ゆめのきょうかいせん(ぽかぽかたいよう。イリヤのおひるね Good End)


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1: ちぇるの (2004/03/18 10:59:55)

 雪がしんしんと降っていた。
 雪原に仰向けに寝転んでいる私は白で塗りつぶされて消えていく。

 まるで春に雪が溶けるように私が消えていく。

 なのに私は穏やかだ。
 もうこれで十分だ、って思ってる。


 だって人形の命なんて……。



 と、そこで意識が覚醒した。

 真っ暗。
 真っ暗なのは生まれたときと目を閉じたとき。
 私はもう生まれているのだからきっと目を閉じているんだろう。
 だから真っ暗。
「……うぅん……」
 むにゃむにゃ、と言葉にならない言葉を口の中で噛み砕いて一回大きくあくびをした。
 目をうっすらとあけるともう随分慣れたタイガの家の天井。
 前の人が使ってたときのまま天井には『一人一殺』の書初め。意味は確か死んでもいいから最低でも敵を一人でも殺せ、だったかな。実用的な四字熟語もあったものだなぁ、とシロウに言ったらその後タイガがお叱りを受けていたので多分情操教育上あまりよろしくないものだったのだろう。以来私の部屋の天井には『一球入魂』の文字。書いたのはリンだったりする。
 上体を起こすと目が結構覚めてきた。
 覚めてきたのだけど、あまり夢見がよくなかったせいか頭がふらふらする。
 まだちょっとばかり重いまぶたを両手でごしごしとこすってベッドから降りた。
「よっと」
 動きやすい体操着に着替え、髪を軽く梳いた後に私は藤村組のトレーニングルームに入っていく。
 軽くエアロバイクをこぐためだ。
 30分程だけなのだが、並みの成人男子の二倍の負荷でやっているのは秘密である。まあ、魔術師をなめないでほしいとだけ言っておこう。
 軽い運動を終えて、タオルで汗を拭きながら中庭の方に出てみるともう、眩しい朝日がそこにあった。
 そこでもう一回背伸びをする。日本で過ごし始めてもう3年にもなるがやっぱり春はいいと思う。とりあえず布団からでても、お日様に当たれば温かいのが素晴らしい。
「さて、シロウの家に行きますか」
 軽くほっぺたをぺちぺちと叩きながら私はシャワールームに向かう。
 こうして、私――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの一日がはじまるのだ。




『ゆめのきょうかいせん』



 トレーニングルーム付属のシャワー室から出てくると、起きたばっかりのタイガとばったり出会う。
「おはよう、タイガ」
「おはようイリヤ。って、何よその格好」
「何、って。体操服でしょ? 学校指定の」
 タイガの勤めている学校にこの度入学することが決定した私。イリヤスフィールは、しっかりと学校指定の制服やらなにやらを買ったのだ。その中にこれはあったわけで。
「そうだけど……普通ジャージにしない? 恥ずかしくない?」
 タイガが何故か執拗に聞いてくるので、私は気付いてしまった。
「はっは〜ん。タイガは自信が無いんだ。私は別に恥ずかしく無いよ」
「ち、違うわよ! 女の子なら恥じらいをもちなさいって言ってるの!」
「はいはい。そうね、タイガが言うんならそうなんでしょ。学校ではジャージを着るけど。でも運動するにはこっちのがやりやすいと思うんだけどなあ」
 大体マラソンの選手だってみんな似たようなものではないか。
「駄目なの! そんなインモラルな格好したら男の子が鼻の下伸ばして狼なんだから!」
 一見するとタイガが私のことを心配してくれているように見える。実際そうなのだろうとも思う。しかし、そういう好意を真っ直ぐに受け取るな、と態度で教えてくれたのは私の真っ当な魔術の師匠であるリンだ。
「ふ〜ん。つまりこの格好でシロウに迫れば、サクラとリンと私の間でふらふらしてるシロウに逆転の一手かも知れないのね。ありがとう、タイガ。教えてくれて」
「な、なんですとー!? ていうか何で私の名前がその中に入ってないかー!?」
 あははは、と私は笑いながらシロウの家にかけていく。入り口で組員の九条さんと、ゲンさんがにっこりと微笑みを浮かべて
「行ってらっしゃい、嬢ちゃん」
 と声を揃えて言ってくれた。
 顔に傷がついてるような人なのに私はこの人が悪いことをしそうには見えない。
 ライガの人徳なのだろうか、と聞いたらタイガを見てると悪いことが出来ないとかなんとか。まあ、悔しいけど納得してあげよう。小さなことに拘って正しいことを否定するのは魔術師としても大人としても失格なんだから。うん。
「こらー、待てーこの悪魔っ子! あんたのその身長でその格好やったら犯罪だー!」
 む。身長のことは私も気にしてるんだから突っつかないでほしい。
 伸びに伸びた10cmを持ってしても一般的な高校生、つまり肉体年齢16歳の体には遠く及ばなかったのだ。体もまあ、スレンダー、といい表現で留めておこう。うん。スポーツブラで十分と言うのはどうなんだろうなぁ。
 まあ、私が大人っぽい服を着れないのはともかく、魅力的かどうかは……シロウの趣味の問題かな、と私はにやりと笑う。

