Fate / Sword & Sword 


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1: ベイル(ヴェイル) (2004/03/02 08:53:04)

 ──彼女は、追いつめられていた。

「クッ……!」
「ライダー!」
 日も沈みきった深夜の深山町に、苦悶の声と少女の悲鳴が響き渡る。
 女は長身。両目を拘束具で覆い隠し、長い髪を振り乱した美女。彼女は片腕に一人の少女を抱え込んで、反対側の手で武器を握っていた。
「ハッ!」
 一閃。手にした「釘」で虚空を薙ぎ、投じられた「殺意」を両断する。一瞬遅れて、釘と短剣が噛み合う金属音が響いた。
 一瞬で地面に叩き落とされたのは、刀身まで黒く塗られた短剣<ダーク>であった。暗闇の中で投じられたそれを、彼女は閉ざされた瞳で見切り、切り払ってみせたのだ。
 だが、片腕で切り払えるのはせいぜい二本まで──
「──ッ!」
 同時に投じられていた三本目の短剣が、美女の太股に突き刺さっていた。
「ライダー!」
「大丈夫です、サクラ。この程度……」
 言いながら短剣を引き抜き、血に濡れたそれを投げ捨てる美女。彼女は「ライダー」のクラスに召喚されたサーヴァントであった。本来の主が令呪を他者に預けたため、その命に従って行動している。
 今の主の名は間桐慎二──その命令は、間桐桜を衛宮士郎の元まで連れていくこと。
 だが、彼女らは間桐家を飛び出した直後に追撃を受け、桜というハンデを抱えているライダーは傷つきながらも逃亡を続けているのだった。
「なかなかしぶといな、騎手」
 その声は、闇の中から響いてきた。
 暗闇に見えるその姿に、ライダーの腕の中で桜が悲鳴をあげた。そこには、全身を闇にとけ込ませるような黒装束で包み、骸骨を模した仮面を被った、奇怪な出で立ちの男がいたのである。
「……アサシン、か」
「いかにも」
 淡々とした問いかけに、短い返答。二人ともサーヴァントだ、無駄な口は叩かない。
 代わりに口を開いたのは、アサシンに続いて闇から姿を現した老人であった。
「さて、そろそろ孫を返してもらえぬかの」
 そういって、どこか病的な雰囲気の怪老人が告げる。老人の名は間桐臓硯──すなわち、マキリの長。
「かわいい孫の望みじゃ、行かせてやってもよいのだが……念には念を入れておきたくてのぉ」
「お祖父様!」
 響いた悲鳴は、桜のものだ。
「それでも孫を連れて行こうというなら──こんなことでサーヴァントを失うのは心苦しいが、おぬしには消えてもらうことになるな」
「!、ライダー!もういい!もういいから!」
「いいえ、サクラ。今の私はマスターであるシンジの命で動いている。マスターの命令に逆らうわけにはいきません」
 必死に叫ぶ桜に、しかしライダーは首を横に振る。その本心がどのようなものか、この場にいる誰にもうかがい知れるものではない。
 ただ、ライダーは桜を抱えたまま「武器」を握り直し、足の傷も知ったことではないとばかりに構えをとった。それを見て、アサシンもまた無言で前に出る。
 最後に──臓硯がやれやれとばかりに肩をすくめたのを目にして、桜は幾度目かの絶望を味わった。
 もはや一触即発。次に誰が動こうと、戦いはもはや止められまい。曲がりなりにも臓硯の孫である桜をいきなり殺したりはすまいが、彼女を連れ去ろうとしたライダーを、祖父が許すとは思えなかった。
「……覚悟はよいか、騎手」
「否、たとえこの身がどうなろうと、サクラはエミヤシロウの元へ連れていく」
 サーヴァント同士の視線が交錯し、最後の言葉が放たれた──その、瞬間、

「──おい」

 一体、どこの馬鹿がこの修羅場に踏み入ってくるのか。
「そこで何やってる」
 畏れは一欠片もない、ただ不審そうな問い。確かに、傷ついた女性が年下の少女を抱え上げ、その前に老人と怪人が対峙しているとなれば、多少正義感の強いものなら何事かと思い、止めにはいるだろう。しかし、今このときに限って、それは単なる自殺行為だ。
 事実その通りとばかりに、アサシンが迷うことなく短剣<ダーク>を投じる。振り向きもせずに放ったそれは闖入者の胸なり頭なりを貫き、一つっきりの命をいとも容易く奪い去るだろう。
 誰もがそう思った──短剣を投じられた、その当人以外は。
『──!』
 瞬間、まるで弾かれたように、黒衣のアサシンが突如としてその場から飛び離れる。見れば、その一瞬前までアサシンの立っていた地面に、彼自身の短剣<ダーク>が突き刺さっているではないか。
 短剣が自分で方向を変えるわけもなし──投げ返したのだ、短剣を投じられたその当人が!
「あぶねえじゃねえか、何しやがる」
 そう言った男の声は、信じがたいことに一片の震えも有してはいなかった。
「「貴様、何者だ」」
 アサシンとライダーの誰何が完全に重なった。対してその人物──夏だというのに黒ずくめの衣装を纏った、二十代そこそことしか見えぬ青年が、吼える。
「魔導探偵大十字九郎……通りすがりの、正義の味方だ!」




