Fate / Sword & Sword 検 雰后Дロスオーバー)


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1: ベイル(ヴェイル) (2004/03/01 08:14:16)

 そこにいたのは、他でもない、彼女の兄だった。
「桜……用件は分かってるよな?」
「兄さん、どうして……」
「五月蠅い!」
 問おうとした彼女──間桐桜の言葉を遮って、兄──慎二が一喝する。長年の習性で、桜は思わず口を閉ざした。
「おまえは“前回”と同じように僕に従ってればいいんだよ! いちいち口答えするな!馬鹿!」
「……」
「ふん、まあいいさ。どうせおまえには何もできないんだからな」
 一転して肩をすくめ、慎二は鼻で笑いながら、うつむく桜を見下ろした。そして、その手を差し出し、かつてと同じように命令を下す。

「さあ──令呪を僕によこすんだ、桜」




Fate / Sword & Sword




 かつて、この冬木の地で「戦争」があった。
 聖杯戦争──それは英霊を召喚し使役する「サーヴァント・システム」を使い、七人のマスターによって最強を競う命がけの戦い。その勝者には、いかなる願いも叶えるといわれる“聖杯”がもたらされるという。

「──つまり、その聖杯とやらを手に入れるための殺し合いってことか?」
「はっきり言えばそういうことね」
 眉をひそめる魔術師──大十字九郎の問いかけに、説明を終えた遠坂凛はきっぱりと頷いてみせた。
 衛宮家の居間に腰を下ろしている彼女の表情からは、まだ警戒の色が抜けていなかった。それもむべなるかな、凛のような協会側の魔術師とミスカトニック大学に所属する魔術師では、その在り方が違いすぎるのだ。
「ただ、聖杯戦争はそのシステム上、一定の魔力が溜まるまでは起こらないはずなのよ。前回の聖杯戦争は、前々回の戦争で聖杯が不完全な破壊の仕方をされたから、そのときの魔力が残って十年という短時間で次の聖杯戦争が起きた……けど、今回は前回の聖杯戦争から半年くらいしか経ってないわ」
 そう言って、凛は同意を求めるように隣の士郎を見やる。士郎も無言で頷いてみせた。
 約半年前、衛宮士郎が第四回の聖杯戦争に巻き込まれ、紆余曲折を経て最終的に聖杯は破壊されたのだった。無論、聖杯によって成り立っているサーヴァント・システムも停止し、現在凛の使い魔として現界しているセイバーをのぞいて、全てのサーヴァントは消滅したはずであった。
「でも、あの男の腕には令呪があった」
 膝の上で拳を握り、士郎は呻くようにそう呟いた。
「これでも元マスターだ。いくらなんでも令呪を見間違えるなんてことはしない。あいつがサーヴァントを召喚したってことは、近いうちにまたあの戦いが始まると考えて間違いない」
「そうね」
 士郎の言葉に頷き、凛は不意に立ち上がる。
「士郎、教会へ行きましょう」
「え?」
 突然の言葉に、呆気にとられたような声を出す士郎。凛は苦笑して、呆然とする士郎を見下ろした。
「どうせ士郎のことだから、今度の戦いも止めるって言い出すんでしょ? 私としても、遠坂の管理する土地で私をそっちのけにして話を進めようって輩を放っておくつもりはないわ。それに……あの男の言ってたことも気になるしね」
 “マキリの客人”──あの黒い男は、自分の立場を問われてそう答えたのだ。
「マキリの老人が今更しゃしゃり出てくるってのも気にくわないし、何より私の土地で好き勝手されるのなんて我慢できない。士郎が止めたって私は行くわよ。セイバーもいいわね?」
「勿論です。今の私のマスターは凛ですから」
 振り向く凛に、真剣な表情で頷くセイバー。そして、彼女は士郎を振り返り、
「シロウ、行くのでしょう?」
「ああ、勿論だ。あの男が何を考えてるのかは分からないけど、このまま放っておいていいとは思えない」
 問いかけに、士郎は迷うことなく頷いてみせた。
 教会には、聖杯戦争の監視のために派遣された魔術師がいる。前回までそこにいたのは言峰という名の神父だったが、彼は前回の聖杯戦争で死亡した。今は、代わりに派遣された老魔術師が役目を引き継いでいるはずだ。
 もし、あのデクスターという名の男が再び聖杯戦争を起こそうとしているのなら、教会の方でも異変を感知しているはずである。
「それで……貴方はどうするの? 探偵さん」
「俺は──とりあえずあいつを追う。あんまり認めたくねえが、長い付き合いだしな」
 どういうつもりでその言葉を吐いたのか、九郎は苦虫を噛み潰したような、それでいてどこか悔しげな表情でそう答えた。
「この町で何が起こるのかは俺にも見当がつかないが、とりあえずあいつだけでも倒しておけば最悪の事態は避けられるはずだ」
 そう言って、九郎は黒い鞄を手に立ち上がる。その足が玄関に向いたとき、不意に凛の声が、彼の背中に言葉を投げかけた。
「ねえ、貴方」
「ん?」
「ミスカトニックの魔術師なら魔導書持ちでしょ? 貴方の“書”は何?」
「あー……それは」
 言い淀む九郎。しかし、凛はあっさりと肩をすくめてみせた。
「まあいいわ。こうしてても大した魔力を感じないし、あんまり有名な“書”じゃないんでしょ」
「う……ま、まあ、そういうことにしといてくれ」
 苦笑混じりに、九郎は言葉を濁した。肩にかけた鞄の中には、彼の“書”が眠っているのだ。
 対して、その態度が気に障ったのか、凛はますます剣呑な表情になって彼を見据えた。
「でも、だったら気をつけてよね。人間一人でサーヴァントをどうにかしようなんて考える馬鹿は、それこそ一人で十分なんだから」





