月影検Act.13


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1: アラヤ式 (2003/09/02 20:37:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「やはり、スミレはしくじったか」

「ヒハハ。 二十七祖の一人とはいっても、如何せん青くさい売女だからな」

「白翼公の予測は的中した。 今なら奴らを一気に仕留められるぞ」

遠くから、志貴たちをみつめる三つの邪悪な意思。

異形の死者たちは、スミレとの激闘で満身創痍の志貴たちを、生茂る木の上から狙いを定めていた。

彼らは白翼公の密命を受けた、スミレが失敗した時のための保険である。

三人の死者は樹上で陣形を組み、合図とともに固有結界ネバーモアを展開する。

「一気に殲滅する……ガハッ!!」

「どうし……グヘッ!!」

「な、なにが!?」

驚く死者の目の前で、二人の仲間は一瞬にして灰燼と化した。

灰が夜の闇にまいあがり、煙立つなかから金色の瞳をもつ紳士が姿をあらわす。

長髪を後ろにまとめ、闇に浮かび上がる白のスーツ。

一人残った死者の額に、短い刀が突きつけられる。

「親友との別れの時だ。 水をさすのは無粋だよ」

彼の瞳は、深い悲憤に燃えていた。

「き、きさまは白騎……ぎゃあああああああああああ!!」

レイピアは華麗な閃光を描き、最後にふさわしくない者達を塵に還した。


/1.『別離』


「どうして……? リタ、なんでこんなこと……」

スミレは大地に力なく膝をつき、死にゆくリタの体を、残された左手一本で抱きかかえていた。

硬質化した羽扇は、役目を終えて泥のなかに沈んでいた。

リタの体から温かみが失われてゆくのが、スミレにははっきりと、嫌になるほどわかる。

不死を極めた吸血鬼・死徒も、心臓への正確な一撃は致命傷だった。

どうしようもない、逃れられない、『死』。

傷ついたアルクェイドを抱え、呆然と立ち尽くす志貴は、その眼ではっきりとみた。

『死』の『線』が、リタの体を余すところなく覆い尽くす。

もはやどんな奇跡も、彼女を救うことはできない。

スミレも頭の中では理解しているのだろう。

だが、認めたくない。

「いやだ! いやだぁ! あたしをおいていかないでぇ!」

必死で叫ぶ。

狂おしいほど叫ぶ。

涙で濡れるスミレの頬に、リタの冷たい手が触れた。

「……そんなに泣いたら……みっともないわよ……美人がだいなし……」

「ああ、ひどいよぉ! こんな、こんなぁ」

リタの羽扇が貫いた胸の痛々しい傷、あふれでる激しい出血をスミレはどうすることもできなかった。

止血も無意味。

志貴はなき濡れるスミレの背中が、とても小さく、儚くみえた。

悲観とは一番遠い人だとおもっていたのに。

目の前で友を抱くあの人は、

あんなに取り乱して、

泣いて、

わめいて、

叫んで、

なんて、小さい人なのか。

「いやだぁ! あなたがいなくなったら、あたし寂しくて死んじゃうよぉ!」

「……子供みたいなこといわないの……おばかさん……」

喋るたびに弱まっていくリタは、泣きつづけるスミレを母親のように諭す。

芸術家の異名をとり、優雅な生き様と華麗な戦いをみせつけてきたリタ・ロズィーアン。

だが、長い金髪をおろして、化粧一つしていない彼女は、ただの一人の女性だった。

「……あなたを縛るものはなにもない……あなたは……自由……」

「そんなのいやだよ! リタがいないのはいやだぁ!
あたしはリタがいてくれればいい!
リタが元気ならあたしはそれだけでよかった……。 それだけでよかったのにぃ!」

雨と涙の区別ができない。スミレはリタをきつく抱きしめた。

