Fate/In Britain おうさまのけん 第二話 後編


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1: dain (2004/03/06 13:14:03)


「ぐっ……」

気がついたのは鍜治場だった。遠くから金属の叩き合う音が響いてくる。くそっ胸に響く…

「士郎!大丈夫!?動かないで!!」

遠坂が狂ったように叫んでいる。あ、この声も響くな…

「ああ、多分大丈夫…笑うとちょっと痛いけど…ハハハ…ッ!」

「馬鹿言ってるんじゃないわよ!!」

遠坂に怒られた。俺って怪我するたびに遠坂に怒られるな…
俺は自分の体を確認した。あばらが二三本もって行かれている以外は特に異常は無い。内臓も大丈夫そうだ。
とっさに服にかけた強化が間に合ったようだが、それにしても軽いな…ああ、そうだ軽くなったんだ。

「いや、本当に大丈夫だぞ…殴られた瞬間なんかふわって浮いた感じでさ…跳ばされて壁ぶち破った衝撃の方がでかかったな」

遠坂は目に見えてほっとしたように呟いた。

「良かった。そっか、ミーナかけたの浮遊だったんだ」

なんでも俺が殴り飛ばされる直前に、ミーナさんがとっさになにか掛けてくれたらしい。

「それより、あのでかぶつは?」

「今、セイバーとミーナで抑えてる」

それはまずい、二人じゃ膠着には出来るが止めはさせない。
俺は遠坂の手を取ってまっすぐ瞳を覗き込んだ。

「先に行って応援してやってくれ。俺もすぐ行く」

遠坂は一瞬躊躇したがじっと見据える俺の瞳に一つ頷くと抱きついてきた。て、おい!

「分かった、先行く。でも無理しちゃ駄目だからね。そんな身体で投影魔法なんかもってのほかよ」

そう言って俺の頬に口付けした。

「あ…ああ」

遠坂は俺が思わず伸ばした手をするりと抜けると、にっこり笑って戦場へと向かっていった。畜生、勝てないなぁ…



           おうさまのけん
           「剣の騎士」  第二話 後編
             セイバー




俺はとにかく息を整えヨロヨロと立ち上がった。俺が身体でぶち破った内壁の裂け目から戦場を伺う。

セイバーが先ほどと同じ戦法で機像を削っている。さっきの俺の役割はミーナさんだ、素早い進退で剣を集めてはセイバーに渡している。だが…剣はもう残り少ない。その分機像はどんどん針鼠になっていくのだが、勢いは一向に衰えてこない。遠坂も援護はしているが、前にも自分で言っていたようにに精度が甘い。この乱戦では牽制でセイバーの負担を軽くすることくらいしか出来ていない。

まずいな…

もうセイバーの宝具を使うしかないか…しかし機像のあのタフさ、それと即席とはいえ固有時結界さえ打ち破った対魔特性…見えない状態の宝具で止めをさせるか…

まずい…

くそっ!なにか!

