月影后Act.5


メッセージ一覧

1: アラヤ式 (2003/11/26 22:19:00)[mokuseinozio at hotmail.com]

冷酷のなかに宿る邪悪。

ロアは、魔剣アヴェンジャーをアルトルージュの目の前に突きつける。

あの凄まじい癇癪から一転、再びロアは敬語をつかいはじめた。

混沌。

ネロ・カオスは因子を取り込んだいわゆる、物理的な混沌であったが、
 
ロア、この男は八百年転生しつづけた際、代々の性格が混じった精神の混沌となっていた。

結果を述べてしまえば、

初代ロアのポテンシャルをそのまま受け継ぐことのできる器は、やはり存在しなかった。

それでも、この男は計算して動く。 自らの野望を果たすために。

いかなる犠牲がはらわれようと、自分の行く道にとっては些細なこととでもいうように。

「私があなたの願いを叶えるのです。
 あなたが焦がれる月の玉座へすわらせてあげましょう」

「そんなことは不可能よ」 「それがそうでもないのですよ」

ロアは魔剣アヴェンジャーを高らかに掲げた。

刀身に唐草模様のごとくへばりついている、黒鉛色の有機素体が小刻みに蠕動する。

蠕動と同時に素体はするどい突起となり、魔剣の刀身はささくれ立った植物の茎のように変化する。

「オベローンは人類救済のために第六法に挑み、結果敗北しますが様々な研究成果をのこしました。
 その一つがこのサンプルナンバー666、俗称『ネクロス』なのです」

「……それで?
 ホムンクルス一匹程度に、何の力があるというの?
 何よりも効率化を重んじる錬金術師、ズェピア・エルトナム・オベローンが、
 たった一匹の実験動物をつくることに腐心したとは、いささか考えづらいのだけど」

「そのとおり。
 オベローン自身も、このネクロスを生み出すことになるとは予想していなかったのです。
 いわばこの魔剣は、第六法探求の末、偶然に生み出された副産物なのですから」

「……どういうこと?」

「姫君、あなたも体験したでしょう?
 このネクロス真の能力は、対象となったものを『飲』むのですよ」

アルトルージュは思い出した。

城の廊下で、魔剣アヴェンジャーは黒い塊となってアルトルージュを飲み込み、

地獄よりも真っ暗な闇で、彼女の精神を奪いつくそうとした。

「肉体的能力。 精神構造。 霊的因子。
 ネクロスはその高い知性で、対象の有機物・無機物から情報をコピーすることができるのですよ。
 エンハウンスは魔剣の能力を超抜能力と誤解していたようですが、それは取り込んだ結果故のこと。
 この侵食能力は、いわば固有結界のそれに近い。
 神経を接続することによって情報を読み取るエーテライト、その生命体版ともいえるでしょう。
 コピーされたものは体組織の一部となって取り込まれてしまうので、効率的とはいえませんが」

アルトルージュもあと一歩おそければ、アヴェンジャーの餌食になっていたのだ。

「このネクロスの恐るべき点は、取り込む対象の容量限界が、事実上全くないということなのです」

「なんですって? そんなことはありえない!
 この物質世界で容量に際限のないものなど存在しないわ!!」

「フ。 お忘れですか?
 確かに無制限というものは現世ではあり得ません。
 しかし、我々の思案ではおよびもしない容量をもった存在、
 例えばあなたの父上などがいるでしょう?」

「……!!」

「単純な話ですよ。
 受け入れられる器がとてつもなく大きいのです。
 この刀身たかだか二m弱の魔剣には、それだけの恐るべき宇宙が秘められている。
 エルトナム家は、この負の遺産を処理しようと躍起になりました。
その存在も記録もまるでなかったことのように抹消され、
 協会と教会の手の届かぬ、二十七祖第十八位に秘密裏に横流しされました。
 よって今代アトラシアの名を受け継ぐエルトナム直系の子孫は、このホムンクルスの存在すら知りません」

アルトルージュの頬に、冷たい汗が伝う。

なんという業の連鎖。

めぐりめぐって、第三者がロアという悪意を媒体にツケを払わされることになるとは、皮肉なことだ。

「私をとりこむつもりなの?」

「勘違いをなさっては困りますね。
 逆です。
 ネクロスでとりこむのは、この世界に散らばった六つの力ですよ」

「……The dark six!?」

ロアは正解をあてたアルトルージュに、人差し指をさして褒め称えた。

「そのとおりです。
 この世界に散らばった六つの権利。
 その行使権を得たものは、ガイアを構成する因子のどれか一つを操作する権利をもちます。
 たとえば第4の権利 有機流動体に対する相対干渉権利。 これは、あなたが血の契約を交わすときに使いますね
 さて、この六つの権利。 一体いつ、誰が、何の目的で用意したのでしょうか?」