血と水がまじり、地面に淡いマーブル模様ができはじめる。

陽気も、酔気も、冷酷もなにもない。リタが慈しむように触れるスミレの顔は、肉親の死に目にあう少女のようだった。

おしよせる悲しみをこらえられず、あふれるものがとまらない。

別れの時は訪れる。

リタの右手が、スミレが必死で握りしめる親友の手が、形を失っていく。

「ああ、いやぁ!」

「……おわかれ……ね……」

灰になってぼろぼろと崩れていくリタの左手を、スミレは無我夢中で形をととのえようとする。

かなしいくらい、徒労にすぎなかった。

「あたし、あたしなんでもするっ!
もうめんどいからって歌劇バッくれたりしない! 気位高いから飲みづらいなんて文句たれないよぉ!
だからお願い、いかないでぇ!!」

「……そんなこと……もう気にしていないわよ……」

崩壊が、はじまる。

足のつま先から肌が灰色にかわり、ボロボロと雨とともに崩れ落ちていくリタの体。

スミレの左腕にかかる重さが、みるみるとなくなっていく。

「リタぁ! リタぁ! 」

「……うれしい……あなたに看取られて死ねるなんて……芸術だわ……」

生気をうしない青ざめるリタは、泣き叫ぶスミレに力の限りの笑顔つくった。

「……スミレ……おねがいが……あるの……」

「……なに?」

「……笑って……私、あなたの……笑顔がみたい……」

スミレは目をきつく閉じた。

あふれる涙を振り絞って、断ち切るように閉じ込める。

精一杯つくった笑顔でスミレは応えた。涙まじりの、泣きはらした顔で。










「……スミレ……あなたのことが、この世界の中で……一番すき……」

「リタ、あたしもあなたのこと大好きだよ。 大好き」











リタは安心したように目を閉じる。

そして静かに、息をひきとった。

「あ、ああ……。 リタぁ!!」

灰となったリタのワンピースを抱いて、スミレは泣いた。

雨が、一層激しさを増す。リタの遺灰は流され、跡形もなくなっていく。

折られた大木と土石が累々とする森で、スミレの悲痛にみちた慟哭は、いつまでもやむことはなかった。

全てを見届けた志貴は悟る。

もう、俺にできることなんて、何一つない。

「帰ろう」

傷ついたアルクェイドを抱く彼の求めに、ずぶぬれのエンハウンスは無言で了承した。

「はぁ〜!? おまえら、あのアマに殺されかけたんじゃねえのか? 今なら犯して殺すチャンスふ!!」

エンハウンスの右手が、ぶうたれる黒狐のアゴを万力のように締めつける。

「黙れ。 黙らねぇと、てめぇマジで叩き折るぞ……」

紅の魔眼で睨みつける彼の怒気に、さしもの魔剣アヴェンジャーも閉口して頭を引っ込めた。

「志貴……」

アルクェイドが、目を覚ました。

首を動かすのもやっとの彼女の目に映ったのは、悲痛な表情の志貴と、無言で魔剣を背中にさすエンハウンス。

地べたに崩れ落ち、見慣れぬ服を抱きしめるスミレの姿だった。

「水魔、どうして泣いてるの?」

まだ血だらけで顔を腫らすアルクェイドは、志貴に問い掛ける。

「もう、終わったんだ。 終わった」


/2.『傷跡』


あれから、二日がたった。

二十七祖が一人、リタ・ロズィーアンの崩御は、裏の世界に少なからず衝撃を走らせる大事件となった。

アルトルージュは、その大騒動の収束と事後処理のため、再びバチカン市国へ赴き奔走している。

そして、

「水魔に会いたいの」

「ダメです」

「会いたいのよ」

「ダメったらダメです」

「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい〜!!」

「いい加減にしなさい、あーぱー吸血鬼!!
全身十箇所以上の複雑および粉砕骨折、内臓破裂その他の傷害もろもろ、これだけのことをされて、まだそんな寝言いうんですか!」

