帰ってきた男  M:凛 傾:ほのぼの


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1: にぎ (2004/03/03 00:50:16)



その日は、

あきれ返るほどの青い空。









「ん―――っと」

軽く背伸びして体を起こす。
こんなに気持ちのいい目覚め方をするなんて何時以来だろうか。

私、遠坂凛は朝に弱い。
ええ、そりゃもう破滅的に弱い。
その私がこうも快適に目を覚まし、その上むしろ腹立たしいほどの晴天である。
がらにも無く天啓を授かった様な気分にもなるってもんである。

「うん、こんないい天気なんだし今日は士郎を外に連れ出してやるか」

よし決めた、もう決めた。
そうとなれば善は急げ、さっさと身支度を整えてあいつの家に行くとしよう。
と、準備を終えて部屋を出ようとしたとき鏡に映った自分の顔をが目に映る。

「―――――――――――」

そこにあるのはいかにも楽しさを堪えきれないといった風に頬を緩ませる私の顔。

「まったく、らしくないなぁ」

部屋を出て居間に向かいながらポツリと漏らす。
声に出してみて本当にらしくないなと思う。
ああ、それでもこの気持ちは押さえられない。

うん、なんだか今日はとてもいい日になりそうな気が―――――


「ああ、随分とゆっくりしたお目覚めだな凛。まったく相変わらず朝は弱いんだな君は」


―――――――全くしない。










帰ってきた男










「で、なんでここにいるのよアンタは」

ジロリと、力一杯の不満だとか批難だとかをこめて睨みつけた先には私の元サーヴァントである弓兵(♂)。
けれどそいつは私の視線など何処吹く風で、いつかと同じように紅茶なんぞすすりながら堂々とくつろいでいる。
っていうか何勝手に私のお気に入りを飲んでるのかコイツは。

「やれやれ、久しぶりに再開を果たしたサーヴァントへの第一声がそれとは。いや立派なマスターだな君は」
「あら、そっちこそ再開早々皮肉を飛ばすなんてホント立派なサーヴァントよねアーチャ―」

一瞬バチリと火花を散らせる。
だって言うのに、アーチャ―の奴はいつもの皮肉気な顔を浮かべた後ふっと笑って、

「変わってないな、安心したよ凛」

なんて言葉をかけてきた。

…ああもうこいつは、何でここでそんな事を言うのか。
そんな顔でそんな事言われたら黙るしかないじゃない。

「ふ、ふん、まあいいわ。で何でまだここにいるのよアンタは……まさかと思うけどまだ士郎の事…」
「ああ、それは無いから安心してくれ。私としてもそんな事をして、また君の泣き顔を見るのも御免なのでね」
「だっだれがっ!」
「それと一つ、君は勘違いしているな、依然ここにいた”私”は間違いなく消えたよ。
 だから私はまだここにいる、ではなくまたここに来た、という事だ」
「へ…?」

予想外の言葉に思わず呆然となる。
そりゃ確かに英霊である以上同じ時代に来る可能性はあるわけだし、実際にセイバーなんかはそれに近い形だけど…。

「って、待った。じゃあ、あなたはこの前のアーチャ―とは別物な訳?」
「その表現は正しくないが……まあ、そう取ってもらっても問題はあるまい」
「それじゃ、この世界の私たちの記憶なんて無いんじゃないの?」
「そうだな、記憶………いや知識だけはある、といった状態か、
 自分がここに居た、という実感はないし何を思って行動したかも希薄でつかみ所が無い」

あっさりと私の言葉を認めるアーチャ―。

「ふぅん、その割にはまるで帰ってきたかのような態度だけど」
「うむ、いまいち繋がりが悪いのだが、非常に強く焼きついている光景がいくつかある。
 恐らくはその所為だろうな」


――――強く焼きついた光景。
    それはつまり、士郎との戦い。
    いや、もはや戦いとも呼べぬ、意思のぶつかり合いの事だろうか。


「まあ、いいわ。で、もう一回さっきの質問、何であなたがここに居るわけ」
「そうか、分からないか」

腕を組みつつ口の端を楽しそうにつりあげて偉そうにいって来るアーチャ―。
あーやっぱむかつくわ、こいつ。
アンタも変わってなくて安心だわ、と返してやりたい。

「まあ早く言ってしまえば元マスターである君があまりにも見るに堪えなかったのでな」
「は…?私が?」

というかコイツが私のことを…?


