月影后Act.2


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1: アラヤ式 (2003/10/21 19:11:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「おいていけぼりかよ……」

志貴は、アルクェイドにおいていかれた。

自分は、なんという間抜け。スミレと戦った時もそうだった。不甲斐無さも、ここまでくれば笑えてしまう。

だが、笑っている場合じゃない。

「トオノくん。 あーぱーを捕まえたらどうしますか?」

「ひっぱたくっ!」

「エンハウンスは?」

「ぶん殴るっ!!」

志貴は、アルトの城からかっぱらったリムジンの助手席にいた。

運転手はカソック姿のシエルだ。聖職者が盗難というのはイロイロまずいとおもうが、緊急事態の上やむを得ない。

流れる景色には目もくれず、志貴は怒りに身を焦がされている。

まさか、最後の最後で裏切られるとは。

眼鏡を怪しく光らせ、シエルも額に青筋を浮かべている。

「そうですね。
アーパーとヤサグレは二人まとめてふん縛って樽の中に押し込んで、黒鍵危機一髪の刑に処してやりましょう。
そうでもしないと気がすみませんよ! あのフライング吸血鬼どもは!!」

「先輩、それはやりすぎ……おわわわわわ!」

シエルがアクセルを吹かすと、体中にシートベルトが食い込む志貴はすごいGを感じた。

山道を駆けるシエルのドライビングテクニックはかなり一線級で、公道レーサーもびっくりのドリフトをかます。

心なしか、シエルの顔が二次元になっている。

彼らが目指すのは、ドイツ国境付近の森にある、オーテンロッゼの居城。

車内には、テロリスト並の重火器、弾薬、聖水が所狭しと搭載されている。

「トオノくん、アルトルージュさんたちに、このことを知らせなくてもいいんですか?」

「いや、それはできないよ」

志貴はアルクェイドたちの独走を、アルトルージュたちには伏せていた。

もし口外すれば、アルトルージュは総力をあげて駆けつけるには違いない。

だが、それが意味するのはオーテンロッゼとアルトルージュの総力戦という、最悪の結果になる。

二大吸血鬼の戦争が、おびただしい犠牲者を出すのは火をみるよりも明らかだ。

それだけは、避けねばならない。

「まあ、私たちもそういう意味ではアルトルージュさんたちを裏切っています。
アルクェイドたちと同罪ですかね」

「それとこれとは話が別だよ。エンハウンスの奴、どうして俺に言ってくれなかったんだよ」

「あのヤサグレも、ばか男ですから。
後先なんて考えてないんですよ……」

シエルはハンドルをにぎりながら、静かに呟いた。

いぶかる志貴も心の奥底では、少しはエンハウンスの気持ちもわかっていた。

あの死徒相手のケンカ好きは、言葉より体が先に動いてしまうタイプだ。アルクェイドもまた同じ。

バカが二人も揃えば、やることは予想すらできない、とんでもないことに決まっている。

オーテンロッゼが気に入らないから、ぶっ飛ばしにいったに違いない。

バカ野郎。

死ぬなよ。








志貴の予測は、当たっていた。

ただ、彼はまだ見逃している本質があることに気付いていない。

シエルは、何も語らない。







城門が、十文字の断裂を描いて破砕される。

城内の赤いカーペットにまきちるレンガの破片は、

全身から狩人のオーラをたちのぼらせている白き姫と、

白煙をあげる二丁の大型拳銃をかまえた赤き魔人、侵攻のファンファーレであった。

