遠坂凛は恋する乙女 (後編) M:凛 傾:怒って泣いて照れて遊んで


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1: いちごのたると。 (2004/03/10 15:18:28)

 わたしたちは窓際で食事をとっていた。
 うちのクラスの窓からは中庭が見える。
 わりと立派な花壇があってベンチも置いてるので、春なんかはそこでお昼にする人も結構多い。
 しかし今は冬。人は少なく、二人しかいなかった。
 いくつかあるベンチの一つ、わたしに一番近いところにあるソレに座っている。

 ──ひと目でわかった。
 なのに三度見直し、しまいには魔力で視力を強化してまで確認した。
 一人は女。ショートカットで大きな瞳がきれいな子。
 その、わたしの知らない誰かと仲良さげに話すもう一人。


 ──それは、間違いなく衛宮士郎だった──


 「それでさ──って、遠坂? なに見てんの……あれ? あそこにいるの衛宮じゃん」

 「え? おや、本当だ。噂をすればってやつかね」

 ────アイツは、あそこで、なにを、しているのか────

 「一緒にいるのは女子だな。……知らない顔だが……一年か?」

 「──ああ、ありゃ田村だ。うちの部の娘だよ」

 ────アンタは、一成と、一緒に、いたのではないのか────

 「美綴さんの? あ、じゃあ弓道部つながりですね。なんだか楽しそう。あの二人、仲良かったんですか?」

 「うーん、別にそれほどでもなかった思うけど……あッ! ……あはは……そーいえばあの娘……弓道の大会で見た衛宮に憧れてうちの高校選んだとか……言ってたかも……」

 ────なぜに、そこで、わたしの知らない女と、笑っているのか────

 「……うわー……マジで?」

 「これはまた……先程までの話にも、現実味が出てきてしまったな」

 ────どうして、わたしの、そばには、いないのか────

 「衛宮君って、そんなに弓上手いんですか?」

 「……あー……うまいっていうより、凄い。アイツが弓を構えると、空気が変わるんだ。周りが全部呑み込まれて、矢を放つ前にもう当たるってわかる。
 ……田村がアイツに憧れたのもわかるよ。
 あたしはアイツに弓で勝ちたいって思ってるけど……そう思ってる限り勝てるわけが無いんだ。
 弓道において敵はただ己のみ。他者を意識するってことは、ソイツに呑まれているっていう事なんだから。
 ……そこまでわかってても、あたしはいまだに衛宮を弓道部に戻そうとしてる。
 また見たいんだ。衛宮の射を。あの、見惚れるほどきれいな一瞬を」

 ────いつまでわたしにさみしい思いをさせるつもりなのか────!?

 「……み、美綴…………あんたまで……」

 「武をもって冬木に其の名を轟かす女傑、美綴女史まで墜すとは……侮りがたし衛宮士郎……」

 「っえぇ!? ちょ、ちょっとまて! あたしはあくまでアイツの弓の腕を認めてるってだけで──」

 溜まった怒りが一気に噴き出す。

 避けているとしか思えないほどの行き違い。
 いくらでも湧いてくるアイツと他の女の話。

 「いまさらそんなコト言っても遅いぞ。さっきのあんたはどう見たって恋焦がれる女だった」

 「あの美綴女史が乙女の顔を……いや、実に良いものを見せてもらった」

 セイバー桜藤村先生三枝さん綾子陸上弓道その他大勢……!

