Fate/moon night 機柄以圈法  雰:シリアス


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1: ゆう (2004/03/04 19:03:15)

視界が紅く染まっている。
紅く陽炎のように揺らめく廊下は、それだけで地獄めいていた。
否、実際に真昼の学校は、異界と化していた。
ちらりと横に視線を走らせる。廊下側の窓から覗ける教室の中には、例外なく倒れ伏す生徒たち。一見すると死んでいるようも見える彼らだが、微かに上下する胸がまだ生きていることを示している。
……もっとも、それも時間の問題。
魂すら溶解させるこの結界内において、意識を失うことは死を意味している。
――そんなこと絶対にさせない。
闘志と決意を胸に、衛宮士郎は目の前の敵と対峙していた。
八メートルの距離を挟み、この学校の制服を着た少年と露出の高い黒い衣装を身に纏った眼帯の美女が立っている。
士郎のクラスメイトにしてマスター、間桐真二。そしてそのサーヴァント、ライダー。

「……真二。いますぐ結界を解け」
「はっ。なにを言ってるんだい」

怒りを孕んだ士郎の声にしかし、真二は嘲りを含んだ声で笑った。

「なんで僕がそんなことしなくちゃならないんだよ。あんなヤツらどうなろうと僕の知ったことじゃない」
「真二……!」
「ああ、そうそう。結界発動させてさぁ。藤村が逃げろってしがみついてきて、突き飛ばしたんだよ。なのに藤村のヤツ、それでもしがみついてくるもんだからうざくなってさ、蹴り飛ばしたらピクリとも動かねえでなんの!」
瞬間、頭の奥でガキンッと撃鉄が落ちた。
もう容赦しない。
力ずくで結界を解除させる!
身体が驚くほど軽い。一瞬で間合いを詰め、悲鳴を漏らす真二の顔面に拳を叩き込もうとし――

「――ッ!?」

ざわりと背筋に走る悪寒に後ろに跳ぶ。
じゃらりと鎖の鳴る音。
士郎と真二の間に割って入ったライダーの手には、いつの間にか凶器が握られている。それは先端に釘のついた鎖。
大気を切り裂き、鎖が鞭のようにしなる。
咄嗟に両腕で頭と顔を防ぐ。

「がっ!?」

腕が裂け、血が滴る。堪らず後ろへ後ろへと下がる士郎。が、ライダーは追撃の手を緩めようとはしない。
意識が飛びかねない激痛を気力のみで抑え、なんとか急所への一撃だけは防ごうとし、下から掬い上げるような一撃に、気がついたら士郎は宙を舞っていた。
ぼんやりとした視界には、右手に刻まれた令呪。
――セイバー!
右手を宙に伸ばす。セイバーを呼ぼうと意識を集中させ――それが命取りになった。

「あ」

目前に釘。
死んだ。
セイバーを呼ぶよりも速く迅速に、この釘は自分の命を刈り取る。
あたかも未来視のごとくその光景が脳裏に浮かぶ。そして脳裏に浮かんだ映像をなぞるように、釘が士郎の頭を貫き――

「――え?」

それは誰が発したものか。
どさりと士郎は地面に落下。ライダーの釘付き鎖をこともなげに弾いた影は、トンと軽やかに士郎とライダーの間に着地した。
年の頃は二十代前半。
両目を白い包帯で覆い、黒装束を纏うその姿は異形。
場違いなほどリラックスした青年は悠然と首を巡らし、

「……この結界を張ったのはお前か」

ライダーを睨みつけ、くるりと右手に持った短刀――七ツ夜と刻まれたソレを順手から逆手に持ち替えた。

「貴方は……」

突然と闖入者に、ライダーは警戒心を露わにする。

「すぐに結界を解け」
「それはできません」
「……そうか」

ならば力ずくだ。
そう言い放ち、重心を低く構える。
ライダーが鎖を構えるよりも速く、青年は文字通り一速で彼女の目の前に跳んでいた。
それは水面を弾けていく飛礫のような、低く速い獣じみた跳躍だった。
首元に迫る短刀を己の得物で弾く。
ライダーの眼前には無防備な背中。その背中に釘を突き刺そうとし――青年の姿が消失した。
地面に両手がつくほどの低い重心。瞬間移動と見間違うほどの素早さで、青年はライダーの真横に跳んでいた。
咄嗟に身体を反転させ、鎖を横に薙ぐ。
だがそれも無駄。
振るわれた鎖は、それよりも低く構えた青年の頭上を通り過ぎていく。

「――」

ぎらり、と青年の眼光がライダーの首筋を捕らえる。

「――っく……!」

首を断つ勢いで一閃される短刀を、身体ごと仰け反るようにかわすライダー。首を浅く切り裂いた短刀は、なおもしつこくライダーの首を狙う。
一瞬にして三撃。それを悉く手元の釘で弾き、お返しとばかりに鎖の先端の釘が青年目掛けて放たれる。
青年は後頭部を狙う釘の一撃を横に跳んでやり過ごす。壁を蹴り、天井を足場に、宙を滑空する。
地面と天井の区別すらなく、空間を縦横無尽に駆け回る。獣の俊敏さと蜘蛛の動作が混じったかのような動きは、まさに奇怪そのもの。
廊下に鉄と鉄のぶつかり合う、耳障りな音が響く。

「……くっ」

頚動脈を狙って振り下ろされる短刀を弾き、ライダーは真二の横に跳躍する。

「なにやってんだよ! さっさとヤツを殺せ!」

沈黙していた真二の叫びに、ライダーは鎖を構え直す。

「もう一度言う……結界を解け」
「うるさい! なんで僕がお前の言うことを訊かなきゃならないんだよ!? 生意気なんだよ、お前は! ライダー、速くあいつらを殺っちまえ!」

喚き散らす真二に、青年はふうと嘆息すると、両目を覆う包帯に手を掛ける。スルスルと包帯が解けていく。
どくん、と。
ことの成り行きを見守っていた士郎の心臓が、大きく鼓動した。ドクドクと全力疾走したあとのように、心臓が早鐘のように打つ。
いけない。
アレはだめだ。
マナが凍る。ランサーがゲイ・ボルグを構えたときのような感覚。それは圧倒的な死の気配。
床に包帯が落ちる。ゆっくりと開かれる眼。
刹那、世界が凍った。
青よりもなお深い蒼。まるですべてを見透かすかのような蒼い瞳。
――その奥に死神がいる。
誰も動かない。否、動けない。

「なら死ね」

無慈悲に宣告を下し、青年はライダー目掛け突進し――ライダーの奇行に足をとめた。

「なん、で……」

ぽつりと士郎がつぶやく。
ライダーはその手に持つ釘で、己の首を掻っ切っていた。
首から冗談事のように血が噴き出す。

「あ……が……」

口から血を吐きながら、なおも深く首を抉る。
直後、変化は起きた。
血は意志を持っているかのごとく、空間に魔法陣を刻む。
展開される魔法陣。その中央には一つ目の眼。いままでとは桁違い魔力に大気が帯電する。

「伏せろ!」

青年の声に、反射的に士郎は床に伏せた。
爆発する光。白熱する閃光が視界を白一色に染める。光が収まり顔を上げた士郎は、その光景に息を呑んだ。
廊下は無惨にも変わり果てていた。壁が抉られ、教室の中が露出している。外から吹く風が前髪を揺らした。
瓦礫と化した廊下にはすでに、真二たちの姿はなかった。そのせいか結界は効力を失っているようだ。
紅い残影はなく、視界は正常なものに戻っていた。


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