伝説の女 〜藤ねえ、盗塁王に憧れるの巻〜 M:藤ねえ 傾:ギャグ


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1: 藤村流継承者 (2004/03/14 10:29:31)[calorie at mb9.seikyou.ne.jp]



伝説の女 〜藤ねえ、盗塁王に憧れるの巻〜



 藤ねえは今日も元気である。
 その理由はいまいちよくわからないが、ホームルーム開始のベルが鳴った直後に教室に滑り込んできて、ものの見事に頭突きをかますぐらいのハッスルぶりだった。
 ……なんか、藤ねえが担任になってから、何度か同じシーンを目の当たりにしてるような気がする。いいかげん学習しろ藤ねえ。
 と、廊下の向こうからこだましてくるダッシュ音。さすが藤ねえ、100m12秒という蒔寺楓もびっくりのタイムをその歳で叩き出すだけのことはある。
 聞こえて来るのはいつもの悲鳴。
「あー! また遅刻するかもしんなーいっ!」
 この声量、確実に他のクラスにも聞こえているということを藤ねえは知ってるのだろうか。別に知ってても気にしなさそうだけど。
 そしてまた今日も、平成の盗塁王ばりに床を滑ってきて、
「みんなおはよー! なんとかギリギリで間にあっ――」

 がぢぃん。

 という、肉体と木材が衝突したとは思えないような激突音のあと、ゆっくりとスローモーションでのけぞって倒れていく。
 ……沈黙が広がる。
というか、スピーカーから「BGM:運命の渦」が流れてくるのは何故だろう。いやまあ、「BGM:丘の上の教会」じゃないだけマシなんだが。藤ねえが棺桶に寝かされてるような感じがするし。
「む……。衛宮、さすがのあの方も、今回ばかりは生命の危機に瀕しておるのではないか?」
「いや……。大丈夫だろ、たぶん」
 一成の不安に、とりあえずそう答える。身を乗り出して藤ねえの無事を確認するまでもなく、前列の連中が藤ねえを取り囲んでいるのでわかりゃしない。
 耳を澄ませば、前列の奴らの呟きが聞こえる。
「これで今月2度目か……」
「とりあえずあの滑り方はなんとかなんないもんかね。ただでさえ前方不注意気味なのに、滑りやすいリノリウムの床で疾走するのは自殺行為だ」
「噂だと、昨年タイ○ースが調子よかったからなんだってー」
「大河がタ○ガースか――ベタすぎて面白みに欠けるな」
「やっぱり赤☆に憧れてるのかなー?」
 なんか好き勝手言っている。バイトがあるから野球をあんまり見ない俺にはよくわからないが、確かにそんな話は聞いたことがある。なんでも、小6あたりまでトラ○キー(○イガースのマスコットキャラクター。えらくアクロバティックな方です)と結婚する気だったとか。マジで。
 ……それはともかく、「運命の渦」が鳴りっぱなしなんだが。誰か、藤ねえを保健室に運搬してくれないもんか。でないと、このまま1時限目の葛木先生の授業に突入しかねない。
 そうなると、あまりにも曲のイメージと合い過ぎていてなんか嫌だ。あの人なら気にせずに授業しそうな感じだし。
 と、ざわわ、なんて取って付けたような喧騒が前列から生まれた。気になって、身を乗り出そうとした途端、