迫る脅威を迎え撃つネオたちは、細長い廊下にそって、縦一直線に並ぶ陣形をとった。

ネオの体を、薄紫半透明の真球が包む。

固有結界ネバーモアに守られている彼らに、焦燥の色は無い。

不敵な死者たちを見据えるアルクェイドの瞳が、輝かしい黄金に染まった。

跋扈する敵のまえに、鉤爪を発現させ、彼女は久々に処刑人にもどる。

「ちょびヒゲ、あいつらに突っ込むよ」

「おうよ」

白い閃光が走った。

残像をのこすほど鋭いスタートダッシュをみせたアルクェイドは、あっという間に前衛の死者たちをバラバラにした。

エンハウンスは彼女が狩り損ねたネオを正確な射撃で撃滅しつつ、彼女のあとを追う。

ネオは次々と押し出される大砲のように、有象無象に襲い掛かる。

一体のネオがアルクェイドの繰り出した右の鉤爪をよけて、彼女の脇腹に喰らいつこうとする。

犬歯がアルクェイドの体を引き裂く直前、照準をさだめたデザートイーグルの咆哮がネオの頭を破裂させた。

「ありがと! 脇腹に噛み付かれるのはもうごめんだからね」

「安い御用さ」

次々と迫るネオの攻撃をアルクェイドは紙一重で避け、近距離の死者を撃滅する。

彼女の鉤爪が補えない距離は、エンハウンスの銃撃が巧みに補助し、ネオの数を瞬く間に減らしていく。

二人は本格的に共闘するのが初めてとはおもえないほど、華麗なコンビネーションをみせていた。

白き姫と赤き魔人のおりなす死のカーニバル。

血飛沫のなか、エンハウンスの背中にさしてあるアヴェンジャーの柄が、六つの目をもつ狐の頭部に変化した。

「ゲキャキャ! ご主人様、右斜め天井裏にもイ○ポが三匹張りついてるぜ〜っ!!」

「わかってらぁ」

アヴェジが警告した通り、天井に張り付いて上から襲い掛かろうとした三体のネオは、

左手のデザートイーグルの餌食となり、肉骨の粉となって舞い散った。

「へぇ、アヴェジってけっこう役に立つんだね」 「たまにはな」

「キャキャ! 僕ちんに惚れたかメス!? だったらおまえのスイカ乳吸わせろ〜!!」

「寝言は寝てからいいなさいよ」

誉めたらすぐにいきがるセクハラ魔剣をシカトして、アルクェイドは廊下にひしめくネオたちを掻き分け突き進む。

速い。

敵の五体をバラバラにしながら突き進むアルクェイドの俊敏さは、驚天動地。

死徒であるエンハウンスの想像を超えるほど速く、正確で、美しかった。

稲妻のような疾走の最中に繰り出される鉤爪の斬撃は、ネオの頭部か心臓部を確実に切り裂いた。

本物の,超越種の運動能力。

ネオたちの表情は余裕から一転、恐怖と驚愕に染まった。

白翼公からの報告では、真祖アルクェイドは吸血衝動の押さえ込みで弱体化しているはずだ。

スミレ戦で、アルクェイドは手も足も出なかったのが何よりの証拠のはず。

なのに、なぜ、

「遅いわ」

一直線に特攻をかけたネオは、左足を踏み込んで咄嗟に全身を反転させたアルクェイドの右回し蹴りで、前頭部から脳漿を撒き散らした。

アルクェイドは回し蹴りのスピードをそのままに、遊ばせていた右手の鉤爪を織り交ぜ、後ろのネオ三体の足を、横切り三パーツに分ける。

あっという間に両足を失ったネオたちは驚いているヒマもなく、アルクェイドの左手の突きで三つの頭をまるごとつらぬかれた。

脳漿がとびちってできた霧が、白いハイネックをよごす。

三つの屍を、着物のすそのように纏わせるアルクェイドは、怯むネオたちにむかって、

笑った。

本当に可笑しそうに笑った。狂喜にまかせて笑った。

笑って、腕に纏わりついていた屍の束を、怯えるネオたちの群に放り込んだ。

「……真祖、か」

血にまみれた彼女のショーは、エンハウンスに、いつかみた光景をフラッシュバックさせていた。

