月影検Act.14


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1: アラヤ式 (2003/09/08 22:43:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「こうして、またあんたとお酒飲めるなんておもわなかったよ。 信じられない」

「水臭いこというなよ姐さん。
昨日の敵は今日の友っていうじゃねぇか」

人気のない砂浜に焚き火がパチパチと音をたて、海の潮風と火の暖かさが心地よい。

適当な大きさの丸太をちょっとした椅子がわりに男と女は酒を酌み交わしていた。男のとなりに座る女は、右の二の腕がない。

焚き火の周りには、囲うように串に刺さった魚が焼かれている。

立ちのぼる香ばしい匂いは、海育ちのスミレにとって何よりのご馳走。至福の笑みで焼き魚をほうばるスミレは、あることに気がついた。

この魚は、一体だれが獲ったんだろう。

スミレは隣のエンハウンスをみて驚く。

彼の両足が、白煙をあげて火脹れを起こしていた。

おそらく、Tシャツと海パンという格好からして、浄化上等命がけで漁業に勤しんでいたのだろう。

白煙をあげている足を、スミレの手が慈しむように触れた。

「無茶ばっかりするね〜。 あんたのそういうとこ、昔っからかわってないよ♪」

「ハッ。 姐さんの隻腕に比べたら、こんなもん屁でもねぇさ」

足をペちんと得意げに叩いて、エンハウンスは笑う。

が、一瞬ひきつった表情をみせた彼は、座っていた丸太から転げ落ちてのた打ち回る。やっぱり相当痛いらしい。


/1.『小波』


護衛をバッくれて弔問に訪れたヴラドは、時間的にアルトルージュの許容も限界っぽく、

『姫様直々の麗しい処刑を堪能してくるよ!』と言い残して帰還した。

エンハウンスがスミレを元気付けようと立案した企画に、ヴラドは一役も二役も買ってくれたのだ。

「エンハウンス、こんなこと言えた義理じゃないけどさ、姫様の具合はどうなの?」

自らの手で痛めつけた真祖の姫君。彼女の容態が、スミレにとって何よりも心配だった。

忘れられなかった。どんなに傷付けられてもアルクェイドはヒマワリのような笑顔を一度も崩さなかった。

『ありがとう』といいつづけて。

スミレはアルクェイドのことが嫌いではない。

単細胞だと、志貴の前では罵ったが、それはスミレの本心とはかけ離れた暴言だった。

スミレは、アルクェイドが大好きなのだ。

どこに連れて行っても子供のようにはしゃいで喜ぶアルクェイドの笑顔が、スミレはとても好きだった。

それを汚した。

反吐が出るクソジジイ、オーテンロッゼの命のままに、スミレはアルクェイドの笑顔を自らの手で汚した。

結果、右腕一本を失ったが、そんなことは当然の報いだ。

もし、自分の蛮行で彼女の命を奪うことになれば、志貴に殺されてもしょうがない。

となりに座るエンハウンスに、スミレは恐々と尋ねる。

「……どうなの?」

「いや、それが、如何せん、姫君の復元呪詛は弱力していてな……」

エンハウンスは辛そうに顔を伏せ、言葉を濁らせる。彼の深刻な様子に、スミレはビール缶を落としてしまう。

彼女に最悪の事態が頭をよぎった。

ああ、なんてこと。

最低だ。

あたしは姫様を、殺してしまった……。

「うわ〜!!
やっぱりあたしなんて生きてる価値ないよー! 魚のハラワタが腐った生ゴミだよー!
今すぐ死ぬ〜! リタのとこに逝くー!
あの世で姫様に永遠に謝りつづけるからお願い許してって遠野に伝えて〜!!」

