遠坂凛の昼食事情 M:凛 傾:ほのぼの


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1: にぎ (2004/02/28 02:35:00)




ああ、一体なんだってこんな事になったんだったか。
目の前の物体を前にして、思わず完全に止まってしまう私。
同じく、私と一緒に昼食をとろうとしていた2人も機能停止している。

うん、いや、分かってる。
確かに、原因は私かもしれない。
そう、確かに私はあいつにそんな事をいったような気がする。
いやでもだからって――――



―――何を考えて愛妻弁当なんて渡してくるんだって言うんだ、あいつは―――っ!











遠坂凛の昼食事情











さて、事の始まりは昨日に遡る。
確かそれは夕食の後、皆そろってなんとはなしにトランプとかやりながら過ごしていた時だ。

「そりゃ!わたしの札はこれよ!」
「はい、また私の勝ちです先生」
「げっ、遠坂さん強すぎだよぅ」
「ぬう、さすが遠坂。こうゆう権謀術数を巡らせる遊びなら敵なしか、さすがはあかいあくま」
「衛宮君、今なにか言ったかしら、よく聞こえなくって、もう一度言ってくださらない?」

にっこり。

「いえ、ごめんなさい。何でもありません」
「リンは知略に長けた冷酷無比で慈悲のかけらも無い策略家だと、シロウはそう言いたいようです」
「待てセイバー、俺を裏切るのか。というかお前、俺をだしにして自分の言いたい事言ってないか」
「いえ、別に一度たりとも勝てなかったからといって、いつまでも根に持つほど私は度量の狭い人間ではありません」
「いや根に持ってるだろお前」

ふむ、とりあえず士郎とセイバーにお仕置きポイント一点追加。
さらにサービス期間中なので、士郎にはもう一点ほど増やしてあげよう。

「はあ〜でもホント凄いなあ、遠坂さん全勝じゃない。それに比べて…」

じーっと士郎を見つめる藤村先生。
何を隠そう、この男。
本日全敗、最下位以外にはならなかった、というある意味奇跡のような成績である。

「な、なんだよ、俺はこうゆう遊びは苦手なんだよ」
「だよねぇー、士郎ったら全部顔に出ちゃってるんだもん」
「う、そ、そんなにか?」
「はい、シロウは非常に分かりやすい。感情表現が豊かな証拠です。
 それにくらべてリンの顔からは、情報が全く読み取れない」

………ちょっとセイバー、その言い方だと私は感情表現が乏しいとでも?
というか、もうちょっとマスターを敬いなさいよあんた。

「ふん、まあいいわ。じゃ、1位の私から最下位の士郎に罰ゲームってことで…」
「は?ちょっ、ちょっと待て、遠坂!聞いてないぞそんなの!」
「当たり前よ、言ってないもの」
「ああそりゃ納得―――――ってするかああああ!」
「なによ、最下位には罰ゲームなんて当たり前でしょ」
「うんうん、常識だねえー」
「はい、当然の事かと」
「こっこの薄情者ども―――!!」

いくら泣こうがわめこうが、状況はすでに3対1。
もはや逃げ場など何処にもないのである。

「うう、なんてこった。と、遠坂、なにとぞお手柔らかに…」
「ふふ〜ん、どうしよっかな〜」

ううう、と唸りながら沈んでいく士郎。
ああ、まったくこれだから士郎をからかうのはやめられない。

――でもまあ、あいつが最近かなり大変だって事は知ってるし、今日はこのくらいで許してあげるとしよう。

「じゃあ、士郎は明日、私に昼食のお弁当を作る事!」
「え?そ、そんなのでいいのか?!」
「む、いっとくけど手を抜いたりしちゃ駄目よ。そ、その、ちゃんと愛情をこめて作らなきゃ承知しないんだから!」

う、なに言ってんだ私は。
思わず恥ずかしくなって、ふん、と顔をそらしてしまう。

「あ、当たり前だろ!遠坂に食べてもらうんだぞ、手なんか抜くはずないだろ!」

でも、帰ってきたその言葉に思わず頬が緩んでしまう。
だから満面の笑みを浮かべて、

「うん、よろしい」

なんて、いつものように人差し指を立ててそう言ったんだ。




―――――――回想、終了。




で、その朝受け取ったお弁当がこれである。
そう愛妻弁当。
間違いなく愛妻弁当。
これを表現するのに、ほかにどんな言葉があろうかってくらいに愛妻弁当。

いちいち説明なんかする気にはとてもじゃないがなれない。
ただご飯の上にでんっ、とハートマークが鎮座しているという事さえ分かってもらえばそれで十分だろう。

そしてそれに気をとられた私は、当然それを隠すという事を完全に忘れる大ポカをやらかしてしまったわけである。

「え、ええっと、遠坂、それは…」

私の向かいに座っている、綾子が恐る恐る聞いてくる。
その隣に座る桜も、呆然とした表情だ。
私の周りにいるのは、この2人だけ。

そう、唯一の幸いは、ここが教室でなく弓道場だという事か―――。

「遠坂先輩、それは、その、ご自分で?」
「桜、あなたの中では、私は自分でこんなお弁当作るような寂しい人なわけ?」
「い、いえ!決してそうゆう訳では!」
「じゃ、じゃあ、どうゆう事なんだ、遠坂?」

2人の視線が集まる。
まあ、桜の方は多分分かってるんだろうけど。
それでも、じーっと私とお弁当の2つを見つめ続ける。

…ホントなんで、こんな事になってるんだろう。
大体、あいつが悪い。
確かに愛情込めろとは言ったが、これはないだろう。
いや、もしかしたらこれは、私への逆襲のつもりなのかもしれない。
おのれ、ゆるすまじ!衛宮士郎!