 シロウの家の玄関を潜り抜けるたびに私は優しい結界に心弾ませる。
 キリツグの残した一つの“世界”は私を何の拒絶もなく受け入れるのだ。
「お邪魔しまーす」
「士郎ごはーん」
 もう慣れたもので、当たり前のようにシロウの家に乗り込んだ私達は入り口に鍵をかけて食卓に向かった。
 食卓には朝ご飯の香りが漂ってはいたが、まだ配膳はされてない。
「ああ、よく来たイリヤ。おはよう。後、藤ねぇは入り口からやりなおし」
「なんでよぅ!?」
「ま、タイガにそういうの気にしろってのが無理なのよ」
「イリヤ。そんなことは10年前に分かってる。分かってるけど10年も経てば我慢できなくなるんだ」
「み、みんなして酷いよぅ」
 タイガが不満そうに食卓に着席する。
「シロウ、配膳手伝うね。タイガは“ゆっくり”してていいから」
 にっこり微笑むとタイガは涙目で腕を所在無さ気にぷらぷらさせていた。虎を爆発させないぎりぎりまでからかうのがとても楽しいと思えるのはリンの影響だろう。シロウが深刻な顔で『まずい傾向だ……』って言っていたけど、それリンの前で言ったら多分地獄を見ると思う。
「イリヤ、ありがとう……ってうわぁ!? なんて格好を!?」
 今更気付いたシロウが顔を真っ赤にして一歩引くのが面白かった。
 なるほど、これは非常に有効な戦略で、非常に有用な戦力であったか。僥倖僥倖。喝!
「体操着。どう、気に入ってくれた?」
「き、気に入るって……なんでそんな服を……」
「学校指定でしょ、これ。まあ、ちょっと体動かしてきてそのまま来たの。シロウ、顔赤いよ?」
「うぅ、あまり遠坂に影響されるなよ? イリヤ……」
 心からの願いらしいので無下には出来ないけど、結構リンと私は似ているのでどうしようもないだろう。
「で、どう? どきどきする?」
「あ、あのな。俺は家族の格好なんかで……」
 にぃ、と私が笑ったのを見てシロウがびくりと一歩ひく。若干失礼だ。
 まあいい。私は隣にいるタイガに聞こえないように少し小さな声で話し始める。
「正直に言わないとサクラのとある肉体的部位に対する少しばかり熱心な視線について『ちょっとだけ』過剰修飾して話しちゃおっかなー」
「ごめんなさい、正直に言います。……かなりどきどきしました」
「よろしい」
 はぁ、と溜息を付くシロウの耳が真っ赤なのは良い傾向だ。なんだかんだでシロウは家族とか言いながらも私達のことを女性として認識している。
 私は結構本気で妹と思われている節が無きにしも非ずなんだけど。
「配膳、とっととやるわ。ほら、どれ運ぶの?」
「じゃあ、そこら辺に出してある皿全部よろしく」
「了解。やっておくわ」
 お遊びも程ほどに虎が暴れまわる前にしっかりと支度をしなければなるまい。