 ――みし。

 割れた。
 教壇の机が、チェーンソーで切り裂いたみたいに、ちょうど木目に沿ってばっかり割れていました。
幸い、この机はサイドにもベニヤ板を配置している安全仕様なので、いきなり崩壊することもないのだが、このまま授業するのは差し支えがあるだろう。
 ……というか、藤ねえをこのまんまにしてた方が、いろいろ差し支えがあると思うんだが。
「……やむをえん、運ぶぞ。手伝え後藤」
「え!? よりにもよって俺かよ!」
「ちょーどいいんじゃない? 後藤ってさ、藤村センセに目ぇ付けられてたしー。ここで借りを返せばいいじゃん」
「知るか! あーくそ。みんなして俺が生贄にでもなればいいと思ってるんだなうわーん! ちくしょう、俺がジャイアンツファンだからってそこまですることないじゃんかよう!」
「……いや、それは知らなかったが」
 何はともあれ、藤ねえばりに泣きが入った後藤くんと柴田くんが、責任を持って藤ねえを運んでいった。そこでようやく、「運命の渦」が聞こえなくなる。
 ……ところで、あれは一体誰の指示で流してたんだろう。謎だ。
 問題は去ったように見えたが、残された者たちはこぞって破壊された教壇に魅入っている。……そうだ、藤ねえによる破壊の爪痕は未だに深々と刻まれているのだ。
「どうするよ? これ……」
「代わりのものを持ってくるしかないな……。おーい、一成ー」
「む」
 なかば予測していたのだろう、一成が席を立つ。一成に目配せされて、俺も仕方なく立ち上がる。一人ではあの教壇の代わりを持ってくることはできない。
「……代わりの教壇を運んでくればいいのだな? 現在のものよりひとまわり小ぶりなものになるが」
「あぁ、別にいいんじゃないか? 壊したのは藤村なんだから、いざとなったら藤村に弁償させれば」
「む……」
 へらへら笑う前列を見て、ちょっと顔をしかめる一成。だがすぐに平静を取り戻して、すたすたと廊下に出る。俺も黙ってそれについていく。
 ……一成の考えていることはなんとなくわかる。
 今の生徒会は予算を組むのにえらく苦労している。学校の備品は生徒会じゃなくて学校の方の管轄だが、学校自体の予算が圧迫されれば、生徒会の予算も必然的に削られる。それは自然の流れだ。
 だから、一成が心配しているのは実はこういう事態だったりする。普通に使用して壊れたのならまだしも、藤ねえのごとく故意であろうが過失であろうが、本来の用途に従わないカタチで壊してしまうと、俺も直しようがないし、あとは捨てるだけになってしまう。
 一成の背中を見ながら、なんとか助けてやれないもんかと思う。ストーブを直す以外に、もっと助けられることがあればいいのだが……。
「……どうした?」
「あ、いや。なんでもないんだ」
「ふむ。衛宮がそう言う時は、決まって要らぬ苦労を背負い込もうとしている時だからな。言っても聞かんとは思うが、無理はしないことだ」
「あぁ、わかってるよ」
 一成は、どこか呆れたように、ふう、と軽く息をついて歩き出す。
 どうも考えが読まれているようだ。でもまあ、困ってる奴を助けて悪いってことはないだろうし、やっぱり自分に出来ることぐらいはなるだけやらなきゃと思うのだ。


 3時限目、藤ねえは何事も無かったかのように英語を教えに来た。ほんとに無敵か藤ねえ。


 放課後の誰もいない教室で、俺はひとまわり小さくなった教壇の前に立っている。精神を統一し、窓の向こうから聞こえて来る陸上部の掛け声とか叫び声とかを心から締め出す。
身体の中に陣取っている魔術回路を、視えない手で掴み取るイメージ。それをカタチにするのはただひとつの言葉、それ故に厳格なチカラを持つ唯一の解呪。
「――同調、開始」
 教壇に触れる。これがどのように構成されているのか、感じ取れるまま頭に写し込んでいく。
「――構成材質、解明」
 言葉と同時に、教壇の内部に不可視の指を伸ばす。本来ならば届くはずの無い場所まで、魔力というチカラが染み渡っていく。
「――構成材質、補強」
 背中に刺した一本の線が、教壇の木目に沿って浸透する。すこん、と板の向こう側まで魔力が届いて、ようやく"強化"が成功したことに気付く。
 ……にしても、こんなところで成功するってのもどうなんだろ。
 結局、俺が考えた解決策は、教壇を"強化"して壊れないようにする、というものだった。
確かにそれは、俺に出来る最大限の手助けなのではあるが、ここ最近は全くといっていいほど成功していなかったので、とりあえずやるだけやってダメだったら他の手を考えようと思っていた。
ところが、始めてみたら精神統一も思いのほか上手くいって(それでも30分くらいかかったのだが)、言葉を紡ぐにしたがって魔術回路の生成も教壇の解析も流れるように進み、額を伝う汗も冷たくはなく、感じる熱も死を彷彿とさせるほど激しくもなく――。
……要するに、朝の星座占いで一位を取ってそれを理由にロト6買ったら1億当たっちゃったよオイという具合に運が良かったワケなのである。少しでも、自分の実力で完遂した、と思えないところが辛いのではあるが。
「まあ、成功して愚痴ることもないかな」
 ばん、と教壇を叩けば、返って来る反動が尋常じゃない。そのくせ質量は変化していないから、持ち運びには問題ないはず。
 あるとすれば、廃棄処分するときにえらい苦労するだろうなあ、というところだった。