彼の記憶から浮かんだのは、ヨーロッパ東部戦線。

当時、教会をてこずらせていた第二階位級死徒討伐に駆りだされたのは、

最強の兵器、アルクェイド・ブリュンスタッド。

美しい長い金髪をたなびかせ、戦場に似つかわしくない美貌の姫は、一瞬で難敵を葬り去った。

その光景が再び、彼の眼前でくりひろげられていた。

魔剣アヴェジは、アルクェイドの戦闘を六つの眼で事細かに凝視し、細長い舌をなめずりながらいやらしく笑っている。

「なあご主人様、あの真祖のメス、『飲』みてえなぁ……」

「黙れ家畜。 んなことしやがったら叩き折るぞ」

「キャキャ、強いメスほど犯しがいがあるってもんじゃヘブハッ!!」

デザートイーグルの銃身が、裏拳の要領でアヴェジの顎を砕いた。

「だが姫君、この腐れ死者どもは、ちっとばかし毛色が違うぜ」

アルクェイドがバラバラにした屍の傷口から、桜色の肉隗がなまこのように蠕動し、彼女の周りを取り囲むように、お互いを連結しはじめる。

手と足が重なって大きな足を形成し、脳の欠片は目玉をつくる支離滅裂な再生プロセスは、

ネオのもう一つの武装。死徒を凌駕する強化された復元呪詛であった。

耳をふんだんに散りばめた腕が、粉々の骨を軋ませる音をたてアルクェイドを包囲するように迫るが、

異形の手は、エンハウンスの放ったデザートイーグルの弾雨によってバラバラになった。

もともと原形をとどめていない手は弾痕から白煙をあげ、もがき苦しむかのように暴れだす。

エンハウンスは弾丸の嵐をあびせて肉隗を破壊しながらネオの包囲網に突っ込み、アルクェイドと背中合わせで合流すると、空になったマガ

ジンを抜き、弾丸を装填した。

彼の顔に、焦燥の色があらわれている。

「やはり聖水ぶっかけただけの弾丸じゃ、やつらの復元呪詛を遅らせることはできても根絶はできねえ。
このままだと、どうにもジリ貧だ」

彼らの復元呪詛を無効化するには、概念武装・聖葬法典が一番効果的であることをエンハウンスはわかっていた。

だが、今は使えない。

本丸のオーテンロッゼを落とすためのとっておきを、ここで使うわけにはいかない。

肉隗にまみれた死者たちは、自らの持つ強力な復元呪詛に自信をつけたのか、再び士気を高揚させ、

群体で一斉に、アルクェイドたちに飛び掛った。

「ちょびヒゲ、ココぜったい動いちゃダメよ!」

「は?」

ネオを迎え撃とうとしたエンハウンスに、背後の姫から号令がかかった。

天井に、亀裂が走る。

境目の壁と綺麗に切り離され、巨大な長四角が猛烈な勢いで落下した。

重力にひかれた天井は、下にいた化物どもを空気とともに全て押しつぶした。

ただ二人、アルクェイドとエンハウンスを除いて。

彼らのいた場所だけは、天井にちょうどよく丸い穴があいており、彼らだけは圧殺を免れた。

彼女の空想具現化は、天井を即興の釣り天井として利用したのだ。

さすがのネオも、外の空気に全く触れられない押し花にされてしまった状況で、再生は不可能。

斬○剣で斬られたかのような天井の丸い斬り口に、しばらく呆けていたエンハウンスはタイムラグをおいて度肝を抜かれる。

「姫君。 これも、あんたの計算のうちか?」

「ふっふ〜ん、最近ケチついてばっかりだったけど、やるでしょ?」

「ああ、マジですげえ」

猫耳をはやしてVサインをかかげるアルクェイドは、久しぶりの活躍に誇らしげであった。

エンハウンスは素直に感じた。

強い。

今のアルクェイドは、強い。

ネオの特性を見抜き、瞬時に周りの環境を利用するしたたかさ。