クイズを問う司会者のように、ロアは質問を投げかける。

ただしその問いは、答える者があらかじめ正解を知っていると理解していながらであるが。

「それを私の口から言わせたいわけ? サディスト」

「フフフフフフ。 そうですよ。
 あなたの口から是非お聞きしたい。
 この権利を創造したのは、誰ですか……?」

アルトルージュは押し黙る。

彼女にとって、それを口に出すことは耐えがたい恥辱であった。



「それでは私がお答えしましょう。 正解は、あなたのお父上だ」



ロアは物言わぬ解答者に、屈辱の答えを浴びせた。

アルトルージュは悔しさのあまり、桜色の唇がきつく閉じられ、赤い瞳がさらにその色を増す。

「図星ですね図星ですね!!
 ハハハハハハハハ!!
 あらあら、そんなに目を真っ赤に腫らせて今にも泣きだしそうだ。
あなたを見捨てたお父上の、おこぼれの力で今まで生きてきたのを今さら認めるのはとても御辛いことでしょう。
その打ちひしがれた姿、まことに愛らしい。
 先ほど手を上げてしまったことについては、わたくし、平に陳謝いたします。
 心の底から同情いたしますよ」

「……どこまで最低なの。 あなたって人は」

「黒の姫君の底、みえてしまいましたね!!」

殴られていたほうがまだよかった。 アルトルージュは心底絶望した。

少女の心に土足どころかスパイクを履いたまま上がるロアの泥は、

彼女にわずかに残っていた目の輝きを、完全に奪い去った。

これがいやらしい笑みをうかべるロアの狙いだった。

手のひらで踊る駒は、ロアが圧倒的に支配している。付け入る隙ができた。

「それでは、はじめましょう。
 宇宙最強の生命体、アリストテレスが一つ。
 TYPE・MOON降臨の儀を!!」

悪意は始動する。





大木がマッチ棒のようにはじけ飛び、押し寄せる陸の土石流が巻き起こされる。

爆炎とともに迫る巨大な拳は、ゴーレムの豪腕であった。

その拳は幽霊船団の髑髏兵士をひしゃぎつぶし、圧倒的な力の差を見せつける。

魔城『炎鄭回廊』は、全身に立ちのぼる炎をまとったイフリート。

その温度は800度。赤い炎はせまりくる船団の砲弾も、あっという間に溶かしてしまう。

それだけではない。

ゴーレムの二の腕から六角形の突起が次々と浮きだし、

固有結界を殺す固有結界ネバーモアが全身を覆うように展開され、幽霊船団をとかす。

巨人をまもる、鉄壁の二重防御であった。

幽霊船団を率いるヴラドは、攻めあぐねていた。

「人形師、忌々しい……」

ゴーレムのコクピットに搭乗しているヴァン=フェム。

彼の四方を埋め尽くす機械類レーダー、センサー、油圧系がひしめき、さながら機械仕掛けの城である。

「ヴラド君。 その模型程度で私は倒れんよ。
 口だけの男はビジネスパートナーには向かないな。 もっとも誘う気は毛頭ないが」

「効率論のみを優先し、自分の美学を貫こうともしないあなたの悪癖、それが僕は嫌いなんだよ」

ヴラドは残った幽霊船団をまとめ、縦一直線の陣形をとり、自らが搭乗する旗艦を隊列の真後ろにつけた。

「ヴァン=フェム。
 あなたのやっていることは理解に苦しむ。
 なぜオーテンロッゼに、そこまで媚びへつらう必要があるのかな!!」

隊列は一斉に、ゴーレムの胸部に向かって特攻を開始した。

ヴァン=フェムは迎え撃つ。

「私が『オーテンロッゼ』殿を守らなければ、誰が守るというのだ」

幽霊船団の軍勢は次々と、炎とネバーモアの壁に向かって無謀とも思える攻撃を繰り返す。

だがヴラドの狙いは他にあった。

ネバーモアでは無効化できない、実体弾によるボンバート砲による一斉射撃。

「炎に防がれてしまうのであれば」

巨体とはおもえぬ素早い機動で、ゴーレムは炎の吹き上がる腕で弾く。

地の底から龍が這い出てくるような巨人の振り上げた拳が、直線に並んだ幽霊帆船を殴って破壊する。

ゴーレムは破壊の限り突き進み、ヴラドの乗る旗艦の目前にまでやってきた。

