夜の一族


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1: ぐまー (2004/03/08 20:59:09)




「御鏡さん、遠野家はまだですか?」

「ああ、多分もうそろそろの筈だ。」

「御鏡さん、それ何度目ですか?」

「さあ、何度目だろうな?」

「・・・・・・・・・まさかとは思うんですけど、・・・・・・迷ってませんよね?」

「ばっ、馬鹿な事いうな。 俺が迷うわけないだろう?」

「消月、雨夜の話だと一時間程度の距離だと聞いていたが何故三時間近くもさ迷わなければならない?」

「鋼岩、そりゃあ気のせいだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「まあいいだろう、そういうことにしといてやる。」

「ところで御鏡さん、僕等以外の七頭目はもう集まってるんですか?」

「八雲と草薙はもう着いてるって聞いたが。 両儀は知らん。 アレには関わりたくない。」

「どうしてですか?」

「アレは七夜にも引けをとらないほどの力を持った一族だ。 七夜自体が俺らのレベルじゃないのにそんなのと対等に渡り合えるような化け物一族とは関わりたくないんだよ。 だから七夜と両儀には逆らう奴がいないんだよ。」

「消月、七夜と両儀に聞かれていたらお前の命は無いぞ。」

「物騒な事言うなよ。 噂をすれば影って言うだろ?」

「心配しなくとも両儀がここにいる筈無かろう。 両儀が道に迷うとも思えんしな。」

「ああ、わかったわかったわかったよ。 ああそうですよ、道に迷いました。 これで気が済んだか!」

「やはり道に迷っていたか。」

「やっぱりそうだったんですか。」

「ああそうだよ! 文句あっか。」

「大有りだ。 遠野家の位置がわからん以上到達するのが不可能になった。 どうするつもりだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「御鏡さん? どうするつもりなんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「止むを得ん。 八雲の気配を追うか。」

そう言って巫条さんは目を閉じた。
俺の名前は浅神霊魔。
退魔七頭目の浅神の十八代目当主だ。
そして俺の隣で突っ立っているのが御鏡消月。
同じく七頭目の御鏡の十七代目当主。
そして俺の目の前で目を閉じているのが巫浄鋼岩。
これまた同じく七頭目の巫条の十七代目当主だ。
なぜこんなことになっているかというと七頭目に収集がかかったとき偶々俺等三人が同じ依頼を終えた所だったわけで、依頼内容と以来場所を聞いたのが物覚えの悪い御鏡さんだったからだ。
いや、その連絡が電話なんていうもので来たのも原因の一つだろう。
どちらにしても今は巫浄さんの力に頼るしかない。
ちなみに何故俺が十八代当主かというと親父がもう退魔を行えるほどの力が残っていないからだ。
だから当主の座が俺に回ってきた。
そして俺が当主になってもう三年になる。
俺は今十七だが大抵の退魔の家系は学校に行くという概念が無い。
特に七頭目の家の子は殆ど学校に行ったことが無い。
確か世間一般の目をごまかす為に浅神と両儀の所は学校に行っているらしい。
分家の中にも学校に行かせている所もあるらしい。
けど俺に言わせればそんな暇があるならその時間を鍛錬に費やした方が断然有効活用できると思う。
そもそも七頭目の中でも白兵戦を得意とするのは七夜、両儀、八雲、草薙の四家系で、残りの浅神、巫浄、御鏡は法術や特殊能力といったように後方支援が主だ。
だから俺は鍛錬を積んでいずれ七頭目の長になってやろうと思う。
長きに渡る退魔機関の長はいずれも七夜か両儀からしか出ていない。
しかも七夜と両儀の比率は凡そ八対二という高確率で七夜が長になっている。
だからその歴史に終止符を打とうと考えたわけだ。
けど中々上手くいかないもんだ。

「おおよその位置はわかったぞ。」

「さすがは鋼岩、頼りになるぜ。」

「お前ももう少し頼りがいのあるヤツならな。」

「うっ・・・・・・と、とにかく場所がわかったなら行こうぜ。」

「はぁ、・・・・・・行くぞ霊魔。」

「はい。」

巫浄さんが跳んでそれに続く。
いくら白兵戦が不得意といっても七頭目の一員だけあってそこらの退魔家系には引けをとらない程度の対術は身につけている。
先程までとは全くの逆方向に進んでいく。
暫くすると街の明かりが見えてた。

