月影后Act.1


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1: アラヤ式 (2003/10/15 19:47:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

血が、全然足りない。

乾く。やたらめった乾く。

喉が、胃が、腸が、乾いて乾いてしょうがねぇ。

クソが。

ムカつく。

オチオチ眠れやしない。

「どうしたんですか!?」

聞きなれた、女の声。

シエルか。

「これは、封印が解けた影響ですね。輸血パックもってきますから!」

シエルはあわてて飛び出していく。

毎度毎度、世話かける。

「ゲキャキャキャ!
大変だなぁ〜? 何でそんなにあがいてんの〜!? 欲求不満〜?」

苦しむ俺の真後ろで、あの六つ目のクソ狐が舌をたらして笑っている。

こいつ、ほんとむかつく。

誰のせいだとおもってるんだ。

「キャキャ、苦しくてしょうがねえか。なら、俺サマを封印しろよ〜」

ふざけろ。

できるわけがないのを知っていて、こいつは言ってる。

まったく、どっかの性悪女と性根の腐り具合までそっくりだ。

こいつは俺が苦しむ様をみるのがこの上ないエンターテイメントらしい。

「200CCで足りますか!?」

そうこうしているうちに、シエルがもどってきた。

なさけねぇ。

俺は、この女がいないと、なにもできない。

中途半端な半人半死徒の身体。とってつけたような復元呪詛。

俺は、半端者だ。

言われるのは大嫌いだが、肉体はどうしようもなく半端者だ。

「エンハウンス。 このことは、やっぱりトオノくんたちにいっておいたほうが……」

いうな。

絶対いうな。

いらぬ心配、かけられねえ。

かけられねえんだ。








熱い。

やだ。

『宿命だ』

いや。

『虚無は、終焉をむかえる』

いやだよ。

終わるのは、いや。

『足掻くな。 もはやそれすら無意味』

私は、まだ……



白き姫。終焉がおとずれる。










志貴は、夜中に目を覚ました。

寝ぼけ眼をこする彼は、おもむろに眼鏡をかけ、重い足取りで部屋をでる。

志貴の寝る部屋は二階にあり、扉をあけると薄暗い廊下がみえる。

吸血姫の城だけあって、雰囲気は幽霊の出そうな古城といった趣だが、

この城に滞在してはや二ヶ月、もともと血みどろの世界をあるいてきた志貴は、いい加減慣れていた。

夜中に急にもよおしたくなって起きたわけだが、彼にはもう一つ別の目的があった。

一回のトイレで小用を済ませ、中央フロアの階段をのぼり、彼が途中で立ち寄った部屋は、

アルクェイドの部屋だった。

音をたてないように扉をあけ、志貴は暗殺者の芸当である気配殺しと忍び足を駆使して、

彼女の部屋に侵入した。

あからさまに怪しい行動ではあるが、別に夜這いにきたわけでも、寝ているのをいいことに襲い掛かるわけでもない。

志貴はベッドにそっと近づいて、すうすうと寝息をたてるアルクェイドの顔を覗き込んだ。

いつもやんちゃで、猫のような愛らしい彼女の寝顔。

志貴はいつもとかわらない彼女の様子に安心すると、くるりと方向転換して部屋をでる。

扉を閉め、志貴はほっと一息をついた。

彼は、安堵していた。

スミレに負わされた重傷で復元呪詛の、アルクェイドの吸血衝動の押さえ込みが弱まっているのではないかと心配でたまらず、

志貴は毎夜、彼女の様子を見にきていたのだ。

ちなみに昨夜は、淫獣アヴェジ(魔剣アヴェンジャーの四足歩行形態、アルクが命名)が寝ているアルクェイドに襲いかかろうとしたが、

七夜モード志貴のタコ殴り十七連続コンボで見事撃退していた。

今夜も、大丈夫のようだ。

志貴は自分の部屋に戻ろうと、一歩足を踏み出した。

「……が、あぁ」

うめく声が、志貴の鼓膜に響いた。

志貴は、すぐに踵をかえしてアルクェイドの部屋にもどった。

