訪ねてきた男  M:セイバー 傾:ほのぼの


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1: にぎ (2004/03/07 01:53:01)



※この話は 769帰ってきた男 の続きです。





その日は、

何処までも澄みきった青い空。









「うん、これで良しっと」

道場の中を軽く見渡して、汚れが無いのを確認する。
いつもの鍛錬の一環でもある雑巾がけ、だけど今日は少しばかり念入りに行う。

なんといっても今日からは、春休みの始まりである。
ならば普段からお世話になりっぱなしのこの道場に、礼の一つも払わなければ罰も当たるってもんだ。

「と、それにしても遠坂のやつ遅いな」

ちらと時計を見る。
時刻はすでに十時を回りつつある。
約束どおりなら、もう家に来ててもいい様なもんだが。

「また寝坊でもしたかな」

まあ、その辺りが妥当な線か。
じゃ、遠坂が来る前に洗濯でも済ませておくか。

俺は軽い気持ちでそう考え、その場を後にした。



―――――そう、今にして思えば
     その決断が全ての誤りだった…………










訪ねてきた男










「ん、そういえばセイバーのやつ見ないな」

居間を通りすぎた所でふと気がついた。
いつもなら大体、居間か道場にいるんだが今日は姿が見えない。
まあ、この時間は普段なら学校なんだし、
その時間セイバーが何してるのかなんて詳しく知ってるわけでもないのだが。

まあセイバーに限って心配はない。
別段、気にも止めず洗面所に赴く。

「あれ、服がある」

ふと見やると脱衣所の籠に服が入れてあるのに気づいた。
誰のものか……って考えるまでも無い、今この家には俺とセイバーしかいないんだから――――。

――――まて。
    かんがえろ衛宮士郎。

セイバーの姿を見かけなかった。
セイバーの服がここにある。
その正面は風呂場である。

さあ以下から推察できる事実を述べよ――――――ってそんなの一つしかないじゃないか――――っ!

その時、戸が開かれた。
狙ったんじゃなかろうか、と思えるほどに絶妙なタイミングをもって戸が開かれる。

その向こうはまさに全て遠き理想郷。
その境界には、一糸纏わぬ姿のセイバーが……。



―――――――――――――――――――。



「シ、シロウ?!何故ここに?!」
「っ!わ、悪いセイバー!知らなくって…ご、ごめん!!」

しばし呆然としていたが、セイバーの声で唐突に我に帰る。
そりゃもう無我夢中でその場を飛び出す。
周りのものを散々ひっくり返したりぶつけたりした気がするが、そんなもんに構ってる余裕はない!


「ぜえ、ぜえ、はあ、はっ……ふ、ふう」

体中をぶつけてながらも何とか玄関まで逃げて来れたらしい。
何とか呼吸を整えようと、気を落ち着けようとしていると。

「士郎?何やってるのよ、こんなところで」
「え?あ、遠坂」

顔を上げれば、そこにはようやくやってきたのか見慣れた遠坂とアーチャ―の二人組み――――――。

「って!ええ!な、なんでお前がいるんだ!?」

当然の疑問を口にする。
こいつはあの聖杯戦争の終わりと同時に、姿を消したのではなかったのか。

「ふん、自分で察しろ」

……なんかすげえ理不尽な答えが返ってきた。
というかその声に抑えきれない殺意が秘められてるのは何故だ。
以前のやつはここまであからさまではなかったと思うが。

「遠坂、これは一体……?」
「まって衛宮君。その前に私も1つ聞いていいかしら」

にっこり、と天使の微笑で聞き返してくる遠坂。
ごっどすまいる遠坂降臨。
なんでだ、俺なんかやっちまったか。

「な、なんだよ、遠坂」
「大した事じゃないんだけどね、その手に握り締めてるものは何かなって」

ん?握り締めてるもの?
何言ってるんだ遠坂、そんなものセイバーの下着に決まって……。

「って!なんでこんなもの握り締めてるんだ俺は――――――っ!!!」

それもやけにしっかりと。
あ、あの時か?!
脱衣所で慌てたときについ掴んじまったのか!?

「士郎、まさかそんな行為に及ぶなんてね……」
「ち、違うぞ遠坂!こ、これには深い理由があってだな…!」

必死に言い訳を試みる俺。
片手に下着を持って弁解する姿はみっともない事この上ないが、躊躇している暇はない。
成功率1%を切る難解なミッションだが、これを乗り越えねば俺に明日は、いや昼はない―――!!

