「式神の謳う死」 其の弐


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1: YATU (2004/02/22 23:37:00)[thecountrylawyer at yahoo.co.jp]

駅近くのホテルに到着して、部屋を用意した組織の案内人から、一通りの荷物を受け取ると私はさっそく街の散策をした。
古くからの木造建築と無粋な鉄骨の現代建築の混じる、発展途上の街特有の鼻につくようなおが屑にも似た塵の匂いに辟易としながら、一通り町を巡回し、公園に着いた。
「……これは」
咽ぶような瘴気に思わず手を口にやる。
我々、「大祓讃」の人間は、山の瘴気に敏感だ。山の瘴気というのは正しい表現ではない。正しくは魔の染み付いたような匂いだ。里で消えた魂は山に吸い上げられて山に滞り、絶えていくと我々は認識している。その過程で生まれる残り香が山の瘴気と呼ばれている。それに似た霊の報われない慟哭が公園に木霊していた。昼間だというのに、親子やカップルがいるというのに、にぎやかさに欠けて、どこか空疎な雰囲気がするのはそのためだろう。
公園をつらつらと歩く。枯れ果てた血の匂い、何も知らずにただ屠られた人々の赤黒い怨音がどこにでもある。私は知覚に優れた祓い手ではないが、それだけに聴覚に訴えかけてくるこの叫びはどうにも我慢ならなかった。
この分では、この悲痛な木霊は公園全域に渡っているようだ。それが、町に洩れ出ないように施された施術がある事を疑問に思いつつも、せめて耳につく範囲で完全な終わりを与えてやろう、と思い、私は人気のないところに向かい、四股に力を込める。
ざわり、と背中をざらついた砂をこすりつけられた感覚が現れて、私は……
「あら、なにをなさっているのかしら?」
と涼やかで揺らぎのない女の声を聴いた。
唐突に感覚を中断し、振り向く。
黒髪の少女だった。私より十歳ほど下の、着ているセーラー服姿から察するに、この街の女子高生なのだろう。だが、その顔はあどない少女の面持ちではなく、強い意志を有した端正な貴婦人のそれだった。私はこの顔を知っている。案内人にこの街の退魔に関わる人間についてのプロファイルは与えられているからだ。
「……遠野家当主、遠野秋葉殿とお見受けする、この街の管轄者でありながら、この遊楽地の魔の管理のずさんさ、何故か?」
私は、鮮烈な敵意を向ける。
ここまで、悪意の苗床となりかねない死者の慟哭を放置する神経に苛立ちを感じたからだ。
遠野家は、異種の力の多様性、魔を取り込むことで発達した家柄である。それだけに、魔をもってなんら無関係の民草に犠牲を与えることすら厭わないものではないか、とかねてより思っていたこともあった。
だが、少女の回答は予想外だった。
「そんなこと言われても、やり方分からないし」
「は?」
私は、口を開けて言った。
「……童子や札による護法を知らない……と」
知らない、というフレーズにカチンと来たらしく、遠野家当主はそっぽを向いて言った。
「ええ、その通り、なんだかよく分からないけど、ここはシエル先輩が結界で封鎖しているところです」
私を自らと同じ、則の外の人間だと理解したのか、公園に霊を漏らさぬようにした術者の名を告げる。
「シエル……埋葬機関の鬼娘のことか、なるほど、それでこの鼠を漏らさぬ堅い封鎖なのだな」
納得して、私は辺りを見渡した。教会の結界は強力な接着剤にも似た技だ。元々、鬼を封じ込めるために作られた術である。つまり、一切を閉じ込めるやり方であるため、効力を弱めているであろうこの状態でも鬱屈した霊が漂っている。それが悪いというならば、悪い。魔に関して言うならば、介入消滅させるより、自己浄化させたほうがより効率的であるというのに……
「それで、あなたは誰です?見たところ、魔術師でもなさそうですね」
ふと、声がかかる。首を遠野家当主に向けて、私は言う。特に隠す必要もないと判断する。
障害になるのなら排除するが、我々を知っていればそうそう歯向かうようなこともないだろう。無駄な損傷は与えたくもなければ、受けたくもないからだ。