彼女の様相をみた志貴は、背中に蛇がはしるような戦慄にふるえることになる。

「あああ、ああああああああああっ!! うあ、ああああああああ!!」

志貴が彼女から目を離したわずか数秒後に、部屋の様相は一変していた。

彼女が身を預けていたはずのベッドは、すでに影も形もない羽毛とスプリングが散らばったガラクタになっていた。

残骸の中心にそびえたつように佇むのは、

金色の魔眼を爛々と輝かせ、牙を剥き出しにした吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッド。

彼女は苦悶がまじる呻き声をあげながらスプリングを蹴飛ばし、頭を振り乱して自らがつくった廃墟のなかをもがいていた。

ベッドの残骸は、鋭利な刃物で切断されたような鮮やかな切り口。彼女の空想具現化による空気の断層の餌食になったのだろう。

恐るべきは、それを轟音もたてることなく切り刻んだという事実である。

純粋な力による圧倒的な破壊は、けたたましい音はたてない。

それは、過去ロアをバラバラにした空想具現化の最大の威力が、復活したことを意味していた。

身をかがめ、中腰で構える志貴の脳裏に、最悪のケースが浮かびそうになるが、彼はそれを必死で否定する。

「……アルクェイド」

刺激しないように、そっと呼びかける。

アルクェイドは彼の姿をみると、憑き物が落ちたように無表情になった。

身が凍る静寂。

ライオンが兎をとらえる、まさに、それと同じ状況。

彼女は吸血衝動を満たすために、人間の血を吸う。

ただ、彼女がライオンと違う点はただ一つ。

ライオンが兎を捕らえた先にあるのは『生』。アルクェイドが人間の血を吸った先にあるのは、自我の崩壊、『死』だ。

志貴は、覚悟はしていた。

エンハウンスとの公園での語らいのとき、アルクェイドの魔王化は、そう遠い日の話ではないと、

認めたくはないが、確実に訪れるであろうとは覚悟していた。

そのためにアルトルージュと出会い、打開策をみつけにやってきたわけだが、

「あぅああううううううううううううううううううう」

間に合わなかったか。

志貴は、たまらず唇をかむ。

「アルクェイド……」

彼は、ポケットから短刀をとりだした。

折りたたまれている刀身を、だす。

「約束だもんな」

彼は、肉食獣と化したアルクェイドに、ゆっくりと、一歩一歩近づいていった。

アルクェイドの無機質な瞳には、近づいてくる人間が、差し入れられた餌にみえる。



獲物。

ばかな獲物。

今すぐあのニンゲンの首筋に噛み付いて、

すすりたい。

血を。

真っ赤な血をすすりたい!!



どうしようもない吸血欲に支配されるアルクェイドは鉤爪を逆立てて、不用意に近づいてくる愚かな人間を待った。

極限の修羅場。それでも志貴は、彼女に歩み寄っていく。

「おまえは、俺の女だ」

二人の距離は、もう一歩踏み出しただけで、アルクェイドの爪が志貴をバラバラに切り裂ける至近かつ必死な距離。

煙立つ欲望の巣に、一気に火が立ち上った。

アルクェイドは目にも止まらぬ速さで飛び掛かると志貴の両肩を押さえ込み、彼を床に乱暴に押し倒す。

彼女の犬歯から変化した牙が、薄暗い部屋に際立って白さが浮き立っていた。

マウントポジション。アルクェイドの人知を越えた腕力の前に、逃げ場はない。

志貴は、抵抗しなかった。

彼は、七つ夜をとりだしていながら、眼鏡を外すこともなく、ただ、真上にあるアルクェイドの顔をみつめていた。

志貴の顔は、穏やかだった。

自分が確実に引き裂かれる状況で、彼はその身を極楽に預けているかのように穏やかだった。

「アルクェイド、聞こえていないかもしれないけどさ、俺、幸せだったよ。
おまえ、いつも能天気で、とんでもなく非常識だけど、おまえと一緒に居れて幸せだった。
おまえに殺されるなら、ほんとうに本望だよ。
ただ、約束は守る。
おまえが血を吸ったら、俺、すぐにおまえを殺してやるよ。
神経焼き切れたってかまうもんか。 約束だからな」

