Fate / Sword & Sword 此雰后Дロスオーバー)


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1: ベイル(ヴェイル) (2004/03/05 07:59:23)


『──ィィィン』

 深夜、闇を引き裂くような甲高い金属音が深山町の住宅街に響き渡る。
 投じられたのは刃まで黒く塗られた投擲用の短剣<ダーク>──対してそれを叩き落としたのもまた漆黒の刃であった。
「ちぃ──!」
「ぬっ──!」
 二つの影がめまぐるしく位置を入れ替え、だが一定の間合いを保ったまま相対する。片や黒髪に黒ずくめの青年、片や黒マントに髑髏の仮面という出で立ちの怪人である。
 そしてその二人の立ち会いを挟むようにして、怪老人間桐臓硯と、少女を脇に抱えたライダーのサーヴァントが遠巻きに見つめていた。
「おのれ、何やつ──!」
「こっちの台詞だ! あからさまに怪しい格好しやがって!」
 言い合いながら、投じられる短剣とそれを切り払う黒刀。青年──大十字九郎は間合いを詰めようと足を踏み出し、しかし怪人──アサシンのサーヴァントが巧みに動いて距離をつめさせない。
 サーヴァントと人間──その差を考えれば、この一進一退の攻防は奇跡とさえいえた。事実、九郎はアサシンの投じる短剣を切り払うのが精一杯でほとんど攻勢に移れていない。だが彼の握る黒い偃月刀が、アサシンの短剣を一本残らず叩き落としていることもまた事実だ。「投擲」技能を有するアサシンの攻撃をここまで完璧に防ぎきるなど、並の人間にできることではない。
「……アサシン」
 刹那、不意に立ち会いの外からサーヴァントに声をかけたのは、その主たる怪老人であった。
「宝具をライダーに見られるのはちと困る。よいな?」
「承知、元より宝具を使うまでもありませぬ」
 淡々とした命令に、迷うことなく頷くアサシン。彼にとって主の命は絶対であるし、いかに身体能力と剣技に優れていようとただの人間を相手に宝具を使う必要などあり得ない。
 もう何本目かも定かでない短剣を構えつつ、アサシンのサーヴァントは地を蹴った。
「!」
 突然の、それも人間離れした上方への跳躍に、九郎が思わず目を見開く。それを見下ろしながら、アサシンは空中でありったけの短剣を引き出した。
「覚悟……」
 次の瞬間、弾丸のごとき黒い短剣<ダーク>の雨が、立ちすくむ九郎の上に降り注ぐ。
「──ッ!」
 無数の短剣<ダーク>はもはや爆撃に等しく──その衝撃は標的ごとアスファルトの地面を抉り、もうもうと砂煙を巻き上げていた。




Fate / Sword & Sword




「…………」
 殺られた──そう心中で言葉を紡いだのは、ライダーであった。
 同時に反対側に立つ臓硯もほくそ笑む。アサシンの「投擲」技能はB判定、放たれる短剣の一本一本が弾丸に匹敵する速度だ。それを豪雨の如く、しかも僅かな時間差もなしに一度に投擲されては、いかな達人とて逃れる術はない。
「さて……奇妙な邪魔が入ったが、孫を返してもらえぬかの?」
「答えは出したはずだ。私は、マスターの命に従う」
 言い放ち、手にした「釘」を握って再び構えをとる。その腕の中で、桜は何が起こったのか分からないといった表情を浮かべていた。
 あの豪雨の中に、人間が一人。あれだけの数の短剣を受ければ、たとえすぐ医者に連れて行ったとしても助かるまい。ましてや、怪我人を抱えてサーヴァントと魔術師から逃亡するなど論外だ。故に、ライダーも臓硯も──茫然自失とした桜ですら──内心で彼を救うことは諦めていた。
「……ぬ、どうした? アサシン」
 刹那、突然意外そうな声とともに眉をひそめたのは、臓硯である。
 アサシンが短剣の雨を放った時点で、この老人の目はライダーとその腕の中の孫しか見ていなかった。それは、立場こそ違えどライダーも同じことだ。それ故に、二人は気付かなかった。
 空中から臓硯の傍らに降り立ったアサシンのサーヴァントが、まるで驚愕をこらえるように身を震わせていることに。
「……馬鹿な……」
 短く、しかしはっきりと呟いたアサシンの言葉は、紛れもなく震えを含んでいた。
「あり得ぬ、先刻の投技はたとえサーヴァントであろうと必殺の技であったはず──貴様、いや、貴殿は一体何のサーヴァントか?」
 問いかける声。対して、それに答えたものは──

