夜の一族


メッセージ一覧

1: ぐまー (2004/03/12 17:16:02)




「あの山の反対側のふもとが明朝の里です。」

「もう少しだな、急ごう。」

「ああそうだな。」

「いや、どうやらそうもさせてくれないみだいだぜ。」

両儀さんが急に立ち止まった。
慌てて止まって辺りの気配を探る。
どうやら今度は相当な手慣れが来たらしい。
先程から人間以外のものが妨害してきたが両儀さんは一切手を出さなかった。
本人曰く『こんな雑魚相手に出来るか』らしい。
その両儀さんが立ち止まったということは今までの比ではないと言う事だ。
それに何より、気配と呼べる物が全く感じられない。

「ふぅん、気配は消してたんだけどなぁ。 よく判ったわね。」

何処からともなく声が聞こえてくる。
だが辺りに敵の姿はない。

「ああ、気配は消えても血が騒いだんでね。」

どうやら両儀さんも俺と同じく人間以外のものが近くにいると判るらしい。
俺の体が反応しなかったことからみても俺よりも知覚範囲は広いようだ。

「ふぅん、ちょっと甘く見てたかも。 面白そうな子ね。」

敵はいまだ姿を見せずに声だけが聞こえる。
眼鏡を外してポケットにしまう。
替わりに七ツ夜を出して辺りに気を配る。
辺りはシンとしていて気配と呼べる物が全くない。
だが声だけはハッキリと聞こえる。

「あら、見た顔だと思えば八雲じゃない。」

「生憎化け物に知り合いは居ないんでね。」

「あら、私のこと忘れちゃった?」

すぅっと影から出てきたのは街で襲い掛かってきた白狐というヤツだった。

「八雲、知り合いなのか?」

「チッ、嫌な時に嫌な奴に会ったもんだ。 アイツとはな、まだお前の親父が退魔機関のいた頃一度殺りあったことがあるのさ。しかも数百年も生きた化け狐で俺らが総出でなきゃ勝負にもならないほどの実力者だ。 油断すんなよ。」

「勝ったのか?」

「負けたらここにはいねぇよ。 勝ったには勝ったが後一歩の所で逃げられてな。」

「あら、一対八なんて卑怯じゃない。 あんなの勝負じゃないわ。」

「白狐、下らん話はいい。 さっさと殺すぞ。」

白狐の横らから白い着物を着た女性が現れる。
白い長髪は後ろで一纏めにしている。

「そう急ぐほどのことでもあるまい。 最後の時を楽しませるのもまた良しとせよ。」

また別の方向から天狗を思わせる格好をした老人が現れる。

「生憎俺はそんな気が長くねぇんでな。 とっととおっぱじめようぜ。」

更に別の方向からボロボロの服を着た男が現れる。

「仕方ありませんね。 今ここで足止めされるわけには行かないけど逃げ切れる相手じゃないし。」

「やるしかないか。」

「う〜ん、迷っちゃうな。 志貴の相手もしたいけど両儀も魅力的だし。 それに八雲がこの場にいるんじゃなぁ。」

「白狐、雷狼、狗鳥。 七夜雪之は私がもらう。」

「よかろう。」

「ああ、あんたに逆らう気はないぜ。」

「余裕ね。 貴女方なら私たちに気付かれる前に殺せたんじゃなくて?」

「あら、それじゃあ面白くないでしょ? ただ殺すなんてもったいない、貴方たちほどの実力があればそこそこ楽しめるもの。」

白狐はとても楽しそうに笑っている。
それは敵だというのにひどく綺麗だ。
それは、そう。
まるでアイツみたいに。
人を超えた存在故の美しさ。
だがアレはアイツと違い敵だ。
こちらに明確な殺意を持っている。