 「ア、アンタらねぇ……!! ちょっと悪ノリが──」



 ────ボキッ────



 『………………………………』

 小さいのに不思議と大きく響く、何か破滅的な音が聞こえ、教室が静寂に満ちる。

 「……と、遠坂……? アンタ……箸……」

 綾子の言葉に手の中を見る。
 きれいな朱塗りの木箸。高校に入学した頃から使っているお気に入り。それが、無惨に折れていた。
 ──ああ、さっきの音はコレか。

 「……ど、どうしたんですか……? も、もしかしてお弁当に何か変なところが……!?」

 いいえ? とてもおいしいですよ。三枝さんに似て素朴だけど毎日食べても飽きない感じで。
 でもごめんなさい。お弁当、残すことになりそうです。

 「────に、逃げるぞ! 鐘、由紀っち連れて来い!」

 ──わたし

 「引き受けた! 急ぐぞ由紀!」

 ──ちょっとそこまで行って

 「え? え? えぇ?」

 ──あのバカをヤッちゃってきますから♪

 「バカ! モタモタしてんじゃないよ!! アンタ死にたいのかい……!」

 ゆっくりと立ち上がる。ポケットの中にはこんなときのために消しゴムを常備している。

 「クゥッ!? いかん、間に合わん……!!」

 ──目標を捕捉。距離約二十五メートル。腕力を強化。対象の一部に魔力を充填。属性は風。投擲と同時に魔力解放、推進力に。

 窓を開け放ち投げる。強化された力により凄まじい速度。魔力を込められた消しゴムのケースが消滅し、代わりに生まれた風に押されさらに増す速さ。その勢い、音の壁を突き破らんが如く……!


 ────────────ドゴォッ!

 命中。

 とても消しゴムが人体に衝突したとは思えない鈍い音。倒れ伏す士郎。止まったままの時間。

 「………………ッてえぇぇぇぇぇ!! 誰だ! っていうかなんだ、今のは!?」

 ──チッ! 生きてたか……! だがまだ弾はある!!

 「くっ…………どこだ!? どこから……!」

 遅い……! 行け 二番!!


 ────────────ボグゥッ!

 「ッぐおぉぉぉぉぉおおぉぉ!? 星だ! また星が見えたスター!」

 まだまだ! 三番────

 「く、くそっホントにどこから──って遠坂? お、おい……お前何構えて……」

 ──行け!!


 ────────────ズガンッ!

 「グゥァハッ!? い、いったい何……け、消しゴム!? んなアホな!!?」

 四番!

 「──な! お、お前一体いくつ消しゴム持ってんだよ……!!」

 「全部で五個よ! 後二個、当ててやるからおとなしくしてろ……!」

 ゴー!!

 「ご、ごおぉ!?? なんで──ってそう何度も食らってたまるかーーー!!」

 ────ちぃッ! あのヤロウ避けたな……!!! くそっ! ああ身構えられてこの距離じゃもう当たらない!!

 「な、なんでそんなに消しゴム持ってんだお前は! っていうか何の恨みがあってこんなことを……」

 「うるさいバカ! んなこともわかんないから怒ってるのよ!! ──えぇい! 今すぐそっち行ってそのカラッポの頭ブン殴ってやるからそこで待ってなさい……!!」

 言った勢いそのままに窓枠に足をかけ、飛び降りようとする。

 「う、うわバカまてお前うそいややめてそこにいるやつらとめろーーーーー!!!」

 「お、落ち着け遠坂ここは三階だ!」

 「正気に戻るんだよこのバカ!」

 わたしに組み付き止めようとする蒔寺と綾子。廊下では「殿中でござる殿中でござる」とどっかのバカが五月蝿い。

 「いぃぃやあぁぁぁはあぁぁなあぁせえぇぇぇぇぇぇぇ」

 暴れるわたしは二人を振りほどき──

 「────あ────」

 ──落ちた。



 迫る迫る地面が迫る。


 誰かの悲鳴。


 呆けた蒔寺。


 手を伸ばす綾子。


 驚く氷室さん。


 泣きそうな三枝さん。


 だいじょうぶ魔術を使えば。


 いやダメ人が見てる。


 バカな、命には変えられない。


 ああ、思考が遅いこんなのいつものわたしじゃない。


 ほら地面はすぐそこもう間に合わない。


 さあ目を閉じこの世にお別れあぁあっけない。





 ────衝撃は思ったほど無かった。痛みも無い。

 ────なぜかあったかい。もしかして即死で即昇天? ここって天国なのかしら。


 『────ッわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 ひゃうっ!? な、何コレ、歓声!?

