さよならわたし   interlude3


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1: into (2004/03/18 09:45:51)[kaleidscope_life at hotmail.com]





────繋いだ手のひらを憶えている。その大きさを憶えている。あの温かさを憶えている。




 差し出された手のひらを掴むと、痛いくらいに強く握り返してきた。
 兄さんは無言で、わたしを牽引していく。わたしも無言。
 話すべきコトがなかったわけではなかった。むしろ、色々と云いたいコトが山積していたと云っていい。
 どうしてわたしが居る場所が分かったんですか。どうして迎えに来てくれたんですか。どうして助けてくれたんですか。どうして腕を引いてくれるんですか。
 胃の辺りでぐるぐると渦巻く疑問は、だけど言葉に出来なかった。
 重さのない沈黙に包まれる。気持ちいいような、くすぐったいような、言葉で形容できない類の感覚。
 そのまま腕を引かれて二人で家路をたどる。
 十字路を曲がり、お屋敷までの坂道を上っていると、山向こうに今にも沈もうとしている夕陽が見えた。緋色が世界の果てみたいに遠い。余光は世界を茜と影に分断して、きっとわたしもそのどちらかに分けられてしまうんだと根拠なく思った。影絵の影と、その余白。わたしは果たしてどっちだろう?
「────」
 兄さんがわたしに呼び掛ける。なんて呼び掛けられたかは分からない。憶えていないのだ。きっと「はやく歩けノロマ」とかなんとか云ったんだろう。なんにしてもわたしは振り返り、足を速めて────
 気が付いた。
 茜の太陽と正反対の向きにわたしと彼の影が出来ている。影は手を繋いで歩いていた。多分夕焼けがすごいキレイな日だったんだろう、影は鮮やかに大地に映っている。繋がれた影の腕は、文字通り繋がっていた。まるで離れる事なんて無いんだ、と云うみたいに。
 それを見た途端、
「────」
 食道に熱い液体を流し込まれたような、錯覚。そう、あれは錯覚だったと思う。
 だけど、それがあまりに熱くわたしの中を流れていったから、つい、泣いてしまったんだ。
「────」
 声も抑えず泣き出したわたしを、兄さんはどんな思いで見つめていたんだろう。
 足を止め、繋がれた手を離さず、此方を振り向いた兄さんの目に映ったわたしは、どんな表情をしていたんだろう。
 あのとき、わたしの胸を突いた情動は、果たしてなんだっただろう。
 分からない。憶えていない。それは、遠い遠い夕暮れの出来事。思い出すことも出来ない、遙かな昔。
 兄さんとわたし、二人だけの記憶。
 ただ、兄さんの困ったように呟かれた言葉だけが鮮明で────


「──まったく。しょうがないヤツだな、桜は。やっぱり、おまえには僕が必要なんだ」


 ────その言葉には、きっと微塵の間違いもなかった。







1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


どこが早いのか。しかも短いです。救いようがない。
もしかしたらちょいと書き足すかも。
これで良いのに蛇足を付けたくなるのは偽モノカキのエゴか……OTL

2: into (2004/03/18 12:32:09)[kaleidscope_life at hotmail.com]

これ以降は蛇足です。読まれなくても本編には一切関係有りません。
その点をご了承の上で、御覧になることをおすすめします。



1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


















 中学二年の夏、茹だるような熱帯夜に、わたしは兄さんに強姦された。

 抵抗らしい抵抗はしなかった、と云うより出来なかった。蟲倉を出て直ぐのわたしには体力も気力も空っぽで、カタチだけの抵抗でさえ出来たか疑わしい。
 多分、兄さんに犯されること自体は痛みも苦しみも快楽もなにもかも無かった気がする。犯されるというのならお爺さまは毎日わたしを蟲倉の中で犯したし、他人との性交に関して云えば初潮も未だの時分に義父さまに処女は奪われていた。犯される尊厳なんてわたしには欠片もないし、屈辱を感じるコトもなかったと思う。
 その代わり、心が軋んだ。
 犯されながら、殴られて、詰られた。兄さんは死ねとは云わなかった。ただ、どうして、とだけ繰り返した。
 壊れたゼンマイ人形みたいに左右の拳で交互にわたしを殴りながら、兄さんは「どうして」とだけ反芻する。どうして間桐桜がマキリなのか。どうして間桐慎二は魔術師ではないのか。どうして間桐桜が間桐慎二を哀れむのか。どうして、どうして、どうして、どうして。
 幾層にも重ねられた「どうして」という言葉は室内に充ち、それは恰も神経毒のようにわたしをじわじわと壊して────否、わたしではなく、兄さんが壊れていった。
 殴られて腫れた目蓋と頬の隙間から兄さんの顔を覗き見る。
 兄さんは嗤っていた。狂ったように、嗤っていた。────嗤いながら、泣いていた。ぎりぎりぎりと兄さんのココロが鑢をかけられたような音を立てて削れていくのが聞こえた。兄さんが、欠けていく。その様子が剰りに痛々しくて、拒絶することすら忘れてしまった。