「半年ぶり、かな」
 そう言って笑ったのは、彼にとって二冊目の「本」を手にした、間桐慎二であった。
 場所は間桐家の居間。彼の傍らには、洋風の椅子に腰掛けてうつむく桜の姿があった。顔を伏せた彼女の表情は、他人にはうかがい知れない。
 そして……その二人を見守るように──一体いつの間にあらわれたのか──長身で髪の長い美女が居間の入り口に佇んでいた。
「またおまえなんだな、ライダー。ま、同じ魔術師がほぼ同じ条件で召喚したんだ、同じ英霊が喚ばれるのも当然か」
「……初めまして、マスター」
 嘲るような慎二の言葉に、淡々と答えを返す美女──ライダー。
 拘束具にも似た露出度の高い服を纏い、明らかに人間味の欠けた美しさを宿す女性であった。両目は拘束具とベルトによって完全に封じられ、その立ち振る舞いには感情というものが見られない。いや、それも当然か……彼女は人間でも魔術師でもなく、今回の聖杯戦争のため召喚された英霊──サーヴァントなのだから。
「私に前回の記憶はありませんが、以前のライダーも“私”であったことは知っています」
「英霊の記録ってヤツか? ふん、まあ僕にはどうでもいいことだ。それよりライダー、今のおまえのマスターは誰だ?」
「勿論、貴方です。シンジ」
「よし」
 ライダーの答えに満足げに頷き、慎二は本──桜から譲渡された令呪を掲げて、まるで魔術師のように命令を下した。

「マスターとして命じる。ライダー──桜を連れて衛宮のところへ行け」

「!」
 その瞬間──座っていた桜が弾かれたように顔を上げ、同時にライダーもまた、不可解げに眉をひそめてみせた。
「早くしろ! マスターの命令だぞ!」
「……分かりました」
 再度言い放つ慎二に、ライダーは淡々と頷いて桜に歩み寄る。その桜は、呆然とした表情で自らの兄を見上げていた。
「兄さん、どうして……?」
「……フン、僕はおまえの兄だぞ? 兄が妹をどうしようと勝手だろうが」
 冷たい言いぐさ。それは間違いなく兄のものだ。
「お人好しの衛宮なら、かわいい後輩を追い返したりはしないだろうさ。僕にだって──今のこの家が、どこかおかしくなってることくらい分かる」
 皮肉げな口調から一変し、苛立たしげに言葉を放つ慎二。その横で、ライダーが桜の手を掴んで椅子から立たせていた。
「全部あの男が来てからだ。そりゃ、元々まともな家じゃなかったけど、こんな淀んだ墓場みたいな空気が家全体に蔓延してるほどじゃなかった。聖杯戦争にしたって、前回からたった半年で再開するなんてどうかしてるとしか思えない」
「でも、お祖父様は……」
「祖父さんには僕から言っておく。どうせ今回も衛宮が首を突っ込んでくることは間違いないんだから、桜に監視させるとでも言っておくさ。だから桜──間違っても、今回の騒ぎが収まるまではこの家に帰ってくるなよ。命令だぞ」
 と、まるで子供のように、慎二はそう「命令」した。今よりずっと昔──桜がこの家に来たばかりの頃のように、「お兄ちゃん」ぶった言い方だった。
「分かったな? 分かったらさっさと行け」
「いいや、勝手に出て行かれては困るな」