 恐る恐る目を開けて────最初に見たのはアイツの顔。

 乱れた呼吸。安堵の表情。わたしを抱きしめる腕に力がこもる。

 ────心配してくれたの? それってわたしが必要ってこと? 嬉しい。嬉しい! 士郎に助けられたのはコレで何度目だろう? そういえばいつも貸しだ借りだの言ってあんまり素直にお礼を言ってなかった。
 『ありがとう』を言うために口を開き────

 「っっこの、大バカヤロウ!!!!!」
 「きゃっ!?」

 いきなり怒鳴られた。

 「あんな危ないまねして、なに考えてんだこのバカ!! しかも思いっきり頭から落ちてきやがって!! 俺が間に合わなかったら絶対死んでたじゃないか!!!!」

 「だ、だって──」

 「だって、じゃない!! 少しは反省しろこのバカバカバカ!!!」

 ────こっ、こいつはーーーー!!!!!

 「──ああもうばかばかうるさい! もとはといえば士郎が悪いんじゃない!!」

 「俺が何したってゆーんだよ!! 自分のバカをひとのせいにするな!!!」

 「またばかって言ったわね!? ばかはそっちよこのバカ士郎!!!」

 「だから! どうして俺がバカなんだよバカ!!」

 「そんなのばかはばかだからに決まってるじゃないばか!! あほ!! どんかん!! ぼくねん!!
 少しは女の子の気持ちを理解しなさいよ!!!」

 溢れて止まらない感情。思い出される今日の出来事。
 察しの悪い士郎のこと。何度も行き違ったこと。一成にしてやられたこと。

 「なんどもなんどもなんども……! 会いに行ったのに!! ア……アンタいっつもいないし……!」

 綾子の話。蒔寺の話。三枝さんの話。素直になれない自分。

 「……わ、わたしの……こと…ずっと……ずっと放ったら……かしで………!」

 怒りは行き過ぎ悲しみに。

 「……わたしがどれだけ…………どれだけさみしかったか……」

 『死』を目前にして感じた、恐怖すらなかった虚無への怖れ。体が震えて止まらない。

 「……遠坂……?」

 「うるさいうるさい! ……ぅ…なによぉ……なんなのよぅ…………アンタまた……また……」

 ──何なのだコレは。コレが、あの遠坂凛か。生徒として、魔術師として、ひととして、完璧に、優雅に、美しく、たった一人で生きてきた遠坂凛か。どうしてそれが、こんなか弱き女なぞを演じているのか。どうしてこんな、大勢の前で醜態を晒さなければならないのか。

 「……またわたしのこと泣かす気ぃ……?」 

 涙が出そうになる。
 遠坂凛としての最後の意地で耐える。
 限界はすぐそこ、もはや喋ることすら出来そうに無い。

 「……ぅ……ぅぅ……」

 「げ!? ま、まてって遠坂……ああもうどうすりゃいいんだよ……」

 困る士郎。知らない、悪いのはオマエだ。どうにかしなさい。男でしょうが。

 「衛宮!」

 綾子が何かを投げ落とす。受け取る士郎。その手の中にはどこかの鍵。おそらくは弓道場のものだろう。……だって虎のマスコットついてるし。

 小さく手を振る綾子、軽く手を挙げ応える士郎。……うぅ、なんか仲良さげぇ……

 「ぅ……っ……ひくっ」

 それを見てまた何かがこみ上げてくる。遠坂凛が崩壊しかける。

 「おわ! ちょ、ちょっと待て遠坂。ここはマズイって。──ああもう! ほら、いくぞ!」

 ただ立っているので精一杯なわたしの手をつかみ、強引に引っ張っていく士郎。
 ……あったかい。
 あんまりあったかくて、張り詰めたものが切れそうで。ああ、視界が滲んできた……。

 「ふ……ぅふぇ……ふっ」
 「だーーー!! たのむからもうちょっとまてってーーーー!!!」










 ────弓道場の前までが限界だった。

 鍵を開けるために士郎が止まって、でもわたしは止まれなくて、士郎の背中にぶつかって、まわりには誰もいなくて……気づけば涙は溢れていた。

 あたふたする士郎をよそに、座り込んで動かないわたし。
 痺れを切らした士郎に、わたしは抱っこで中に連れて行かれ────そのまま彼を放さなかった。

 駄々っ子みたいに泣いた。今まで生きてきた中で一番泣いた。
 さすがに喚きはしなかったけど、しゃくりあげながらひたすらばか、ばかってそれこそバカみたいに言い続けた。

