月影検Act.11


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1: アラヤ式 (2003/08/28 11:22:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「ん……」

まだ開ききっていない眼に差し込む光が、まぶしい。

もう朝なのかな?私は目をあけると、頭の上には楕円形の月が揺らめいていた。

楕円?

おかしいよ。そんな月あるわけない。

手のひらに、ひんやりとした感覚が伝わる。

「なに……これ……」

自分の体全体を包む、丸い真球のドーム。

徐々に意識が鮮明になる。ハーブのような清涼な香りがこの中に充満している。

水だ。360度自分の視界が水に閉じ込められている。

そこから見えたのは、志貴?


/1.『ウォーター・ボトル』


「アルクェイド!!」

水牢の『点』は、遠野志貴にとって非常に厄介なものだった。

球の表面を埋め尽くさんばかりに散らばっている『点』。刺して殺していくだけでも小一時間はかかってしまう。

さらにわるいことに、かかんだ姿勢のアルクェイドと直径がおなじ球の表面積を、『点』は縦横無尽に動いていた。

電子軌道のように高速で周回する『点』は、志貴の動体視力でも捕らえきれない。

悩んでいる時間は無い。こうしている間にもエンハウンスがスミレと戦っているのだから。

一つでも多くコロして、しらみつぶしにするしかない。

「アルクェイド! いま出してやるからまってろ!」

「志……貴……ねぇ、水魔……」

七つ夜を連続でくりだす志貴は、アルクェイドの表情をまともに見ることができなかった

厚い水の壁がへだてていても、彼女の顔が青ざめているのがはっきりわかった。

「どうして、水魔とちょびヒゲ、戦ってるの……」

「みるな。 みないほうがいい」

志貴が『点』をつくと、抜け殻のように水は弾けて割れるが、牢の厚さは高層ビルの強化ガラスほどもあり、繰り返してもきりがない。

志貴がアルクェイドを救出しているのと同時に、エンハウンスは魔剣の第二形態『Band』を開放した。

同時に森の中にとっさに飛び込み、スミレの直接攻撃範囲から逃れる。

スミレは逃げた彼を追撃することなく、相変わらず無表情を保ち泉のそばで佇んでいた。

実質2対1のこの戦いを、彼女は冷静に分析していた。

アルクェイドを閉じ込める水牢は、志貴たちを閉じこめた薄いドームとは造りが違う。

たとえ一つの『点』をつかれても、空気中の水が堅牢を補充する特別製だ。

おいそれと破れるものではないし、今志貴に攻撃すれば、その隙をつかれて魔剣の餌食になるのは明白だったからだ。

表面にはあらわさないものの、身を隠すエンハウンスの攻撃に備えて、スミレは五感を研ぎ澄ます。

一方、茂みに身を隠したエンハウンスは、ある一つの確信を得ていた。

スミレの『水』は、見えないものには、いたずらに攻撃できない。

一見、圧倒的に思える彼女の力には限りがあるのだろう。茂みをかきわけて攻撃してこないのが何よりの証拠だ。

アルトルージュから聞いたThe dark six の一つ、『第五の権利』。おそらくそれはスミレ自身の魔力を大量に消費する。

