月影后Act.3


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1: アラヤ式 (2003/10/25 19:56:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

白マントを羽織る男。

ついさっきまで、老人の皮をかぶっていた男は、正体を自ら暴いた。

長髪の、ロック歌手のような風貌をした青年。ひどく陰鬱なオーラを発する魔術師。

「どうして、なんであんたが!!」

「姫君、ご機嫌麗しいようでなにより」

「ふざけないでよ。 ロア!!」

悪夢。

それは終わったはずの悪夢。

志貴が葬ったはずの悪夢は、闇に包まれた実験室に再び蘇った。

アルクェイドにとって男の存在は全てのはじまり。

志貴を手にかけようとした、悪の権化。

エンハウンスの拳が、ぎちぎちと音を立てる。

少女を残虐な吸血鬼に変えた、邪な魂。

敵は、白翼公にあらず。

真の敵は、教会・協会問わず悪名をとどろかす転生無限者。

「てめえがシエルにやりたくもねえ人殺しを、無理やりさせたクソか。 はじめましてだな」

エンハウンスは正体をあらわした敵に挨拶をする。

対するロアは、アルクェイドに向けていた狂喜の眼差しを、わずらわしそうにエンハウンスに切り替えた。

「顔をあわすのは初めてだったなエンハウンス。 エレイシアにかわりはないか?」

「ああ、元気だったぜ。 てめえがあいつの体を乗っ取るまではなぁ!!」

聖葬法典を雷の速さで抜いたエンハウンスは、迷うことなく銃口をロアに向けた。

炸裂する教義の散弾。

対するロアは呪文を詠唱し、彼のまえに魔術による電撃の障壁があらわれた。聖葬法典の銃撃を通さない。

「そう急くな半人半死徒。 私の口上に付き合ってもらおう」

ロアは白い肌に真っ白い歯をみせ、冷たく笑う。

アルクェイドにはその姿が、どんな醜悪な死徒よりも寒々とさせられた。

「あんたは志貴に消滅させられたはずよ! それなのに、どうしてまだ現世にいるのよ!」

「姫君。 私は自分自身に保険をかけていたのですよ」

ロアのわざとらしい紳士的な言葉遣いは、アルクェイドをさらに不快にさせる。

「私の得意分野である魂魄汚染は、エレイシア、シキだけにあらず、
白翼公トラフィム・オーテンロッゼにも波及させていたのです」

「なんですって……!?」

「無論、一筋縄でとはいきませんが、徐々に少しずつ侵食していけば、そう難いことではありませんでした」

衝撃の事実。

オーテンロッゼは、ロアに取って代わられていた。

エンハウンスは思い出す。あのときの、ヴァン=フェムの危惧は正しかった。

アルクェイドは脱力したように膝をつく。さっきまで殺気立っていた彼女は、まったく別人のように力を失っている。

無理もない。

やっと、永遠の殺し合いのイタチゴッコから開放されたはずなのに、ロアはまさに蛇のような執拗さで復活したのだから。

「月飲みを放ったのは、あんたなの?」

「あの鴉ですか。 ネオを作る際のデータ標本として、役に立ちましたよ。
彼に魔術を授けて、『鵬』降臨の儀をとりおこなったのも、この私」

「水魔を脅してけしかけたのも、あんたなのね」

「友情ごっこに興じている酔っ払いは利用しやすかったですよ。 まあ、大して役にはたちませんでしたが。
どうもあの女は、感情に流されすぎる節がある」

「あんたは……」

アルクェイドの爪が、どうしようもない怒りで手の甲に食い込む。

取り込んだ白翼公の地位を上手く利用して、埋葬機関との折り合いもつける巧妙さ。

すべて、図っていたのだ。

ロアとの付き合いが嫌でも長いアルクェイドは、容易に想像できた。

「私の掌で踊っていたわけですよ。 皆、なかよく手をつないで」

すべては地獄から蘇った魔物、輪廻の蛇ウロボロスの陰謀であった。

「……あんたってやつは、あんたってやつはほんとに最低よっ!
どうしてそこまで最低になれるの!?
いつの時代も、あんたは転生するたびに周りを巻き込んで何もかも利用してきた!
一体いつまで大事なものを奪い尽くせば気が済むのよ!」

