恋模様、晴れ時々曇り? M:凛 傾:恋愛?


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1: Sylpeed (2004/03/13 19:03:06)

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−1 恋模様、晴れ時々曇り?(1/2)

私こと、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはフィンランドの名門魔術師の家系だ。
得意とする分野は宝石魔術。
そして私の適性は地水火風空、つまり、五大要素全部。
太祖にキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

自分で云うのもなんだが、私は才色兼備、文武両全、家柄も資産も全部ある。
天は二物も三物も与えるという生きた実証ではないかと思う。

このまま、何もかも与えられ、もしくは奪い取るだけの十分な能力を持つ者は
この世界にそうはおるまい、だから、私はそのまま何一つ欠けるもののないまま
詰まらない人生を送るのではないかと、内心暗澹たる気持ちでいたのだ。

せめて、ライバルの一人も欲しいと、私は天に祈るばかりだった。

え、贅沢な悩み?
たしかにそうだけれども、過ぎたるは及ばざるが如しというじゃないか。

その願いが神に通じたのか、それとも何か勘違いされたのかは、わからないけれど、
そして、あの女はやってきた……

ミス・リン・トオサカ

業界関係者の中では、評判の高い、あの冬木市の聖杯戦争の生き残り。
そして、聖杯の創造を手がけた3家の一角、遠坂の後継者。
ちなみに、太祖は我が家と同じ、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。
遠坂の家系はわずか六代前からの新参者だが、ウチと同門と呼べなくもない家系だ。

流れるようなブルネットのロングヘアをツインテールにした、少女のような髪型。
東洋人にしては彫りの深い整った顔立ち。
意志の強さを感じさせる目。
ブラウス越しに感じさせる華奢な体躯。
きめの細かい透き通った肌。

ドレスを着せてクローゼットに飾っておきたい程の、かなりの美少女だった。

「遠坂凛です。浅学にてご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いしますわ。」
などと、見事なクイーンズイングリッシュで話す鈴の音のような声。

この娘の容姿といい立ち居振る舞いといい、極上の美少女は私の好みそのものだったのだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

リン・トオサカが鉱石学科にきて一週間。
この一週間はなにかと忙しいだろうから遠慮したが、二週目になるので思い切って
誘ってみた。

ごたごたを二週目にまで言い訳にして断る様では私の見込み違いということであっさり
切り捨てるつもりで訊いてみた。

言い訳だろうか実際にそうであろうが二週目でまだごたごたしているようでは所詮大した
器ではない。

「ミス・トオサカ? よろしかったらこのあと私の屋敷にご招待させていただけないかしら、
 貴方のこと、もっと良く知りたいわ。」

ミストオサカの目つきが一瞬険しくなる。ついに来たか、って感じで?
でもそんな怯えた仔猫のように警戒しなくても、いじめたりはしませんのに。
ちょっと弄ぶだけで命までは取りませんわ。
すぐに自分を取り戻し、満面の笑みでにっこりと受け答えするミストオサカ。

「光栄ですわ、ミス・エーデルフェルト、……講義がおわりましたら一旦着替えて、
 お伺いしますわ。」

自分の服装を気にしているのだろう。繊細ね。とっても可愛らしくていいわ。
それとも服装のことで馬鹿にされたくないという気負いなのかしら。

ちなみに今のミストオサカの服装はというと、
紅いプリーツの入ったミニスカートに白のブラウス、スカートの色に合わせた紅いタイ。
というごくシンプルかつ清楚な出で立ちだ。

まあ、ミニというのは少々頂けないが私的には全然オッケーだ。
それを言うなら服装としての不適切さを危惧はしても心情的には皆、オッケーと答えるだろう。
確かに彼女にその紅いミニは良く似合っている。

「いえ、そのようなご大層なお招きではないのですのよ。
 屋敷といってもこちらの寮では手狭なので下宿としているだけの屋敷ですから、
 私以外には召使いしかおりませんし。他のどなたかをお呼びするわけでもございませんし。」

服装なんかでいじめたりはしませんのに、ばかばかしい。
遠坂家が貴族ではないなんてとっくに調べはついている。
まあ日本という国の貴族は、ほとんど太平洋戦争後の財閥解体で消滅して、
残るのは帝の血族だけ。
それだけが日本では貴族としての体裁を残しているだけ、
というのは上流階級では半ば常識なんですけれどもね。
政府関係者や財産家などのいわゆる名士ということで貴族っぽい人は居るみたいだけど、
家系としての貴族という程のものは無い。

この私が平民の娘を捕まえて服装で罵倒して溜飲を下げるような器ではないことは、
すぐに分かってほしいものなんですけども。
まあそれは無理か。まだ殆ど話してもいないし。

「それでは、二人きりで……?」
「ええ、二人きりですわよ。
 だから、詰まらない社交辞令や体面だけ取り繕うような不毛な会話は無しにしたいわ。」

ミストオサカが心配したのはそこじゃないらしい。
なんか、純粋に貞操の危機を感じたのか、そういう目だ。
失礼な話だ、しかし、なかなかに鋭い。

たしかにこの私はミストオサカが来てからのこの一週間というもの、
後ろから彼女のうなじに見入ったり、スカートからはみ出る健康的な太股や、
繊細そうな指先など舐めるように見つめてはいたが。

あ、指。これはちょっと気になるところ、彼女、
左手の薬指に銀のファッションリングつけている。これは後々要チェックだわ。

「よろしいですわ、私としてもそれは望むところですもの。」

真っ向勝負上等、といった風に彼女も嗤う。
ああ、こんな嗤い方もできるのね、貴方は、結構不貞不貞しそうね、
それなら手加減いらないかしら?




私の後ろを少し遅れて付いてくる少女。
折角二人きりでお散歩だというのに、横を歩いてほしいモノだが、私が案内する手前、
どうしても私の方が先に歩く、というようなことになる。
もしかして、私が焦って早歩きになっているのか?
いや、それはないようだ。どうやらミストオサカがわざとゆっくり歩いているようだ。

「ミストオサカ、どうかして?」
「あ、いえ、桜が綺麗だなって。」
「そうね、時計塔からの遊歩道にはいろいろなバラ科の花が咲いていて、
 この時期は本当に綺麗。でも、満開は3月上旬だから、今はもう散りかかっているわね。」
「桜、元気でやってるかな…」
「サクラ?」
「あ、私の妹です。サクラというのは日本語で桜を意味するんです。
 …あの娘、引っ込み思案だから、心配なんです。
 私、あの娘の好きな人、こっちにつれて来ちゃったんで、落ち込んでるかもしれない…」
「あら、貴方が弟子として連れて来た男の子ね。姉妹で取り合っちゃったんだ。悪いお姉さんね。」
「……本当にそう……」

上を見上げ、しばらく立ちつくすミストオサカ。泣いているのかと思ったが、
そんなことはないようだ。

「失礼、身内の恥を晒しました。行きましょう?」
「ええ、そうね。…ホームシックにはまだ早いわよ、ミストオサカ。しっかりしなさい。」

吃驚したような目で私を見つめるミストオサカ。
私、なにか変なこと言ったかしら?

「驚いた。時計塔の主みたいな貴方から、
 ご自分の研究とは全く関係がないところで激励がいただけるとは思いませんでしたわ。」

と、ミストオサカは、とても失礼なことを素で口にした。
イヤミの応酬なら私も望むところだけれど、素で言われてしまうと、もはやぐぅの音もでない。

時計塔の工房からは、遊歩道を数分あるいただけで、私の屋敷にはたどり着く。
実は時計塔の周辺には、寮では手狭になった魔術師が一回り大きな下宿とするための
屋敷というのが数多く設置されている。
自然と風景に紛れてそれほど多くあるようには見えないが、本気で探してみると驚くほど
そういった屋敷が用意されている。このような屋敷は数年の単位で宿主が変わることが多く、
まさしく下宿、として機能しているのだ。
私が使っている屋敷もその中の一つ。建物自体はそれほど広くはないが、上下3階あり、
部屋数は多いのでなにかと便利だ。
花の咲き乱れる広い庭、というのも気に入っている。

「ただいま。ユイファ、居る?」
「なんでしょう、お嬢様?」
「お客様よ、ミス・リン・トオサカ。…そうね、今日は天気がいいから庭でお茶にするわ。
 スコーンと、そうね、春摘みのローズヒップがあったわよね。それをお願い。」
「かしこまりました、お嬢様。」

屋敷に控えていたのはメイ・ユイファ。チャイニーズで住み込みのハウスメイドだ。
彼女は、その、特殊な趣味の持ち主で、庭に様々な食用の植物や薬草類を栽培している。

ほどなく、ローズヒップティーとスコーンが庭のテーブルにならぶ。

「さ、遠慮せずに召し上がれ」
「はい、ごちそうになります。…………!」

カップを両手で抱え、ローズヒップティーを一口、口に含んだミストオサカは何ともいえず、
気まずいような、困ったような顔をした。
う〜ん、しまった。彼女、砂糖を使わない派だったか。
通常、ローズヒップティはかなり酸味があり、砂糖を少しだけ入れて飲むのが旨い飲み方とされる。
…まあ、人それぞれだが。現に私は砂糖は入れない派だ。
この酸味が強いローズヒップティの特徴を殺してどうする、と思うし。

「すみません、ミス・エーデルフェルト。
 わたくし、このような過分なご好意をお受けするわけには参りません。」

ミストオサカは優雅に、しかしきっぱりと私に言った。
う〜ん、参った。本気で惚れそう。
なんという風雅な言い回しだろう。いままでこのような詩的な言い回しで看破された事は無い。

………そう、私は彼女のカップに一服盛ったのだ。
なにをって? その、女性の肌の感覚が鋭敏に、ついでに夢見心地になるお薬だ。
メイ・ユイファの特殊な趣味、というのはつまりそういう事だ。
お茶にほんのりとしか入れていないので大した強度ではないが、
まあ、普段より、ある意味親密になりやすいことは確かだろう。
私がどうやって彼女に指示したかは、秘密だ。

「あら、ごめんなさいね。貴方を試したわけではないのだけれども。残念だわ。
 ……すぐ替えのお茶を用意させるわ。今後はこのようなことは無しにするわね。…お茶には。」
「な……!」

憮然とした表情のミストオサカ。いきなりなんてことするんだこの女、しばいたろか。
とでも言いたげだ。

ふふ、とてもいい表情をする。からかい甲斐があって結構。
しかし、彼女なぜこの薬の存在を知っていたのだろう。
薬の効能まで解っていないとさきほどのような反応はできない筈だ。
この薬はほんのり甘味が付くだけで、無色無臭。
う〜ん、以前この薬を一服盛られた経験、有りかな?




その後も私とミストオサカは丁々発止の受け答えをあくまで優雅に行い、
お互いの人となり、能力の程もまた見えてきたころ、私は、切り出した。

「ときにミストオサカ? 貴方のその左手の薬指を飾っているクロムハーツですけれど、
 それは連れてきた男の子からの贈り物? 愛する心を不変にする位置とは、そういうこと?」

あ、いきなり真っ紅になった。
図星か。
すこし、おもしろくない。

「そそそそ、それは、えと…」
「そんなに露骨に自己主張してる割には、口ごもりますのね。
 ……贈って下った殿方に申し訳ないとは思いませんの?」
「!……」

ミストオサカには悪いけど、私は露骨に不機嫌だ。
口ごもる彼女をみて、ある男を思い出したのだ。
優柔不断で誰にも優しいが、全く誠実さの欠片もない男。
一応、現在の私のパートナーとなっているあの男とは、
パーティとか男女同伴でないといけない場でしか顔を合わさない。
つまり、冷え切っている仲なわけだ。

「……いえ、ごまかしているわけでは決してありませんわ。
 確かにこのリングは私が連れてきた男の子に贈られたものです。
 こちらに渡る前に、私に悪い虫がつかないようにと心配して、
 忙しい中で身を削った勤労によって彼が贖ったものです。」

ミストオサカは直球勝負だった。私には眩しいくらい。
しかし、これで解った。ミストオサカは恋愛初心者だ。
二人の仲を砕くなど、造作もない。
私は会心の笑みを浮かべ、応えた。

「そう、…それなら結構。
 照れるのは解るけれども、受け取ったのなら毅然としていないと相手に対して失礼よ。
 彼の愛に応える気がないならそのリングは外しておく事ね。」

彼女にこの笑みの真の理由は分からないだろう。
なにせ、私はここまで、いい人、を演じてきたのだから…


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あーーーーもう!」

部屋に帰るなり、私は叫んだ。
台所から、なんだなんだとばかり顔を覗かせる士郎。

「おかえり、今日はやけにご機嫌斜めだな。時計塔でなんかあったのか?」

士郎の右手には包丁、左手に大根。いわゆる桂剥きというやつだ。
つま大根ということは、今日は刺身なんだろうか。
男が桂剥きなど覚えて、アンタは料理人にでもなる気かと問いつめたい気がするのだけれど、
我が家の食事の質が士郎の腕だけに掛かっているのは事実なので、これは問うまい。

倫敦に来てからというもの、士郎はやけに和食に拘る。
ちなみに、エプロンといい、桂剥きといい、なぜ士郎はこんな格好がしっくりくるんだろうか。

「……士郎。貴方、柳刃包丁なんてどうしたのよ? 荷物の中には入ってなかったでしょう?」
「ああ、どこにも売ってなかったから投影した。」
「……そう、練習になるんなら別にいいけど、あんまり無駄なことやらないように。」
「ああ、柳刃包丁を投影するのは新鮮だった、一応こいつも刀剣と一緒なんだって再確認した。」

なんか、いきなり毒気抜かれてしまった。やっぱり家はいい、というか、士郎が。

「なんか叫んでたけど、いいのか? 愚痴くらいなら聴いてやるぞ。……聴くだけだけど。」

うむ、決めた、折角の申し出だ、無碍に断ることはあるまい、ここは一つ、甘えさせてもらおう。
明日の活力だ。

「士郎、こっち来て座って。」
「ん、はいはい。」

士郎をソファに座らせると、私もその横に座る。
すわって、そのまま頭を士郎の膝の上に倒した。

ぱさっ。ツインテールにした髪が士郎の膝の上で踊る。

「頭、なでで。」

士郎は黙って頭を撫でてくれる。いいぞ、こういう時にはべらべら喋らないのがいい男の条件だ。
頭を撫でられると、なんか落ち着く。
さっきまでささくれだっていたモノが次第に洗い流されていく。

「ごめんね。」
「……何がさ?」

左手をかざす。そこには士郎から贈られたクロムハーツのリングが。

「うん、コレ、彼から贈られたのかって訊かれてパニクっちゃって、
 本気ならもっと毅然としてろって、怒られた。……よりによって、あの女に。」
「そんなコト、気にすんな。別に隠したわけじゃないだろ。」
「うん、そうなんだけど……私、恋愛、下手だなあ。」
「凛は予想外のことが起こるとパニクるからな。別に上手下手とは違うだろ。」

こうやって会話している間も士郎は私の頭を撫でるのを止めなかった。

「でも、俺はそうやってすぐ紅くなる凛が好きだな。恥ずかしい台詞も言い甲斐がある。」
「ば、ばか、なんでそんな、何気に口説いてんのよ。」

ぐき。

いたた、士郎が私の頭を捻ってむりやり顔を覗き込んだ。痛いってば。

「……やっぱり、顔が紅いぞ遠坂。」
「ばか、せきにんとりなさいよ……」

ああ、そうだな、とつぶやいて士郎は私を抱え上げ、寝室へ。
……お姫様だっこという奴だ。女の子なら一度はあこがれるこのしちゅえーしょん。
やるな、士郎。

最近の士郎って、言動がアーチャーに似てきた気がするんだけど……?

―――――この日、夕飯はかなり遅くなってしまった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


早朝。まだ暗いうちに寝室を出る。
季節は春だが、イングランドは高緯度にあるため、日本よりも寒い。
しかしこの痺れるような寒さが否応も無く全神経を覚醒させる。

最近の日課となっているバーサーカーの石剣を投影する。

同調開始―――――凍結解除―――――全工程投影完了

その間0.2秒。
魔術師が魔術刻印を刻むように、俺は頭の中に投影すべき剣をアーカイブする。
これをそのまま凍結した状態で普段持っておき、必要に応じて解凍して使う。
この方法なら投影まで8工程を必要とすることなく瞬時に投影を完了させることができる。
つい最近編み出した方法だ。

さて、俺の身体では体格的に石剣を振るうなんてことは到底できないので、身体を"強化"する。

「う……ぐっ……」

身体全体を剣に見立て、炉に差し込み灼熱化。金床に戻しハンマーでぶったたく。
すでに我が身体は剣なり、剣であれば鍛えるは焔。

「よし。」

全身の神経が赤熱する。 朝の厳しい寒さなど気にもならない位身体が熱い。
力が漲り、石剣を楽々と掴み、振り回す。
いくら筋力、骨格、神経を強化したところで体重は変わらないわけなので、やはり
石剣の重量に引っ張り回されるが、それは上手くいなす。

走り、翔ぶ。強化した心身の所為で相当に迅い。しかし、まだランサーの神速には届かない。
俺はムキになって走り回った。が、それでもなお記憶の中に在るランサーには一瞬といえど、
追従することはできなかった。

「……英霊の格の違いって奴かな。全く歯が立たないし。」

小一時間ほど身体を動かし、寄宿舎に戻る。
さて、そろそろ凛が起きてくるころだろう。食事の用意をしなければ。

「…おはよ。ぎうにゅぅ。」

なにか、ヘンな物体がヘンな言葉を吐いていったようだ。
まあ、気にしないことだ。

マグカップには一度熱湯を注ぎ暖めておく。
マグカップ一杯分の牛乳をミルクパンに注ぎ、火をかけ三十秒。
沸騰する前に火を落とし、砂糖をひとつまみ入れ、かき混ぜてから凛のマグカップに注ぐ。
甘さを感じさせるためじゃなくて、まろやかさを演出するための隠し味だ。

「凛、できたぞ」
「さんきゅ、士郎。」

……そこまでするなら、ミルクティーを淹れてやったほうが良かっただろうか。
まあいいか。

「私、今日はバイトの面接に行くから遅くなるかも。」
「解った、遅くなりそうだったら携帯で電話してくれ。」
「あ、そっか、携帯があるんだった…。あは。」

笑ってごまかす凛。

「おまえ普段電源切ってポーチの底に入れてあるだろ。それじゃ意味無いんだぞ。」
「うー、機械苦手。」
「いや、苦手とかのレベルじゃないだろ。こんなの今時おばあちゃんでも使ってるし。
 とにかく電源だけでも入れといてくれ。じゃなきゃ折角買った意味ないだろ。」
「わかった。でもすぐ電池きれるんだよねこれ。」
「それはまめに充電しないのが悪いの。週一くらいの充電でいいんだからできるだろ。」
「はーい。……士郎、小姑みたいだ。」

言うに事欠いてそれかい。…全く。朝の凛には何を言っても無駄か。

そんなわけで、朝の弱い凛の代わりに二人分の弁当を用意するのは俺の仕事だ。
まあ、最近は朝昼晩とも俺が作ってるという話しもあるが、凛はいろいろと忙しい様だし、
俺も台所に立つのが嫌いなわけではないから、必然的にそうなってしまう。

……主夫って言うな。俺も気にしてる。


弁当を鞄につめて、二人で出かける。凛は本科生なので時計塔本館で鉱石学、
俺は見習いなので予科の工房に行って投影術初級の講義だ。

「じゃ、いってきます。またあとでな」
「いってきます、愛してるわ、衛宮くん」

と、ウィンクして投げキッスなどしてくる凛。やめろ、人目があるじゃないか。
……そうやって人が照れたり慌てたりする光景を見て楽しむのが遠坂凛の赤いあくまたる所以だ。

「んふふ、じゃ、ね。」

してやったりという顔で駆けていく凛、まだ講義には時間があるから走る必要はぜんぜんないぞ。

俺は本科生じゃないので大抵、講義は午前か午後のみで、普段は半日空いてしまう。
暇なのでここのところ自己研鑽に努めていたのだが、それを凛に話したら怒られた。
彼女曰く

「基本もできていないのに自己研鑽など無理、無茶、無謀の三拍子ってなものだわ。
 無駄どころか変な癖がついて成長の芽を潰すことにつながるわ。
 背伸びもいいけど結局そのツケは自分で支払うことになるんだから。」

とのことだ。
仕方がないので、自己研鑽は諦めて、我が家の財政事情のために貢献しようと思う。
あの忙しい凛がバイトまで入れるという。
なら暇な俺もバイトの一つでもやらないと本当に主夫になってしまう。

本当は今日は投影術初級の講義はないのだが、導師に無理を言って相談の時間を作ってもらっていた。

「シロウ・エミヤです、入っても宜しいでしょうか。」
「おお、ミスタエミヤ、入りたまえ。」

最初から違和感があったのだが、どうやらおれは投影術の初級程度は、十分身につけているらしい。
講義で得るモノが全くないのだ。
今日はそのことを導師に相談しにきたのだ。

「……ふむ、なるほど。では、ここにある燭台を投影してみたまえ。
 これが失敗せず出来るようであれば初級程度の能力有りということで免許を出そう。」

「はい。……透視、開始…」

実は燭台だろうが何だろうが形だけ真似るのであれば大得意だ。
燭台など、まさに形だけで中身など作りようが無い、というのが正解だろう。

しかし、投影に先立って透視してみると、あれ、あれ?