「私はそんなこと気にしてないもん!」

「おばかぁ!!」

スパコーンという痛快な打撃音。

不毛なやりとりが、かれこれ一時間続いている。

スミレに重傷を負わされたアルクェイドは、包帯ぐるぐる巻きの状態でベッドにいた。

日に日に増大する吸血衝動の影響で、復元呪詛の効力が弱まっていたせいか、かなり切迫した事態にまで陥ったが、

シエルの治療術式をうけてなんとか回復にもちなおした。

喧騒する部屋に、洗面器をもった志貴が入る。

カエルみたいに頬を膨らませるアルクェイドは、隣で座るシエルにむかって指をさす。

「志貴ぃ、シエルにいってやってよ。
私、水魔に会いたいのに全然話きいてくれないんだもん」

さされたほうのシエルは、心の底からため息をついた。

「はぁ。 学習能力ないんですね。
そもそも今回の発端は、あなたがウォーター・ボトルにノコノコついていったのが原因でしょう?」

「いいじゃない。 私は生きてたんだし」

「そういう問題じゃありません」

「アルクェイド。 先輩のいうとおりだぞ。 だいたい今は、気楽に会えるような状況じゃないだろ」

すっかりご機嫌ななめのアルクェイドに、志貴は控えめの苦言を呈す。

今回の事件で、現在出張中のアルトルージュは、かなりいきり立っている。

スミレが再びアルクェイドと接触すれば、今度こそ容赦することはないだろう。

大体そのまえに、スミレは行方不明なのだ。

森で別れたあと、志貴とエンハウンスが再び戦場を訪れたときには、

土石が散乱していた森は綺麗に修繕され、爪痕らしきものは一つも見当たらなかった。

エンハウンスの話によると、スミレはいかなる戦いでも、遺恨を残さないのが信条らしい。

「だって、水魔かわいそうだよ」

そういうと、アルクェイドはバンソウコウだらけの顔を伏せた。

「水魔は何もかも失ったじゃない。
あんなに必死で守ろうとしたのに、大事なもの全部なくしたんでしょ。
あんまりだよ……」

「いいえ。 彼女は自業自得です。
人質にとられていたとはいえ、オーテンロッゼと彼女は自ら手を組んだんですよ。
この結果を予測できなかったとは言いがたいですね」

シエルの冷たい突き放しに、アルクェイドの魔眼が光る。

「……シエル、怒るよ」

「構いませんよ。 今のあなたに負ける気は1ミリたりともしませんから」

殺気立つ二人の間に、志貴が割ってはいる。

「やめろよ。 それに……」

「ゲキャキャキャキャ〜! おまえの処女はどんなあじ〜? や○せろ〜!!」

「いやぁー! マスター助けてぇー!!」

部屋のドアからみえる廊下では、妖怪エロ狐こと魔剣アヴェンジャーが、恐怖に震えて泣き叫ぶセブンを追い掛け回していた。

幼女の姿をしているセブンを襲おうとするあたり、魔剣の節操なしのうえに見境なしのエロ根性を実証している。

「シエル、なんなのあいつ……」

「ああ、あれですか?
あれは錬金術の汚点が生み出した史上最悪の淫獣です。
あのホムンクルスの頭の仕組みは、二十四時間性的欲求を満たすために造られています。
ターゲットは幼子から熟女までオールレンジ。
前十八位があの魔剣を扱えなかった理由は、煩悩だらけの狐の手綱をとることができなかったのも一因でしょうね」

淡々と、シエルは憎々しげに語る。セブンはそのまま放置。

「社会的にも人道的にも迷惑この上ないので、私が自立意思を封印したんです」

「それがなんで解けるのよ。 はっきりいってあいつ、キライだしウザイよ」

顔をしかめるアルクェイドは、廊下で大暴れの黒狐をバッサリ切り捨てた。

彼女がケガで寝ている二日間、アヴェンジャーは隙をみては襲おうとして、そのたびに志貴とエンハウンスにボコられている。

が、まったく懲りていない。

「私の魔術による封印は、使役者であるエンハウンスの魔力を源としています。
おそらく、ブラックモアとの戦いで封印の力が徐々に弱まり、スミレとの戦闘でついに鍵がはずれてしまったんでしょうね。
エンハウンスが生命の危機に陥った場合の、最大の防御反応が働いたということです」