「俺はあの銀髪のを殺る。」

「あら、逆指名? いいわよ。 私の相手は両儀で決まりね。」

「ンじゃ俺はあのクソ生意気そうな野郎をぶち殺してやる。」

「はっ、それって俺のことか。 おもしれぇ、てめぇごときにできるならやってみやがれ。」

「残ったのはあの爺さんか。」

「小僧、運がなかったな。 貴様の墓場はここだ。」

「さて、それぞれの相手も決まったし・・・・・・・・・始めましょうか。」

瞬間バラバラの方向にそれぞれ飛び去った。





「喰らいやがれ。」

八雲の三節根が雷狼を捕らえようと連撃が繰り出される。

「遅せぇ。」

それらを同じスピードで短剣でさばく。
その短剣は雷を帯びていてもし三節根が金属製ならとっくに感電死している。
そのスピードは普通の魔のものならば知覚さえ出来ない速度。
が、雷狼はそれらを容易くさばいている。

ガン

雷狼が繰り出した攻撃を三節根で受け止めるがそれでも尚吹き飛ばされた。
休む間もなく距離を詰められ連撃を繰り出してくる。
それらをまた連撃で相殺する。

―――このままじゃ埒があかねぇ。 ここはひとつ―――

冷静に連撃のリズムを読む。

ギンギンギン、ガンガン、ギンギンギン

リズムを読みながらも連撃はさばいている。

ギンギンギン、ガンガン、ギンギンギン

落ち着いて機会を窺う。

ギンギンギン、ガンガン―――

今だ。
体を自分の影に落とす。
敵から見れば一瞬で消えたように見える。
右手から左手に変わり突き出す瞬間姿を消したので体勢を立て直せていない。
すぐに雷狼の影から出てきて後ろを取る。

「何!?」

―――貰った。

渾身の突きを繰り出す。

ズゴン

「ぐぉ。」

派手な音を立てて雷狼が吹き飛んだ。
そのまま木に激突してぐったりしている。
だがこれくらいで死ぬような相手ではない。
すかさず追撃する。

「死ねやこら。」

三節棍を振り下ろす。
が、そこに雷狼の姿はなかった。

「遅せぇって言ったろ?」

ゾクリと寒気を感じて体の重心をずらして後ろから迫っていた一撃をかわす。

「やるじゃねぇの、今のをかわすとは。 少々見くびってたようだな。 これ以上この姿で戦うのは無理みてぇだし、・・・・・・・・・いいぜ、本当の実力ってやつを見せてやる。」

雷狼の体からとてつもない量の殺気が放たれる。
どうやらこのままでは負けると踏んだらしい。
なんとかなりそうだ、まだこちらは切り札は使っていない。
向こうはもう切り札を切ってきた。
つまり今のままやっていれば勝てたということだ。
今攻撃しなければ圧倒的不利になると判っているのに体が動かない。
体がビリビリと痺れて筋肉が全く動かない。
確か御鏡が雷狼は雷を操って相手の動きを封じれるって言ってたっけ。
気楽にそんなことを考えていたらすでに変態を終えて目の前には先程の人型の生き物ではなく四足歩行型の動物がいた。
それはぱっと見大きな狼だった。
だがその大きさが尋常ではない。
身の丈五・六メートルはあるだろう。
緑色の毛が逆立っていて全身に放電現象が肉眼で確認できる。
そして何より違うのは、先程はまだ理性があっただろうが今はそんなものカケラも残っていないという事だ。

「はは、こりゃぁこっちも切り札を切らなきゃここで終わりじゃん。」

目の前の相手を見て深いため息が出た。

ガァァァァァァ

緑色の狼は疾風の如く瞬く間に距離を詰めてくる。
左に飛びのいて狼の突進をかわす。
が、気がつくと後ろに飛ばされていた。
腹部に激しい痛みが走る。
下を見下ろすと腹に爪で引き裂かれた痕がある。
どうやら突進をかわした直後に爪で引き裂かれたらしい。