 なんとか収まってきたころには士郎の制服は涙でぐしょぐしょ。
 きっと顔もひどいことになってる。……鼻水はついてないと信じたい。

 「……少しは落ち着いたか?」

 恥ずかしくて顔もあげられず、コクンと頷くことしか出来ない。

 「そっか、よかった。……でさ、俺、遠坂に一体なにしたんだ? 俺って鈍いから知らないうちに遠坂のこと傷つけてたんだろ? ……ホントごめん」

 ────はあ、あれだけ言ってもまだわかんないなんて……。なんか気が抜けてしまった。

 「……別に士郎は何もしてないわ。……その何もしてないっていうのが良くないんだけど……悪いのはわたしね。かってに変なこと考えて腹を立てて、それを士郎にぶつけたの。
 ……でも士郎にだって責任あるんだからね。今日何度もあなたの教室に会いに行ったのにいっつもいないし……。わたしをほったらかして他の女といるんだもん」

 「……それって嫉妬したってことか?」

 ああもう、こいつはどこまで朴念仁なのか……

 「そうよ、ばか。理解したならこれからはもっとわたしを大事になさい」

 「はぁ? なに言ってんだ、俺は遠坂のこと世界で一番大事に思ってるぞ。そんなの当たり前じゃないか」

 ────なっ!? ……どうしてこいつはこう心臓に悪いことをさらっと言うのか。

 「ば、ばか! なに恥ずかしいこといってんのよ。だ、だいたい大事に思ってたって行動にあらわさなきゃ意味無いんだから!」

 「いや、だって遠坂から言い出したんだぞ。三年になるまでは仲良くするのを控えようって」

 「それは学校での話じゃない! 家ではもっとかまってくれたっていいのに!」

 「しょうがないだろ。学校と家とで態度変えられるほど器用じゃないんだよ、俺は。
 一度触れたら、きっともう離せなくなると思ったから。……俺だって我慢してたんだ」

 …………なんだ。そっか、士郎もそうだったんだ。わたしのことなんてどうでも良いってことじゃ無かったんだ。うん、安心した。

 「ばか。ホント女の子がわかってないんだから。寂しい思いさせるくらいなら我慢なんかしないでよ」

 士郎に抱きつく。見た目よりずっと逞しい体。撫でられる頭が眠気を誘うほど心地いい。

 「……いいんだな? ホントにもう我慢しないぞ、俺」

 「だから、いいって言ってるでしょ」

 わずか間が空く。何かを考え決めたのか、頭上で彼が頷く気配。「よし」とつぶやき

 「遠坂。顔あげて」

 …………なに?

 「え? ちょ、いやよ! 今のわたしの顔、きっと涙でぐちゃぐちゃになってるもの」

 そんなみっともない顔、見せられるはずが無い。

 「平気だ。男が女の涙に勝てないのは、女の子の泣き顔がかわいいからなんだぞ。ほら、だから遠坂のかわいい顔見せてほしい」

 う……い、いやそんなキザなこと言われても譲れないものが……でもちょっとグラッと……

 「だ、だめだってば……は、鼻水ついてるかもだし」

 「気にしない。……なんなら舐めてやろうか?」

 ────っはあぁぁぁ!? しょ、正気かコイツ!?

 「ば……な、なにバカなことを……! アンタ変態なんじゃないの!?」

 「あはは、冗談だよ。でも、顔あげてくんないと本当に舐めちまうぞ」

 ほ、本気で言ってるうぅぅぅぅぅ!!??

 「ちょ、ま……ア、アンタホントおかしいわよ!? だ、だいたい女の子が見せたくないって言ってる顔をなんでそんな見たがるのよ!」

 「いや、泣き顔見たいってのもそりゃあるんだけどさ……顔あげてくれなきゃキス出来ないじゃんか」

 …………………………はい?

