピードだ。
「ふっざけんな!」
 その一撃を全力のジャンプで交わして庭に出る。
 同調、開始!
 服を強化する。
 いつもは梃子摺るはずのその作業も限界の状況である今ではスムーズに進んでいった。
「がああああああああああっ!」
 犬仮面の男が吠えて神速の一撃を繰り出してくる。
 それを、思いっきり長袖の部分で弾く。もちろん見えてなんかいない。だけど男が余りにも最速で心臓を狙ってくるからタイミングを合わせただけなのだ。
 普通ではありえない反撃に理由も分からず、槍を弾かれた仮面の男は体勢を崩した。

 それを確認もろくにせずに俺は土蔵へと走る。
 あそこにならもう少しまともな武器が。

 ここで俺の最大の誤算と言えば、敵が人間以上と言うものの更に一つ上を行っていたということ。
 それは届かないはずの一撃。だけど、当たり前のように、人の限界なんてとうに超えているはずの俺を嘲笑うみたいに槍が肩に伸びてきて。
「がはっ!?」
 貫かれたのか弾かれたのかわけも分からぬまま衝撃だけで土蔵に飛び込む。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
 雄たけびが聞こえる。
 もう駄目だ。
 もう駄目だ。
 もう駄目か?

 一人の、大好きだった、親だった、兄だった、親友だった、魔術師の顔を思い出す。
 正義の味方は諦めが悪いほうがいいのだ。
「同調、開始!」
 武器だ、武器!
 剣はどこだ。
 まるで俺の体にあつらえた様な。
 俺という鞘にあつらえたような……。
 犬の仮面の男が土蔵に踏み込んでくる。
 間にあわないのか!?

 瞬間、土蔵に光が満ちた。
 光と同時に何かの通り過ぎる気配がして、三つの肉を切り裂く音と、半拍遅れて仮面の男の絶叫が聞こえた。

 視力が回復するとそこには左手を失い、腹に傷を負い、右足に穴を穿たれた仮面の男が悔しげにしゃがみこむ姿と。


――蒼い服に銀の鎧を身にまとった少年がいた――


 中世の騎士みたいな格好のそいつは太陽のような黄金の髪と青くて力強い目で俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「問おう。貴方が私のマスターか」
「え?」
「違うのか?」
「えっと、そのよく分からない」
「分からなくても貴方がマスターだ――契約はここに完了した。これより私は――」
 だったら、確認しなくてもいいじゃないか、と呆然とした頭のままそう思う。
 そんな俺の葛藤も無視して少年は振り返り敵を真っ直ぐに見つめ、そして仮面の男を指差した。

「貴方を守る、弓となる」

 がおん、とすさまじい音を立てて何か槍のような物が飛んでいったが、既に犬の仮面の男は塀の上まで逃げていた。男の立っていた場所には槍も矢も無いが、ぽっかりと大きな穴が開いている。
 男は顔の上半分をすっぽりと覆う真っ赤な犬の仮面の下から望む口元に悔しげな表情を浮かべた後、信じられないほどのスピードで遠くに去っていった。
 呆然としていた俺は混乱しながらもとりあえず、目の前の少年に声をかける。
「あの、君は……」
「私はアーチャー。貴方を守る弓であり、矢でもある」
 禅問答だろうか。
「あの意味が……」
「? 貴方は聖杯戦争のマスターではないのか?」
「マスター? ってそもそも聖杯戦争って何さ」
「……貴方が私を呼び出したのではないのか?」
 確かにそんな気はする。
 何よりも自分の中の何かが目の前の少年とつながっている気がするのだ。
「助けて欲しいと願ったけど……」
「本当に聖杯戦争がなんなんかは知らないのですか?」
 ああ、なんかそういう蔑む視線は止めて欲しい。
「教えてくれないか?」
「はぁ、仕方ありません。とりあえず落ち着ける所に行きましょうか。何もこのような場所で長話をすることもないでしょう」
 それもそうだ、と俺達は居間に行くことにした。


 それが俺とアーチャーとの一日目だった。


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