Fate / Sword & Sword 


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1: ベイル(ヴェイル) (2004/02/28 09:31:00)[veill at arida-net.ne.jp]

 曰く、それは混沌である。
 それは従者であり、奏者である。
 それは「宇宙の悪」に仕えるものであり、同時にその悪を嘲笑うものである。

 曰く、それは千の貌を持ちながら無貌である。
 曰く──“それ”は、這い寄る混沌である。



Fate / Sword & Sword



「……あれ?」
 その日、衛宮家に帰宅した衛宮士郎は、玄関で思わず足を止めていた。
 理由は簡単、玄関に規則正しく並んだ靴の数だ。衛宮家の玄関には、女物の靴が二種類、綺麗に並べられていたのである。
「あ、士郎? お帰りなさい」
 と、士郎が首をかしげる暇もなく、姿を現す少女が一人。士郎が常日頃「あかいあくま」と評している若き魔術師は、彼にとって魔術の師でもある──正確には、まぁ、師弟以上恋人未満といったところか──。名前を、遠坂凛といった。
「ただいま。どうしたんだ? 遠坂、今日はお客さんが来るんじゃなかったのか?」
「ええ、来たわよ。玄関で追い返しちゃったけど」
 ごく自然に、明日の天気の話でもするかのように、あっさりと言ってのけるあかいあくま。
「ふーん、そうだったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、いいのか!?」
「いいも悪いも、頭に来ちゃったんだからしょうがないでしょ。第一、何処の魔術師があんな提案受けるってのよ」
 驚いて声をあげる士郎に、どこかばつが悪そうに視線をそらして呟く凛。何やらぶつぶつと文句を言っているのは、自分でもいくらか後悔している節があるからなのだろう。士郎の知る遠坂凛という少女は、自分で自信を持って決定した事柄なら、それがどんなことであろうと後で文句を言ったり愚痴をこぼしたりはしないものだ。
「と、とにかく! 私の予定は潰れちゃったから、士郎さえよければ今日も講義をやりたいんだけど、いい?」
「あ、ああ、それはもちろん」
 “講義”──衛宮士郎が遠坂凛の弟子となってから、いや、正確には弟子になる前から、士郎は凛に魔術を、もう一人の師に剣術を教わっていた。どちらもまだ半人前の域を出ないが、ほぼ毎日欠かさず続けてきたことにより、彼の実力は確実にアップしている。
「そういや、セイバーは?」
「シロウ、私ならここにいます」
 ふと首をかしげた士郎の呟きに答えたのは、凛に続いて居間から現れた、金髪碧眼の美少女であった。
 少女はセイバー──その真の名をアルトリアという。かつてこの地で行われた聖杯戦争の際、他ならぬ衛宮士郎のサーヴァントとして召喚され、現在は凛の使い魔として現界している、れっきとした英霊の一人である。
 今は坂の上の遠坂邸に住んでいるはずなのだが、やはり以前住んでいた衛宮家の居心地がいいのか、頻繁にこの家を訪れている。
「ときにシロウ、お昼ご飯はまだですか?」
 ……訂正、居心地がいいというより、ご飯がおいしいことが重要らしい。




「そういや遠坂、今この町にいる魔術師って、俺の知ってる奴らだけか?」
 数分後、愛用のエプロンを身につけて台所に立った士郎は、ふと思い出したように居間を振り返った。
「ん……どうしたの、急に」
「あ、いや……」
 きょとんと問い返した凛に、思わず言い淀む士郎。ちなみに居間では、凛とセイバーが二人、テレビの前でくつろいでいる。
「今日の昼頃さ、自分のこと「魔法使いだ」って言ってる人がいたんだよ」
「はぁ?」
 とりあえず正直に答えると、凛は呆気にとられたような声を出した。
「何よ、それ……どんな人?」
「うーん……魔法使いっぽい人」
「シロウ、それは答えになっていません」
 士郎の答えに、呆れたようにつっこむセイバー。
「い、いや、そういう感じだったんだよ。なんて言うか、こう……」
「魔術師だったってこと?」
「ん、どうだろ。魔術師だとしても不思議じゃない雰囲気だったけど、どうも、遠坂や俺とはタイプが違うような感じだったな」
 そこまで言ってから、士郎は会話を打ち切って料理に集中することにした。士郎にとっては昼間の人物より目の前の料理の方が重要だし、居間の二人にしても……少なくともセイバーは同意してくれるだろう。
「……私達以外の魔術師、ね」
 しかし、不意に小さく呟いた凛の声が、ひどく印象に残った。