後悔と絶望が頭の中でフルマラソンを終えた果てで、スミレはワンワン泣きだした。

涙の量はバケツ一杯分を遥かに超え、おまけに涙で水のダガ―を具現して、スミレは切っ先を自分の喉下につきつける。

酔っているにもかかわらず、シラフの悲観モード全開の彼女に、エンハウンスは慌てふためいて止めに入る。

「離してー! あたしなんか死んだほうが世の為人の為海の為だよ! 死なせて〜!!」

「止せー!! 姫君はピンピンしてるぞマジで! 昨日はシエルのカレーを三杯は平らげてるから大丈夫だ!」

エンハウンスの必死の説得で、喉元を貫こうとしたスミレの凶行はとまる。

安心と同時に、エンハウンスに対するムカツキが、彼女の脳内で沸騰しはじめた。

「あんた、あたしを嵌めたね……」

「いやいや、普段姐さんは隙がないからな、ちょこっとイジメてやろうかと……アレ?」

手を振って弁解するエンハウンスの両腕両足に、ニシキヘビのような水が絡みついた。

額に青筋をうかべたスミレが指をぱちんとならすと、水のヘビは、関節技のフルコースを開始する。

「ぎゃあああああああああああ! 姐さんぎぶ! ぎぶ〜!」

「認めないよ。 言っていい事と悪い事を一から体で学習しな。 ばか♪」

砂浜に、エンハウンスの断末魔が響く。

そんなこんなで一時間後。

「リタはあの時こういったの。
『何かこう、ぐっとくる絵のモチーフはないかしら』って。
で、あたしが深海魚を獲ってきたんだよね。 口が体の中心までバックリ裂けてて、目玉が一つしかないやつ。
それをリタに見せたら、あの子、口から泡吹いてぶっ倒れちゃってさ。
二日間つきっきりで看病したけど、ずっと夢でうなされてた♪」

「ハッ! それ絶対発見されてない新種だな」

「そのあと、しゃーないから魚は食べたけど」

「んな妖怪モドキ、絶対食用じゃねえだろ……」

「見た目はグロテスクだけど結構美味しかったよ。
とくに肝が珍味でね。
滋養強壮にいいからリタにも食べてみろって勧めたんだけど、鬼みたいな形相で拒否られたっけ♪」

「そりゃもういじめだ。 リタに同情するぜ」

あたたかい焚き火が包むなか、生前のリタの思い出話を語るスミレは、酒の手伝いもあってか頬を真っ赤にして笑っている。

聞き手に徹しているエンハウンスも、焼き魚をむしゃむしゃとがっついて満足げだった。

「三百年、楽しかったな〜。 リタと会ってからの三百年間が一番楽しかった。
あの子と一緒にいて退屈したことなんか一度もないもん」

星空をみあげるスミレは、少し寂しそうな顔をした。

「あたしにとってリタは、なによりも大切な友達だった。
何にかえても、どんなことがあっても。
だからあたしは遠野たちを天秤にかけて、結局リタを選んだ」

エンハウンスは食をとめ、黙って聞いていた。

スミレと付き合いの長い彼は、彼女の二者択一の苦悩が、どれほど苦しいものかわかっていた。

缶を両手で握りしめ、乾いた凹む音が聞こえる。

「ごめん。 あんたたちを傷付けて、本当にごめんね」

パチパチと天に昇る火の粉をみつめて、スミレは懺悔した。

白翼公の命で動いていたスミレも、心の奥底では志貴たちに友情を感じていた。

アルクェイドを愛する志貴の気概を、スミレはあの戦いではっきりと感じた。

志貴は、守るべき人が窮地に陥るとき、二十七祖とも互角に渡り合うだけの力を発揮した。

アルクェイドため。ただそれだけに。

志貴とくらべて自分は

「姐さん」

スミレの頬に、冷たいビールの缶があてられる。

エンハウンスは首を振った。気にするな。というように。




いつも、そうだった。

昔。

酔った勢いで、川に突き落としちゃった時も、

鮪と秋刀魚はどっちが美味?ってことでケンカをしたときも、

エンハウンスはキンキンに冷えた酒をもってきて許してくれた。

遠い思い出の記憶。

スミレがエンハウンスと過ごした日々は、わずか一ヶ月弱に過ぎない。

友人であり、

恋人でもあった。

ただそれは、永劫の時のなかで、瞬きするほど短い、きまぐれな時間。





「今さらだけどさ、あんたのこと、やっぱり忘れられないな。
どうして、あんたみたいないい男と別れちゃったんだろ」

「ハッ。
姐さんはさすらいの流浪人、俺は死徒のケツ追っかけ浪人だぜ?
お互い、一つの場所に留まっているのは苦手な性質だからな。
そこら辺の帳尻合わせが、上手くいかなかっただけさ」