俺はあたりを見渡す。すると、先ほどの王様の剣が目に付いた。
装飾用だが一応魔剣だ、俺は手を伸ばしながらなにげなく解析した。

うわぁこれ脆い。

駄目だ、これじゃ機像相手に一合と持たない。しかたない…

―その時、なんでそんな事を思いついたのか、後々考えると実に不思議だった。
―その時はいいアイディアだと思ったし、ごく自然にそうしようと思ったのだ。

俺は懐のカードを確認する。ハートは使ってしまったが残り3つのスーツは全部ある。
ダイヤは移送、クラブは浸透、スペードは力。

俺は魔力の篭った剣に、魔力線を”浸透”させ”力”を”移送”し強化しようとした。

―”他人の魔力を帯びた物に干渉するのは難しい”
―遠坂が一番最初の頃に教えてくれたことだったが、この時は脳裏にさえ浮かばなかった。

俺は無造作に残りのカードを束ねるとそのまま「王様の剣」の柄と共に握りこんだ。

    トレース・オン
「―――同調開始」

素早く剣の構造の隙間に魔力線を浸透させる、剣であるが故の相性か思いのほか上手く行く、どんどん伸びる。

どんどん…どんどん…どんどん…









そこは戦場だった。

夜明け前の戦場だった。

多分、これから戦いが始まるのだろう。

平原には大軍が相対し、兵気を膨らませ開戦の合図をまっている。

だが、俺が見ている小高い丘の上にはそんな喧騒とは無縁のようだ。

藍色の空の下、清々しいばかりの風が吹いている。

そこに立っていた。

剣の柄に手を置き、遠くを見つめ立っていた。

冴え渡る風の中、迎え撃つべき大軍を前に微動だにせず立っていた。

セイバーが立っていた。

輝くばかりに堂々と、瞳に己の未来に対する絶大な自信の光を湛え立っていた。

それは今まで一度も見たことの無いセイバーだった。

ああ、そうか

彼女の瞳を見て気がついた。

ここに居るのは騎士じゃないんだ。

ここに居るのは王様なんだ。

王様であるセイバーは美しかった。

だがそれ以上に心を惹かれたのはセイバーの剣だった。

青い螺鈿と金の象嵌で彩られた美しい剣だった。

それはかつて少しだけ垣間見たエクスカリバーでは無かった。

それは戦うための剣でなく「王様の剣」…

ああ、そうか。これはセイバーの記憶なんだ。

俺は今セイバーと繋がったのか。

不思議なはずなのにストンと腑に落ちた。

だって俺が握っているのは「王様の剣」なんだから。

王様であるセイバーに繋がるのは当たり前なんだ。

例えその剣をセイバーが知らなくても、例えその剣を鍛った人がセイバーを知らなくても

「王様の剣」はセイバーのものなんだ。

だからセイバーに繋がっても何の不思議も無い。

俺はセイバーの持っている剣を見つめた。

王者の剣、王様の剣

でもあそこまで立派じゃなかったな…

ああ、そうか。お前は届きたいんだな。

よし、俺が手伝ってやろう。

一緒にあの剣になろう。


    トレース・オン
「―――投影開始」


ドクン…

「がっ!」

いきなり現実に引き戻された。

すでに27の撃鉄は引き上げられている。

なのに…なのに引き金が引けない

俺の内側で何かが異議を申し立てている。

それは違うと

それは衛宮士郎の本分ではないと
   ファイカー
お前は偽物創りなのだと

俺の中の千本の剣が口を揃えて言ってくる。
    つくれ
やるなら投影しろと

あの剣の偽物を作れと…

所詮偽物だらけの俺が本物に手を加えるなど片腹痛いと…

間違っていると、お前のやろうとしている事は間違っていると

「くっ!」

違うとは言えなかった

しょせん俺の中身は空っぽなのだから。

何か聞こえた。

千の非難の奥からたった一つだけ違う音。

――正し――

無数の剣が突き立つ朽ち果てた荒野から小さな声が響いてきた。

――正しいわ――

無尽の荒野で小さなかけらが囁いた。

――士郎は正しいわ――

ああ、見つけた…

それはとても小さなものだったが

衛宮士郎にとってたった一つの本物だった。

確かに俺がこれからしようとしていることは間違っている。

だが、間違っているが正しいんだ。

お前たちは正しいかもしれないが間違っている。

俺は千本の剣に向かって叫んだ。

だって



――遠坂凛はいつだって正しいんだから――




27の撃鉄を鉄槌に

魔法回路は鍛床に

俺は再び俺の全身に命じた。


    トレース・オン
「―――剣鍛開始」

―I am the bone of my sword.