グォォォォォォ

間髪入れずに緑の狼が迫ってくる。
牙をむき出しにして雄叫びを上げながら血走った目でこちらを見据えている。
そろそろ切り札を切らなければ殺られるだろう。

「行くぜ。」

今まで抑え込んでいた能力を全て開放する。
自分の体が影になり辺りの影が一斉に動き出す。
影が意思を持った生き物のように地面から離れて緑の狼に突き刺さる。

ギャォォォォォン

緑の狼は影に突き刺されて動きを止めた。
尚も辺りから影が集まり緑の狼を貫く。
そのまま緑の狼は空中につるし上げられる。

「俺の勝ちだな、・・・・・・これで終わりだ。」

突き刺さっていた影が爆発する。
今まで影に刺さっていた緑の狼は跡形もなく木っ端微塵になっていた。

「ふう、・・・まずは一匹。 ・・・・・・・・・けど、・・・傷・・・結構・・・深かったみてぇだな。 ・・・さすがに・・・辛かった・・・か。」





木を足場にして移動する。

ザン

今足場にした木が跳んだのと同時に切り倒される。

ザン

反撃しようにも敵の気配が全く読めない。

「さっきの威勢はどうしたの?」

明らかにからかっている白狐の声が木霊する。

ザン

後ろには切り倒された木々が数えきれないほど倒れている。

ザン

このまま逃げ続ければいずれはやられるだろう。

ザン

だが現状を打開しようにも何の手もない。

ザン

正に八方塞だ。

ザン

「やる気がないのならこっちから行くわよ。」

今まで感じられなかった気配を感じる。
だがその気配を感じ取ったのとほぼ同時に渾身の力で真上に跳んだ。

ザス

今までは縦に振り下ろされていた太刀筋が横に薙ぎ払われる。
今感じ取った気配はまぎれもない殺気だった。

「甘いわよ。」

姿を現した白狐がいつの間にか上にいた。
振り下ろされる斬撃を右手に持ったナイフで受け止める。

ガキン

「受け止めたか、・・・ふふふ。 かわすと思ったんだけどなぁ。」

ナイフに更に力がかかる。
ナイフに左手を添えて両手で押し返す。
だが白狐は片手しか使っていない。
両手で押し返されれば勝ち目はない。
なら、・・・・・・まずは得物を殺す。
白狐の得物は巨大な鎌だ。
刃の部分を視る。
何の問題もなく線も点も視える。
一瞬ナイフを引いて相手の得物との間に空間を作る。
その一瞬で巨大な鎌の線を引いた。

「あら?」

音もなく鎌は殺される。
そのまま左手に持ち替えて白狐に切りかかる。

「それは無理よ。」

難なく左手の人差し指と親指で刃を挟んで止められた。

「くっ。」

ナイフに右手を添えて押し切ろうとするがびくともしない。

「あらあら、貧弱ねぇ。 そんなんじゃ私に傷一つ付けられないわよ?」

「お前、・・・・・・さっきから五月蠅いよ。」

右手をナイフから離して左腰に挿してある村正に手を掛ける。
そして片手で抜刀した。

ザン

と音を立てて空気ごと切り裂く。
だがそれをヒラリとかわす。

「あら、村正? 面白いもの持ってるのね。 確かに何百年も“生きてきた”その古刀なら私に対抗できるかもしれないけど、それは武器の話よ。 貴女の身体能力が私のそれに追いついていなければ結局は貴女に勝ち目はないわ。」

目の前の化け物が何か喚いている。
けどそんなのは知らない。
ナイフをしまって刀を両手で構える。
体を戦闘用に作り変える。
先頭に必要無い器官を停止させ、戦闘に必要無い感覚を遮断する。
目の前の化け物を直視する。
辺りに線と点が無数に見える。
化け物にも希薄ではあるが線と点が見える。
更に脳を酷使して直視する。
すると化け物の線と点がハッキリと見えた。
これなら殺せる。
線と点があるなら問題無い。

