雪桜(下)


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1: into (2004/02/08 16:46:00)[terag at pop06.odn.ne.jp]

※このSSは間桐桜のNormalEndの補完SSです。
 従って、FATEをコンプリートクリアした後に御覧に成られることが望ましいかと思
われます。


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                 ◇




 雨が降っていた。遙か彼方。薄闇色の雲の群れから、絶え絶えに雨が降り注ぐ。ま
るで今にも止んでしまいそうな、脆く儚い線の雨。
 迎える大地は焼け野原。立ち上る熱気は、それだけで生命の全てを否定していた。
炎に抱かれ倒壊する幾百もの家屋ががらがらと鳴る。近く遠く聞こえるのは千の悲鳴
と万の呪言だ。
 苦しい。
 痛い。
 辛い。
 恐い。
 悲しい。
 許して。
 壊して。
 死なせて。
 助けて。
 離して。
 連れて行って。
 終わらせて。
 わたしは此処にいる。
 此処にいるよ。
 ねぇ、
 誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰
か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。
誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。────!!!!!!!
 幾重にも幾重にも折り重なり紡がれゆくそれは最早怨嗟の塊だった。当てられれば
呪われる。直視など以ての外。それらは終わりを拒絶し、死を否定し、崩壊に高らか
に叫んでいた。
 どうして、と。
 突然の終幕に。理不尽な終末に。不条理な終局に。
 何故終わるのが己なのか、と全身全霊で問うている。

 地獄。

 思い浮かんだその単語は剰りに陳腐で、だけどこの上なく正確にその光景を表して
いた。
「これは──十年前の」
 そう。其処は紛れもなく俺の源衝動となった場所。家を失い、両親を喪い、感情を
放棄し、それまでの自身の全てを焼却せしめた、あの焼け野原。
 その中心に、ぽつんと独り、立っていた。
 無言でその光景に見入る。炎が踊り、嗤い、その場所であった思い出も絆も何もか
もを蹂躙していく。悲鳴も怒号も結局はイグニッションとなり焔を滾らせるのみであ
る。
 厚みがないそれらは、結局のところ俺の記憶だった。
 驚くほど心が凪いでいる。
 否、平静ではない。それが思い出の焼き直しであることに気が付いていたからと云
って、その光景が容認できないモノであることに変わりはない。
 ただ、身体が一歩も動かなくて。
 それこそあの時のように、死んでしまったんだと実感していただけ。
 俺は憧れた正義の味方にかけて、こんな悲劇を二度と起こさせないと誓った筈だっ
た。
 だけど。
「もう俺が正義の味方を名乗ることは出来ない」
 ────なぜなら俺は、正義の味方であることよりも、桜の味方であることを望み、
その結果として、多くの人の死を容認してしまったんだから。
 今や俺も悪と呼ばれうるモノである。そんな俺が、正義の味方などと烏滸がましい
にも程があろうってなもんだ。
 目に見える範囲の全てを助けたいと願った。知りうる全ての人に笑っていてほしか
った。その願いだけは間違いではないと今でも胸を張れる。
 だけど────その願いですら裏切った。
 それに後悔がないと云えば嘘になる。唯ひたすらに正義の味方に成る為だけに生き
てきた衛宮士郎の8年間、そして俺に正義の味方を託して死んでいった切継をも裏切
ったことにもなるんだから。
 だけど、その選択に未練はない。
 未練があるとすればそれは唯一つだけ。
「櫻、見に行けなかったな……」
 桜との最後の約束を破ってしまうことだった。