慟哭に近いアルクェイドの叫び。体を震わせ、目の前の死徒に恫喝を浴びせた。

ロアは怒りにかられる彼女にむかって、頬をゆがめて笑う。

彼女が怒る様相を、楽しんでいるかのように。

「姫君。 あなたは美しい」

ゆっくりとした動作で、ロアは手を彼女の前に差し出した。

「私は志貴に死点をつかれたとき、悟ったことがありました。
自らが消されるという初めて味わう地獄。
そのとき、私はいくら転生しても得ることのできなかった、根本の事実にたどりついたのです」

「何を、いっているの?」

言葉をゆっくりと飲み込むロアの様子に、エンハウンスは最悪の予感を覚える。

「……やめろ! それ以上うす汚い口たたくんじゃねえっ!」

ロアの顔が、醜く歪んだ。



「私は姫君を、愛していたのですよ」



アルクェイドの精神が、音をたてて崩れる。

世界で一番横暴な、愛の告白であった。

エンハウンスは体が怒りに震えていた。

ふざけている。

なんて一方的で、なんて傲慢で、なんて独り善がりの告白なのか。こんなことがあっていいのか。

アルクェイドの崩れる様があまりに痛々しい。ロアは彼女の様子に構うことがない。

それどころか、彼は額に手をつけて笑い、堪えきれない喜びに満ち溢れていた。

「フフフフフフフ。 姫君、背筋が震えるほど美しいですね。
朱い月の受肉でしかないあなたが、人間のように悲しみ崩れ落ちる。
なんと不条理で無駄なことを。 あなたのような完成体が何故そんなことをするのか。
現世は私の叡智をもってしても、不思議に満ち溢れすぎている」

「……いや」

「私はこの不条理を探求したい。
あなたが苦しむ様をもっとみたいのですよ。
ああ、なんて不可思議な虚無。
これが『嬉しい』という感情か。 今まで自我がうすれていたために忘れていた感情だ!
姫君、あなたを愛しています!」

「……いや、いやぁ! 気持ち悪いよーっ!」

耐え切れなくなったアルクェイドは、耳をおさえてしゃがみこむ。

ロアは狂っていた。邪な愛を押し付ける狂人。彼女は、完全に心を砕かれた。

性質の悪いことにロアは自覚してやっている。アルクェイドに嫌悪されるのを自覚して狂っている。

恐怖にふるえるアルクェイドをさらに地獄に叩き落す。それが自分の愛とでもいうかのように。

正気で内包される狂気は、なによりもおぞましい。

「エキサイトするのも大概にしとけよ。 このガイキチが」

うんざりしきってグウの音もでないほど、エンハウンスは辟易していた。

目の前の死徒は、醜悪などという言葉では片付けられない敵だ。

「おまえの御託はもういい。 まったく聞きたくねえ。 耳が腐る。
嫌がって泣く女をいたぶって楽しいか? ふざけろストーカー。
無限地獄に片道切符で、送り返してやるぜ」