 衛宮士郎は、半人前の魔術師である。
 かつてこの地で行われた四回目の“聖杯戦争”の際、その最後の決戦で起こった大火事が彼から家族を奪い去った。後に、聖杯戦争に参加していた魔術師衛宮切嗣の養子となった士郎は、切嗣が最後まで憧れていた存在──“正義の味方”を目指すために魔術を学んだ。元より、魔術の才能など欠片もない身であったにもかかわらず。
 そして──自身もまた五度目の“聖杯戦争”に参加し、紆余曲折の末に生き残ったのである。
 自身の“理想”そのものとの戦いを経て、士郎は掛け替えのないものを幾つか失い、そして手に入れた。その一つが魔術の師匠であり思い人でもある遠坂凛であり、どこか自分と似た部分を持つ騎士王、セイバーことアルトリアなのであった。

「……それで、オフィス街の通り魔ってのは捕まったのか」
「ええ、どうも胡散臭い気はするけど、とりあえずはただの変質者だったみたいよ」
 その後、昼食を済ませて日課の訓練と講義を終わらせた士郎達は、テレビから流れてくるニュースを眺めながら、とりとめのない会話を続けていた。
「まあ、何にせよよかったじゃないか」
「そうね。士郎が首を突っ込む前に終わってくれたのは幸いだわ」
「同感です。シロウは、自身をかえりみなさすぎる」
「う……な、何だよ二人して」
 遠慮の欠片もない女性陣に、思わず顔をしかめる士郎。もっとも、ここで下手に反論しても更にやりこめられるだけなのは目に見ていているが。
「あら、何か異論でもあるのかしら?」
「う、いや、その……あるようなないような?」
 苦笑しつつ、凛のからかいに頭をかく。士郎自身、自分の生き方が歪であることは自覚している。
 そう、己の歪さを知った上で、この生き方を選んだのだ。凛やセイバーが心配してくれるのはありがたいと思うし、歪なままでいたいとも思わないが、生き方を変えることだけは死んでもできない。
 なぜなら──それは、衛宮士郎が衛宮士郎でなくなることだから。
「と、ところで遠坂! 結局、今日の「客」ってのは何だったんだ?」
「シロウ、誤魔化そうとしていませんか?」
「う……し、してないぞ。単純に興味があるだけだい」
「ふぅん……士郎ってば、そんなに私に興味があるんだ? もう“隅々まで”知ってるくせに」
「なっ……」
 途端に、赤面。からかわれると分かっていても反応してしまうのは、士郎だからか「男の子」だからか。
 しかし、そのとき──