―――――それは、燭台に触れると自動的に火がつき、もう一度触れると火が消える工芸品。

なるほど、これくらい模倣できねば、わざわざ投影などする価値は無いということか。

「同調(トレース)、開始(オン)」
 創造の理念を鑑定し
 基本となる骨子を想定し
 構成される材質を複製し
 制作に及ぶ技術を模倣し
 成長に至る経験を共感し
 蓄積された年月を再現し
「全工程投影完了(セット)」

「……出来ました、導師。」
「………」
「あ、あの、俺なにかしくじりました?」
「…………」
「…………」

はあ、とため息をつく導師。

「……すばらしい。
 たしかに君の技量では投影の初級など眠くなってしまうだろう、
 では、この工芸品をどうやって投影したか説明してくれ。」

俺は、いつもの様に剣製で使う方法を説明した。
創造の理念の鑑定から、蓄積された年月の再現までだ。

「ふむ、ふむ。すばらしい、君は投影のなんたるかを既にマスターしておるのだな。
 君に投影を教えることができる導師はおらんよ。君に教えられることはあってもな。
 投影術のグランドマスター資格を与えよう。」
「は? あの、初級中級すっとばしてグランドマスターですか?」
「仕方がなかろう、君に投影術を教えることができる導師が時計塔にはおらんのだから。」
「あ、ありがとうございました。」
「……ふむ、君の投影は、なにか、我々の想定する投影術を遙かに超えたなにかを
 再現するためのモノなのではないかね?
 時計塔の投影とは、魔術に必要な術具を臨時で間に合わせる、という程度の卑術にすぎんが、
 君の方法を使えば、さらに一段昇華した、精巧な模造品、
 あるいは本物以上の贋作を創り出すとさえ可能かもしれん。」

そんなわけで、いきなり透視術を時計塔で極めてしまった、というか、いきなり終わってしまったというか。
なにか複雑な心境だ。




時計塔での予科と本科の大きな違いは、「学」と「術」にある。
「学」というのは、文字通り突き詰めれば学問として成り立つ分野であり、
凛の専攻している鉱石学というのも「学」の分野だ。

一方「術」の方はというと、単なる小手先の技術でしかない。
必然的に根元に至る手段とはなり得ないので時計塔でも扱いは軽い。
逆に言うと俺のような予科生が学ぶことを許してもらえるのは「術」程度であり、
「学」を学びたければきちんと試験に合格して本科生にならなければいけないのだ。

本科生と予科生には、立場的に大きな違いがもう一つある。
本科生は将来時計塔を引っ張っていくことが期待されているため、
無償で「学」または「術」を学べるが、予科生は単なる外来なので、
必ず教える「術」に対して対価は資金または労働が要求される。

無償、とは言ったが本科生といえども対価がゼロ、
ではなく、時計塔に対する借り、という形で処理される。
たとえば、投影術については初級、中級、上級とあり、それぞれ1,2,3単位になるが、
この単位数が時計塔に対する借りの数となる。

これを返済するには、同じく導師として、一人に投影術初級を教えると1単位返済、
となるのである。
そのほかにも資金やアイテムで、という形での返済も可能だ。

また、当然ではあるが教えるためにはそれぞれの「学」または「術」についての
「導師」資格を持つことがまた条件になる。

俺が今いきなりもらってしまったのは合計6単位分の「投影術」の履修済み資格だ。
今の投影術のように、「術」または「学」の上級コースの単位を取ると、
その「術」または「学」を完全にマスターしたものと認められ、
「グランドマスター」という学位になる。

その途中で得られる投影術初級や投影術中級の単位取得は単に
「マスター」と呼ばれ、区別されている。


2: Sylpeed (2004/03/13 19:03:55)

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−1 恋模様、晴れ時々曇り?(2/2)

強化術初級の講義を受けたあと、昼食の時間になったので、いつもの公園で凛を探す。

「士郎〜。こっち。」

公園のベンチに座り、澄まし顔の凛が手招きする。

「悪い、待たせちゃったか?」
「ううん。私も今来た所だったから。」

別に待ち合わせをしているわけではない。……多分。
ただ凛が「私はいつもここで士郎のお弁当を食べるんだから。いいわね。」
などと言ったから、俺も時間の許すかぎりここに来て二人で昼食を摂ることにしている。
……最後の、いいわね、は絶対来いという脅迫に等しいとは思うが。

ちなみに、お弁当は高校にいた頃と変わらないジャパニーズスタイルのお弁当だ。
しかし、イングランドでは細長の、いわゆるインディカ米が主流なお陰で、
ジャポニカ米は日本食コーナーにしか置いていないし、第一高価だ。

というわけで、我が家でもこの白米のお弁当というのが危機に瀕している。

インディカ米ならパエリアとかジャンバラヤとかの料理を作ればいいのだが、
冷めてもおいしい、となると白米に一歩譲る感があって試す気にならない。
いっそのこと、上新粉にして白玉のお弁当……やめよう。頭痛くなってきそうだ。

ああ、言い忘れたが、今食べている飯は100%の白米ではなく、50%麦の麦飯というヤツだ。
これはこれでヘルシーかつ旨いので凛にも好評だ。
……ただ、米と一緒に炊く前に堅い麦を一旦潰して押し麦にするという面倒な一手間が要るのだが、
料理は愛情というヤツだ、手間を惜しんではいけない。

「凛、今朝言ってたバイトって、何やる気だ?」
「気になる? んっふふ。士郎が心配するようなバイトじゃないから安心して。」
「ばっ、ばか、俺は純粋にだな忙しいカリキュラムを縫ってバイトなんかして遠坂の
 身体は保つのかとかそういうことを心配してるだけで決していかがわしいバイトを
 して身も心もボロボロになったりアッチの方面だけ妙に上手になったりすることを
 心配してるわけじゃないぞ断じて無い一切無い。」
「士郎。顔、真っ赤よ。」
「あう……」
「また、私でヘンな想像しちゃったんだ?」
「……おまえこういう話始めるとホントに容赦ないな、
 そうやって人の心見透かしてあざ笑うの止めた方がいいぞ、かなり本気で。
 それから、またって言うな。俺がいつもそういう妄想してるみたいじゃないか。」
「えー? 違うんだ?」

じー。と俺を見つめる凛。顔に手をあてて指と指の間から俺を覗き込む。
これは凛の癖で、意地悪が最高潮の時のみに現れるもう楽しくてたまりませんというポーズだ。

「どんな想像したのか今晩ゆっくり聴かせてもらうから、
 いいのよ衛宮くん私貴方が望むならどんな陵辱でも耐えてみせるわ、くすん。」

そうやってわざとらしく泣き真似までしてみせる赤いあくま。
おかげでしばらく凛の顔が正面から見れなくなってしまった。
だって、そういった意地悪をするときの凛の仕草は大抵、
たまらなく艶っぽくて、厭が応にも異性を意識させてしまうのだ。
……俺ってマゾなのかなあ。

「けど良かった、昨日は落ち込んでたみたいだけど今日は絶好調だな、凛。」
「あっ。」

俺がぽつりとつぶやくと今度は凛が赤くなる番だ。

「そりゃあ、昨日、士郎に元気を貰ったから、ね。」




「あらぁ、ミストオサカ、ごきげんよう。 彼が件の指環の主かしら?」
「ミスエーデルフェルト………!」

一瞬で空気が凍り付く。
魔術師同士の対決というのはこういうものなのだろうか、
先ほどまでののほほんとした空気は一瞬のうちに打ち砕かれた。

ああ、儚いぜ、俺の倖せ……。

凛がミスエーデルフェルトと呼んだ女性、
先ほどの台詞からして昨日凛が言っていた"あの女"なのだろう。

年の頃は俺たちと同年代、一つ年上位だろうか、
豊かな金髪がゆるくウェーブして、欧米人らしい彫りの深い顔立ち、
まあ、美形といっていいだろう。眼光鋭く、意志力の強さを伺わせる。

それで、気が付いてしまった。
彼女は、多分、凛とそっくりだ。

着ている衣類やアクセサリーの真贋から由緒有る魔術の名家の出だと解る。
そして、時計塔に居るということは魔術を伝えられるべき後継者ということだ。
それに凛の知り合いということは鉱石科、宝石を触媒にする術が主だろう。

「……紹介いたしますわ、ミスエーデルフェルト。彼は私の弟子にして同居人、
 私の人生におけるパートナー。衛宮士郎です。」
「ミスタ・エミヤ・シロウ。よろしく。」
「シロウ、彼女はミス・ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。同じ鉱石学科の学友よ。」
「ミス・ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、
 いつも凛がお世話になっています。
 ごらんの通り凛は気が強いですけど悪いヤツじゃないんで、
 末永くお付き合いのほど、よろしくお願いします。」

同時に俺の方を見てポカンとする二人。俺、なにかしましたか?

と、その後のリアクションはバラバラだった。

「良いですわ、ミスタシロウ。貴方とても正直者ね。」
「なんで私がこの女に宜しくされなきゃなんないのよお願いする相手間違ってるでしょ
 このアンポンタン」

勝ち誇ったように花のような笑みを浮かべ、口に手を当てて笑うミスエーデルフェルト、
がぉーとばかり右手を握りしめて吠える凛。

「なんでさ、凛のやってることは正しいぞ。
 不実な友を持つくらいなら、むしろ敵を持つがよい。
 ってこの国の文豪だっていってるじゃないか。
 だから俺はその相手に挨拶してるだけじゃないか。」

腕組みをしてうんうんとうなずくエーデルフェルト嬢。
良かった、彼女は俺の言ってることを理解してくれたみたいだ。

「……友情と愛情の区別も付かないような朴念仁が言ってくれるじゃない。」

凛も腕組みをして俺を睨む。
やばい、この二人リアクションがそっくりで笑いそうだ。

「気に入ったわ、ミスタシロウ。
 ミストオサカの件はともかく私たちは仲良くしましょう。
 お近づきになれて光栄ですわ。」

満面の笑みを浮かべて握手を求めてくるエーデルフェルト嬢。
凛が怖い顔で睨んでいるが気にしないで俺は右手を差し出した。

「よろしく、ミスエーデルフェルト。」
「私のことは、ルヴィア、とお呼びください。」
「ああ、よろしく、ミスルヴィアゼリッタ」
「ルヴィアと呼び捨ててくださってかまいませんのに…」
「すみません、ミスルヴィアゼリッタ。名を呼び捨てにする女性は一人と誓っているもので。」
「まあ、それは失礼いたしました。」
「いえ。」

これくらいならいいだろ、凛。

俺とルヴィア嬢の前で目を白黒させる凛。
あまりの急展開(俺とルヴィア嬢の意気投合)についていけてないようだ。

「それでは、私そろそろ失礼しますわ。お食事中失礼致しました。」
「おとといいらしてくださいまし、ミスエーデルフェルト。」
「一昨日?」
「ああ、それは日本の慣用句なので気になさらないで下さい、ミスルヴィアゼリッタ。」
「そうなの? では。」

なぜか俺にだけ軽く会釈をして去っていくミスルヴィアゼリッタ。
俺だけにそんな親密さを見せられると正直困惑すると同時に凛の目が痛いので止めてほしいです。




「おとといきやがれって英語にして言っても伝わらないだろ、凛。」
「……なによ、私の時は半年かかったくせに、なんであの女は会った瞬間からなのよ。」
「名前のことか? エーデルフェルト嬢にはミスをつけて呼んでるじゃないか。
 名で呼ぶのは凛だけだ。」
「ふんだ、すぐ意気投合して握手までしちゃってさ。
 あのとき鼻の下伸ばしてたわよ。」
「伸ばしてないさ。……と、思うんだけど、伸ばしてたか?」
「……今伸ばしてる。
 いまさらルヴィアの手の感触とか思い出してにんまりしてるのかこのー。」

いたた、だから口に指つっこんで横に引っ張るなってば、喋れないと言い訳もできないじゃないか。

「……だから、いま鼻の下伸ばしてるとしたら対象は凛だ。正直そんなに嫉妬してくれるのは嬉しい。」
「………!」

胸元に手を持ってきてポカンと口を開きおどろき目を見張る凛。
いいね、時折見せる凛のこういう表情は最高だ。
とはいえそれは一瞬のこと。
すぐにいじめっ子の表情になる。

「衛宮くん、貴方最近虐められて喜ぶようになってきたの、自分で気づいてるかしら?
 そろそろ真性のマゾヒストに目覚めちゃったのかしら。」
「う、それは半分遠坂が悪いんじゃないか。俺が目覚めちゃったら責任もてよ。」
「………!」

お、珍しく凛が二の句を継げない状態になっている。
苦節一年、やっと俺に勝利の時がやってきたのか。

「ばかね、死ぬまで面倒みてあげるわよ。」

と、思いきや、素敵に無敵な殺し文句でばっさりやられてしまったのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

家主の凛がバイトするといっているのに居候の俺がのほほんと遊んでばかりも居られない。
そんなわけで俺は食事後に時計塔にあるアルバイト斡旋のための事務局に来ていた。
ここでは通常のバイトでは要求されない魔術的な要素で給金が考慮されるので通常のバイト
よりも割が良い場合が多々ある。それに加え、給金が直接時計塔に対する借りの返済という形
になってくるため、稼ぐことによって時計塔に借りが出来、この借りを使って無料で講義を
受けられるという寸法だ。
時計塔だけに有効な借用手形というわけだ。それを時計塔内では通称、クレジットと呼んでいる。
クレジットは金品で売買もできるし、時計塔主催のイベントで賞金として授与されることもある。
だから、時計塔内ではお金と等価といえる。
ちなみに1クレジットで一単位分の講習を受けられる。

事務局の壁には様々な内容の募集の紙は貼り付けられている。その紙は要求人数分あり、
応募する時はその紙を壁から剥がして受付に持っていくというシンプルなスタイルだ。

「ホムンクルス製造に使います、人間の精液5リットル、10クレジット」
「魔力値10以上が付与された血液100cc、1クレジット」
「治療魔術の献体、一週間拘束、3クレジット」

怪しげなバイト(?)が並ぶ。5リットルも出したら死ぬって。

「ハウスキーピング、もしくは従僕。一年間、週36時間拘束、5クレジット」

む、ハウスキーピング?
従僕というのが気にはなるが、ノーリスクで5クレジットというのは捨てがたい。

なにやら天職の予感。
こんなのが天職の予感とはなにか間違っている気がするが。

ぺし、と紙を剥がして受け付けへ。

「この仕事の内容が知りたいんですけど。」
「ああ、この仕事ね、雇用者の要求が高いので、なかなかまとまらないのよね。
 面接があるから、質問はその場でいいかしら?」
「はい、かまいません。」
「ええと、ちょっと待ってね、本人に連絡して面接の日取りを決めちゃうから。」

受付嬢はてきぱきと雇用者に連絡してくれて、面接、今日これからでもいいかしら。
と訊いてきた。

「はい、構いません。」

どうせ午後は何も無いし、夕飯は昨日の分がまだ余ってるので買い物は必要ない。

「じゃあ、三十分後にこの場所に行って。勤務先でもあるから。
 エーデルフェルトという女性が雇用者よ。じゃあ、頑張って。」
「はい。……はい? エーデルフェルトって、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですか?」
「あら、お知り合い? そうよ、まあ、彼女は名門の出だから知らないほうがおかしいか。」

なにか、運命的なモノを感じるよりも先に、罠にはまってしまったような気がする……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「こんにちは。」

ここはミスルヴィアゼリッタの屋敷の庭。
玄関に行ったら庭にルヴィア嬢が座っているのが見えたので声を掛けた。

「あら、いらっしゃい。
 ……ごめんなさいね、今日はこれからアルバイトの面接をしなければいけないので、
 ご用でしたら手短にね。」
「それ、俺。」
「はぁ?」

なんだか素敵にちんぷんかんぷんという表情で首を傾げるルヴィア嬢。

「ハウスキーピングのバイトを探していらっしゃいますよね?
 面接に来ました衛宮士郎です。よろしくお願いします。」

深々とお辞儀をした、礼節の国日本から来た以上、
これ位はやっておかないといけないだろう。

目が点になっているルヴィア嬢、
そして、やっと俺の言っていることを理解したのか、
可笑しそうに腹を抱えてくすくす笑い出す。
やばい、可愛いぞ。俺には凛という恋人がいるというのに惚れそうだ。

「ああ、凄い偶然ですわね、……それとも作為的なのかしら。
 いらっしゃい、ミスタシロウ。面接をいたしますからこちらにお座りになって。」
「はい、お邪魔します。」
「ミスタシロウ、お茶に好みはあるかしら?」
「いえ、特には。粗忽者ですからお構いなく。」
「ユイファ、ダージリンのファストフラッシュを二つお願いね。」
「はい、お嬢様」




簡単に仕事の内容について打ち合わせをした。
この屋敷には現在住み込みでメイ・ユイファという女性が働いているが、
彼女は一旦帰国を望んでいるらしい。そこで後任の俺の出番という訳だ。
俺に望まれている仕事は工房の整頓とルヴィア嬢の給仕。
午後3時頃から夜8時までの時間だ。可能であれば朝も、
とは言われたがそれはちょっと無理なので断った。

「けど、工房の整理なんて仕事、俺みたいに半人前に任せちゃっていいんですか。」
「けど一人前の魔術師に覗かれるのも困るのよ、いろいろ門外不出のものもあるし、
 かといって素人では不安が残るでしょ。
 頭の悪いのも駄目、けど狡賢いのも駄目。さじ加減が難しいのよ。」
「なるほど、でも俺、頭悪いよ。」
「ミスタシロウ。別にこの仕事をしたくないのであれば別にかまいませんですわよ。」
「いや、ゴメン、ちょっとほめられすぎかなと思って謙遜してみた。」
「はぁ、……貴方は自分の存在を卑下しすぎなのではありませんか。
 貴方はミストオサカがわざわざ日本からこの倫敦まで連れてきた唯一の人間なんですのよ。
 どういう経緯で、どのような役目でつれてきたのかは私は想像するしか有りませんですけれども、
 その存在は決して軽々しく扱ってよいものでは無い。
 ただの情夫としてであればわざわざ弟子として時計塔に登録などしませんわよ、
 それなりに資金面での負担にもなりますのに。
 だから貴方もわざわざこのようなアルバイトを選んだのでしょう?」
「うわ、申し訳ない、そうだった。
 経緯はどうであれ俺は遠坂の弟子なんだった。
 弟子は師匠の名誉を汚すようなことを自ら言ってはいけないよな。
 反省した。」
「うふふ、貴方がミストオサカから信頼されているのは先ほどの顔会わせて十分理解しましたし、
 状況判断能力も高いし気配りも出来る人材であることは十分解ります。
 その能力に比べて自己顕示欲の乏しいのも今の会話で解りました。
 まさに私の求める人材ですわ、良い執事になれましてよ、貴方は。」

なにか、嬉しそうに笑うルヴィア嬢はそんな仕草まで凛と良く似ている気がした。
いや、まてよ、凛に似ている?