巨大な剣が黒光りする。エンハウンスは魔剣を抜くと、すぐさま両手持ちでかまえた。

相棒の恋人を、これ以上狂人のさらし者にはできない。

「フ。 エンハウンス、おまえは何もわかっていない」

ロアは、軽く手招きのような仕草をした。。

エンハウンスの握っている魔剣アヴェンジャーの刀身が、小刻みに震えだす。

「おい、どうした!?」

エンハウンスは驚いた。

魔剣が自分のいうことを聞かない。いくら力で制御しようとしても、アヴェンジャーは自らの刀身を震わすばかりで、

なんの攻撃態勢もとろうとしない。完全に有機素体の活動が硬直し、停止している。彼が魔剣を使役して半世紀、こんなことは初めてだった



ロアは、予測していたように笑っている。

「『ネクロス』、我が元ヘこい」

ロアの誘いに呼応するように、魔剣はエンハウンスの手を勝手に離れ、独自に四速歩行形態の変化をとげた。

六つの目をもつ狐。

だが、いつもの助平で卑猥な目つきではなかった。瞳孔の焦点が全くあっていない。

狐はそのまま、何かに取り憑かれたように、ロアの元へ走り去ってしまった。

我に返ったアルクェイドは、魔剣の反乱に驚く。

「エンハウンスの制御が解けている!? アヴェジ、あんた何やってるのよ!?」

気がつけば、エンハウンスが握っているはずの魔剣アヴェンジャーが、ロアの右手にあるではないか。

ロアは右手に魔剣を握りしめ一振りすると、得意げに構える。

「オベローンの気まぐれによって生まれた魔剣よ。 私の謀に付き合ってもらおう」

魔剣の有機素体が蠕動し、無機質な殺意が増幅する。

エンハウンスが使役している時とは段違いの禍々しいオーラを放ち、真っ直ぐな幅広い刀身に複数の突起がうきでている。

それが魔剣本来の姿であるかのように。

真の所有者が、ミハイル・ロア・バルダムヨォンとでもいうように。

「姫君。 私からの贈り物、どうぞ受け取ってください」

ロアは卑屈な笑みを浮かべると、後ろに魔剣を振りかぶった。

エンハウンスのコピーのように、鞭のごとく唸る大剣の切っ先は枝分かれしていく。

敵をなます斬るために特化した刃は、実験器具や製造途中のネオをお構いなしに部屋中の物体を粉みじんにして突き進んだ。

標的は、まだ腰が抜けているアルクェイド。

「危ねえ!!」

アルクェイドに迫る刃の嵐にむかって、エンハウンスは飛び出す。

切り裂かれるオーバーコート、

エンハウンスは背中に刃を喰らう瞬間、ささやきかけるようなロアの言葉を聞いた。

―― そうそう。

―― ブラックモアにおまえの故郷を襲わせたのは、私だ。

―― 奴は儀式の直後で血に飢えていてね、『手頃な集落を襲え』と勧めたんだよ。私が。

―― 運がわるいというのも因果だな。 さようなら復讐騎。









「ひどい道になってきましたね。 これじゃ進めませんよ」

「先輩、走っていこう」

ぬかるみにはまったリムジンを乗り捨て、シエルと志貴は徒歩による移動を選んだ。

彼らはすでに、己の得物を用意していた。

シエルは巨大なパイルバンカーを背負い、超人的な足腰で森を駆ける。

志貴は彼女のスピードに遅れまいと、必死でついていった。

「アルクェイドなら、大丈夫ですよ」

心配でたまらない志貴の顔を伺うシエルは、笑顔で励ます。

付き合いの長い後輩だ。顔色ひとつで考えていることがわかってしまうらしい。

「ありがとう。
先輩も、エンハウンスが心配でたまらないんだよな」

