Stay Knight assasin,ver final&ep


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1: こきひ (2004/03/07 20:59:14)




 Stay Knight Assasin,ver















 final

 運命の朝は、記憶にあるそれよりも蒼かった。
 


 トオノシキが屋敷から出てくる。
 その足取りは、重い。
 見らずとも知れる気落ちの波動は、きっと周りの人たちにも伝染していたのだろう。
 今なら、あの時やけに親切にしてくれた不良友達の気持ちを素直に感謝することができる。
 きっと、翡翠や琥珀さんも、そして(多分)秋葉も俺を心配してくれていたに違いない。
 トオノシキを屋根の上から追う。
 坂を下り、あわせ道を歩いていく後姿を感じながら、それに従うように歩く。



 今日の放課後、すべてが決まる。
 あの赤い残光の中、答えは出る。

 ―――もしかしたら、結果は変わらなかったかもしれない。

 それはそれで、仕方がないと思う。
 しかし、仕方がないと思うのと、諦めるのは違う。
 もしも再び―――あいつらにとっては再びではないが―――決別しようとするというのなら、それを、今度こそ止める。
 ばいばいなんて言うあいつに、ばかおんな、って怒鳴ってやる。
 何もせずに呆然と見送ろうとした大馬鹿野郎のケツを蹴っ飛ばして、あいつの後を追わせてやる。
 ちょっとマズイかもしれないけど、それぐらいはしなくちゃ、いけない。
 道に学生の気配がポツポツと増えていく。
 交差点へと続く道(屋根)を、トオノシキを尾行て歩く。
 …………思えば、あの時。
 この交差点で、あそこに今あいつが待ってるみたいに、アルクェイドはガードレールに腰をかけて遠野志貴を待っていたんだ。

 「――――――え?」

 思わず、声をあげた。
 瞬時に自分の失態に気づいて、その身を隠す。
 別に気配遮断をしている上に屋根にいるので、誰も気づくことはないが、そんなことに気づかないくらい、驚いている。
 少し間を置いて、覗くように交差点の様子を視る。
 車がせわしなく走っていく道路に、いつかとまったく同じ光景が広がっている。
 「――――な」
 そこにいたのは、彼女だった。






 姿が見えるわけではない。
 ただ、
 肩口までの金の髪に白い服。
 細く長い眉と赤い瞳。
 ―――そのすべての気配を、彼女の雰囲気を、覚えている。

 「――――――」

 信号が青に変わる。
 アルクェイドが道路を横断して、遠野志貴に近づいていく。

 「――――――」

 声がでない。
 気持ちがいっぱいで、何をしていいか、わからない。
 それは下にいる彼も同じだったのではないかと思う。
 その証拠に、アルクェイドは何事か彼に話しかけているようだったが、そいつはただボソボソと何か呟くだけだ。
 そして、いくらか話しかけられた後で、
 
 「―――なんで生きてるんだよ、おまえ!」

 なんていう至極当然の疑問だが、我ながらそんな言い方はないだろう、という言葉を叫んだ。

 「いったぁ―――志貴、こえ大きすぎ〜」

 それに怒ることもなく答える彼女は、間違いなくあいつだけど。

 「おまえな……こえ大きすぎー、じゃないだろっ!
  なんで、なんで生きてるんだ……!
  俺は―――おまえはもういないんだって、
          もう、二度と会えないんだって、ずっと――――!」

 「あ、そっか。志貴には言ってなかったんだっけ。
  わたしがロアを追ってた理由。
 わたし、あいつに自分の力の一部を横取りされてたのよ。
  それをとり返すためにずっと追いかけていたんだけど、あいつ志貴に完全に消され
 ちゃったでしょ?
  で、ロアから解放されたわたしの力が戻ってきて、なんとか蘇生することができた
 んだ」

 「そ―――そんなこと、俺は全然聞いてないっ!」

 「言ってないわよ、そんなこと。志貴にはあんまり関係ない話だから」

 「お―――」

 「でね、とりあえず蘇生できたんだけど、吸血衝動が抑えられないくらい高ぶっちゃっ てて。
  そのまま志貴に会いにいったらきっととんでもないコトになるだろうから、力が戻る まで眠ってたんだ。
  そういうわけで、こうして元通りになって、衝動を抑えられるようになるのに七日間 もかかっちゃった」