彼は、押さえつけるアルクェイドにむかって微笑み、かろうじて動かせる右手で、眼鏡をとった。

彼女が血をすえば、一瞬、まばたきに過ぎない程度でも、満たされた吸血欲で正気を取り戻すだろう。

せめて逝くときは、楽しかった思い出を取り戻してやりたい。

志貴は、静かに目を閉じた。

「血を、吸ってくれ」

彼は全身の力を抜き、完全にアルクェイドに身を差し出した。

志貴の両肩は鉤爪が奥ふかくまで食い込み、Tシャツは赤黒い血で染まる。

彼はその痛みにも耐えていた。

食い込む彼女の爪が、震えている。

震えて、

「しきぃ……」

志貴は、消え入るような悲鳴で目をひらいた。

自分の頭上には、赤い瞳から涙をながす、彼女の姿。

アルクェイドの瞳に、光が戻っていた。

志貴は七つ夜をしまい、正気を取り戻したアルクェイドに声をかけようと口を開きかけた。

だが、アルクェイドはすばやく飛び退いて離れると、唇を真っ青にして部屋の隅へ隠れるように縮こまった。

「いや! 来ないでぇ!」

彼女は自分のしでかした行為に、心底怯えていた。

ガタガタと震えて親指の爪をかみ、彼女の白い額から冷え切った汗が、浮き出るようににじみでる。

吸血欲に、負けた。

自分はついに、志貴をその手にかけようとした。

アルクェイドは許せなかった。自分がとても汚いものだと心底おもった。

「志貴、私を殺して……」

「できない」

「いいから殺してよっ! はやく殺してっ!
じゃないと私、みんな殺しちゃう! みんな殺しちゃうよ!
おねがいだから早く殺してぇ!!」

取り乱してわめくアルクェイドの嘆願は、悲痛に満ちていた。

魔王になれば、自分の狂気にみちた力は、みんなを消してしまう。今までの記憶も、何もかも消してしまう。

泣き喚き、縮こまって震える彼女を、志貴の両腕が包み込んだ。

アルクェイドは抱いてくる彼を引き離そうと、両手で彼を突き放そうとするが、志貴は彼女を抱きしめてはなさない。

いくら押しのけようとしても、ちっとも彼は離れなれなかった。

アルクェイドは彼の頑固さに、ため息をもらした。

「志貴。 吸血衝動は、消せないよ」

アルクェイドは、志貴の胸板にすがりつく。

「私、わかってるんだ。
吸血衝動は、私の精神を構築する大本、心臓なの。
だから、『殺す』とか、『消す』という概念で消せるものじゃないよ」

彼女の手は、志貴のシャツをきつく握りしめる。

「頭のなかに声が聞こえるの。
『おまえは虚無だ』って、何度も、何度もひびいてくるの。
それが何かはわからないけど、嫌になるくらい聞こえてきて……。
私、もうだめだよ」

