Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ 4 M:凛、他 傾:シリアス


メッセージ一覧

1: 唄子 (2004/03/19 22:12:29)[orange.peco.chipi@m2.dion.ne.jp]

4 殺夜、疑惑眼

目の前では、二つの人影が交わり、離れ、穿ち、交わる。
それは、人間の戦いでは無かった。

確かに、俺はアーチャー『英霊エミヤ』と一騎打ちしたことがある。
あの時の事は無我夢中でよくは覚えていない。

だが、今思うとあいつはマスターが居ない状態で、
そう全力は出せてなかったのだろうと思う。
ただ、お互いの想いをぶつけ合ったからこそ、勝てたのかもしれない。
もしあいつが、どんな手でも使ってでも、と考えたのならどう転んだか分らない。
何より俺の投影魔術―――
アレは投影した武具の、使い手の記憶すら再現する。
つまり、俺はそれに付いていける体力があればある程度は戦えるだろう。
サーヴァントに付いていく体力、そんなことが出来ればだが。



遠野さんは、いくら教会の人間とはいえ、やはり人間なのだ。
だから、余程の武器、魔術がなければ、どうしようもない。
だが、手に握ったものは二振りの黒鍵。
俺の目が捉えたそれは、何の加護もないただの鉄製だと解る。
だから、無理だ。
殺される―――――






そう思っていたのだが、
目の前の光景は、
それを裏切っている――――!


凛も同じ気持ちなのだろう。
目を見開いて、その戦いに魅入っていた。

セイバーは今、シエルさんの神聖治療を受けている。
シエルさんが、先ほど受けた肩の傷口に手を重ねる。
その手が優しく淡い緑色の光を放っていた。

セイバーはと言うと、やはり目の前の光景に意識を奪われているようだ。
シエルさんだけが時々目を移して、また治療に専念しているようだった。
ただ、時折見つめる瞳は、俺たちと違って、驚いていると言うよりも、
――――――訝しげだったが。


遠野さんは基本的には攻撃には行かない。
あの黒い影――――、アサシンが放つナイフを弾き、
切りつける太刀筋をかわし、その隙を突いて切り込む。

この一連の動作だけ聞けば、俺とセイバーの稽古と似たようなものだが、
差は歴然、目の前の光景は全然違う。

その速さ。
こうやっていくつかの動きは見えるが、その殆どは目には捉え切れない。
前に言った動作とは、セイバーが見て、俺に説明したものだ。

つまりサーヴァントでしか見えていないスピードと言うことだ。

次に、攻撃の傾向。
セイバーは剣のサーヴァント。
真っ向からの剣技による戦いになる。
だから、俺も稽古とはいえ、まともに打ち合うことが出来る。
この場合のまともとは、まぁなんどか受け止めれるって程度なのだが。

今回の相手、アサシンとは正直やり合いたくない。
何故なら、まともに撃合う数は僅か。
あとは気配を消し、いきなり背後、側面、死角からの投射、薙ぎ、斬り、突き…
そんなものまともに防げるわけが無い。
この住宅地がまず不利だった。
奴が隠れ、足場に出来る箇所が無数にある。

なにより、あのセイバーが言ったのだ。
『アレはアサシンの力ではない』と――――
初めは意味がわからなかったが、
改めて驚かされる。
通常のアサシンならば、セイバーの鎧を、
それも一度弾いたナイフが貫通することなどありえないと、
言うことだった。

だが、どうだ。
現に、初めに放たれた数本のナイフをセイバーが弾いた際、
その内の1本は、鎧を易とも容易く打ち抜いたではないか。
それが異常だったのだ。
つまりアレは真っ当なものの筈がない。
異常に力が流れているサーヴァント、アサシンなのだ。