 「え―――じゃ、じゃあ本当にもう大丈夫なのか、アルクェイド……?」

 「もっちろん! そうでなかったら志貴の前にはやってこないよ」



 ―――そこまで聞いて、俺は自分が涙を流していることに気がついた。



 「……は―――はは」
 笑ってしまう。
 あの時、なんらかの形であいつの助けをしていれば、たったの一週間で幸せは戻ってきたのに。
 そう考えると、嬉しいやら哀しいやらで感情がうまくコントロールできない。
 だけど、一つだけわかるのは、
 「……よかった。アルクェイドと、また過ごせて」
 アルクェイドの笑顔を見れることも、これから先のことも。
 いつか先輩に言ったように、こいつを独りきりにしたくないっていう、俺たちの望みも。
 何一つ―――彼は失うことはなかった。
 もはやこれは大手を振って喜べる結末だろう。
 俺自身、こうもうまくいくとは思っていなかったのだし。
 ならば、万々歳だ。
 …………言いたい事、伝えたい事は山ほどある。
 だけど、それを口にするのは俺の役目じゃない。
 だって、ほら。



 「―――おかえり。おまえのこと、ずっと、待ってた」



 今あいつの隣にいるのは、殺人貴である俺ではなく、遠野志貴である俺なんだから。






 そうしてしばらくむず痒いようなやり取りをした後、彼等は体を寄せ合った。
 そうして、おそらく最後になるであろうあいつの声が聞こえてくる。



 「ね、志貴。あの夜、シエルに言った時の気持ち、変わってない?」

 「……あの夜の気持ちって―――その、なに?」

 「わたしのこと、愛してるっていうアレ」

 「――――!」

 「……そうだ、忘れてた。盗み聞きはよくないぞ、アルクェイド」

 「聞こえちゃったんだから仕方ないでしょ。ね、それより聞かせて。あの時の言葉、
 今でも変わらないままでいてくれてる?」



 ――――ばかだ。本っ当にあいつはばかおんなだ。
 そんなの言うまでもない。というか俺はすでにあの夜に言ってしまったが。
 でも、その俺がそう思うんだ。だったら、あいつだって、



 「……ああ、変わってない。保障はできないけど、たぶん、ずっと変わらない」



 ほら、この通り。



 「そっか。それじゃあ、これから覚悟してよね志貴」



 その答えに満足したのか、彼女は何やら物騒な事を言い出した。
 要求を促すかつての俺に、彼女はこれ以上ないって程の声で、















 「だから、ずっと一緒だっていう約束。
  一番初めに言ったでしょ?
  わたしの責任、ちゃんととってもらうからって」















 そんな、一番聞きたかったけど、あんまり聞きたくない言葉を告げた。

 「は―――なるほど、たしかに覚悟がいるね、それ」

 それは、どちらが言った言葉だったのか。
 どうやら俺は、かつての俺にかなり大変な運命を押し付けてしまったらしい。
 俺にはできなかったあいつと一緒に過ごすという夢。
 考えてみればそれは、どんな死徒と戦っていく日々よりも、ものすさまじい日々かもしれない。
 ……だけど、まあ。
 それはそれで、これいじょうないってくらい楽しい日々なんだろうけど。















