選択 傾:恋愛 M:セイバー


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1: 岡崎 (2004/03/05 01:59:08)

「まずいわね・・・。」
 遠坂が呟いた。
 聖杯戦争も終わって穏やかな日常が続いていた。
 サーヴァントだったセイバーもこの世界に留まる事ができて今日も元気にご飯をおかりしている。

 だが、問題は唐突に起こった。
 遠坂が魔術協会の本部である時計塔に呼び出されたのだ。
 今回の聖杯戦争の事情聴取だということだが、問題はセイバーを伴っていけないという事だ。
 遠坂がロンドンに行く事でセイバーへの魔力の供給が著しく低下してしまう。

 魔術協会は魔術の痕跡を隠蔽するための組織だ。
 当然、英霊であるセイバーが大手を振って街中を歩くなんて事を認める訳が無い。
 セイバーが現存できたのは、非常に特殊なケースだ。
 もし協会の追及がセイバーに及べば、協会の手の届かない土地に亡命しなければならない可能性だってある。

 ともかく俺と遠坂はセイバーにこの時代で普通の女の子として幸せに暮らして欲しい。
 遠坂には何とか誤魔化しきって貰わないと。

「まあ、そんなに引き留められるなんてことはないでしょうけど。」
 遠坂は辛そうに顔を歪める。
「正直、士郎1人に任せるのは不安だわ。」
 遠坂の不安は最もだ。悔しいが俺だけの魔力でセイバーに充分な魔力を与えられるとは思えない。

「仕方ありませんリン、何とかこの期間を乗り切るしかありません。」
「聖杯戦争で私の宝石もほとんど使ったっちゃし・・・。」
 じっと2人に見つめられた。

「士郎、本当に頼むわよ?」
「ああ・・・。」
 自信の無さが声に出てしまった。
 ちくしょう。
 不安なのは遠坂だってセイバーだって同じだ。
 ここで一番しっかりしなくちゃいけない俺がこんな弱気でどうする。

「任せてくれ、遠坂。絶対にセイバーを消えやさせない。」
「あたりまえよ。そんな事になったら一生あんたを許さないんだから。」
 俺の魔術の師匠は相変わらず容赦が無い。
 まあ、なんとか俺に頑張って欲しいとはっぱをかけているのだろう。

 遠坂を中心に新たな契約を交わす。
 強烈な光が放たれ、それが消えるとセイバーの力が急激に弱まるのが感じられた。
 覚悟していたとはいえ遠坂も俺もその事実に打ちのめされる。
「シロウ、一時的とはいえまた貴方のサーヴァントになれて私は嬉しい。」
 セイバーだけが屈託無く笑った。


 遠坂がロンドンに立ってからともかくセイバーは食った。
 もう、食べて、食べて、食べて、食べまくった。
 あとは眠った。もう食べる以外は眠りまくった。
 こんな食っちゃ寝生活を続けていたら太るんじゃないか、などと思っていたが逆だった。
 セイバーはしだいに痩せていった。
 俺の目には、もともと小柄なセイバーが更に一回り小さくなったように見えた。

「遠坂、もう限界だ。早く帰ってきてくれ。」
 縋るように受話器に訴える。
「駄目なのよ。連中相当しつこいわ。もう根掘り葉掘り質問責めよ。」
 どうやら事情聴取とやらは長引いているらしい。
「聖杯の件やらギルガメッシュの件やら、協会は何一つ見過ごす気は無いみたい。」
「セイバーの事は?」
 俺は一番恐れていた事を口にした。
「ギルガメッシュが存在し続けたのが問題になっているの。他のサーヴァントで生き残っている奴がいないか知りたがっているわ。」
 遠坂が小声で話す。

「あとどれくらい掛かりそうなんだ?」
「最低1ヵ月かしら・・・。」
「1ヵ月!?絶対無理だ。セイバーが消えちまう!」
 あと家の家計も破綻する。
「もう限界だ。今からでも帰国してくれ。後の事は遠坂が帰ってから考えよう。」
 最悪亡命なんて事になっても、セイバーが消滅してしまうよりよっぽどマシだ。
「無理なのよ!監視が厳重でとても抜け出しそうにないわ!なんとか持たせてちょうだい!」
 遠坂が声を張り上げる。アイツが無理なんて言うなら本当に無理なんだろう。

「じゃあ、打つ手なしなのか・・・。」
 絶望で目の前が真っ暗になった。
 セイバーが消える?
 俺達には何もできないのか・・・。

「・・・一つだけ方法があるわ。」
 遠坂が苦しそうに声を絞り出す。
「本当か、遠坂!?俺にできることならなんでもするぞ!!」
 はあーー、と遠坂が向こうで深い溜息をついた。
「・・・抱くのよ。」
「抱く?」
「だからあんたがセイバーを抱くの!!!!」
 受話器から大音声が至近距離でガンガン鳴り響いた。

「なな、何いってんだよ遠坂!?俺は真面目に・・・。」
「大真面目よ!!貴方も魔術師なら魔力を他人に供給する手っ取り早い方法知っているでしょう!!」
 俺がセイバーを抱く!?
「パニくらないで!!ともかく今回はしょうがないでしょ!!」
 俺とセイバーが!?
「言っとくけど今回だけだからね!!仕方なく許してあげてるんだから!!」
「でも遠坂・・・。」
「四の五言わないっ!!ともかく私が帰ってセイバーがいなかったらアンタを殺してやるんだから!!」
 遠坂が、がーと吠えるとガチャッと電話が切れた。
「・・・。」
 俺は呆然と立ち尽くした。
 俺とセイバーが?
 