真祖と違い、死徒であるスミレには大地から精の供給は無い。

「一気に叩く!!」

茂みから姿をあらわしたエンハウンスは、遠心力をきかせて大剣を振りかぶった。

有機生物をおもわせる鉛色の金属は、振られた勢いを利用するように伸び、無数に枝分かれしていく。

その数は数千本。鋭くとがったキリのような形状で、スミレの関節、急所にめがけて迫る。

空気中の水蒸気が揺らぐのを感じとったスミレは、右側面からの攻撃をを読み取った。

「へぇ。 昔は力任せに剣ふったり銃ぶっぱなしてただけなのに、
魔力回路のコントロールで精密な形状変化できるようになったんだ。 成長したね〜」

「同僚のスパルタ教育で鍛えられてな。 死んでもらうぞ!!」

「それはむり」

スミレの左手が、迫りくる魔剣の鞭に掲げられた。呼応するように泉の周辺の水が隆起する。

泉の水面から立ちのぼる水柱は螺旋のようにうねりながら、小石大のつぶてとなり、伸縮して水の槍に姿を変えた。

迫り来るアベンジャ―へ向け、水槍の連弾が発射される。

金属と水がぶつかりあう。衝撃はアベンジャ―の有機素体を砕き、同時に水の具現槍を破壊した。相殺。

エンハウンスは魔剣を一旦下げ、後ろに振りかぶる。砕かれた魔剣は脅威的なスピードで再生をはじめる。

同時にスミレも右手で円をえがき、再び水の凶器を具現させる。

水の槍はアベンジャ―の回復よりも速く、エンハウンスにむけて発射された。水の圧倒的供給量は魔剣の再生能力を上回っていた。

エンハウンスは、おそってくる水の槍に、聖葬法典の銃口を向ける。

散弾状の教義が水と衝突する。水が破裂する音が連続で森に響く。精密な射撃は、右前方の群を破壊するが、

左前方から迫る凶器の群れを、完全に破壊することはできなかった。

「ぐあ!!」

胸を貫いた槍は体内に深く食い込み、エンハウンスの肺に突き刺さった。

突き刺さった水槍は刺さった瞬間にはじけ、呼吸器が水という異物で満たされた。酸欠でエンハウンスは倒れこむ。

「あんた、あたしに勝てないよ。 その魔剣、神話クラスの『ネクロス』みたいだけどさ、
本人の魔力を糧とする魔剣の再生能力と、あたしの無尽蔵で供給される水。
尽きるのはどっちがはやいかな♪ 」

「ハッ、心配すんな。 地獄にいくまで付き合ってやるさ」

気勢をはって立ち上がるエンハウンスではあったが、圧倒的不利だ。魔剣の腐食は彼の神経を、徐々に、確実に破壊していく。

聖葬法典の浄化も容赦がない。死徒の体を浄化していく白煙は立ち上っていた。

それでもエンハウンスは魔剣を振る。

スミレは再び、右手で弧を描きはじめた。

「水魔」

戦場に響く、か細い声がひびいた。

スミレは、聞き取るのがやっとの声がするほうに振り向く。

「気付いたんだ。 姫様」

志貴が必死で破壊をくりかえす水牢のなかで、アルクェイドは呆然とスミレをみつめている。

彼女の唇は、真っ青だった。

「水魔……」

「姫様。 見てのとおりだよ。
あたしはあなたを騙したの。 アルトルージュの息の根をとめるためにね。
あなたの脳みそ、おもったより単細胞だったから楽な仕事だったよ〜。
こいつら始末した後に、きっちり殺してあげるから安心してね」