「桜、美綴さん、ごめんなさい。私ちょっと急用を思い出しちゃって、先に行かせてもらいますね。
 ああ、そうそう。分かってると思うけど、この事、人に話したら―――」

にっこり。

「―――消すわよ」

かっくんかっくん、そろえて首を振る2人を確認して弓道場を後にする。

――さて、あいつの居そうな所などそう多くはない。
  さっさと見つけ出して、この件についてとっちめてやるべし!






――――で。

「な、何をしに来た!遠坂!ええい、この神聖な生徒会室にお前の足を踏み入れる所などない!早々に立ち去れい!」

とりあえずここにやってきたわけだ。

「あなたにもこの部屋にも用はないわ柳洞君。それより答えなさい衛宮君は居るかしら?」
「ぬ、衛宮ならここにはおらぬぞ。なるほど、奴がここを去ったのは女狐の妖気を感じたゆえか」

ふうん、ここに居る事は居たわけだ。
ちっ、アーチャ―は直感スキルなど持っていなかったというのに生意気な。

「なら何処に行ったかは分かる?」
「知らぬ、知っていても俺が教えるとでも思うたか」
「いいえ、全く思わないわ。ああそっか、私としたことが時間を無駄にしちゃったわね。
 それじゃ柳洞君、どうぞ有意義な昼休みを」
「ふん、言われるまでもない、さっさと行ってしまえ」


―――くそう、一足遅かったか。
この様子だと多分、教室にも帰ってないだろう。
でも、肝心な所で根は単純なあいつの事だから、他に行くとしたら―――







「やっぱりね」

暖かな昼の日差しを浴びた屋上、その隅に隠れるようにして、

「よ、よう遠坂」

そいつ、衛宮士郎はいた。

「なんでそんなに怯えてるのかしら?衛宮君は」
「う、いや、なんかこう遠坂の恐ろしいまでの殺気を感じてだな」
「それで、こんな所に隠れてたのね」
「う」

はあ、とため息をつく。
まったく、私から隠れるっていうのに、私の紹介した場所に逃げる馬鹿が何処に居るだろう。

「で、なにを怒ってるんだ、遠坂は」
「なにって…これに決まってるでしょ!」

びしっ!とお弁当箱を前に突き出す。

「この弁当箱がどうかしたのか?」
「箱じゃない!中身よ問題は!」
「中身?いや、手抜きなんてしてないぞ俺。あっもしかしてなんか嫌いなおかずがあったとか?」
「そ、そういう問題でもなくて!そ、その、なんで愛妻弁当なのよ!!」
「へ?」

私の当たり前の意見に対し、士郎はまったく以外極まりないという顔でぽかんとする。

「だってほら、遠坂が愛情込めろって…」
「だ、だからってこれはないでしょうが!」
「いや一番見た目にも分かりやすいかなあ、と」
「それが困るんでしょうが!そういうものは、もっとささやかに、だけどたっぷりこめるものなのよ!」
「むう、また難題を」
「難題じゃない!」

ああもうこの男は!
なんでそこで普通においしく作るっていう選択肢がないんだ!

「遠坂は気に入らないのか、これじゃ」
「は?」
「いや、これでも俺の素直な気持ちのつもりだったんだが」


――――――――――――は?

なに?これ?これが素直な気持ち?
っていうことは、ええっと―――

「――――――――――――――」
「遠坂?」
「う、うるさい!このばか士郎!」

ああもうホント、なんて不意打ち。
そのくせこいつは、自分がどんな事を言ったかなんてまるっきり分かってないんだから―――!

「な、なにがばかなんだよ!」
「うるさいばか!わからないから、ばかって言ってるのよ!」
「な、なんだよ、それ!」

ああくそう、腹が立つ。
何で私だけこんなに取り乱さなくちゃいけないんだ。

「士郎、やっぱりあの罰ゲームはなし!もう一回やってもらうわ!」
「は?ちょ、ちょっと待てよ遠坂!」
「待たない!いい?!士郎はこれから1ヶ月、私のためにお弁当を作って来ること!」
「だから待て―――――って、え?」
「も、もちろん、愛情たっぷりじゃないと許さないんだから!」

ふん、と昨日以上に思いっきり顔をそらす。
鏡を見なくったって、今自分の顔がどんな状態なのかはっきり分かるからだ。
士郎は、なんかポカーンとしてるだけだし。

「え、と、遠坂?」
「うるさい!返事は?!」

思わず怒鳴り返す。
士郎はいまだに状況がよく分かってないみたいだったけど、

「ああ、じゃあ愛情こめて作ってくるよ」

なんて、笑いながら言ってくれた。



―――――――どうやらこれから1ヶ月。
       お昼は屋上で取らなきゃいけなくなりそうだ。





















「ところで、遠坂」
「なによ」
「いやもう、昼休み終わるんだが」
「へっ?」



きーーんこーーんかーーんこーーん



結局その日、私はお昼を食いっぱぐれた。






                  [END]


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