「「!」」

 刹那、不意に割り込んだ男の声に、その場にいた全員──サーヴァントたるライダーまでもが──愕然と振り返った。
「おまえ──!」
「役者のアドリブはかまわないが、脚本家に黙って舞台を降りようとするのはいただけない」
 激昂する慎二に、口元を歪めて白い歯をみせる男──長身痩躯の黒人、アンブローズ=デクスター。
 その笑みを見た者なら分かる。彼は邪悪だ。立ち振る舞いに隙はなく、言葉は紳士的で見た目も精悍そう──だというのに、その笑みだけが禍々しく、全てを嘲笑っているのだから!
「ライダー、行け!」
「はい」
 反射的に命じた慎二に頷き返し、ライダーは桜の体を抱え上げるや、一跳びで窓ガラスを破って庭へ飛び出した。その腕の中で桜が悲鳴をあげたが、か細いそれはガラスの割れる音にかき消される。
 そして、居間に残った慎二は逃げた二人をかばうように、デクスターを見据えて窓の前に立ちはだかった。
「桜は衛宮の監視にやる。文句は言わせないぞ!」
「ふむ、それは君が独断で決めてもいいことかな?」
「祖父さんには後で説明する!」
 にやついた笑みを消そうともしないデクスターに、慎二は声を荒らげる。
 慎二は元々、祖父である間桐臓硯が好きではなかった。だが、今目の前にいるこの男──こいつに比べればいくらかマシだ。あの、骨の髄から腐臭が漂うような祖父であっても、一応は血の繋がった家族であり何より「人間」であるから。

 だが──この男は、人間ではない。

「僕が──間桐の長男のこの僕が決めたことだ! いくら祖父さんの知り合いとはいえ、客であるおまえにどうこう言われる筋合いはない!」
「確かに。それは正論だ、私は所詮マキリの客分に過ぎない。家族間のことにまで口を出すのはやりすぎというべきだな」
 何が楽しいのか、デクスターは笑みを崩さぬまま頷いてみせた。何もかもを嘲笑うかのような笑い方は、その実、本当は笑ってすらいないのではないだろうか。
「では、私もお節介はやめよう」
「ほ、本当か?」
「勿論だとも、私にはその資格はない──」
 不意に、デクスターの口元が刻んだ笑みが揺れる。それは、何処にも悪意など見あたらないはずの表情なのに──彼の何処を見ても、悪意しか感じられない笑い方だった。
「だから、彼女を連れ戻す役はゾウケン氏に任せることにしたよ」
「!」
 静かな声で、穏やかな口調で、デクスターという名の男は慎二の心に絶望をもたらした。
「な……何で」
「不思議そうだね。まあ、ゾウケン氏にだけは知られぬようにとここまで気を配ってきた君だ。驚くのも無理はない。しかしね、

 ──種を明かしてしまえば、私達はそもそも君が彼女を逃がそうと思い立つ前から、こうなることを知っていたのだよ」

 信じがたい内容の言葉を、いともあっさりと言ってのける。その声が、その口調が、その表情が、その全てが語っていた。これまで祖父の目をかいくぐり、隙をうかがい、万全の準備をして決行したはずの慎二の計画が、全ては自分達の掌の上に過ぎなかったのだと。
 そう思い知らされたとき、慎二は不意に、デクスターの背後に控える一人の男に気がついた。
『────』
 無言、言葉を話すことなく、“そいつ”はデクスターのそばに控えている。慎二がこれまで見たこともないような黒いローブを纏い、彼の知識にもない奇妙な装飾の冠を戴いていた。その肌は、デクスター同様真っ黒に日焼けしている。
(こいつ──)
 そこまで考えて、慎二はようやく気付いた。まるでデクスターの従者であるかのように佇む“そいつ”の正体は──!