「あれが三咲町か。」

「その通りだ。 意外だな、物忘れの激しい御鏡が同行していてこんなに早く着くとは。」

「「「 !? 」」」

とっさに辺りを見回す。
だが付近には何の気配もない。

「どこだ、出て来い。」

「おいおい坊主。 ンナ事言われて大人しく出てくる馬鹿はいねぇぞ。」

「雷狼、少しは黙りおれ。」

「なんだと、狗鳥。 てめぇいちいち五月蠅せぇんだよ。」

「止めろ。 見苦しいぞ。」

敵はどうやら三人。

「残念、はずれ。 敵は四人だよ。」

「なっ、どうして・・・」

「考えていることが解かったのかって? さぁ、何故でしょう〜。」

「一応姿くらいは見せてやるぜ。 敵の姿も拝めずに死ぬのも哀れだからな。」

「雷狼、次貴様が口を開いたら命はないと思え。」

「わかったよ、鈴丸。 本気にすんなって。」

そして四人の影が音もなくあわられた。

「一応自己紹介ぐらいしてあげる。 僕は鬼呑子、暗夜の仲間さ。 好きな事は戦うことだよ〜。」

鬼呑子と名乗ったソイツは灰色の着流しの上から灰色の羽織を羽織っているだけだった。
だが飄々としているが隙はない。
腰の辺りまである水色の長い髪は後ろで一まとめにされている。

「俺様は雷狼だ。 まぁ、てめぇらの数十倍は強ぇって事だけ教えといてやる。」

明らかにこちらを見下した態度で名乗ったそいつはボロボロの袖の短い和服を着ていて泰から見ると昔の乞食のような風貌だ。
だがその風貌とは異なり短く刈り込まれた金髪と緑の瞳がコイツがそういった類のものでないことを証明している。

「ふん、・・・・・・、まあよかろう。 我が名は狗鳥。 少なくともそこにいる駄狼よりは強いと自負しておこう。」

どこか年寄りを思わせる口調のそいつはぱっと見天狗を連想させる格好をしていた。
白い着物に白い長髪。
おまけに見た目は七・八十の老人に見えたからだ。

「ンだとコラ! 試してみっか!」

「・・・・・・雷狼、先程言ったことを忘れたか?」

「あっ、いや、その。」

「貴様らが我らの事を知っても無意味だが冥土の土産に教えてやろう。 我は鈴丸、ここで貴様らを殺すよう言われている。」

最後にコイツは今が平安時代かそこらだったら至って普通の人に見えた。
服は他の三人より立派な青い和服の上から更に青い羽織を羽織っていて髪も綺麗に纏めて後ろで束ねている。
俗に言うオールバックだ。

「ほう、俺らを殺すとはいい度胸だな。 物言いには気を付けな。」

「貴様らごときでは我等には敵わぬ。 大人しくしていれば一息に殺してやろう。」

「浅神、出来るか?」

「ハイ。」

「鋼岩、霊魔、油断するなよ。」

「言われなくとも判っている。」

「へぇ、俺らとやる気なんだ。 いいねぇいいねぇ、大人しく殺されたんじゃつまらないもんね。」

「けど俺らが四人に相手三人じゃ数が合わないぜ。 一人余っちまう。」

「我はやらぬ。 お前らが相手しろ。」

「やむを得ぬ、相手になろう。」

「さ〜て、俺の相手は誰かな〜。」

「ククククククク、バラバラに切り刻んでやるぜー。」

「来るぞ。」

「相手の能力が解からぬ以上バラバラに戦うのは望ましくない。 浅神、後衛に回るぞ」

「ハイ。」

「さて、貴様らの相手をするはいいが生憎とこちらの予定も押しているのでな。 早急に死んでもらうぞ。」

狗鳥は懐から出した扇を上から振り下ろした。
同時に突風が吹きぬける。
だがそれはただの突風ではない。
周りにあった木や岩も一緒に飛んでくる。

「グッ。」

「なっなんだ。」

「うわっ。」

なんとかそれらをかわすがとてもじゃないけどこれじゃあ埒が明かない。
しかも相手はまだ二人がフリーの状態だ。
今襲われたら勝ち目はない。
なんとか狗鳥を凝視する。
敵は余裕の表情で遊んでいるようだ。
ゆっくりと魔眼を発動する。
そして・・・・・・狗鳥の前の辺りに軸を定めた。

