月影検Act.12


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1: アラヤ式 (2003/08/30 22:33:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

あたしは、ここで倒れるわけにはいかない。

三百年前から、あたしとリタはずっと友達だった。

これからもずっと。

間違いなんて、最初から知ってる。


/1.『激流』


白煙を上げる拳。

突如あらわれ、アルクェイドを襲おうとした黒い狐は今、エンハウンスの右手でぶら下げられている。

さながら毛皮でできたボロ雑巾のようになった狐を、アルクェイドは興味しんしんにみつめていた。

「こいつ、何者なの?」

「相手にしないほうがいいぞ。 こいつは盛りのついた年中発情期のエロ狐さ」

「ゲキャ〜! ふざけんじゃねぇぞ! 俺は誇り高き魔剣! ヴァ!? ヴぇ!? ヴ!?」

六つの三白眼をもつ狐は、エンハウンスのごつい左手で往復ビンタを喰らう。

「いいか、耳の細胞かっぽじってよ〜く聞け。
てめえは俺の言うこと聞いてりゃいいだけの家畜なんだよ。
畜生如きが異種の婦女子に反応するんじゃねぇ。 わかったか性剣伝説!!」

「いて〜! わかったわかった! 戻ればいいんだろ、この死徒でなし〜!」

観念した黒狐は、黒い靄を全身から噴き出した。ぶらさがってた狐は靄の中で、2.5mの刀身を誇る大剣、魔剣アヴェンジャーに姿をかえる。

水にぬれたアルクェイドと、彼女を介抱する志貴は、唖然とするばかりだった。

「うそ……。 有機元素魔剣属は確かに擬似生命だけど、主からの魔力供給なしで活動するなんて聞いたことないわ」

「う〜ん。 俺も状況があんまり理解できないんだけど、さっきの狐みたいなのって、おまえの魔剣なのか?」

質問されたエンハウンスは、魔剣を肩に担ぐ。

「みてのとおりだ。 それよりお二人さん、まずいことになるぜ」

天空を仰いだエンハウンスは、冷や汗まじりに呟く。夜の闇にもはっきりわかるどす黒い雨雲が、夜を飲み込む。

「まさか……」

「エンハウンス」

「もうわかるだろ。 最悪だ」

泉に、地震のような振動が響いた。

天空から、勢いよく無数の雨粒が落ちてくる。

水がうねる。

細かい飛沫があがる泉の水面に、彼女はあらわれた。

スミレが、くる。

「天気を予測するのもさ、戦いに身をおく者の常でしょ♪」

天を見上げたスミレは均整のとれた顔をあげ、雨粒を気持ちよさそうにうけていた。アヴェンジャーに貫かれていた上半身も傷一つなく回復している。

「それにしても酸っぱい雨だね。 改善されたっていっても、環境汚染はまだまだ深刻みたい」

雨に濡れるスミレは、セミロングの赤い髪が肩にからまり、妖しいまでの優美を醸し出していた。

「油断してたわ。 正直あたしも、あんたたちと関わって牙がぬけてた。
もう、終わらせてあげるよ」

一歩一歩、水面から志貴たちに歩み寄ってくる、水魔スミレ。

志貴たちにふりそそぐ雨の一粒一粒が、彼女の殺気を吸収して直に伝わる。

この空間は、スミレの支配する空間。 水の支配者だけに許された、水の全てをあやつれる空間。

こじんまりとした泉を囲う黒い森は今、スミレを主とする領域に変貌をとげる。

深く、抉るように伝わってくる彼女の殺気に、志貴の鋭敏な皮膚は悲鳴をあげる。

エンハウンスが右手で握る魔剣アヴェンジャーが、細かい間隔の振動を奏でている。

志貴たちは森を背に、スミレとの距離をとる。

「志貴、わるいな。
俺のクソ狐がでしゃばったせいで、スミレは完全に冷静を取り戻しちまった。
おまけに泉と雨の絶対供給量がバックボーンについてる。
マジな話、俺は勝てる気がしない」