彼女は全てをあきらめたように、弱音をはいた。

もう、自分はお終いといって。

「だめじゃない」

志貴の手が、アルクェイドの頭をそっと撫でた。

「今は自分を取り戻せたじゃないか。 だめじゃない」

志貴は震える彼女を慈しむように、頬に右手を重ねた。アルクェイドはまだ、恐怖に震えて顔が強張っている。

もう一方の左手を重ね、志貴は、そっと彼女と唇を重ねた。

アルクェイドは突然のキスに目を真ん丸くさせたが、

優しい唇の感触は、彼女の半狂乱になっていた精神を落ち着かせていった。

薄暗い部屋の中で、二人の影が一つになる。

彼女の震えがおさまり、志貴は静かに唇をはなした。

優しい静寂が流れた。

余韻もあってか、アルクェイドは唇に手をあてて、頬が真っ赤になっている。

志貴との接吻は、別段珍しいことではないが、

一触即発の状況下での意外な彼の攻撃は、彼女自身予想していなかったようだ。

「ずるいよ」

アルクェイドは頬についていた涙をぬぐうと、いつもの陽気にもどっていた。

「キスをすれば解決するって問題じゃないわよ。
これって志貴の常套手段だよね」

「しないほうがよかったか?」

「ううん、嬉しいよ。 とっても」

ぶう垂れながら嬉しいというアルクェイドは、志貴に再び、自分の体を預けていた。






「死徒の活動が沈静化しているんですか!?」

「確かな情報だよ。 ここのところ、二十七祖候補クラスの死徒が、次々と存在を消している」

「そんな、まさか」

「そう、あり得ないことだ。 びっくりだね」

ドイツ商業の中心地、フランクフルト。

街のオープンカフェで、シエルはメレム・ソロモンと密かに会っていた。

メレムの出で立ちは黒いポロシャツに灰色のハーフパンツ。携帯で教会のサイトにアクセスする姿は、電脳少年といった趣だ。

角砂糖を五ついれて、ミルクたっぷりのコーヒーをメレムはすする。

どろり濃厚。糖尿病直行コースの液体を美味しそうに飲む彼を見て、シエルは吐きそうになる。

メレムはそんな彼女が面白いのか、笑顔で自分のコーヒーをすすめるが、シエルは首を横に振って断固拒絶。いじめだ。

シエルの目的は、オーテンロッゼに関する資料の収集と事件の裏で暗躍する局長、ナルバレックの動向を探ることであったが、

世界中に点在する吸血鬼が、軒並み蒸発しているという怪奇な情報を図らずも得ることになった。

「つまり、その吸血鬼失踪事件にも、オーテンロッゼの影が見え隠れするというわけですか」

「うん。 ただし、失踪じゃなくて、おそらく全員死んでいるけどね」

メレムのサラリといった発言にシエルは眼鏡がずれた。

「僕の知り合いの死徒が、死ぬ前に念波を送ってきたんだよ。
『奴らは死徒を超えた死者』。
そう言い残して、あいつの意識はぷっつり消えた」

「死徒を超えた死者……」

「シエルの言っていたオーテンロッゼの『ネオ』と、特徴もかぶっている。
間違いなくそいつらのしわざだ。
奴らがなぜ二十七祖候補のクラスまで襲うのかは、よくわかっていない。
……と、ここまでが教会の見解さ。 まったくお粗末なものだ」

空になったカップをおいて、メレムは嘲笑する。

『ネオ』とは、固有結界ネバーモアを装備し、強力な復元呪詛を有する死者たちの総称。

先のアルトルージュとナルバレックとの懇談で決まったコードネームである。

あいかわらずガチガチの守権的な予想通りの報告に、シエルはため息をつくしかなかった。

「メレム、あなたの見解は?」

「見せしめと、パワーアップさ」

少年は即答した。

「高いポテンシャルを持つ死徒を攻略すれば、最近下降気味だったオーテンロッゼの下馬評も一気にあがる。
なおかつ、彼に供給される力も人間を襲うより十倍ちかくは効率がいいはずさ」

「なるほど。 そして、それを裏で操っているのは」

「ナルバレックだ。 教会の動きがいつにも増して鈍いだろ?
うようよしていた二戦級の死徒が消えて、アルトルージュとオーテンロッゼが潰しあえば、彼女小躍りで喜ぶだろうね」

燦々と降り注ぐ日光の中、シエルの心の中は激しい憤りに満ちていた。

あの悪女は、吸血鬼殲滅のためなら多少の犠牲など歯牙にもかけていない。

「許せない……!」

「シエル、だめだよ。
わかっているだろうけど、僕達は死徒から人間を守るヒーローではない。
いかに効率よく死徒を殲滅するかが埋葬機関の、唯一絶対の物差しだ。
その前では人間の命なんて……。
い、イタイよ、悪かったよ、あやまるよ〜」