27の鉄槌が次々と王者の剣を鍛える

鍛え、浸透し、移送し、投影し、さらに鍛製する

27度繰り返す

「がっ!」

吐血する。無茶苦茶な命令に身体が反乱を起こした。
これなら素直に投影するんだったかな。遠坂が聞いたら目をむいて怒られるような事を思う。

そして27番目の鉄槌が振りおろされる。

きつかった。何せ初めての試みだ。
今となっては何で成功したかも分からない。
多分、遠坂とセイバーが手伝ってくれたからだろう…

出来た…
俺は満足感と達成感に浸り、あの藍色の空と風に笑いかけた。


握り締めたカードは全て灰になり

俺の手に握られていたのは

あの幻のような光景の中でセイバーが持っていた「王様の剣」だった。

俺は「王様の剣」を引き抜いた。




「くっ!」

俺が鍜治場を飛び出すのとセイバーの手にあった最後の剣が折れるのとはほぼ同時だった。最後の一本だったため、なまくらになっても突き立てるわけにいかず最後まで振るっていたのだ。

「凛!宝具を使います!」

セイバーが叫ぶ。それは指示の要請でも許可の申請でもなく純粋な行動宣言だった。
遠坂の顔が歪む。遠坂も気がついている。こんなところでエクスカリバーの解放は出来ない。かといって風王結界という鞘をつけたままでは倒せても時間が掛かる。つまりここから先はセイバーの寿命を削る戦いなのだ。

「セイバー!」

だから躊躇無く俺は叫んだ。叫んで「王様の剣」を投げた。

「シロウ!それは!」

セイバーが俺と俺の投げた剣を見て目を剥く。セイバーにとっては有り得ざる物を見た思いだろう。
それでもセイバーは手を伸ばした。
剣はくるくると回転しながら弧を描き、まるで吸い込まれるようにセイバーの手に収まった。


――― 一閃 ―――


それまで長い戦いが嘘のように、一瞬で勝負が付いた。
荒れ狂っていた剣の墓場のような巨駆はぴたりと動きを止め、肩口から二つに裂けるに轟とばかりに崩折れた。
今度こそ、本当に、本当に終わりだ。
遠坂が装甲にくるまれていた粘土部分から「E」の文字を削り落とす。土塊は土塊にだ。

「シロウ!」
「士郎!」

扉の脇でへたり込んでいる俺に遠坂とセイバーが駆け寄ってくる。あ、大丈夫だぞ安心してへたっただけだから。

「アンタねぇ…口から胸まで真っ赤に染めて大丈夫だもないわよ!!」

俺は胸倉掴んで引き摺り起こされてしまいました。

「士郎…投影をしたの?」

俺をぐぃっと引き寄せて遠坂が耳元で囁く。いや違うぞ、投影もしたんだ。

「凛…違うと思います」

遠坂と並んで俺を支えてくれたセイバーが小声で言った。

「私の昔の剣ともヴィルヘルミナの剣とも違います。強いて言えば中間かと…」

そうか…ごめんな、俺の力じゃお前ちょっと届かなかったんだな…
俺はかって王様の剣だったものに心の中で語りかけた。

「あの機像を切る伏せるまでは確かにカリバーンだったのですが…」

セイバーが剣を胸に抱きながら愛しげに呟く。

「でもそいつセイバーの剣だろ?俺もそいつもそれ以上届かなかったんだ」

「シロウ?」

「でももうちょとだったんだぞ、俺たち両方とも半人前だったけど頑張ったんだぞ」

俺は親指と人差し指でそのちょっとの間隔をセイバーに示した。

「なに訳の分からないこと言ってるのよ!本当に大丈夫?血吐きながら笑うって異常よ?」

遠坂が泣きそうな顔で怒りながら罵ってくれた。へ?

「シロウ…私も血に染まりながら笑うと言うのはかなり危ない状態だと思います」

笑う?誰が?俺が?