「曲がれ。」

そう呟いた途端狗鳥が起していた風向きはたった今作った軸から曲がって逆方向に変わった。

「なっ、オイどういうことだ、狗鳥。」

「ぬ。」

「あれれ〜。 どうして風がこっちに吹くの〜?」

「今だ。」

御鏡さんが両手を払った。
御鏡さんの武器は鋼糸だ。
一斉に御鏡さんの手から鋼糸が伸びていく。
鬼呑子って奴と狗鳥はソレラをかわしたが雷狼はかわしきれずに鋼糸につかまった。

「くっ、この野郎、下等生物の分際で。」

「ふん、その下等生物にすら劣るお前はなんだ?」

そう言って御鏡さんが鋼糸を引いた。

「ぐぉぉぉぉ。」

同時に雷狼の体が切り刻まれる。

更に追い討ちとして雷狼に軸を定める。

「曲がれ。」

バキバキと音を立てて雷狼の体が捻れる。

「へぇ〜、そういう力だったんだ。」

「 !?」

あわてて振り返ると鬼呑子に後ろを取られていた。

「バイバイ。」

殺られると思った瞬間鬼呑子は後ろに飛びのいていた。
次の瞬間さっきまで鬼呑子がいた所は炎に包まれていた。

「外したか。」

「危ない危ない。 へぇ、おじさんは魔術師か〜。」

「だが隙だらけだ。」

いつの間にか狗鳥が巫条さんの後ろにいる。
急いで軸を定めて狗鳥の体を捻る。

「甘い。」

狗鳥が飛び上がったが視線をそちらに向ける。
だが思ったより速くて左手を視界に捕らえるのが精一杯だった。
だが左手は確実に殺した。

「ぐっ、なるほど。 貴様の視界にいる間はその力が働くというわけか。」

「きまりだね〜。 俺はこのおじさん相手にするから狗鳥はこの子の相手して。」

「よかろう。」

正直一対一でこいつを倒せる自信がない。
いくら俺が七頭目の一員だからといって所詮はまだまだ子供だ。
けどここはやるしかない。

「行くぞ。」

周囲の障害物全てに軸を定める。
ちょうど狗鳥に跳んでいくよう軸を定め一気に捻った。
だが狗鳥はそれらを先程の扇で捌いていく。
その隙に狗鳥の背骨に軸を定める。

「曲がれ。」

バキン、と一際大きな音を立てて狗鳥の背骨が折れる。
が、

「ふん、やるではないか。」

狗鳥の顔には笑みがこぼれている。

「なっ、馬鹿な。」

仮にも背骨を折られて無事な奴なんていない。
それは人間だろうと人間じゃなかろうと。
折れた骨が修復されるって言うなら話は別だ。
だが折れたままでアイツは笑ってる。
勝てない、と浅神の血が俺に囁いた。
でもやらなきゃ。
今度は狗鳥の体全身に軸を定める。

「曲がれ。」

「ふん、見飽きたぞ。」

曲げようとした瞬間狗鳥が消えた。
俺の能力は相手を視界に納めていなければ働かない。
つまり俺の動体視力がものを言う。
だけど長きに渡る浅神の歴史はその欠点を改善していた。
それは