「生憎、ただの人間さ」

 はれてゆく砂煙の中から姿を現した、黒衣の青年であった。
「!」
「何と!?」
 生きている──どころか、傷一つ負っていない彼の姿に、ライダーと臓硯の驚愕が重なる。むべなるかな、その二人だけでなく、この場にいた全ての者が気付いていなかったのだ。大十字九郎が魔術師であるという、その事実に。
「これで、一つ約束を破っちまった」
 そう言った九郎の手には、いつの間にか一冊の本が抱えられていた。
 その足下には、おそらく書に巻き付いていたのであろう、頑丈そうな銀色の鎖が千切れて散らばっている。今夜の月がもう少し明るければ、鎖の表面に刻まれた魔術文字が見えたかも知れなかった。それこそが彼の口にした「約束」の一つ──魔書を封じるためにロンドンが用意した術式だ。
 “書を封じ、みだりに魔術を使わないこと”──それが、ロンドンの魔術協会が彼に課した誓約だった。書を封じられていたからこそ、間桐臓硯も二人のサーヴァントも、彼が魔術師であることを見抜けなかったのだ。
「仮契約<アクセス>、汝等の魂に刻まれし主<マスター>大十字九郎の名において命ずる。我が手に接吻し我が威力となれ!
 形式選択:魔術衣装<マギウス>!」
 轟──と風の音が鳴った。無論、立ちすくむ他の者達には風など感じ取れない。ただ大十字九郎のまわりにだけ吹く風が、手にした魔書のページを瞬く間に舞いあげる。書の表紙は漆黒だ。そこには表題すら記されておらず、背表紙も裏表紙も同じ黒一色だった。
 誰が知ろう、それこそが表紙の色ではなく内容の暗黒さによって“黒の書”と呼ばれた、フォン=ユンツトによって著されし禁断の魔書。その名を──、

「起動、無銘祭祀書<ネームレス・カルツ>!」

 九郎の口からその名が紡がれた瞬間、舞い上がった魔書のページは空中で重なり合い、まるで表紙の色に染め上げられたかのような漆黒のマントとなって、九郎の肉体に巻き付いた。
 表面にうっすらと浮かび上がった無数の魔術文字が、それがただの布きれなどではないことを教えている。
「認証式<パスワード>──“我は神意なり(I am Providence)”」
 その身に見違えるような威厳すら纏って、大十字九郎は漆黒のマントを翻した。






「それじゃ、今の聖杯戦争監視役も兼ねてってことですか?」
「まあ、そういうことになる」
 遠坂凛の問いかけに、彼──アーノルド=ラスキンと名乗った紳士は頷いてみせた。
「もっとも、私が依頼された調査はこの土地に関するものでね。聖堂教会もまさかこれほど短時間で次が起こるとは思っていなかったのだろう、監視役といっても名ばかりだ。私にもほとんど状況が分からないというのが現状だよ」
 そう言って、ラスキンは苦笑混じりに肩をすくめてみせる。彼と凛、それに士郎とセイバーの四人は、教会の礼拝堂へ通されていた。
 ほんの数分前まで、この教会の扉は外から封じられていたらしい。異変に気付いたラスキンが解呪しようとしたが、その結界がなかなかに厄介な代物で、手間取っているうちに士郎が外から扉を開けてしまったそうだ。あのとき黒いセイバーが言っていた「これ以上は〜」という台詞は、この結界のことだったのか。
「?、では、貴方は聖堂教会の人間ではないのですか?」
「縁もゆかりもない。シュバインオーグの頼みがなければ一生関わり合いになることもなかったろうよ」
 セイバーの問いに、答えを返す。確かに、聖杯戦争が起こっていないときの聖杯戦争監視役など、誰がなっても同じことだ。
 本来冬木市に派遣される監視役の代行という肩書きで、ラスキンはこの町を訪れたのだった。その肩書きは、聖堂教会から彼が借り受けているという形になる。とはいえ正式な監督役でない彼に、現在の聖杯戦争の状況など分かるはずもない。
 結局、士郎達が知り得た情報は、「今回に限り教会はあてにならない」という一事のみだった。
 もっとも、前回同様「サーヴァントを失ったマスターの保護」および「怪我人の治療」という二点に関してはそうでもない。魔導翁シュバインオーグの盟友というだけあって、アーノルド=ラスキンの魔導技術と治療能力はかつての教会の主──言峰綺礼を上回っていた。もし前回のように一般人を巻き込んでしまうようなことになれば、彼の力を借りることになるだろう。
 だが、「シュバインオーグ」の名を口にするときだけ、彼の口調に苦みというか困惑というか──とにかく奇妙な色が混ざることに、士郎は気付いていた。盟友というか、悪友のような関係なのかも知れない。
「とはいえ、成り行きとはいえこうなっては私も無関係とはいえん。本来の役目とあわせて、今回の聖杯戦争についても調べておこう」
「お願いします」
「うむ」
 頷き、それからラスキンは、不意に懐から一枚の封筒を取り出して凛に手渡した。そこに記された差出人のサインを一読して、凛の表情が一瞬で固まったのが分かった。
「え──」
「確かに、渡したぞ」
 凛が何か言うよりも早く、手紙らしきものを押しつけて背を向けるラスキン。結局、彼が「用意があるのでな」と奥へ引っ込んだのにあわせて、士郎達も教会を後にすることになった。