 夕食時、藤ねえに今日の事件について訊いてみた。ちなみに、桜は家の方で用事があるとかで今日は来ていない。
「藤ねえ、いいかげん教壇に頭突きするのはやめてほしいんだが。見てて痛々しいし、教壇は崩壊するし」
「えー? そんなことあったっけ?」
「……その、都合の悪い記憶を抹消するのも出来ればやめてくれ。故意か偶然かは知らないけど」
 それとも、あたまを打ちすぎてかなりヤバイ状態になっているのだろーか。藤ねえを見てると、異常と正常の区別を付けにくいんで困る。
「む。なによう、士郎はあたしが自分の責任を他人に押し付けて、自分は知らんぷりをしてるタイプの人間だって思ってるの? うー、おねーちゃんは悲しいよう」
「そうは言ってないだろ。……ただ、少なくとも教室に入るときに変な滑走して飛び込んでくるなってんだ。その、噂によるとタイガースがどうとか……」
「あ……。その話をすると長くなるけど、それでもいいの?」
 藤ねえの目の色が変わる。というか今のは確実に光った。なんか、地下に眠っていた巨大メカが覚醒した時のような光っぷりだった。
その眼光の点滅とか荒くなった息とかに嫌な予感がして、
「……よくはない。だから滑らないでくれと言っている」
「む……。わかったわよう、次からは赤☆じゃなくてイチ○ーにするから」
「だから盗塁ぎみに滑るなって」
 それ以前に、赤星とイチ○ーの盗塁がどう違うかもよくわからんのだが、それを尋ねるとまた藤ねえの目が光りそうなんで自制することにした。


 夜、今日の成功が色褪せる前に"強化"を試みてみたものの、例によって失敗してしまった。つくづく、余計なところで運を使ってしまったなあ、と思う。一成が「損な役回りだな」というのもわかる。
 それでも――俺は正義の味方にならなければならない。
 今はそうなる方法がよくわからないけど、いつかはそうなれることを信じて、魔術の特訓を再開した。


 心のどこかで、自分がとんでもない過ちを犯していることに、わざと気付かないフリをして。



 ――翌日。
 朝のホームルームを前にして、俺は教壇を眺める。
 久々の"強化"の成功例は、魔術などとは関係のない人たちに囲まれて佇んでいる。ある意味で自分の作品とも言える存在に、なんとなく誇らしい気分にもなる。
「……何を笑っているのだ? 衛宮」
「いや別になんでもない。教壇が割れないといいなあ、なんて思ってただけだから」
「それはそうだが……、特に衛宮が思い悩むことでもないだろう。アレは不可抗力だ。仕方のないことだと思って、水に流すしかないのだ」
 とは言いながら、一成は唇を噛んで俯いている。というか、藤ねえの無差別破壊をタイフーンかなんかの自然現象と思ってるのかおまえは。
……いやまあ、本人に破壊の意志や罪悪感がなくて、何度もしつこく繰り返すトコなんかは極めて酷似してると思うんだが。
 そうこうしてるうちに、ホームルーム開始のベルが鳴り響く。一成は苦い表情のまま席に戻る。藤ねえは、例によって少し遅れて教室に現れるだろう。
 まだ騒がしさの残る教室。
そこに厳然として存在する教壇。
 そこに一度だけ流れた魔力は、木材のカタマリでしかないものを通常の何倍もの硬度に成長させ、誰にも破壊されないであろうネオ教壇として新たに誕生して――。
 って、ちょっと待った。
 ……なんか、脊髄に絶対零度の杭をずっぷり刺し込まれたかのよーな、トテツモナク嫌な予感がするのは気のせいでしょーか……?
 とかなんとか狼狽してるうちに、
「きゃー!! 2日連続―っ!!」
 相変わらず、誰はばかることのない絶叫が4階全体を震え上がらせる。特に俺とか。
 この時ばかりは、いっそのこと廊下で藤ねえを出迎えて、藤ねえの猛タックルを阻止しようかとなかば本気で思ったりしたが、決意する前に教室の扉ががらがらっと開いてしまった。
 ……さすが藤ねえ。昨日より推定ゼロコンマ3秒くらいタイムを縮めてやがるぜ(涙)。
「みんなぁ、遅れてごめんねそしておはよーござ――」

