月影后Act.6


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1: アラヤ式 (2003/11/30 04:30:00)[mokuseinozio at hotmail.com]

「こんちわー。 
 コウテイペンギンの花子ちゃん、雛が歩けるようになったんだって?
 うわあ、鳥類丸出しでかわいいー♪」

隻腕のスミレは、極寒の南極でペンギンの保育園に遊びに来ていた。

ピ―――――――――-。

彼女の高感度の耳に、透き通った笛の音が聞こえる。

「はうあ!?
 この音は、アルクちゃんのお助けコールだ!
 ごめん花子ちゃん、あたしもう行かなくちゃいけないの。 じゃ!!」

スミレは唖然とするペンギンたちにスケソウダラ五〇kgをプレゼントすると、強烈なダッシュで足早に去った。

「待っててアルクちゃん! 今行くからねー!」

南極の海、氷山という氷山を駆け上り下るスミレはつっぱしる。いつかの借りを返すために。







「ヴラド君、それでおわりか……?」

幽霊船団は、完全に壊滅した。

ゴーレムからくりだされた広範囲展開のネバーモアは、固有結界を完全に打ち消した。

死屍累々とした戦場跡に響くのは、老人の悲痛な叫び。

「君は、それでおわりなのか……?」

ヴァン=フェムは勝利した。

百年前、彼はヴラドに『土』のゴーレムを破壊された。その雪辱をはらしたはずであったが。

「君は、そこまでの男なのか?
 私に贖罪をさせるのだろう? この程度で何故倒れた!!」

レーダーに生命反応はない。ヴラドは姿を一切見せないまま沈黙している。

コクピットの中、老紳士は抑えようのない怒りに焦がされていた。

画面を拳で叩きつけ、ガラス片が飛び散り、ヴァン=フェムの右手は真っ赤に染まる。

「私に償いをさせろヴラド君!
 リタ様を見捨てた罪、君が裁いてくれるのではなかったのか……!?」

焼け焦げた森に響くのは、慙愧にさいなまれた老兵の慟哭。

自分に対する断罪すらできず、ヴァン=フェムは苦しんでいた。

「ヴラド!!」

「フハハハハハハハ! あまり見くびらないでもらいたい!」

ヴァン=フェムの耳に、あの道化然とした不適な笑いが聞こえた。彼は驚きとともに探索を開始した。

レーダーを確認するが、未だに反応はない。

サーモグラフィーにも変化はない。

ヴァン=フェムが慌てていると、不意に、強烈な振動がはしった。

ゴーレムの足が、地面に吸い込まれていく。

ヴァン=フェムは操縦桿を倒し、背部のバーニアを噴出させて脱出を試みるが、

蟻地獄のような速さで、ゴーレムの足は地に飲み込まれていく。

「どういうことだ……!?」

不測の事態にヴァン=フェムはあせった。

ゴーレムの体を吸い込もうとする地面。なぜこんな現象が……?