「俺、笑ってるのか?」

「笑ってるかじゃないわよ、楽しそうに…気味悪いから止めなさい!」

遠坂、抱きしめながら気味悪がられても説得力無いぞ。
だが俺は嬉しかった。遠坂が心配してくれるのも、セイバーがあの剣を手にしているのも、あの剣があそこまででも届いたことも、とにかく嬉しかった。だからもうしばらく笑っていることにした。

―――――――――――――――――――――――――――――

ミーナは三人からは少し離れて立っていた。
足が震えた。先ほどセイバーの手に「王様の剣」が納まってから震えが止まらない。
あれは間違いなく自分が鍛った剣だった。形も変わり一瞬だがとてつもない力を宿してはいたが、あれは彼女が鍛った剣だった。彼女が鍛った剣ではなくなってしまったが彼女の夢見た「王さまの剣」だった。
ミーナは血まみれになりながらも遠坂凛とセイバーを抱きしめて笑う青年を見た。衛宮士郎。どうやったかは分からない。しかしあの剣を鍛え直したのは彼であろう。
ミーナは頬を一つはたくと足に力を入れなおした。だとしたらやらねばならない事がある。

「あった…」

ミーナはもはや原形を留めぬテーブルの下から小さなチェストを引っ張り出した。彼女はそこから一品だけ引き出すと後手に隠して三人の下へと向かった。

「ご苦労様。今度こそ本当に終わりですよね」

顔の下の本当の表情を隠すため、ミーナはわざと明るい笑顔で三人に向き合った。

「終わりにして欲しいわよ。もうボロボロなんだから」

遠坂凛がげんなりしたように言う。とはいえ不機嫌ではないだろう、彼女の手は彼女の思い人の手に握られているのだから。

「ヴィルヘルミナ申し訳ない。剣を全て使い潰してしまいました」

セイバーが律儀に言う。彼女のほうはちょっと困惑している。彼女のマスターの思い人が彼女の手を握っているからだ。とはいえセイバーの律儀な謝罪は有り難い。おかげできっかけが出来た。

「仕方ありません。でも一本は残りましたから」

表情が崩れぬうちに畳み掛ける。

「それ、私の剣ですよね?返していただけます?」

遠坂凛が激昂しかける。が、それは衛宮士郎に抑えられてしまった。残念なことに衛宮士郎はミーナの意図に気がついたようだ。
一方セイバーははっとしたような表情の後、無念そうにミーナに剣を差し出した。

「そうでした。私はこの剣を抜くのを躊躇った…私に権利は無い。この剣は…いつも私の手から離れていく運命にあるようだ…」

後半は誰にも聞こえないような小さな呟きだった。そうでもないんだけど…ミーナは心の中で舌を出し素早く後手に持った鞘に剣を収めた。刀身のサイズそのものは変わっていないらしく、剣はすんなり鞘に納まった。螺鈿と象嵌の区切りが些かずれたが、これはこれで味があるだろう。
ミーナはセイバーに向かい片膝を付き、仮面を脱ぎ捨て本心からの笑みを浮かべ剣を進上した。

「湖の貴婦人とは申しませんが。お受け取りいただけますか?王?」

遠坂凛とセイバーがばね仕掛けのように立ち上がる。どちらも困惑の表情だ。衛宮士郎だけが落ち着いてセイバーを促している。

「よろしいのですか?ヴィルヘルミナ」

セイバーの複雑な表情を察して、ミーナは理屈にもならないことは重々承知で背中を押すことにした。

「下世話に言うと今日のお礼です。あと、私の夢の一つでしたから。本当の王様に剣を渡すのは。ああ、受け取らないって言うのは無しですよ。だって一回受け取ってるんだから凄く嬉しそうでしたね」

「…では…有り難くお受けします」

セイバーは剣を受け取ると鞘から抜き、刀身をかざした。それはミーナが幼い頃見た映画の一シーンにとてもよく似ていた。王様の剣は今ようやく王様の下に戻ったのだ。

END
―――――――――――――――――――――――――――――
当初は士郎の魔術師としての活躍を書く予定でした。
しかしながら蓋を開ければ斯くの如し「衛宮士郎の敵はいつだって衛宮士郎だ」至言です。
                           BY dain


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