「うむ、なにせ君ときたら自分のライバルのようなものであるセイバーを現世に留めるのに協力してやったり…
 ああ、それは実に君らしいので悪くは言わないが、
 そのセイバーに軽く嫉妬して見せたり、
 寝取られたらどうしよう等と密かに1人ぶつぶつと考え込んでみたり、
 フェア精神は実に結構だが、あまりにも見るに堪えんのでわざわざ私が来てやって…
 ああ凛、いまその拳を振り下ろしても問題は一向に解決しない事は忠告しておこう」


思わず掲げた拳をふるふると振るわせる。
…コイツが私の心配をしてくれたのかと少しでも思った私が馬鹿だった。

「アンタね…ホントにそんな理由で来たって言うつもり…?
 仮にも英霊であるアンタがそんな理由で出てこれるわけ無いでしょうが!」

思わず怒りに拳を震わせながら怒鳴り返す。
ええい、効果が無いとは分かっていてもガンドの100発や200発は打ち込んでやりたい。

「ああ、その通り。今のはこの数日間の様子見の感想だ。
 …そうだな、ならば守護者といった存在がどのような時にあらわれる者か、君ならば分かるだろう凛?」

と急に真剣な顔つきになって聞いてくるアーチャ―。
なにか聞き逃せない事を口走った気もするが、とりあえずそれを追求するのは後にしておこう。

確かに、私はそれを知っている。
守護者となった者がどんな時に呼び出されるのかも。
…そしてそれが、どんなに絶望的な状況であるのかということも。

「じゃあ…アンタがここにいるのは…」
「そう、私は破滅を防ぐためにやってきたという事だ」

アーチャ―の言葉に思わず呆然とする。
冗談じゃない。
かつて夢という形で垣間見たアーチャ―の記憶。
その記憶が正しいのであれば抑止力として守護者が送られた、という事はすでに手遅れだという事に他ならない。
ならばすでにこの町は、確実に破滅へと進んでいる――――?!

「―――だが、今回は運がいい」
「え…?」

絶望的な思考に陥りかけた思考を呼び起こすかのような力強い声。

「理由は知らんが、今はまだ手遅れじゃない。まだ防ぐ事の出来る段階だ」
「え、じゃ、じゃあまだ間に合うって事?!」

私の問いに誇らしげに頷くアーチャ―。
改めてよく見ると、その目にはどこか、力強い決意の光が宿っているように思えた。

でもそっか、よくわからないけどまだ手遅れじゃないんだ。
その破滅どんな形によるものなのかは分からないが、戦力が必要なのならここにはセイバーもいる。
2人が協力すればきっとほとんどの無茶は軽くやってのけるだろう―――ってちょっと待った。

「アーチャ―、あんたこんな所でなにやってんのよ」
「ん?今説明したとおりだが……ああ、やはりまだ眠っているのか」
「ちっがう!私が言ってるのは!何でそんな非常事態にウチでくつろいでるのかってことよ!」

びしっ、と指を突きつける。
そうだ。
アーチャ―の言った事が本当ならまだ防げるうちにさっさと行動を起こすべきである。
だというのになんだってこいつは人の家でティ―タイムなんぞと洒落込んでいるのか――――!
だが当の本人は、いかにもやれやれといったように肩をすくめるだけでまるで反省の色は無い。