「え? ち、ちがいますよ! 誰があんな吸血貧乏人と」

「……たく、ここまできて隠さなくたっていいじゃないか。 ホントは、あいつのこと好きなんだろ?」

シエルは顔を真っ赤にしていた。

「やっぱり。 エンハウンスもまんざらじゃなさそうだし、いいコンビだと思うよ。 俺は」

耳まで真っ赤になり、シエルは恥ずかしがっていた。

第七聖典の守護精霊セブンが、『マスターは暴力のかたまりですけどウブですからね〜』とかいうと、

聖典本体を岩にガンガン叩きつける音が木霊して、泣き叫ぶ精霊の断末魔が聞こえたが、

関わりあうととても怖いので、志貴は黙りながら走った。

仕置きが終わったシエルは、しばらくは笑みをうかべていたが、なにかを思い出したかのように、急に表情を曇らせる。

「トオノくん、実は私、あなたに隠し事しているんです」

彼女が、深刻な表情を見せている。

「あのヤサグレから『絶対いうな。 言ったらグレる』とかいって、口止めされてたんですけど」

シエルがそう言いかけた瞬間、

目の前に、鋭く目を射抜くような光が輝いた。

急に視界を遮られた二人は目をかばい、動くことができない。

光がやみ、彼らがようやく目を開けられたとき、

二人は信じられないものを目撃する。

「……どうして私を庇ったのよ!? 私なら、私の復元能力なら大丈夫だったのに!」

「……俺の得物で……人様に傷をつけられたら……たまらねえだろ……」

「やだ、しっかりしてよ! 死んじゃやだー!」

目の前にあらわれたのは、

泣き叫ぶアルクェイドが、血だらけで息も絶え絶えのエンハウンスを抱きかかえていた様相だった。

シエルの顔から血の気が一気にひいた。地面に赤黒い海ができるほどの出血量。

アルクェイドは散々泣きはらし、呆然としている志貴とシエルがいることにやっと気がついた。

「シエル!? ごめん、ごめん! 私のせいで……」

「いいからあなたはどきなさい! 治療の邪魔です!」

シエルはアルクェイドを乱暴に突き飛ばし、エンハウンスの容態を確認する。

「全身に深さ10cmの裂傷多数、肝臓も破裂。 ひどすぎます……」

一方志貴は、嗚咽をもらしているアルクェイドの肩をつかみ、強引に揺らした。

「アルクェイド! 一体何があったんだ、教えてくれよ!」

完全に取り乱しているアルクェイドに問い詰めたところで、正確な答えが得られるとは思えなかったが、

この状況を知りうるのは彼女しかいないのだ。

アルクェイドはひどく錯乱していて、唇まで真っ青だった。

「……志貴、あいつが、生きて」

「あいつって誰だよ!」

「あいつ……いやぁ!」

「落ち着けよ! いったい何があったんだ!?」

「ロアが、生きていたの……」

治療術式の陣を描くシエルの顔が、凍った。志貴はアルクェイドのいったことが信じられなかった。

ロアは、消滅したはずではなかったのか?

アルクェイドは自らも落ち着きをとりもどそうと呼吸を必死でととのえて、言葉をひとつひとつ搾り出す。

「推測でしかないけど、ロアはシエルを乗っ取っていたころから、オーテンロッゼにも目をつけていたのよ……。
形式上でも、古狸の発言力と権力は、ロアにとって好条件だったはずだよ。
転生の折、魂魄を分離してオーテンロッゼにも振り分けて、日本での転生体が志貴に滅せられたから、機会をみて発現させた。
私がみたかぎりでは、もう、オーテンロッゼ自体の意識は消滅している……」

