続々・士郎のアルバイト


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1: tetsu (2004/02/14 22:39:00)



 衛宮士郎は魔術師ではなく魔術使いだ。


 魔術師というのは、一般人の目に神秘として映る力、魔術を使用できる身でありながら、その秘密
を頑なに守り、この世に起こるすべての現象の始まりと言われる"根源の渦"を目指す人々である。
 早い話が変わり者の集団なのだが。


 俺は今、衛宮切継が叶えられなかった夢であり、俺自信の目標である"正義の味方"になるために、
魔術師達の自衛機関である魔術協会の本拠地、英国の時計塔で魔術を学んでいるのだが、最初から魔
術師になる気なんてない。要するにいいとこ取りだ。


 とはいえ、先祖代々積み重ねられてきた才能なんてものはなく、今まで師匠をとらずに自己流で修
行を続けてきたので、いまだ魔術師はおろか、魔術使いとしても半人前だ。


 その上、時計塔での生活においてもトラブル続きで心休まるヒマさえなく、











        ただ今ライブで大ピンチだったりする。














「――――――は?と、遠坂、今なんて?」
 いや、ほんとは聞こえている。 

「聞こえなかったの?ここにいるお嬢様に、アンタの得意魔術を見せつけてやれって言ってるの。」
 聞こえているのだが、頭のほうが理解するのを拒んでいるだけだ。
 
 ・・・・・・え〜と、遠坂がいってるのは多分投影魔術のことだろう。
 というか、それ以外に俺が使える魔術なんて、目の前にいる二人の首席候補からすれば、料理でい
うスクランブルエッグ程度のレベルでしかない。まあ、お好み焼きが出来てしまうなんてミスはどう
にか犯さなくはなったが。

「い、いや、それはまずいだろ。」
 ほら、その、と目配せで師匠に伝えようとする。
 俺の使う投影魔術は幾分特殊で、魔術協会の中では禁術に分類されている。使えることがバレてし
まえば、即とっ捕まって封印指定にされてしまいそうだ。
 というか、それを教えてくれたのは他でもない遠坂だったはずだが、たった今その本人が、

『そんなこと知ったこっちゃないわよ』

 と言わんばかりに、腕を組み眉をしかめていらっしゃる。


 しかし、ここは男してきちんと自分の考えを貫くべき。ではあるだが、今この状況で自分の意見が
通る見込みなど百に一つもないだろう。
 それに、今ここで衛宮士郎は一人前だという(ありもしない)証拠を突きつけてやらなければ、師匠
の顔に泥を塗るばかりか、最低でもあと一ヶ月はこのエーデルフェルトの屋敷で召使いを演じなけれ
ばならなくなる。


 はあ、と一度だけため息をついて、神経を集中させる。



「――――投影開始」

 想像するのは、悲劇の末に生み出された番いの短剣。

 
  一方は、名鍛冶師の名を冠する陽剣、干将。

  一方は、その血肉を捧げた妻の陰剣、莫耶。


 創造された背景を鑑定し、残る手順を一つずつ踏んでいく。



「何をやらかそうとしているかは知りませんが、十日足らずの労働で借りを返そうなど――――」

 自信に満ちていたルヴィアの顔色が変わる。

 この手に握られているのは、一目見るだけで本物と判断することの出来る、紛れもない偽物。
 それを作り出すためだけに特化された魔術回路から複製された、真作より精密な贋作。

「そ、そんなバカなコト。まさか・・・トレース、いえ―――」

「士郎!」

 遠坂の手で空中に放り出された宝石を、一息で四つに切断する。

 来客を迎える入り口としての広さと、招かれざる者を寄せ付けぬ圧迫感を併せ持つ矛盾した空間に
微かな接触音と、もはや価値の無くなった宝石が落ちる音だけがこだまする。


「どう、ミスエーデルフェルト。これでも、ワタクシの弟子にまだ不満でも?」

「・・・・・・正気かしら、ミストオサカ?リアリティマーブルなんて代物、協会が黙って見過ごすとでも
思って?」

「もちろん、協会は見逃さないでしょうね」


 ・・・・・・すまない、親父。
 衛宮士郎の魔術使いとしての人生は、二人の完璧超人たちのの小さな見栄争いのために、志半ばに
して終わりを迎えるようだ。




「ただ――――」

 赤いあくまは、半目でルヴィアを流し見る。

「――――どこかの誰かさんが見逃してくれる限りは、何も変わらないでしょうけどね」

「――――は?」

 今まで遠坂が極端に解りづらい喋り方をすることは度々あったが、今回のは完全にちんぷんかんぷ
んだ。
 しかし、解らないのはいつも俺だけで、実際今回もルヴィアゼリッタは忌々しいとばかりに、肩を
震わせている。なんでさ。
 確かに俺が協会に保護(?)されれば、この家の世話をすることが出来なくなるが、ルヴィアの本来
の目的は十分に達成されていて、困るのは俺と遠坂だけの筈だ。特に俺が、だが。
・・・・・・まさかとは思うが、ルヴィアは遠坂に弱みでも握られているんだろうか?いや、それだったら
そもそも俺がこの家で働く必要がない。だとすると・・・・

「確かエーデルフェルトの家系の得意分野は"マジックアイテムの加工と精製"よね?既に魔力のこも
った物質の上から、さらに魔術で加工したり、特異的な性質を付加することことが出来る家系は、数
ある名門の内でもエーデルフェルトを除けば存在しないっていうのは有名な話ですもの」