 衛宮士郎と親しくなる以前、間桐桜には兄の間桐慎二以外に味方と呼べる人は一人も居なかった。

 同級生は、
 小学校では一、二年の時に断続的に虐められもしたけれど、“深く関わらない”コトを憶えてからはそんなコトもなくなった。表面だけで会話を会わせ、話しかければ作り笑顔で対応し、友達と呼べる他人が居ないコトで敵を作らない。なにもかもを浅く広くそこそこに熟してしまえば、同級生の幼稚な攻撃の対象には成らずに済んだ。

 家族は、
 間桐のお屋敷に帰れば蟲倉と致死毒に苦しめられる毎日。それも諦めてしまえば割り切れる。否、割り切らねばならなかった。食事、睡眠、排泄、それらと同様にわたしが生きるためにはその痛苦が必要不可欠なのだと思い込まねばならず、思い込もうとしても不可能であることに絶望しなければならなかった。日毎に感じる苦痛のボルテージは増え続け、慣れることすら出来なかったのだ。
 死にかけるなんて生温い、わたしは毎日死に続けてはその痛みに蘇生した。
 死にたいと願ったことは一度や二度ではない。姉さんに会いたいという願望は時間が経つにつれて風化し、摩耗し、わたし自身でさえその願いの所在が分からなくなった。本当、馬鹿みたいだ。縋るべき望みはいつの間にかひび割れたわたしからばらばらと零れ落ちていたんだから。それでも、空っぽのわたしにはそれ以外に縋れるモノはどこにもなかったと思う。

 敵はいなかった。きっと誰一人わたしの敵ではなかったんだろう。そして同時に、味方でもなかったと云うだけ。
 そんなわたしにとって、唯一兄さんだけが味方だった。
 兄さんは傲慢で不遜で潔癖で横柄だった。学校で気にくわないことがあればわたしを殴ったし、云うのも憚れるような言葉でわたしを貶めるコトなんてザラだったけれど、それでも間桐桜を一人の人間として扱ってくれた。殴られることも、貶されることも、わたしにとっては痛みでは有り得なかった。痛みで云えば蟲倉で感じる痛みの方がより耐え難かったし、子供が思いつくバリエーションの罵詈雑言で傷つくほどの繊細な精神構造は疾うの昔に棄却している。兄さんの行為は全部攻撃とすら呼べないちゃちなモノであり、堪える必要もない程度のコトだった。
 兄さんがわたしをどう思っていたかなんてどうでもいい。同情でも憐憫でも構わない、幼少の頃、間桐桜が間桐桜であるためには、間桐慎二が必要だったんだ。




 わたしの首を力一杯絞めながら、兄さんは泣いている。わたしに降ってくる涙は肌が融けそうなほどに熱かった。それは錯覚だと分かっていたけれど、神経は痛みを訴えた。
 心が、軋んだ。
 兄さんがマキリの真実を知って、徐々にひび割れていくのを見るのはあまりに傷ましくて見ていられなかった。マキリであることを自己のアイデンティティーにしていた兄さんは、それまで己が見下してきた間桐桜がマキリであると認識して、潰れてしまった。
 間桐桜は間桐慎二の本質の居場所を奪い取ってしまった。
 酸欠で朦朧とした脳で考える。
 わたしが兄さんを壊してしまった。
 わたしがわたしの味方であった人の心を砕いてしまった。
 ────ならば、わたしはどうやって償えばいいんだろう?
 分からなかった。なにも、ワカラナイ。
「償うって云うならさ、一生かけて償えよ。おまえは僕のモノだ。おまえは僕に諾々と従えばいいんだ」
 兄さんの言葉が反響する。
 償う。
 一生をかけて、償いをする。
 ああ、そんなコトでいいのか。そうすれば、償いになるのか。そんなコトで償えるのか。
 ならば、償おう、とわたしは決めた。
 間桐慎二(兄さん)の居場所を奪ったのはわたしだ。なら、間桐桜(わたし)も尊厳を奪われるくらいで何とか帳尻が合うだろう。







1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 蛇足ついでに


   …  …  …


「衛宮は僕の代わりなのか」
 兄さんはわたしにそう言った。そして、その言葉を否定しきれないわたしが居た。


 兄さんにレイプされることはマイナスでもなんでもなかった。むしろプラスと言ってもいい。兄さんの夜伽の相手をするだけで、蟲倉に閉じ込められる時間は短くなったんだから。



   …  …  …


 これらの文章が載せられなかったのは純粋に実力不足でした。
 本当、この辺は作者のエゴです。作者は物語以外で物語について語るべきではないんですけど……
 うう、スミマセンOTL


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