 ──カラン──

 「日常」という静寂を砕く音色は、あまりにも唐突に鳴り響いた。
「え……」
「な、これ──結界の!?」
 唖然とする士郎に、凛の叫びが重なる。その音は、衛宮家の天井に取り付けられた警鐘の音色だった。
 衛宮家の結界は、かつて士郎が巻き込まれた聖杯戦争の際に敵サーヴァントによって一度破られている。現在の結界は、後に士郎と凛の共同作業によって張り直されたものだ。
 曲がりなりにも魔術師の家である以上、見知らぬ人間が勝手に敷地に踏み入れば警鐘が鳴る程度の結界は当たり前である。しかも今の結界は、張り直す際に凛が(何故か)やたら張り切って機能を増やしたため、敵意を持って敷地に入ると自動的に軽い攻撃が加わるようになっていた。
「何だろ、泥棒かな?」
「いえ、違うわ……」
 やや緊張感に欠けた士郎の言葉を遮ったのは、普段とは違う表情──人前では決してみせない、魔術師としての貌になった遠坂凛であった。
「気配が結界を抜けてきてるもの。ただの素人なら、結界が発動した時点で逃げ帰るか動けなくなってるはずよ」
 何やら物騒なことを口にしているが、凛の表情は真剣そのものだ。それも当然か、この家の結界には、彼女もかかわっているのだから。
 敵意を持って衛宮家の敷地に足を踏み入れ、結界に阻まれても足を止めぬとなれば、その相手は紛うことなく……、
「魔術師、ですか」
「多分ね。セイバー、士郎、こうして待ってても意味がないわ。迎え撃つわよ」
 そう宣言するやいなや、それまでのだらけた雰囲気など何処へいったか素早く立ち上がる凛。それに遅れることなくセイバーも続き、最後に士郎が後を追った。
 だが──
「いやいや、出迎えは結構。今日のところは挨拶をしにきただけなのでね」
 と、まったく隙のない紳士的な口調で言い放った妖人は、一体いつの間にそこにいたのか、既に居間の入り口に佇んでいた。
「な……」
 唖然、と立ちすくんだのは、凛である。まさか、士郎はともかく一人前の魔術師である凛や、現在はただの使い魔とはいえ最強のサーヴァントといわれたセイバーが、ここまで敵の接近を許すとは。
「何者!?」
 瞬時に立ち直ったのは、やはりセイバーだった。咄嗟に士郎と凛をかばうように立ち、不可視の刃を手の中に召喚する。しかし、
「そう殺気立たんでくれ」
 などといいながら、男は芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。
 長身痩躯──外見を見る限り、見事なまでに「隙」というものがない男だった。年齢不詳だが、見た限り三十代半ばほどに見える。きっちり着こなしたスーツにも乱れはなく、身ごなしにも自然な優雅さと品の良さがあった。ただ一つ、その装いの中で異形といえるものがあるとすれば……それは、あまりにも肌が黒く日焼けしていることだろう。
 男が笑うと、肌の黒さのせいで歯の白さが際だつ。そのくらい黒く焼けていたのだ。
「……あんた、何者だ?」
 セイバーに代わり問いを繰り返したのは、士郎であった。
 この家は衛宮の家、士郎の家である。若くも家の主としての自覚を持つ少年にとって、許しなく踏み入ってくるものは、敵だ。
「ふむ、それはなかなかに難しい問いだ」
 だが、男は士郎の敵意をいなすように、飄々と肩をすくめてみせた。
「何しろ私の名は多すぎてな……しかし、今の立場を明かすなら、私の名はアンブローズ=デクスター。マキリ家の客分と言ったところか」
「!」
 男──デクスターの言葉に反応したのは、士郎よりもむしろ凛だった。
「何ですって!?」
「だから、マキリの客分として扱ってもらいたい、と言ったのだ。ああ……そう言えばそちらのお嬢さんは、あの家と浅からぬ因縁があるのだったな」
 そう言って、男は笑う。まるでこちらの全てを見透かしているかのような、あまりにもかんに障る笑い方だった。
「繰り返すが、今日のところは挨拶にきたまでだ。できれば平穏にすませたいのだがね?」
「挨拶、だと」
 笑いながら繰り返す男に、思わず眉をひそめる士郎。しかし、男はその笑みを浮かべたまま今を横切り──咄嗟に身構える三人を無視して──衛宮家の庭へ降り立った。
「一体、どういう意味だ?」
「ふむ、説明せねばならんかな」
 その背に、士郎は不審を露わにして問いかける。対して、デクスターは庭の真ん中で振り返り、またあの笑いを浮かべて言葉を紡いだ。
「“前回の聖杯戦争の生き残り”である君達に、“今回の”聖杯戦争参加者として、挨拶をしておこうと思ったまでだよ」
「なっ……」
 その瞬間、士郎だけでなく凛やセイバーまでもが、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
「馬鹿な!」
「信じる信じないは君らの勝手だがね、しかしほら、一応証拠となるものもある」
 苦笑混じりに言い放ち、デクスターはその右手を掲げてみせた。その腕──手の甲と二の腕の間辺りに輝く紋様は……。
「ッ!」
「令、呪……」
 それは、彼らにとっては見慣れたもの。かつては自らの腕にあり、戦いを経て失った印──契約の証であり、サーヴァントに対する絶対命令権である神秘“令呪”。
 それを腕に刻む限り、この男は間違いなく、何らかのサーヴァントと契約したマスターだということだ。
「クク、その表情はいいな。やはり、“私”は人を驚かせるのが好きなようだ」
 などと、まるで他人事のように言ってのけるデクスター。しかし、士郎も凛も、セイバーすらも、驚きのあまり言葉を返すことすらできなかった。
「ああ、サービスついでに教えておこう。君達も知っての通りサーヴァントは全七体だが、今この時点で召喚されたクラスはキャスター、リーダー、アサシン、そしてライダーの四クラスだけだ。つまり──君達にもまだ、参加の権利は残っているのだよ?」
「おまえ……聖杯を手に入れて、一体何を望むつもりだ?」
「さて、望みと言うほどのものはないのだが……」
 笑いながら、デクスターは士郎の問いに首をかしげてみせた。敵意も害意もまるでない……だが、この男には悪意しかあり得ない。
「ああ……「世界の滅亡」というのはどうかな?これはなかなか良さそうだ」
「ッ……テメエぇ!」
「!、シロウ!いけない!」
 激高した士郎を押さえるように、セイバーの声が響いた。士郎とて一介の魔術師──だが、このデクスターという男は得体が知れなさすぎる。
 その刹那、

 ──カラン──

「……何?」
 鳴り響いた二度目の警鐘に驚いたのは……何と、庭に一人立つデクスターであった。
 同時に、衛宮家の壁を飛び越えて庭に降り立った影がある。

「──野獣どもその跡につづき その手を舐めん。
 たちまちウミより凶まがしきものうまれいずる。 黄金の尖塔に海藻のからまりし忘却の都市あらわれ
 大地裂け、揺れ動く人の街の上には狂気の極光うねらん
 かくして戯れに自ら創りしものを打ち砕き、
 白痴なる<混沌> 地球を塵と吹き飛ばしけり」

 淡々と詩を朗読する声が流れる。その影──黒ずくめに大きな鞄を提げた人物は、片手に大振りな刃を握り、一陣の疾風となってデクスターの背に飛び掛かる。
「ッ! 貴様……」

「……そんなこと、俺がさせやしねえよ」

 その言葉とともに、あらわれた“魔法使い”はデクスターと名乗った男の背を袈裟斬りに斬り裂いていた。


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