 この事はセイバーに伝えなければならない。
 結局、これは彼女の意思しだいだ。
「セイバー、起きてるか?」
「・・・はい、シロウ、起きています。」
 彼女は起き上がり俺に微笑んだ。
 衰弱している。
 いくら俺が半人前の魔術師でもそれぐらいはわかる。

「セイバー、遠坂はまだ当分帰れないみたいだ。」
「そうですか・・・。」
 彼女はただ頷いた。
「シロウ、短い間でしたが本当に楽しかった。礼をいいます。」
「セイバー・・・。」
「リンの言う事をよく聞いて立派な魔術師になって下さい。」
「セイバー、そのまだ方法があるんだ。」
 自分がどう伝えたのかまるでわからなかった。
 あの戦いの中で俺達は信頼関係を築いていった。
 この提案で、その信頼関係が崩れてしまうのが一番怖かった。

「シロウ、抱いてください。」
 彼女は躊躇わずに提案に応じた。
「セイバー・・・。」
「シロウ、私はまだこの世界から消えたくない。・・・我儘という事はわかっています。私がただこの世界にいるだけでシロウとリンに大きな負担をかけている。」
「バ、バカッ!俺も遠坂も負担だ何て思ってないぞ!俺達だってセイバーにずっと居て欲しいから、その、こんな・・・。」
「・・・。」
 お互い気まずくなって俯く。
「・・・服を脱ぎますから向こうを向いていて下さい。」
 ああ、と痴呆のようにセイバーの言葉に従う。
 衣擦れの音がする。
 全く現実感がなかった。

「・・・シロウ。」
 何も考えられない頭が彼女の言葉に反射的に反応する。
 セイバーは綺麗だった。
 初めて出逢ったときから俺は彼女に惹かれていた。
 そんな事をいまさらながら思い知らされた。
「シロウ、そんなに緊張しないで下さい。これはただ魔力を供給するためだけの行為です。」
 違う。
「貴方はリンを裏切るわけではない。」
 違う。
「違うんだセイバー。」
「シロウ?」
「俺はセイバーに惚れている。」
 俺は言ってはならない事を言ってしまった。
 だけど言わずにはいられなかった。
 これがただ魔力を供給するためだけの行為だなんて誤解されるのは耐えられなかった。
「・・・シロウ。」
「セイバーに消えて欲しくない。」
 セイバーの両肩を掴みキスを交わした。
「シロウ・・・、アルトリアと呼んで下さい。」
 セイバーのか細い声が聞こえた。
 俺はその真名を呟きながら彼女を押し倒した。


「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
 遠坂が帰国してからずっと気まずい沈黙が続いている。
 ともかく協会がセイバーを封印指定にするような事もなく平穏な日常が戻った。
 ・・・はずだった。

「それで、そっちはどうだったの?」
 聞きにくい事をズバッと聞く女、遠坂凛。
「シロウのおかげで消え去らずにすみました。」
「そう、それは良かった。」
「・・・。」
 遠坂のこめかみがピクッと動いた。

「じゃあ、これで万事解決でお終いね。」
 この件はこれで終わりだ、と遠坂は宣告した。
「リン、貴女に言っておかなければならないことがあります。」
「何、セイバー?」
「私は貴女に宣戦布告します。」
 ぶっ、と俺はお茶を吹き出した。

「宣戦布告?それはどうゆう意味かしらセイバー?」
「私はシロウを愛している。」
 永遠のような沈黙の時間が流れる。
「シロウも私を愛していると言ってくれました。」
「ほう。」
「いや、正確には惚れているって・・・。」
 言って何のフォローになっていないことに気づいた。
 ガキッ!!
 遠坂の裏拳が俺の顔面にヒットした。

「それで?」
「しかし、シロウの心はまだリンに大きく傾いている。だから正々堂々と宣戦布告します。」
「セイバー。」
「リンには言葉にできないほどたくさんの恩を受けています。貴女をこのような形で裏切るのは心苦しいのですが、もうこれ以上自分の心を偽れません。」
 俺はロー・アイアスを投影する準備に入った。
 当然、遠坂が爆発してガンドを乱射すると思ったからだ。
 だが・・・。

「はあ〜〜〜。」
 遠坂は気の抜けた溜息をついた。
「遠坂?」
「リン?」
「まあ、こんな事になるんじゃないかと思っていたのよ。」
 遠坂はやれやれと言った風に肩をすくめる。

「まあ、いい傾向かもね。セイバーが自分の気持ちに素直になるなんて。」
「では、許してくれるのですか?」
「正直、2人が無理して意識しないように振舞っていた時のほうがむかついてたわ。これでようやくすっきりした。」
「リン。」
「いいわ、マスターもサーヴァントもなし。正々堂々戦いましょう。」
「リン、ありがとうございます。」
「礼なんてよして。言っとくけど士郎は絶対に渡さないから。」
「それはどうでしょうか?」
 微笑みあう2人。えらい迫力だ。

「でも意外ね。士郎のほうから惚れてるなんて言うなんて。」
「いや、それは・・・。」
「今まで質問責めだったのよね、私。だから衛宮君にも根掘り葉掘り、とことん追求したいわ。」
 ニッコリ微笑む赤いあくま。
「シロウ、私も立ち会います。貴方が事実を正確に話せるよう手助けしたい。」
 ニッコリ微笑む百獣の王。
 衛宮邸に平穏が訪れる事は永遠に無いような気がした。

END


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