テーブルの下ではメレムの足が、シエルの黒鍵でちくちくされていた。

「ともかく、君の矛先は上司よりも、オーテンロッゼに向けるべきなんじゃないかな?
まずはネオをどうにかしないと、話にならないだろ?」

「メレム、あなたはどうするんですか?」

「僕? う〜ん、正直巻き込まれたくはないな。 アインナッシュには手ひどくやられたし、痛いのはキライなんだよ」

メレムはひどく困った顔をする。

魔獣使いとはいっても、彼は基本的に争いを好む戦闘狂ではない。面白いことを眺める道化然としたところはあるが。

ため息をつきながら、メレムは携帯の接続を切った。

空気が、いきなりはりつめた。

メレムの魔眼が冷徹に赤紫色の渦を巻きはじめ、店の屋根にとまっていた小鳥たちは逃げ出す。


「ただし、姫君に手をかけるようなクソ共は、みんなまとめて食べてやるけどね」


なんかトリップしはじめたメレムはテーブルに手をついてブツブツいいはじめた。

携帯画面はシエルの予想通り、愛しの姫君のスナップショットだった。

「アルクェイドのため、ですか。 あなたらしいですね」

どこまでいってもアルクェイドファンのメレムに、シエルは呆れ半分だが、微笑ましくもあった。

しばらくしてトリップ状態から帰還したメレムは、コーヒーの料金を払い終えると、日傘をさす。

「ところでシエル、最近エンハウンスソードの調子はどうだい?
まだあいつに借金返してもらっていないから、それとなく催促しておくれよ」

メレムは、しばらく顔を合わせていない同僚について、何の気なしに尋ねた。

だが、シエルの顔が強張っていることに気付いたメレムは、事が自分のおもっているよりも重大なことを認識する。

「まずいのかい……?」

「……最悪、なんです」









彼女は、一人でやってきた。

白き姫君の眼下に見えるのは、山の中腹にある巨大な城。

うっそうと茂る緑と黒の織り交じった森の中にそびえたつ、オーテンロッゼの居城。

山の切り立った崖に佇む彼女は、たった一人でやってきた。

「約束やぶってごめんね。志貴」

「まったくだ。 針千本飲まされても文句はいえねえな」

驚いたアルクェイドは後ろにいたのは、

赤いオーバーコートに黒の皮手袋。

体中に大小多々のマガジンを装備、巨大な魔剣を背中にさすエンハウンスがいた。

腰のホルスターには聖葬法典。

さらにデザートイーグル50AE(弾丸は聖水処理済)を二丁、両手にもつ重武装。

あからさますぎるほど戦闘態勢だった。

「ちょびヒゲ、なんでいるのよ」

アルクェイドは、突然あらわれた暴走族の皮をかぶった銀髪の傭兵に、かなり驚いていた。

誰にも気付かれぬよう、細心の注意をはらってでてきたはずなのに。

「敵地に単身で殴りこみにいく姫君を、放っておくわけにはいかねえだろ?
俺にもつきあわせてくれよ」

「遊びじゃないわよ」

「んなこたわかってるよ。 いわれなくてもな」

エンハウンスは両手の拳銃をクルリと一回転させ、早撃ちガンマンの真似をする。

バンバンとかいってる彼の能天気な様子に、アルクェイドは一瞬笑みをみせたが、眼下の城を再び見ると、笑顔は消える。

「私、昨日の晩から、血がすごく昂ぶっているの。
いまなら吸血衝動の抑制を最大80%開放することができる。
そうすれば、古狸なんて余裕で蹴散らせるわ」

「余裕で蹴散らして、魔王になって大暴れ。
志貴の身を案じて、自分が犠牲になろうってか?」

アルクェイドは、押し黙る。

「ベタだな。 ベタベタ過ぎて手垢ついてるぜ」

エンハウンスは責めているわけではない。咎めている訳でもなかった。

ただ、彼の眼にうつるアルクェイドの背中からは、あきらかに死中に飛び込む悲壮な決意を、容易に汲み取ることができた。