キーボードをはじき、地形と現象との相互関係を解析する。

「これは、まさか」

「そう、これは僕のイデアなのさ!
兵器を出すだけが能ではない。 君の木偶人形を倒すために僕はあるものを具現化した!」

沈むゴーレムのまえに、帆船の船首にたたずむヴラドが、高笑いとともに姿を現す。

ヴァン=フェムは事態を飲み込むのに時間がかかりすぎた。

ゴーレムの足には黒い草のようなものがからみつき、ゴーレムを締めつける。

「このイデアは、あのサルガッソーだな!?」

「ご名答。 数々の船を沈め、船乗りを震え上がらせた魔海を再現したのさ。
 固有結界バレード『バミューダ・トライアングル』。 覚えておきたまえ!」

大西洋のサルガッソー海。

船の墓場として知られるこの海は、数々の魑魅魍魎が跋扈する伝説であった。

近年、海に生息する流れ藻が、船の難破や座礁の原因とあきらかにされた。

ヴラドは、この陸上で魔海を再現したのだった。

幽霊船団を具現化する彼の理想は、陸での底なし沼をつくりだす。

「しかし何故だ? この結界はなぜネバーモアの干渉をうけない!?」

「その木偶人形が発するネバーモア、
 鴉くんが操っていた本家と比べると、いささか性能が劣るようだ。
 コピー程度で帆船は消せても、僕のとっておきには敵わないよ」

森に出現した漆黒の渦潮は、ゴーレムを飲み込んでいく。ネバーモアの無効空間は、バレードに完全に押し負けていた。

黒い藻がゴーレムの体に巻きつき、もはや逃れようがない。

コクピットに警告音がけたたましく鳴る。時間の経過とともにその数は増し、落城寸前であった。

「……ヴラド君。 みごとだ。
 ならば私のとっておきも、みせてやろう」

ゴーレムの体から吹き上がる炎が、勢いをました。

内部で循環する油圧が高まる。

魔城『炎鄭回廊』動力部の出力があがり、巨人を包んでいた赤い炎は、青白い神々しい炎へと変貌する。

「きみのイデアとて、海を再現したのならば水分子の塊なのだろう?
 吹き飛ばしてやるぞ、この魔海を」

白色に近い炎。それは炎の温度が桁違いに上昇したことを示していた。

水は酸素と水素に分解され、すさまじい水蒸気爆発が森を飲み込んだ。





エンハウンスに迫る、死神の鎌。

それを知った志貴たちは、その悲しみを吹っ切るようにむかう。

ロアの待つ、オーテンロッゼの居城へ。

志貴とエンハウンスは城の正門、アルクとシエルは城の東門をめざしていた。

「エンハウンス」

「ん?」

「俺、いい加減ロアのしがらみから、アルクェイドを解放してやりたいんだ。
 八百年もずっと縛られてたんだから、もう、開放されたっていいよな」

志貴はとなりの男に告げた。

「俺もそうおもうぜ。
 ロアが生きてるっていったとき、シエルの顔も見れたもんじゃなかった。
 あいつが生きている限り、シエルは心の底から笑えねえ」

エンハウンスも同じだった。

「あいつは一ヶ月もの間、拷問と弄り物の嵐に晒されつづけたのによ、
 この期に及んで、なんであいつが幸せになっちゃいけないんだ?
 くそ腹立つよな、この筋書きかいている野郎は」

「ああ。 俺は、あいつが許せない」

森を走る男二人の脳裏に、真の敵の不敵な面構えがよこぎった。

「志貴、おまえはこの戦いが終わったらどうする?」

「アルクェイドと結婚するよ。 俺が高校卒業できたら、プロポーズするつもりだ」

志貴の即答にエンハウンスは、おったまげてびっくりしてずっこけた。

「なんでこけるんだよ。 失敬だな」

「いや、だってよ、おまえソッチ方面は結構優柔不断の朴念仁かとおもってた。
 ハッ。 意外と身の振り方考えてやがるんだな」

「そういうあんたは……」

志貴は途中で言葉を飲み込んでしまった。

「シエル先生の見立てによると、俺の余命はあと一年くらいだそうだ」

彼の意外な答えに志貴は驚いた。

「意外と長いだろ?
 アヴェンジャーの力の逆流は遅効性の毒みてえなもんらしい。
 俺自身もどうするか悩んだけどよ、余生はどっかの田舎で、百姓もう一回やろうかとおもう」

鼻をかきながらエンハウンスは独白する。

「もちろん死徒狩りとうまく折り合いつけてやっていくつもりだ。
 その、まあ、シエルから色よい返事がもらえたらな……」

顔を真っ赤にしている。よほど恥ずかしいのだろう。彼の様子に志貴は笑いをこらえる。

「先輩ならOKしてくれるんじゃないか?」

「……まじ?」

「結構先輩も、まんざらでもない。って顔してたぞ」

「……そ、そうか?」

「自信もてよ。 エンハウンス」

志貴は恋路に悩む死徒の背中を叩いてはげました。

「今は何にしろ、奴を倒さなきゃ進めない」

「そうだな。 あの色白に一発ぶちかましてやろうぜ」

一方、アルクェイドとシエルは、彼らとは全く逆の方向から城を目指す。

「あれ? おかしいですね?」

シエルは体中をまさぐって探し物をしていた。

第七聖典の槍が、一本足りないらしい。

「シエルのずぼら〜。 気が抜けている証拠よ?」

「ちゃんと確かめたはずなんですが、どこへいったんでしょう……?」

しばらく探索をつづけてみたが、見当たらないのでやめた。

もはや時間が無い。

「アルクェイド。 魔道元帥は、どうやら助けてはくれなさそうですね」

「ゼル爺はそういうとこ割り切っているところがあるから、最初から期待はしてないわ。
 いつもゼル爺は、後ろで見守ってくれるだけよ」

アルクェイドは、ゼルレッチの助力を得られないことに何の気負いもなかった。

ゼルレッチとはそういう男であった。

自ら手取り足取り教えようとはせず、自分の背中をみせるだけ。

「シエルは、強いよね」

「え?」

「エンハウンスが死ぬっていったとき、シエルは泣かなかった。
 私は志貴が死ぬっていわれたら、耐えられないよ」

「強くなんかないですよ。
 私はもう、流す涙もだしつくして、悲しくなってもなかなか泣けないんです。
 あの人の生き死には、あの人自身が決めること。
 私がとやかくいっても、あの人には枷にすらならないから、私はただそれを見守ることしかできません」