……俺はなにかとんでも無い間違いを犯していたのかもしれない。
それって、この清楚なお嬢様の態度って、仮面ってことじゃないのか?

「あらなにか気がかりなことでもありまして? ミスタシロウ?」

にまー、と笑う、金色のあくま。
ああ、今まで気が付かなかった俺の迂闊さをあざ笑うかのように。

「では、契約ということで。
 ……断っておきますけど、違約金は高くつきますわよ。
 工房のモノを紛失したり壊したり、勝手に持ち出したりしたら、呪われましてよ、私が、あなたを。
 それから、ここで起こったことをミストオサカに逐一報告するのもお止めになってね。
 それは私のプライバシーに属する情報ですのよ。」
「ああ、それは了解した。けど、全くなにも凛に話せないとなるとちょっと困る。
 何処までなら話して良いか線引きをしてくれると助かる。」

にやりと笑うルヴィア嬢。うわ、それってなんか悪巧みしてる顔でしょ、間違いない。凛と一緒だ。
立ち上がり、俺のほうに歩いてくる。

ルヴィア嬢が俺の頭を両手で掴む。ルヴィア嬢の口の端には笑みが。

「たとえば、こんな風に……」

不意に唇と唇が触れた。

俺はとっさに離れようとするがルヴィア嬢の両手は俺の頭を掴んだままだ。
離れるに離れられない。

無理に引きほどいてルヴィア嬢に怪我でもさせるわけにはいかないので、
あまり力を掛けられなかった。

そうしている間にルヴィア嬢の舌が俺の口を割り開いて口腔内に進入する。
そのまま俺の舌を絡め取り愛撫。

「………!!!」

俺はルヴィア嬢の腕をつかんで強引に引きほどいた。

「あん、強引ですのね……」
「強引なのは貴方だ、ミスルヴィアゼリッタ。このような真似はたとえ冗談でもよしてくれ。」

俺の剣幕を恐れたのか、はたまたやりすぎたことに気が付いたのか、
悄然と俯き椅子に座り直すルヴィア嬢。

「冗談ではありませんでしたのに…」

ポツリとつぶやいた。

今ので、俺はなにか悪いことをしてしまったような気分になってしまった。
悪いのはあちらなのに、しかし自分の態度は頑なすぎたのではないだろうか。
彼女は単に親愛の情を示したにすぎない。
まあ、口に舌を入れるのはやりすぎだとしても。

「あ、ごめん、言い過ぎたかもしれない。君を傷つけるつもりは無かった。」
「こちらこそごめんなさい、いきなりこんなことをしたら誰だって怒りますものね。」
「あーいや、怒ったというか、困惑しただけなんだけど、いやむしろ嬉しいくらいだし。」
「本当に?」

ルヴィア嬢の潤んだ瞳と、ついさっきまで触れていた潤いのある唇が俺の脳髄を直撃する。

―――――可愛い。

「ああ、ホントに怒ってはいない。」
「良かった……私、死別した弟が居りました。
 とても可愛がって居りましたのに、流行り病で急逝致しました。」
「それは、……なんと申し上げてよいか……」
「ミスタシロウはその弟によく似ているんです、ですから時折、その、過度のスキンシップをしてしまう
 ことがあるかもしれません。でも、そのことは完全に私のプライバシーの中の事ですので、
 ミストオサカに報告するのはお止めください。」
「あ、そういう話でしたか……すみません、俺、貴方の傷口を抉るような真似をしてしまったようですね。
 分かりました、今の事は凛には言いませんし、今後このようなことがあっても凛には報告しません。
 …これでいいですか?」

はい、と頼りなさげにつぶやくルヴィア嬢。

なにか、俺の中で何かの歯車が動き出したような気がした。
これ以上ここに居るのは不味い気がしたので、暇を告げようとすると、
意外なことにルヴィア嬢から、

「お仕事の話はこれまでにして、
 これからは少し私につきあって頂けませんか?
 お話したいこともありますし。」

と、上目遣いに見つめられてしまった。
ルヴィア嬢の頬はほんのり紅く染まっている。

こんな顔をされたら、断れる訳がない。
ただでさえ今、ルヴィア嬢を傷つけたばかりなのだから。

結局、その日は夕方頃までルヴィア嬢の屋敷でいろいろな事を、
……主に凛の素行についてだが。
話し合って、俺とルヴィア嬢はすっかり意気投合してしまったのだった。

3: Sylpeed (2004/03/13 19:04:50)

■中書き

ああ、予告通りにはいかないですね。
なにがバトル。なにがセイバー登場。
まだ全然話がすすんでいません。

本当はこの話でバゼット嬢(ランサーの元マスター)が出て、
士郎を引っ張り回すとこまでやってしまうつもりだったんですが、
ルヴィア嬢の介入によって、とんでもなく違う話になりそうです。
実は、私、ルヴィア嬢が旨く書けなくて一週間位唸っていました。
凛とか士郎とか、その他キャラはゲーム本編に出てきてるのでキャラ造形は
簡単なのですが、ルヴィア嬢ときたら台詞一つのみ。
キャラ掘り下げて肉付けするための一週間、この話を執筆するのに一週間
で、合計2週間も空いてしまったのでした。

正直、今回ルヴィア嬢が暴れてます。ほんとは士郎はもっと毅然と断るはずなのに、
なぜか籠絡されてるし。あげくに「―――可愛い」ですと?

なんでこんなになったのか私もパーフェクトリーちんぷんかんぷんです。
そんなわけで、エピソード3は続きます。
できるだけ早く書きますのでみすてないでー。ということで、感想などいただければ幸いです。

そして、エピソード4でセイバーさん復活、の予感。
(予感かよ!)

■お詫びのいんたーみっしょん。(セイバーさん予告)

むかし、むかし。
それはもう、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国、
通称イギリスが影も形も無く、単に辺境のブリトンと呼ばれていた頃の話だ。

あの妖女モルガン・ル・フェイの奸計により、私の嫡男、
モードレット郷は私に反旗を翻す。

マーリン曰く、全ては予測の範囲内、
私がエクスカリバーの鞘を失った事に全ての原因があった、と。

そして私は、モードレットを葬ったあと、深手を負い、
世界と契約することになる。

その契約の顛末は今此処で語る事ではない。
大事なのは、この静止した一瞬の中で私は幾たびも、
聖杯を求めた探索の果てに強敵、友人、恋人、同胞と出会い、別れ、
彼らの存在を確かに心に刻んだということ―――――

いかなる奇跡か、教会が真っ向から否定しているにも関わらず、
私は敬虔なクリスチャンであるにも関わらず、
それ以来私は15世紀をゆっくりと何度も輪廻転生を繰り返してきた。
おそらくはそれは世界の選択や人々の信頼によるモノ。

―――――アーサー王は、再び現れ、世界を救う。

幾たびも転生を繰り返す私は、その都度、世界を救う手助けをしてきた。
時には子を産み育て、時には愛する人を助けるために身を犠牲とし、時には自ら英雄として。
そうして、やっと、21世紀に辿り着いた。
あの愛しい切嗣、そしてその後継者、士郎の元に…。

いかなる奇縁か、私は14歳の頃、初めて、というか2回目というか、
イタリアで切嗣と邂逅を果たした。
今から12年前だ。

ああ、切嗣は日本でセイバー(昔)である私と遭う前に、
イタリアでセイバー(今)である私と会ってしまったんだ。
その混乱は押して知るべし。

しかも短いながら、私(今)とは心が通い合った。
セイバー(昔)に辛く当たるのは仕方ないのかもしれない。

やっと今になって、昔の切嗣の妙にぶっきらぼうな態度と、
ホントは愛して居るんだという妙な態度に合点がいった。

切嗣の、そういう不器用な優しさが、私には嬉しい。

聖杯戦争終了後、切嗣は再び私に会いに来た。
セイバーのこと、私のこと、士郎のこと、沢山話をした。
心も、体も重ねた。
最後に切嗣は、士郎を頼むと、切ない目をして私に頼み込んだ。
それが、彼の遺言。


そうして、今度は士郎と再会を果たすのを楽しみにしている私がいる。
今の士郎は、どんな男の子に育ったんだろう。凛は元気かな。

そうして、私は再会の時を静かに待つ―――――


4: Sylpeed (2004/03/16 06:22:30)http://sylph.kir.jp/

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−2 恋模様 曇り時々雨、そしてタイフーン

section 3 呪詛


「シロウ!! そっちに二匹行ったよ」
「了解、こっちはまかせて先行していい。」

俺は莫耶を振るって一匹目を倒し、
放り投げた干将をキャッチするとそのままもう一匹に突き刺した。

シャギャー。
ミギャー。

奴らの断末魔の叫びが聞こえる。爬虫類とはいえ、殺しは気分の良いものではない。

体長1m程の大型のトカゲ。こいつらをもう三十〜四十匹は殺しているだろうか、
排水溝や送風管から次々沸いて出ては俺たちの邪魔をする。
無論こんなモノは敵ではないが無視して通れるわけでもない。

「もう、もう。こんなんじゃ逃げられるじゃない。
 シロウ、もう怒ったからね、どばっといくわよ。覚悟はいい?」
「俺に言われても困るって、例のヤツやるのか、
 カウントダウンしてくれよな、あれいきなりだとついていけないから。」
「そのとーり、いくわよ。 3・2・1 ハイ!」
「だー、はええって、そのカウント!!」

元気娘そのもの、といった感じでノリノリ。
風属性の魔術を発動させるバゼット・フラガ・マクレミッツ。

「いっけー。衝の陣!」

バゼット女史の槍の先から風が渦巻き、螺旋状に展開し進んでいく、
進行方向上ににあるすべてをミンチのように砕きながら轟音を立てつつ一直線。
そのまま通路の突き当たりにぶつかり大爆発。

本来テンカウントの大魔術を呪宝具を使いノーカウントで発動させる、
彼女の才能と戦闘センスは凄まじい。
しかしその持ち前の脳天気な言動がすべてを軽いノリにし、
どうしても戦場の悲壮さが漂ってこない。

目の前の通路を遮る大量のトカゲたちは哀れ血袋のように壁全体を染め上げつつ、
次々と肉片になっていった。

「神(シェン)速(スー)、とー!」

バゼット女史は今度は自分に加速の呪を使い、
あっという間に滑るように廊下を駆け抜けていく。
俺も遅れぬ様に必死で駆ける。

通路の先、壁をぶち破った先の部屋に魔術師は佇んでいた。
どうやら今回のターゲット、封印指定の魔術師は逃げ損なったようだ。

「な、な、我が完璧なる防御陣をどうやって……」
「貴様らの悪行、このバゼット・フラガ・マクレミッツ様には
 どどんがどんとお見通しだい。神妙にお縄に付け。さもなければ―――――」

自慢の槍をしごいて魔術師に突きつける。

「殺(シャー)!」

だがこのイギリスで中国語など通じなかったようで、
魔術師は空間歪曲の禁呪を使い、逃れようとする。

「あ、こら、ホントに殺しちゃうぞ、いいのかー?」
「そんなこと言ってる場合じゃないって。投影(トリガー)、装填(オフ)」
「射殺す百頭(ナインライブズ)―――!」

俺の投影した宝具「射殺す百頭」から射出された7本の剛弓は、
魔術師の両足に1本づつ、右手の魔術刻印に2本、左手に1本、
胴体に2本突き刺さり、さながら昆虫の標本のように床に魔術師を縫いつけた。
その衝撃が魔術師の最後につながったのだろう。

「儂と一緒に呪われろ、小僧――――!」

呪詛とともに、魔術師から生命の光が消えていった。

そして俺はというと――――



……呪われてしまった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 1 綺麗なおねえさんは好きですか?


今日は、ルヴィア嬢の処のバイトはお休みである。ついでに凛も帰って来ない。
先ほど電話があった。

『……ああ、士郎、今日ね、鉱石学科の工房で徹夜するから、ごはん一人で食べといて。
ああ、うん、大丈夫。ばかね、浮気じゃないわよ、なんなら差し入れもって遊びにきてよ。
ついでに毛布も。うん、ルヴィアも一緒よ、替わる? いいの? 今日のルヴィアの反応は傑作なのになー。』

ということで、あとで差し入れを持っていくこと以外は完全にフリーだ。
フリーだといっても、会う女性が他に居るとか、そんな話は無いので、
単に暇なだけだが…

そんな暇を解消するために、俺は訓練がてら宝具を投影する。
今回はゲイボルクとグラムだ。

ゲイ・ボルク−影の国で鍛えられし魔槍。イーヴァルディの息子達が鍛えた槍。
その槍にクーフーリンが自ら編み出した業を上乗せする。

まず、
 創造理念を鑑定し、材質を複製し、制作技術を模倣する。
その後、
 成長に至る経験と、蓄積された年月を再現。
使い手の思いをさらに付与。

――――ゲイ・ボルク、完成。

今度のゲイ・ボルクは"刺し穿つ死棘の槍"と"突き穿つ死翔の槍"を、
ノーカウントで駆動できる呪付込みだ。
こいつは強いぜ。……使えれば、だけど。

今回のゲイ・ボルクに至る道を一旦アーカイブする。
これでいつでも同じものを投影可能だ。
……多分使わないけど。

魔槍を振り回してみる。
濃厚な魔力が俺の身体をチリチリと刺激する。
だが、使い手の記憶や意図のようなものは俺には伝わってこなかった。
刀剣以外だとからっきしだな、俺。

たった2発、"刺し穿つ死棘の槍"と"突き穿つ死翔の槍"を一発分づつ封入しているというのに、
作った俺自身にもその力の引き出し方はよく分からなかった。
真名を使って、というのはもちろん、槍と一体化してその撃鉄を引く、
ことが出来れば多分引き出せる筈なのだが、
俺にはその一体化の段階に達することができない。

うわ、かなりの魔力無駄使いしてしまった。槍なんて使いもしないのに…
折角だから武器屋の親父のとこ持っていくか、結構金になるもんな。こういう工芸品。

グラムも作ろうと思っていたのだが、最初に作ったゲイ・ボルクが
刀剣じゃない所為か、予想以上に魔力を消費してしまったので諦める。
凛の魔力引っ張り出してまでやることじゃないし。




「こんばんはー。」
「おお、シロウくんか、いらっしゃい。」
「親父さん、今回のは凄いと自負してる、見てくれないか。」

ゲイ・ボルクを袱紗から取り出し、親父に見せる。

「ほう……今度は弾丸付きか、再チャージできれば白兵戦では最強かもしれんな、この…」
「ああ、槍と一体化して、真名を唱えて槍のトリガーを引けばれば発動する
 ……と思うけど自分では試せなかった。」
「ほうほう、それで、真名は?」
「両方とも、ゲイ・ボルクだけど、打突の時は"刺し穿つ死棘の槍"、
 投擲のときは"突き穿つ死翔の槍"という意味を付与すれば発動する。」
「うむ、なるほどなるほど、いや、魔装具として実用価値がある武器は初めてじゃないか、
 シロウくんが持ってきたものでは。……バゼット女史、どうだい、こっち来て見てみないか?」
「あ、はーい、見せてくださるの? ちょっと遠慮してたんだけど、興味津々だったんだー、
 実は。あはは。」


気が付かなかったが、暗がりに人、いや、ショートヘアのボーイッシュな凛々しい女性、
―――二十代後半位だろうか―――、が、ひっそりと佇んでいたのだ。
気配に敏感な俺が気が付かなかったというのも驚きなら、
ここまで自然に気配を消せる人間がいるというのも驚きだった。

バゼットと呼ばれた女性は、なんか嬉しそうにこちらにとてとてと近づいて、
まず、一見、その後、槍を手に取り、ひっくり返したり斜めにしたり、
そのうち臭いまでくんくん嗅いでいるではないか。
なにか、誰かに似ているその立ち居振る舞いに、懐かしさのようなモノを感じた。

――――ああ、なんか藤ねぇに似ている。

「君。」
「……あ、はいぃぃぃぃ!?」

吃驚した、彼女の声が、とても冷たいものであったからだ。

「これは何かの複製ね、これの本物を何処で見たの?」
「あ……それは……」

不味い、これが本物のゲイ・ボルクからの複製だと告げようものなら……

コロサレル、
コロサレル、コロサレル、
コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、
コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、
コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル、

そんな、予感がした。

「そ、それは……」
「クーフーリンが持っていたものだ。彼は聖杯戦争の生き残り、といえば納得するかな?」

店の親父が助け船をだしてくれた。

「あー、そうなんだー。じゃあ、私たち戦友だねー。」

右手を差し出すバゼット女史。

「あ、ども………! わわっと」

差し出した右手を捻られあっという間に背後に回り込まれ、首を極められた。

「いてて。」
「……なんて話だけで素直に納得するわけないでしょーが。これ、何よ。
 材質からしてこの世に存在しえないモノよ、ミスリルや真の鉄でもないのよ。」
「ま、まってくれ、この店で刃傷沙汰は困る、二人とも儂には大事な取引相手なんだからな。」
「駄目。こいつがとっとと白状しなければ解放はできないわね、
 これでも私は職務に忠実で通っているのよ。
 ……大丈夫、抵抗しなければ命までは取らないから……ああ、たぶんね、
 話次第じゃこのままポキっとやっちゃうかもしれないから保証できないケド。」
「わ、わかった、それじゃあせめて店先ではやらんでくれ、……裏口から出てくれ」
「話が早くてたすかるわー。では、少年、立てる? 首に匕首付けてるからそーっとね。」
「あ、ああ、親父、酷いじゃないか。なんでこんな目にあうんだ。」
「すまん、バゼット女史が暴れ出したらこんなもんじゃないんだ、
 おとなしいうちにさっさと出て行って貰えれば助かる。
 ああ、大丈夫、彼女も悪魔じゃないから、
 正直に洗いざらい話せば解放して貰えるはずだ。」




「で、俺はなんでこんな処にいるんでしょうか?」
「ばかねー。ここは私のセイフティハウスなのよ。隠れ家ってヤツ? 今流行のー。」
「いや、ラブホテルをセイフティハウスにするのって流行ってないから、
 それに流行ってるのは隠れ家風飲み屋とかそういう類のもんだし。」

むー、なんかまちがったかなーとつぶやいて腕を組み、首を傾げるバゼット女史。

てゆうか、和んでる場合じゃねー。俺人質同然で連れてこられたんじゃねーか。
だいたい、そろそろ凛とルヴィアに差し入れしにいかにゃならない時間だし。

「で、なんですか、何が訊きたいんですか? ここまで来たら全部話しますから
 とっとと解放してください。俺このあと用事があるんですから。」
「決まってるでしょ、あんな剣呑なものどうやってつくったのよ。
 明らかに材質がヘンでしょ。まるで本物の宝具のようにも見えるし。」
「……なんで本物のゲイ・ボルクを知ってるんですか? 聖杯戦争の生き残りって、
 俺が知ってる中では生き残ったマスターって俺と凛と慎二だけなんですが。」
「あらあら、じゃあ、ランサーのもう一人のマスターってどうしたのかしらー。
 しんじゃったのかなー。だとしたら私悲しーな、私だし。」
「はぁ?」
「だから、私、ランサーの元マスターだってば。なに聞いてんのよ。」
「え、だってランサーのマスターって言峰綺礼……」
「……が私から令呪を奪ったのよ。私の腕を切り落としてね。
 あんときゃ酷い目にあったわよ。
 なんか乱暴な止血だけされて地下墓地に連れてかれてなんか生命力そのもの
 ちゅーちゅー吸われるしさ。お陰で私はフック船長かって感じだしー。」
「ん? でも、腕って、両方ともありますよね?」
「そりゃ義手の一つも作るでしょ。
 これだけの義手作るの大変だったんだから、
 殆ど一年がかりで封印指定の人形師探して頼み込んで作ってもらったんだから。
 ほらほら、継ぎ跡もないし、綺麗なもんでしょー?」
「あの、バゼットさん、お願いですからちゃんと服着て下さい。青少年には目の毒です。」
「んー。きがむいたらねー。いいからとっとと吐けー。さもなきゃ襲うぞ。」