だがそこに、瀕死の俺に止めを刺すべく、伏兵が出現した。

「シ、シロウ……そ、それを…かえしていただけないでしょうか……」

振り向けばそこには、
戸の影に隠れながら顔だけをちょこんと出して涙目に訴えてくるセイバーの姿。

――――ああ、なんて反則。

その瞬間、俺は自分の命が終わったのを理解した。

「殺っちゃえ、アーチャ―♪」
「了解した、凛」

そのあくま達の声を聞きながら、俺の意識は深遠の闇へと静かに落ちて行った…………。










その惨劇から約1時間。
意識を取り戻した俺が見た光景は、ふんぞり返る遠坂と紅茶入れてるアーチャーとすっごく睨んでるセイバー。
……ふぁいと俺。

「うう……まだ痛むぞ…」
「あ、やっと気づいたわね。ふん、それぐらいで済んだだけありがたく思いなさい」

いまだ痛む頭を抑えながら睨んでやっても、謝罪の言葉は返ってこなかった。
うんまあ期待してなかったけどさ。
というか遠坂、サーヴァントに殴らせるのはちっともそれぐらいじゃないと思う。
いや普通死ぬ、ナチュラルに死ねる。
今日ほどこの無駄に頑丈な体に感謝した事はない。

「シロウ、あなたが気づいたなら、今はそんなことよりも優先して聞くべきことがあります。
 何故、あなたがここにいるのですか、アーチャー」

俺の生命の危機だった問題を後送りにするセイバーさん。
言うに事を欠いてそんなこと扱いですか。
いや、むしろ自分の手でそれをやれなかった事で腹を立てているのかもしれない。
……今日はご馳走にしよう、うん。

「答えなさいアーチャー。
 まだシロウを殺そうというのなら、私はシロウの剣としてあなたを斬る」

殺気すら滲ませてセイバーが問う。
その言葉は間違いなく本気だ。
ここでアーチャーがそれを肯定すれば、その瞬間にでもセイバーは斬りかかるだろう。

――――だって言うのにアーチャーは、焦ったりもしなければ気圧されたりもしない。
    いや、むしろ楽しげに、いっそ微笑んでいるようですらある。

「ふう、久しぶりだというのに、凛同様随分な物言いだなセイバー。安心しろ、その心配は杞憂だ」
「それは、どういうことでしょうか」
「そいつを殺す気はない、ここに私がいるのは別件だという事だ。それで満足か、セイバー」
「……分かりました、リンが連れて来た以上おそらく真実なのでしょう」

アーチャーの返答に、身に纏った殺気を解くセイバー。
だがまだ納得がいった訳ではないのか、警戒を緩めようとはしない。

「それで、どのような用件なのでしょうか」
「端的にいうなら世界の危機だな、それを止める為だ」
「世界の危機…ですか?」
「ああ、これから私の話すことは真実だ。
 くれぐれも誰かのように聞いた直後殴り飛ばすような真似はしないでくれ」

その言葉に思わず目を向ければ、どこか遠くを眺めている遠坂。
頬に浮かんだひとすじの汗がチェックポイントだ。

……いや誤魔化さなくっても大丈夫だ遠坂。
  もうお前のキャラクターは皆知ってるから。

「それでは話すぞ、心して聞け」

そう言って、アーチャーは恐るべき事実を語るべくその口を開いた。






「………………………………」

居間中が沈黙に支配される。

「そんな…馬鹿な」

思わず呟きがもれる。
何が馬鹿って、全部が馬鹿だ。
この男は正気であろうか。
投影のしすぎで頭がおかしくなっちゃたんじゃないだろうか。
うん、俺も気をつけないとな。

ふと遠坂を見れば、全てを諦めたような表情で紅茶をすすっている。
それをみて、ああこの話は真実なんだな、と分かってしまった。分かりたくもないが。
…遠坂、今ならお前のとった行動にも理解を示す事が出来る。

「…ア、アーチャー…今の、話は…本気ですか…?」

と俺の真横から、地の底から響いてくるような声が聞こえた。

「セ、セイバー…?」

セイバーはうつむいたまま、怒りの為か体を震わせている。
がそれも当然か。
そりゃ自分の食いすぎで世界が滅ぶなんて言われりゃ誰だって怒る。
セイバーの食いっぷりはあながち否定できないもんがあるが。

「当たり前だ。セイバー、このままにしておけば君は衛宮家の家計を手始めに世界中を喰い尽くす」
「…………っ!」

その言葉を、奴はあっさりと肯定した。
家の家計が本気でやばいのは事実なんで反論できない。
それに完全に達したのか、セイバーはきっと顔をあげて。

「…そ、それでは、あなたは、う…私に、く、食事を、控えろと、いうの、うく、ですか…」

今にも泣きそうな顔でそう言った。
いや、というか目の端にはすでに溢れかからんばかりの涙がたまっている。
正に、マジ泣き寸前だ。
思わず呆気にとられる俺たち。

こ、こら!アーチャーどうすんだ!お前は切嗣の教えを忘れたのか!
女の子を泣かせると後で損するんだぞ!