シエルは笑みを絶やさなかった。

これからまた、大事なものを失うかもしれないのに、彼女の表情には陰りひとつない。

「シエル。 あなたのこと、ちょっと、ほんとにちょっとだけ見直したわ。 ……ちょっとだけよ」

アルクェイドは言い馴れない誉め言葉をつかい、まごつき気味である。

「そうですか。 ありがとうございます」

シエルは素直に、例を言った。

アルクェイドは不意に何かを思い出し、巻貝の笛をとりだした。

「水魔、来てくれるかな……?」






「負けたか……」

ゴーレムは、下半身をのこして爆砕した。

陸のサルガッソーは隙間という隙間から侵入し、ゴーレムの機関部に致命的な欠損をもたらした。
砕けた上半身の瓦礫は、老人の体を押しつぶしていた。

血反吐をはくヴァン=フェムのもとに、ヴラドはゆっくりとした足取りでやってくる。

死力を尽くして戦った老兵の、最後を看取るために。

「敗北の味はどうだい?」

「……悪くはないよ。 聞くがヴラド君、私はどうして負けたのかな」

「背負うものが違うからさ」

ヴラドの周りに、数え切れないほどの淡い光の玉が、まとわりつくように揺らめいていた。

「僕の固有結界『バレード』の源。
 今まで僕が餌食にしてきた少年少女の魂魄だよ。
 この子たちの憎悪と怨念が、僕に真祖並みの具現力を与えてくれるのさ」

「……そうか。 あの魔海は、吸血公爵の餌食になった、行き場のない魂たちの集合体なのだな?」

「そう。 僕はリィゾと同じで、死ぬことは絶対に許されない。
 このさまよえる魂とともに、永遠に業を背負っていくんだよ。 この星の命が尽きるまでね」

許されざる罪を犯しつづけた罪人の、いつ終わるかわからぬ贖罪。

怨念を受け入れ、怨念によって力を得るストラトバリスの悪魔。

ヴァン=フェムは薄れていく意識のなか、百万を超える魂を背負うヴラドの気概を、肌で感じとった。

「なるほど、敵わぬわけだ。 人任せで罪を晴らせると思っていた私は、何と愚かな……」

「ヴァン=フェム。 それでもあなたがゴーレム全機で立ちはだかれば、僕は負けていたのかも知れない。
 どうしてあなたは、全力でこなかった?」

ヴラドには疑問が残っていた。ヴァン=フェムが誇る魔城は、全部で六つ。

「……私はリタ様に約束したのだ、『オーテンロッゼ』殿を守ると。
 例え中身が『蛇』だとしても、私があの方を見捨てるわけにはいかない」

ヴラドはヴァン=フェムの告白に衝撃を受けた。

彼はここではじめて知った。すでにオーテンロッゼは亡き者にされている事実に。

「効率的とはいえないねぇ。 あなたらしくない」

「そうとも。 わたしらしくないな。 だが、これでよかった。 本当によかった……」

ヴァン=フェムは、自らの死を安らかに受け入れる。

「……ヴァン爺!?」

老人の最後に、悲痛に満ちた声が響いた。

声の主は、アルクの笛を頼りに戦場にやってきたスミレだった。

スミレは水の腕を具現し、

ヴァン=フェムを押しつぶしていた瓦礫を退かせるとすぐさま駆け寄り、老人の上体を抱き起こす。

傷の深さに、スミレは目に涙をため、狼狽してしまう。

「そんなぁ、ヴァン爺まで、ひどいよぉ……」

「……スミレ様、申し訳ありません。
 私はリタ様を守れなかった。 あなたには本当につらい思いをさせてしまいました。
 ヴラド君を責めないでください。 私は、最初からこうなるべきだった」