 二人の気配が遠ざかったところで、霊体から戻り、魔眼殺しを外す。
 見れば、少年と月のお姫様は人並みにさからって市街地の方向へと向かっていっていた。
 その、二人の後姿。
 自分が、本来なら今から残った人生すべてを賭して叶えたかったもう一つの結末。
 それにむかって、小さく呟く。
 「……よかったな」
 それはどちらに向けられたものだったのか、自分でもよくわからなかった。
 苦笑しながらその後姿を威圧しない程度に見つめ、焼きつける。
 もう、二度と忘れることのないように、その姿を、はっきりと思い出すことができるように。
 不意に背後から声がかかる。
 「終わったわね」
 「はい。終わりました」
 言って、振り返る。
 ここは屋根の上だっていうのに軽々と登ってこれる彼女の表情は、少し淋しげだった。
 「全部、終わりました。
  俺の見たかった事、やりたかった事、遣り残した事は、全部」
 先生は、そう、と呟くとトランクを瓦に下ろして、何か決意するように言った。
 「……志貴。君、これからどうするの?」
 「………………」
 そんなことは決まっている。目的を果たしたのだから―――
 「何もする事がない、って言うんだったらね」
 その黙考を握りつぶすように、彼女は言った。
 「今度―――来年の冬頃だからあと一年くらい後になるんだけど、冬木の町でまた聖杯 戦争があるみたいなのよね。
  ……それに、参加してみない?」
 「…………」
 「もちろん正規の参加者じゃないから八人目の横取り魔術師とサーヴァントみたいなカ タチになっちゃうんだけど。
  ほら、私と志貴が参加したらもう絶対に勝ち残るの間違いないじゃない?」
 「……先生」
 「遠坂とアインツベルン―――他にもなんか協力者はいたみたいだけど―――そいつら の造った聖杯ってのにも興味あるし。
  特にアインツベルンは第三魔法の行使家系。遠坂は“宝石”の師父の弟子だっていう しね」
 「先生……」
 「私も魔法使いの一人としては、そのヘンが気になったり―――」
 「―――先生。心にもないことは、言っちゃ駄目。でしょ?」
 「……はあ」
 先生はこれみよがしに、今まで見た中でも最大級の溜息を吐いた。
 ……ひょっとすると、案外苦労が耐えない人なのかもしれない。
 その考えはとりあえず置いておいて、告げる。
 「俺も、そう誘ってもらえるのは嬉しいんですけど。先生―――」
 「―――ああ、はいはい。わかってるわよ」
 そう遮って、彼女はとてもイタそうに頭を手で押さえた。
 「でも本当にいいの、志貴? 君にだって幸せになる権利はあるはずよ」
 そう言ってくれる彼女は、本当に、俺の人生の導き手。最高の、師だった。
 だから、
 「いいんです」
 俺も、本音をきちんと言わなければならない。
 「これ以上は高望みだし。
  それに、これ以上生きてたって―――自分に、嫉妬しそうだから」
 そう言うと、彼女は目を細め、しょうがないなぁ、と苦笑した。
 「本当に、君は素敵な男の子になったみたい。素敵過ぎて、何も言えないじゃない」
 彼女の言葉は、いつかの―――彼女の知るはずもないあの草原での出会いを彷彿させる。
 そんな、いつまでも変わらず自分を支えてくれている彼女の姿に、少し決心が鈍る。
 しかし、それを流してくれるのも、やはり先生だった。
 「……で、どうするの? この令呪を全部使い切ればいいの?」
 言いながら右腕の中ほどを撫でる彼女に、俺は静かに首を横に振って答えた。
 「いや、自分でやります。これ以上先生に迷惑はかけられないし。
  それに、これが俺の誓約だから」
 ちっとも英雄らしくないんですけどね、と言う俺に、彼女は苦笑いで同意したようだった。
 つられて笑っていると、
 「よいしょ……っと」
 彼女は、年甲斐もない掛け声を呟いて、俺のすぐ目の前に腰を下ろし、体操座りをした。
 そしてそのまま、まっすぐにこっちを見つめてくる。
 (………………)
 なんというか……。
 「先生」
 「なによ」
 「あの―――そんなに見られると、なんていうか……」
 「なによ、先生が生徒を看取るのは当然の事でしょ?」
 よくわからない破綻した事を言いながら、それとも何か文句があるのか、と視線で訴えてくる。
 ……いや、これは訴えている、というよりも拗ねの混じった脅迫だ。
 仕方なく、ポケットへ手を突っ込み、ナイフを取り出してその刃を出す。
 思えば、このナイフにも世話になった。
 しかし、これが『遠野志貴』の振るう、最期の一閃。
 これが終われば、英霊『殺人貴』としての武器となるであろうナイフを逆手に構えて、胸に渦巻く点を凝視する。