「めずらしく弱気だな。 俺も、そんな気がする」

「だったら退くか?」

「退けない。 アルクェイド、逃げろ」

「な、何いってるのよ! 私だけ逃げるなんてできるわけないでしょ!」

アルクェイドの額に、七つ夜が突きつけられた。

「逃げろっていってるだろ!! 死にたくなかったら逃げろっ!!」

志貴は雨が降りしきるなか、これ以上ないほど怒鳴った。

額に刃をつきつけられたアルクェイドは、俯くと、雨に負けないくらいの大粒の涙をこぼす。

「……やだ。
やだ、やだ、やだやだ、やだ、やだ! 志貴が死んじゃう! やだよぉ!」

アルクェイドは泣きじゃくってごねる。


「遠野のいうとおりだよ」


スミレは、仕掛けてきた。

志貴たちの眼前に、巨大な水しぶきが舞う。鉄砲水。泉の全ての水量をかきあつめた洪水がおしよせる。

森のすべてを喰らい尽くす勢いの激流が、志貴たちを襲った。志貴たちのいた付近の木々は、あっという間に水に飲み込まれる。

志貴は咄嗟に、七つ夜を口に含み、押し寄せる水を受けた。

水の中で志貴は体をばたつかせ、目をあけることもままならない。それでも彼の右手は、真後ろにいたアルクェイドの左手をがっちり掴む。

(志貴!)

(アルクェイド!)

太い木の幹に身をあずけた志貴はかろうじて目をあけ、彼女の無事を確認した。

だがこのままでは流される。木の幹が流水に負け、根元から折れようとしていた。

このままでは、陸で水の藻屑となってしまう。

刹那、節の多いごつい大きな手が、もがく志貴の左手をがっちりと掴んだ。

エンハウンスは魔剣を地面につきさし、押し寄せつづける流水のなかで必死に体をささえていた。

だが志貴はみてしまう。彼が魔剣を握りしめる右手が、流される水とともに灰燼を吐いて崩れてしまう様を。

志貴は水流のなかでアルクェイドの言葉をおもいだした。

『吸血鬼は、流水のなかで泳ぐことはできない』

志貴の左手で、かろうじてつかまれているアルクェイドも、苦悶の表情を浮かべていた。

まずい。このままでは二人とも死ぬ。

八方塞がりの状況で、さらに悪夢がやってくる。

溺れるアルクェイドの後ろに、目にもとまらぬ速さでスミレが姿をあらわした。

彼女は、大木を押し流す激流の中でも、イルカのような俊敏な泳ぎでコントロールをとっている。

スミレの手が、アルクェイドの腕を掴んだ。エンハウンスとアルクェイドに両手をふさがれている志貴では、どうすることもできない。

「(遠野。 姫様もらうよ。 ばいばい)」

水を介して志貴の鼓膜に直接響く音声。

スミレの驚異的な力で、アルクェイドは腕をひっぱられる。 それでも志貴の手を放すまいと必死に掴んでいた。

(アルクェイド!)