 じぃぃぃぃぃぃん……。

 ……あぁ、こんな悲劇が2日連続で起ころうとは、誰が予測しえたであろうカ。
 もしかすれば、昨日の時点で俺だけは想定できたりしたんだろうけど、あのときは一成の手助けをすることで頭がいっぱいになっていて、破壊する側にまで考えが及ばなかったのだ。
 後に残るは、うつ伏せになって倒れ伏す藤村大河(24歳)と、スピーカーから流れてくる「BGM:運命の渦2」のみ。
 ……悲鳴も落胆も歓声もない。
 教室を支配するのは、どうしようもないくらいの脱力感だけだった。
 その中で、勇気ある最前列の若者(柴田くん)が、第一声を発する。
「……今日はイチ○ーで来たか」
 わかるのかよ、とつっこもうかと思ったけどやめた。違いのわかる男、柴田くん。彼もまた野球好きであろうことは想像にかたくない。
「メジャーリーグに鞍替えとは、先生らしからぬ浮気だな」
「ていうか、あっちにもタイ○ースはあるから……。ネタか?」
「ネタで昇天しそうになるってのも、ある意味で尊敬に値するようなしないような」
「……ねぇ、もういいかげん助けようよぅ。なんかさ、たとえようのないオーラが藤村センセから流れてくるんだけ、ど……!?」
 女生徒が声を裏返して恐怖をあらわにする。その意味を探る間もなく、「ゆらり」なんて擬音が似合いそうな佇まいで立ち上がる藤村センセ。
同時に、BGMが「運命の渦2」から「嵐の予感」にチェンジされる。誰だか知らないが、うまいスイッチングだなあ。
 常に表情豊かな顔はほとんどフラットな状態で、憎悪も憤怒もなければ、好奇とか愉悦なんてものも皆無だった。
 ……えーと、ようするに、えらく怖いんですけど藤村サン……?
「あ、あの……、藤村センセ?」
 勇気ある女生徒(岩村さん)が心配そうに声を掛ける。が、藤ねえはそれを完全に無視して、無表情のまま教壇の前に移動する。
 で、静まり返る生徒たちを前にして、
「ちょっとごめんね」
 何の色もない声を発し、それから。

 びぃぃぃぃぃぃん……!

 ……うわあ、藤ねえやりやがった。
 それは頭突き。専門用語ではパチキとかヘッドバットとか言うらしい。要するに、頭蓋骨あたりで敵を打つという、やる人がやれば途端に髪の毛がきわどいことになる自傷系奥義である。
 それを、何のためらいもなく藤ねえは教壇に向かって振り下ろした。さっきより何倍も速いスピードで、今度は計測しがたい怒りを込めて敵を破壊すべく打ち据える――!

 ……で、やっぱりびくともしなかったワケだが。
 教壇に額をこすりつけた体勢のまま、しばし活動を停止する藤ねえ。その間に、BGMが少しずつフェードアウトしていく。
 再び意識を失ったのかと思い、将来有望な若者(柴田くん)が声を上げようとすると、
「あ〜、すっきりしたあ。みんなごめんねー」
 いつもの快活さで、元気よく微笑んでみせた。
 ……まさに不思議時空。たったそれだけで、冷め切っていた教室の空気は一気にもとの温度を取り戻し、額が不自然に赤い藤ねえ以外はいつもどおりのホームルームが展開していった。
 たぶん藤ねえは、教壇に負けたのが嫌だったのだ。昨日は教壇を完膚なきまでに破壊し、自らも失神の憂き目にあったりしたが、まあなんとか勝利したのだ。
だからって頭突きしなおすのはどうかと思うが、あの人は俺たちとは違う思考回路で生きていらっしゃる方なので、俺たちにはわかりえない領域なのだ。うん。

 その平穏の中で、俺は思う。
 むかし、親父が言っていたことを思い出す。そして、今までよくわからなかったその言葉の意味を、今になってようやく噛み締める。

「――誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事……」

 俺は、一成を助けるために藤ねえを犠牲にしてしまった。その決断は間違いじゃないと思うし、否定しちゃいけないものだ。過去をなかったものとして扱うより、同じようなことを二度と起こさせないために尽力することが必要なんだ。
 つまり、何が言いたいのかというと。

 えーと、その。
 藤ねえ、ごめん。


−了−



 ちょっと気になって、放課後に一成と教壇を見てみた。
 すると……、なんとなく予想していたことなんだが、
「うわあ……。ひび割れてるよう……」
「……無敵か?」
 てーか、一成の言うこともあながち間違いじゃないと思います、まる。



あとがき

初SSです。
原案とは比較にならないほど長くなってます。うわあ。
野球ネタがわからない人がいたらごめんなさい。あんなネタでしか話を広げられない未熟者です。


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