これまで垣間みることのできなかったアルクェイドの、真祖としての強さが浮き彫りとなっていた。

だが、危うい。

圧倒的な強さが、危うい。

いつ魔王と化してもおかしくない状況で、この猪突猛進ともいえる強さ。

アルクェイドは明るく振舞っているが、増大する吸血欲にいつまで持ちこたえることができるか、

彼女自身も、自分自身に巣食う恐怖と戦っているのだろう。

「姫君」

いざ鎌倉といきごんで足をすすめるアルクェイドは、エンハウンスの呼びかけで止まった。

「ちょびヒゲどうしたの? さっさと古狸ぶっとばしにいこうよ」

「ずっと、あやまらなきゃいけないとおもってたんだ。 あんたは、人形じゃねえな」

戦場で、男の、突然の謝罪。

「私、いつまでも昔のこと根に持つタイプじゃないわよ」

「わかってる。
だがケジメだ。
人形は、好きな男のために自分の命はったりしねえ。
人間に近いぜ。 あんたは」

アルクェイドは彼の珍しい生真面目なお詫びに、むずがゆさを覚えずに入られないようだ。

「なんか変だよね。 なにか隠し事でもあるの?」

意外と勘がするどいアルクェイドの指摘にビクついたエンハウンスは、わざとらしく顔をそむけて口笛を吹きだした。

アルクェイドの不審の顔色はますます濃くなり、じ〜っと睨みつける姫君の無言追及は、

彼の額から流れる冷や汗を限りなく増やす。

突然、彼は上にむかって指をさす。

「あっ! 志貴が天井に、それこそヤモリみたいに張り付いてるぞマジで!」

「えっ! うそっ!?」

アルクェイドが驚いて上を見上げると、隙を突いてホラ吹きエンハウンスは階段に向かって超速ダッシュのトンズラをかます。

志貴にばれたのかと慌てたアルクェイドは、天井がそもそも自分が落として無いことを思い出し、超むかついた。

「何でメレムみたいな嘘つくの! 待ちなさいよ!」

「ハッ! 後生だ姫君!」

プッツンしてスプリンターなみの追い込みをかけるアルクェイドを振り切る勢いで、エンハウンスは逃走する。

ダッシュの途中で、彼は急に立ち止まった。

彼が立ち止まったのは、レンガで囲われた入り口に続く、薄暗い階段。

「捕まえたわよ! さあ、正直に吐いて……どうしたの?」

エンハウンスに飛び掛って銀髪を引っぱりまわしていたアルクェイドは、彼の様子がおかしいことに気がついた。

「なあ、姫君。
普通ラスボスっていうのは、最上階でワイン片手にブルジョアな椅子で片足あげて踏ん反り返っているモンだよな?」

「そうよね。 日本の城でもテンシュカクってところにトノサマはいるはずだから」

二人とも、えらく偏った知識である。

「なんか、きな臭くねえか? この地下」

エンハウンスの銃身で指し示した階段はカーブがかかっており、

相当な深さまで設けられている螺旋階段だということが容易に想像できた。

アルクェイドは掴みかかっていたエンハウンスから飛び降り、地下の階段をのぞき込む。

「……あ、塩酸のにおいがする。
いや待って。 アンモニアに、亜鉛の匂いもするわ。
この下って、化学工場か何かなの!?」

地下から布を揺らす程度の微風が、アルクェイドの嗅覚に異臭を運んでくる。

「確かにおかしいな。
オーテンロッゼはクソ石頭の旧石器時代嗜好だったはずだぜ。
それがなんで、化学なんか修めてるんだ?」

「わからないわ。 だけど」

「行ってみる価値は、ありそうだな」

「キャキャ! 地下には何があるのかな〜! オスが出るかメスが出るか! 僕ちん後者を望みたい〜っ!!」

「勝手にでてくるんじゃねえ猥褻剣。 ソー○ンスかおまえは!!」

「アヴェジ、あんたうるさい!!」

ドゴッ!! グシャッ!!