「甘いよ。」

目を瞑って狗鳥を“視る”。
そして

「曲がれ。」

今度は外さない。

「ぬぉぉぉ。」

バキボキグチャ

ものすごい音と共に狗鳥が上から落ちてきた。
それも当然だ。
体中に軸を定めた。
あれなら人であろうとなかろうとただではすまない。

「馬鹿な・・・・・・貴様の力は貴様の視界にいなければ働かないはず。」

「確かに、十代目の当主まではそうだった。 けど十一代目が新たな力を開花させた。」

「なんだと、・・・・・・。 !? まさか・・・・・・」

「そう、千里眼。 それが十一代目が開花させた力。」

「ぐっ、・・・・・・貴様の力を侮っていたようだ。」

勝てる、と思った瞬間ゾクリとした。

「だが勘違いするな。 今のが私の本気ではない。 止むを得ん、本気で相手をしよう。」

狗鳥の周りに空気が集まっていく。
そしてソレラが渦巻いて狗鳥を包んでいく。

「くっ。」

その中に軸を定めるが曲げることが出来ない。
風の力が曲げようとする力より強くて曲げることが出来ない。
と、次の瞬間風が弾けた。





「てめぇ、人間ごときが俺様にたてついてただで済むと思うなよ。」

「ふん、貴様ごときに負けるほど俺は弱くない。」

「上等だ、やって見やがれ。」

「なら死ね。 ――――――」

呪文を唱える。
すると雷狼を捕らえていた鋼糸が一斉に燃え上がる。

「ぐぉぉぉぉぉ。」

雷狼が炎に包まれる。
が、

「な〜んちゃって。」

今まで燃えていた鋼糸の炎が消えたと思った次の瞬間
ドン
体に衝撃が走った。
ドサッ
訳も解からず体が動かなくなる。

「はーっはっはっはっはっは。 ぶぅあーか。 俺の力は雷を操る力だ。 こんな鉄の糸で俺を縛ってるのは俺に殺してくれって言ってるようなもんなんだよ。」

チッ、体がぴくりとも動かない。

「当然だぜ。 人間の体ってーのはな微弱な電気で動いてんだよ。 それを打ち消すぐらいの大電流を流してやったんだからな。」

「けっ、要するに俺の動きを封じなきゃ勝てないからそうしたんだろう?」

「・・・・・・なんだと。」

「だからよ、相手の動きを封じなきゃ勝てない臆病者だろ、って言ってんだよ。」

「・・・・・・上等だ。」

一瞬体が痺れたような感覚があった。

「それで動けるぜ。 お前は俺が相手の動きを封じなきゃ勝てないって言ったな。 後悔させてやるぜ。」

引っ掛かった。
コイツ阿保だ。
暑くなりやすい性格だからもしやと思って試してみたらものの見事に引っ掛かった。
だがこれで勝機が出てきた。
体は少し痺れる程度で問題ない。

「おら、どうした。 もう体は動くんだからとっとと起きやがれ。」

ゆっくりと立ち上がり体制を整える。
敵は完全に頭に血を上らせている。
コイツを仕留めるなら一撃でしとめなきゃいけない。

「行くぜ、おら。」

雷狼がこちらに向けて走ってくる。
それを迎え撃とうとした時突然横風が吹いた。





「あれれ〜、どうしたのおじさん。 ただ見てるだけじゃ僕は倒せないよ?」

「ふん、もし俺が魔眼を持っていたらどうする?」

「それはないない。 だっておじさんの眼、・・・・・・普通の浄眼だもん。」

一瞬ゾクリとした。
とてつもない殺気だった。
それになぜただの浄眼と見破れたのか?
あいつの言うとおり魔眼は持っていない。
だがその代わりに・・・・・・

「炎浄」

言葉と共に鬼呑子の体が業火に飲み込まれる。
大抵のモノならこれで跡形もなく消え去る。


「うっわぁ〜。 危ない危ない。 もう、酷いじゃないか、いきなりあんなことするなんて。」

「馬鹿な・・・」

まだ燃え盛る炎の中から出て来たのは無傷の鬼呑子の姿だった。

「あのね、普通のヤツならさっきので死んでたかもしれないけど僕と鈴丸はあんなのじゃ死ねないよ?」

「業魔炎」

炎に温度をつけるなら高温になるほど白に近づくそうだ。
そしてこの世に存在する炎で最も高い温度の炎で白だ。
だが、今出した炎はそれよりも高温の炎。
この世に存在しないもの。
魔界の炎を呼び出した。
これは普通の術師では呼び出すどころか存在さえ知らない。
それに呼び出すのにも高度な技術が要求される。
失敗すれば命を落とす危険もある。
だが威力は絶大でこの世にある炎の魔術を遥かに上回る。
それはもはや一種の魔法の領域にまで達している。
だが、

「ふふふ、だからさっきいったでしょ? 僕と鈴丸はこの程度では死なない、って。」

信じられないことに魔界の炎を使ったというのに未だ目の前の敵は無傷だった。

「そろそろネタ切れ? だったら、・・・・・・終わりにしようか。」

一気に殺気が膨れ上がる。

―――魔界の炎がダメなら無属性の魔術で倒す。

魔術を使うために精神を集中した時、突風が吹きぬけた。





「なっ、一体なんだってんだ?」

「げっ、ありゃあ狗鳥。 かぁー、あのガキ余計なことを。」

「どういうことだ?」

「へっ、てめぇらなんかが知っても意味ねぇよ。」

「なんだと。」

「まあ一つだけいえるのは、おめぇらはもう生きちゃ帰れねぇってことだ。」





「鬼呑子、アレはなんだ?」

「ふふふ、ざ〜んねん。 せっかくこれから面白くなりそうだったのに。 ・・・・・・アレはね、狗鳥が本気になっちゃったの。」

「何?」

「僕たちのこの姿はね仮の姿なの。 本気になるってことは元の姿に戻るってコト。」

「つまり普段は力を押さえ込んでいると言う訳か。」

「そいういうこと。」

「・・・・・・何たる化け物だ。」





「くっ、なんて風圧だ。」

思わずよろけてしまった。
今まで狗鳥を取り巻いていた風が弾けて砂を巻き上げ辺り一面砂埃で状況を確認しづらい。
だけどハッキリと気配を感じる。
先程までとは比べ物にならないほど強力な気配が。
段々砂埃が収まって辺りが見渡せるようになってきた。
そして砂埃の中から現れたのわ、・・・全長五・六メーターはありそうな巨大な緑の鳥だった。
だがハッキリと解かる。
コイツは狗鳥だ。
おそらくこれがコイツの本来の姿。