 「ずっと、遠坂とキスしたいって思ってた。もう我慢しなくていいんだろ? だったら俺は、何よりもまず、遠坂とキスしたい」

 ────ああ、もう、ダメだ。さっきからコイツってばドキドキするようなことばっかり言うし。士郎の体は暖かいし。わたしだって、キス……したいし。うわ、士郎その顔反則……! どうしてそんな優しい顔を……っていつのまにかわたし顔あげてるし!?
 士郎の瞳に映るわたし。やっぱりひどい顔だ。髪はボサボサ、目は真っ赤。なのに────なのにその蕩けそうな笑みは何なんだ。ああまてちょいまてほんとまて。瞳をウルウル潤ませて、なんだそれは恋する乙女か。わたしはホントに遠坂凛か。

 「……遠坂……」「……士郎……」

 ────甘い声。今のはホントにわたしの声か。知らなかった。わたしってそんな、媚びるような声を出す、弱い女だったのか。でもいいや、だってほら見てわたし幸せそう。

 近づく瞳。触れる吐息。口に感じる士郎の愛────────










 「……あー……恥ずかしくて死ぬかも……」

 気が触れたとしか思えない二人を正気に戻したのは昼休み終了のチャイム。一体何度キスをしたのか。まともに戻った頭には、さっきの自分の痴態は致死レベル。思い出しちゃいけない、振り返れば恥がいる。
 ────だというのに。にやけた笑いがおさまらないよ勘弁してーー!!

 「授業サボっちまったな……」

 士郎……かわいいんだけど、そのにへら顔じゃ何言ってもバカみたいに見えると思うの……

 「しょうがないじゃない。わたしこんな顔じゃ人前に出れないし……士郎だって制服びしょ濡れだもの」

 「そりゃそうなんだけどさ……はあ……後が大変だぞ、俺たち」

 ……そう言えば……え、えっとちょっと待ってね、整理してみる。
 んと、まずわたしが士郎に突っかかって……痴話ゲンカに見えないことも無いことやって……わたしが窓から落ちて──ってコレだけでも大事件よね。えと、それから……うわ、どこをどう見たって痴情のもつれってヤツよね、アレ……で、わたしと士郎がどっかに消えて……そ…その後二人とも戻ってこないと……………目撃者もいっぱい……………こ、こんなのどう考えたって弁明の余地なしじゃない!!
 いやあぁぁぁ!? もうこの学校にいられないぃぃぃぃ!!! それどころかこの町に住むのだってもうムリよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! こ、こうなったら士郎、逃げましょう二人きりで、ってキャー♪ しろーのえっちー♪♪♪(←……何かもう突っ込むのも疲れた)

 「…………まあそれ以前に……遠坂がどいてくれなきゃ俺、動くことも出来ないんだけどな」

 うっ!? た、確かにわたしってばココに来てからずっと士郎のひざに乗ってるけど……

 「……い、いやそれは……ふ、ふふん。そんなコト言って、アンタだって喜んでるくせに。士郎ってばスケベだもんね〜」

 「な、なんだそれ! どうして俺がスケベなんだよ」

 そこでわたしは士郎が──わたしは認めてないが──『あかいあくま』と称する笑みを浮かべ

 「えー、言ってほしいの? さっきキスしてるとき、衛宮くんはどこを触っていたのかな〜?」

 「うぐっ……」

 「もしかして忘れちゃったのかしら? そんなにツマンナイ感触だったのかあ、ショックー。もう二度と触らせたくないな〜」

 あはは、なんか調子出てきたぞ。

 「ち、ちくしょう……あくまめ……」

 「ん? なになに? 言いたいことでもあるのかな衛宮くん? あるなら早く言ったほうがいいわよ」

 おお、葛藤してる。赤い顔青い顔泣きそうな顔に、しかめ顔。まさに百面相ね、おもしろいわ。……でも士郎、その手をニギニギしながらにやけるのはさすがにいただけないわよ。
 やがて士郎は何かに負けたようにガックリうな垂れ、

 「……うぅ……俺は、遠坂の胸触ってました……」
 「言葉が足り無すぎね。はい、もう一回」

 わたしに容赦は微塵も無かった。

 「〜〜〜ッくうぅぅちくしょう言えばいいんだろ! スケベな俺は遠坂の胸を触ってました! とっても気持ち良かったので二度と触らせないなんて言わないで下さいお願いします!!」

 「うんうん、よく出来ました♪」

 うーん、士郎いじめるのってたのしー♪ 赤くなってる士郎かわいー♪ やっぱりわたしと士郎はこうじゃないと。さっきみたいに積極的な士郎なんて……ま、まあ悪くないけど……らしくないし。