「へぇ、それが両儀か。 戦闘用に自分の体を作り変える。 いいわよ、遊んであげる。」

化け物が走り出す。
俺も化け物を殺す為に走り出した。
化け物は今まで戦ってきた奴らとは比べ物にならないくらい速い。
俺の動体視力をもってしてもギリギリ見えるか見えないかという速さだ。
化け物は一直線にこちらに向かってくる。
だが俺は横に跳んだ。
それは全くの勘。
だがその勘は当たっていた。
化け物はまっすぐ走っていたはずなのにいつの間にか後ろから鎌を振り下ろしていた。
確かにアイツは前にいたはず。
一時も目を離さなかったのにどうやって移動したのか。
その答えは視線を前に戻した時ハッキリとした。

―――二人いる。

何時の間にか化け物は二人に増えていたのだ。
一人は前からもう一人は後ろから襲ってきたから気付かなかったのだ。
だが問題無い。
二人とも線も点もある。

「驚かないのね。」

また何か喚いている。
本当に五月蠅い。
アイツを黙らせる為に全力で地を蹴った。
それはその化け物の目を以ってしても残像しか残らないほどの速さ。
正に後を考えていない必殺の一歩で化け物との距離をゼロにして下から切り上げるように右肩から左腰にかけて見える線を断ち切った。
それで片方は終わった。

「舐めるなぁ!」

化け物は今までに見せた事も無いような速さで鎌を振り下ろす。
その速さは今化け物との距離をゼロにした速さよりも更に速い。
当然ソレをかわす術はない。
だが何とか致命傷を避けることは出来る。
体を捻って急所をはずす。
ソレが限界だった。

ザシュ

と音を立てて体に鎌が切り裂く。
痛みは無い。
何故ならまだ体は戦闘用の為戦闘に必要ない痛覚を遮断しているからだ。
けれど体の姿勢を維持できずに片膝を付く。
鎌はそのまま地面に突き刺さると思ったら地面後と真っ二つにしてしまった。

「人間風情がやってくれたわね。 まさか私が殺されるとは思ってなかったわ。」

化け物を見上げるとさっきまで紅かった瞳が金色になっている。
髪も銀髪から金髪に変わっている。

「私を殺した代償は高いわよ。 貴女の命じゃ払いきれないくらいね。」

体はまだ問題なく動く。
だが相手との実力差に問題がある。
今の自分では到底勝てそうもない。
線も点も視えてもそれに触れることが出来なければ結局は視えないのと変わりない。
目の前の化け物の殺気は先程までとは比べるのも馬鹿馬鹿しい位桁外れだ。

「けれど貴方は殺すなって言われてるから生かしておいてあげる。」

ズバッ

体が切られた。
目の前の化け物は少なくとも自分の目には動いたようには見えなかった。

ズバッ

ズバズバッ

ズバズバズバッ

ズバズバズバズバッ

ズバズバズバズバズバッ

ズバズバズバズバズバズバッ

ズバズバズバズバズバズバズバッ

ドサッ、っとその場に倒れこんだ。
意識が朦朧とする。
未だに化け物が動いたようには見えない。
コイツに勝てないと思ったときから体は戦闘用から元に戻っている為痛みを感じる。
体から血が流れていく。
体温がどんどん奪われていく。
同時に体中から力が抜けていく。
どのみち痛みで体は動かせないのだが。。

「これ以上やっちゃうと人間って脆いから死んじゃうわね。」

ついさっきまで金色だった瞳は赤に、髪も銀髪に戻っていた。

「ばいばい、両儀式。 次に合うときはもっと強くなっておいてね。」

そう言い残して白狐が立ち去ろうとする。

「くっ、待て。」

「生憎弱い人と話すことはないわ。 私と話がしたいなら強くなることね。」

何も言い返せない。
負けたのは単に自分が弱いから。
白狐の言い分は尤もだ。
悔しくて唇を噛んだ。
白狐が立ち去っていく。
体は依然として痛みと出血で動かせそうにない。
意識もまだ朦朧としている。

―――この借りは必ず返す。

そう思った瞬間意識が途切れた。




記事一覧へ戻る(I)