なんだか声をあげた瞬間泣き出しそうなので、心の中でアーチャーを罵倒する。
その教え自体なんか間違ってる気がしないでもないが。

「セイバー落ち着け、私としては君がそうしない方が望ましい」
「………へ?」

アーチャーの予想外の言葉に逆に呆気に取られるセイバー、と俺。
なんでだ、あいつはそれを止める為にここにやってきたんじゃなかったのか。

「凛にはすでに説明したが、私はまだここを離れるわけにはいかない。
 …大きな忘れ物があるのでね」
「忘れ物…?」
「ああ、セイバーお前だ」
「は?…私がなにか?」

アーチャーの言葉に首をかしげるセイバー。
俺もよく分からない。
分からないが、遠坂がそれ以上に素敵な笑顔でこっちを睨んでいるので口を出すのはやめておこう、うん。

「うむ、こういうのは、苦手なんでな。
 単刀直入に言わせてもらうセイバー、私といっしょになる気はないか」
「は?えっとそれはどういう意味でしょうかアーチャー…」
「…分からないか、だから私と恋人同士になってはくれないか、とそう聞いている」
「なっ!?ア、アーチャー!な、なにをいきなり?!」

がったーん、とちゃぶ台返しでもしかねない勢いで立ち上がるセイバー。
当のアーチャーの方も、なんだか顔を赤くしていたりと実にアーチャーらしくない顔をしている。
なんとなく面白くないが、やっぱり遠坂が(中略)なので黙ってみていることにする。
まあこういうのは当人同士の問題だしねうん、けっして怯えてすっこんでいるわけではない。

「何を言う、君も私の真名はすでに知っているのだろう。
 ならばこれは、いきなりなどではなく自然な行為だと思うが」
「あ、あなたにとってはそうかもしれませんが…!わ、私にとっては…!」
「ああ、では聞き方を変えよう、セイバー私と一緒になるのは嫌か」
「…!やはり、貴方はシロウだ。その聞き方は…ズルイ」
「そうか、で嫌なのか、セイバー」
「………嫌なはずなど…ありません…」

顔を真っ赤にさせて答えるセイバー。
それを見て、あいつもふっと顔をほころばせる。

それは、いつものような皮肉気な笑みなんかじゃ絶対になく。
本当に、目の前の存在が、その全てが愛しくてたまらない、
その気持ちがこっちにまで伝わってくるような、そんな笑い方だった。

「そうか…では、ようやく忘れ物を返せるな」
「えっ?!ア、アーチャー?!」

音もなく、立ち上がったかと思えば。
次の瞬間、あいつは力強くセイバーを抱きしめていた。
セイバーも突然の行動にどう対処していいものか判らないのか、小さくもがくだけだ。

「わ、忘れ物を返す…?」
「ああ、最後に君が置いていった、本当に大きな忘れ物だ―――――







――――――――セイバー、君を、愛している」


ささやく様に、その言葉が紡がれる。
その言葉にどれだけの意味が込められているのか、俺には見当もつかないけど。

でも、きっとそれは、
ただひたすらに理想を追い求めた男に最後まで残ったもの。
自分の全ての信じるものに裏切られて、
自分という全てが色あせていく中で、
最後までその奥底で、光を放ちつづけたもの。

だからきっと、
それは、それだけは、
その気持ちだけは絶対に間違いなんかじゃないと、
そう胸をはって誇れる事、

それこそが、その男にとって真実であり。

それこそが、その男にとって全てである、と心からそう思えた。


2つの影は離れない
まるで今までの長き時を埋め合わせるかのように
そして
二度とはなれる事のないようにと願うかのように
2つの影は1つで在り続けた














 An epilog...


「よし、ではセイバーいくぞ」
「は?ど、何処にですか」

と、唐突にその男はそんなことを言い出した。

「決まっているではないか、遠坂邸だ」
「は?」
「アーチャー、ちょっと待った、どういうこと?」

2人…というかアーチャーに咄嗟に待ったをかけるのは、遠坂邸の現所有者遠坂凛その人である。

「ああ、聞いての通りだ凛。遠坂邸をしばらく借り受けるぞ。あそこは私たちにとっては都合の良い場所だからな」
「それは分かってるけど…」
「そういうことだ凛、しばらく君は家を出てくれ」
「は?ちょっと、どういうことよアーチャー」
「ふう、君も無粋だな、新婚家庭に乗り込んでくる気か」
「ア、アーチャー!わ、私は、別に…!」
「何いってんのよ!乗り込むも何も!私の家でしょうが!」