倒れていたエンハウンスは、転がっていた木の枝で右胸を貫いた。

使い物にならない肺ならば、塞いだほうがマシだという判断のもとにやった行為。

スミレは後ろをみせている。

「いい加減、いびるのも大概にしねぇか!!」

振り下ろされた2.5mの刀身はスミレの首めがけて振るわれた。

いまにも斬首されそうな窮地でも、スミレは後ろをむいたまま気にも止めなかった。

「はいはいご苦労さん。 すっこんでてね」

白いうなじを切り裂こうとした魔剣の刃が、下から蛇のように伸びる水の壁に止められた。

アメーバ状の水が刀身をエンハウンスの顔めがけて弾き返す。エンハウンスは左手の銃身で受け止めたが、衝撃で弾き飛ばされた。

背後の大木に叩きつけられ、力なくずり落ちる。

「話の邪魔だからそこで寝てなよ。
そういうわけだよ姫様。 むかつくでしょ。
しこたま恨んで、死んでいきな」

水牢を一心不乱に破壊していく志貴は、かきむしられるような憤りをおぼえる。

スミレの暴言が許せない。

あんまりだ。

そこまですることないじゃないか。

裏切って殺そうとする上に、さらにひどい追い討ちまでかけて。

もう、許すことができない。

「やめろよ……」

「志貴。 やめて」

スミレに憎悪の眼差しをむける志貴にかけられた、優しい声。

アルクェイドは、絶望の底に叩きつけられたはずだった。

だが彼女は、拘束する水牢のなかで、笑っていた。

「逃げて」

辛いはずなのに、アルクェイドは笑っていた。

「何いってんだよ。 このばか女!!」

「そうだよね。 ばか女だよね」

アルクェイドは涙一つ見せず、いつものように笑っていた。

「ごめんね。
志貴が巻き込まれて死ぬことないよ。 エンハウンスと一緒に逃げて」

逃げてといいながら精一杯の笑みをみせるアルクェイド。

「そんなこというなよ。
俺だって、ばかだよ……」

志貴は、目に涙をためながら、水牢を壊しつづけた。

一番辛いのは、スミレを慕っていたアルクェイドだ。エンハウンスも私情を捨てて戦っている。

志貴ができることは、一刻もはやく、アルクェイドを拘束から解くことだった。


「なんでへらへら笑ってるのさ……」


憤るようにうめく声。

無表情を保っていたスミレは、アルクェイドを睨んでいた。

目が血走り、激情をあらわにしている。

「なんで笑っていられるのよ!!
あたしはあんたを裏切ったんだよ!?
お調子こいて、あんたが一番騙しやすいとおもったから近づいたんだ!!」

「うん。 でも私、楽しかったよ」

アルクェイドは、本心からそういった。スミレはますます我慢ならない。

感情をこんなにあらわにするスミレを、志貴は初めて目の当たりにした。

「このばか女!! いつまで寝ぼけてんのよ!! 」

「ははは。 志貴以外にばか女っていわれたの初めてだね」

「そんなおべんちゃら使ったって無駄だよ!
あたしはあんたの大事な彼氏も、肉親も、友達も、何もかも奪うんだから!
そうしないと、そうでもしないとリタがクソジジイに殺されちゃうんだよっ!!」