 いつの間にか焦土は雨によって鎮火され、所々で燻った火が白い煙を立てているだ
けとなった。
 全身びしょ濡れになりながら、何をするでもなく立っている。視界は既に白い雨霧
に覆われていて、焼け野原は見えなくなってしまっていた。
 このままだったら風邪ひくなぁ、なんて思いながら、だけど身体は一歩も動こうと
はしない。
 きっとこの場所に来たからには、なんて期待してた。
 そう、俺は待っていたのだ。
「っ、は、ぁ、はぁ、あ────は」
 待ち人は来る。
 遠くからバタバタとコートを翻らせて、懐かしい彼が初めて見たような必死さで、
見たこともない泣き顔を浮かべながら、まだ生きている誰かを捜していた。
 彼は叫ぶ。
 誰か、と。
 誰か生きていないのか、と。
 この世の終わりを見たかのような面で、焼け野原を走り回る。
 その姿が剰りに眩しかったから、思わず視線を逸らしてしまった。
 ごめんなさい。喉の奥からそんな謝罪が漏れそうになって、無理矢理飲み込んだ。
 今の俺には、謝罪する価値もない。謝罪とは極論として自己満足でしかないのだか
ら。
 だけど、と視線を戻す。
 彼は漸く何かを探し当てたのか、焦土にしゃがみ込んで震える両手で誰かを抱え上
げていた。見なくても分かる。それは火傷と怪我で今にも死にそうな小さな少年だ。
 如何なる魔法か、彼は少年を治療し、そして空を見上げ────


 ニヤリと笑った。
「なっ!?」
 そいつはその歪な笑顔のままで此方を向き、
「やぁ、初めましてだな、親父殿?」
 彼本来の声ではない声で、そう呟いた。
「そんなに驚くこともあるまいよ。今際の際にこうやって交差するくらいは予想して
いたんじゃないか?」
 慇懃な口調はその実、隠しきれない憎悪で彩られていた。全身の毛が逆立つ感覚。
まるでこれは、
「交差って……おまえ、まさか────」
「その真逆だ、親父殿。忘れていたわけではあるまい? 何と云っても、」

 生まれる前に殺してくれたんだからな。

「っ!」
 全身を戦慄が駆け抜ける。ただ声を聞いただけなのに、身体の末端まで細切れにさ
れたような錯覚を覚えた。
 間違いない。否、初めから間違えようがなかった。その気配だけは何があっても忘
れない。姿形は衛宮切継であろうが関係なかった。眼前にいるのは完全な悪、そは故