「ああ、まだ顔見せは済んでいなかったな。紹介しよう、彼が私のサーヴァント──予言者<リーダー>だ」

 愕然とした慎二の耳に、嘲笑うようなデクスターの声だけが響いていた。





 冬木の教会には、つい半年前まで育ての親が住んでいた。
 まあ、そんな大層なものかどうかはともかくとして、かつての後見人が住んでいたことは確かなのだ。
 その人物は前々回の聖杯戦争に参加して生き残り、前回の聖杯戦争においては協会から派遣されたマスターの令呪を奪い取ってまで暗躍した。そして前々回のアーチャーであった英雄王ギルガメッシュを解き放った後、凛の目の前で自らのサーヴァントに殺されたのである。
 彼が死んだのは、彼自身が選んだ道の結果だ。だからそこに後悔はないし哀しみもしない。ただ──考えてみれば随分複雑な関係だったのだと思う。
 だから、だろうか。前回の聖杯戦争が終わってから、あまり教会に足を運ぶことがなくなったのは。
「──遠坂、ちょっといいか?」
「何?」
 新都に向かい、坂を上って教会の前まで来たところで、凛は呼び止めた士郎を振り返った。
「あの人が言ってたことだけど……」
「あの探偵──大十字九郎、ね。本名かどうかは知らないけど」
 そう言って凛が肩をすくめると、二人に付き従ってきたセイバーが軽く眉をひそめて、
「リンは、彼が偽名を名乗っていると?」
「本名だとしたら随分ふざけた名前じゃない? それにあっちの魔術師は自分の名前を知られることを嫌うから、偽名を名乗ってる可能性も十分あるわ」
 などと、本人が聞いたら泣きそうなことを平然と言ってのける凛。もっとも、歯に衣着せぬ性格のおかげか陰湿さとは無縁だ。
「まだ敵か味方かもよく分からないんだから、あんまり信用するのも危険よ、士郎」
「う、そりゃそうだけどさ……でも、こっちを騙したりするような人には見えなかったぞ」
 無根拠と言えば無根拠きわまりない意見を、士郎は平然と口にした。それが士郎なのだと分かっているから、凛も困ったようにため息をつく。
「うーん、まいっか。士郎がそう言うならそういうことにしときましょ。
 それで?」
「いや、そういやあの人、結局遠坂に何の用だったのかなって」
 本当に何気なく、士郎はそれを思い出していた。士郎が彼に出会う直前、あの探偵兼魔術師は遠坂の屋敷を訪ねていたという。そして、そこで凛に門前払いをくらった。
 凛はミスカトニック大学の魔術師を警戒しているらしいが、九郎がミスカトニックの人間だと知ったのは門前払いをした後だから、それが原因というわけではあるまい。なら、彼は一体何を言って遠坂凛を怒らせたのか。
「彼が欲しがってるのは、設計図よ」
 だが、士郎の予想に反して凛は淡々と、落ち着いた声で答えを紡ぎ出した。
「設計図?」
「遠坂の大師父……キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグの第二魔法、つまり“宝石剣”の設計図をね」
 そういった凛の声には、苦笑が混ざっていた。
 第二魔法──その使い手と言われる“魔導翁”キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグの名は、さすがの士郎も凛から聞かされて知っていた。曰く、平行世界を渡り歩く魔法使いの老人であり、過去には吸血鬼の王と戦って相打ちになり、その王が落とそうとした星を力尽くで押し返したという魔人。吸血鬼の王と相打ちになったせいで「死徒」と呼ばれる吸血鬼の身になってしまったと言うが、今でも時折ロンドンの魔術教会に現れては問題を起こしたり解決したりしていくという、半ば伝説上の魔術師である。
「呆れるわ。それも、“宝石剣”の設計図が求める全てならまだ分かるってのに──あいつ、宝石剣が欲しいわけじゃなかったのよ。
 分かる? 全ての魔術師が目指す場所、根元へ繋がる“魔法”が欲しいんじゃなく、自分の目的のためにその魔法が役に立ちそうだから資料を貸してくれって、そういうことなの。
 ──士郎のお父さんとは別の意味で、あいつも魔術師じゃないわ」
「遠坂……」
 思わず、言葉を失う。
 遠坂凛という少女は、自分以外の価値観を認められないような狭量な人間ではない。しかし、全ての考え方を受け入れられる人間などいはしない。衛宮士郎から衛宮切嗣の話を聞いたとき、そして今、大十字九郎という男と出会ったとき、そのあまりにも自分と違う異質な思考に、彼女は混乱した。

「いいえ、それは当然のこと。だって、彼は一度“辿り着いて”いるのですもの」

 ──耳朶を打ったのは、それに追い打ちをかけるかのような女の声であった。
「!、何者!」
 瞬時に反応したのは、二人の守護者たるセイバーだ。気がつけば教会の前に、まるで彼らの行く手を阻むかのような、奇妙な装飾を身に纏った褐色の肌の女が立ちはだかっているではないか。
 ほぼ全裸に近い上半身。その肢体を飾る白い絹布。同じ純白の手袋とそこから伸びる長い爪、そして──頭に戴く冠。
 かつての聖杯戦争を生き抜いた士郎達には、人間離れした黒い美女の正体がすぐに分かった。
「「サーヴァント!?」」

 ──それが、士郎達と“今回”の「キャスター」との出会いであり、同時に戦いの幕開けであった。


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