「……結局、自分達で調べるしかないか」
 教会の外に出ると、とうに日も落ちて世界は闇の中に沈んでいた。だからというわけではないが、士郎の声もやや落ち込んでいるように聞こえる。
「そうね、結局あのキャスター……それに、黒いセイバーの正体も分からずじまいだったし」
 対して──頷いた凛の声は、目に見えて調子を失っていた。
「いや、見てて分かった。あの黒いセイバーは、投影魔術だ」
「「え──」」
 瞬間、あっさり言ってのけた士郎の言葉に、前を歩いていた凛とセイバーが振り返る。
 魔術師としては半人前だが、こと投影魔術に関しては士郎の独壇場である。その士郎が言うのだ、間違いはあるまい。
「ちょ、ちょっと待って士郎。投影って、セイバーの剣とかじゃなくセイバー“そのもの”を投影したっていうの?」
「ああ、多分だけど、あのキャスターの宝具にはそういう能力があるんじゃないかな。ほら、俺の投影魔術でも武器の性能だけじゃなく、使い手の技とか癖とかまで投影するだろ? その延長で、武器と一緒に使い手まで再現してるとか……」
「シロウ、確かに可能性はありますが、それではあの“私”は誰の魔力で動いているのです? あれが投影で作られたものなら、当然聖杯との繋がりはないはず……にもかかわらず、あれは完全な状態の“私”と同等の能力を有していました」
 困惑げに眉をひそめながら、しかし不審さは全くない表情でセイバーが問う。彼女も彼女のマスターも、前回の聖杯戦争で士郎が時折みせる鋭い観察眼と直感、それに推理力を知っている。
 こうしてあっさりと断言してくれるときは、よほどの確信があるときなのだ。
「それは、勿論キャスターだろ? 前回でもキャスターがサーヴァントを召喚してたじゃないか」
「でも、前回のアサシンは偽英霊とはいえ「聖杯」の力を得ていたわ」
「ああ、だからさ、二人とも。あのセイバーは本来のセイバーと同じ力を持っているようで、多分どこかに劣っている部分があるはずなんだ。俺の投影する武具がどれだけ真に迫っても決して本物にはなれないように、あのセイバーも贋作である以上、どこか贋作としての弱点を持ってるはずなんだよ」
 そう言って、士郎は何かを考え込むように、腕を組んでむっつりと押し黙った。