「それってつまり、魔剣アヴェンジャーは真の力を解放したってこと?」

「そのとおりです。
まあ、これからは枕を高くして眠れそうにはありませんね。 油断していると犯されますよ」

「ゲキャキャキャキャ! 処女喪失よりア○ル喪失がはやかった淫乱シスターにはいわれたくないよ〜ん! ププ〜」

扉の前でしっぽを振りながら、六つ目の黒狐は転げまわって笑っている。おまけにケツをつきだしてイヤンイヤンのポーズ。

ひきつった眉をピクピクさせるシエルの服の袖から、ギンギラに光る黒鍵が取り出された。

「ブチ殺します!」

「ゲキャキャキャ! デカケツ振りで僕ちんに追いつけるかな〜?」

「汚らわしい性剣、叩き折ってあげます!」

純粋な殺意に満ちた代行者は、いきがる魔剣の抹殺にむかった。

志貴とアルクェイドは顔を見合わせたあと、ため息をついた。

おそらく城の壁やらが損壊するのは確定だろう。アルトルージュが帰ってきたらなんといわれることやら。

そしてもう一つ。

この害獣的な魔剣を放置しているご主人様は、今ごろどこをほっつき歩いているのかと想いをめぐらせる。


/3.『送葬』


カリブ海。

映画の舞台ともなり、青い秘宝が眠るという神秘の海は、人外が棲む魔の海と恐れられる一面をもつ。

波間に、一人の女がゆらゆらと漂っていた。

女は、夜の空をながめている。一見すると水死体なのではないかと勘違いする。

実際、スミレは空っぽだった。


「はぁ」


ため息を、ついた。


「はぁ」


また。


「はぁ」


また。


「……つまんない」


ずっと、同じ事を繰り返しつぶやく。

リタは、死んでしまった。

真祖の姫君を裏切って、傷付けて、地べたを舐めさせて、酷いことをいっぱいやった。

それがリタを救うことになると信じて。

でも、

間違っていた。

間違いだってわかっていたことは、やっぱり間違いだった。

「あなたがいないと、つまんない。
なんで死ぬんだよーっ!!」

夜の海に、どうしようもない怒鳴りが響く。波は空しい叫びを吸い取って、消していく。

それでもやるせないスミレは、海中からウィスキーの一瓶を取り出した。

一口、あおる。

また一口。

全然、美味くなかった。

こんなに不味い酒があるのだろうか。

スミレは生まれてはじめて、苦い酒をのむ。

気分がまったく晴れないので、スミレはあおるのをやめた。

ジーパンのポッケからビニール袋をとりだす。

手のひらに、粒上の粉末を盛る。リタの遺灰だった。

「あなた、派手好きだもんね」

手一杯に遺灰をもち、あたり一面にばらまいた。

月の光がふりそそぐとき、水面が、点のように青く輝きだす。

水中に無数のライトがあるような美しい蒼の煌々。この海域が『青い秘宝』といわれる所以である。

「この辺りの海は、発光する性質のプランクトンがいるんだ。 綺麗でしょ〜♪」

波を漂う遺灰に語りかけるように、スミレは得意げに呟いた。

だが、すぐに空しくなった。

「あはは。 ばかみたい……」

空しくなると、涙が出る。

哀しくて、悲しくて、


「綺麗だよ!! 実に美しい!!」


いきなり、素っ頓狂でハイな声が聞こえた。

半泣きのスミレが上空を見上げると、そこにはオンボロの帆船が宙を漂っている。

帆船の船首に、紅の薔薇をもつ金髪の男が一人。

スミレは驚いて声をあげる。

「……ホ○」

「ごきげんよう、ウォーター・ボトル。
僭越ながら、僕にもリタの冥福を祈らせてくれないか?」

幽霊帆船はゆっくりと高度をさげ、静かに着水する。呆けるスミレの前に、紳士の手が差し伸べられた。

突然のことにびっくりしたスミレではあったが、ヴラドの誘いに素直に応じる。

引き上げられたスミレが甲板に上がると、幽霊船団の髑髏兵士が、船の両端にそって一直線にならんでいた。

しかも、全員かかえきれないほどの薔薇の花束をもっている。

ヴラドは自分の薔薇をスミレに渡すと、優雅な佇まいを崩さず号令をかける。

「さぁ! 最後のお別れだ!」

ヴラドが手を掲げると、髑髏兵士は一斉に花束を海に捧げた。

青の光を放つ海と、深紅の薔薇が溶け合い、美しい。

今は亡き麗人へ送る至上の礼儀。

スミレは彼の行動に、驚きとともに深い感銘をうける。

「……どうして、ここまでしてくれるの?
あたしは、あんたと、あんたの大切な姫様も殺そうとしていたんだよ?」

懺悔をにじませてスミレは尋ねた。ヴラドは笑っている。

「過去よりも未来だよ。
僕は、君の親友であるリタを救えなかった。 このくらいやっても余りあるのさ。
さぁ、トリは君がやるんだ」

ヴラドは甲板のまえにスミレをすすめた。頷いたスミレは、船首近くに進み出る。

スミレは、胸に抱きしめている薔薇を一瞥する。

「……さよなら」

静かに、海にささげた。

一厘の薔薇が、葬送の列にくわわる。ヴラドはリタの遺灰が漂う海に向かって、深々と会釈した。

「リタ。 君は、誰よりも美しかった」

彼の真摯な姿に、スミレはこらえていた涙をあふれさせる。

「ヴラド、ありがとう。 リタも草場の陰で喜んでるよ。 ……ありがとう」

心の底からの涙。

片手で涙を拭うスミレに、ヴラドは白いハンカチを手渡す。

「あたし、誤解してたよ。
あんたって、幼子の血に目がなくて拷問好きで人でなしのうえに同性愛の妄想驀進変態男だとおもってたけど、
ほんとはいい奴だったんだね〜♪」

「……もっと他に言い方はないのかい?」

ちょっと苦い顔をするヴラドは、笑ってはいたが結構凹んでいた。


/4.『島』


「え〜!?
じゃあ、アルトちゃんの護衛バっくれてきてくれたの?」

「ハハハ! 君が心配することはないよ。
リィゾとブライミッツ殿がいれば、姫様に害意が及ぶことはない。
帰還されたら、僕は八つ裂きの刑に処されるだろうけどねぇ! 姫様直々の……ヒメサマの……ああ……。
う〜ん、今から楽しみだ〜!!」