Fate / Sword & Sword




「魔術師<キャスター>、だって?」
 そう名乗った褐色の女性に、士郎は思わず声をあげた。
 隣では凛も緊張した面持ちで女を見据え、その二人をかばうようにしてセイバーが不可視の剣を構える。前回の聖杯戦争において三人はキャスターのクラスを持つサーヴァントと戦い、苦戦した経験を持っていた。
 だから、というわけでもあるまいが、この女サーヴァントにはどこか油断ならない雰囲気が感じられた。無論、油断していいサーヴァントなどいるはずもないのだが、彼女は、例えばセイバーのような真正面からの戦いを旨とするタイプではなさそうなのだ。
「魔術師が、そちらから姿を現すとは」
 そう言い放ち、一瞬にして鎧姿に変化したセイバーが前に出る。キャスターにどんな思惑があろうと、先に倒してしまえば同じだ。
 だが、その思考を読んだかのように黒い美女は言い放つ。
「私に挑もうというのですか? 今の貴女が」
 そう、高い対魔力を持つ剣の騎士<セイバー>というクラスは、本来なら魔術師<キャスター>の天敵ともいうべき存在であった。しかしそれは、彼女が本来の実力を発揮できることが前提だ。
 今の彼女は聖杯と繋がるサーヴァントではなく、ただの「遠坂凛の使い魔」に過ぎない。無論、それでも並の魔術師や人間よりは遙かに高い身体能力を有し、戦闘となれば鎧を纏って剣も振るうが、さすがに聖杯戦争時のポテンシャルを維持することは不可能だった。ましてや大量に魔力を消費する切り札──宝具など、使えようはずもない。
 しかし、セイバーは怯むことなく剣を構え、魔術師のサーヴァントに向かって言葉を返した。
「私は二人の剣、相手が何者であろうと、主の敵であれば妥当するのみ!」
「その覚悟、さすがは純正英雄」
 クスクスと笑みをこぼし、美女はその片腕を一振りした。その次の瞬間、彼女の周囲の地面からあらわれたものは──
「!、あれは──!」
 それは牙を持った骸骨、淀んだ色彩の骨によって組み上げられた兵、人とは明らかに違う骨格の、歪な骸骨兵<スケルトン>。
 その姿を、士郎達は前回の聖杯戦争で目撃していた。
「竜牙兵!」
 竜の牙から生まれた偽りの兵士。それ単体が一つの魔術でもある、骨の使い魔<ゴーレム>であった。
「これが、貴方達が“キャスター”と聞いて連想したものの一つ」
「何……?」
 不意に呟いた美女──“キャスター”の言葉に、士郎は思わず眉をひそめた。しかし、考え込む暇などあるはずもなく、教会前を埋め尽くした無数の竜牙兵がわらわらと襲いかかってくる。
「この程度!」
 瞬時に反応し、剣を振るったセイバーの一撃で、三体の竜牙兵が粉々に砕けた。続いて、凛もまた魔術を解き放ち、彼女が知る最も単純な攻撃魔術──詰まるところガンド撃ち──で一体の骨を破壊する。
 確かに敵の数は多いようだが、この程度の危機など、士郎達には半年前の聖杯戦争で経験済みだ。
「リン! 相手はサーヴァントです、宝具を使われる前に仕留めましょう」
「それは同感だけど、どうするつもり?」
「リンが援護してくれれば、私が斬り込みます。シロウは竜牙兵からリンを護ってください」
 そう言って、セイバーは左右から切りかかってきた竜牙兵の攻撃を紙一重でかわす。同時に、一閃した不可視の剣が二体のゴーレムを粉砕していた。
「妥当な作戦だけど、状況からしてあいつは私達を待ち伏せてた可能性が高いわ。何か奥の手があるかも知れないわよ」
「サーヴァント同士の戦いでは、常に互いが奥の手を秘めているのです。大丈夫、むざむざやられたりはしません」
「……分かったわ。士郎もそれでいいわね?」
 後退して竜牙兵の間合いから離れつつ、凛が士郎に問いかけた。危険だが、今は迷っている暇がない。
「分かった。遠坂は俺の後ろに」
「ええ、任せたわよ、二人とも」
 頷いて士郎の背後に回る凛。同時に、士郎は自らの魔術を起動した。

「──投影、開始<トレース・オン>」

 瞼の裏に光が走る。全身の至る所でスイッチが切り替わるイメージ。半年前に開いた魔術回路に魔力が通り、ただただ澄み渡っていく脳裏に浮かぶのは、黒白の夫婦剣!