昔を懐かしむように、エンハウンスは淡々と語った。

彼の肩に、赤い髪がかかる。

スミレはそっと、彼の肩に頭をあずけた。

二人の人影が、一つになる。

スミレは彼の手を握り、すがるような目でみつめた。エンハウンスは、申し訳無さそうに首を横に振る。

「わかってる。
でも、お願い。 今夜だけ、今夜だけでいいから、あんたの胸で泣かせて……」

弱々しい。

支えないと崩れてしまいそうなスミレを、今は、受け入れた。

そっと、抱き寄せる。

彼の着ているTシャツを握りしめ、スミレはそのまま泣き崩れた。

「エンハウンスぅ、リタが、死んじゃった……。
あたし、悲しすぎて実感湧かないし、何が何だか全然わかんないよ。
リタがいるのは当たり前だとおもってた。
あたし、ほんと、ばかだぁ……」

「ばかじゃないさ。 俺も、そうだったからな」

砂浜にうちよせる、小波の音が、スミレの哀しみに似ている。

おしよせて、ひいていき、

事実は消えない。

大切なものを失った事実は、消えない。


/2.『魔剣獣掘


「ブライミッツ・マーダ―」

―― 如何ナサレマシタ?

「毎回感じるのだけれど、どうしてフィナは、車裂きやノコギリ刑を受けても、感極まったような声を出すのかしら?」

―― ソレハ奴ガ筋金入リノSデアルト同時ニ、筋金入リノMデモアルカラデス。ドノヨウナ苦痛モ奴ノ前デハ快楽ニ過ギマセン。

白い垂れ耳のもっさりした印象の犬は、さも当たり前のように答えた。

城の地下。錆付いた鉄製の扉から、アルトルージュと魔犬は出てきた。

その扉の部屋は拷問室である。

ギロチンから三角木馬まで、ありとあらゆる拷問器具が用意されており、

その昔、残虐非道といわれた全盛期のフィナ=ヴラド・スヴェルテンが、さらってきた少年少女の血をすする一興として用意されたものだが、

現在は主に、そのヴラドを懲罰するために使われている。

「……ああ〜!……いいですぅ!……もっとぉ!……もっと姫様のお慰みを〜!……」

彼は護衛トンズラの罪で、鉄の処女での串刺し真っ最中。

扉のおくから聞こえるヴラドの喘ぎ声は、地下廊下全体を共鳴していた。

アルトルージュは冷や汗を垂らし、毎度の事とはいえ、深くため息をつくのであった。

「リィゾに遮音装置を取り付けてもらいましょう。 聞いていて気持ちのいいものではないわ」

―― ギョイ。

地下廊下には、淡く照らす程度の燭台が、灰色の壁に並んで設置されている。

アルトルージュは薄暗い廊下を歩く。

地上へ上がる階段までの道のりは、約50m程度。魔犬は彼女の隣を片時も離れずにいた。

目の前に階段がもう少しという所で、魔犬が唸り声をあげはじめる。

ブライミッツは間髪いれずに、自分の横っ腹でアルトルージュを突き飛ばした。

空気を切る音が響く。

アルトルージュがいた廊下の床に、鋭く長い刃が突き刺さる。

天井から突き出た刃は回転をはじめ、斬撃で天井に丸い穴があいた。

丸い残骸が綺麗な断面をみせて抜け落ち、残骸の煙が舞い散り、魔犬は自らの体でアルトルージュを庇った。

「ゲキャキャキャキャキャァ!
噂どおりのロリっ子だなぁアルトルージュ、涎がとまんねえぜ〜」

黒い狐が、天井の穴から顔をだす。

それぞれ独立した意識をもっているように、六つの三白眼、瞳孔の向きが支離滅裂な妖怪のような形相。

「おまえを裂いて犯してくびり殺すよ〜ん。 これ、決定事項! たのシ〜!!」

キリンのようにながい舌を飛び出し、愉快そうにわらう狐は高らかに宣言した。

細身の前足をつきだし、地下廊下へ降りる。すらっとした細身の体躯があらわれる。