目の前には、タオル一枚を躯に巻いて胸元に右手の人差し指を突っ込むバゼット女史。
そして俺は後ろ手に縛られて抵抗もなにもできなくベッドの真ん中に放り出されている。

そう、なんでかいきなりラブホテルに拉致された俺をベッドに放り込んで、
一人でシャワーを浴び、
風呂上がりのタオル一枚で俺を尋問するバゼット・フラガ・マクレミッツ。

年上の女性の色香に正直くらくら参ってます。
でも言動が藤ねぇだからまだ頭は冷静でいられますが。

「信じて貰えないかもしれないけど、あれ、投影した。」
「ええっ? 投影? 投影ってもっとこうー儚げなモンだよ。
 使ったら僕もう壊れますぅって感じの。
 あの槍見る限り、おらおらもっと突っ込め、もっと迅く、もっと強く、って感じじゃん。」
「いや、嘘じゃないから、なんなら今なんか投影しようか。といっても俺武器専門だけど。」
「んー、じゃあ、やってみなさいよー。そんなの見なきゃ信じられないし。」
「ああ、やるよ。」

俺は目をつぶった、無論、集中するためだ。

「…投影(トレース)、開始(オン)」

頭の中のアーカイブからこの場に適切な武器を探す、探す、探す……
決めた、これにしよう。

「…全工程投影完了(セット)」

「アゾット剣、そして――――干将、莫耶。」

俺の後ろ手に縛られているロープの上からアゾット剣を投影、そのまま下に突き刺す。

「いてっ!」

多少腕にも切り傷を作るが気にしない。
解放された両手でそのまま宙にある干将と莫耶をキャッチ。
ベッドから出口に駆け出す。

「逃がさないって、ば。」

素早く反応するバゼット女史。流石はランサーのマスターとして聖杯戦争に
参加することになった正規の魔術師。だが、状況が悪すぎた。

「バゼット、見えてるぞ。」
「ああっ!もう!」

慌てて前とかいろいろ隠すバゼット女史。
いやいや、恥じらいがあって良かった、無かったら俺が斬り殺さなければならなかった。
あんまり彼女が疾いんで手加減できそうに無かったから。

そして俺は彼女の前に剣を構え、決め台詞を吐いた。

「形勢逆転、かな? だから服着ろって言ったのに。」

俺は干将莫耶を両手に持ち待機姿勢、バゼット女史は裸で胸元を押さえしゃがみこんでいる。
この体勢で何とかされてしまうほど俺はヘタレではない。

「う、犯すの? 陵辱して殺すのね。いいわ、仕方ないもの…」
「ばーか、そんなことしないって。」

なにか、この期に及んでもバゼット女史は余裕があるというか、なんだか軽いノリだ。
全然深刻そうではない。

「じゃ、俺行く処があるからまた今度な。」
「あー。逃げるのかー?」
「俺、衛宮士郎。時計塔にいるから。」
「エミヤ・シロウ。覚えておくからねー。こんどあったら覚悟しなさいよー」
「貸し一つってことで覚えといてくれると助かる。犯して殺さなかった分な」
「あー、まてー! このー!」
「全裸で追いかけてこないでくれよな、俺、変態扱いされちゃうから。」

俺はダッシュで逃げた。というかダッシュで自宅に向かった、といった方が正解。

なにしろ忙しい、毛布を二組、夜食にサンドイッチとスープを二人前作る。
それから、凛には着替えだ。ブラウスとスカート、あと、下着。
凛のクローゼットを漁っているとなんだか変態さんになったみたいです。
皺にならないように丁寧に紙袋に入れると、準備完了。
流石にルヴィア嬢の分までは用意できないが、仕方有るまい、凛は彼女特権だ。

その後、二人分の毛布と夜食を持って工房に現れた俺の身体に残るバゼット女史の残り香に気づき、
「浮気?」
と訝る赤金のあくま達が居た。

折角来てやったのに何でおまえらそんなに鼻が効くんだと怒鳴りたいほどだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 2 おねえさん強襲

いつもの見慣れた朝だった。

いつもの通り、早朝訓練を行い、いつもの通り、凛にミルクを出してやった。
いつもの通り、弁当を作って凛に持たせ、いつもの通り、あの場所で別れた。

しかし、工房はいつもと違っていた。

これは、虎。じゃなくて、豹、なのだろうか。
朝っぱらからいきなり工房のド真ん中でえっへんと胸を張る、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

「おー、少年、やっときたなー。まってたよん。」

今日の講義、さぼって帰るか…

「おーい、いきなりシカトですかー? お姉さん悲しいなー。」
「………」

目を合わせちゃ駄目だ。あれは野生の獣、いや猛獣だ。
構ってくれると思ったら、過剰なスキンシップで急所を持っていかれる。

「こらー。無視すんなー。そんなことするとー。」
「……………………」

一瞬、背筋に厭な予感が走った。
こっちには幾度も修羅場をくぐった経験からか、未来予知にも似た直感がある。

咄嗟に、明後日の方向に転進、全力で走った。

「あーく・らいとにんぐ・でぃばいたー!」

キィィィィーーーーイイン
キュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーーン

工房から廊下にかけて、紫電が走る。
それはもう、圧倒的なまでの破壊力であちこち破壊しながら…

床は黒こげ、壁はずたずた、窓など枠から既に消滅。
調度品など……。ふっ。俺は払わねーから関係なし。

「だーーー。なにすんだこの凶暴おんなーーーーー。」

一気に庭まで駆け抜ける。
それを飛ぶように追ってきたバゼット女史。

「ハァハァ、あんたが、ハァハァ、無視する、ハァハァ、からでしょ、ハァハァ。」

俺が足を止めたので、彼女の方も足をとめ、息を整える。
ああ、この人、黙っていれば美人だし、服のセンスも完璧だし、モテると思うのに、
なんで口を開くとああかなぁ。折角の容姿が勿体ない。

「まったく、俺のささやかな学び舎になにすんだよ。
 無視したぐらいでAランク呪文バカバカつかうなよ……」
「お、今の呪文をAランクと看破したか、うむ、優秀優秀。」

うんうんとご満悦な様子のバゼット女史。
なんか調子狂う。一昨日は命のやりとりまでしたのに、いや、
あれは一方的に殺されそうになっただけだが、何故か憎めない。
やっぱり虎ねぇ、いや藤ねぇそっくりの無手勝流が憎めないという処なのか?

「で、今日はいったいなんなんだよ、バゼットねぇ。俺には用はないぞ。」
「バゼットねぇ? うむ、よしよし、私とシロウの仲だ、特別にそう呼ばせてあげよう。」

にひゃにひゃと笑うバゼット女史。
しまった、つい口に出てしまった。あまりにも藤ねぇそっくりだったから。

「でさ、これなんだけど……」

一昨日、俺が置いていったゲイ・ボルクとアゾット剣。
律儀に袱紗にしまって持ってきてくれたのか。

「……投影から一日以上経つのに消えないってどういうこと?」
「俺が天才だから。」

断言。だって、そうとしかいえない。
固有結界とか出生の謎とかまで迫って説明すれば少しは説得力あるだろうけど、
それだって推測でしかないわけだし。

「かー。言い切っちゃったよ、この子。うんうん、痛快痛快。」

なぜか納得してる。いや、そこは怒るところだと思うぞ、一般的には、
なんか妙におつむのネジがゆるんでいるというか、そういう処が藤ねぇそっくり。
そうか、単純に藤ねぇ気質だから憎めないだけなんだ。納得。

「……なんて、いうとおもうかー!(怒」

咄嗟に耳を塞いでおいてよかった。
この人の場合、一瞬遅れて突っ込みが来るってことは一昨日でよく分かったし、
対処も容易だ。

「だって、それしかいえないよ? 俺だってなぜ俺の投影だけ永続的に残るのか分からねえもん。」
「だってさ、普通の投影術だと、
 世界が躍起になってその存在を亡き者にするスナイパー派遣って感じで、
 投影された儚いヤツなんて、それこそ数時間以内にバキューンてなもんよ?」

この人はなんでか不思議な擬人化をして話をしてくるので、
わかりやすいんだか分かりにくいんだか。
しかも擬音や台詞まで付いてくる。
なんだか不思議なワンダーランドにつれてかれたみたいです。
おそるべしバゼット・ワールド

「そんなこと知ってる。投影術なんてとっくにグランドマスターだし。」
「ふーん、そうなんだ。たしか時計塔来て一ヶ月も経ってないよね、優秀なんだー。」
「疑問解けたろ、てゆうか疑問は解けないって納得したろ。もう解放してくれ、
 こんなとこ凛に見られたらなんて言われるかわからん。」
「えー、まだだよー。実は本題はそこじゃないのでしたー。」

またえっへんと胸をはるバゼット女史。
本題があるなら先に言え、欧米人らしくないぞ、その冗長さは。

「てゆうかさ、なんというか、私、避けられてる?」
「なにを言ってる、いきなり命狙ってきた相手に懐くとでもおもうのか?」
「がーん、私がこんなにシロウちゃんを愛してるのにシロウちゃんはそうじゃないんだー。」

バゼット女史はおれの腕をつかんで胸に押しつけるように急接近してきた。
まあ、おれは気にしないけど。

「バゼットねぇの愛してるは、ライオンがシマウマを愛してるというのと同義だろ、
 それは愛というより捕食という関係だ馬鹿。」
「あー、年上の妖艶な女性に馬鹿なんて言葉つかっちゃいけないんだぞー。」
「身のすくむような女性? ああ、そうかもしれないねー。」
「……あんたわざと"fascinate"の意味間違えたでしょ?」
「で、本題はなんだよ。聞くだけなら聞いてやるから早く話せ、ついでにその手も離せ。」
「えー、胸押しつけられてどきどきしちゃった、少年?」
「しねぇ、これが可憐な女の子ならどきどきするけどアンタの性格じゃただの物体だ、
 そんなの。……俺はしねぇけど人目があるんだここは。」
「そっか、本命の居るシロウちゃんには有らぬ噂が立っちゃこまるもんねー。」

といってバゼット女史は案外素直に俺を解放してくれた。
やっぱりさばさばしすぎでこれじゃ彼氏もいないんだろうな、とちょっと同情した。

「で、貴方に二つの選択肢をあげるは、どちらかを選びなさい。
 ひとつ、このまま封印指定を受けて一生幽閉される。
 ふたつ、私の左腕が馴染むまで私の助手としてしばらくバイトをする。
 さあどっち?」
「あー、悪い、話すっ飛ばしすぎてねぇか? 何で俺が封印指定うけるのか説明してほしいんだが。
 それから、バゼットねぇの助手ってなんだよ、俺バゼットねぇの仕事って知らないし。」
「あれ? ……んー。……話してなかったっけ?」
「ねぇよ。もう、しっかりしてくれ、これ以上年上の女性の幻想を青少年から奪わないでくれ。」
「あのね、この剣といい槍といい、世界の自己修復力を遙かに超えて存在を主張する投影物って、
 これはプチ固有結界とでも言うべき存在なの。あー、空想具現化がちかいかなー。
 とにかくこれは有る意味、無から有の創造、つまり立派に魔法の産物なわけよ。
 念のため24時間経過をみたんだけど、いっこうに存在力の低下がみられない。
 これはそう判断するしかないわけよ。というのが封印指定の理由。おっけ?」
「そうなのか、その話は初めて聞いた。道理で凛が必死で隠せって言ったわけだよな。」
「あら、その凛って娘も共犯者? やばいなー、それは。」
「げっ。その、バゼットねぇ、今の話は無かったことに。頼む。」
「まあいいわ、どうせ貴方が捕まったらその身辺全部調べられるんだから。
 貴方が話そうが隠そうが関係ないわよ。
 で、私の仕事だけど、魔術協会のエグゼキュター。魔術協会版正義の味方ってトコ。」

あ、そうですか、正義の味方ですか……
てかあんたは俺の正義の味方幻想まで突き崩す気かー。

しかし、こうも見事な二択だともう選ぶ方なんて決まったようなモンじゃないか。

「んー、じゃあ、第三の選択肢、あんたを殺してバックレるって手を使ったらどうなるんだ?
 もちろんそんなことはしないけど。」
「私が死んだら自動的に私の日記が読まれることになってるわ、で、
 私は昨日日記に昨日までの経過を全てかいてきちゃいました。私が死んでも追求は止まない。」
「あーわかった、そんなことだろうと思ったよ。実質選択肢は無いってことだろ、選択肢2を採用。」
「分かればよろしい。てゆうか、これは貴方をなんとか無傷で保護するために私が一晩考えた、
 救いの道なんだからね、選ばなきゃ罰が当たるってもんだわ。もちろん罰を当てるのは私。」
「ところで、俺がその選択肢2を取った場合、封印指定の話はどうなるんだ?チャラ?」
「んー良いように取りはからうわよ。私の協力者ということでまあ、チャラかな。
 上司と相談してみるけど、最悪は報告を上げないで秘密、て感じかな。」
「ああ、了解、それはそれで仕方ないもんな。で、この槍と剣は返してくれるのか?」
「まさか、どうせ槍なんてシロウには使えないんでしょ?だったら私が使ってあげるわよ。
 それから、アゾット剣は押収ね。」
「んげ、俺のバイト料は何処いっちゃうんだよ。元から売るつもりのもの押収するのかよ。」
「あら、そんなにお金に困ってたんだ? 苦学生なのね……じゃあ、とりあえず支度金。」

50£の札束をごろりとバックから取り出すバゼット女史。日本円で100万円ほどか。

「いや、そんなに要らないって、槍なんてこの十分の一位だろう?」
「馬鹿いってんじゃないわよ。貴方がいままでどんなモノ投影してきたか知らないけど、
 これは歴とした魔装具なのよ。ホントはこんなもんじゃ効かないと思うわ。
 あと、勘違いしないでね、これは貴方の支度金で、槍は押収。アンダスタン?」
「あー。分かった。」
「じゃ、取引も成立した事だし、ここで一つ試し撃ちでもしてみよっか。」
「え、なんの?」
「だから、シロウちゃんの作ったゲイ・ボルクの。」
「え? ここで? 誰に?」
「ん、その辺の木とかだめ?」
「ばばばば、馬鹿言うな。"死棘の槍"だぞ、対人必殺兵器だぞ、
 そんなもん目標も無しにぶっ放したら誰殺すか分かんないじゃないか。」
「あ、そうなんだ、私よりこれのこと良く知ってるねー。でなんなのそれ。」
「まともに動作したら、って前提だけど、
 これは因果逆転で必ず狙った者の心臓を穿つんだ。
 まず心臓を穿ったという結果から槍の軌跡が決定されるから、絶対当たる。」
「なるほどー。じゃあ使い手の技量は関係ないのね? どこ放っても当たるんでしょ?」
「ああ、俺が見たそれはそういう性質のものだった。
 だから、みだりに試し撃ちなんてしないでくれ。」
「ううう、わかったよう。周りに人がいなかったら、
 自分の心臓に刺さってたかもしんないのね。コレ」

というわけで、俺は半ば強引にバゼット・フラガ・マクレミッツの助手として、
魔術協会の助手を務めなければならなくなったのである。

ああ、神様、何故ゆえ俺の周りには猫科の猛獣のような女達があまた集う
ようになっているんでしょうか。

5: Sylpeed (2004/03/16 06:23:01)http://sylph.kir.jp/

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−2 恋模様 曇り時々雨、そしてタイフーン

section 4 いとしさとせつなさとこころづよさと


一葉の写真。携帯の写真をプリンターで印刷しただけのもので酷くぼやけている写真。
そこにはラブホテルの入り口と、士郎、
そして士郎に寄り添う金髪ショートヘアの美人が写り込んでいた。

こんなくだらないモノ、と思う。
でもそれは、私が工房に泊まり込んだ日でもあるので、複雑である。
嫉妬は嫌い。自分のイメージしている颯爽とした自分でなくなるから。
でも、こんなもの見せられて平気ではいられない。
だから、さすがにこれは士郎の釈明を聞くべきだと思うのだ。

「で、これはどういう事? 事情説明を要求するわ。」
「あう。」

あちゃー、と頭を抱える士郎。
捨てられた子犬のような目でこちらを伺う。
莫迦ね、あとで困るなら最初からしなければいいのに。
あまりにも士郎の困った仕草が愛らしかったので全てを許す気にもなったが、
こういう時に甘やかすと一生苦労させられそうなのでここは心を鬼にして、
問いただすのを止めないことにした。

「だまっていてはわかりませんわ、ミスタシロウ。」

イヤミったらしっくルヴィアゼリッタのような口調で詰問する。
あなた最近ルヴィアとも仲いいでしょ。

「えと、これはだな、決して浮気とかではなくて、むしろ命を狙われてたというかだな。」
「へぇ? 命の取り合いをラブホテルでしたとでも言うのかしら衛宮くんは?」
「いや、取り合いっていうほど激しい訳じゃなかったけどな。」
「じゃあ、この女とラブホテルに入った事は肯定するのね。」

私の目がすっと細くなる。自分でも分かる、これは猛禽が獲物を見つけたときの目。

「そうです…説得力ないかもしれないけど誓ってエッチなことはしてないぞ。」
「じゃあどこまでしたのよ? キスまで? それとも胸とか足とかさわったの?
 それとも口でして貰った?」

あ、私、冷静じゃなくなってる。やばい、噴火しそう…

「あー、凛、おちついてな、冷静に冷静に。」

だめだ、言葉にすると、壊れる。だから、黙っているのだ。
わたしは、ソファにあるクッションに顔を埋めてコロンとそのまま横になった。

「もうだめ、なにも聞き返さないから、話つづけて!」

と、やっとの事でそれだけを言った。

「ごめんな、俺、遠坂のことが好きなのに、
 なんでいつも遠坂を困らせたり怒らせたりするんだろうな……
 はじめから、分かるように話すよ。ちょっと長くなるけど……」

士郎はそう言うと、ソファのほうに近づいてきた。
そして、私の上体を立たせ、士郎の背中に私の背中を預けた。

「あ……」
「うん、去年の二月十一日の夜と同じ体勢。俺が初めて凛を好きだって言った夜と同じ。」

そうして、士郎は、魔装具を投影したこと、バゼット・フラガ・マクレミッツと逢ったこと、
ホテルに連れて行かれて脱出してきたこと、そのあとバゼットの手伝いをしなければ
ならなくなったことを、ゆっくり話してくれた。

「士郎のばか、粗忽者、女たらし、もう、艶福家ー。
 なんでいつもそうなるのよ。いつでもどこでも女の子に気に入られてー。時間裂いてー。
 わたしとの時間どんどん少なくなちゃうのにー。」
「それを言われると、ごめん、としか言いようがない。」
「わたしとの時間が少なくなるんだから、今までよりたくさん愛してよね。」
「……凛、それって……」
「そ、そういう意味じゃないの。たくさんエッチしてってことじゃないくて。」
「……ごめん、そっちの誤解をしてました。」
「でしょ。そういう誤解を生みそうな発言だったから、自分でも……」
「えーっと、あのな、凛、それって今までよりずっと濃度の濃い時間を過ごそうって、
 ことだよな。」
「うん。……さっきからそう言ってるでしょ。この、あんぽんたん」
「う……そんなにやさしく罵倒されたのは初めてかもしんない…」
「もう、やさしくなんてしてないもん。」
「うん、決めた、凛、これからデートしよう。」

なぜか突然変なことを言い出す士郎。
だって、デートって、この時間ではお店なんてお酒飲むところしかやってないのに……。

「お店の有無なんて関係ない、昔、よく歩いたじゃないか、夜の冬木市を。だから、行こう。」


そして、私達は夜の倫敦で、一杯歩いて、一杯話して、そして、一杯愛した―――――




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 5 呪詛のゆくえ

「どうすんだよこれ…」
「ゴメン、私のミスだ。こうなったらアトラスでも埋葬機関でも方々
 手を尽くして呪詛の解き方調べてくるから、シロウはこれから誰にも会っちゃ駄目よ。」
「……困った、俺が帰らないと、遠坂を泣かしてしまう……」
「そうね、あの娘、最近、重度のシロウ依存症だものね。」
「そんな言い方はないだろ? 人を愛することがそんなに悪いことか?」
「驚いた、貴方も重度の凛ちゃん依存症なのね。ま、同棲が始まって今が一番甘い時期よね。
 それは仕方ないかもしれないけど、
 いつまでもそれではモノの役に立たないから早めに立ち直ってね。」
「バゼットねぇ、なんだか口調がちがくないか?」
「あははー、だってシロウがシリアスなんだもん。合わせないとと思ってー。」
「呪われてまでのほほんとできるかよぅ………これでも落ち込んでるんだ、自分のミスに。」
「むー、だからあれば私のミスだって、呪詛の存在に気づいていたのにシロウに話さなかったんだから。
 その、シロウの力を正直侮っていたのよ、私。シロウがあんな攻撃が出来ると思わなかったから。」