『俺をここまで追い込んだのは貴様が数百年ぶりだ。』

「あっそう、よっぽど弱い相手としか戦わなかったんだな。」

『ふん、勝手に謳っておれ。』

目の前の鳥が翼を広げる。
たったそれだけで突風が吹き抜けた。
思わずよろけるがすぐに体制を整えて軸を定めた。

「曲がれ。」

果たして先程までとは殆ど異なる生命体と化したコイツにこれが通用するかどうか解らないが自分の武器はこれしかない。
つまりそれは、

『貴様のその力、もはや我には通用せん。 その力が無ければ貴様はただのゴミにすぎん。』

広げた翼をはばたかせる。
風圧もさることながら、羽根も飛んでくる。
それらを何とかかわすが数が多すぎてかわしきれない。
一枚が肩をかすった。

「うぁぁ。」

羽根は掠って行っただけだがまるで抉り取られたかのような激痛が走る。
見れば傷口は本当に抉り取られている。

「なっ、一体なんで?」

考える間もなく次々と羽根が襲ってくる。
当然かわしきれずに何枚も体に突き刺さる。
それは触れるだけでかまいたちを起こし体中を抉っていく。

「うわぁぁぁぁ。」

「霊魔。」

「浅神。」

遠くで御鏡さんと巫浄さんが叫んでるのが聞こえる。
でも、さすがにここまでかな。
皮肉なことだ。
自分は対術さえ身につければ七夜や両儀を超えられると信じていたのに、結局体術を身につけようが身につけまいが俺は七夜や両儀のように強くはなれないということだ。

『死ね。 もとより貴様ごときが我に敵うはずが無かろう。 地獄で後悔するがいい。』

「霊魔―――! ちくしょう、どきやがれ。」

「バーカ、ンナコト言われてどく馬鹿が何処にいる。」

「鬼呑子、どいてもらうぞ。」

「それはだ〜め。」

遠くで俺を助けるために御鏡さんと巫浄さんがこっちに来ようとしている。
でも相手もそれをさせずと阻止している。
今回ばかりはどうしようもない。
自分の人生もそう悪い物ではなかったと諦めかけたその時、

ザスッ

そんな音を立てて今まで吹いていた突風は止んだ。
同時に体が崩れ落ちる。
狗鳥は驚愕の表情を浮かべている。
それもそうか、訳も解からず突然風が止んだんだから。
が、突然起こった不可思議現象はそれだけにとどまらなかった。

ドスッ

と、音を立てて狗鳥の右翼が落ちる。
狗鳥は何が起きたのか全く解からず混乱している。

『グガァァァァ。 キ、貴様何をした。』

狗鳥はこっちを睨んでいる。
音だけがして狗鳥が切り刻まれていく。
ザシュザシュと音を立てて血しぶきが上がる。

「なるほど〜、そういうことか〜。」

と、鬼呑子だけは何が起こっているか判ったようだ。
鬼呑子の姿が一瞬消える。

ガキンッ

ものすごい音がして鬼呑子の姿が再び現れた。
と、

ズザァァァァァァ

と地面を滑っていく人影が眼に入った。

ズドンッ

と音を立てて狗鳥は倒れこんだ。
改めて今現れた人影に視線を向ける。
それはとても不思議な人だった。
今時俺たち以外にこんな格好をしてるヤツがいるのかというような服装で、藍色の和服の上から真っ赤な革のジャンパーを着ていて皮の編み上げブーツを履いている。
左腰には日本刀が刺されていて右手にはナイフが握られ髪は肩の辺りで乱雑に切りそろえられ女性とも男性とも取れる中世的な顔立ち。
そしてその瞳は明確な殺人意思を持って蒼く輝いている。