「おまえ────アンリ・マユか!」
 アンリ・マユは「御名答」なんて呟いて、大仰にお辞儀をして見せた。
「いや、覚えていてくれているようで何よりだ。親父殿に忘れられたら目も当てられ
ない大惨事になっていた」
 ……。
「さて。積もる話もあろうさ、座らないのか親父殿。立ちっぱなしでは話も出来なか
ろう」
 切継の外観をしたそいつは「さて」なんて云いながら地面に胡座をかいた。
 ……あれ?
「どうした親父殿。感動で言葉も出ないか?」
 いや、だから。
「それともこの景色が気にくわないか。まぁそれはそうだろうが残念ながら変更する
わけにはいかないぞ。何と云っても、この光景が俺の唯一の光景なんだからな」
 否、別に過去の光景に文句をつけるワケじゃない。この光景は最早取り返しのつか
ない出来事であるだけだ。
 が。
 一寸待て。待て待て待てったら待て。
「む。無言か。話しかけられて返事をしないとは、躾がなっていないぞ親父殿」
 いや、躾云々をオマエに言われたくはないなーと思いつつ、 
「おまえ、ホントにアンリ・マユか?」
 間の抜けた質問が口から漏れた。
「……それは如何なる意味の質問だ? 理解できないのだが」
 そう見えないか、むーと頬をふくらませるアンリ・マユ。外観は切継だろうとか額
面通りの意味だとかツッコミどころは多々あれど。
 いや、だから。
「ホントに『この世の全ての悪』なのかな、って」
 そんな大袈裟な名前には似合わない、剰りの気易さに毒気を抜かれたのである。
 否、気易さの中にも悪意や害意、憎悪なんてものが見受けられるあたりこいつは正
真正銘『悪』なのであろうが、何と云うか────ヒトに見えるのだ。そこいらで歩
いているヒトと同様に見えてしまうのである。
「ん? あぁ、そうか。親父殿が気安いようにこの外観を選んだのは間違いだった。
なら」
 と、瞬間姿が霞となり、次の刹那には
「これでどうだ?」
 あのいけ好かない神父が眼前で仁王立ちしていた。
 あー、まぁ確かにこいつは俺にとっては敵そのものではあるのだが、それでも『悪』
そのものではない。ないのだが、まぁ、いいや。
「まぁ、いいんじゃないか?」
「む。ならばこれで」
 ニヤリと笑う見掛け言峰なアンリ・マユ。うわ、邪悪そう。
「思ったよりも驚いていないようだな。結構結構。親父殿はそうでなくては」
「否、充分驚いてるけどな。いったい俺はどうなったんだ?」
「? 自覚はないのか? 俺を切り裂き殺したと同時に親父殿はヒトとしては死んで
しまったろう?」
 ……それはそうだが。
「んじゃあ、此処は? 地獄なのか?」
「何を云ってる。地獄など在ろう筈も無かろう。天獄地獄の類など生きている人間の
妄想に過ぎん。故にそれらは生きている者達の裡にのみその存在を許される類のモノ
だ」
 呆れるように呟くそれは言峰の外観故、思いの外似合っていた。そしてそれが不快
でないあたり、矢っ張り俺は言峰に対してほんの少しだけだけど好意を抱いていたっ
てコトだろう。
「此処は名も無き交差点────消えゆく夢が、ただ一期のみその居を過ごす幻のク
ロスポイントだ」
「ってことは矢っ張り」
 アンリ・マユは渋面に苦笑を浮かべながら、
「そう。俺としては複雑だが、親父殿は無事に俺を殺し尽くした、と云うことだ」
 そんなことを宣った。
 思わず溜息が口から漏れた。これは安堵の溜息だ。
「んじゃあ、おまえは、もう桜とは関係なくなったんだな?」
「……そうだ」
「む」
 まぁ、それなら、何とか帳尻が合うってところだろうか。
「いや、正直親父殿には感服した。真逆あの体であれほどの無茶が出来るとは予想だ
にしていなかった」
「俺はおまえを止められたのか」
「あぁ、完膚無きまでに、な」
 肩をすくめながらアンリ・マユは呟く。
「俺が棲んでいた大聖杯も粉々だ。もう二度と彼の戦争のような奇跡は起こるまい。
故にもう俺に誕生の機会は与えられないだろう。流石は────」

 正義の味方と云うことか。

 その言葉に、頬が、強張る。
「確かに俺は『この世の全ての悪』だ。成る程、正義の味方であればその誕生すらも
容認できないモノであろうな」
 違う。俺は、そんな、正義なんて崇高な理由じゃなくて、ただ、
「神父は宣った。誕生に罪はない、と。善悪などは生まれてきたものが後天的に備え
る属性でしかないのだ、と。だが俺は違う。生前は何でもないただの小僧だったが、
今となっては存在そのものが『悪』でしかないからな。親父殿は正しい」
 だから、そんな、
「何を苦悩することがある。親父殿は正しい。この世界を救っただけだ。俺という
『悪』の誕生を阻止することで、この世の正しきを証明したに過ぎないだろう」
 俺は、正しいとか、正しくないとか、そんなんじゃなくて、ただ、
「……」
 親父殿? と、アンリ・マユは訊ねてきた。その声は、それは────
「俺は、正義の味方じゃない」
「ぅん?」
「俺は、桜を許してしまった。多くの人を殺した桜を悪と知りつつ容認した。その時
に決めたんだ。俺は正義の味方じゃなくて、桜の味方になるんだって。だから」
 息を吸い込む。喉が震える。言葉が重くて喉を通らない。
 そんな弱音を殺して、俺は