 そういえば、前に強化の失敗で遠坂の用意してくれたランプのガラスを三十個ばかり割ってしまっ
た時に、何らかの魔力を帯びた物に干渉するのは難しいって話を聞いたことがあるような、ないような。


「さらにそこに士郎の魔術が加わるとなれば、下手すりゃ、神代に活躍したマジックアイテムでさえ
一時的に復元出来るかもしれない。真っ当な魔術師であれば、そんなのを協会に引き渡したところで
何の意味もないことくらい考えるまでもないでしょ?」

「―――――――」

 エーデルフェルトの後継者は、横一文字にきっと閉じた唇に右手の親指を当てながら、黙って考え
込んでいる。


 要するに、彼女にとっても俺の能力は利用価値があるので、引き渡すよりは自分一人が秘密を守っ
ていた方が、魔術師としての研究にはよっぽど有利だということか。
 しかし、彼女は穢れを知らない優等生の筈だ。協会に、知られてははいけない秘密を抱えたままで
過ごすなんて――――

「確かに、当然ですわね。」

 ―――当たり前のことのようだ。

「はい?ちょ、ちょっとそんなんでいいのか?禁術なんだろ?」

「あら、シロウ。協会の封印指定から逃れることがそんなにイヤなのかしら?それとも、そこの魔女
のもとに帰ることの方が御気に召さないのかしらね」
 ・・・・忘れていた。彼女は、赤いあくまの通り名を持つ遠坂の好敵手であったことを。

「なっ、自分のことを棚に上げて、よくも人のことを魔女呼ばわりできるわね」

「自分の目的の為に、殿方に危険な橋を渡らせる人を魔女と呼ばずに何とお呼びすれば?」

「――――――」

 俺との契約が終わったという事実に変わりはないのだが、どうやら形勢が逆転してしまっているよ
うだ。さすがである。というか、もう俺なんかどうでもよくなっているような気がする。嬉しいこと
なのだが手放しでは喜べない。

「いいわ!とにかく士郎は返してもらいますからね。もうこんな場所に来る必要なんてないんだから」
 遠坂は俺の手を引いて、これ以上こんな場所にはいられないと。
 俺もようやく慣れかかってきた広い玄関を一度だけ見回しながら背を向ける。




「お待ちなさい、シロウ」

 と。すでに契約関係を切ったはずの主人に呼び止められる。

「貴方はそのエプロンをつけたまま、外に出るおつもりですか?」
 彼女の表情には、微かな笑みが表れている。
 しかし、そこにはいつもの不自然な邪悪さはない。おそらくこれが彼女の本来の笑い方なのだろう。

「あ、そ、そうだった。遠坂ちょっと待った。」
 遠坂の手を振り払って、ルヴィアのいるほうに踵を返しながら、背中の真ん中辺りにあるエプロン
の結び目に手をかけようとする。
 我ながら自分の間抜けさが恥ずかしくなり、顔がわずかに紅潮する。

 が、そんな微妙な赤色など、すぐに見えなくなってしまった。

「ち、ちょ、ちょっと、ルヴィア」

 なんとルヴィアは正面から体を近づけて、俺の背後にある結び目を解こうと腰の上から手を回して
くる。しかも彼女の額が俺の胸に接触している。

「な――――」





『何してんのよーーーーー!!!??』







 俺の口から出たはずの言葉は遠坂の怒号によってかき消された。


「何って、見てお分かりにならないんでしょうか?シロウのエプロンの結び目を解いて差し上げてる
のですが」
 ルヴィアゼリッタ嬢は、背後の結び目に手をかけながら平然と答える。


「って、そんなこと聞いてンじゃないわよ!!いいから士郎から離れなさい!今すぐ!!」
 
 彼女は、後ろでぎゃあぎゃあと叫ぶ遠坂を尻目に、

「言われなくとも、エプロンを外しましたらすぐに離れますわ」
 などと言いながらも、やけにゆっくりとした手つきで紐を解いていく。

「――――――ッ」
 ルヴィアの額から胸板を遠ざけようと、重心を後方にずらそうとするが、そもそも自分がまっすぐ
に立てているかどうかも分からない。それでも秒刻みで顔が熱くなっているのだけは認識できる。
 
 十秒ほどしてようやく前掛けが剥がされ、ルヴィアも離れてくれた。いや、ほんの二、三秒だった
かもしれないし、もしくは一分近くそのままだったのかもしれない。

 とにかく彼女は離れて、さっきまで俺の胸元にかかっていたエプロンをしっかり抱きかかえたまま、

「これは、今度シロウが来るときまでしっかり保管しておきます。」
 ご機嫌ようと、笑顔で告げた。

 頭の中がオーバーヒートしてて何も考えられないのだが、無意識で頷いていたようだ。









 俺は何も考えられないまま、いつのまにか洋館の外に出ていた。


「――――さて、士郎?」


 そして、晩春にしてはやけに肌寒い外気と、背後から聞こえる殺気混じりの一言で、一瞬にして
クールダウンした頭は、


「もちろん、覚悟は出来ているんでしょうね」


――――ようやく自らの愚かさと、その身に迫った危険を確認するのであった。













 【後がき】

 なんとか一段落つけるような形までは仕上げることが出来ました。

 一応、この後の話も考えてはいるのですが、ここまで読んでくださった方々の感想を拝見しながら、

 ゆっくりと書いていこうと思います。

 にしても、初のSSをよくここまで書きあげたもんだと自分でも不思議なものです。

 それでは、皆さんの感想を期待しまして

 とりあえず【士郎のアルバイト】はこれにて終了です。

 

 続きがあるのやらないのやら・・・。


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