鉤爪と拳銃の鉄拳制裁で魔剣を黙らせたアルクェイドとエンハウンスは、

ゆっくりとした足取りで警戒をおこたらず階段を下る。エンハウンスは拳銃をすぐに発砲できる状態でかまえる。

二人とも、これが明らかな罠であることをすでに理解していた。

アルクェイドの釣り天井攻撃を喰らったのを最後、ネオが彼らに一匹も襲い掛かってきていない上、

隠しておきたい場所ならば、こんな入り口をはいったすぐの廊下に、行く道を堂々と晒しているわけがない。

虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

得体の知れないものが跋扈しているのかとおもわれる、闇の支配する地下螺旋階段へ足をすすめていった。






「そんな……」

格納庫のシャッターに巨大な風穴があいていた。シュトラウトのリムジン強奪。

そして、志貴、シエル、アルクェイド、エンハウンス、四人の失踪。

風穴から入り込む風をうけ、アルトルージュは立ち尽くしていた。

彼らが、無謀にもたった四人でオーテンロッゼを討ち取りにいったことに。

オーテンロッゼの死者は軽く見積もっても百万は下らない。彼女はいてもたってもいられなかった。

「リィゾ。あなたはありったけの重火器を用意しなさい。
それと、フィナを拷問室からだしてあげて。 すぐに幽霊船団で出撃準備を」

「お止めください。 姫様」

いきり立つアルトルージュの傍らで控えていたシュトラウトは、沈痛な面持ちで諌めた。

振り返った彼女は一瞬、怒りで我を忘れそうになったが、かろうじて冷静をとりもどしつつ彼に詰め寄る。

「リィゾ、それはどういうことかしら。 あなたの言っている意味がよくわからないのだけど」

「お止めください。 ここで姫様が動かれてしまっては、惨禍は免れません」

少女の怒りが、口火をきった。

唇が怒りでわなわなと震え、黄金に染まった目はあきらかに殺意に近い憤りをあらわしている。

「あなた、彼らを見捨てろというの!?
私はまだ、アルクェイドさんになにも託していないのよ!?
リィゾ! 私の命令に従いなさいっ!」

「志貴殿も片刃も、姫様を巻き込まぬために、単身でオーテンロッゼを討ち取りにいったのです!
彼らの意志を無駄にするおつもりですかっ!!」

腹の底から振り絞った怒声で、つかみかかるアルトルージュを一喝した。

彼がアルトルージュに仕えて一世紀強、誰よりも尊ぶ姫に怒号をあびせたのはこれが初めてのことだった。

シュトラウトの喝に、アルトルージュの憤りは散る。

「だってひどいわよ。 勝手に行くなんて……。
あの人たち私と契約しておいて、私の命令通りに動いた試しなんて一度もないんだから……」

赤い瞳から、大粒の涙がこぼれおちた。

崩れ落ちる彼女の元に、白い魔犬が鼻をすりつける。

―― ヒメサマ、ツラクトモ、コラエテクダサイ。

アルトルージュは、魔犬の体を抱きしめる。

権力者としての自分。女としての自分。姉としての自分。

何にも徹しきれない己の不甲斐無さに、アルトルージュは泣いた。

立ちつくすシュトラウトも、拳を震わせていた。







「すっごー」

「か〜、こりゃまた随分薬くせえところだな。 鼻が曲がっちまう」

地下の最下層にたどりついたアルクェイドとエンハウンス。

彼らの前にあらわれたのは、緑色のどろどろしたものが、なみなみと注がれたフラスコ。金属の粉が入ったビーカー。

無造作に積まれた、古びた文献が机の上に雑然と積まれ実験器具が散乱とする研究室だった。

文献の山を抜けると、

高さ1mほどの円筒形のガラス容器が、整然と並べられていた。

アルクェイドは容器の中身をのぞきみる。押しつぶした肉団子のようなものが入っていた。

「ちょびヒゲ。 このカタマリ、あいつらの再生分岐点にそっくりだよ」

「なるほど。 あのムナクソ悪い死者は、ここでつくってたわけか」

ネオの生産工場。

円筒形の丸い容器が、第一段階。奥には、ネオの幼体が鮨詰めにされたプールが培養液にみたされている。

まさに、狂気の培地であった。

プールのなかを覗き込んでいたアルクェイドは、

この部屋に入ってから、あのうるさいアヴェジが黙秘を通していることに気がつく。

「ねえ、どうしたの? 返事くらいしなさいよー」

アルクェイドが魔剣の柄を指でつっついても、アヴェジは鼻先ひとつ具現しなかった。

エンハウンスは、アルクェイドの手を制し、首をふる。

「姫君。 亜ホムンクルスのこいつは、こういう命を弄びやがる実験が深いトラウマになってるんだよ。
昔の辛い記憶を思い出したかアヴェンジャー?
かわいそーにな。 同情するぜ」