シエルの拳が震える。

なんという悪知恵の働く男なのか。まさに、悪魔だ。

だが、今はエンハウンスの治療に専念しなければならない。一刻を争う容態なのだ。

シエルは彼のボロボロに切り裂かれたコートを脱がせ、傷口を確認する。

エンハウンスの口元からは、血の泡が漏れている。

「……シエル……」

「エンハウンス、しゃべってはいけません!」

「……あの野郎……あいつが……あいつが俺の家族を……」

「しゃべってはだめです! 本当に死にますよ!」

「……許さねえ……」

「エンハウンス!」

「……シエル……野郎は……必ず……殺してやるぞ……必ず……」

「しゃべるなっていっているでしょう! どうして、なんで黙ってくれないんですか……!」

エンハウンスは虫の息だったが、魔眼の光りが昔の復讐者にもどっていたのが、シエルにはわかった。

志貴は朦朧としているエンハウンスに、必死で呼びかける。

「おい、死ぬなよ。 おまえがなんで、先に死ぬわけないだろ!?
だって吸血鬼だろ、おまえは!」

「……俺は、その出来損ないだ……いわれるのは大嫌いだけどな……」

志貴は眼鏡をはずさない。なぜなら、みてしまうかもしれない。

エンハウンスに巣食いはじめる、『死』を。

彼の脈が徐々に弱々しくなり、シエルの顔に焦燥が広がっていた。

傷が深すぎる上数が多く、開いている傷口がみるみる壊死していく。

「ちょびヒゲの生命反応が弱まってるよ! おねがい、なんとかして!」

アルクェイドは自責の念にかられ、シエルに涙ながらにすがりついた。

「静かにしてください! 気が散ります!」

エンハウンスはもうしゃべることもできす、目の瞳孔が開きかけている。

そのうち、心臓が止まってしまった。

シエルは必死に冷静を維持し、傷の治療を後にして、心臓の蘇生マッサージをはじめた。

両手をあてて、短い間隔で彼の胸を押しつづける。

だが、エンハウンスは口から血を吐きつづけるだけで、なんの反応も示さない。

「動いてください! どうして動いてくれないんですか!」

悲痛な叫びをはき、それでもシエルはマッサージを続ける。

一部始終をみていた志貴は、七つ夜の刀身をだした。

「志貴、何をするの!?」

「こいつのなかで溜まっている、血を『殺』す」

「エンハウンスは死徒よ! そんなことしたら死んじゃうわ! 志貴だって無事じゃ」

「肺のなかに血が溜まってるんだ。 それを全部取り除かないと助からないぞ」

志貴は、彼がさっきから血を泡とともに吐き流しつづけているのに注目した。

彼が胸にうけた裂傷のせいで、肺のなかに血が流れ込み固まっているのだ。

呼吸ができなければ心臓マッサージも無意味。かといって血を一から抜いている暇はない。

肺に溜まった血を、一気に消滅させる他はない。

「先輩はマッサージを続けて。 アルクェイド、エンハウンスの頭をもって気道を確保してくれ」

シエルとアルクェイドは素直に志貴の指示に従った。

志貴は、眼鏡をとる。

エンハウンスに拡がる『死』の『線』は、右肺から気管支にかけて覆い尽くすように拡がっていた。

呼吸を阻害しているのはあくまでエンハウンス自身の血液であり、血溜まりと循環している血液を見分けないと、逆に彼の命を奪ってしまう。

「毒じゃないから、血を殺しただけで助かるかどうかはわからないけど」

志貴は覚悟を決め、短刀をかかげる。

「やるしかないだろ」

エンハウンスの胸に、刃が深々と突き刺さる。

『点』をつかれた血液は消滅し、酸素を取り込むのを阻害されていた肺胞は、その機能を回復させる。

志貴は激しい頭痛に襲われ、すぐに眼鏡をかけ直す。神経が焼ききれる寸前であった。

呼吸は確保できた。あとは心臓の鼓動が再び復活するかどうか。

「エンハウンス、あなた男でしょう!? 少しは根性みせなさいっ!」 「ちょびヒゲ、お願い起きてーっ!」

シエルの手に力が篭り、マッサージは根気よく続けられた。

アルクェイドはエンハウンスの顎を持ち上げ、人工呼吸を開始する。

繰り返しおこなわれる救命措置のなか、志貴は頭をおさえながらみていた。

エンハウンスの手が一瞬、ピクっと動く。

アルクェイドが唇を離した瞬間

エンハウンスは苦しそうに咳き込み、息を吹き返した。