「ふざけんな、ばかやろー!
 ヴァン爺が死んだら、誰があたしの飲み代払うんだよぉ……。
 年寄りの冷や水しやがって、ばか、ばかぁ……」

死にゆくヴァン=フェムは、泣き叫ぶスミレに、心の底からの謝罪をした。

彼は不器用だった。リタとの約束を守り、義に殉じる。

ヴラドはその様子を、黙って見守る。

「……ヴラド君。 エンハウンス君に伝えてくれないか。 『もう、株式の損失補填はできそうにない』と」

「ああ。 確かに、承った」

ヴァン=フェムは最後、かすかな笑みを見せると、そのまま息を引き取った。

灰燼と化した老人の遺骸は、風に吹かれて消えていく。

魔城とよばれた死徒の、最後であった。

スミレは風葬を、真っ赤にはらした泣き顔で見送る。

彼女はまた、友とよべる死徒を失った。ヴラドは彼女の肩に沈痛な面持ちで手をおく。

「ウォーター・ボトル。 すまない」

「ううん。 あんたが謝ることはないよ。
 ヴァン爺ってば、けっこう安らかな顔で逝ったし。 ただ」

スミレとヴラドの背後に迫る、群れの影があった。

「ヴラド、あんたはここから離れたほうがいい。 あたし、もう力の加減できそうにないから……」

スミレの目から、涙が消えた。

ゴーレムが撃破されたのを機に、ネオの群れがせまっていたのだ。

ネオの男は、爆砕したゴーレムをみた瞬間、嘲るように笑う。

「ヴァン=フェムは倒れたか! 結局、つかえないやつだったな!」

「うっさい。 黙れザコ」

スミレの怒りは、頂点に達していた。

彼女の魔眼が淡蒼に染まり、伝わる殺気にネオたちは震えた。

「き、きさま水魔だな! 裏切り者がなぜでしゃばる!?」

「あたしはクソジジイに魂売った覚えはないよ。
 どうしていいやつばっかり先に逝って、どうでもいいクソヤローばかり我が物顔でのさばるんだよ……」

スミレの周りに、水蒸気の渦が龍の如くうなる。

「今日は機嫌が底なしに悪いんだ。 てめえらまとめて、海の藻屑になりな」

スミレの背後に、陸上とはおもえないほどの猛り狂った水流が押し寄せてきた。

ネオたちは逃げる暇もなく、水魔の怒りに、あっという間に飲み尽くされる。

ヴラドは帆船にのり、水流を避けた。

大洪水の規模は森全体を飲み尽くし、ネオたちを水葬する。

「まったく、凄まじいの一言に尽きるね。 ……ん?」

ヴラドは森の木々を見渡していると、人影に気づいた。



「うわー、すごいや。 僕の餌が全部なくなっちゃうな」



木の幹につかまり、水を避けているのは金髪の少年吸血鬼。

シリアスモードだったヴラドの顔が、めっちゃほころぶ。

「めめ、めめめめめめめめめメレムく〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

船首から飛び降り、少年のもとにヴラドはロケットダイブする。

呑気に水葬を見物していたメレムは、迫りくるホ○に気づくのが遅れた。

「はっ! ヴ、ヴラドー!?」

「メレムくん会いたかったよー! 君の美しさは志貴くんと互角もごかくさ!」

「君の物差しなんか知りたくもないよホ○! 離れろー!」

メレムは唇をぐいぐいと容赦なく押しつけるヴラドに、本気で童貞の危機を感じた。

一旦こうなるとヴラドは容易に止められない。

せまる金髪男、桜色の唇。メレムの四大魔獣ですらびびりまくって硬直している。

「ヴラドー。 ヴァン爺の喪中なんだから、少年襲うのも程ほどにしとけー♪」

ゴスッ!!

あと一歩でキスというとき、ヴラドの後頭部がぐらんぐらんに揺れる。

スミレの具現化したウォーターハンマー一発が、ヴラドを昏倒させたのだった。

「た、助かったよ。 ありがとう。 ……あ」

「いえいえ、どういたしましてー。 あ♪」

メレムはホ○の脅威からは逃れられたが、再び危機が迫る。

スミレの瞳が、きらきらと輝いていたのだから。

「いやーん、メレムくんの本体なの!? めっちゃかわいいー!
 この美形っぷりならヴラドが萌えるのもわかるわー♪」

「いや、あの、その」

「あたし、今、心に傷背負ってるんだ……。 身も心も、慰めて♪」

「う、うわ〜! やめておくれよ! 僕は姫君一筋なんだ―――――――!!」

森に響く少年の断末魔。

二十七祖のなかでも類まれなる良識派であり苦労人、メレム・ソロモン。彼の受難は続く……。








「ぐあ……!?」

爆音とともに、シュトラウトは壁ごと弾き飛ばされた。

黒いドレスをまとうアルトルージュは、ロアの操り人形と化し、シュトラウトを滅しようとしていた。

だがシュトラウトを蝕む時の病は、飛び散った体を急速に修復していく。

「ハハハ! 素晴らしいね、時の病は!
 シュトラウト、おまえの再生能力は、復元呪詛をはるかに凌駕している!
 エレイシアの不死の呪いと類似したその力、時間があれば十分探求の対象であったが、残念だ。
 私の求める永遠の答えの一つ、それがおまえなのかもしれない」