「俺は、俺のエゴのためにおまえを殺したんだ」

 そんな、心からの本音を口にした。
「だから俺は正義の味方なんかじゃない。だからおまえに責められても文句を言えな
いし、おまえに殺されても文句は言えない。殺すってコトは殺されるってコト。分か
ってる、そんなことくらいは」
 心に溜まっていた感情の堰が壊れる。
「だからセイバーだって殺した。あんなに助けて貰ったのに。あんなに優しくしてく
れたのに。あんなに温かかったのに。あんなに嬉しかったのに────俺が、殺して
しまったんだ」
 そうだ。俺はセイバーも殺してしまった。止む得ないことだと分かってる。あの行
為がもしかしたらセイバーの救いになったかも知れないと思ってる。だけどそんな理
性とは別のところで、あの殺害は許せないと叫んでる────。
「俺は、正義の味方なんかじゃ、ない」
 それは絶対。あの選択をして、積年の願望を殺した時点で、この終わりは決まって
いた。
 もう言葉は必要ない。敵は敵。殺さば殺す。だけど、俺はそんな思考すら殺してし
まいたかった。
 許しはない。贖いはない。ただ悔いるだけ、その為だけの交差点。儚く消える幻な
れど、この胸を突く痛みだけは夢幻ではないと信じてる。
「親父殿」
 アンリ・マユが呟く。その声は優しい。見上げる其処に、彼の『悪』はあの金の少
女の姿で微笑んでいた。
「悪かったな、親父殿。否、ほんの少しからかっただけのつもりだったが、思いの外
追いつめられやすい性格のようだ」
 すまない、と彼女は呟く。親父殿が気に病むことはない、と優しい言葉が胸を抉る。
 その笑顔は、彼女のモノではなかったが、不思議と抵抗がなかった。
「親父殿がやらなくても霊長の抑止力が俺を殺していたろうよ。彼の英霊は俺のよう
なモノを殺すためにあるのだから。もっとも、単に殺されてやる道理はない。殺して
殺して殺し尽くした後に、誰も彼もが滅した後に、俺は自壊していたろうな」
 それは、正しいことだろうか。
「神父はその点を間違っていた。俺はヒトという種の悪意である。故に、ヒトが死滅
すれば存在など出来るはずもない。悪意無き世に生存できるほど、俺は正常ではない
んだからな」
 望まれぬ者が生まれてくる理由は、『この世の全ての悪』ですら証明できなかった
んだ、と其奴は笑った。
 だけど、それは。
「だから、親父殿が俺を殺したのは、他でもない、俺の救いでもあったわけだ」
「そうかも知れない、知れないけど、それなら、おまえは────」
「分かっているだろう、親父殿? 俺は『悪』故に、滅びるが道理なんだ。だから、
己を『悪』と定義した時点で、俺は俺を殺していた」
 それは酷く歪な在り方。だけど、その思考は、その笑顔は。
「あぁ、そうか────」
 なんだ、そんなことだったのか、と。
 硬直した指は鋼、身体は鉄、既にエミヤシロウは一本の剣。だけど、これくらいは
許される。
 動かなかったはずの腕をぎぎぎぎなんて歪に鳴らしながら、儚く笑うアンリ・マユ
を胸に抱き寄せて、精一杯の抱擁とともに。
「強がりは良いから」
 と、心の底から包容した。
 アンリ・マユは何が起こったのか分からない、と云う風に暫し呆然として、「お、
親父殿ッ! な、何を……」なんて照れたりして。
 その様がふと銀の少女にそっくりだな、なんて思ったりして。
 そんな彼女が笑ってしまうほど嬉しくて。
「おまえは確かに『悪』だけど」
「え?」
「『悪』であろうと望んだんじゃなくて」
 そうだ。アンリ・マユは確かに『悪』だ。誕生したならば全てを滅ぼす破滅の王。
だけど『悪』が根っから悪いモノだなんてコトは決まっていないだろう。
「『悪』であれと望まれたから悪になっただけで」
 そう、彼女を恨むなど筋違い。悪いのは彼女だけに『悪』という罪業を背負わせよ
うとした人間の方なんだから。
「おまえは『悪』だけど、矢っ張り人間だ」
「親父殿……」
「おまえは、悪くなんてない」
 それは確かなこと。
 それに、放っておけない雰囲気なんか、どことなく桜に似ているし。
 親父殿って何で呼ばれているのかイマイチ理解に苦しむけれど、そう呼んでくれる
ことは素直に嬉しいと云うかくすぐったいと云うか。
「おまえは、悪くなんてないんだ」
 出来る限りの情を言葉に込めて、鉄の身体でアンリ・マユを包み込む。
 アンリ・マユは暫し呆然とした後、少しだけ嗚咽を漏らし、
「なぁ、親父殿」
 と切り出した。
「ん?」
 応えると、無言が返ってきた。
 迷いの気配。
 おずおずと、
「愚痴っても良いか?」
 なんて云った。
 肯きだけで受諾の意を伝える。
 アンリ・マユはホッとしたように全身の力を抜いた。すぅっと息を吸い込む。
 呟いた。