鋼鉄の左拳が迫る刹那、

ゴーレムの腕が、不自然な爆音を立ててひしゃがれた。

コクピットに警報が鳴る。ヴァン=フェムは目の前のモニターに釘付けとなる。

「左腕の油圧系統、壊滅!?」

「……自壊させてしまえばいいのさ。
 その木偶人形は全身が火元だ。 僕が人形に打ち付ける杭は、鉄の塊のみでいい」

ヴラドの狙いは腕の破壊にあった。

砲弾に仕込まれていたのはマグネシウム。実体弾はヴラドがあらかじめゴーレム攻略用に用意していたものだった。

「無策でつっこむ程、僕は愚かではない」

「……なるほど。 だがヴラド君、これは予測できたか?
 ネバーモア有効範囲、周囲二〇〇mに拡大」

隻腕となったゴーレムの全身から、薄紫色の空間が、半球状に広がっていく。

固有結界を滅ぼすドームは、周りを囲んでいた帆船艦隊を、一瞬で壊滅させた。

「……しまった!!」

ドームの展開は早く、ヴラドは避けきることができない。旗艦はネバーモアに飲み込まれた。





「ひどいや」

瓦礫に腰掛けるメレムは、その端麗な顔を真っ赤に腫らして怒っている。

「きちくー。 ひとでなしー。 あんまりだー。 しんじられなーい。
 姫君がとてもかわいそうだと、あなたはおもわないのですかー」

「やめんか。 千年も生きながらえとるくせに気色わるいぞ」

「ひどいよー」

メレムはずっとこんな調子だ。

ゼルレッチが、ロアの討伐には加わらないと明言してから、彼はいたくご立腹であった。

メレムはゼルレッチに淡い期待を抱き、この戦場につれてきた。

目の前の脅威に、サリーちゃんのパパみたいな魔法でパパッと片付けてくれれば、

自分は面倒くさくないし、ナルバレックが地団駄ふんで悔しがるだろうし(※ありえません)、

なにより愛しの姫君が安全を得るためにはそれが一番最良だと、メレムは判断したからだ。

だが、当の老人は『手をださない』という。

メレムは不機嫌MAXだった。

「あんな粘着質ストーカーに狙われている姫君をホッタラカシにしておくの?
 ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい
 あんまりだあんまりだあんまりだあんまりだあんまりだあんまりだあんまりだ
 きちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちくきちく……ッタ!!??」

「いいかげんにせい。 わしは行かんといったら行かん」

さすがにしつこくなったゼルレッチは、メレムの頭をステッキでパチンと叩いた。

メレムは頭を痛そうに抑えるが、それでもまだゼルレッチをにらんでいる。

ゼルレッチは深くため息をつくと、遠くで志貴といっしょにいるアルクェイドを眺めていた。

老人の紅の眼にうつる、アルクェイドは、

「エンハウンスが死ぬ? シエル、うそ、だよね!?」

「先輩、本当なんですか……?」

「事実です。
 魔剣アヴェンジャーが精神束縛から破られ自己意思を取り戻した瞬間、彼の死は決まっていました」

「なんでそんなに平然としていられるのよ!?
 エンハウンスが死んでも平気なの!?」

「……」

あの兵器だったアルクェイドが、顔を青ざめて取り乱している。

「だって、エンハウンス平気な顔してたよ!?
 『殴りこみにいこーぜ』って、私にいってくれたんだよ!?」

「止せ」

シエルにつかみかかろうとするアルクェイドを、遠野志貴が止めている。

「シエル、なんとかいいなさいよ……!
 死ぬなんてうそでしょ!?
 それに魔剣は今、エンハウンスの元から離れているのよ!?
 力の逆流だとしても、今の彼を蝕める道理はないわ!」

「……一度負ったダメージは、回復することができないんです。
 もともと半人半死徒のあの人は、もう再生する力が残っていない。
 どうあがいても避けられません。
 人でも死徒でも、遅かれ早かれ生き物は死ぬんです」