ごめんねシロウちゃん、なんて平謝りされるとこっちが恐縮してしまう。
だって、俺はまだ「無限の剣製」の存在をおくびにも出していないのだから。

「……誰にも逢わないでって言ったのは、この呪詛が非常にえげつないものだからなの。」

バゼット女史が、淡々と話し始める。

「これは、貴方が深く愛している人間ほど深く傷つけるものなの。しかも、貴方自身の魔力を使って。」
「な、ちょっと待ってくれ、それって、俺とパスがつながっている人間の魔力はどうなるんだ?」
「同じことよ、もちろん呪いが自由に出来る魔力なんて本人の全魔力の十分の一程度だけど、
 パスがつながっているならその相手の十分の一も持って行かれるわ。」
「あ、俺、迂闊すぎた。バゼットねぇ。パスの切り方、教えてくれ。」
「えぇ? パス通じてるの、貴方と凛ちゃん。…やるわね、おませさん。」
「だー、早く教えろ。」
「ある種の相互契約だからね、一方的に切ることはできないわ。
 地中に掘ったトンネルみたいなモノだから、一度通ると穴ふさぎをするのはかなり大変よ。
 時間がかかるわ。」
「………わかった。じゃあ、勝手にやる。投影(トレース)開始(オン)」
「ちょっとなにいきなり投影する気なの。」
「ちょっとな。」

俺は目を閉じ、あの七色に輝くねじくれた剣を鍛錬する。

「投影完了(セット)――破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)」

ルール・ブレイカーを見たバゼットねぇは目をぱちくりさせた。

「シロウちゃん、本気で聞くけど、貴方、何者?」
「……俺にもわかんないよ、そんなの。
 だから、こう答えるようにしてるのさ、……只の、正義の味方。」
「もう、かっこつけちゃって、本気で惚れちゃうぞー。もう。」
「……頼む、俺凛とルヴィア嬢のことでいっぱいいっぱいなんだから、これ以上混乱させないでほしい。」
「あら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトとも恋人関係? 二股はいけないのよー。」
「向こうはからかってるつもりだと思うけどね。………悪い、ちょっと凛に電話するから、
 席を外してくれないか?」
「なによぉ、私が居ちゃ話し辛いことでも話すの?」
「うん、いっぱい。」
「わかったわよお、シロウちゃんのイケズ。」

バゼット嬢はしぶしぶ席を外してくれた。俺の周りにいる女性で一番素直で助かる。
一番素直なのが一番恋愛対象から遠いというのは俺の人生、選択を誤っただろうかと
思うときもある。

携帯で自宅に電話する。
『はい、遠坂です。』


よかった、居てくれた。

「もしもし、俺、士郎だけど。」
『士郎、こんな時間まで何してるのよ。』
「ゴメン、封印指定の魔術師に遅れをとって、呪われた。」
『なんですってぇぇ! なにやってんのよ、いまどこ? すぐ行くから。』
「悪い、この呪詛、質が悪いらしくて、おまえが近づくと危険なんだ。」
『だからなんでそういうの、一人で全部背負いこもうとするのよ、いいわよ、
 一緒に呪われてあげるわよ、何処にいるの?』
「駄目だ、下手をすれば、死ぬ。言ったろ、質が悪いって、だから、聞いてくれ。」
『うん。なに?』
「呪詛は俺の魔力の一部を活力源にしてる、そしてパスが通っている凛もその対象になる」
『うわ、質悪う。』
「だから、これから俺の魔力を目一杯凛に送る。それから、ルールブレイカーでパスを切る。」
『……そうするしかないみたいね、分かった。』
「ちょっと乱暴かもしれないけど、耐えてくれ。」
『なにいってんのよ、こんな時まで私の心配しないでよ。
 ……いつも言ってるでしょ、私、衛宮君が望むならどんな陵辱でも耐えてみせるって。
 あれ、かなり本気よ、私。』
「すまん、いまから送る。」

俺の現在の魔力貯蔵量は100前後。凛が500で凛の限界が1000程度だから、
全部送ってしまっても凛の中でパンクすることはない。
俺の限界は300程度だから、その逆だと俺がパンクする。
情けないがこれが才能の差だろう。

「同調(トリガー)開始(オン)」

魔力回路を開く。凛とのパスを探し、そこに魔力を注ぎ込む…

『ん…。士郎の、熱い。』

まずい、呪いで魔力が乱れる。奔流のように凛とのパスに殺到する魔力。
幸い、パスは魔力の形しか通さないから呪いだけこちらにとどまるはずだ。

『くっ、士郎、そんなに一気に来ないで……』
「ごめん、呪いでこっちもぐちゃぐちゃなんだ、制御できない。」
『あっ、はぅ、く、ひっ。』
「凛、これで最後だ。」
『はぁはぁ、もう来なくなったけど、はぁはぁ、これで全部?』
「ああ、じゃあ、パスを切るぞ。痛いかもしれないけど、覚悟しとけな。」
『大丈夫よ、魔術師は痛みに慣れてるから。』
「うん、じゃあ、行く。……"破戒すべき全ての符"、起動。」
『ちょっとそんなのでパス切るの? なんか他のモノとか一緒に切れちゃうんじゃないの?』
「背に腹はかえられない、いくぞ。」

おれは、"破戒すべき全ての符"を自分の胸に突き刺した。
刃は半分魔力半分金属、するっと体内まで入っていった。そこら中の魔力的なものや、
神経回線をすべてぶちぶちと千切りながら、パスのイメージが眠る心臓のまで一直線に進む。

「う、ぐっ。いっっっっ。」
『ちょっと士郎、貴方、大丈夫なの?』
「ああ、大丈夫だ。パス、切れたか?」
『うん、そっちでも解る?なんか、空っぽの跡だけ残ってる…』
「ああ、そうだな、なんか、胸が空っぽだ…」

俺と、凛とのつながりが切れたのを確認すると、俺は刃を戻した。
気色悪い。自分で創り出しておきながらなんていう禍々しい剣なんだろう。
あげくに、実はちょっとだけ期待していた呪詛の解除は出来なかったし。
「散!」
おれは"破戒すべき全ての符"の全てを否定し、存在を無に還した。

『……お疲れさま、これで帰ってこれるんでしょ?』
「そうも行かないみたいだ、何が起こるかわからないから、
 呪が解けるか安全だと分かるまで帰れない。」
『そんな……!』
「ごめんな、定期的に連絡だけはするから、じゃあ、切るな。」
『ちょっと士郎、ねぇ……』プッ。
「ゴメン凛、ちょっと休ませてくれよ……」

そして俺は泥のような睡魔の中に沈んでいった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 6 涙

バゼット・フラガ・マクレミッツから連絡があった。
エミヤシロウが呪われたので、解呪するまで、誰にも逢わせられない、のだそうだ。

いきなりバゼット女史から連絡があったのも驚きなら、
いきなり呪われる羽目になった士郎というのも、なんでそんな、という驚きがある。
まあ、確かに、バゼット女史がシロウに近づいていたという情報はこちらにも届いているが、
まさか、あのAクラスの執行者、バゼット女史が投影と強化しかできないエミヤシロウを助手
にする理由が無いと思っていた。
だが、実際に、バゼットと同行したシロウは、バゼットの代わりをするように
呪われてしまったというのだ。
流石は私の認めた名執事ぶりという処だが、なんでよりによってその真価を他人の処で発揮するのか。

私は、私の従僕を勝手に取るな女狐め、とバゼット女史をちょっと恨んだ。

まあ、シロウのことは仕方がない、お気に入りだけれども、可愛い弟のような存在なのだけれども。
バゼット女史に任せておけば良いようにしてくれるだろう。

しかし、私の本命はあくまでミストオサカ。
あの才能、あの実力、決して侮るべき存在ではない、気迫という面では私をも凌駕するだろう。
事実、私はあの娘をライバルと認め、お互いに切磋琢磨していた。
勝ち誇る彼女の態度が心底悔しくて、キレてかぶった猫をどっかにやってしまうことも少なくない。

だがしかし、あんなに綺麗で可愛い娘も居ないわけで、なんとかモノにしたいと常々考えている。
魔術師としてはライバル、人としては恋人。そんな関係になれれば最高。
そういう意味では、今のシロウとリンの関係はまさしく私の望む最高のパートナーシップなわけで、
あの弟のようなシロウに嫉妬することもしばしばある。

「これはチャンスかもしれませんわね……」

そう、シロウが居ない今、ミストオサカを誰が支えてやるというのだ。
私しか居るまい。

"魔術師として大成するには、一つ位はままならないモノが有った方が良い"

とは太祖ゼルレッチの言葉だが、以前の私と今の私を比べると、太祖の言うとおりだなと、
強く感じるのだ。




「ごきげんよう、ミストオサカ……今日は元気がありませんのね?」
「ごきげんよう、ミスルヴィアゼリッタ。そんなことはございませんのよ。普段通りですわ。」

私はミストオサカに耳打ちする

「やはりミスタシロウに抱いて貰わないと寂しいのかしら?」

いきなり顔を紅潮させるミストオサカ。
図星か、まあこと恋愛に関しては彼女は分かりやすい。

「あらいやですわ、ミスルヴィアゼリッタ、肉体よりも精神の結びつきを重視するのは
 魔術師としての本能のようなものですし、きちんと士郎とは毎日お話ししていますのよ。
 このようなことになってから士郎はより細やかに私に接するようになってきておりますし、
 毎日が充実しておりますのよ。怪我の功名と言うべきでしょうね。」

あら、言うわね。でも、いっぱいいっぱいの虚勢ね。
泣かせちゃおうかな、ふふ。

「……でも、逢えなくて寂しいんでしょ、いいのよ、私の前でまでそんな虚勢をお張りにならなくても、
 愛する人と触れあえなくて寂しくなるのは生き物として当たり前のことですもの。」

私は、優しくミストオサカの頭に手をやり、流れる漆黒の黒髪を撫でてあげた。

「!……」

咄嗟に顔に手をやるミストオサカ。目尻が潤んでいる。
ああ、ミストオサカのこんな可憐な表情がみれて、倖せ。

が、敵もさるもの、このような隙を見せるのは一瞬だ。

「いいえ、別れるまえに士郎にはパスを通じて魔力をいっぱい頂きましたの。
 今でも士郎の魔力がこの身に渦巻いて、咽せてしまうほど士郎の存在を身近に感じますの。
 寂しいなんてとんでもありませんわ。」

流れる黒髪を掻き上げ、平気よ、という仕草をするミストオサカ。
よっぽど私に同情されるのが腹に据えかねるのだろう。
でも、目尻の宝石、一粒の涙はちゃんと寂しいと私に伝えてきていてよ。

私はミストオサカの肩に手をやると、目尻に唇を近づけて、そっと涙に触れた。

「お莫迦さん、目尻に涙をためてそんなこと言っても、説得力なんてありませんのに。
 ……そこまで、強くあることはありませんのに。強情すぎると倖せが逃げてしまいますのよ。」

一瞬、ミストオサカの顔が歪む、泣き崩れるかとおもったが。顔を両手で隠し、
そのまま走り去ってしまった。
あ、やりすぎたかな。

今朝は私の勝ちね。勝利の余韻に免じて追い打ちはしないであげるから、
感謝しなさい。

優しさはミストオサカの殻を壊す。

私はシロウからさんざんのろけ話を聞かされて居る。
ミストオサカをシロウがどうやって泣かせたか、なんてことも当然私の頭にはインプットされている。
どんなに直球で虐めても、そういうプレッシャーには彼女は耐えられる。
彼女の兄弟子がそういう人となりだったから。

だが、人に優しくされることに慣れていない。
十年前の第四次聖杯戦争の頃に父を失い、ずっと一人で気丈に頑張ってきた少女が、
誰にも弱みを見せなかった少女が、いったい誰に優しくされるというのだ。

だから、私は、たくさん優しくしてあげて、たくさん泣かせてあげるのだ。

6: Sylpeed (2004/03/16 06:23:29)http://sylph.kir.jp/

再び中書き

まだ終わりません。(涙)

今回はバゼット女史が登場です。
キャラが登場するたびに話の進行が遅れるもんだから、ついに3話目は
もう一章必要になってしまいました。

もう皆さん気づいているかと思いますが、今回は徹底的に凛が虐めに遭います。
虐められて落ち込んだところが今回の3−2。
さあ次回はどのようにはっちゃけてくれるんでしょうか遠坂嬢。

ルヴィア嬢と違ってバゼット女史は楽でした。ほぼノーリテイクでサクサク原稿が
上がりました。
もう、これは自動書記かって勢いでした。
いや、もっと大人びて素敵な女性かと思ったんですが書いてみたら藤○ぇでした。
すいません、これは暴走したしるふワールドということで勘弁してください。
さてさて、ルヴィア嬢ですが、あんたはレ○でサ●ですか?
これもお詫びしなければなりません。キャラを膨らますときに、他の方のSS読んで、
それと同じじゃおもしろく無かろうという事で、(単に負けず嫌いとも言う)こんな
解釈になってしまいました。

「あらミストオサカ、お金に困っているのならワタクシ付きのメイドにしてあげても
よろしくてよ四番街のしみったれた悪趣味カフェのウェイトレス一年分の月給は保証
しますわオホホああそういっておきますけれどわりと本気ですから明日朝一で編入届
けを出してきなさいね?」

上記の台詞から私が妄想を膨らますと、○ズになってしまうんですね。脳みそ腐ってます。すいません。

あと、本編でウソを書きました。
「イーヴァルディの息子達が鍛えた槍。」はゲイボルクではなくグングニルです。
資料が見つからなかったので、ついノリだけで書きました。これもお詫びです。
信じると恥かきますのでご注意を。

補足ですが、ルールブレイカー。
こいつを使うと何でも解除、と思われているようですが、こいつは"契約"しか解除しないようです。
本編を見ても、ルールブレイカーで解除できたのは令呪による契約と、
ア○○○ユと桜の契約だけで、聖杯と英霊の関係や、桜の聖杯の端末としての機能はそのままでした。
という訳で、このSSではルールブレイカーではパスしか破壊できなかった、という設定で進めています。

というわけで、次回はいよいよ大団円ということで、がんばります。


■お詫びのいんたーみっしょん

以下は衛宮士郎性格描写用準備原稿です。
フマクトとか言ってますが気にしないように(苦笑)


正義の味方に憧れていた。
ただ、ひたすらに、ただ、飢えるように、ただ、我武者羅に。
正義の味方にならずば、此の身、砕けんばかりに。
正義の味方になれれば、此の身、朽ち果てようとも。

それが、切嗣という司祭の下、俺という者が神に誓約した、誓い。

「フマクトという神様が居てね、剣の神様なんだけど、誇り高き戦いと、
戦いによる死を最上のモノとする神様なんだ。その神様の代行者は、
フマクトの剣といって、己の剣を真の剣とすることが出来る魔法が使えるんだ。
そしてぼくは、セ■■■という、たった一つの、真の剣を手に入れたんだ。」

切嗣は、そして僕は、戦いによる死が与えられんだ。本望だよ、と。
にっこり笑って言っていた。

ギアス
誓約

それを施した者は、誓った内容を果たす為に力を尽くしたときには神の加護が与えられるが、
その誓いを破ろうとすると呪われる。

ああ、それは、令呪に近い。
但し、マスターと呼ばれる他者からではなく、自分が自分に対して執行できる、呪だ。

何の気まぐれか、切嗣は、俺に、その誓約を思い出さないように封印を掛けた。
それを思い出そうとすると、途端に気分が悪くなる呪いだ。
だから、その事について深く思い出す事はなかった。

でも、ついこの間だ。遠坂から貰った呪い避けの宝石。
これを使って、やっと、思い出したんだ。

「正義を為す者たれ、あるいは、助けよ。其を為すことによって、汝は力と誇り高き死を与えられん。」

ああ、余りにも、非道い誓いだ。
でも、その神様はこんな誓いしかできないんだ。とっても力があるのに、とっても不器用な神様。

切嗣はコレを俺に思い出させたくなかったのかもしれない。
だからきっと、俺に封印を掛けたんだ。

現代日本でこんな誓いが役に立つことなんて皆無だし、誓いを実行すれば死が与えられるんだ。
こんな理不尽な誓いが――――――



――――――俺の、たった一つの、誓いだった。

7: Sylpeed (2004/03/20 23:16:17)http://sylph.kir.jp/

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−3 恋模様 雨のち……

section 1 状況整理

さっきは最悪だった。よりにもよってミスルヴィアゼリッタに優しくされて、
ほろりと来てしまったのだ。
ああ、彼女の質は良く承知している。
ああ言って、私が崩れる処を見て楽しむのだ。

そして、分かっていてもどうにもならない位、私の本性は優しさに飢えている。

昼休み。
いつものベンチは不味い。あんな処で昼食を摂ろうものなら、
士郎を思い出してまた泣いてしまう。
しかも丁度いいタイミングでミスルヴィアゼリッタが現れて、
また優しくしてくるのだ。
そんな展開には我慢ならない。

誰かに見つかって慰められるのはもう沢山だ。私は私と士郎のために一人っきりで、
邪魔の入らないところで存分に泣くのだ。

「Es ist gros(軽量), Es ist klein (重圧) Fliegen zu d Himmel(飛翔).」

私はトン、トンと身も軽く、塔の上に跳躍する。
多少スカートの中が見えた処で知ったことか。今はこの場から離れることを優先する。

誰も居ない無人の塔、ラプンツェル塔
ここは、女性専用の幽閉塔。今は住人は居ない。

窓からこっそり進入し、部屋の片隅に座る。

この身には士郎の魔力。士郎が送ってきた魔力の一部は圧縮され、それを解凍すると
士郎の受けた呪いの概要が記されていた。

あいつ、こういう芸当うまくなったわよね。
以前透視した画像情報を送ってきた時も吃驚したけど、今度は魔力で圧縮通信だ。

電子機器全般が苦手な私には想像もつかないやり方だ。
いや、普通には使えるんだ、問題は機械のほうが受け付けてくれないというか、
機械に嫌われてるというか、多分そんな感じ。

その呪詛は、何がえげつないって、呪われた本人が他人が愛する度合いに応じて、
そして呪われた本人が強い魔力を持っていれば居るほど強く作動する自動殺戮装置。

呪いの本質は、心の隙をついて愛を壊す幻想を植え付ける――――

呪いの表層的な攻撃を凌いでいる間に、そっとやって来る本質は、
身体を傷つける目的ではなくあくまで対象者の心を傷つけるモノ。

なんという、卑怯かつ破廉恥な呪詛であろう。この呪詛のアーキタイプを編んだヤツ。
間違いなく独り者ね。

もぐもぐと、朝用意してきたサンドイッチをほおばりながら分析を進める。
うう、やっぱり一人で食べても美味しくない。

高校二年の頃まではそれが日課だったのに、今ではこんなに味気ないなんて……。

表層的な攻撃なんてなんとでもなる。
でも、その後ろのヤツはどうかなぁ、と自問する。

正直なところ、ここ最近の騒ぎで、自分の強さに対する自信が揺らいで来ている。
というより、自分の弱点を発見したという方が正解かもしれない。

何にしても私を遠ざけた士郎は正解かもしれない。わたしだって対策無しに
これをやられたらやばかっただろう。攻める処が心、なんてあまりにも陋劣だ。

でも、このまま状況が変わるの座して待つなんで私らしくないし、
そんなつもりも毛頭無い。

………ああ、だからか、私の性格上、いくら遠ざけても結局は探し当てられると
士郎は知っていたからわざわざこんなことしたんだ。
状況が分かっていれば私は有効な対策も無しに不用意なことはしない、と、
士郎は知っているから。