「あはは! はっちゃけてるね〜。 ついていけないわ♪」

淡い電灯がされている落ち着いた雰囲気の船内で、スミレはヴラドの船内で夕食をご馳走になっていた。

真っ白なテーブルクロスに髑髏兵士たちが運ぶ豪華な料理の数々。

豪華客船の一等船室を彷彿とさせる待遇だ。

スミレに、笑顔が戻っていた。

「……そっか。 リタと会ってたんだね」

「ああ。 最初はね、志貴くんたちの加勢にいこうとも考えたんだよ。
だけどね、君の力は僕のそれを遥かに超えている。
彼らの足手まといにしかならないのは明白だった」

スミレは押し黙ると同時に、少し驚いていた。

二十七祖の第八位、『吸血公爵』と畏怖される誇り高き白騎士が、自らを足手纏いといっている現実に。

それだけ、志貴とエンハウンスを認めているということに。

「リタは、酒場でこう言っていたよ。
『あの子にはいつも自由でいてほしい』。
彼女は誰よりも、君のことで頭がいっぱいだったんだね」

それを聞くとスミレは、ぽろぽろと涙をこぼしはじめる。

「……あ、すまない。 泣かせるつもりはなかった」

「ううん、いいよ。 続けて」

「最後に森で会った時、彼女から言伝をあずかった」

ヴラドは一呼吸おくと、静かにいった。

「『また、蒼い泉に連れて行ってね』、とね」

スミレの眼が、止まった。

しばらくして、俯いていたスミレは、涙まじりで微笑んだ。

「……リタのばか。
連れていってあげるよ。
死んだって、幽霊になったって連れまわしてやるんだから」

涙を拭いて、スミレは笑った。

リタの残した想い。

ヴラドに託した想い。

最後の最後まで友を想ったリタの気持ちは、スミレに確かに伝わった。

「でも、あたしは許されないことをしたよ。
姫様の気持ち弄んで、残酷に傷付けた。
エンハウンスも最悪の形で裏切った。
遠野、許してくれないよね。 あいつ、あたしのこと信じてたのに」

寂しそうにスミレは呟く。

殺されてもしょうがない。自分は、それだけのことをしてしまった。

「ウォーター・ボトル。
所詮生き物なんてね、生きているだけで罪人なんだよ。
大きな罪を犯したなら償えばいい。
謝ればいいんじゃないのかい?」

「そんなの、自己満足だよ……」

「確かにね。
でもね、塞ぎこんで何もしないよりは絶対にいいはずだよ。
そうだ!
こんな方法はいかがかな?」

手を叩いてトンチが閃いたヴラドは、スミレに耳打ちする。聞き耳をたてるスミレは、だんだん顔がほころんできた。

「……いいかも」

「だろう?
僕の大好きな漫画を参考にさせていただいた方法さ。
これならお怒り気味の姫様も納得してくれるだろうし、きっと真祖の姫君もお喜びになる。 どうだい?」

「いい! あたしやるよ! 絶対やる♪
あんた、最高だよ〜! ホ○だけど」

久しぶりに喜びに胸を膨らませるスミレは、ヴラドに抱きついた。

お礼とばかりに接吻の嵐をかます。ヴラドの頬はあっという間にキスマークだらけになった。

「ところでさ……」

頬をハンカチでふくヴラドに、スミレは尋ねる。

「この船って、どこに向かってるの?」

スミレは窓の景色をそれとなく気にはかけていた。さっきから海ばかりで、陸がひとつもみえない。

ヴラドはスーツの袖をたくしあげると、純金の時計をみて確認した。

「そろそろだね。 外へでよう」

「???」

疑問符をうかべているスミレの手をひっぱり、ヴラドは甲板へと足を運ぶ。

船の真正面に、人が住んではいなさそうな孤島がうかんでいた。

甲板に冷たい風が吹き付ける。

「あの島に、なにかあるの?」

「ああ。 君の長年のファンがお待ちかねさ」

ヴラドの指をさした方向は、孤島の白い砂浜だった。

月明かりに照らされて、純白が際立っている。

スミレは紅い髪をかきあげて、凝視する。

孤島の砂浜に、人影があった。

「お〜い! 姐さ〜ん!」

Tシャツに海パンという、夜の砂浜にはいささかトンチキな格好。

エンハウンスは、晴天のようにカラッとした笑顔で手を振っていた。(海パンは志貴から黙って借りた)


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