志貴もスミレの強烈なドルフィンキックに流されまいと、彼女の手を必死で握りしめる。

だが抵抗は無駄だった。スミレは咄嗟に水をなで、具現された水流の鎌が、アルクェイドの二の腕を切断する。

鮮血を撒き散らしながら、アルクェイドはスミレとともに、激流の行き着く先へと消えていった。

/2.『魔剣獣供

大木や瓦礫が累々と山積し、泥の沼と化している森の中腹。

「起きなよ」

スミレの振りぬかれた右足が、アルクェイドの顔面をとらえた。アルクェイドは流水のダメージがひびき、立ち上がることすらできず突っ伏す。

「お別れの前に挨拶ぐらいはさせてよ。 お〜い」

スミレは倒れたアルクェイドの前にかがみ、血と唾液で汚れた彼女のアゴを掴んだ。

「水魔……私……あなたのこと好きだよ……」

「まだそんな寝言いうわけ?」

スミレはアルクェイドの髪を強引に掴むと、そのまま地べたにたたきつけた。衝撃でアルクェイドから白いものがとんだ。それは、彼女の前歯だった。

「ま、あんたを殺せば、遠野殺すのも楽になりそうだし、最初からこうしてれば良かった」

「……いや。 志貴を殺さないで」

歯が折れ、美貌も見る影のないアルクェイドは、土まみれの唇でうつ伏せのまま懇願する。

スミレの額に青筋が浮かんだ。それと同時にアルクェイドの体を螺旋状に、水のロープが押さえつけた。

アルクェイドの右腕が関節を無視して、三つ折りのジャバラに変形させられる。

骨の破片が肉から飛び出て、抉り出された筋肉組織が空気に触れる。身の毛もよだつ拷問が水の蛇によって執行された。

「そうだよね。 納得できるわけないよね。 あたしが勝手な言い分ほざいて、あんたたちを勝手に殺そうとしてるんだもん」

うめきに似た悲鳴をあげるアルクェイドにかまわず、スミレは話をつづける。

「どんな犠牲はらってもかまわない。 リタはね、あたしのたった一人の親友なんだ。 だから死んでよ」

「……志貴と一緒にいたい。 一緒にいたいだけ……」

「ごねる女はきらいだよ」

からみつく水の蛇は、アルクェイドの体を容赦なく締め付ける。肋骨は砕け、大腿骨はへし折られ、アルクェイドの全身の骨が悲鳴をあげた。

激流がおさまったころ、志貴は意識を取り戻した。

うっすら目をあけると、そこは清涼な泉が湧き出ていた秘境とは一片、大災害にでもあったのかという廃墟と化していた。

泉のあったところは、水を完全に失って底があらわになり、

激流を喰らったところから一直線に森の木々がなぎ倒され、超大口径の大砲がとおったような有様。

スミレの本気は、下手をすると小型ミサイルの爆撃にも匹敵する。

「アルク……!」

志貴は絶句する。

彼の右手には、水と血が混じった液体を垂れ流し、主を失ったアルクェイドの切断された腕が握りしめられていた。

冷たい。背筋が凍りつくように冷たい。

無機質な鋼鉄のように冷たい彼女の手は、志貴に最悪の事態を想像させるには充分なものだった。

「アルクェイド……」

何て様だ。

俺は。

崩れ落ちかけた志貴の左手を、誰かが引っ張る。

「『あきらめたらそこで死合終了だよ』って、俺の好きな漫画のキャラが言ってたぜ」

魔剣を地面につきさし、雄雄しい姿をみせるエンハウンスは、志貴を力強く引っ張り起こした。

彼はあの激流のなか、自分が灰燼と化そうとしても、志貴の手を離さなかった。

「さすがに輸血しないと辛いな。 泳ぎは不得手なんだよ」

彼は体中から白煙を上げ、魔剣を握りしめる右手は浄化して崩れ落ちかけていた。無理もない。あの激流で一番さらされていた部分だ。

「スミレは水流にのって姫君を連れて行ったな。 いくぞ」

エンハウンスは灰になりかけている手をものともせず地面から魔剣を引き抜いた。剣の先が根っこのような触手をのばして蠢いている。

勇気付けられた志貴は立ち上がり、エンハウンスと激流のとおった跡を駆け出していく。

だが、

「やばい!!」

志貴がエンハウンスの行く手を遮った。一瞬、彼の行動に躊躇したエンハウンスも、その意味をすぐ理解することになる。

「……なるほど。 スミレ、隙がないな」

上空を見上げた二人が目撃したのは、降りしきる雨とともに上空に具現されている水槍の集団。

アルクェイドが連れ去られていったとおもわれる水流の通り跡、約500mにわたり、水槍は鋭利な切っ先を研ぎ澄ませていた。

エンハウンスは手ごろな小石を投げた。すると水槍の数約50本が小石めがけて延々と発射され、跡形もなくなってしまった。

志貴は思い出す。スミレが魚を捕らえたときに使っていた技術を。

「音だ。
スミレさんは、水を隔てた音で俺たちの侵入を感知してくる。 これじゃ近づけないぞ」

「マジか。 じゃあ、俺らの足音を降りしきる雨のなか聞き分けれるわけか。 あの女はイルカかなんかの生まれ変わりだな。
強引につっこんだら蜂の巣。 だが、もたもたしていたら姫君が殺される」