そうと決まったらぼやぼやしていられないわね。
士郎の呪詛を解く方法を探し出して、そのあと士郎を捜す。
探し出して解呪して、頭の一発も殴ってやらなければ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 2 助力

ミストオサカが立ち直った。
午前中は、なんだかうかない顔をして講義を受けていたのだが、
お昼に行方を眩ましたと思ったら午後には立ち直っていた。
いえ、立ち直ったなんて生やさしいもんじゃない。
あれは、鬼気迫る勢いというか、気力横溢というか、普段より更に高いテンション
になっている。
いったい何が起こったのだろう?
落ち込みすぎて反転してしまったのだろうか。

確か、中国だか日本にだかにそんな工芸品があったな、不倒翁とか達磨とか言って
強く押すとすぐ戻ってくる。絶対に倒れたままではいないという玩具。

落ち込んでいたのはわずか数日、あそこまで見事に立ち直られると、支えてやろうとか、
優しくしてやろうとか、
ついでにちょっと突いて打たれ強くしてやろうなんて考えていた私が莫迦に見えてくる。
全然杞憂だったわけだ。

そして、全コマ講義が終わる。
終わると同時にミストオサカが歩いてくる。満面の笑顔を浮かべて。

来た、私にやっかいなことを頼むという顔だ。
……だいたい想像は付くけど。

「ミスルヴィアゼリッタ。」
「……なにかしら?」
「今朝は激励頂いてどうもありがとう。お陰ですっかり立ち直れましたわ。」

これはよくも虐めてくれたわねという意味だ。
この娘、人が優しくしてやっているというのに何言ってやがる。
……言ってはいないのか。

……いかんいかん、私としたことが、少々冷静さを欠いていたようだ。

「あら、それは良かったわ。ミストオサカ、
 貴方に悄然とされるとこちらも調子が狂いますのよ。
 早めに立ち直って頂いて私も一安心というところですわ。」
「激励いただいたついでに、少々手伝って頂きたいことが出来ました、
 乗りかかった船ですもの、これもご支援いただけますわよね。
 まさか自信が無いなんてことは仰らないとは思いますけども。」
「ご支援? 詰まらない意地を張るのはお止めになったら、
 素直に私に全部お願いすれば万事解決して差し上げますわよオホホホ。」
「その言葉、忘れないで頂きたいですわね、ウフフフ。」

……ああ、やってしまいました。いつもの意地の張り合いで、
なにを手伝うかさえ聞かずにOKを出してしまった。

まあ、士郎の事を助ける手伝いなら最初からする気だったので、
別に構いはしないのだけれども。

「さて、ここからが本題よルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。」
「士郎を助けるために解呪の方法を探す、ですわね。
 で、私には何の仕事を振って下さるの?」
「アトラス院の外典を、どうせ時計塔には士郎の呪いの解除方法は無いと思うし。」

アトラスの外典なんて、簡単にいってくれるけど、それを持ち出すのが、
どれほど大変なのかこの娘知ってるのだろうか、
まあ、ウチには写本で全巻そろってるからいいのだけれど。

「キーワードは?」
「アガペのリバースコンバート、不和の女神の贈り物。呪詛の本質は、心の隙をついて、
 愛を壊す幻想を植え付ける、という効果。こんなもんかしら。」
「了解、で、貴方はどうするの?」
「カンタベリー修道院に行ってみる、伝手もあるし。」
「そこはもう廃墟でしょ、観光客しか居ないんじゃないの?」
「表向きはそうね、でも、埋葬機関の支部が隠してある。
 ……私の兄弟子の伝手があるから、話ぐらいは聞いて貰えると思う。
 その上で駄目なら駄目で考える。
 それと、バゼット女史の探索範囲と被らないように注意してね。無駄だから。」
「貴方私を誰だと思ってるの? それこそ貴方の言う心の贅肉じゃなくて?」
「……そうだった、じゃ、お願い。カンタベリーは片道2時間ってトコ?
 お泊まりになるから、何かあったら携帯にお願い。」
「あら、携帯くらいは使えるようなりまして?」
「前から使えます! 使えないのはメール機能。」
「と、着メロ機能?」
「う、うるさいわね、私が着メロ使えなくても士郎の呪いには関係ないじゃない。」
 ………よけいなこと言ってる暇があったら行動開始。じゃあ、私行くから。」

流してしまったが、カンタベリーに埋葬機関の支部があったとは。
とんでも無いことさらっと言うわ、この娘。

確かにローマンカトリックのヴァチカンとプロテスタントのイギリス国教会は、
猛烈に仲が悪いのだ、
それをふまえるとわざわざいにしえのカンタベリーに埋葬機関の
支部を置くというのは、なかなかに信憑性の高い情報だ。

魔術教会がイギリスの時計塔、北欧の彷徨海、エジプトの巨人の穴蔵と別れているように、
教会もまた、イギリス国教会やらなにやらで複雑だ、
そんな中で全世界に神経回路を張り巡らす埋葬機関の苦労たるや凄まじいものがあるのだろう。
ま、別に奴らは苦労ともおもっていないだろうが。

そんなひとりごちをしている間にミストオサカはとっとと行ってしまった。
じゃあそろそろ私も行かなければ、アトラス院の外典など、実家に戻らなければ
ありはしないのだから、私は私でこれから航空便でフィンランド行きである。

まったく、貧乏くじもあったもんである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 2 ブラウニー

寄宿舎に戻った。

………部屋が片づいている。昨日の晩投げ出した洗い物も全部綺麗に仕舞われている。
ついでに洗濯物も、しっかり干されてる。

どうやらウチにブラウニーが来たらしい。

食事の用意までしてある。といっても私がすぐ暖め直せば食べられるようにという配慮か、
ビーフシチューが寸胴鍋に一杯。

……ウチのブラウニーは料理の量の加減が効かないようだ。
 こんな量を、一人で何日かけて食べろというのだろうか?

「士郎の莫迦。……呪われてるくせにふらふら出歩いて。」

以前から、そう、聖杯戦争の時もそうだった。
私が休んでろ、と言っても、
どんなに自分の調子が悪くても自分に課された日常の役目は休まない。
自分が休んでしまえば、他の人に負担が行くだろうと気にして、
人の心配などお構いなしに働こうとするのだ。

衛宮士郎はそういう男だった。


地下の工房に降りると、ここもきちんと整理されていた。
作業卓に乱雑に置いてあった薬瓶はきちんと分類毎に整理されて机の端に並べてある。

そこに置き手紙。

「遠坂凛様

   どれが使用中で、どれが使用済みの薬瓶か俺では判断付かないので、
  卓上の瓶は棚に仕舞わずに卓の端に寄せておいた。
   備品の数もチェックして、ノートに数を記入しておいた。
   現状、早急に調達する必要のあるものは無いが、
  ヘレボレスの粉末が残り少ない。近々儀式魔術を行うようだったら補充して
  おいてくれ。
   それから、精神に影響を与える薬の類を、若干分けて貰った。標準準備量を
  下回る程の量ではないから、ブラウニーの仕事だと思って許してほしい。
   あと、次は何時戻れるか分からないからシチュー何食分か作っておいた。
  この時期は腐りやすいので毎日火を通すように。
   洗濯物は干しておいたから、すぐに取り入れておいてくれ、凛が戻る頃まで
  には乾いているはずだ。

   それから、これは口に出すと恥ずかしいけど、手紙なら書けるので書いておく。
  凛、世界中の誰よりも君を愛している。他の何を疑ってもそれだけは信じてほしい。

                              衛宮士郎    」

「……ばかちん」

恋文など、流行らないので書いたことはないけれど、士郎から貰ったことも無いけれど、
こんなメモ程度の置き手紙にそんな事書くなんて、卑怯じゃないか。
こんなメモ紙なのに、捨てられなくなってしまう。

これは、最初に貰った士郎からのラブレター。
洗濯物とか食事とか、色気は全然無いけどラブレター。

ほんのついでに書いたような最後の一行。
それが、私にとっては何よりも大事な一行だ。

おっと、工房に降りたのは精神防御の符と念のために宝石類を持っていくためだった。
ラブレター読んでにやけている場合じゃない、何しろカンタベリーまで二時間はかかる。
手早く棚を漁って鞄に詰める。
あとはお泊まりセットも鞄に詰めて、あ、洗濯物仕舞わなきゃ。

さて、出発の準備はいいかな?

と、そこで電話。 定時連絡にはまだ早い。誰からだろう?

『遠坂か、間桐慎二だ。』

びっくり。なぜこんな時刻に慎二から電話。
日本とは九時間の時差があるから向こうは深夜の四時という処じゃないか。

「あら今晩は、慎二くん。そっちの時間じゃかなり遅い時間じゃないの?」
『ああ、そうだな、どうせ起きていたから問題ない。……士郎から貰った宿題だが、
 やっと調べがついた。そっちにパソコンあるか? あればメールで送るけど。』
「……ない、そんなもんそろえてる余裕ないわよ。で、士郎からの宿題って何なのよ?」
『士郎の被った呪詛の詳細と、解除方法だよ。』
「………! 解除方法まで分かったの?」
『マキリは蟲術、巫術を生業としてるんだ、舐めるなよ。
 とはいえ解除方法はあまり詳しくは記されていなかった。
 具体的に必要なモノまではわからんが、
 どういった儀式が必要かまでは調べがついた。』
「……ありがとう。」
『…遠坂から感謝の言葉を頂けるとは光栄だよ。
 でもな、お前のために調べたんじゃない。衛宮士郎は俺の友だからだ。
 ……ああ、そういう意味だと、こっちも言わなきゃならんな。衛宮を、頼む。』
「あんたは気にくわないけど、そんなことなら幾らでも頼まれてあげるわよ。
 で、儀式ってどうすればいいの?」
『口で言えるほどそんなに簡単な儀式じゃない。……ああ、携帯メールがあったな、
 それで送るからちょっと待ってろ。』
「え! ちょっと、携帯メールなんて…」
『なんだ? 遠坂のメアドなら衛宮に聞いて知ってるぞ?』

う、携帯メール受け取るなんて自信ないなあ。ちゃんと受け取れるかしら。

……あ、そもそも受け取り損ないなんてあるのかしら。メールの見方も分からないし。
どうしよう。

トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル。

来たー!
あ、画面が勝手に切り替わってる。携帯って便利なんだ。

「うん、ちゃんととどいた。ありがとう間桐くん。」
『そっか、あとは任せたから、じゃな。…もう二日寝てないんだ、お休み。』
「うん、おつかれ。」

……私がうだうだ落ち込んでいる間に、士郎は己に出来ることを着実に、してのけていた。
慎二に分析を依頼し、私に詳細を送り、ついでに部屋の整理や炊事洗濯まで。
気が付けば、私が走り出す準備が、すっかり整っていた。

――――さすがは、私の弟子。ルヴィアが執事と認めた男。

そろそろ、一人前の"漢"と認めてあげてもいいかな……
魔術師としてはまだまだだけど。

それに引き替え、この私ってば、自分の悲しみにかまけて、
この二日間、いったい何をやっていたというんだ。
落ち込んでいたとはいえ、我ながら情けない。

あ、いけない。反省は後にして、すぐに出発しなければ。
士郎の夕食は惜しいのだけれども、今は構っては居られない。

私は、カンタベリーに向かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 3 ナイトメア



―――――後悔していた。

悔やんでも悔やみ切れない。
悲しんでも、元には戻らない。

死せる者は還らない。

あの魔術師、助けることができたのではないか。

誰一人として、殺したくはなかった。
俺のミスだ。


あの時、咄嗟に出した『射殺す百頭』

――――あんな、大層な殺戮兵器を、投影すべきではなかったのだ。

        ・・・・・・・・・
何時の頃からか、戦いを楽しんでいた。

力に、毅さに、殺戮に、勝利に酔っていたんだ。

あの場所にいたのは、唯の――――――






――――――― 殺 人 鬼。







ああ、凛に逢いたい。

(逢って、どうするのか――――)

凛に逢って、抱きしめたい。

(抱きしめて、彼女の躯に逃げるのか――――)

凛の、笑顔が見たい

(彼女の、悲しみに歪む顔を愉しみたい――――)

凛と、話がしたい。

(彼女を、喰らいたい――――)

凛の、腹腸をえぐり出し、思うが儘、咀嚼したい。

咀嚼して、己が血肉としたい。

その躯の、ありとあらゆる場所に牙を突き立て、貪り尽くしたい。

そうして、僕らは、一つに、なるのだ――――――












目が覚めた。
だんだん、正気で居られる時間が短くなっているような気がする。

呪詛を受けてから一週間が経過した。
最初はだた、喪失感に耐えるだけだった。

そのうち、身体に痛みが走るようになった。
いつしか、心に邪をささやくものがあった。
時折、ささやくものを肯定さえすることさえあり、我ながら正気を疑っている。

だんだん、ささやきが無視できなくなってきた。
ぎしぎしと、心が歪む。
まっすぐに見つめていた筈の想いが、いつのまにか焦点を外されているのだ。
しかもその先は吸血願望と食人嗜好。



何日かに一度は、とても調子の良いときがあり、そういう時はルヴィアの屋敷や凛の部屋に赴いて、整理や片付け、掃除洗濯などが出来る時がある。

でも、それ以外の時は駄目だ。

凛の血を啜ったら、どんなに甘美な味がするだろうと、
ルヴィアの肉の味はどんなにすばらしい味だろうかと想像して勃立する。

こんな精神状態では、なにをしでかすかわからない。
こんな状態では動けない。

そんなときは、剣製をする――――

毎日、欠かさず行う剣製。魔力をこの身に残さないために、限界まで剣製を行う。
一日に二本。それが俺の限界。

もう一週間になる。つまり14本。

いまや、これだけが経過した日々を数える唯一の術だ。













時折、嗚咽が聞こえる。 鬱陶しい、いったい誰だ。 むかむかする。
そいつを捕まえ、鈎爪で引き裂きたい。

どこだ、どこだ、どこだ、どこだ。

           どこだ、どこだ、どこだ、どこだ。

                      どこだ、どこだ、どこだ、どこだ。




―――――――なんだ、こんなところにいたのか。

嗚咽を漏らす者。それは俺だった。

だったら簡単だ。
俺をこの鈎爪で引き裂けばいい。
簡単だ。

どうせ俺は、生まれてくるべきではなかったのだから。
どうせ俺は、生き残るべきではなかったのだから。
どうせ俺は、戦うべきではなかったのだから。
















「――――ちょっと、シロウ!! シロウちゃん? しっかりしなさい。」
「………ああ、バゼットねぇ、か。なに?」
「!………貴方、自分のまわりを見てみなさいよ、ああもう、その短刀置いて。」
「へ?」


びっくりした。いつの間にか俺の周囲は血だまりだった。
その元は両腕の幾条にも走った切り傷。


……俺は、手に持った短刀で自分の腕に切りつけていたのか?

「とにかく傷の治療を。」

バゼット女史が甲斐甲斐しく俺の腕の傷口に軟膏を塗り、止血、その上ガーゼを当て、
包帯で固定して手当終了。

「うん、これで出血は止まったかな……シロウ、自分で何やったか認識してる?」
「いや、全然。」
「自殺でもする気だったの? この出血量、一時間かそれ以上に渡って、
 出血し続けないとこうはならないんだから。」

ああもうそこからどいてコレに着替えて、なんてバゼット女史は言い、俺を支え、立ち上がらせた。

「うあ、貧血、くらくらする。」
「あったりまえでしょ。この出血量、人の致死量に近いんだから。
 ……そこの椅子に腰掛けて、着替えられる? あと、その前にこの錠剤飲んで。造血呪だから」
「あ、うん、……だめだ、腕に力が入らないや。」
「わかった、じゃあ着替えさせてあげる。」

これまた甲斐甲斐しくおれの上着をはぎ取り、着替えさせるバゼット女史。
なんだか寝た○○老人にでもなったみたいだ。

「とりあえず造血呪が効いて回復するまで寝ていなさい。
 それから造血呪の副作用で猛烈にお腹が空くだろうから、出来るだけ食べてね。
 ……食べ物は今、沢山買ってきたから。」

バゼット女史は、林檎やらバナナやら牛乳やらシリアルやら、
すぐに口にできるものを、しかもなかなか腐らないモノをメインに、
ずいぶんと大量に買ってきていた。

……その下の方にあるデザートの山はなにかな?

「ああ。これ? シロウちゃんも食べる? おいしいわよ。」

ちゃっかり自分用のデザートも買ってきているところが、バゼット女史らしかった。

「いや、全然そんな気分にならん……だるいし」
「そりゃそうだわ。あれだけ失血して元気いっぱいだったらこっちが驚くって。」

そう言っているあいだも、バゼット女史は次々とデザートの封を開けていき……

「なあ、もしかして、それ全部喰う気?」
「あったりまえじゃない、食べるためにかってきたのよ。……欲しくなっちゃった?
 あーん。」

苺のムースをひとかけ掬い、俺の前に差し出すバゼット女史。

「いや、いらね。……胸焼けしてきた。」
「そうなの? 全部たべちゃうよん?」

よくもまあ、この容姿で、これだけデザートを食べるものだ。
男装の麗人が台無しじゃないか。とも思ったが、きっとバゼット女史のハード
ワークを支えるのはあの膨大なデザート群だと思うことにした。

そういや、昔ウチに大食漢の女剣士がいたよなぁ……
結局、別れの言葉も言えずに別れてしまったけれど。
まだ、英霊としてあちこちで頑張って居るんだろうか……
それとも聖杯を破壊したことで契約とやらは破棄されたのか……

「シロウちゃん? どうしたの、気分悪いの? 泣きそうな顔してるけど……?」
「あ、いや、何でもない。ちょっと昔のことを思い出しちゃって。」

昔? 俺にとっては昔でも、彼女には今なのかもしれないんだぞ。
全て終わった事みたいに言うのは失礼じゃないか。

……それでも、もう、セイバーには逢えないのかと思うと、悲しくなった……

「……シロウちゃん。苦しいことがあるなら話して。相談くらいなら乗るから。」
「ああ、そんなんじゃないんだ、ただ、二度と逢えない人のことを思い出しただけなんだ。
 気にしなくていいよ。」
「そう……? いろいろ辛いかもしれないけど、自分を強く持つんだよ?
 呪いなんかに負けちゃ駄目なんだから。シロウちゃんはやれば出来る子なんだから。」
「なんかそれは劣等生に先生が掛ける励ましの言葉だったような……」
「そ、そんなことないぞう。ほんとだぞう。」
「ああ、ありがと。突っ込むところは満載だけど今はいいや。」


ああ、だるい、疲れた。あれだけの失血の後じゃ仕方ないか。
ふっと意識が軽くなる。
そして、再び、あの暗黒へ落ちていく………






『もしもし、あ、凛ちゃん。あのね、不味いわ。……ううん、そうじゃないの。
 実はね、シロウちゃんが自傷行為を………うん、見張っておくから、それは任せて。
 そうなると、調査の方、続行できないけど大丈夫?………うん、うん。了解。
 じゃ、ルヴィアゼリッタによろしく。』

8: Sylpeed (2004/03/20 23:17:07)http://sylph.kir.jp/

■凛ちゃんと一緒 エピソード3−3 恋模様 雨のち……

section 4 プリズム

もうじき、士郎が呪われてから二週間になろうとしている。
呪詛の解析はもう済み、解呪のための材料を方々で集めているという状況だ。

この呪詛の内容がまた凄い。
17の別々の独立した呪いが折り重なる様にして2つの呪を形成しているのだ。
ベースとなっている17の呪はいずれも本人を堕落、というか邪悪なものに
変化させるというもので、これらが組み合わさって本人が愛する者を攻撃し、
愛を砕く幻想を与えるというものだ。
17の呪は相互作用により、呪の進行が非常にゆっくりとしたものになっているが、
中途半端に一部だけ解呪しようものなら、呪の進行が一気に早まり、
本人を速やかに破滅させるのだ。

なんともここまで底意地が悪いと或る意味芸術的だ。
私やルヴィアがつかうガンド撃ちなどかわいいもんだ。

ただ、まあ、今回いろいろと調べてわかったことは、魔術教会の呪詛など、
中近東のそれに比べると遙かに劣っているということだ。

向こうの一流の呪詛のスタイルはもはや用意周到に仕掛けたダイナミックな芸術品である。
ということだ。
しゃにむに破滅なんかさせない。
旨く呪詛同士を組み合わせて、呪詛を掛けられた当人を如何に堕落させるか、如何に破滅させるか。
呪詛を解こうとする者達の解呪でさえ、その呪詛の彩りとして利用する。
下手に弄ろうものなら破滅、上手に弄るともっと極彩色の破滅。そんな呪詛が超一流らしい。

間桐慎二から貰った情報は17の呪詛が殆ど解ける個別の解除方法だった。
その儀式をどうやって組み合わせ、どのような材料、準備かいるのかを調べるのに六日。
そして材料集めに八日。そして最後の材料が二日後に準備できる。
赤い月見草の十五夜の雫。赤い月見草がまずレアで、なおかつ十五夜の晩、深夜2時に
一滴だけこぼれる雫が必要なのだ。なんて我が儘な材料だろう。

だから、あと二日、二日だけ辛抱してね、士郎。






全ての準備が終わり、あとは最後の材料を待つだけになってしまった私は、
寂しさと切なさをもてあましながら、寄宿舎のドアを開けた。

「ただいま……なんて言っても誰もいないか。」

誰も居ないのに声を掛けるなんて心の贅肉だ。
しかし、贅肉のひとつもなければ栄養が取れないときにすぐに死んでしまうのもたしかなわけで……


「よお、おかえり。」
「!………」


あ、駄目だ、私。
士郎の声を幻聴するなんてどうかしてる……

あれ?