「「いただきます」」
 全員の心と言葉が一緒になる朝食。
 今日はサクラがマキリの工房に篭もっているので四人で食べることになる。
 四人、つまりタイガとシロウと私と……リンだ。
 しょっちゅう食べに来るけど、結構多めに食費を入れてくれるリンは対タイガ最終兵器である。いろんな意味で。
「で、サクラはまた『勉強』なの? ここ一週間ぐらいみないけど」
 私が問うと、リンは困ったように溜息を付いた。
「うん。もう偏屈爺を騙してすかしてやってるみたい。すっかり『勉強』にはまっちゃったらしいわね」
 まあ、そういうことである。
 蟲にいじめられ過ぎてなんか吹っ切れちゃったのか、ある時期を境に――私の読みではきっとリンと姉妹の仲のよりを戻したときに――急にポジティブになり始めた。
 いじめない蟲を作ればいいのよ、とかなんとか言って自分で自分の体を構成する蟲を作ろうとしているらしい。
 ゾウケンの爺さんもなんか真面目にマキリの為になりそうなもんで口も出せずに黙っている。嗜虐的で自分勝手とはいえ、伊達に500歳を越える魔術師ではないのだ。老獪で強か。利益の為になることを止める必要も無い。ってことだとばかり私は思っていたのだが。
「この前、あそこの家の爺さんにあったけど。サクラの自慢話ばっかり聞かされたわ。なんなのかしら、あれ」
「大人しく静観決め込もうとして、人並みに落ち着いたら人並みの感情思い出したんでしょ。あの妖怪爺さんもようやく極楽浄土に行く道を開けたかな」
 うんうん、と二人して結構酷いことを話している。
「あ、シロウ。バターとって」
「いいけどさ、藤ねぇ。このバターはイリヤのなんだからあんまり使うなよ?」
「うー、いいじゃないのさ。バターくらい」
「高いんだぞ、これ。俺達食えるだけでもありがたいくらいの」
 シロウがすごい貧乏臭いこと言ってる。
「ふ、ふんだ。別に二千や五千のバターの一つ怖くも……」
 リンがにやり、と笑いながらタイガの耳にぼそりと何かを呟く。
 さあああああああ、と血の気が面白いように引いていくタイガ。さすがは師匠だ。いろんな意味の。
「おみそれしましたイリヤ様。でも美味しいのでどうかもう少し分けてください」
 決して自分の要求は下げて無い辺りタイガだ。まあ、別に。
「いいわよ。タイガはしっかり自分の食べる分しか使わないしね。それにみんなで私の選んだ奴を美味しいって言ってくれるなら嬉しいし」
 タイガとシロウは何故か目配せしあって、うんうんと感激しながら首を縦に振る。
「な、何よ」
「いや、これほどの無法者の中にあってよくぞここまで真っ直ぐに成長したなぁ、と思ってのぅ。よよよ」
「それは俺の台詞だほんわかヴァイオレントタイガー。しろいあくまにならなくて俺は本当に安心だよ」
 シロウが本気で爽やかな笑顔で言ってくるので、ちょっと顔が熱くなっていく。
「ねえ、士郎。しろくないあくま、っているのかしら?」
「何言ってるんだ遠坂。ほらあかいあくまなら今こ……………………………泰山にいるだろ」
「うん、士郎。今ここに、って言いかけたのは分かってんだぞ。次の訓練の時ノルマ増やすから安心してねコンチクショウ」
 シロウがなんか絶望的な顔をしている。リンの魔術の訓練はとても適切で分かりやすいと思うのだが、どうも対シロウになるとリンは少しばかり厳し目になるらしい。そういう細かい点に置いてはまだまだリンは修行が足りないのではないのだろうか。
 そんなことを考えていると玄関の方から、誰かが入ってくる音がした。さっき私達が鍵を閉めたはずだから、来たのは合鍵を持っているサクラと言うことになる。
 皆もそれが分かっているのか、別に気にした様子も無い。
 そうこうしているうちにサクラが居間に入ってきた。
「おはようございます」
「おはようサクラ」
「おはよう桜」
「おひゃほふ」
「藤ねぇ。とりあえずしっかり飲み込んでから喋れ。おはよう桜」
 もぐもぐと、しっかりトーストを飲み込んでからおはよう、とタイガは言い直した。
「桜は朝食食べるのか? すぐ作るぞ」
「あ、いえ。いいんです。軽く食べては来ましたし。運動止めちゃったから食べ過ぎると……」
 突然桜の言葉が食卓の一点を凝視することで止まってしまう。
 そこにはバター。
「先輩。トースト一丁」
「あいよ」
 苦笑しながらシロウは台所に戻っていった。
「ああ、もう。イリヤちゃん印のバター見ちゃったら食べるっきゃ無いじゃない……」
「別に私が作ったとも書いて無いし、私の顔がプリントされてるわけでもないんだけど」
「気にしないで。言葉のあやだから」
 体重が、と悩む桜だったが、どうせ胸とかに行くんだからいいじゃないか。私なんて贅肉は普通にお腹だの首周りだのについてしまうので本気で注意しないといけないというのに。
 五人が食卓にそろった。
 私の一番信頼している四人。