エンハウンスは魔剣の刀身を聖葬法典でビシバシ叩き始めた。

「おい。 おまえの出番だぜ。 せっかく封印から目覚めたんだから仕事しろよ」

魔剣アヴェンジャーがガクガクブルブルと震えだす。それでもエンハウンスは銃身での往復ビンタをやめない。

耐え切れなくなった切っ先から、あの六つの目をもつ狐が、頭部だけを具現する格好で飛び出てきた。

「いって〜! 何すんだ中途半端吸血野郎! 僕ちん叩くヒマあったらシエルの処女うば……ボゴ!!」

「黙れ。 いいか、上空には音感知の水の凶器がざっと見で千はある。 ここを突破したい」

「ケッ! んなめんどいこと自分でやれよ! 俺サマが穴だらけになったら世界中のメスが泣いちゃうだろ〜」

「……撃つぞ」

聖葬法典の銃口が、黒い狐の頭部に突きつけられた。狐はだらだら冷や汗を垂らし、六つの三白眼が恐怖でわなわな震えている。

ああなるほど、こうやって傍若無人な魔剣を調教してるんだな。と志貴は理解した。

「わかったよ〜。 やりゃいいんだろ、やればよ。 ……おまえ、テンぱってるんじゃないのか? かなり負荷かかるぜ〜?」

全身から浄化の白煙をあげているエンハウンスの様子をみて、珍しく狐は真面目な顔をする。といっても妖怪みたいな面だが。

「心配するな家畜。 リミッター解除したら、同時に志貴の援護も頼むぜ」

「はぁ? こんなニンゲンのガキ連れてどうすんだよ?」

「今にわかる。 志貴、一気に突破するぞ。 全速力で走り抜けろ。 コケたら終わりだ」

「そんなヘマするもんか。 頼むぞ」

エンハウンスは聖葬法典をホルスターにしまい、魔剣を両手持ちにかえた。

/3.『水炎』

降りしきる豪雨の中、アルクェイドの顔面は、泥にまみれていた。

スミレの水を使った拷問は、彼女のうめき、苦しみに一切かまうことなく続いている。

アルクェイドはすでに全身十箇所以上の骨を粉砕され、呼吸もままならない。

苦悶するアルクェイドの様子を、かかんで座るスミレは呆れ加減で見下ろしている。

「さて、そろそろ殺るかな。
あんまりもたもたしてると、アルトルージュ殺すのにもひびきそうだし」

スミレは指をぱちんと鳴らすと、人の背大の水の鎌が具現された。うつ伏せのアルクェイドの首筋に、鋭利な刃があてられる。

「姫様さいごだよ〜。 何かいうことはない?」

アルクェイドの髪の毛を掴み、スミレは最後の断末魔を聞こうとした。


「ありがとう……」


アルクェイドは、雨と泥に似れた顔で、弱々しく呟いた。

スミレの髪を掴む手が、わなわなと震える。

「……なんでっ!?
どうしてあんたはそうなのっ!?
全然わかんない! わかんないよっ! なんでここまでされても笑えるのっ!? これから殺されるのに、どうしてあんたは笑うんだよ!!」