「何故も何も無かろう。君たちが今回の当事者であるのだから私がここにいる事になんら不思議は無い」
「はっ?!な、なんで私たちが?…ん?私たち?…っていうのは…やっぱり?」
「言うまでもなかろう。君と2人…衛宮士郎とセイバーだ」
「なっ…!」

すっかり驚きで取り残されている私を尻目に彼は言葉を続ける。

「まあ、直接の原因はセイバーなのだがね。セイバーのマスターである君や奴も当然無関係とは言えないと言う事だ」
「セイバーが…原因ですって…!」

先程と同じように頷くアーチャ―。
だが今度の頷きは何処までも重々しい。

「このままセイバーを野放しにしておけば、そう遠くない未来、世界は滅ぼう」
「セイバーが……なにをするって言う気?!」
「分からないか凛。その原因の一端は君にもある」
「え…?!」
「そう……セイバーを放っておけば―――――」

そこで、躊躇うように口を閉ざすアーチャ―。
一体、セイバーの身に何が起きると言うのか。
あのセイバーが世界を滅ぼすなど、想像すらも出来ない。

アーチャ―は決意したように、その重い口を開く。

「そう、このままセイバーを放っておけば……
 やがてこの地球はすべてセイバーの手……いや口によって食いつくされ、ぶっ――――?!」

渾身の右ストレートが炸裂する。
もはや葛木のそれと比べてもなんら遜色の無い一撃は、椅子に座った赤いものを容赦なく吹き飛ばす。


1回―――。

2回――――。

3回―――――!

きっちり3回、華麗に宙を舞った後、赤い外套をはためかせながら彼の体は床へと落ちた。
ふう、やっぱりあいつの言葉をまともに聞いた私が馬鹿だった。

そうだ、きっとまだ頭が覚醒していないのだ。
今日は早く目がさめてしまったのだから、そんな事もあるだろう。
だから、あんなわけの分からない幻を見たのだ、そうだそうに決まってる。

うん、余計な時間をとってしまった。
速く士郎の家に向かうとしよう。


「中々いい拳だったぞ凛。だが異論があるなら手より先に口を出して欲しいものだが」

……せっかく私が決意を固めたというのに、何事も無かったかのように立っているこの男。
くっ、あれで倒れないとは、腐っても英霊か!

「あのねえ!そんな理由で納得しろって方がどうかしてるわよ!
 これ以上、私をからかうつもりならもう容赦はしないわよ!」

はっきり言って、これは本気である。
この男がまだふざけた事を言うつもりなら、
手持ちの宝石もセイバーの宝具も、全てを使い切ってでもこの男を再び永遠の眠りに就かせるまでである!

「何を言う、食糧危機も深刻な問題ではないか。
 いや、力押しでどうにか出来る問題で無い分、そこらの化け物よりよほど性質が悪い。
 凛、君の方こそ、そのような事も認識していないというつもりか」

だというのに、この男は完全に真面目な顔つきでそんな事を言い放った。

「………ええっと…ひょとして……マジ?」
「当然だ、君は私がこのような冗談をつくような人間だと思っていたのか」

うん、そりゃ当然。
というか、思わないほうがおかしいと思う。

「じゃあ、アンタは本気で、セイバーの食べすぎを注意するためにここに来た…と?」
「うむ、その通りだ」


……………あ、頭痛くなってきた。


「アーチャ―、一つ聞いていいかしら…」
「なんだ、私に答えられることなら聞くがいい」
「守護者って、暇?」
「――――――――む、我々にもはや時間の概念は無いに等しい、その質問は無意味だな」

憮然とした表情で答えるアーチャ―。
……もしかすると事実なのかもしれない。

「はあ、なんかもう色々とどうでもよくなって来たわ。
 アーチャ―、さっさとセイバーのとこに行ってお勤め果たして来たら?」
「何を言うか凛、何故私がわざわざ君の所に来たと思っている」
「は?」
「私が1人でのこのこと、セイバー食いすぎだ、などと言いに行ってみろ。
 問答無用で切り殺しに掛かってくるに決まっている」