 そんな幸せの形。

 だから私はおもむろに尋ねてみたくなってしまった。
「ねえ、もし今の自分が夢に過ぎない、って分かっちゃったらどうする?」
 突然食卓の空気が止まる。
「あれ? あの、もしもーし」
 何故かみんなが真剣な顔して悩み始める。ああ、タイガは問答無用で食べ続けているので問題外なんだけど。
「ああ、イリヤ。ごめん。ちょっと考えてみる」
「え? え?」
 しまった。みんな妙に真剣に受け取ってしまったらしい。いや、まあそりゃ私だって適当に言ったわけではないのだけども。
 リンなんかは考え込んだまま食器を片付けに立ち上がって台所に行ってしまった。
「あ、もう時間だー。行かなきゃ」
「休み返上でお疲れ様ね、タイガ」
「うぅ、イリヤってば時々優しいわね〜」
 みんなが放心状態なようなので私がタイガを玄関まで見送ることにした。
「あ、そうだイリヤ」
 玄関を出たところで唐突にタイガが口を開く。
「何? タイガ」
「あのね、私はケモケモ君が出てこないから今は現実だと思うの」
「ケモケモ君?」
「知らない? 教育テレビのキャラクターなんだけど。毎晩毎晩私に緑色の何かを食べさせようと追いかけてくるから撃退してるの」
 教育テレビのキャラクターを当たり前のように話すのは大人の女性としてどうかと思う。
「ほら、ファンタスティックな情景も嫌いじゃないけど現実であれやられたらどうかな〜と私は思うのよ。だから現実」
 ああ、つまり。
「だから気にしないの。イリヤは今ここに生きてるでしょ」
 タイガはなんてこともないようにそう言って学校に嫌そうに歩き始めた。

 優しい。
 春の空気と同じぐらいに優しい。

 私が居間に戻ると今度はトーストをかじり終わったサクラがこっちを振り返る。
「あのね、イリヤちゃん」
「はい?」
「私はね。明日も続いていくのが現実だと思う。辛くっても、幸せでも」
「まあ、そうよね」
 私がそう答えるとサクラは一呼吸置いて自分の言葉をまとめようとしていた。
「……イリヤちゃんが明日の為のことを考えながら、今日のことを受け止めているなら多分それは現実だよ」
「そっか。そうかも」
 それも一つの答え。
 でもそれは私の本当に聞きたかったこととは違う。だけどまあ。サクラが優しいことはよく分かった。
 私はサクラに意地悪しないように居間を出た。

 本来は来客専用の、かつ現在は私の部屋に行くことにする。流石に藤村組で工房をかまえるわけにもいかないので、シロウの家に作っていたりする。
 もちろん仮のもので簡単な実験をするぐらいだ。大掛かりな実験はリンの工房を借りるし、本当の本当に大変なことやるときはアインツベルンの城に戻る。
 と、ばったりとリンが占領している方の客間からリンが出てきて私と目があった。
「あ、イリヤ」
「うん。なあに?」
 むむ、とリンは難しい顔をする。
「あのね、現実か虚構か、ってことは関係ないの。今感じていることが現実。これが限りなく現実に近い夢だったとしたら貴女は現実に生きているのと変わり無いの。だから現実だろうが夢だろうが関係ないでしょ」
 リンの言うことは確かに正しい。正しいのだけど微妙に今回の私の質問した意図とは違うのだ。
「あのね、リン。私が聞きたいのはね“私が今にも夢が覚めるみたいに消えることはないのかな”ってことなの」
 リンは驚いたように目を見開いた後にまたまた難しい顔をした。
「それは私には難しい質問ね。言葉で誤魔化すのは私が一番上手いけど、そういう質問はシロウにした方がいいわ」
「そうね。そうする」
 後でシロウを苛めるついでに軽く聞いてみることにしよう。
「ごめんね、イリヤ」
「謝ることじゃないわ」
 本当に。謝らなくてもいいことなのに。

 優しい風が頬を撫でていく。

 部屋にある実験器具を少しいじくっていたけど、なんとなく今日は気分が乗らなかったので部屋からでて中庭で背伸びすることにした。
 サクラはリンを拉致してどこかに出かけたらしい。最近本当に行動的になってきたなぁ、サクラ。
「あ、イリヤ」
 突然かけられた声に振り返るとそこには洗濯物を干すシロウの姿。本当に主夫じみてきているその姿が……うん正直に言おう、大好きだ。
「どうしたの?」
「まだ着替えてないのか?」
 なんか呆れたような顔をしている。
 そういえば体操服のまま着替えてなかった。
「まあ、シロウを誘惑するためだから。シロウが耐え切れなくなって襲ってきてくれないことには脱げないし」
「あ、ああああのな! 俺はそんな節操無しじゃないぞ!?」
「ええ分かってるわ。こんな露骨に誘ってるに襲ってこないんだもん。ただの甲斐性無しでしょ」
 む、と唇をへの字に曲げるシロウ。
 最近二人っきりになると私はシロウにこんな感じでちょっとずつ意識させることにしている。だって、なんというか。サクラと比べて大分対応が違うのが不公平だ。とはいえ肉体的なものもあるので仕方が無いといえば仕方が無いのだけど、なんとなく不条理なので絡め手で篭絡することにする。まあ効果はそこそこ上々、といったところか。
「それより、イリヤ。今日はどうするんだ?」
「うん、それよ。工房に篭もる気にもなれないし」
 こんなにいい天気で部屋に篭もるってのもどうかなぁ、と魔術師としてはどうかなぁ、と言った考え方である。
「じゃあ、どこかに行くか? 昼間は俺も暇だし」
「そういう気分でもないかも」
 ふわぁあ、と私は大きくあくびをした。