「水魔、ありがとう……」

「やめてよっ!
あんたのその声聞くと、あたしおかしくなる!! いらいらするのよっ!! おかしくなるっ!!」

スミレの仮面が、再び音をたてて壊れた。憎んで、恨んで、死んでくれればいいのに、どうして目の前の金髪の女は笑うのか。

スミレはアルクェイドを突き飛ばし立ち上がると、アルクェイドの腹を蹴りこんだ。

それでも、ぜんまいが壊れた人形のように、アルクェイドはありがとうを何回も呟く。

耐え切れないスミレはアルクェイドの胸倉を掴みあげ、殴りかかった。

何回も、何回も、数え切れないくらい殴った。それでもアルクェイドはやめなかった。肩を震わせ、目を血走らせるスミレに向かって

「(……ありがとう)」

殴られ、頬骨を砕かれたアルクェイドは、うごかすのもやっとの唇で、声もなく呟いた。

肩で息を切らすスミレは、殴るのをやめた。彼女の唇から鮮やかな血の雫が垂れ落ちた。

アルクェイドを地面に投げ捨てると、すぐさま水の槍を具現する。スミレはそれを直に手で掴む。

いままで直接手をくださず、水に攻撃を任せていた彼女が、はじめてその刃を自ら向けた。

水の槍の先端は、非常に細く鋭くなっていて、アルクェイドの首を突き刺すのには充分な得物。

雨は勢いを強め、死徒を濡らす。

水魔とよばれた死徒は、唇を震わせながら、涙を流していた。

「……間違いなんてわかってる。 ばいばい、姫様」

スミレの槍が振り下ろされる刹那、

彼女の腕が、消えた。

「え?」

一瞬、黒い閃光のようなものが走った。それと同時に、スミレの腕が上から無くなってしまった。

スミレが我にかえったころ、タイムラグをおいて鮮血が噴き出した。

彼女は閃光がとびさった方向へ振り向いた。降りしきる雨の中、アルクェイドを両手で抱える遠野志貴の姿。

スミレは、なくなった腕の傷口をみつめ、薄く笑う。

「速いね。 それが本気なんだ」

噴き出す血にかまう素振りをみせないスミレ。遠野志貴はスミレを見据えた後、自らの腕に眠るアルクェイドをみつめた。

アルクェイドの唇は赤黒く腫れていた。全身の重要な骨格はほとんど破壊され、意識を失っている。

冷たく、重たいアルクェイドを志貴はたまらず抱きしめる。

許せなかった。彼女をここまで追いやることになった自分の不甲斐無さ。そして

「……なんでここまでするんだよ。 もう救えないぞ、スミレ!!」

怒りの咆哮を、志貴はスミレに叩きつけた。

「ゲキャキャキャ! すげえなニンゲン! 内包する死がみれるのかよ! 」

「だからいっただろうが。 あいつに殺せないものはないんだよ」

なぎ倒された木々の道から、今度はエンハウンスが姿をあらわした。

彼が握る魔剣アヴェンジャーはどす黒いオーラ放ち、刀身が生き物のようにわなないていた。

エンハウンスの背後に、六つの目をもつ狐の影がとりまく。志貴に抱えられるアルクェイドを一瞥して、エンハウンスもスミレを睨みつける。

「堕ちたな、スミレ。 俺の知ってる『姐さん』は、女かどわかして弱いものいじめするような性悪女じゃない」

「……あたしのトラップ、どうやって突破したのさ。 けっこう厳重にしたはずなんだけど」

エンハウンスは、雨を斬るように魔剣を振った。

下に落下するはずの雨粒は、魔剣の降られた先を舐めるように滑り落ちて、丸く集まる。

切っ先に、スミレが使役しているかのような水の塊が形成された。

魔剣の先端から黒い狐の頭がのび、水の塊を食い破る。黒狐はいやらしく牙をみせ、高笑いをする。

「ゲキャキャキャキャ。
俺は魔剣属の王『ネクロス』。
数々の犠牲になった同胞の上に立つ最後の者。
地球上の鉱物は全て我の支配下にある。
貴様の水の中にも、鉄やらカルシウムやらは溶けているだろうが! ボル○ィック〜!」

「このバカの話を要約すると、魔剣アヴェンジャーは自己意思を開放することによって、
半径50m以内の金属原子の流れを変える超抜能力を得る。
スミレ、あんたの誤差一つない水の統制も、分子レベルでかき乱されたら性能はガタ落ちだな」

片腕を失ったスミレは、二人の男に挟み撃ちされる形となった。

アベンジャ―は水中の金属原子を操作して、スミレの仕掛けた水槍のトラップを乱した。

それはすなわち、スミレの水を媒介とした攻撃はすべて封じられること意味している。

ついに、水魔を追い詰めた。

エンハウンスがスミレの攻撃を全てカットし、志貴がその隙をつけば事は終わる。

だが、この状況で志貴はどことなく、頭の片隅で警戒を感じる。

『線』をなぞってスミレの右腕も奪った。スミレの『水』もエンハウンスが無力化できる。

だがおかしい。この絶望的状況でも、スミレは何も臆した様子を見せていない。

「やるね。
あんたたち強いよ。 でも、突破された場合の事態についてだって考えてるよ。
水は、固体・液体・気体の三態になるよね。 でも、その上にもう一つ別の形態があるの」