 創造の理念を鑑定し、
 基本となる骨子を想定し、
 構成された材質を複製し、
 制作に及ぶ技術を模倣し、
 成長に至る経験に共感し、
 蓄積された年月を再現し、
 あらゆる工程を凌駕し尽くし――

「──投影、完了<トレース・オフ>」

 次の瞬間、士郎の両手にはたった今思い浮かべた二振りの刀が握られていた。
 半人前の魔術師である士郎が、唯一得意とする異端の魔術。自身の心象風景からこぼれ落ちた彼自身の一端。
 その名を、投影魔術<グラデーション・エア>という。
「シロウ、リンを頼みます」
「ああ、セイバーも気をつけろ。前のキャスターもそうだったが、あいつも一筋縄じゃいかなさそうだ」
 互いに視線を交差させ、セイバーと士郎は同時に竜牙兵に斬りかかった。干将と莫耶──士郎の握る双剣がゴーレムを切り払い、その隙をついてセイバーが壁を突破する。
 追いすがる竜牙兵は、凛の術によって打ち砕かれた。そのままセイバーは石畳を走り抜け、微動だにしない“キャスター”の眼前へ到達──。
「キャスター、覚悟!」
「……ふ」
 刹那、セイバーの澄んだ碧眼に映ったものは、黒いキャスターではなく己自身の姿だった。
「え──?」
 ほんの一瞬、しかし歴戦の勇者としては長すぎる一瞬、セイバーの思考が停止した。一瞬前まで確かに敵の姿を捕らえていたはず──ましてやセイバーは瞬きすらしていない──にもかかわらず、そこにキャスターの姿はなく、ただ影のように黒くなったセイバー自身の姿が残されていたのである。
「甘い」
 淡々と言い放った声もまた、セイバー。ただし切りかかったセイバーではなく、迎え撃った黒いセイバーの声だ。
 同時に一閃した黒い刃を、セイバーは咄嗟に不可視の剣で受け止めた。
「クッ──!」
 ギィン、という金属音を響かせ、二人のセイバーは弾かれるように間合いを離す。不可視の剣を手にする白いセイバー、全身を黒一色に染め上げた黒いセイバー。
「まやかしをッ!」
 その黒いセイバーを睨み付け、セイバーは一喝とともに地を蹴った。何の悪ふざけかは知らないが、この身を愚弄するならばそれに相応しい末路を与えるのみ!
 しかし……即座に一撃を見舞おうとしたセイバーの背に、彼女の“もう一人の”主が叫んだ。
「駄目だ!セイバーッ!」
「!」
 彼──衛宮士郎の絶叫に、咄嗟にセイバーは力のベクトルをねじ曲げる。黒セイバーに向かって突進しようとしていた体を、反射的に真横へ投げ出した。
 次の瞬間、その直前までセイバーの体があった空間を、雷のごとき黒セイバーの突きが貫く。
「なっ──」
「遅い」
 驚愕するセイバーに、淡々と言い放つ黒セイバー。
「我は御身が映し出した御身の影。影なれど、影故に御身と同じ力を持つ──一介の使い魔と成り下がった御身にこの影は倒せぬ」
「影、だと……我が影に過ぎぬ身で、我が主達を侮辱するか」
 ギリ、と食いしばった歯を鳴らし、セイバーは再度剣を握り直した。人に言われるまでもなく、今の突きを見た瞬間に彼女は気付いた。目の前にいる黒いセイバーの実力が、前聖杯戦争時、凛というマスターを得た状態のセイバーと等しいことに。
 聖杯と繋がった完全な状態でのセイバーと、聖杯を失い、凛と士郎の魔力に頼って現界しているセイバー、どちらが有利かは語るまでもない。
「セイバー!」
 再び士郎の叫びが響き渡る。だが、助太刀に入ろうにも士郎のまわりにはまだ無数の竜牙兵が残り、そして彼は背後に凛をかばっていた。一瞬で竜牙兵を蹴散らし、凛の安全を確保して颯爽とセイバーを救えるほど、衛宮士郎は万能ではない。
 その叫びを聞きながら、セイバーは不意に、ほんの僅かだけ口元を緩めた。
(シロウ、大丈夫です。私は負けません)
 声には出さず、だが伝わるだろうと心中で言葉を紡ぐ。この身は衛宮士郎の騎士であり、遠坂凛のサーヴァントなのだ。なれば──敵に後れをとることなどあり得ない!
「私はシロウとリンを護ると誓った。そのためならば、たとえ相手が“私”であろうとも打ち砕く!」
「ならばその誓いごと御身を打ち砕こう、“私”よ」
 宣言するセイバーに、同じ声で言い放って剣を構える黒セイバー。二人の構えは、まるで鏡に映したかのように同じである。
 騎士王と騎士王の戦い──このような光景を誰に想像できただろうか。技量は完全に互角、しかし力の差は歴然。唯一誇りと誓いのみがセイバーを支える力であれば、その力を砕かんとするのもやはりセイバーであった。二人の睨み合いは、既に死力を尽くした決闘である。
 一秒か一分か、研ぎ澄まされた時間の中でセイバーが地を蹴ろうとした、その瞬間──!
「む……」
 不意に声をもらし、いきなり眉をひそめて構えを解いたのは、黒いセイバーの方であった。
「ここまでか。これ以上はややこしいのを呼び寄せる」
「何?」
 黒セイバーの発言に、思わず声をあげるセイバー。しかし、黒セイバーは気にした様子もなく、無造作な足取りでセイバーに背を向けた。
「決着は次の機会につけよう。誇り高き騎士王」
「ま、待て!」
 呼び止める、がそのときには既に、黒いセイバーの姿はまるで幻のようにかき消えていた。振り向くと、士郎達が戦っていた竜牙兵も、ほぼ同じタイミングで土に帰っている。
「な、何だったんだ? 一体……」
 呆然と呟いた士郎に、凛が険しい表情で首をかしげた。待ち伏せていたとしか思えぬ襲撃──そして、突然の撤退。あの黒いセイバーの正体も、謎のままだ。
 何も分からぬまま、セイバーは剣を収め、士郎と凛はセイバーに走り寄った。
「セイバー、大丈夫か?」
「ええ、傷はありませんし、消費した魔力もそれほどではない。シロウこそ怪我はありませんか?」
「ん、大丈夫だ。遠坂にも指一本触れさせてない」
 息を整えながら、セイバーの問いに頷く士郎。その言葉通り、彼にも凛にも外傷はなさそうだった。
「けど、竜牙兵ごときに手間取るなんて、屈辱だわ。フィールドは広かったんだから、もう少し戦い方を考えるべきだった」
「それは、しょうがないだろ。数が多かったんだから。それに、サーヴァントと一戦交えてとりあえず全員無傷だったんだ。結果としてはまずまずだよ」
「それはそうだけど……」
 士郎の言葉に、凛は悔しげに瞳を伏せる。彼女にしてみれば、待ち伏せであろうと何であろうと敵が目の前に姿を現したのだから、この機を逃さず撃破してしまいたかったのだろう。
 竜牙兵にしろ、黒いセイバーにしろ、キャスターにしろ──セイバーが万全の状態なら、どうとでもなる相手だったはずだ。
「これは、早急に対策を練らないとまずいわね」
 呟いて、顔を上げる。そのときには既に、彼女から思い悩むような表情は消えていた。いつまでもくよくよ悩んでいるなど、遠坂凛にはあり得ない。
「とにかく、敵はいなくなったんだし、教会へ入りましょう。せめて情報がないと動きようがないわ」
「そうだな」
「そうですね」
 凛の言葉に頷き、士郎とセイバーが前に立って教会の玄関まで歩を進める。扉に手をかけたのは、士郎だった。