 無銘祭祀書──1839年に刊行され、後に発禁を受けたフォン=ユンツトの手による禁断の書。そのほとんどは所有者の手によって焼き捨てられ、今ではゴールデン・ゴブリン・プレスの粗悪な削除版と1845年にロンドンで刊行された誤訳の多い海賊版をのぞいて、世界に六冊しか残っていないといわれている。
「魔導書を操る魔術師──お主、ミスカトニックの手のものじゃったのか!」
 もはや光を映さぬのではないかというほど暗い両眼を見開いて、間桐臓硯が愕然と叫んだ。つい先刻までただの若造と見ていた相手から、今は圧倒されそうなほど強大な魔力が溢れ出しているのだ。
 全身黒ずくめの服装の上に、魔書のページが変じた漆黒のマントを纏う男──その魔術師の名を、
「大十字九郎ってんだ、覚えときな」
 二度目の名乗りをあげて、九郎は手にした偃月刀に魔力を通した。
 武器であり、同時に魔具でもあるこの偃月刀は、九郎の魔力を増幅する「魔法使いの杖」だ。魔書とともに自らの魔力すらも封じていたのか、怪老人を見据える瞳には、魔眼めいた鋭さがある。
 しかし──その視線を遮ったのは、髑髏の仮面を付けたアサシンのサーヴァントであった。
「化けものめ──アサシンたる私が、あろう事か恐れを抱こうとは」
 そう言って、アサシンは足下から、一本の短剣<ダーク>を拾い上げた。
「もはや、オマエを人間と侮らぬ。我が本領──暗殺者<アサシン>の技をみせてやろう」
「…………」
 言い放つアサシンに、偃月刀を構える九郎は無言。互いに漆黒を纏った魔神二人が、ほぼ同時に跳躍する!
「はあああっ!」
「ふっ……!」
 一閃する偃月刀。しかし、その斬撃はアサシンの影のみを斬った。地を滑るように回り込んだアサシンの手から、弾丸を越える速度で短剣が打ち出される。
「ッ……!」
 同時に、その短剣を追い越さんばかりの勢いで、アサシン自身もまた九郎に突進した。
 たとえ素手であろうと、アサシンならば一撃で人を屠る技など無数に備えているだろう。だが先んじて放たれた短剣もまた、アサシンの技量を乗せた必殺の技。短剣を叩き落とせば次の瞬間に飛び込んでくるアサシンに対し無防備になり、かといって短剣を無視すれば確実に急所を抉られる。
 殺意よりも疾い二つの“必殺”に対し、大十字九郎はどうしたか。
「チィッ!」
 彼は、迷うことなく偃月刀で短剣<ダーク>を切り払った。
「ふっ……」
「もらったぞ、魔術師!」
 間桐臓硯の笑いに、アサシンの声が重なる。同時に彼の腕が、偃月刀を振り下ろしたままの九郎へと──!

「術種選択:肉体強化<ブーストスペル>!」

 刹那、サーヴァントの目にすらかすんで見える九郎の裏拳が、アサシンの顔面を打ち砕いていた。
「「──ッッッッ!!」」
 その光景に思わず息を呑んだのは、アサシンの主たる臓硯だけではない。まさか、サーヴァントの突撃を“素手で”迎撃するなど、一体誰に想像できただろう。
 仮面を打ち砕かれたアサシンは、両手で顔を押さえてその場に崩れ落ちた。
「悪ぃな、生憎こっちは兼業魔術師なんだ」
 そう言って、魔術師兼探偵は笑ってみせた。




「……ふむ」
 闇の中、薄暗い地下室で彼は、場違いなほど小綺麗な椅子に腰掛けていた。
 長身痩躯、隙のない出で立ちに漆黒の肌の偉丈夫。その傍らには、同じ褐色の肌を持つ奇妙な衣装の男がいる。
「「予定」では、そろそろゾウケン氏のサーヴァントが敗れた頃だな、リーダー」
 静かに、取り乱すことなく彼──アンブローズ=デクスターは、自らのサーヴァントにそう呼びかけた。
「元より、アサシンは他のサーヴァントを吸収して自らを強化するクラスだというではないか。やはりおまえの一部を与えた程度では足りなかったらしい」
「…………」
「ああ、勿論並の相手ならば今のアサシンで十分だったはずだがな。しかし、奴だけは特別なのだよ」
 無言のサーヴァントに対し、その心中が分かるのか、デクスターは何故か楽しげに頷いてみせる。
 その手が不意に指を鳴らすと、彼の目の前の虚空に突如として映像が出現した。
「────」
 無論、サーヴァントは驚きもしない。たとえその映像に映し出されているのが、闇の中で膝をつくアサシンと、そのマスターの姿だとしても。

『いかん──戻れ!』
『…………』
 臓硯の命に、瞬く間にアサシンの姿がかき消えていく。無論消滅したわけではない。英霊であるサーヴァントは、自らを霊体に変えることができるのだ。
『クッ──最初に気付かなんだ儂の不覚か。若造、お主の名、覚えておくぞ』
 と、アサシンの姿が完全に消えるのを見届けてから、間桐臓硯はそう言って九郎を睨め付けた。その体が──一体いかなる魔術を用いたか、溶け崩れたように闇へ吸い込まれたのは、次の瞬間である。

「見ての通りだ、リーダー」
 その映像を眺めながら、黒い男は喜悦に歪んだ笑みをもらす。
「彼は、大十字九郎だけは特別なのだよ。しかし幸い、ゾウケン氏のアサシンには「肉体改造」の技能がある。吸収する餌さえあればまだまだ戦えよう。そう、例えば──」
 そこまで言って、不意にデクスターは言葉を切り、

「例えば最良の英霊、前セイバーの心臓などはどうかな?」

 ククク、と含み笑いをしながら、全てを嘲笑うかのようにそう言ってのけた。


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