佇むスミレの周りに、音もなく三つの光る球体があらわれた。そのまぶしい光は、淡い赤紫に輝いている。

エンハウンスはそのオーロラのような光に見覚えがあった。

「……プラズマか!!」

「あたり。
水でつくったプラズマ。 日本ではこれ、『人魂』っていうんだよね。
南米でオルトを追っ払う時につかった特別製だよ。
これってすごく力消費するし、環境に与える被害も結構でかいからやりたくないんだけど、しょうがないから使う」

志貴はプラズマという言葉に覚えがあった。

琥珀とテレビの怪奇特集を観ていたときに、人体発火や空中でおどる発行物体などの要因といわれている光の玉だ。

「あたしはこれを、『第四の炎』って呼んでる」

雨粒はプラズマに触れると、音もなく、蒸発するでもなく消えていく。

工業で使用される水プラズマの中心温度は一万度。雨の水分は酸素と水素に分解されてしまう。

追い詰められたスミレの、最後にして最大の切り札。

「ち、最後の最後でとんでもねぇカードを切ってきた。 アヴェンジャー、対抗できるか」

「ゲキャキャキャ! ありゃムリムリ。
あれ喰らったら有機も無機も一緒くたで粉々のミジンコに分解されちまう。 終わりだな俺たち! まちがいなく昇天するぜ〜!」

一転して、状況は最悪に転じる。スミレの作り出したプラズマは三つ。

つまり、三人分律儀に用意しているということだ。

逃げられない。志貴はアルクェイドを抱え、エンハウンスは魔剣と流水によるダメージがピークに達していた。

「くそ……」

志貴の腕の中に眠り、傷んでいるアルクェイドの顔が、悲壮の色を濃くした。

悪い予感ほど、よく的中するものはない。

「ばいばい。
エンハウンス、切り札はもっと多めにもったほうがいいよ。 遠野、姫様があの世で目を覚ましたら伝えときな。『ばか女』ってね」

スミレの淡い蒼の魔眼が見開かれ、彼女のプラズマは神々しいまでの輝きを放つ。

そのとき、世界の色が変わった。

/4.『終焉』

雨。

だが、その雨は、桃色。

志貴の手の平に集まった雨水は、まるで染めたように鮮やかなピンク。

魔剣を構えていたエンハウンスも、とどめをさそうとしたスミレも、自然界ではありえないその色に、我を忘れて見とれてしまった。

色? 色を変える? まさか!! 志貴は後ろを振り向いた。

『芸術家』、リタ・ロズィーアンの姿があった。

彼女は大きい蝙蝠傘を手に、殺気立つスミレをみつめる。

彼女は何を語るでもなく、驚愕に呆ける志貴を無視してスミレの元に歩み寄る。

リタに気付いたエンハウンスは唇をかんだ。おそらくスミレに加勢する気だろう。この状況では鬼に金棒だ。まずい。

いつもの豪奢なドレスではなく、水色のワンピースをまとい、髪を下ろしていたリタの姿。

彼女の出現に驚いたスミレは、血走っていた魔眼の色がひいていった。

「……リタ、どうしたの?」

リタは、スミレの失われた右腕をみると、とても辛そうな顔をした。彼女の視線に気付いたスミレは、あわてて右腕をかくす。

「……あはは、何でもないよ〜。 これくらい」

リタは無言でワンピースの袖を長く切り裂き、彼女の傷口にきつく巻いた。リタの優しい介抱に、陽気を気取っていたスミレは言葉がでない。

プラズマは、とっくに消滅していた。

志貴とエンハウンスは、動くことができなかった。

この場所は、殺気が飛び交っていた。血が飛び交っていた。だが、もうそれもない。

それは終わりだったのだ。

それは終焉だったのだ。

長い長い、苦痛の舞台で踊らされていた人魚を開放するための、幕下しだったのだ。

スミレの右腕に包帯を巻き終えたリタは、笑みをうかべていた。

彼女は、呆けるスミレのそばから一歩間をおく。そして、おもむろに羽扇をだす。

「スミレ。 さようなら。 私の一番大切な友達……」

降りしきる雨の中、リタの心臓に刃が届いた。 スミレの慟哭が、夜に響く。


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