 しかし──その瞬間、まるで待ちかまえていたかのように、教会の扉が“内側から”開かれる。

「む、遅かったか」
 そう言った人物は、呆気にとられた士郎の表情を見下ろすやいなや、まるで遅刻ギリギリで教室に走り込めなかった学生のように眉をひそめてみせた。
 かなりの長身──玄関につっかえそうなほどの巨体である。かつての教会の主、言峰神父も相当な長身だったが、この男はそもそも日本人ではない。いや、ヨーロッパの人間としても大きい方だろう。黒いマントに単眼鏡、頭には古風な山高帽といった出で立ちの──士郎の受けた印象をそのまま言葉にすれば──まさしく“魔法使い”めいた、一人の老人であった。
「あ、あんたは?」
「シロウ、下がって!」
 唖然とする士郎を引き戻して、彼をかばうように前に出るセイバー。しかし、
「嘘──」
 愕然……と呟いた虚ろな声は、何と、遠坂凛のものであった。
「まさか……大師父?」
「いいや、奴とは古い友人ではあるが、私はあれほど派手好きではないよ」
 苦笑し、凛の問いにあっさりと首を横に振ってみせる偉丈夫。
「初めまして。私はアーノルド=ラスキン、盟友シュバインオーグの頼みによってこの地を調査しに来ました。今後ともよろしく」
 と、至って紳士的に身を折って、彼は呆気にとられたままの一同に名刺を差し出してみせたのだった。


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