「……うぜえよご主人様。 黙って死ね」

魔剣はめずらしく、剣の姿のまま文句を垂れた。よほど触れられたくない傷が、あるのだろうか。

「私も、アヴェジと同じかな……」

アルクェイドは、造られているネオを見渡しながら呟いた。

兵器としてつくられた自分は、あの容器の肉隗と何らかわらない。

目的こそ違うが、アルクェイドも突き詰めればハツカネズミなのだ。

エンハウンスは、顔を背けるアルクェイドに、憐憫の情を感じずにはいられなかった。

同時に、すでに銃を構えて。



「歓迎するぞ」



アルクェイドはすぐに身構えた。

「やっとおでましか。 クソ野郎」

「古狸……!」

培養プールの奥底から、不敵な笑みをうかべる、白マントを羽織った、皺の深い老骨の吸血鬼。

事件の裏で暗躍した悪の権化、トラフィム・オーテンロッゼがついにその姿をあらわした。

「早速だけどよ、くたばれ」

エンハウンスは彼の姿を確認すると、間髪いれずに撃った。

薬莢が途切れることなく排出され、聖水を浴びた弾丸は容赦なくオーテンロッゼをとらえる。

「フ。 貴様ごときに私は超えられぬ」

オーテンロッゼの立つ床に、円形の魔方陣が描かれていた。

陣から放つ光りは、食い込んだ弾丸をすべて腐食させ、赤茶色の粉になって散ってしまった。

「オーテンロッゼの属性は『地』よ。ただの金属では土に還されてしまうわ」

エンハウンスは舌打ちして、両手の拳銃をホルスターにしまった。

老骨の吸血鬼は、顎鬚をさすりながら笑う。絶対の自信が伺えた。

「出来損ないと残りかすが、手をつないで仲良くやってきたとみえる。 哀れなやつらよ」

アルクェイドは鉤爪をたて、殺気をあらわにした。

「わからないわね。
古狸、あんたの二級魔術スキルなんて、はっきりいってシエルに遠く及ばないわ。
ちょびヒゲには魔剣アヴェンジャーと聖葬法典があるし、私もいる。
死ぬのは間違いなく、あんたよ」

いかにオーテンロッゼの魔術があるとはいえ、

ほぼ百%の力を解放する真祖の攻撃の前に、付け焼刃に近い魔術は紙くずに等しい。

だが、オーテンロッゼは何も動じていない。

ここにきてエンハウンスに、いままで鬱屈していた疑念の靄が、頭をもたげてきた。

「……おまえ、ダレだ?」

彼の不意な質問。

「ちょびヒゲ? 何いってるの?」

「違うんだよキャラが。
俺が昔こいつを仕留めたときや、会合に殴りこみに行ったときのオーテンロッゼとは、どう考えても似ても似つかねえ。
てめえ、だれだ!?
オーテンロッゼの皮かぶったクソ野郎がよっ!?

エンハウンスの追及をくらったオーテンロッゼは、押し黙る。

彼は、薄く笑った。

「……アトラスの地以来だな、『ネクロス』。 元気にしていたか?」

若い男の声。

アルクェイドはその声に、嫌になるほど聞き覚えがあった。

「あんた、まさか……」

自分を罠にはめ、真祖を皆殺しにした死徒。

「マジか……」

埋葬機関の創始者であり、魔術を極めた司祭。

魔剣アヴェンジャーは、体を小刻みに震わせていた。

なぜならその男は、亜ホムンクルスである自分をつくった創造主、その盟友なのだから。

オーテンロッゼの姿をした男は、顔に手をかけた。

剥ぎ取られる人工皮膚。素顔をみせた悪魔は、ひどくうれしそうに挨拶する。



「久しぶりの再会、恐悦至極ですよ。 姫君」



ミハイル・ロア・バルダムヨォン。

災厄の権化は、志貴が命を賭けて滅したはずだった、転生無限者であった。


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