空の月10


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1: うり坊 (2004/02/18 20:20:00)

18、
遠野志貴は先の攻撃で森には隠れず一つの場所に向かった。
湖の小島
小島といっても学校のグラウンドの半分にも満たない面積
けど闘うには十分な場所だといえよう。
小島の中央に倒壊した祠がある。
彼はそこに向かって歩いている。
湖の小島に行くにはボートがないと行けないが・・・・
今夜は別だ。
今の彼は水の上を歩いている。
満月、その月の光によって岸から小島までに石橋が現れる。
ソレはほぼ水面と同じぐらいの高さで遠くから見ても何も無い様に見えるが近くから見ればハッキリと分かる。
その神秘ともいえる業は先人がした事だろう・・・
遠野志貴はこの仕掛けを知らない。
偶然見つけた?否、これは必然ともいえよう・・・
誰かが呼んでいる。彼はそう思ってしかたないのだ。
「こんばんは・・・今夜はいい月ですね?」
ゆっくりと何も無い島を歩く。
「あら?どうしたのですか?こんな夜遅くに?」
蒼い着物・・・・そして風になびく長い黒髪・・・
その姿は美しいとしか言えない。
けど今の彼女はどことなく悲しい・・・
「楓さん・・・」
「ふふっ、そんな恐い顔をしていたら怪しい人と間違われますよ?」
ふふふっとからかう様に笑う
「あなたが封印を解いたのですね・・・」
ギリと歯を立てながら地面に俯く。
「封印?何のことでしょう?」
?と首を傾げる。
「誤魔化さないでください。」
志貴は下を俯いたままだ。
「誤魔化すもなにも私は何もしていませんが?」
困った表情をするが・・・
「では何故、あなたから『血』のニオイがするのですか?」
事実
「・・・・・・・」
今の一言で無表情になる。
「教えて下さい。あなたは・・・」
顔を上げてまっすぐに見つめる。
「・・・・・・・・私は人間であり人間ではありません。」
やっと口を開くがその言葉は前のとは違う・・・
何も感じない・・・
それはまるで無機物と同じ
「じゃあ、やはり『魔』・・・・」
ゴクリと唾を飲む。
この答えしだいで全てが決まる。
「いえ、違います・・・」
予想外の答え
「じゃあ?」
「自分が何者であるかは分かりませんが私は一度、死にました。」
「それは一体・・・?」
志貴は彼女が言っている意味が分からない。
「・・・・お話はここまでにしましょう。」
「俺はあなたと戦いたくない!」
素直な気持ち
この数日、彼女には色々親切にしてもらった。
そんな人と戦うなんて出来ない・・・
「それは無理です。あなたがいる限り私はあなたを倒さなければなりません。」
「何故!」
なぜ・・・こんな事になったのか・・・
自分はどこで道を間違えたのか?
しかし、もう手遅れ・・・・・
「・・・・・出なさい。」
楓が呟くと同時に何もない空中から翡翠色の薙刀が突如、現れた。
「薙刀?どこから・・・・」
「参る。『結界陣』五陣」
楓はすばやく志貴との距離をとり、短い詠唱の後、何かがこの小島を包んだ。
「これは?!」
驚いた。
この感覚は知っている。
あの夏、町を襲った・・・ワラキアの夜が現れた時と同じ感覚・・・・