 「……うぅ……仕方ないじゃんかよぉ……俺だって男なんだよぉ……どれだけ禁欲生活送ってたか分かってんのかよぉ……とびきりかわいい女の子が一緒に暮らしてんだぞぉ……つらいんだぞ、悲しいんだぞ、泣けるんだぞぉぉ……」

 「士郎のアレ、固くなってるもんね」

 「そ、そういうことは気付いてても言わないのがマナーってもんだろうがぁぁぁぁ!!!」

 だってムッとしたし。『好きな女の子』じゃなくて『かわいい女の子』って言ったのがね……それってセイバーも含んでるでしょ、浮気者。

 「……ちくしょう……ちくしょう……さっきまではかわいかったのに……」

 「ふん、アレは間違いよ。士郎がわたしより優位に立つなんて十年早いわ」

 なんかぼそぼそ「あくまだ……あくまがいるよ……助けててんし様……」とか言ってるし。
 ふ、甘いわ。天使だってわたしの味方よ。ビバ、まいえんじぇる三枝。

 「くそっ……お前、ちょっと意地悪すぎないか……? 少しは手加減してくれ」

 「イヤよ。今まで放っとかれた分、キッチリお返ししてやるんだから」

 ああ、バカね士郎。「……俺、泣かないもん…男の子だもん…」だなんて……そんなかわいいこと言うからイジメたくなるのに。

 「……はあ。わかったよ、でも出来ればここで一気に清算してもらいたいんだが。……いつまでもネチネチやられると人生に背を向けたくなりそうだし……」

 「う〜ん、ま、いいかな。じゃあ……そうね、とりあえず士郎の気持ちが聞きたいな」

 「?気持ちって、なんの」

 このニブチン。

 「だから……わたしへの、よ。ほら、あるでしょう? どうしてキスしたかったのかとか……そういうのよ」

 「────なっ!? そ、そんな恥ずかしいコト言えるかぁ!!」

 「えぇ!? そんな、ひ、ひどいわ! 衛宮くんはわたしに、そんな恥ずかしくて言えないほどエッチな気持ちで接していたのね!? 体だけが目当てだったのねーー!?」

 「だあぁぁぁぁぁぁぁ恥ずかしいの意味がちがぁぁうっていうかお前分かってて言ってるだろ絶対!!! そんで俺のことからかって喜んでるだろ間違いなく!!!」

 だって、ココで全部お返ししてくれって言ったの士郎だし。

 「……もう。それくらいどうして言えないのよ。さっき言ってたことの方がよっぽど恥ずかしいじゃない」

 なにが「遠坂とキスしたい」よキザったらしい。……嬉しかったけどさ。

 「い、いやそれはまた別というか何と言うか……さっきのは自然に出てきた言葉だったし……」

 そんなのは分かってる。普段はとってもウブなくせに、時に言われた相手がアタマ沸騰させるほどのセリフをサラッと言う。それが思ったことがそのまま出たモノだって、相手にも伝わるから効果倍増。実に危険な天然だ。一体何人エジキにしたんだコノヤロウ。
 ……そういえばわたし、アーチャーのこと女たらしだって思ったなあ……ああならないように見張ってないと。

 「だ、だいたいだなあ。ちょっとずるくないか? 俺は何度か気持ち伝えてるけど、遠坂それに一度も答え、くれてないだろ」

 「へ?」

 ちょ、ちょっと待ってよ。いくらなんでもそんなことは…………あ、あれ?