……それは、その、無いと言い切れないところが怖い。

「はあ、じゃあアンタはセイバーの暴食を止める為に、私に協力を求めにきたって訳?」
「表向きは、な」
「表向き?」
「ああ、今回も私には少々目的があってね」

目的……?
はて、士郎のことはもう狙ってないと言っていたが、他に何の目的があるのだろうか。


「単刀直入に言おう。俺はセイバーを愛している」


「―――――――――へ?」

照れたようにそっぽ向いて告げられたセリフに、思わず間の抜けた声を出す。
今彼は、愛している、と確かにそう言っただろうか。

「アーチャ―、あなた…」
「ふん、分かっているさ。この世界のセイバーは私のことなど想ってはいまい。
 だが、諦められないだけだ。
 口ではなんと言っておきながらも、随分と未練がましいものだと自分自身思っているさ」

ぶっきらぼうに、そっぽ向いたままで話すアーチャ―。
その仕草はなんとなく彼に似ていて、それが真実であることはすぐにわかった。

「そういうわけだ。
 で、ここからが提案だ。
 私たちの利害は一致するな、手を組まないか凛」
「手を組む、私たちが?」
「ああ、私はセイバーを。
 君は衛宮士郎を。
 ほら、完璧ではないか。これで君も奴を寝取られる事を心配しなくても済むと言うわけだ」

む、いつのまにかアーチャ―の顔には、いつもの皮肉気な顔が戻っている。
くそう、あれは私がどう答えるか等分かりきっているさ、という顔だ。

「ふん、何言ってるのよ。世界の危機が終われば守護者はまた元に戻るんじゃないの?」
「ああ、終われば…だろう?
 終わらせなければいい、セイバーに適度に危機になる程度の量を食わせておけばいいだけの話だ」

やられっぱなしも癪に触ると言い返した私の言葉に、こともなげに彼は答える。

…というか、いいのかそれは。この不良英霊が。

「…ふん、いいわ。あなたがそこまで言うんなら手を貸してやらなくもないわ」
「やれやれ、相変わらず素直でないな君は」
「っ!大きなお世話よ!」
「ふっ、よしならば早速奴の家に行くか。
 凛、どうせ君も行く所だったのだろう」
「あ…ちょ…」

止めるまもなく。
彼はさっさと居間を後にする。
その行動の速さに思わず唖然とする。

「………さては、あいつ」

思わずニヤリ、と笑ってしまう。
散々、済ました風に取り繕っていたが恐らく間違いない。
だってあいつは、どんなに変わってしまったとしても衛宮士郎なんだから。

「ふん、素直じゃないのはどっちだって言うのよ」

紅茶の片付けすら置いて出て行ってしまうとは。
普段の彼からは考えられない行動だ。

ま、要するに。


「待ちきれないっていうなら、そういえばいいのに」


そういうことだろう。
恐らくは私がここでこうしている時間も、今か今かと待ちわびているのだろう。

まあ、多分、私なんか想像も出来ない時間の果て。
その気の狂う時間果てに巡ってきた、きっと一度のこのチャンス。
ならば、待ち切れぬのも当然か。


さて、なら彼をこれ以上待たせるのも酷というもの。
大人しく玄関を出てやると、彼は私の姿を確認して、
一言二言文句を告げた後、後ろを振り向きもせずスタスタと歩き出す。

その背中が、速く来い、と告げているようで、思わず笑いが出そうになる。
幸い、私にはその思いを邪魔する理由も無い事だし。
大人しく従ってあげましょう。









そんなこと、分かってはいた事だけど。
私の生活はやっぱり平穏などとは無縁なもので。
トラブル、イベント盛りだくさん。
きっとこれからも、一層騒がしく過ぎていくのだろう。



でもそれも、こういうものなら悪くない。





見上げればそこは、

あきれ返るほどの青い空。






                  [END]


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