「私は『大祓讃』の祓い手が一人、九鬼篤志と言う」
遠野家当主はわずかに首を傾げ、困ったような目をする。どことなしに縋るような目でもある。
「……」
「……」
「まさか……陰陽院が別棟である我らのことも」
危惧していたことが起こり始める。確かに情報隠匿という点において、この国で我々ほど巧みな機関はないが……
「無知蒙昧と言うべきかな……この地の管轄者でもある遠野家当主が、いくら年若で女でなおかつ我々から派生した一派ではないとはいえ、そのことも知らぬとは……やれやれ、先代の教育が行き届いていないようだな」
私は皮肉を言いながら、ため息をついた。
「う、うるさいわね、口を慎みなさい」
怒気混じりの少女の声。わずかながら、殺意も見える。厄介なことになりかねん、と警告する声と、おもしろくなってきたな、と心のどこかが訴えかける声があった。
「ほう、慎まねば、どうするおつもりかな?」
見下した視線を送り、揶揄するような笑みを浮かべる。この場においては、戦いへの訴えのほうがより大きかった。魔を取り込んで生まれた稀代の家系の力に興味がないわけがない。
その上、ちょうどいい。望んで障害となるならば、ここで……
「そう、それであなた、ここの惨状を治してくれるのかしら?」
と、軽いため息をつく素振りを見せて長い髪を片手で後ろに払いながら、遠野秋葉は言った。
正直、拍子抜けした。私は落胆を隠しながら、努めて平静を装った。
「ああ……やっても構わないが、広域の祓いは単独では出来ない、先ほども言ったように、護法札でわずかな孔を作って一帯を囲み、護法童子でそれらを散らしながら払う必要がある、きちんと鎮縛するには、儀式も行なう必要があるため、一時しのぎをするだけになるが」
ふ〜ん、と遠野秋葉は曖昧な相槌を打ってから、
「かまわないわ、居心地が悪いのは誰でもいやでしょう?」
と微笑んで、言った。
正直、面食らった。浅薄な決定ではあるが、この辺りは年相応の少女だな、と苦笑する。
「いいだろう、しかしその前に結界を外してもらう必要がある、よって、埋葬機関の執行者と会いたいのだが」
と提案すると、遠野秋葉は唐突に不機嫌そうな顔をした。
「どうした?ひどく機嫌が悪そうだが、なにか問題でも生じたのか?」
「なんでもありません、なら家にいらっしゃい、どうせ今日は……」
語尾は続かない。なにが言いたいのだ?この娘は……心なしか肩が震えている。まさか埋葬機関への恐れがあるのか、とも思ったが、どうも違うようだ。これは明らかな憤怒、あるいはそれに近い嫉妬が為せるものだと推測するのだが、
「?」
どちらにしてもよく分からない。なにやら事情があるようだ。
今度は、私が首を傾げる番だった。
ともあれ、
「そういうことなら、招待されよう、しかし、祓いを行なうならいくつか道具がいる、準備が整い次第そちらに伺うので、そうだな……6時ごろになると思う。食事時に邪魔するかもしれんが、許していただこう」
「そう、でしたら、一緒に食事を摂りましょう、使用人に言って用意させるから」
となんとも魅力的な提案をした。
「そういうことなら、さらに喜んでよばれるとする、では後ほど……そちらの邸宅はここから駅を抜けて住宅地に向かえばいいのだったな?」
と確認する。一際立派な建築物だと案内人から聞いているので、目星はつくはずだ。
「ええ、そうですね、ではお待ちしています」
と初めて柔らかな笑みを浮かべて、遠野秋葉は公園から去る私を見送った。





後書き
さて、一日に二つアップするのは、アレなんですが、
一話目が短めだったので二話も、ということです。

さて、ようやく本編キャラを出すことができたわけですが、いかがでしょう。
ちょっと、本編と印象が違うかも、と思いながらも、強気などこか人見知りするお嬢様で、本編の事件後はそれが少し和らいだというのが、僕の妄想なのですが・・・
さて、前回に引き続き、スローペースですが、長い目で見ていただけると幸いです
それでは失礼します


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