だから、だからもう、人間の戦いではなかったのだ。
目の前に広がる、この殺し合いは。


今またアサシンが遠野さんの背後に現れる。
どこから来たのかはもう俺の目は捉えるのを諦めている。
だが、その刹那、後ろも見ずに
今まで同様、突き出されたナイフを、その双剣で弾き、
流れるような動作で、アサシンの面、顔面を足撃で打ち抜く――

が、アサシンも反る様に、後ろへ身を倒し、かわしたのだった。




その戦いは、もうもうどれ位続いているだろうか?
何撃目の攻撃だろう。
だと言うのに、遠野さんは息も上がっては居なかった。
時折、微笑すら浮かべている。
恋人との一時を愉しんでいるかのような、そんな笑顔をこの戦いで―――

治療が終えたのか、セイバーが横へ来る。

「士郎、志貴は人間なのでしょうか?
あの男、キャスターのマスターを見ている気分です。
いえ、こんな変則的な攻撃を受け流しているのだから
それ以上かもしれない」


葛木宗一郎。
そうだ、あいつも確かにセイバーを一時的に追い詰めた生身の人間。
だが、あれは拳をキャスターの魔力で強化していたし、セイバーは
真っ向から挑んでくる戦法。
技量は計り知れないが。

セイバーの質問。
そんなの俺だって聞きたい。
こんなの反則だと思う。
今思えば、あの時、凛が殺気立ち、セイバーが首元へ剣を突きつけた―――
あのときの余裕は、本物だったのだろう。


「シエルさん、志貴って、その…なんなんなの?
あれは人間の戦いではないわ。それに魔力も感じられない。
剣を強化している訳でもなく、あの黒鍵、特殊な加護を受けてるようにも思えないし。
ねぇ、どういうことなのよ?」

そうか、シエルさんは遠野さんの昔からの知り合いみたいだし、
何か知っているのかも…。
シエルさんはセイバーの治療が終わって前を見ている。
視線はそのままで、凛のほうを向かずに答える。

「彼は、貴方たちが住むこの国に、古くから伝わっている退魔の一族『七夜』の末裔
なんですよ。ですから人外のモノ、魔と戦う術を身に付けていたのでしょう。
ああそうそう、私も彼と何度かは剣を交えてますから、彼が実力的に
あのサーヴァントと互角に渡り合えるのは承知しています。
ただ、あの戦い方が異常なのです。身の裁き方も違う…!?
遠野くんは一体どうしたと言うのでしょう…?
彼に其処までのスタミナがあったと?
…それは考えにくいですね。
それに眼鏡をつけたままで――――」

それは答えと言うより、独白に近かった。
前半の『七夜』と言う単語。
それに覚えは無いが、説明のように体術、技はそれに因るものなんだろう。

が、一番気になったこと、『眼鏡をつけたままで』。
どういうことだ?
眼鏡って言えば普通は視力の矯正の為のものだろ?
それを外すって事は、不利にはなるだろうが、良い事など無い。

だが、シエルさんは言った。
『それに眼鏡をつけたままで――――』
つまりいつもの遠野さんは、戦いの際には眼鏡を外すのだろう。
それは一体――――?


弾いた数は数十、斬った数も数十、打った数も数十。
つまり、幾重も二つの影は死闘を続けている。
が、それも終わりに近いだろう。

アサシンが動きを止め、その動作が溜めに入る。
先ほどまでの殺気が、更に膨れ上がる。
こちらを狙っていることは無いだろうが、気持ち悪くなってくる。
まとわり付くようなアサシンの気配。
そう―――、
もうあいつは身を隠すことを止めたようだった。

「来るのかな?ああ、サーヴァントには『法具』と呼ばれるものがあると
聞いているよ。それは英霊によって変わるが、どれも一撃必殺のものらしいね。
あはは、それを生身の人間に使うなんて、ちょっと意地が悪すぎやしないかい?」