「………」
「ん? どうした? 怖い顔しちゃって。」


士郎の、幻影……? そんなわけは無い。 ここに居るのは、間違いなく士郎だ。


「どうしてよ? 衛宮くん。準備が整うまで待機してるように言った筈だけど…?」


厭な予感、いや、予感と言うより確信。
衛宮士郎は、私たちとの約束を勝手に破る訳がない。

そして、ここに居るのが衛宮士郎であるとしたら。


堕落


堕落(フォールダウン)と呼ばれるそれは、魂が汚染され全ての能力を保持したまま
暗黒に飲み込まれることを意味する。


「ごめんな遠坂、もう我慢出来ないんだ。お前が、欲しい。」

(Anfang……)

私は魔術回路を覚醒させる。
今の士郎が正常じゃない。言葉の通じる相手ではない。
悲しいけど、それが現実。



――――おもしろい。わたしを力ずくでどうにか出来るとでも思って……?



一方、成長した士郎の実力をつぶさに見ることができるという魔術師としての喜びも、
私の中にはあった。

全く、魔術師というモノは救いがたい、因業な商売だ。



「Ich beschleunige als Sturm.(疾風の如く加速)Ich bin ein Whirlwind gerecht.(我は疾風)」


ここでは不味い。もっと広い処に逃げなくては。
こんな狭い処で戦ったら、士郎の餌食だ。


「なあ、そんなに血相変えて逃げること無いじゃないか。」


士郎は身体を強化しながら、猛烈な加速で追いついてくる。
同じ強化をしても、男と女、地力が違いすぎる。

しかしそんなことは既に想定済み。

左腕の魔術刻印を解放。
瞬間、振り返り、ガンドを放つ――――


「Schwall Finns!!!(フィンの、弾幕)」


フィンの一撃クラスのガンドが数十発。幾ら士郎でもコレをかわすには相応の時間を取られるはず。

……そのまま喰らうなんて却下。そんなコトしたら士郎の身体、間違いなく壊れるし。
そこは信頼しているからこその攻撃、いや、攪乱。

「投影、shield of aegis ――イージスの、盾。」


んな、イージスの盾だとお!!

なんてモノ投影しやがるんだ、アイツ。
下手に相対したら石化にやられるじゃないか。

確かにあれなら、ガンドの十発は二十発など屁でもない。
どんな攻撃も通さない、最強無敵なアテナ様の盾ですもの。

いつも士郎は私のコトを赤いあくまだのなんだの言うけど、
そんなもの素で投影するあんたの方が私には悪魔に見えるわ。


広場に出た。 ここならなんとか戦えそう。というより、逃げ隠れできそう。
もとより剣士と魔術師の戦いだ。距離を詰められたらアウト。

この一年で貯めなおした宝石の数々が私の手の中で踊る。
んふふ、なにからいこうかしら。

慎重にイージスの盾の正面に立たないように立ち位置をずらす。


士郎はというと、今度は剣を投影している。


「剣製(トレースオン)、魂の盗人(ソウルスティーラー)――――」


士郎が投影したのは、私の見たこともない黒い長剣。
バスタードソードと呼ばれる柄の長い剣だ。
黒い刀身にびっしりとルーンが刻まれ、そのルーンが赤くほのかに光っている。

あんなもの持ってた英雄がいたかしら?
すくなくとも私には心当たりが無い。


「非道いじゃないか遠坂、照れるのはわかるけど、少しは素直になったほうがいい。」

イージスの盾を地面に置き、私に手招きをする士郎。

「来いよ、寂しかっただろう? 一緒になろう。
                 ……もう我慢できないんだ。君の魂を啜りたい。」


「冗談じゃないわよ、士郎あなた正気? 私の魂を啜って、その時はいいかもしれないけど、
 そのあとどうすんのよ、私が居なくなった後、貴方はその空白に耐えられるの?」

いまの士郎にこんなこと言っても、おそらく意味はないかもしれないけど、
言わずには居られなかった。


「大丈夫だよ遠坂、君の魂は俺が啜ることによって俺の魂との合一を果たすんだ。
 寂しい訳なんか無い。それが君にとっての倖せでもある。
 さあ、あんまり聞き分けがないと……」


「殴ってでも言うことを聞かせるぞ。」

話にならない、いや、もとよりそれは心の贅肉。私は肩をすくめて、言い放つ。

「話にならないわね、本気でソレ信じてるなら貴方、騙されてるわよ。
 魂喰らい(ソウルドレイン)は捕食行為にすぎないわ。捕食された魂は単に燃料になるだけよ。
 個性など保持し得ないわ。」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ遠坂。この剣はそのために剣製したんだ。
 君の魂をそのまま味わうために。この剣を通せば君の魂は俺に啜られても、
 壊れたりしない。ずーっと一緒になれるんだ。」

これが士郎が素面で、こんなに熱心に求愛されたら、もうコロっと行っちゃうのになぁと、
私は私で変な妄想に駆り立てられていた。
そんな幸せな妄想の所為か、心臓の鼓動が高まってきた。なんか顔が熱い。

はっ、いけない、こんな修羅場でそんな妄想に耽っていたら遅れをとる。

「だー。もう、アンタはいま呪われて心まで犯されてるのよ。
 あとで解呪に行ってやるからこの場はカ・エ・レ!!
 っていってんのよ。グダグダ言うと痛い目にあわすわよ。」

なにか照れ隠しのようになってしまったが、これが私の本心なんだからしょうがない。



「……あら、それがミストオサカのご本心? てっきり、ええ一緒になりましょとか
 言うかと思ってましたから、お二人の邪魔は悪いと思って遠慮しておりましたのに。」

……言ってることはグレイト意味不明だが、
タイミングぴったりでこの場に間に合ってくれたルヴィアゼリッタ。
この場だけは貴方に感謝するわ。

「……というわけよ、ごめんね士郎。
 師匠に手を出した弟子にはきっついお仕置きをしなきゃいけないから、
 ちょっっっっと痛い目に遭って貰うわね。」

「はあ、もとより手を出したという点では言い逃れする気はないが、
 あれは遠坂も合意の下に行われたことではなかったか?」

アーチャーのような口ぶりで私を責める士郎。
うー、こんなときにそんな反応返すなー。むっちゃ照れるじゃないか。
だいたい、そっちの意味の"手を出した"じゃないってば、わざと間違えてるでしょ。

どこまで正気で何処まで邪気に犯されているのか分からない。それが今の不安定な士郎の現実。

「……図星、かしら、ミストオサカ? ミスタシロウに一本とられましたわね。」

ルヴィアゼリッタまでくすくす笑っている。
あの、野郎、と女。

てゆうか混ぜっ返すだけなら、ルヴィア、アンタもカ・エ・レ!!


「莫迦莫迦莫迦莫迦莫迦このトーヘンボク。
 巫山戯たこといってんじゃないわよ、喰らいなさい……」

私はやや冷静さを欠きながらもエメラルドに蓄えられた魔力をキーに魔術を発動させる。

「正弦の雷撃(アーク・ライトニング)!×10」

通常の雷撃とは異なり、この雷撃はあくまでトリッキーに弧を描いて敵に殺到する。
通常であれば対魔術の盾のようなもの攻撃者との間にをぽんとおくだけで防がれてしまう
雷撃の弱点をうまくカバーした攻撃呪文。
その描く弧がサインカーブに似ているから付いた名前が正弦の雷撃。
この呪文は比較的手軽に使うことができるので、今の私のように多重掛けが簡単に出来てしまう。

これを全弾喰らったらさすがに士郎も生きてはいない。
そこは、信頼というヤツだ。

……とはいえ、多すぎたかしら。



士郎はというと、的確に3発を黒の剣で受け、5発をイージスの盾で無効化し、
残る2発は素で避わしやがった。
一応雷撃なんだから、見て避けるなんて芸当はできないはずなのに。

なんてことだ、一発当たれば上等、とはおもってはいたけど、余裕で受けるじゃないか。

お邪魔虫のルヴィアは、というと。

「喰らいなさい、エーテルストライク!!」

なんと、エーテルの塊をそのまま高密度に圧縮、
ベースボールの硬球大の大きさにして士郎に投げつけた。

うう、その業、盗みたい……。

「く、ソウルスティーラー、お前の力を貸せ。」

その高密度のエーテルの塊を、士郎は黒の剣で打ち返していた。

カッキーン、て、音がしたかどうかは私の雷撃で分からなかったが、時計塔を直撃する大アーチだ。
いや、正確には時計塔ではなくどこぞの塔に直撃していたようだか。

あ、なんか向こうでズズーンとか崩れる音がした気がしたが、耳鳴りだろう。そうに違いない。うん。

あ、ルヴィアが肩を落としてがっくりしてる。
ドンマイ、ルヴィア。しまっていこー。

……なんてぼっと見てちゃ駄目だ。
もっと畳みかけるように連続攻撃しないと、士郎の牙城は崩せない。
いや、崩すというより、行動不能にすればいいんだけど。

受けたら無効化されるようなモノじゃ駄目だ。
そんな呪文は、これかしら。

わたしは、ブルートパーズを握りしめ、再び魔術を発動させる。

「氷柱の(アイシクル)、刃群(ブレイズ)!!」

私の魔術回路から次々とロードされてくる氷柱の剣、これを連続で投射。

――――交渉決裂時の対バーサーカー戦で使おうと思っていた呪文だ。

あのときはギルガメッシュの登場で結局交渉どころでは無くなったが。


氷柱は士郎の剣撃の前に次々と破壊されていくが、それは着実に士郎の足下を凍らせていく、
旨い、このまま士郎の動きを封じてしまえば士郎を行動不能にできる。

ルヴィアも作戦を理解したのか、士郎の背後に回り込むように走りながら、
同じ呪文を士郎にぶつけてくれている。

距離を空けての魔術戦であれば、士郎に勝ち目はないだろう、
こちらにはあっても士郎の側には攻撃手段は無い。

私は勝利を確信して、ふと違和感に襲われる。

               あれ、なにか忘れてないか―――――――







「―――――I am the bone of my sword.」

士郎がつぶやく。

しまった、逃げることが出来るうちに逃げておかなければいけなかったのだ。
その失敗とは……

「So as I pray,unlimited blade works――――――」

「まずその足から貰いうける、ルヴィアゼリッタ!」

ルヴィアの頭上に27本の剣が顕現する。

「ルヴィア、頭上に注意して!!」

やばい、間に合うか。
私は氷柱の剣を士郎に向けて次々と投射しつつ、サブの魔術回路で高速に呪文を編み上げる。
手に持つはルビー。属性は焔。

「火炎球(ファイアーボール)、弾幕(バラージ)!!」

27本の剣のうち、18本を火炎球でたたき落とす。
残り9本は間に合わなかった。

ルヴィアも咄嗟に回避を行ったが、ついに3本の剣がルヴィアの左肩、右腿、左臑を貫く。

……あれでは、もう身動き取れないだろう。

「……士郎、やめなさい、ルヴィアは無関係でしょ。目的はあたしじゃないの?」

「本命は遠坂だが、ミスルヴィアゼリッタのような極上の魂をわざわざ見逃すと思うのか?」

くっ。やはりそうか、お目こぼしなしか。

ルヴィアは気丈にも刺さった剣を抜き、立ち上がるが、立っているのがやっと。
とても戦速で動くなんてことはできはしない。


士郎はいったいどうやって"無限の剣製"(アンリミテッドブレイドワークス)
に至る魔力を準備したのだろうか。
士郎はあの剣で私たちの魔術をさんざん受け止めていた。
イージスの盾を使えば簡単に受け止められるのにわざわざ。

―――――そこで気が付くべきだった。

あの黒い剣には、おそらく魂魄吸収以外にも魔力吸収の力があるんだ。

アーチャーの属性は弓使い。すなわち士郎も、遠距離攻撃は得意とする処なのだ。
"無限の剣製"が使えるのであれば、むしろ私たち以上に。

いつも突っ込んでいくタイプだから特性も見誤られがちだが、彼の場合、
全距離死角無し(フルレンジオールラウンダー)なのだ。

私の感じた違和感の正体はそこにあった。
まったく遠坂の家系は肝心な時にポカをする。

万事窮す。ルヴィアをかばいながら"無限の剣製"の相手なんてできない。

ルヴィアを見殺しにして私だけ逃げる―――?
それも至難。







「そこまでよ、シロウちゃん。このバゼット・フラガ・マクレミッツ様が現れた以上、
 悪は栄えない!!」

声の方に目を向けると、街灯の上に立ち、えっへんと胸を張るミスバゼットが居た。


……いきなり士郎を悪人扱いかよ、と突っ込みたくなったが、救いの神だ、無碍にはできない。

「ミストオサカ、ミスルヴィアゼリッタを連れてここは引きなさい。
 今のシロウを一方的に行動不能にするなんて、至難の業だわ。
 ……それから、遅れてゴメン。」

ここはミスバゼットに任せて、一時撤退するのが吉だろう。

コレを言うのはとっても不本意。
あーもう。なんでこんなことを言わなければならないのか。
後で見てろよ、士郎の莫迦。

「申し訳ないけど、士郎をお任せします………。」

そう言って、私はルヴィアを連れてこの場から立ち去った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 5 幕間

カーン、カーン。

ギャン、ガッ、キーン。

絶え間なく繰り広げられる剣撃。

正も邪もなく、そこに居るのはただ、戦う者の本能だけ。

このような場を願ってきた。
このような時を望んでいた。

目の前に在るは実力伯仲する好敵手。
私は、それだけあればもう十分。

存分にこの刻を、
存分にこの血の滾りを
存分にこの剣撃を。

今はただ無心に愉しみたいだけ―――――



「バゼット、ここは引け、俺は遠坂に用がある。」
「駄目だね。そんなことはさせない。させたくないもの。
 それより、ほら、ちゃんと私を見なさい。私の振るまいに全神経を集中なさい。
 さもなければ―――――その首を貰うわ。」

「――――ならば、ここをお前の墓標とするまで。」

シロウの剣撃が一層鋭くなる。

迅い――――。

だが、私も負けてはいない。

シロウの神速の打撃をなお上回る勢いで払う、薙ぐ、刺す。

魔術を介さない純粋な白兵戦って、実に何年ぶりなんだろう。

なぜか、堕落(フォールダウン)したはずのシロウも愚直にも魔術なしで付き合ってくれてるし。
結局、堕落してもお人好しというか、優しいのね。

いや、剣を交えている時点で優しいというのはなにか違う気がするが、
何というか、武人として素直というか。

自分でも時間稼ぎだってことは承知している。凛ちゃんが十分に逃げられたら、
私も退散しようと思っている。
今のシロウが全力で掛かってきたら、私も全力で魔術を使わざるを得ない。

その後、待っているのはどちらかの消滅だけだ。

だから、不思議。
なぜシロウは全力でこないのか。
なぜ愚直な武人としてわたしに付き合って戦ってくれるのか。


―――――――本当は、堕落してない?

「ふん、そんな夢ばかり見ていると足下をすくわれるぞ、バゼット。」

な、今、シロウは私の心を読んだ?

「なんで、なんでよ。私の考えていることがわかるの?」
「俺は透視で武器の素性を暴く。武器の持ち主の考えていることまでな。」

なんでそんな、今考えていることまでリアルタイムで分かってしまうの?
それはもはや透視というより、千里眼。

「貴方が魔術を使ってこないのであれば、俺だって無駄に魔力の消費はしたくない。
 遠坂はこの黒の剣の秘密に気が付いてしまったようだから、今後は先ほどのように
 魔力の大放出はやらないだろうからな。それに、貴方を吹き飛ばしてしまえば、
 貴方の美しい魂が味わえなくなる。」

やっぱり不味いか、ブラフではなく本当に表層意識は読まれてる。
これは戦っている間に奥の手まで読まれてしまう。

だとしたら、戦闘継続は好ましくない。

「やーもう、シロウちゃんのエッチ、ムッツリスケベ。イケズー。」
「……な、突然なにを言いだす? バゼット・フラガ・マクレミッツ」

「えい!」

カチーン。
シロウが一瞬で固まる。
いや、シロウが、ではなく、シロウを含めた空間全体だ。

この能力を固有時制御という。
任意の空間を、ごく短い間だけだが、切り取り、本来と異なる時系列で進ませるのだ。
加速か停滞。

「じゃねーまたこんどー。」

いらえは無い。当然だ。シロウの時間は停滞しているのだから。

シロウの身体の周りの狭い範囲であればわたしが止められる時間は5秒。
私の足では十分な距離を稼ぐことができる。

まあ、これはシロウの非常に低い対魔特性が為せる業で、ルヴィアあたりでは
1秒も止められないだろう。ルヴィア自信の魔力がそれに干渉して固有時制御を
解除してしまうのだ。

最強といえば最強、使えないといえば使えない、変な能力。
けれど間違いなく異端、そして十分に封印指定を受ける根拠となる能力。

これが私が執行者として魔術協会で働いている理由(の一つ)だ。
封印指定を受けるか、執行者として働くか。
私の場合もシロウとまったく一緒のスカウトのされ方だったのだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 6 Get Ready!