「……三途の川に、河馬がいた……」

能天気な台詞で、彼は目を覚ました。

「なにボケたこといってんだよ、大バカ野郎」

志貴は安堵と急激な疲れが一気にきて、へたりこむ。

「よかったぁ……!」

アルクェイドは生還したエンハウンスに抱きついて、泣きじゃくった。

エンハウンスは強力な力で抱きつかれてとても苦しそうだったが、彼女の胸が柔らかいのか血だらけの面が超にやけている。

少しお怒り気味のシエルが、すがりつくアルクェイドを引き剥がした。

「バカ猫、いい加減離れなさい。 まったく手間をかけさせてくれましたね」

エンハウンスは血だらけの顔で、苦笑いをうかべている。

「ところで、なんでおまえらがいるんだ?」

「何をいってるんですか? あなたたちが私たちの前に突然現れたんでしょう?
大方、アルクェイドが連れてきたんでしょうが」

「え? 私、そんなことしてないわよ? する暇もなかったし」

「ちょっと待て。どういうことだよ?」

アルクェイドとエンハウンスを、包んで出現させた光。

その場にいた全員が、その不可思議な現象があったことをやっと思い出した。

その光のおかげで、アルクェイドとエンハウンスはロアから逃れることができたという事実。

それは一体、何を意味しているのか。








「これが、あなたの答えですか……!?」

「アルトルージュ様はもらっていくよ。 わるいなシュトラウト君」

「こんなにも腹立たしいのは初めてだよ。 君はトチ狂ってしまったのかな?」

「生憎、私は正気だよヴラド君。 目が冴えてしかたがないくらいだ」

事態は風雲急をつげていた。

幽霊船団が、燃える。

帆がバラバラと砕け、艦隊は壊滅寸前、ヴラドは敵を睨みつけていた。

敵は、聳え立つ巨人。

無機質な岩盤でかためられた機動人形。 巨躯の腕・足から真っ赤な炎が火山のように吹き出ている。

ヴァン=フェムが誇る七大ゴーレムが一つ、『炎鄭廻廊』。

火の属性をあたえられし機械工学の叡智を結集した人形は、その足を踏み出せば大地を焼き、その手をかかげれば空を焦がす。

人形師の操る巨人は、アルトルージュの城に侵攻し、ゴーレムの左手には気を失っているアルトルージュが捕縛されていた。

ヴァン=フェムはゴーレム内部で直接、巨人を操縦している。ヴラドの乗る旗艦は、一斉にゴーレムへむけて砲撃を開始した。

だが砲弾は、巨人の身を包み込む灼熱の炎によって、すべてとかされてしまう。

―― ヴラド、セッキンシロ! ワレガアノゴーレムノドウリョクブヲハイジョスル!
シュトラウト、ヒメサマヲカイホウシロ!

ブライミッツ・マーダ―は旗艦から飛び出し、ゴーレムの胸部に突っ込んだ。吹き上げる炎が、魔犬の体を焼く。

「前と同じく考えてもらっては困るな。 失敗を生かして更に最高のモノを創造する。 それが人形師だ」

ゴーレムが鈍重な右腕をあげると、二の腕に六角形の突起が次々と現れ、薄紫色の空間が巨人の体を覆う。

ヴラドは目を疑った。なぜならそれは、固有結界ネバーモアなのだから。

ネバーモアの効果によって、ブライミッツ・マーダ―の復元呪詛が阻害される。

だが、魔犬は自らの身が炎に包まれても、ゴーレムの分厚い装甲を阿修羅の如く砕きつづけた。

鬼神の白き魔犬の姿に、ヴァン=フェムは恐れを感じずにはいられない。

「それ以上、我がゴーレムに取り付けば、あなたとて灰と化しますよ」

―― ハナサン

「おやめください」

―― キサマニアルトルージュサマハ、ワタサン

「何故、そこまでするのですか」

―― コレイジョウ、ワカゾウニ『フガイネエ』トワラワレタクナイ。
シュトラウト! ヴラド! ヒメサマヲスクエ!!

魔犬の覚悟。

燃え盛る炎に魔犬の真っ白な体毛は燃え、確実に肉は焼かれていく。

ブライミッツは内部の動力炉をみつけると、強靭な前足の爪で一気に破壊した。

動力を破壊されたゴーレムは爆炎を吐くとともに、駆動が止まった。

「……だが甘い。 私はリスクを常に考えている」

ヴァン=フェムは背部にある予備動力炉を起動させた。ゴーレムのエンジンは、一つではなかったのだ。


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