「ここはブライミッツ以外の動物はお断りの場所よ。 出て行きなさい」

アルトルージュは挑発をふくめた言い方をしながら、類稀なる警戒を感じた。

この狐(のような生物)。

なんという邪悪な殺気。

粘っこくて、纏わりついて、標的となったものを心底震えさせるような殺気を放っている。

六つの目は、人形のように冷徹で、無感情。なのに、荒々しくて、凶暴で、残虐。

アルトルージュと魔犬は、舌をだす黒狐と、一定の距離をおいた。

魔犬はアルトルージュの前に立ちはだかって、黒い狐を牽制する。

唸り声をあげ、爪を研ぎ澄ますブライミッツ・マーダー。

対する黒狐は、顔を前足でポリポリ掻きニヤリ笑うと、黒い鉛色の刃を全身の至る所から生やしはじめた。

その刃は生き物のように蠢き、メデューサの頭のごとく、全身にわななく鉛色の凶器とかす。

魔犬は唸り声をあげ、体を巨大化させる。

同時に、脳内の記憶書庫から、液体金属で体を構成する擬似生命のデータを割り出した。

―― キサマ、ホムンクルスダナ? レンキンジュツノジッケンドウブツガナンノヨウダ?

「キャキャ! 覚えてねぇのか犬ヤロウ?
おまえを串刺しにしてやった、魔剣アヴェンジャー様だよ〜ん」

それを聞いた瞬間、ブライミッツ・マーダ―は牙を突き立て、黒い狐に飛び掛る。

アヴェンジャーも見透かしていたように魔犬のタックルを正面から、刃を凝集した盾で受け止めた。

だがガイアの怪物のパワーは圧倒的。黒狐は刃の盾を粉々にぶち壊され、廊下を滑るように転げまわった。

ブライミッツは変態時には体長5mを誇る巨躯。体格差からいっての当然の結果だ。

だが、転げまわった終着点で、狐が消える。

一瞬で、

黒狐は長い舌が変質した刃を、少女の白い首に突きつけていた。

―― バカナ!? コノ距離ヲ移動シタダト!?

魔犬の背後にいたアルトルージュを、黒狐は一瞬にして人質に取った。

魔犬に吹き飛ばされた時、アヴェンジャーは10m廊下を転げまわったはずだ。

直立不動のまま押さえつけられ、顔をしかめるアルトルージュを、顔の横から黒い狐は楽しそうに見物している。

刃は唾液でヌルヌルと光り、アルトルージュの頬をかすめる。

「ゲキャキャ! 可愛いなぁおまえ。
幼女属性にはたまらない一品ですよ奥さん!
う〜んそうさなあ、犯したあとは首ちょンパしてホルマリン漬けにしてやるか! 永遠の美術品だわ♪なんつって〜!!」

―― ゲセンガ! アルトルージュサマカラハナレロ!

「キャキャ! 黙れよ犬!
番犬の役目すら果たさない連敗中の負け犬なんぞ、保健所で安楽死しとけ!
貴様も所詮、六つのパーツのうちの一つに過ぎないんだよ! ぷぷ〜」

アルトルージュの黒いセーターごと、強靭な前足で押さえつけ一切の挙動を許さない黒い狐。

なおかつ黒狐の横腹からは刃が予防線として三本、アルトルージュの心臓の位置に向けられており、魔犬はうかつに動けなかった。

助太刀をよぼうにも、シュトラウトはヘリの定期整備で城にいない。ヴラドは拷問中だ。

「あなた、何が目的なの?」

「ズェピア・エルトナム・オベローン。 俺の創造主サマ。
おまえに第四の権利を行使され、タタリモッケにされた可哀想なイカレ。
覚えてるだろ〜?」

アルトルージュの表情が、一変する。

「……そう。 仇討ちというわけなのね」

「キャキャ! あんなサイコは今さらどうでもいいんだよ〜ん。
今日は吸血鬼のくせして吸血鬼らしくないおまえに、
俺サマが親切丁寧に超越種って生き様をおしえてやろうとおもったわけだ。 無論そのあと犯すけど〜」