今晩は月齢15日、いわゆる十五夜。
世間様では中秋の名月という意味でしか使われていない十五夜だが、
天体の運行が魔術に与える影響は少なくない。

天体が直接魔術に影響、ではなくて天体が生命に与える影響の所為で魔術がその影響を受ける、
というのが正しい見方だが、世間ではそういったものを只の迷信と捉える向きも少なからず存在する。

実際、魔術師の私としても分からないことだらけではある。
素粒子の研究者が粒子加速器の具体的な作り方なんて知らなくていいのと同様に、
魔術師だからといって、全ての魔術に精通しているわけではないし、そんな必要もない。
要は本質を正しく理解し、使えればいいのだ。詳細まで知っておく必要はない。

深夜二時。ここには赤い月見草。普通の月見草というのは白い花だが、この月見草は赤い。
この赤い月見草ではないと士郎の呪を構成しているモノを破壊できないのだ。

雫がこぼれる。

私は用意してきた油紙で雫を待ち受け、それを試験管に流し込み、ゴムの蓋をする。

綺麗で可憐なイメージがある月見草だが、
4枚の大きな花弁は結構自己主張が激しいのではないだろうか。

正式には"宵待草"。本当の月見草は白い花で夜咲き、だんだんピンク色に色づいて、
朝には枯れてしまう。
昼には見せませんよ、しかも夜半に掛けて色づいていくなんて、なんだかエッチな花だ。

……私の考え過ぎか。



「よし、準備完了。まっていなさいよ衛宮士郎。」

衛宮士郎。

初めて逢ったのは中学生の時。士郎とは違う中学だった私は、生徒会の用事で桜の中学に来た。
そこで、桜がずっと動かず見ていた男子生徒が、士郎だった。

その男の子は、高飛びの道具を借りて、ずっと、ひたすら、ひたむきに、バーをクリアしようとしていた。

……絶対無理。

その当時小柄だった男の子が届く高さではない。
でも、彼はそんな冷厳な事実を認めようとはしなかった。

何度でも、何度でも、何度でも、試す。
そこには、無限の力があり。
どんな苦しくともやりとげる。

そんな、気迫を強く感じた。




―――――あれは、桜の初恋だったかもしれない。

―――――あれは、私の初恋だったかもしれない。


桜と私は、同じモノを見て同じモノに感動してしまったのだ。

その男の子が、私と同じ高校に入ったというコトを知ったとき、私は部屋の中で一人踊った。
なんか、それだけのことなのに嬉しかった。

士郎にとって私が、高嶺の花だったと同様に、魔術に生きる私にとっても、
衛宮士郎は日常を象徴する眩しい光だった。

彼の前には立てない。立ったら、私の暗部が全て白日の下に晒されてしまう。
そんな恐れがあって、彼とは距離を置いていたのだ。
まあ、はっきりそんなことを考えておいていた距離ではないが。




そうして、聖杯戦争。
彼がランサーに刺された時は、正直怒りもした。全く理不尽な怒りだけれども、
なんでこんな日に、こんな処にいるのよ、と。

彼がまさか魔術使いだったとは、人生って恐ろしい。


そうして、私がアーチャーに裏切られた夜。
衛宮士郎は私のことが好きだと言ってくれた。

あんなに傷つきながら、あんなに失いながら、私を守る、と言ってくれた。
ならば私も誓おう、なにがあっても士郎を守ると。

衛宮士郎と遠坂凛が巡り会い、愛し合うようになり、今なお生き抜いてこられたのは、
奇跡と奇跡と奇跡と奇跡と……
幾つも幾つも、こんなの二度とできっこない、こんなの二度起こりっこない、奇跡の連続だった。

ならばその奇跡の果てのこの倖せを、簡単に捨てるなど出来ない相談だ。
呪詛など、恐るるに足らず。
そんなもの、この遠坂凛さまが粉微塵に打ち砕いてくれよう。

そうして、私は、正々堂々とこの胸に衛宮士郎をかき抱くのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 7 今夜は月が綺麗な夜になるでしょう。


「士郎――――」


「ああ、凛、元気だったか?」
「そういう貴方は? 私に逢えなくて寂しくなかった?」
「そうだな、でも、実際、それどころじゃなかった。」
「――――?」
「二日前から、呪いと戦ってたから。
 ……すまない、凛、二日前は醜態を晒した。」
「………って、呪いはもう打破したの?」
「いや、押し込んだだけだ。凛があと二日というんでな、
 せめて今日は凛の邪魔をしないようにと頑張った。」
「そう、良かったわ、抵抗されると思っていろいろ準備してきたけど、
 使わずに済むに超したことはないから。」

私は油断しない。
いくら士郎でもそんなに一朝一夕に呪詛を打破できるとは思ってないから。

擬態、というのも十分あり得る話だ。

「じゃあ、私に付いてきて。」
「分かった、……なあ、手、握っていいか。」

む、ちょっと悩んでしまった。
士郎からそんなこと言われたのって、数えるほどしかなかったから。

でも、擬態だったら大変だし。ここはスルーの方向で。

「付いてきて。ただし、私から2m以内に近づかないで」
「なんだよ、けち。」

士郎が顔をしかめて拗ねる。
こういう素直な感情表現を照れずにするのって、なにか信じられない。
それでも、私はつい、和んでしまったのだが

「ぷっ。くすくす。ああ、衛宮くんの反応って最高♪」
「なんだよそれ。」

私が笑うので、士郎はさらに不機嫌そうになってしまった。
でも、そんな仕草を見てちょっと安心してしまった。

「なあ、解呪の儀式って長いのか?」
「うん? そんなことないわよ、だって、貴方の17の呪は同時に解かないといけないから、
 むしろ超高速で全儀式を終了しないといけないし。」
「そっか。」


む、微妙に距離が近づいてる。
士郎の手が届きそうな距離になった。

私はダッシュで駆けだした。

「近づくんじゃないわよ。アンタがまだ味方になったなんて私まだ信じてないんだからね。」
「あ、凛。……危ない。」

急にダッシュして、私はつまづいてしまった。
猛然とダッシュして近づいてくる士郎。

私が地面にキスしそうになる寸前、士郎は間に合った。

後ろからぎゅっと、抱きしめられた。

「莫迦、気をつけろって。いろいろ在りすぎて疲れてるんじゃないのか?」
「………てゆうか2m以内に近づくなっていったでしょー!!」

慌てて私を離し2m先で停止する士郎。

「あ、ごめん士郎、助けてくれたのに。……ありがとう。」
「いや、女の子なんだし、顔面から地面にぶつかるのは阻止しないとな。
 それに、たとえ地面でも凛と誰かがキスするなんて厭だ。」

瞬間、士郎が真っ赤になった。

「うわ、それ殺し文句……」

私も頬が紅潮してしまった。
まだ敵かもしれないのに気をつけろってば、私。







着いた。ルヴィアとバゼットが待機している公園。そして地面には魔法陣。

「士郎、魔法陣の真ん中に。」
「う、く、あっっっっ。」
「まさか士郎。また呪詛に押されているの?」

士郎が頭を押さえてうめく。私は支えるようにして士郎の方に。

「行くなっつうのよボケがーー!」

……ルヴィアに蹴り飛ばされた。

「……っつ。いったいじゃないのよなにすんのさー!!」

ついでに士郎もバゼットによって魔法陣の中心に蹴りとばされた。

「いいから、儀式やるわよ。あんたの失敗の尻ぬぐいするほどわたくし暇じゃなくてよ。」

そうだった、とっさに士郎を支えようとしたのは私の間違い。どうせ原因は分かってる。
その対処の為には儀式を執り行うのが一番の近道だ。
突発事態にパニクって、ここぞという時に失敗するのは私の宿痾のようなものなのだろうか。

ルヴィアに蹴り飛ばされて良かったかもしれない。

「Anfang……!」「Ignition……!」「Splash……!」

3人同時に、魔術回路にアクセスする。
車のエンジンを掛けるようなものだ。

「「「Atah〜」」」
「「「Malkuth〜」」」
「「「ve-Geburah〜」」」
「「「ve-Gedulah〜」」」
「「「Le Olam Amen!」」」

浄化結界が構成される。

あとは3人で17個の結界を同時に撃破するだけだ。
一人6個、同時に。

準備してきた薬を飲み、全身を高揚させトランス状態にもっていく。

魔術回路に解呪の呪文を連続して準備する。
あらかじめ分かっている6個の解呪呪文なんて一瞬で準備できる。

私はルヴィアとバゼットに目配せすると、片手を振り上げ、魔術回路を作動させる。

「「「Disenchantment!(解呪)」」」







目に見えて分かるような変化は無い。

だがしかし、トランス化した状態のこの目で見ると魔力の濃淡ははっきり分かる。
士郎にとりついていた黒い複雑な紋様は、すっかり取り払われて、
元の健康な姿の士郎が見える。

――――よかった。

これで一安心だ。

危惧された呪詛の暴走も無かったし、
士郎が魔法陣から離脱するような事態も無かった。









「士郎……。」

頭を押さえてうずくまっていた士郎が、立ち上がる。
その顔には微笑み、その目には涙がうっすらと浮かんでいる。

私は、咄嗟に駆けだした。

わたしはたまらず士郎に向かってダイビング。それを士郎が受け止め、くるりと一回転。
二人で真っ正面から抱き合ったなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
いままで抱きついたり、抱きつかれたりはあったけど。

「士郎、士郎、士郎、士郎、士郎。し〜ろ〜うぅぅぅぅ。」
「ああ、凛。………ずっとこうしたかった。」
「莫迦、ばかちん、朴念仁の唐変木、おまえなんかこうしてやる〜」

私は、さらに、ぎゅっと腕に力を入れた。

「凛、その……くるしい。」

どうやら私が士郎の胴に回した両腕が鯖折りに極まってしまったらしい。
別に急所攻撃をしに行った訳じゃないんだけど。

「だめ、しばらくそのまま苦しみなさい。」
「いで、いで、いででで。」

でも、さすがに腹に腕を回すのはやめて、
士郎の背中上腕骨のあたりに腕を持ってくることにした。

士郎の背中って、なんだか筋肉で堅くていい感触。


「あー。お二人さん? もしかして、私たちの事、完全に忘れ去ってませんかしら?」
「まあ、しょうがないって、そこで声掛けるのって、無粋だし。」
「そう言う問題ではないでしょう。私が申し上げようとしているのは、
 人として協力者に感謝の一つでもしてみなさいという、礼儀上の話であって……」
「まあまあ、悔しいのは分かるけど、今の二人に言っても無駄だって。」

あー。ごめんルヴィア、すっかりさっぱり忘れてましたわ、貴方達のこと。


「あの、ミスルヴィアゼリッタ。私、今回のこと貴方に大変感謝しておりますわ。」

「ならそのひっつき虫離してからちゃんと言ってくださらない?
 そんな、もののついでのような言い方じゃなくて。」

う。私は手を離してるんだ。うん。
でも、士郎の方が、ね。

「厭だ、離れない、つうか、離さない。俺と凛は一生このまま生きていくんだ。」

と、無茶だろそれは、っていう位の子供のような我が儘を士郎が言うものだから、
結局私と士郎は、くっついたままルヴィア達に感謝を伝えることになってしまったのだ。

「あの、ミスバゼット。
 貴方にも感謝を。貴方が居なければ今頃士郎は生きていなかったかもしれません。」

「あー。士郎が呪われる原因を作ったのは私だし、むしろ謝らないといけないのは私の方だし、
 まあ、今回のことは借り一つってことで付けといてくれると嬉しいかな。」

まあ、それもそうか。もともとの原因ってこの女だしね。でもまあ、士郎も戻ったし、
まあ、貸し一つってことでもいいかな。
Aクラスの執行者への貸しなんて滅多にできるもんじゃないし。

「ミスタシロウ、あなた幾らなんでもミストオサカに密着しすぎですわよ。
 離れないと私の屋敷で起こった出来事全部ミストオサカにお話しますわよ。」

「何いってんだ。ミスルヴィアゼリッタ。それは主に貴方の悪行だ。俺はなにも悪いことしてないし、
 喋って立場が悪くなるのは貴方のほうだ。」

なに……? それは聞き捨てならないわね、あなた達、私の居ないところで悪いことしてるのね。

「……くっ。ああいえばこういう。主人の名誉をも守るのが執事の役目ではなくて?」
「ごめんルヴィア。おれ、これから凛とくっついたまま暮らすから、執事業できないや。」
「……っ。ミスタシロウ。違約金は高く付きましてよ。」
「大丈夫、バゼット女史にくっついてバイトした資金があるから、埋め合わせ付くし。」

なんか、凄い、あのルヴィアと士郎がまともに口喧嘩してるなんて。
絶対ルヴィアと士郎じゃルヴィアの方が圧倒的に言い負かすとおもってたのに。

「あー、ああなったシロウはもうテコでも動かないから、
 あんまり刺激すると傷つくのは貴方の方よ、ミスルヴィアゼリッタ。
 まあ今は気が済むまで、好きにさせてあげなさいよ。
 どうせシロウの事だから、頭冷やしたら血相変えて謝ってくると思うし。」

「………仕方ありませんわね、私もここで子供になってしまった御仁とこれ以上話しても益は
 ありませんし、今回はこれぐらいで勘弁してさしあげますわ。オホホホ。」

照れ隠しなのか天然なのか、ミスルヴィアゼリッタは高笑いを残して、
ミスバゼットと共に去っていってしまった。

「で、さ、士郎、いつになったら離してくれるのかな〜。なんて、思ったりするんだけど。」
「却下。いつも何も無い、死が二人を分かつまでこのまんま。」
「あの、さ、このままじゃ歩くこともままならないんだけどさ。」

なにか私の態度、いつになく卑屈。
なんか自分でも変だけど、なにか強く出ることができない。

「じゃあ、こうしよう。」

士郎は私の腰に手を回し、横に立った。
たしかにこれなら歩ける。密着しすぎて歩きにくいけど。

「さ、暖かい所に行こう。」

ん、ウチじゃなくて? なんか不思議な発言だぞそれは。

「なんで? ウチに帰るんじゃないの。」
「どうせ部屋、汚くなってるだろ。俺ソレ見たら絶対掃除始めちゃうもん。」

なにかえっへんと威張る士郎。
先ほどから士郎の態度は妙に子供じみている。

「……今夜は君を帰さない。帰したくないんだ。」
「!………」

うわ、なんつー定番な台詞を。でもなんか使うシチュエーションが違くないですか衛宮くん。
今日の士郎はハジケ祭りか。

そして、士郎に誘導されるがまま、たどり着いたのは件のホテル。

「ここ、入ろう。」
「あ……」

今更照れる間柄ではないのだが、なんというか、
男連れでホテルに入るというシチュエーションがなんとも照れくさいというか、
背徳的というかで、私は目を白黒させた。

だって、これって、今から二人はやっちゃいますよって宣言するみたいなモンだし。

「よし、ここで記念撮影。」

携帯のデジカメで、ホテルをバックに記念撮影。
いったい何の儀式?

「え、なんでわざわざここで写真取るの……?」
「だって、このあいだ凛、すっごく悔しがってたじゃないか。だから、今日は借りを返す日。」

はぁ、あの時のこと、私が悔しがってたと見ましたか?

いや、嫉妬と悔しがるってのは凄く似てる気がするんだけども、
別にミスバゼットとホテルに行ったのを悔しがってたわけじゃない、とおもう。
だけど、うーん。たしかに言われてみると悔しかったかも……。

「さあ、入ろう。」
「あ、うん。」

別に断る理由もないし、実のところ、私もちょっとそういう事、期待してたし。

「今夜は、寝かさないよ……」

ぎゃー。ついに言ったよコイツ。うわー。はずかしー。
士郎が、じゃなくて私がはずかしー。

「うん………」

おおー? 何だ私、ホントは腹を抱えて笑いたいと思っているのに、
なんでこんなに従順な乙女してるんだーーー。

でも、これで私も可愛げが無い女返上のいい機会かもしんない……。

むっちゃくちゃ照れて、もうなにも考えられない。

なにも考えられないけど、

こんな恥ずかしいほど定番な夜を士郎のリードで迎えるっていうのも、

良いかもしんないななんて、

思ってしまった。

9: Sylpeed (2004/03/20 23:18:15)http://sylph.kir.jp/

■いんたーみっしょん

今日、久しぶりの師弟の二人に戻った。

けれど、なんだか麗しのわが師匠、遠坂凛はいたくご立腹の様だ。

「衛宮くん。私が最初に教えてあげたこと、覚えているかしら……?」

腕を組み、頬を膨らませて怒る遠坂女史はなんだかとても愛らしい。
おれが凛の顔を見てにへら〜と笑っていると、凛は俺の耳をつねってきた。

「あいだだだだ。」
「あ・た・し・の・は・な・し・を・き・い・て・る・の・か」

神様、最近の凛は暴力的です。
昔なら皮肉な顔を浮かべて言葉で俺をなじってきたのに、最近の凛は体罰教官です。

「えっと、あれだろ、投影はもったいないから強化をやりなさい。」
「はい駄目〜。それ、何時の話しよ。そんなのとっくに撤回してるでしょ。」

ややあきれ顔でおれの口で指をあて、俺を覗き込む遠坂師匠。

「じゃあ、次の質問、私は何を怒っているのでしょうか?」
「む、なんだそれ、それって魔術の講習内容と関係ないだろ。」
「あるわよ、私ただ怒ってるわけじゃないもの。衛宮くんに心当たりはないかな〜?」
「それは、最近ルヴィア嬢と俺の仲がいいとかそういうこと?」
「さすがにそれは魔術と関係ないでしょ。それはそれで後で追求してあげるけど。」
「ん〜? なんだ〜?」
「はあ、なんだか張り合いが無いというか、緊張感が無いというか……」
「ごめん、凛、ヒントくれ。」

俯き加減に窓の向こうをぽーっと見る凛は、なんだか儚げで、
俺はそんなに悪いことをしてしまったのかと悲しくなった。
けど、全然心当たりが無いのはどういうことだ?

「ヒント、私が渡英するまえに口を酸っぱくして指示した事柄があったでしょ?
 ……てゆうかこれ答えだとおもうんだけど。」
「あ、分かった、向こうは魔術師ばっかりなんだから、
 固有結界をほのめかせることは絶対に他人に見せるな。
 ……ん? でも俺それ守ってるよ?」

がくー。と、肩を落として机に手をおく遠坂師匠。
あれだ、日光猿軍団の反省のポーズな。

うわー、いつのまに凛の感情表現はこんなに豊かになりましたか、
ちょっと感動さえ覚える。

「いったい何処に目をつければ守ってるなんて言えるのよ。
 倫敦入りしてからの一ヶ月で二人よ二人。
 そのうち衛宮くんの固有結界のこと知らない人、時計塔じゃ居なくなるわよ?」
「二人って、バゼット女史とミスルヴィアゼリッタだろ? 身内だから問題ないじゃん。」
「身・内・に・し・た・の・よ。し・か・た・な・く・ね。」

凛の指が遠慮無く俺の口に差し込まれ横に引っ張る。

凛の指は本当に綺麗で、
おれの口の中に入っていくのは、
俺の涎で汚してしまうのは、
なんだか申し訳ない位なのだけれども。

「ぐぐかか、いひゃいああいか。いん。」

これは流石に色気もへったくれもないよなあと思う。


再び腕を組んで頬を膨らませて怒る遠坂師匠。

「いい、投影したモノはすぐに破壊。固有結界からモノ引っ張るのも禁止よ。
 今回は呪詛の所為で仕方なかったけど、第三者が居るところで固有結界なんて
 じゃんじゃんつかったら即座に封印指定よ。」

凛の人差し指が俺の目の前でくるくる、くるくる。
さいごにおれの唇を封じるようにたてにぴたっと封をする。

いかん、凛の指綺麗だなーとか、思ったら、意識してしょうがないじゃないか。

「……ねぇ。なんで顔赤くなってるのよ?」

「ばばば、おれはべつに凛の指がきれいだなとかさわりたいなとか、
 さわられたいなとかおもったわけじゃなくて、ただたんにきれいだなとおもっただけで
 別に意識してないぞほほほんとなんだぞ。」

目をぱちくりさせる凛。

「そう? 別にわたしの指なんかいくらでもさわっていいけど。」

「ほんとうか!」

びくりと、身を竦ませる凛。
あ、流石に俺、興奮しすぎだ。

凛の好意で俺は凛の指を触らせて貰えることになったわけだが、
そのあと凛にぐさりと、やられた。

「そっか、士郎って指フェチだったんだ……通りで指輪とかに拘るはずよね。」


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■後書き

エピソード3、完結しました。
あーつかれた〜。
もしかして私は大変なことをやってしまったのかと、とても後悔しました。
まあ、いろいろと、大変なことはやってしまってますが。
一番困ったのは、サブタイトルですね。
「恋模様」………はあ、何処がってとこになるところでした。
いやもう、恋なんて何処にも無いじゃんっておしかりを受けても仕方ありません。
だって、何故かバトルとか呪いとか。
やっぱりある程度書きためてからじゃないと私の話は何処に行くかわからない
クレージトレインの様です。

今回、またもお詫びしなければならないのは、
・ソウルスティーラー
 神話とかには、多分無いです。黒の剣ですから。
 こういうのもクロスオーバーになるんですかね。
 実在しないモノでも信じられていれば英霊になれる。
 ならば広く流布されているモノなら英霊化→投影可能と
 勝手に考えた結果です。
・ルヴィア様の呪文
 ごめんなさい彼女のキャラにぴったりだったんで思わず使ってしまいました、
 なんの捻りもなくストレートに。ヴァルキリープロファイル好きの方ごめんなさい。
・アークライトニング
 うわああん、MtGの呪文が使いたかっただけなんです。ごめんなさいごめんなさい。
 笑って許してくださいませ。


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