自己犠牲。

彼女の全身から、その四文字がにじみ出ていた。

「ちょびヒゲ。
もし、私が魔王になったら、あなたが殺して」

夕日の紅のなかで、振り返ったアルクェイドは、静かに嘆願する。

彼女の笑顔は、いつもより鮮やかで、ひまわりのように咲いていた。そのなかに、愛する人への謝罪と別れの意をこめて。

「おいおい、志貴のおつとめを俺にぶんどれっていうのか?」

エンハウンスは気まずそうに髪をぼりぼりかいた。

彼が困った時によくやる仕草。

ただし、今回はその掻き具合も、事の重大さもあってかモーションがでかかった。

「俺は、あんたの生殺を決められるほど高尚な男じゃねえよ。 俺には重すぎる」

「お願い。 独り善がりなのはわかってる。 それでもやっぱり、志貴に私を殺させるのは嫌だから」

アルクェイドの笑顔はまっすぐで、混じり物は何一つなかった。

エンハウンスの目に、いつかのアルトルージュが、アルクェイドと重なって映る。

「まったく、わがままな姉妹だぜ」

「ゲキャキャキャ真祖〜! 昨夜で性欲発散したから思い残すことはないってか〜!?」

シリアスな雰囲気に、とても似つかわしくない甲高い鳴き声。

「え? やだ、なんでアヴェジがそんなこと知ってるのよ!」

「だからその北○の拳の断末魔みてえなアダ名はやめろっつってるだろーが!!」

アヴェンジャーの本体、通称アヴェジがいやらしい笑みをうかべて、

柄から頭がにょっきりでてるような格好ででてきた。

黒狐の猥談に心当たりがあったアルクェイドは、顔から湯気が出るほど真っ赤になって慌てている。

その様子に盛るのか、アヴェジはさらにセクハラトーク全開。

「キャキャ! 乳酸まじりのエッチな匂いが鼻腔の奥までぷんぷんするよ〜ん!
キャ〜! まさに精いっ……パブガガ!!」

「……空気よめ。 このド腐れ畜生が」

エンハウンスのすばやい裏拳が、アヴェジの顎を砕いた。

「んじゃ、野郎をぱぱっと片付けるとするか。 志貴やシエルにどやされるまえにな」

「うん!」

アルクェイドとエンハウンスは、崖から鋭い跳躍で飛び出した。切り立った斜面を、白い女と赤い男は滑りおりる。

同時にあがる土ぼこりは、これからおこる壮絶な開戦の狼煙であった。

駆け下りる最中、

「ちょびヒゲ、ありがとう」

アルクェイドの口からでたのは、自分のわがままに付き合ってくれた男に対する礼だった。

「最後の挨拶みたいにいうなって。 死ぬためにいくんじゃないんだからな」

エンハウンスはむずがゆそうに呟いた。

彼にとってその言葉は、アルクェイドに投げかけたものではあったが、

無意識に自分自身にも投げかけている言葉だったのかも、知れない。









「ふん。 くるか」

玉座に座るオーテンロッゼ。

ワイングラスを傾け、ガラスのなかの深紅をみつめる老獪の瞳は、不敵に満ちている。

白マントを羽織る老吸血鬼は自らの城に、真祖の姫と復讐騎が迫っているのをすでに知っている。

この核攻撃にも匹敵する危機に自らが晒されているにもかかわらず、彼は余裕。

「所詮、貴様らは余の掌で踊っているにすぎん。
自ら墓標をたてにくるがよい。 出来損ないに残りカスめが。
フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

額に手をつけて豪奢に笑うオーテンロッゼの周りに、異様の息遣いがおぞましくひしめいていた。

彼の玉座の間に集結していたのは、『ネオ』。

死徒に対する圧倒的優勢を誇る地獄の軍勢は、城内各ブロックに埋め尽くすがごとく配置されている。

地獄の釜の蓋が今、開かれようとしていた。


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