『固有結界』

ソレと同じ感覚だ。
「せいっ!」
薙刀を横に振るう。
「やめてください!」
橙子さんから借りた日本刀で防ぐ
この刀が上等なモノであるのは分かる。
しかし向こうの薙刀も最高のモノだろう。
ならば決着がつくにはお互いの技量と技での勝負
志貴は刀で流す様に防ぐが・・・
「はあぁぁぁぁっ!」
しかしそれでも攻撃は続く
まるで嵐のごとく激しく、そして華の様に美しい動き
見る者を惑わす
「くっ!」
焦る・・・
いつまでも耐えられない・・・
「さすがですね。」
剣舞を止め再び離れる。
「少しやり難い場所ですね・・・・『結界陣』地境」
小島の地形が変わる
倒壊した祠や木などの遮蔽物が消え平らな地面になる。
例えるなら闘技場だ。
「地形が!?」
この現象に目を疑ったがそれは命取りだ。
「余所見している場合ですか?」
すかさず背後にまわり薙刀を斜めに振るう。
「ちっ!」
かろうじでナイフを取り出しガードする。
「はっ!」
二撃目、下から抉るように繰り出される攻撃
剣でガード
「てえやぁぁぁっ!」
三撃目、突く
剣とナイフでガード、しかし・・・・
「がっ!」
ガードしてもなお体が吹き飛ばされ地面に派手に転ぶ。
「覚悟!」
上空
白銀の刃が俺を目掛けて落ちる。
「くそっ!」
咄嗟に体を返し避ける。
「なっ?!」
ザシュ
薙刀が地面に突き刺さり引き抜くのに手間取ってしまった。
機転、志貴は体を起こして体当たりをする
「かはっ!」
楓はそのまま地面に倒れる。
「もうやめてください!」
「私は負ける訳にいきません!」
再び薙刀を持つが・・・
ピシッ・・・
翡翠色の薙刀に亀裂が走る。
「・・・っ!」
「楓さん、その武器は使えません。降参してください!」
「出なさい!月無刀!」
空中から再び出てくる得物
しかし今度のは違う。
うっすらとしか見えない得物
水晶で出来た薙刀、耐久性が無い代物だが・・・
一度、振れば闇と同化して捕らえるのは難しいだろう。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
見えない刃が来る。
太刀筋が見なくとも相手の動きを見れば分かる。
問題は得物の長さ
これを見極めなければならない。
「くそっ!」
見えない刃をギリギリで防ぐ。
「鳳華!」
上下左右斜めからの360度の斬撃、まるで包み込む花の様な攻撃
「ぐっ・・」
体に無数の切り傷ができる。
「津波!」
縦に三撃
刀で防ぐが・・・
パキン・・・
乾いた音が響く
「しまった!」
刀が折れてしまった。これで自分の得物は七夜のナイフのみ
しかし今の攻撃で不可視の薙刀の長さが分かった。
5尺半・・・
「くらいなさい!」
もう見切った。
あとはナイフで受け流し、そしてそのまま懐に飛び込み両肩の関節を外せばいい・・・
「こんなもの!ぐっ?!」
水晶の薙刀は防いだ。なのに俺の肩から鮮血が出ている。
――馬鹿な!今の一撃は確実に避けたはず!だが斬られた。一体・・・・
「はっ!」
繰り出される斬撃を防ぐが・・・
「っ!」
――まただ!防いだはずなのにまた斬られた。
「てやっ!」
振られる斬撃、防いでも斬られる。
「かっ!」
――考えろ。攻撃をかわしても当たる。刃先に仕掛けがあるのか? 鎌イタチ?いや、それとは違う何かだ。まるで・・刃が二本あったような・・・
「どうだ!」
――――閃走・六兎
「効きません!」
避けられた。
「しまっ・・・!」
ザシュ・・・
左腕が切り取られた。
血が大量に出る。
「がはっ!!くそっ!」
今のは痛い・・・・
すぐ側には俺の左腕だったモノが転がっている。
しかしこの血を止めないと・・・・死ぬ
俺は断面の血の流れを殺した。
「しっ!」
作業を終わった瞬間に繰り出される攻撃
そして薙刀の柄で弾き飛ばされた。
「がっ・・・・・」
ろくに受身も取れず地面にぶつかる。
「もう終わりです。あなたの左腕はもうありません。」
「いえ・・・・まだ終わりじゃありません。」
自分でも負け惜しみだと分かっている。
「そんな体で・・・これ以上、戦ってもあなたに勝ち目はありません。今なら楽に殺してあげます。」
「俺は・・・・帰るんだ・・・・みんなの所に・・・」
そう・・・約束した。
かならず帰ると・・・
だからこんな所で死ねない!
「そんな体で動くと苦しみが増えるだけです。」
「それでも・・・俺は・・・」
体に鞭打って立ち上がる。
「愚かな・・・『結界陣』刀幻鏡」
空中に無数の氷柱状の氷の刃ができる。
「これは!」
「さあ、切り裂かれるがいい!」
一斉に俺に目掛けて襲ってくる凶器
「ちっ!だが・・・・」
七夜の体術を駆使して避ける。
「やりますね・・・では、『結界陣』死々巽々」
氷の次は炎
炎は地面から何本も生え、触手のように動き襲う。
「ぐっ!」
さすがにこれは避けても熱でダメージを受ける。
「まだ立ちますか・・・『結界陣』刃血陣」
地面から剣山が生えてくる。
このままでは串刺しだろう・・・
ドクンッ!
「ぐっ!」
ドクンッ!ドクンッ!
心臓の鼓動が早く・・・・・な・・る・・
血が目覚め・・る・・・・
セカイがスロウモーションでう・ご・・く・・・
アイツが起きた。
―――やめろ
―――何を躊躇う?あんな女などキサマの技量で十分に殺せるはずだろ?
―――黙れ!
―――殺れ!やれ!殺れ!やれ!ヤレ!殺れ!殺れ!やれ!ヤレ!ヤレ!ヤレ!殺れ!殺れ!やれ!ヤレ!ヤレ!殺れ!ヤレ!殺れ!殺れ!やれ!ヤレ!ヤレ!殺れ!
―――うるさい!!
―――殺さなければ、自分が・・・・お前の大切な者達を失うぞ?それでいいのか?遠野志貴よ・・・・
―――・・・・・・・・・・・・
思考が・・乗っ取・られ・・・る・・・・
「・・・・・楓さん・・・サヨナラだ・・・」
オレは跳んだ。
体が悲鳴を上げる。
足の筋肉が切れる。
しかしお陰で剣山をかわせた。
「なっ!?」
驚愕する。
彼の目が蒼い
本能が叫ぶ。
あれは恐怖だ。
「速い!先程とはまったくの別人!?」
その動きはとても同一人物とは思えない。
さっきも十分な動きだが今の動きは完璧な無駄の無い動作
表情も違う。彼だった顔を消え今は殺人貴の顔になっている。
刺し殺されそうな圧迫感
恐い・・・・
「はあっ!」
次々と繰り出される斬撃
「くっ!」
必死で防ぐが着物が所々、切れた。
「しかし!私も負けるわけにはいきません!」
「『結界陣』葉翔千斬撃!」
無数の木の葉が舞う。
その一枚一枚が鋭利な刃物と化している。
木の葉は志貴に向かって機関銃のごとく放たれた。
「甘い!」
――――閃鞘・八点衝
あれだけあった木の葉は全て落とされた。
「そんな!」
「くらえ・・・・」
――――閃走・六兎
腰を低く落とし地を駆ける。
「くっ!裂地!裂火!裂氷!裂鋼!裂葉!『結界陣』五行裂破!」
茶、朱、蒼、白、翠の五つの光球が現れそれが一つの光球になり放たれた。
「ふん・・・」
しかし・・・こんなモノ、殺人貴には無駄なことだ。
殺人貴は光球を殺した。
「ならば!出ろ!式神!」
和服から二枚の紙を取り出し詠唱した。
紙は二体の人型に変わりその手には刀が握られていた。
「雑魚が!」
二体の人型は斬られた。
所詮は式神、今の彼を止めるには不足だ。
「かはっ!・・・・まだ・・・です!」
ダメージは術者へ返される。
「だが・・・・次で終わりだ!」
ナイフを逆手に持ち走る。
「終わり?それはあなたです!『結界陣』無明無音!」
閃光と轟音が目と耳を奪う。
「効かんな」
彼女の考えは甘かった・・・殺人貴にはそんなモノ、無意味だ。
彼女の技でもあった見えない刃も避けられた。
「破られた!?」
驚いた。先程まで避ける事や防ぐ事さえ出来なかった見えない攻撃を避けられたのだから・・・
「終わりだ。」
あと3メートル、この距離なら1秒で仕留められる。
「終われません!最終『結界陣』!鳳凰陣!」
黄金色の炎の鳥が羽ばたく
狙うは志貴の心臓
「無駄な・・・・極彩と散れ・・・・」
黄金色の炎の鳥はナイフで一刀両断された。
殺人貴はもう眼前にいる。
もうなにをしても間に合わない。
「そう・・・終わりなのね・・・これで全てが・・・」