なにやら目の前で騒ぎ出す3人。
微妙に会話になってない所もあるが、まあ些細な事だろう多分。
それよりも俺は、ある疑問が浮かび上がってしまった。

「なあ、アーチャー。遠坂の家に行ったとしてだぞ。生活費はどうする気なんだ、お前?」

だってセイバーに腹一杯食わせなきゃいけないんだろ。
並みの蓄えじゃ一月で完全に死ねるぞ、あれ。
だがアーチャーは俺の質問に不適に笑って、

「ふっ愚問だな衛宮士郎。お前の魔術を言ってみろ」
「へ?俺の魔術…投影?」
「ああ、そうだ」
「ちょっと、アーチャーあんた、まさか」

何かに感づいたのか言いよどむ遠坂。
それにアーチャーはうむ、と頷いて。

「偽札だ、ぐっ!?」
「威張るな!!」
「その手があったか!ぶっ!?」
「納得するなっ!!」
「すばらしいアイディアですアーチャー、うっ!?」
「感心するなぁぁぁっ!!!」

遠坂の怒涛の三連打が炸裂した。

「凛、君は意外と常識人だったのだな…」
「ええ、意外でした…」
「真面目な顔して失礼ぶっこくなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

だがそれを受けても動じない英霊2人。
でも遠坂さん?
サーヴァントと同じレベルのツッコミを人にするのはよくないと思います。
本日二度目の臨死体験をしながら、俺はそんなことしか考えられなかった。


「ふっ、そういうことだ。それでは行くぞ!」
「ひゃっ!?アーチャー!?」

ひょいと、セイバーを抱きかかえて外に飛び出すアーチャー。

「ちょ、待ちなさい!」

それを追う遠坂。
慌てて俺もそれに続く。
アーチャーは中庭に一直線に出て行く。
それに、わずかに遅れて俺たちも飛び出す。

「アーチャー!アンタ私に野宿しろって言う気!?」

外に出るなり叫び声を上げる遠坂。
見ればアーチャーはすでに、外の塀の上まで行ってしまっている。

「何を言う凛!君はこの家に棲めばいいだろう!」
『は、はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

俺と遠坂の叫び声がはもる。
あ、あいつは一体なにをいってやがんだぁぁぁ!

「ちょっ!アーチャー!どういうつもりよ!」
「なに君の手助けをしてやっただけだろう!
 お膳立てはしてやったんだ、あとは君が頑張るんだな!」

そう言い残して、あいつの赤い影は姿を消した。
呆然と取り残される俺たち2人。

「えっと…遠坂…?」
「あ、えと、そ、そういうわけだから…」
「あ、うん、じゃあこの間と同じ客間って事で…」

なんかすでに遠坂が家に泊まることは決定したらしい。
だが遠坂はうつむいたままでなにやらごにょごにょしている。
心配になって声をかけようとしたとき。

「……………………り」
「――――へ?」

うつむいたまま、遠坂がなにか呟いた。

「―――――――っ!」

そして、意を決したように顔をあげて、

「だから!へ、部屋は士郎の隣り!」

いまにも茹で上がりそうなくらいに赤い顔でそう言いきった。

「って、えええええええええ!?と、隣り!?俺の!?ば、馬鹿!!そ、そんなこと出来るかっ!!」
「な、なによ!セイバーは隣りの部屋だったんでしょ!セイバーは良くて私は駄目って言う気!」
「あ、あの時は非常事態で…!だあ!もう駄目ったら駄目だ!絶対に駄目えぇぇぇぇぇぇ!!」
「うるさい!もう決めたんだから!!」

ふんと、思いっきり顔をそむけてズカズカと奥へと入っていく遠坂。
……参った、ああなった遠坂は俺じゃ手がつけられない。
そしてなにより参ったのは、あんな遠坂を可愛くて仕方がないと思っている俺自身か。

「ああ、でも、それは困る」

うん、絶対に困る。
そんなことを藤ねえや桜にでも知られてしまえば、
俺が本日三度目の臨死体験をする羽目になるのは想像に難くない。
いや、こんどこそ完全に逝ってしまうかもしれない。
それになにより、
遠坂に隣りに寝られて正気でいられるほど、俺は人間が出来ちゃいないのである。

ああ、どうしたもんか。

ああなってしまった遠坂はそう簡単には止められまい。
まったく、ここまで頭の痛くなる問題を残してくれた、あの赤い外套の騎士に愚痴をこぼしたくなる。

「まあでも」

今日の夕食の席に起こるであろう騒動を思い浮かべて思わず苦笑する。

それはきっと、賑やかというには騒がしすぎる日々。
時には身の危険があったり、
まあ、健康な青年男子の悩みなんかもあったりするかもしれないけど、






おそらくはそれさえも、
輝かしいばかりの幸福な日々だろう――――。








だからそう、この身を倒して天を抱けば、

何処までも澄みきった青い空。






                        [END]


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