「そんな、そんなのってないよーっ!」

「アルク!」

「志貴は平気なの!?
 エンハウンス死んじゃうのに、志貴は平気なの!?」

「平気なわけないだろっ!!!!」

遠野志貴の叱責で、アルクェイドが縮こまる。

「平気なわけないだろ。
 あいつが死ぬなんて、俺だって想像なんかしたくない……。
 だけど、現に先輩はそういう結果になるっていってるんだ」

「やだよ、そんなの……」

「先輩が一番つらいんだ。 わかってやれよ」

ゼルレッチの目にうつるアルクェイドは、人間のように泣く少女だった。

兵器としてはまったく無駄。 それに振り回される姫君の姿に、

ゼルレッチは感慨深いものを呼び起こさずにはいられない。

あの月の王の娘は、人間に似せて造られた。それは、あくまで似て非なる者。

だがその人間に似た器は、水の如く精神まで人間に似せた。

人間と関わったことで、アルクェイドの新たな可能性が扉をあけている。

「ただ、その扉は自分でこじ開けねばならん。
 人がしゃりしゃりと進み出て、あけてやれるものではないんじゃ。 わかるかメレム?」

「……わかんないよ。 いーだ」

「ばかもの。
 わしがでしゃばればアルクェイドの可能性の芽を、わしは奪ってしまうことになる。
 それでは本末転倒。
 あやつ自身が切り開いていかねば、意味はまったくない」