 だってこんなにも優しい春の空気。
 眠くならない方が不自然だ。

「そうだ、シロウ。お昼寝しよ!」
「昼寝か。いいかもな」
 にこっと笑うシロウ。いつも思うけどあれは反則だ。リンともサクラとも意見が合った。真っ直ぐすぎて心の奥まで無条件で染み込んでくる。A++ぐらいのダメージだ。
「じゃあ、布団もってこないと」
「やったぁ!」
 私はシロウを追いかけて押入れから布団を取り出しに行く。
「あ、シロウ。布団は一組でいいのよ?」
「へ?」
「ほら。二人で一つの布団に寝るの。川の字ならぬリの字でね」
「ななな、なんてこと言うんだイリヤ! もう駄目だぞ!? お前もそろそろ一人前の女の子としての自覚を」
「持ってるから言ってるんだけどなぁ」
「尚更駄目だろ!?」
 シロウが本気で慌てている。うん、もう一押し。
「あのね、シロウ。私はね」
「な、なんだよ」
「私はまだ自分の命に自信持ってないの。だからできるだけいっぱい幸せを頂戴」
 それは本気の気持ちだ。シロウにしか言わない。シロウだけに言う我侭だ。
「……分かったよ」
「ありがとシロウ。押し倒したくなったら言ってね。私の部屋でしよ」
「ば、馬鹿言うな! するかそんなこと!」
 結構失礼だなぁ、とは思いつつ私だって別にそこまでシロウに期待はしてない。
 ただ一緒に昼寝するのはきっと幸せだ。
「ほらほら、布団運ぶ運ぶ」
「はぁ……イリヤは枕とタオルケット持てよ」
「はーい」
 自然と笑みがこぼれてくる。
 シロウとお昼寝だ。

 縁側に布団を敷いて枕を置く。後は二人で並んでタオルケットをかけるだけ。
「ああ、そうだイリヤ」
「何? シロウ」
 シロウは突然私のほっぺたをつねる。
「いひゃいんらけろ」
 ぱっと手を離す。いきなり乙女の柔肌になんてことをするのだこの朴念仁は。
「じゃあ夢じゃないよイリヤ。それで十分だろう」

 私は目をぱちくりした。

 リンの理路整然とした言葉にすら納得できなかった私の心はシロウの一言で春の雪みたいにさらりと溶けてしまった。
「なるほど」
「そういうこと。じゃあイリヤ。昼寝といきますか」
 シロウがごろりと横になる。

 ああ、春だ。
 世界は春だ。
 温かくって優しい。
 イリヤという雪も溶けないでいられるぐらい優しい。

「うん、シロウ。お昼寝だー!」
 シロウに飛びつきながら私も布団の上に寝転ぶ。
 タオルケットを体に巻きつける。

 シロウの背中と、ぽかぽかたいようが、暖かい。

 何でだかは知らない。知らないけれど目から涙がぽろりと落ちていった。
 
 あったかい。
 幸せすぎる幸せはまるで夢のよう。
 三年前から始まった夢だ。
 だけどきっと覚めることは無い。シロウと一緒にいれば覚めることはないのだ。
「シロウ」
「何だ?」
「大好き。うん。本当に、いろんな意味で」
 ぎゅう、と抱きしめる。シロウは恥ずかしがって私を大々的には抱きしめないので私からアプローチする他無い。
「ば……っ! ……ぅ、ありがと……」
 馬鹿と言わなかったので満点をあげましょう。

 季節は春。
 私はイリヤ。

 優しい季節はきっといつまでだって回っていく。
 いつまでだって続いていくのだ。



 だから、私。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは何の迷いもなくこう言うのだ。



――おやすみなさい、良い夢を―― 


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