黒狐の口から伸びる刃は、アルトルージュの頬に切り傷をつけた。

白い頬に赤い線がひかれ、あふれ出てくる血を狐のざらついた舌が舐めとる。

「こうやって対象を抱いているとなぁ、俺サマのシナプスにそいつの渦巻く欲望がどんどん入って来るんだよ〜。
この世で俺ほどの心理カウンセラーはいないぜ?
わかる。
はぁ〜、わかるね〜。
アルトルージュ、おまえの欲望がリアルタイムで伝わってくるぜ〜」

黒狐の体が、不気味に小刻みに蠕動すると、黒鉛色の有機素体が蚕の繭のように包みはじめ、ヘドロのような体がアルトルージュを拘束する。

エンハウンスの防御技、『Saide』に酷似していた。

「おまえは朱い月になりたいんだろ? なら真祖を殺っちまえ。
エンハウンスも欲しいんだろ? だったらシエルを殺せばすむ話じゃねぇか。
真祖の騎士を手に入れたいんだろ? 首ちょンぱして頭だけ生かしとけ。
おまえらは吸血鬼、死徒、ヴァンパイアだろう?
夜のバケモノらしく自分の欲に任せて血を浴びて啜れよぉ!
ゲキャキャキャキャキャ!!」

アルトルージュに囁きかけるように、黒狐は体に纏わりついていく。

細かい牙とバックリさけた黒狐の口元はいやらしく歪み、少女を闇へと誘う。

本来、おぞましい太陽光を弱点とする死徒は、必然的に夜の眷属だ。

二十七祖クラスなら、日光にはある程度は耐えられるが、それでも最大の弱点にはかわらない。

闇には馴れている。

だが、

魔剣アヴェンジャーが創りだす闇は、なんと黒いのか。

夜の静謐さがない。月光のような穏やかさがまるでない。

あるのは、纏わりついてくる殺気。むせかえるような憎悪。際限のない嫉妬。

この世の、ありとあらゆる負の感情が凝縮した、魔剣アヴェンジャーのみせる邪悪な闇は、吸血鬼の精神すら喰らう。

360度の視界をその闇に遮られ、アルトルージュは漂流していた。

殺せよ。

憎めよ。

恨めよ。

ありとあらゆる、邪な誘惑の囁き。黒いうねりがアルトルージュの精神に渦を巻く。

「……確かにあなたのいうとおり、、
私は完璧なアルクェイドさんが羨ましいし、
エンハウンスの愛を一身に受けているシエルさんに嫉妬しているのかもしれない。 でも」

少女は自分を見失わず、負けなかった。

「私は、あの人が失望するような真似だけはしない。
魔剣アヴェンジャー。
あなたには詭弁に聞こえるでしょうけど、私は後ろ指をさされるような真似は絶対にしないわ」

狐が包む闇の中、アルトルージュは、はっきり答えた。

「おーおー、ご立派なことで。
俺様に裂かれて犯されても、そんな綺麗事ほざけるかアバガ!!!????」

炸裂音とともに、黒狐の口に、大口径の風穴が開く。

「いい加減にしろ。 たく、目をはなすと悪さばっかりしやがって」

ショットガンを構えたエンハウンスが、アヴェンジャーの口上を奪った。

喉を吹き飛ばされたアヴェンジャーはよろよろとのけぞり、被せられたビニールシートが解けるようにアルトルージュを開放した。

後ろに倒れそうになった少女を、飛び出した魔犬が体で支えた。

減らず口を塞がれた黒い狐は、全身の有機素体に号令をかけて風穴の補修を開始する。

「アバババガガガガガ……げはがが、くそが〜……よくも僕ちんのプリティマウスに……」

ブライミッツは、このタイミングで襲いにかかる。

弱まっている今なら逃げられない。潰せる。

だが、よろよろと再生する魔剣を庇うように、聖葬法典の弾丸が魔犬の鼻先をかすめた。

ブライミッツは唸り声をあげ、エンハウンスを睨む。

―― ドウイウツモリダワカゾウ。 キサマノペットナラチャントクサリニツナイデオケ。

「おまえがいうな犬っころ。
まあ勘弁してくれ。
こいつはこうみえても、試験管の中から耐えがたい地獄を覗いてきた奴でな。
ひねくれてはいるが、かわいそうなやつなんだよ」