「へぇ〜、君みたいな子がこんなことやってたんだ。」

「・・・・・・・・・お前、邪魔するなら殺すぞ。」

「うっわぁぁぁぁ、随分物騒なこと言うんだね〜。」

俺って言葉遣いからしてこの人は男だろう。
それにしても俺の力が通用しなかった相手をいとも簡単に切り刻んだことから見て相当な手慣れだ。

ガキンッ

いつの間にかその男は鬼呑子に襲い掛かっていた。
今の動きは全く見えなかった。
これでも七頭目の中でも結構動体視力は高い方だがそれでも残像さえ映らなかった。
それほどの速さで振るわれたナイフを難なく受け止めれるということは、コイツも相当な手慣れだと言うことだ。

「あはははは、さすがにこれ以上はまずいんじゃない、鈴丸。」

鬼呑子はあんな化け物みたいな速さで振るわれるナイフを裁きながら鈴丸と言うやつに話しかける余裕さえある。

「・・・・・・・・・止むを得ん。 引き上げるぞ、ここで七神の一角を落とされるわけにはいかん。」

「チッ、続きはまた今度だ。」

「逃げるのか。」

「勘違いすんな。 てめぇとの決着はいずれつける。」

「ふふふ、そういうわけだからここらでごめんね。」

「逃がさない。」

「そういうわけにはいかない、の。」

鬼呑子は今まで裁いていたナイフを裁かずに相手の頭上を飛び越え狗鳥のところまで跳んだ。
気絶している狗鳥を鈴丸は片手で担いでいて傍らには雷狼が立っている。

「また会おう、強者よ。」

突然そいつらの上に雷が落ちてきて激しい閃光に包まれる。
光が収まった後にはもうそこには誰もいなかった。

「ふう、助かった。」

「大丈夫か、霊魔。」

「ええ、なんとか。」

「傷を見せてみろ。」

巫浄さんが治療呪文を唱えてくれる。
体中の傷口が閉じていくのがわかる。

「ありがとうございます。」

「礼ならそこにいる者に言ってくれ。」

「助けてくれてありがとう、助かったよ。」

「・・・・・・・・・別に、偶々俺の先にあいつ等が居たから殺そうとしただけだ。」

「・・・・・・助けてもらっといてなんですが、・・・あんた何者だ。」

目の前の相手はとりあえず自分を助けたが味方とは限らない。
が、

「そんなのお前に関係ない。」

一秒かけずに即答された。

「いや、一丸にそうとも言い切れん。 なぜお前がここにいる?」

「巫浄さん、知ってるんですか?」

「何処で何してようとオレの勝手だろ。 一々お前らに説明する言われはない。」

「コイツはな、霊魔。 あの両儀の跡取り、両儀式だ。」

「この人が両儀の・・・・・・」

「たしかにお前が何処で何をしようがそれはお前の自由だ。 だが今はそうはいかない。 七夜から収集がかかっている今、勝手な行動は認められんぞ。」

「そういうお前らはなにやってんだ。」

「連れが方向音痴でな。 そいつのせいで遅れただけだ。」

「・・・・・・・・・ふん。」

「さあ、お前の番だ。 なぜここにいる。」

「オレも今向かってた所だったけどおかしな気配がしたから来てみただけだ。」

「そうか。 両儀、遠野家の場所はわかるか?」

「知らなきゃ行けないだろ。」

「調度よかった。 両儀、一緒に行ってもいいか?」

「別にいいけど。」

「決まりだな。 そうと決まれば膳は急げだ、とっとと行こうぜ。」

「その意見には賛成だな。 両儀、ここからどの位かかる?」

「大した距離じゃない。」

そう言って両儀式は歩き出した。
巫浄さんも御鏡さんもそれについて行く。
俺も黙ってそれに続いた。
アレが両儀の実力。
圧倒的な実力差。
今まで自分は七夜や両儀を超えるために十数年間鍛錬を積んできた。
だが、両儀の実力は俺の何倍も上だ。
俺が全く刃が立たなかった相手をあそこまで追い詰めていた。
今までの努力は無駄だったのか?
俺の目標。
それは七夜や両儀を体術で超え、特殊な力を持つが故に七頭目最強の存在になる。
というものだった。
だが現実はそう甘くはなく両儀の体術と俺のソレでは子供のお遊戯程度にしか見えなかっただろう。
俺の目標が実現不可能となった今俺は何を頼りに生きていけばいいんだろう。
空に月は無くまるで自分の心を移しているかのように当たりは闇に包まれている。
ただ新月だというだけなのに別世界にいるようだ。
拭いきれない不安を抱えたまま霊魔は歩調を速めた。




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