 そうして深呼吸をし、
     ―――前方からのえもいわれぬ視線を感じながら―――
                  胸の傷痕の中心へ、それを深々と刺し入れた。



 「――――――」
 痛みは無かった。
 ただ、全身を何にも勝る喪失感が駆け巡り、それが一瞬にして頭からつま先まで走ったと思った頃には、足が消え始めていた。
 意識に問題はない。
 どうやら自分は完全に死ぬまでに少し余裕があるらしい。
 「――――――」
 振り返り、町を見渡す。
 ――――二人の姿はとうに見えない。
 「……先生、一つだけ、頼み事をしてもいいですか?」
 振り返らずに、訊く。
 そんな無礼な要求を、先生は優しく促した。
 「いいわよ。かわいい生徒のお願い事。一つだけならね」
 口の端が持ち上がるのを自覚しながら、薄れゆく意識の中、この人に頼むのは管轄外だなあ、とぼんやりと考えながら、
遠野志貴は最期の言葉を紡いだ。



 「―――あいつのこと、陰からでいいから、助けてやって下さい」










            ◆◆◆◆◆










 そうして。彼女の生徒だった青年は、この世から消え去った。
 青子はトランクを手すり代わりにして身を起こし、独り空に向かってボヤく。
 「“あいつ”じゃあ、誰のこと言ってるのかわからないのよね」
 空は青く、遠く、本格的な冬の訪れを予感させる。
 その景色の先を見据えて、告げる。
 「だから私は、私の解釈で“あいつって子”を見守ってあげるわ―――ね、志貴?」
 そうして、その場から立ち去ろうとし――――言わなければならないことに気づいた。
 彼女の生徒が最後まで気づかなかった、大切な事実。
 今更聞く者もいないが、とりあえず口にしておかなければこの先決して言うことのないであろう救い。



 「……まったく、誰が英雄じゃない、よ。
  君以外、彼女の英雄はいないっていうのに、さ――――」


 
 放たれた言葉は、秋風にのり、その主と共に消えていった。 















 epiloge















 街の雑踏の中を、二人の男女が歩く。
 男は黒髪に眼鏡、学生服を纏い、その腕に白い腕を絡ませている。
 女は金髪、白いセーターに深い紫のスカート。そしてその腕には男の腕。
 女はふと思い出したかのように、男に尋ねた。
 「ねえ志貴」
 「ん?」
 「わたしがロアにやられた時さ、あなた、泣いてたの?」
 しばしの黙考の末、男は答える。
 「……どうだろ。泣いてたかもしれないけど、よく憶えてないな」
 それが? と尋ね返す男に、女は、なんでもない、と答えた。
 女の空いた方の手がその頬に触れ、その細い指がいつかの線をなぞる。

 男はそれを自分の涙と知る由もない。
 女もまたしかり。



 「それよりさ、アルクェイド。
  俺今日は制服だから、行けるところは限られてくるぞ?」
 「――うん。それでもいいよ。志貴と一緒ならどこだって楽しいよ!」



 青く澄んだ空の下。
 いつの日か、男が望み、焦がれた未来がここにある。
 その幾重にも重なった奇跡の中で、男と女は歩く。

 そのすべてが彼らを祝福しているかのように、

                笑顔を絶やさずに――――――


                                                           Stay Knight assasin,ver FIN



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あとがき。

 留まる騎士・殺人貴編、終曲です。

 最後まで目を通して下さった方はおわかりとは思いますし、最初にも書きましたが、これは『殺人貴』の『月姫』です。
 『月姫・アルクェイドトゥルーエンド』から『月姫・アルクェイドグッドエンド』に至るまでの話です。
 昔、「なんでアルクェイドは助かったんだろう。志貴の想い一つで変わるものか?」
とか疑問に思っていた事がネタとなってます。
 Fateが発売された事によって可能性が拡大されたので、執筆に至りました。
 「そういうこともあるかもね」程度に思っていただければすっげぇ嬉しいです。
 もし今回だけを読んだという方がいれば、前回までのものもよろしければ読んでみて下さい。
 でわ。つまらないモノではありますが、少しでもこの作品に関わってくださった方に感謝。
                           こきひ。


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