「キャ〜! ちょっと待てやコラ、俺さまを見透かしてるつもりか? 調子こいてると、なます斬るぞ!」

再生を終えた黒狐は飛び起きて毛を逆立てると、エンハウンスを一心に睨みつける。

燃えるように睨み付ける黒狐の表情。その怒りは、邪悪というより、純粋な憤りに近いようにみえる。

「半端ヤロ〜! エセリベンジャ〜! 鎖骨フェちぃ!?」

悪態をつく狐は、首根っこをひっ捕まえられ、宙ぶらりんの刑をくらう。

「うるせぇよタコ。
やっぱりてめぇはシエルに縛って封印させてもらったほうがよさそうだ」

「あんだと〜! 折角目覚めたのにそりゃねぇだろ〜! 深層意識は退屈でイ○ポになっちまう〜!」

「むしろその方が人のためだな。 帰るぞ性獣」

「いや〜ん!! 切ない〜!!」

泣き叫ぶ魔剣アヴェンジャーは耳を引っ張られ、エンハウンスに回収された。

アルトルージュは廊下にへたり込む。

魔犬はすぐに駆け戻り、彼女の体の状態をスキャンした。

魔剣アヴェンジャーの精神攻撃。

アルトルージュの疲労の色は濃かったが、幸い命に別状はないようだ。

―― アルトルージュサマ。アノホムンクルスハキケンスギマス。
ヤツノヤミハ、ソコガシレマセン。

「そうね。
正直、精神を喰われそうになったわ」

呼吸をととのえて、アルトルージュは自分を落ち着かせる。

―― ヤツハ、シマツシマショウ。

「それはだめ。 ……大丈夫だから」

因果なものだ。

まさか、あの魔剣アヴェンジャーがオベローンの創生したホムンクルスとは。

アルトルージュは自らの生み出した業の連鎖に、押し黙る。

そして驚くべきは、

あの凶暴な魔剣を、脱走した猛獣のように捕らえ、完全に手綱をとっているエンハウンスであろう。

「……素敵」

アルトルージュは彼の去り行く姿をみつめ、すっかりほの字になっていた。

うっとりしている彼女のよこで、お座りするブライミッツはおもう。

アルトルージュ様の眼力を信用していないわけではない。

ただ、一番近い階段を使わず、わざわざ魔剣のあけた天井の穴から格好つけて飛び出そうとするあのアホな死徒のどこがよいのかと。

「ヘブ!!」

しかも頭ぶつけてるし。


/3.『笛』


「これ何?」

「スミレさんからのお見舞いだってさ」

今だベッドの上で療養中のアルクェイドは、志貴から手渡された貝がらを手にとっていた。

白い、真珠のような光沢をはなつ美しい巻貝。

「これを一回吹くと、スミレさんがどこの海にいても、すっ飛んで駆けつけてくれるらしいぞ」

「ほんと! じゃあ今すぐ」

「やめろって! 今はまだダメだ」

「え〜」

ふくれっつらで残念がるアルクェイドに、志貴は笑いながら諭す。

帰ってきたエンハウンスから託されたプレゼントは、

巻貝に含まれている水分が共鳴して、ある一定の音波を放出し、スミレはそれをキャッチするという優れもの。

イルカやシャチの水棲動物がだす音波と似た周波数なので、混信はないらしい。(エンハウンス談)

「これを使うのは、本当にピンチになった時だけ。
よく考えてつかうんだぞ」

志貴はそういって口笛をふく。

「変なの。
でも、水魔にまた会えるんだね。 よかった」

アルクェイドは耳に貝がらをあてた。

「ねぇ志貴、これ、海の音が聞こえるよ」

アルクェイドは、心地よさそうに耳を傾け、まどろむ。

彼女から貝を借りた志貴は、同じように、海の息吹をかんじた。



―― スミレさん。 今、どこにいるんだろう。



拷問好きの紳士がヒントを与え、

酔いどれの人魚がつくった、真祖の姫君への贈り物。

耳を澄ませば聞こえてくる、気まぐれな人魚の詩。


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