 「好きみたいなことは一応言われたけど……アレってどう考えても友達としてというか……仲間としてというか……そんな雰囲気だったし……俺胸を張って遠坂と恋人だって言える自信、イマイチ無いんだけど」

 う、うくっ!? た、たしかに……

 「……で、でも! わたしたち……そ、その……シ、シタじゃない! そりゃアレはパスを通すためだったけど……そ、そういうの無しでって言ったでしょ! し、士郎が相手じゃなかったら、わたしあんなコト言わなかったんだからね!!」

 「わかってるよ。……遠坂は魔術師だし、それがどうしても必要なら、相手がどんなに嫌いなヤツでもするだろうけど……それはあくまで『魔術師』としてで、許すのはカラダだけで……でも、あの夜俺が抱いた遠坂は『女の子』で、ココロも許してくれたってわかってる。──うん、だから俺は、遠坂に好かれてるっていう自信はあるんだ」

 「だ、だったら……」

 「でもさ、遠坂だって俺の気持ちは分かってるだろ? 俺は好きでもない娘とキスなんてしないし……ましてや抱いたりなんか出来ない。遠坂なら分かってくれてるよな?
 それでも、俺も遠坂も相手の気持ちが聞きたいって思ってる。
 お互い好き合ってるからって恋人同士だと決まったわけじゃないだろ? だからだよ。だから相手にハッキリ言って欲しいって思うんだ。
 そりゃさ、言わなくても伝わる気持ちってのも良いもんだけどさ、せっかく俺たちは自分で伝えること出来るんだし。それに、そうやって直接伝えて、相手が気持ちを受け取ってくれて、それで喜んでくれるなら自分にとっても凄く嬉しいことだと思わないか?
 ──うん、そうだよ。だから俺、今から遠坂に気持ち伝える。遠坂もそれに応えてくれたら、俺きっと凄い幸せになれると思う」

 ────今日の士郎はどうかしてる。わたしをドキドキさせることばかり言って……今まで出し惜しみしてたんじゃないかとすら思う。もっと早くに言ってくれればわたしが苦しむことも無かったのに……
 ────ああまったく卑怯なヤツだ。そんな風に言われたら応えないわけにはいかないじゃないか。
 だって……士郎を最高にハッピーにするのがわたしの目標なんだから────

 「遠坂」

 うん。

 「俺の想い、伝えるよ」

 うん。

 「────衛宮士郎は、遠坂凛を愛しています」

 うん。

 「────そして、これからもずっと、愛していきます」

 うん。

 「────だから君のそばにいさせてほしい」

 うん。

 「それを許してくれますか?」

 士郎。貴方の言ったコトがよくわかるわ。わたし今とても幸せ。

 「もちろんよ」

 わたしが応えたら貴方も幸せになるの? その喜びが、またわたしを幸せにしてくれるの?

 「だって」

 それなら、わたしも言える。恥ずかしくって言えないって思ってたけど、それならきっと大丈夫。

 「────遠坂凛も、衛宮士郎を愛してるから」










 ────わたしの答えを聞いた士郎の顔。

 ────それはアイツの、あの時の笑顔にそっくりで。

 ────だから確信できる。

 ────もう士郎は大丈夫だって。

 ────アイツみたいにはならないって。

 ────アイツが最期に手に入れた。

 ────がんばってがんばって、何もかも磨耗しきるほどがんばって。

 ────その果てにやっと手に入れたあの笑顔を。

 ────士郎はもう、持っているから。

 ────答えを既に、得ているのだから。








 未来のことはわからないけど、それでもこれは決まったこと。

 わたしたちは、ずっと幸せ。





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【あとがき】
 おわったーーー!! ギャー!? 何コレ? ハズッ!
 いやあー随分ながくなった。当初の予定……どころか前編出した時だって前後編で終わる予定だったのに。キャラが勝手に動くってこういうことだろうか? 特に凛。なぜにあそこまで暴走するか? もはや別人だって。……あ、でもあの暴走っぷりはあくまで心の中であって、さすがは遠坂凛、はたからは、ちょっと変かな? くらいにしか見えません。……力量不足で伝わってないと思いますけど。申し訳ない。
 今回のテーマ、『恋』だったんですけど……いつのまにやら『少女マンガ』になってるし。書いてて死にたくなりました。……でもやっぱりこんなのが理想かな、とか思ったり。
 このssの士郎、やたらもててるように書かれてるけど、実際はもうちょっと控えめ。士郎に本気で惚れてるのは凛と桜と、あと陸上か弓道の娘のどっちかぐらいかな? もう一方と美綴は士郎に告白されたらまあ付き合うってくらいのイメージです、俺の中では。でも士郎ってあちこちで人助けしてるだろうし、好意持ってる娘はわりと多そうですよね、三枝さんみたいに。
 消しゴムのくだり、自分でも強引だと思うけど……星が見えたスター!? がやりたくて……。
 書きやすいかなと思って凛の一人称にしてみたけど問題発生。凛のことをかわいいって書けない! 自分で自分のことかわいいって連発してたらイタイやつだし。結果なぜか士郎の方がかわいいと表記されてる回数多いということに……ビックリだ。で、なんとか凛のかわいさを表現しようとがんばってみたけど……これが暴走の原因か? ま、いいか。凛に萌えたって言ってくれる人、結構いたし。本望です。
 Fateってホントにおもしろいんで、書きたいネタが結構あるんですよね。凛とセイバーとか、凛とランサーとか、凛と金ピカとか……って全部凛だし。凛萌え。
 ssって基本的に自己満足だけど、おもしろいとか、次も読みたいとか言ってくれる人がいると本気で嬉しい。……あー、なんか後書きまでながくなってしまった。すいません。ss書くのに不慣れな分、書きあがったときの興奮が抑えられなくて……
 ではまた。次の作品も読んでくれたら嬉しいです。