口ではそう言ってはいるが、遠野さんに怯む気配はない。
むしろどんな物か見たがっている、そんな雰囲気すら受け取れる。

この人、まともじゃない。
正直、あのとき凛とセイバーを止めていなければ、どうなっていただろうか?
考えると、あの時の選択がどれほど正しかったか身にしみる。

「よく謳うものだな。
その身をもってまだ『生身の人間』とは…。
後ろの者たちが、聞いて呆れておるぞ。」

「おいおい、勘弁してくれ。
僕は唯の人間だよ。斬られれば血が出るし。
打ち所が悪ければすぐに死んでしまう人間だよ。
ただ、そうならない様に、おっかなびっくり歩いているのさ…」

「そうか…。
ならば、安心しろと言っておいた方がいいか?
法具は使わん。流石に生身の人間では不味いのだろう?
だが、これを唯の人間が避けれるとも思わんがな。」

「!?」

ここに来て初めて遠野さんの顔色に変化がある。
愉しそうな微笑は消え、余裕が消える。

「死ね」

アサシンのつぶやきが早かったか、それは
一気に噴きした――――!



黒い槍――
いや、槍と言うより錐であろうか。
無数の黒い錐が噴き出していた。

遠野さんの足元から――――

空かさずその身を後ろへ引く。
しかし、遠野さんの影から発生しているソレハ
逃げることは出来ない。

だが、遠野さんはそれを紙一重で交わしていく。
が、避けれないものもあり、いくつかはその身を切り裂く―――!!

「セイバァァァ!」

俺がそういう前に、セイバーはアサシンに切りかかっていた。

「ハァァァァァァァァァ!!!」

気合と共に、渾身の撃ち下ろしがアサシンを捉える。

「グッ!」

だが、アサシンはまるで薄い布のように、剣風を避けるかのように
かわした。
が、流石はセイバーと言ったところだろうか、
重力を無視したかのような速度で、次の一撃を放つ。

これにはアサシンも対応できず、左腕を浅くだが、裂いた。


アサシンは、遠野さんの倒れた方を、僅かに見た後、
その姿は闇に消えるように、居なくなってしまった。

また気配を絶っているのか―――!

が、一向に現れる様子は無い。
セイバーがこちらに戻ってくる。

「ふぅ、アサシンは何とか諦めてくれたようですね」

と、安殿のため息と共に、そう言った。

そうだ、遠野さんは―――!

倒れた方を向くと、凛とシエルさんが駆け寄っていた。
凛が、ほっとした様な眼差しでうなずく。
こちらも何とか、無事のようだった。

「遠野君!直ぐに治療しますから!」

シエルさんはそう言って、遠野さんの体を起していた。

カシャン。

遠野さんの体を起した時、眼鏡が落ちていた。
おそらくは、さっきの黒い錐で、どこかぶつけたのかもしれない。

遠野さんの顔を覗き込むと、先ほどまでアサシンが居た場所を
睨んでいた。

「遠野さん、痛いところは、大丈夫ですか?
アサシンは消えましたから、そのさっきの黒いので…

「ん?ああ、士郎。大丈夫だよ、流石に焦ったけど、まぁ何とかね」

と体を起した。

シエルさんが、遠野さんの体を調べ終わり、

「はぁ。まったくどういう運動神経しているんですか!?
最後のやつ、私でも避けれたかどうか…。
それが、右腕に1箇所、左ももに2箇所のすり傷程度ですか…。
その程度で済んだのは奇跡ですよ!
遠野君はまったく。ちょっと慢心があったんじゃないですか?
貴方らしくも無い!」

世話焼き女房みたいに怒ってる。

「ごめん、ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたかな?
あ、シエル俺の眼鏡知らないかな?」
と、遠野さんがシエルさんの方を振り向いた。