「例え、それで姫君が苦しむとしても?」

「そうじゃ」

「そんなー。 僕には耐えられない」

メレムは天を仰がんばかりに狼狽する。

「そんな深刻になることねーだろ、フォー・デーモン」

「おいこら君、一体いま姫君が、誰のために麗しい涙をながしていらっしゃるのか、ちゃんと自覚しているんだろうな?」

「え? ……さあ?」

小用を終えたばかりのエンハウンスは、全く見当もつきませんとばかりに首をかしげる。

ブチッ。

メレムはこの能天気ヤサグレに、とてつもなく腹が立った。

額に青筋をうかべる彼の右足から、めっちゃでかい魔獣が現れる。

「わ! なんで鯨だすんだおまえは!?」

「姫君の純粋な心をかきまわしやがって! 君なんか今すぐここで食べてやるぞ!!」

「ふざけんなやめ! うわ、借金必ずいつか返すからやめー!」

エンハウンスは真っ赤な口から涎をたらす肉食性の歯鯨にしばらく追いかけまわされた。

怒ったアルクェイドが、『エンハウンス食べたら、あなたとは未来永劫口きかないわよ!』と脅すことになるまで続き、

息切れしてへたり込むエンハウンスの元に、志貴が神妙な面持ちでやってきた。

「おまえ、死ぬのか?」

「ああ、死ぬ」

動揺のない口調で、エンハウンスは言い切る。

「まったく、何で死ぬっていうのに、そんな落ち着き払っていられるんだよ。 このばか」

「ハッ。 そりゃお互い様だろ?
 大体、死ぬ前にじたばたするのって、すげーカッコわりいだろうが」

「ええ格好しい」

「うっせえよ」

とりとめのないののしり合い。

「男はカッコつけて意地通さなきゃならねえときがある。
 死に場所間違ったら悲惨だからな」

「そうか。
 エンハウンス。
 けじめ、つけてから死ねよ」

「もち」

「俺も手伝う。 ロアともういい加減付き合うのはうんざりだ」

二人の男は、約束をかわした。

それは大雑把ではあったが、二人の約束はかたい。

今もまだ邪悪な花を咲かそうとする無限転生者を葬るために。

「ちょびヒゲ……」

アルクェイドは、今にも崩れてしまいそうな泣き顔。

「私、私、……うぅぅうぅ」

アルクェイドはびえ〜と擬音がでそうなほど泣きだした。

「もし、真祖どもが今のあの娘をみたら、いまごろ腰を抜かしてビックリするところじゃろう。 なあメレ……」

ゼルレッチはメレムに相槌を打とうとしたが、やめた。

少年は涙をながしながら、姫君の泣き顔だけは、ばっちり一眼レフのデジカメで撮影したからである。





ネオは、ロアによって作りだされた死霊の軍団である。

並みの死徒では彼らには歯すら立たない。

ブラックモアの遺産を受け継ぎ、単細胞生物並みの復元能力をもつ彼らに、恐れるものなどは何一つない。

だが、ネオたちはおびえていた。

怒涛に押し寄せる激流の如き、白き魔犬とその背に跨る黒い騎士の特攻に、心底おびえていた。

魔剣ニアダークは、ネバーモアによって普通の剣と何一つかわらないというのに。

次々と防衛線を破られる様に、ネオの統率者は驚愕と恐怖に震える。

「……ばかな。
 たかが死徒二匹に、我々が、何故? 何故追い詰められる!?」

ブライミッツ・マーダーは重戦車のように、立ちはだかる軍勢を弾き飛ばし、

シュトラウトは古代中国の猛将の如く、魔剣をふるいネオたちを一刀にふせる。

「ロア様、我々は、我々は……!」

統率者のいる城正門の本部に、鬼神の騎士が迫る。

激しい憤怒と使命を胸に秘めたシュトラウトの殺気が、統率者を震わす。

「我々は、死徒を超えた死者ではなかったのですかーっ!!」

「貴様らは醜悪の極み。 死ね」

ニアダークの一閃が、統率者を解体する。

光の速度にも匹敵する斬撃がはしり、肉塊となった。

シュトラウトは、城にたどり着いた。魔犬の背中から降りて、城の正門をにらみつける。

アルトルージュは間違いなく、ここに捕縛されている。

シュトラウトの怒りは今、頂点にたっしている。

―― シュトラウト、イケ。

「ブライミッツ殿、あなたは」

―― アレヲミロ。

ブライミッツ・マーダーの眼光にうつるもの。

ばらばらになった肉塊が、寄りあわせって繋ぎあわさり、

支離滅裂なアメーバのように再生している恐るべき光景であった。

「「「「「「「「「「ギャぎゃぎゃぎゃきょぃぃぃぃいぁきぃぃいいいいぃいいいあああああああああ」」」」」」」」」」

手や足やら髪の毛が混じった奇怪な死者は、今まさに巨大な単細胞生物と化している。

―― ワレハヤツヲトメネバナラン。 オマエハハヤクシロヘイケ。

「その体で、あの化け物を止めるというのですか!? 無謀です!!」

―― ギロンシテイルヒマハナイ。 イケ!!

シュトラウトは断腸の思いで正門を切り裂き、城に突入した。

「……ご武運を!」

―― ソレデイイ。

シュトラウトの背中を見送った魔犬は、満足そうにつぶやいた。

四肢をふんばり、身構える。

ネオのアメーバは手とも足とも判別のつかないピンクの肉突起を突き出し、魔犬に迫る。

「「「「「「「「「「おおぉぉぉおお俺たちぃぃいいがああぁぁあああああさささささぃいいいいきょうおおおおおぉお」」」」」」」」」」

シュトラウトは薄暗い廊下をかける。

彼は走った。

アルトルージュの安否、それがなによりも気がかりであった。

シュトラウトは廊下に、入り口があることに気づいた。

彼はそこを覗き込む。

深い地下の螺旋階段が、地の底へつづく牢獄のようにあった。

シュトラウトは身の毛もよだつ悪寒におそわれた。

直感でわかる。

よからぬことは、間違いなくここでおこなわれている。

階段の行き着いた先は、鋼鉄の扉がそびえたっていた。シュトラウトは魔剣を構え一呼吸おくと、突入する。

真っ白い線で、六芒星の描かれている部屋の中心部に、黒い肉塊があった。

シュトラウトはゆっくりと近づく。その塊は、魔法陣の中心から根をはるようにくっついていた。

「これは、片刃の魔剣……!?」

「エンハウンスなら、私が切り裂いてやったよ」

部屋の奥から、白いマントを羽織った魔術師が姿を現す。

「ようこそ。 シュトラウト、おまえはこの舞台最初の客だ」

シュトラウトは、オーテンロッゼとは似ても似つかない男の風貌に動揺した。

ロアは指を軽く鳴らした。

黒い肉塊の中心に裂け目ができた。中心から異様なオーラを放ち、

真っ黒い長めのドレスをまとい、地に届きそうなつややかな黒髪の女が肉を割ってでてきた。

シュトラウトは事を理解するのに時間がかかった。

認めたくなかった。

「……貴様、姫様に何をしたぁ!!」

「ネクロスを媒体に吸血衝動を増幅させただけさ。
 『自分に素直になりなさい』 『がんばれなどとはいわない』 『あなたはあなたのままでいい』
 一般的なカウンセリングと何一つ変わることはやっていない。
 アルトルージュの中に内在する月の王を、まだ半分覚醒しただけだよ」

「なんということを……。 おのれ!!」

アルトルージュの髪は、真っ黒に染まっていた。

彼女の精神も同様、闇に染められていた。

アルトルージュの双眸は金に染まり、まさにそれは『魔王』にちかい。

シュトラウトは、魔剣を収めた。

「……姫様に刃を向けることだけは、絶対にできません」

騎士はアルトルージュとの戦いを拒否する。ロアは手を叩いて笑った。

「ハハハハハ! よい忠誠心だねシュトラウト。
 君の気概、いやはや大したものだ。
 アルトルージュの手にかかるのなら、おまえも本望だろう」

アルトルージュは直立不動のシュトラウトに向かって、ゆっくりと左手をかざした。

蒼い閃光、黒き姫君の無機質な殺意が迫る。


記事一覧へ戻る(I)