「・・・・・生きている・・・・?」
うっすら目蓋を開ける。
自分はまだ生きていた。
「・・・・」
志貴は楓の目の前で立ち尽くしている。
手にはナイフ・・・・
「なぜ・・・殺さなかったのですか・・・?」
今でも十分に仕留めることが出来る・・・なのにソレをしない。
「楓さん・・・俺はやっぱり貴女を殺せない。」
「どうして・・・」
「あなたの目は悲しみに満ちています。」
「・・・どの道、私は死ぬ運命なのですよ・・・・」
そう・・・彼も解っている。
この先の末路が・・・・
「それでも!俺は・・・・・」
「優しいんですね・・・・けど、その優しさが時として運命を大きく分けるのです。」
「そんなこと・・・・」
否定できない。
「あります。昔・・・・私もそうでしたから・・・・・」
「昔?」
「そう・・・昔のこと・・・」
目を細め過去を思い出す。
「そうですか・・・」
「そういえば・・あなたはどうやって見えない刃の正体が解ったのですか?」
「・・・・それは・・・その・・」
歯切れが悪そうに言う。
「?」
彼の挙動不審に首を傾げる。
「実は直感で対処していたんです。」
この答えに楓は目を丸くする。
「クス・・貴方は凄いですね・・・」
「はぁ・・」
右手で頭を掻く
「答えを教えてあげます・・・・時間をずらしました。私は少し先・・・未来の自分の攻撃を出しました。本来、この『結界陣』の能力は己の時間軸をずらす事が正しい使用目的」
信じられない答え・・・
「それは・・・・」
以前にアルクェイドから聞いた事がある。
五つの魔法の内に時間を操作できる魔法があると・・・
「魔法の域・・・・確かにそうですね・・・けどこれは不完全なモノ・・・・」
「どうやってその力を?」
「・・・・私は一度、死にました。」
「それは聞きました。」
その話は初めに聞いた。
「私は死んで『根源』に流れ着いてそこでこの力を手に入れたのでしょう。そして次に気がついたら私はこの地にいました。・・・・・ここは私が死んだ土地であり私が復活した場所でもある・・・私は何者なのでしょう?人間だった私が一度死に・・・そして再び生き返った。私は人間?それとも『魔』?」
「・・・・・・・」
ああ・・・
そうか、この人は俺と似ているんだ。
「すみません・・・こんな事を言って・・・」
「あなたは・・・・人間です!」
「けど・・・私は年を取りません・・・・それにこの力・・・そして死んでも生き返ったこの身・・・・」
自分の手を見て呟く。
何年経っても老いない自分の手
「それでも!あなたは・・・・・」
・・・・・・人間です。
「本当に優しいお方・・・・最後は人として死ぬ・・・・私はずっとそれを求めていたのでしょう・・・・」
「・・・・・」
「目が霞んできました・・・・・・・・それと・・・今、この回りに退魔組織の者が何人かいます・・・・」
「!?」
辺りを見回す。
気配は感じられない。
「おそらく・・・私とあのお方達の亡骸を回収しに来たのでしょう・・・『根源』に辿り着いたこの身体はいい研究材料になるでしょう・・・・けど・・・そんな事はさせません・・・・」
彼女が呟くと同時に・・・
「女を抑えろ!」
森から数人の影が駆け寄る。
「なんだ!貴様ら!」
楓さんに触れようとした影を止める。
「どけ!七夜の者よ!貴様に構っている暇ではない!」
叫ぶ男
「志貴さん!ここは危険ですから離れてください!私の体は時空の歪に飲ませます!早く!」
彼女の上に黒い孔が開く
「はい!」
「ちっ!」
影たちは離れる。
「志貴さん・・・あなたに会えて良かった・・・・・」
黒い孔が全てを飲み込む。
彼女も・・・
「・・・・・・!」
俺は何かを叫んだ。
自分でもなにを言っているのか判らないがそれでも叫んだ。