「あ、はい。拾っておいたわよ。
眼鏡なんて、不便だからコンタクトにすればいいじゃない。
戦う時に落としていたら致命的だったわよ?」

と、凛が遠野さんに眼鏡を差し出していた。
シエルさんの方から、すかさず凛の方を向きなおし

「ありがとう。いや、やっぱこれが無いと落ち着かないよ。
僕はほら、眼鏡っ子だからね」

なんてわけのわからない事言って、アハハと笑ってる。
遠野さんが眼鏡っ子、萌えねぇなぁ。
はぁ、とため息をついて、凛も俺のほう見てるし。

さてっと、眼鏡をかけようと、遠野さんが下を向いた時、
そのときシエルさんの顔が見えた。

――――――なんて顔なんだろう。
真っ青になっている。
その眼差しはただ目の前を、
遠野さんの顔の方をじっと見詰めていた。

はて?遠野さんは顔に傷を?
さっきは腕と太ももだけだったって言ってたのに。
眼鏡を掛け終えて、顔をあげた遠野さんと目が合った。
…いつもどおりの。遠野さんだ。
ニヤニヤしてる。

「おいおい、士郎。さっきの戦いを見て、僕に惚れたんじゃないだろうね?
まぁ、士郎がどうしてもって言うんなら…」

「なっ!ど、ど、どういう意味ですか!?
俺はそんなこと思ってないですってば!
そりゃ、あの戦いは凄かったですけど…」

「いやいや、俺もノーマルだから、赤くなられても困るけど。
どっちかって言うとセイバーちゃんかな?俺としては」

「ちょっと!士郎、あんたマジで…!?
赤くなってるって、この浮気ものぉぉ!!
ふにゃちん士郎の馬鹿やろゥ!」

ボクシッ!
ぐはぁ!
お前、いまリバー撃ちしやがったな!
刺さったよ、あんたの手がわいに刺さったよー!!
ぐくく、息が、息が出来ない……
敵ながらグッジョブ!凛様!!

「志貴っ!何からかっているんですか!
私にはその、し、士郎という人が居て、いやその、
士郎は凛と付き合ってますし、凛は私の今のマスターですから
…はまずい、いやでも…」

ごにょごにょとセイバーが口ごもってる。
凛は、キッとセイバーの方を向いた。



苦しい意識の中、すぐ隣では凛とセイバーが何か言い合ってる。
ああ、セイバー、それは嬉しいけど俺には凛という悪魔神様(赤)が…
遠野さんはというと、そんな二人を見て相変わらずニヤニヤしているし…。

だめだめだ〜、意識がぁ…。
視界が暗転するさなか、最後に見たあのシエルさんの不安な顔がよぎる。
彼女は一体何を…
何を不安がっているのか。
俺は最後までわからず、意識は闇に沈んだ。









――――――闇は闇を渡っている。
闇夜に舞う、闇のようなローブの暗殺者。
その顔である面は、見えるはずの無い憔悴を映し出しているようだった。

自分は最後の最後で、主の命令を破ってしまった。
いや、それは主のためだと。
あの男は危険だと、
だから、―――――――だから本気で殺そうとしたのだと言い聞かせた。


――――遠野志貴。
あの男は危険だ。
力が?
否―――、この身をもってすれば、互角、いやそれ以上の結果を出せるだろう。
ならば何故?
それは解らない。
解らないが、暗殺者としての直感。

決して気取られないよう獲物を殺す。
相手は、殺されたことを気づかないまま死界へと赴く。
だから、気づかないように、
なにかが動いている時があるのだと言う現実を、
身を持って知っている。

自分がしていることは、いつか自分にも降りかかることがある可能性なのだ。
だから、ああ、だからか。
あの男も暗殺者。
それも飛び切り達の悪いそれだ。

だが、今はそれは考えてはならない。
自分は、確かに外道に落ちた身なれど、
主は絶対なのだ。

娘は確かに、彼の場所へと運んだ。
あとは巧くいくように祈るのみだ。

そこで闇は、はて、と思う。

闇は、今一度自分自身に問うた。

外道に落ちたこの身ならば、自分は何に祈ればよいのかと――――


記事一覧へ戻る(I)