ロアは永遠を求め、転生しつづけることを選んだ死徒である。

彼はシュトラウトのある意味完成された不死の公式に、惹かれずにはいられない。

ふらふらの体で立ち上がるシュトラウトは、ロアの羨望に胃がむかつくほどの吐き気をおぼえた。

「なにを世迷いごとを。 
 死から外れたモノが、いかに苦しく険しい谷を歩かねばならぬか、貴様は知っているだろう。
 どんなに願っても死することのできない忌々しい体。
 そんなガラクタのどこに価値があるというのだ」

「だがおまえは望んでその体になったのだろう?
 ニアダークを手にしたその日から、おまえは不死の戦士になる道をえらんだ」

ロアの追求に、シュトラウトは答えることができなかった。

「そうさ、おまえも私と同じ。
 人間の身では儚すぎる器に絶望し、自ら道を踏み外した異端者。
 シュトラウト、おまえは私とよく似ている」

「貴様と一緒にするな!」

シュトラウトの怒号は部屋全体に響き渡った。

「私は姫様のためにのみ刃を振るい、敵を砕く。
 姫様に降りかかる矢は私が盾となり、いかなる悪意も通さぬ。
 己の私利私欲のために道を踏み外した貴様とは断じて同義ではない!」

「そうか」

ロアはため息をつくと、再び自分の人形に号令をかける。

「ならばおまえの主に討たれて死ぬがいい。
 時の病が圧倒的な力の前に吹き飛ぶ姿、私の眼に焼き付けてやる。
 アルトルージュ、やれ」

ロアの命に従うアルトルージュの双眸に、普段の聡明さはなかった。

シュトラウトは抵抗しない。

彼はアルトルージュの空想具現化をまともに食らう。

ブライミッツ・マーダーを吹き飛ばした力は伊達ではない。

攻撃を喰らうたびに、シュトラウトは半身以上をもぎとられた。

「……姫様、どうか」

空間ごと目標を消去する滅びの月。 アルトルージュの超常の力。

「……あなたの笑顔を……もう一度……私に、みせてください……」

ロアはシュトラウトの追撃をアルトルージュに任せ、部屋の中心に描かれた六芒星をみる。

「いいぞアルトルージュ。 あなたが王に近づけば近づくほど、このゲートは開く」

魔法陣の中心に聳え立つ魔剣アヴェンジャーの背後に、渦をまく空間があらわれた。

ロアの野望は、成就されようとしている。

六芒星を結ぶ点に集まるのは、月の王が、宝石の老人に滅せられる前にのこした遺産。

全てを吸収することができる魔剣を媒体に、異空間への転送ゲートが構築されていく。

「ハハハハハハハハ!
 このガイアをも血脈の一つとしてとらえることのできる偉大な存在よ。
 見せてくれ、その力を!」

その様子をゼルレッチは、ロアの警戒域がとどかない物陰から見ていた。

「ロア、なんという愚かなことを。 よもや朱い月の復活を企むとはのう」

ゼルレッチは思案した。

ここで止めなければ、取り返しのつかない事態になるおそれがある。

自分が出向いて止めるのは簡単だ。

だが、それでは意味が無い。

彼らが自分自身で試練を乗り越えねば、今は助かっても未来で先は無い。

ゼルレッチは殺した。

自分の猛り狂う思いを必死で殺した。

ロアの悪行を黙認するという形になっても、彼は貫きたいおもいがあった。

「アルクェイド。 超えるのじゃ、己が父を。
 自らに内在する父を超えろ。 朱い月を超えたとき、おまえの未来は開ける。
 わしは、わしのやるべきことを成そう」

ゼルレッチは、自分の体を転移させ、ある場所に向かった。

ネオの集合体と死闘を繰り広げる、ブライミッツ・マーダーの元へ。

城の正門では、絡みつく肉の海が、息を荒げる魔犬を飲もうとしていた。

「グルルルルルル……」

魔犬の抵抗ももはや風前の灯火。

その刹那、光の閃光が、ネオの触手をふきとばした。

―― ゼルレッチ! ナゼココニイル!

「話はあとじゃ。 手を貸すぞ」

ステッキを構え、ゼルレッチは魔犬を肉の海から脱出させた。







最後の決戦が迫る。

それぞれの思いを胸に笑うのは、一体誰か。

脚本をかきつづける神は、だれに笑うのか。

いずれにせよ答えは一つ。

破滅と創造の主。それは神のみぞ知る手なのである。


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