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 蛇足なおまけ。


【その頃の姦し娘さんたち】

 「しっかし……あの遠坂がねぇ。さっきの見た? あれ、マジ泣き寸前だったよな」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←呆然)

 「ああ、確かに。……ほぼ完璧な遠坂嬢に唯一欠けているものが可愛らしさだと思っていたのだが……まさかあれほど高レベルのものを持っているとはな。恐ろしい逸材だ」

 「だよなー。あの普段とのギャップ、あれで落ちない男はいないよなー。あたしですらかわいいと思ったもんなー。……同じくらい気味悪かったけど」

 「そうか? 私はなかなかおもしろかったが。出来ればもう少し観察したかったな」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←まだまだ呆然)

 「あ、それは分かる。美綴、あんた何で助け舟出したのさ」

 「ん? だってアレじゃ見世物じゃないか。友人として、見捨てて置けないだろ」

 「そりゃそうだけどさ……」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←あ、何か目がうつろ)

 「──そういえばさ、うちの部室で最近よくモノが盗まれるんだよ。下着とか、なんに使うのか知らないけど袴とかさ」

 「は? いきなり何言い出してんの、あんた」

 「何度か鍵変えたんだけど続いてさ、困ってたんだよね」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←うわ、体がプルプルと……)

 「美綴女史、意図が掴めないのだが……」

 「でさ、仕方ないからさ」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←ギャッ!? その笑みはヤバイッす!)

 「──────監視カメラをつけてみたんだ」

 「「……………………」」

 「その甲斐あってこないだ犯人捕まえたんだけど……カメラはずすの忘れてたなあ。……あ、道場と更衣室に仕掛けてるからアイツ等も映ってるかもね」

 「……遠坂さんと……衛宮君が……」(←げ、限界?)

 「……二人が上手くいったか見届けるのも、友人としての務めだとは思わないかい?」

 「…………そうだよな」

 「…………遠坂嬢とは昼食を共にした仲だ、放っておくわけにはいくまい」

 「「「「……………………」」」」

 「「「友情にカンパイ」」」「とおさかさんとえみやくんがーーーーー!?!?!?」





 (ああ、不幸がすぐそこに……)










【その六時間後のセイバーさん】

 「シロウも凛も今日は随分と遅いですね……。!?まさか二人の身に何か──」

      くぅ♪ くきゅるぅぅ♪

 「…………はあ……お腹空きました…………」

 けっきょくかのじょはこのひごはんをたべれませんでした まる





 (ふたりはいったいどうしたんでしょうね♪)










【その翌日の一成さん】

 アカイアクマ裁判ニカケラル。
 起訴内容ハエミヤシロウヘノホモ行為疑惑。
 原告側弁護人トオサカリンノ的確カツ苛烈ナ追求ニヨリ、
 被告側弁護人トオサカリンノ奮戦モムナシク、
 裁判長トオサカリンノ判決ハ有罪。
 罰トシテトアルカップルノイチャツクサマヲ見セツケラル。










【その後しばらくの間の藤村さんと桜さん】










 トラとら虎。

 クロくろ黒。


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