孔はすぐに消えて辺りは静粛する。
「七夜志貴、よくも邪魔をしてくれたな?」
さっき止めた男が忌々しく言う。
「俺は遠野志貴だ・・・・」
「アレはいい素材だったのにな・・・」
別の男がボソリと言う。
「貴様!」
そいつの服を掴む。
左腕があれば殴ってやりたい。
「ふん!貴様の所為で他の素材まで時空の歪に飲まれたのだよ。」
「お前等は・・・・」
「やるのか?」
周りの男達は得物を持つ
「やめておけ」
と闇から声が発せられる。
「はっ・・・・」
男達は得物を直す。
「失礼したな遠野志貴君」
闇から紅い服を着た白髪の男が現れた。
「あんたは?」
「私はこの部隊を指揮している七夜紅夜だ。」
にこりと笑い握手を求める。
けど俺はしなかった。
「なに?」
七夜の生き残り?
「驚くことはなかろう、なにも七夜は君だけが生き残っているわけではない。しかし生き残っていると言っても少数だがな・・」
「君は七夜黄理の息子だ・・・あの鬼神と呼ばれた息子・・・現に君のウデも確かめさせてもらった。どうだ、我々と来ないか?君ほどの能力があれば七夜の再興も・・・」
「黙れ・・・」
ナイフを男の首に突き立てる。
周りは一斉に得物を取る。
「まて」
紅夜が片手を挙げる。
「ふむ・・・・また今度、尋ねるとしよう・・・・」
「!?」
いつの間にか奴は俺の後ろに回っている。
速すぎる・・・
次元が違う。
「では、御機嫌よう・・・・」
紅夜達はそう言い残しその場を後にする。


「くそっ!こんなの・・・・・」
地面に拳を打ち付ける。
拳は血で赤く染まる。
頬には涙が伝う・・・
悔しかった・・・・
紅夜と実力差で悔しいのでない・・・
彼女を・・・
楓さんを助けることができなかった・・・・・
「なんで!なんでなんだよ!」
嗚呼
月の夜、彼の叫びは闇に消えた。


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