「苦しかったんだ」
「うん」

「痛かったんだ」
「うん」

「恐かったんだ」
「うん」

「悲しかったんだ」
「うん」

「辛かったんだ」
「うん」

「助けて、欲しかったんだ────」
「────うん」

 血を吐くような言葉の連なりは、その内容に反して懺悔のようだった。己を傷付け
ながら言葉にされるそれらにどんな返事を返せただろう。受け止めることも、受け入
れることも俺には許されない。理解など以ての外だった。その言葉は、アンリ・マユ
なんていう強大な『悪』が、心の底から願った許しの証だったのだ。
 最早紡がれる言葉を理解することは叶わない。
 だから、俺に出来ることは小さく震える幼子を優しく抱き締めるコトだけだった。




「────もう大丈夫なのか」
 泣きやんで身体を離したアンリ・マユにそう問いかける。
「あぁ、世話を掛けた、親父殿」
 そいつはそっぽを向きながら「本当、女たらしだ親父殿は」なんて呟いていた。
 その姿が微笑ましくて、ずっとずっと見ていたいと思ったけれど、
「もうお別れかな」
 別離のときは、やって来た。
 遠くからがらがらがらがらと崩壊の音が近付いてくるのが聞こえた。
 此処は幻。いつかは消える時の狭間の交差点に過ぎない。だから、この別れは必然
だった。
 少し残念だ。何が残念なのか良く分からなかったけれど。
「これで、終わり、か」
 そうだ。これでエミヤシロウは完膚無きまでに終わるんだ。
 桜、ごめんな。約束、守れそうにないや。
「それは違うぞ親父殿」
「え?」
 何言ってるんだ、おまえ。
「親父殿には果たすべき役割があるだろう。それを終えずして終わろうなどと、片腹
痛い」
 そういったアンリ・マユはまた切継の外観を模していた。その手には無傷の八年前
のエミヤシロウの姿が、
「約束とはいつか果たされるモノだ。どれほど時間が経とうが、当事者達が死に絶え
ようが、そんなことは関係ないだろう。約束に従い役割を果たせ、親父殿──否、衛
宮士郎。母が、間桐桜が君を待っている」
 その言葉は、酷く、既視感を覚えて、
「左様なら、だ。またいつか、どこかで逢うことがあれば宜しく頼む」
 なんて事を宣うオマエは────




                ◇




 其処は一面の雪景色だった。空からは新しい雪が音も立てずに降り注ぐ。珍しいこ
とだ。冬木の冬は滅多なことでは雪など降らないのに。
 見慣れたと云えば剰りに見慣れた風景に突然放り出されて唖然とすること少し、思
ったよりも早くに頭は熱を取り戻す。思考はこの場所が生前見慣れた衛宮邸であるこ
とを告げていた。
 見回す。
 衛宮邸は変化と呼べる変化もなく、穏やかに朽ちていた。道場も土倉も使われなく
なって久しいのだろう、昔の面影に比べ、少しだけ汚れが目立っている。
 だけど概ね昔のまま。庭には幾本もの桜の樹が植えられていたけれど、この寒さで
は花も咲くまい。それは自明の理だった。
 操られるように少し歩く。人の気配を感じたのだ。
 庭に面した縁側の揺り椅子に一人の老女が座っていた。まるで眠るような穏やかさ。
息をしているけれど、おそらく後数分も保たずに天寿を全うするだろうコトは火を見
るよりも明らかである。
 それが誰なのか、一目見ただけで分かってしまった。
「桜」
 見間違いの筈がない。確かに齢を重ねて昔の面影は稀薄だけど、雰囲気だけは変わ
っていなかったから。
「桜」
 呼び掛ける。己はもう既に死んだ身だ。加えて桜はもう何十年も俺無しで生きてき
たのである。だから、俺の声が届く道理はない。
 ────その筈だった。
 桜はゆっくりと顔をあげた。薄く目を開き、俺を視界に納め、そして、

 遅いです、先輩。

 なんて云いながら、優しく笑った。
「ごめん。色々あって、遅くなった」
 思わず返事をする。
 桜は笑いながら、
「本当に。ずっと先輩を待って、待って、待ち続けて、わたし、お婆ちゃんになっち
ゃいました」
「あう……」
「姉さんなんかちゃんと結婚して、今では孫までいるんですよ? なのに、わたしだ
けずっと独り身です」
「ぅ……」
「それに、守ってくれるって、云ったじゃないですか」
「……すまん」
 狼狽える俺が面白いのか。桜はコロコロと笑った。
「いいえ。ずっとずっと、許しませんから」
 そんなことを云いながら、だけど桜は嬉しそうに笑っている。
 俺はそれが嬉しくて、申し訳なく思いながらも微笑んだ。
「ごめんな桜。ずっと待たせて悪かった」
 心の奥からそんな言葉を口にする。
 それは謝罪ではない。きっと謝罪など俺たちには不要なんだ。
 ふふ、と桜は穏やかに微笑み、
「仕方ないですね。許してあげます。だって、帰ってきてくれたんだから」
 そう云って、笑った。
 笑顔に涙が一筋流れる。それをこの上なく美しいと思いながら。
「うん、ただいま。桜。ずいぶん遅くなったけど」
 そう云って、硝子の向こうの桜に手を伸ばす。
 桜は「はい」と頷いて、雪景色の中の俺に手を差しだした。
 引き寄せる。
 すぅ、と、桜を抱き締めた。
「先輩、先輩、先輩、先輩ぃ……」
 桜の泣き声を胸で感じながら、喉まで込み上げてくる嗚咽を飲み込んで、振り返る。
 地は一面の白化粧。
 空からは絶え間なく雪が降る。
 魄の光がその樹を照らし、櫻は蒼く満開に開いていた。
 それは魂の色に似て。
「桜」
「はい」
「────約束だ。覚えてるか?」
 覗き込むと、手の中の少女は笑って頷いた。
 うん。それなら。

「じゃあ、これから花見と洒落込もうか」

 桜は、嬉しそうに笑って────




         This is one of the ending of their story.
         They get an end which they want.
         Do you think this?
         Are you happy?
         I want you get happiness you can.
         ── Bye.






1−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 オヒサシブリデスintoです。何年ぶりだろう。
 ま、いいや。
 位置づけとしてはあの「櫻の夢」の後ってな感じで。
 あのEDをなんとかGoodEndにしよう、見たいなイメージで書き始めたのですが、
思わぬ伏兵が居りましたとさ。
 キレイゴトかな。
 まぁ、それもまた一つの物語でありましょう。
 ではでは色々な方面へ。
 ちゃんと推敲もしない駄文でゴメンなさい!!
 そして、ここまで読んで下さった方に両手いっぱいの感謝を。
 感想など、待っていたりします。
 では。またいつかどこかで。



 蒼ノ姫とかどうしようかな。


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