感情を剥き出しにして、スミレはわめき散らす。

項垂れていたエンハウンスは、ふらふらの体に鞭をうって、魔剣を地面につきさし立ち上がった。

唇をかむ彼の脳裏に、吸血種を頂点といいきる鼻持ちならない死徒の幻影がみえた。

「ち、そういうことかオーテンロッゼ。 汚いマネしやがる……」

我を失っているスミレは、アルクェイドと志貴に向けて、取り乱したまま右手をかかげた。

泉から具現されたのは、大木のような水の巨大手だった。

それは、志貴たちをバルト海へ連れて行ったときのもの。

巨大手はスミレの憤りをあらわすようにゴポリと泡をたて、構成する水を撒き散らしながら指を蠢かしている。

「恨みなよ!!
遠野もあんたも一緒にこれで引き裂くんだから!!
理不尽に命とられて、あんたは悔しくないのっ!!」

スミレが手を一たびふれば、志貴とアルクェイドは一瞬で肉隗となるだろう。

志貴は、アルクェイドの水牢のまえに、手を広げて立ちはだかる。

「志貴逃げてよ。 水魔本気だよ?」

「いやだ。 俺だって、おまえの死に顔みるのはもうごめんだからな」

「……わかった。
わかったわよ!!
望み通り殺してあげる! わるいけど、かなり痛い思いして死んでもらうよ!!」

スミレの右手が降ろされる瞬間、アルクェイドと志貴の死は決まった。

そうおもわれた刹那、

「水が乱れたぜ」


/2.『弱点』


水色のYシャツが、真っ赤に染まった。

スミレの腹を今、魔剣の幅広い刀身が、後ろから突き刺している。

顔面が蒼白になるスミレは、血反吐を吐き出した。

「……あはは。 ……さすがに、隙は見逃さないね」

「当然だ。 俺は自分の力量に過信してねぇからな」

スミレが取り乱した瞬間を狙った、逆転の一手だった。

エンハウンスの斬撃にたいして、さきほどと同じようにスミレを守る水の防壁は繰り出された。

だが防壁は粘着性と堅牢さを失い、『剛』の魔剣でいともたやすく突破できたのだ。

「この『水』はあんたの精神状態とリンクしている。
さっきとは信じられないくらい、防御がザルだった。
あんたの最大の欠点は、熱くなると見境がなくなるところだな。 つけこませてもらうぜ」

エンハウンスの柄を握る手に力が篭った。更に深くつきさされる魔剣は、スミレの内臓を引き連れて破壊する。

スミレは激しい脱力感と、大量の吐血と共に膝をおとした。

血みどろで沈むスミレを目の当たりにしたアルクェイドが、叫ぶ。

「やだ……。 やめてぇ! 水魔を殺さないで! お願い!!」

「エンハウンス、おまえ……」

「お二人さん、後生だ」

骨の髄まで弱肉強食が染み付いてるエンハウンスは、泣き叫ぶアルクェイドと呆然とする志貴に一瞥しながらも、

自分の行動は正しいと、頭の中で必死に言い聞かせていた。

やらなければ、やられてしまう。

苦汁を表すように、彼の唇から流れ出る血が、雫となって地面に落ちる。

荒い呼吸をするスミレは、お腹から飛び出ている魔剣をみて、貫かれたまま力なく笑った。

「……あんた好きだよ。 いつも真っ向勝負、本気で愛してくれるよね」

「墓は毎月見舞ってやる。 さよならだ、姐さん」

「それはそれでうれしいけどさ、やっぱりむりだわ」

「何だと!? ……がっ!!」

エンハウンスは上半身が反り返って吹き飛ばされた。

水ではない別の何かが彼を制した。

さらに吹き飛ばされた空中で彼の体は停止する。見えない何かに、全身の四肢をつかまれる。彼は力任せで暴れるが逃れることができない。

空中浮遊するようにエンハウンスは拘束される。

「ちぃ! 空想具現化か!」

「あたり。 ナイル川であんたの剣と銃奪ったのもこれ。 覚えてる?」

スミレは腹に刺さった魔剣をゆっくり引き抜くと、地面に投げ捨てた。

彼女の視界の前方に、空中でエンハウンスの体は固定される。

取り乱していたスミレは一息つき、再び冷徹をとりもどしていく。彼女の腹に空いていた穴も、水が纏わりついて塞がっていった。

「いまのいままで、取置きしておいたのか」

「はずれ。 あたしは最初から、空想具現化使ってたよ。
説明すると長いけどさ、
あたしの大元である水を操る力は、不定形の水分子の操作と移動ができるの」

スミレが右手を回すと、拳大の水がエンハウンスの目の前にあらわれ、乾いた音をたててパキパキに凍った。

彼女が手を広げると、氷はあっという間に溶けて、あとかたもなく蒸散する。

「でもね、水をイメージ通りに変化させるのには空想具現化がうってつけだよ。 ほれ」

再び水の塊はスミレの手の平にあらわれた。

グニャグニャとハリセンボンのように変形する水の塊は、伸縮して海星のような形になる。

「あんたは私の力に限りがあるとおもったんでしょ?
その判断は間違ってはいないけどさ、半分は間違ってる。
空想具現化を行使する際は真祖同様、大地から力の供給をうけることができるんだよ。
あたしの力はハイブリッドってわけ。
『限りあるエネルギーは大切に』。 ヴァン爺の受け売りだけどね」

舌打ちしたエンハウンスは、己の思慮の浅はかさを呪った。

水魔スミレは、死徒のなかで唯一、空想具現化を可能とする突然変異種。

与太話をしている余裕など自分にありはしなかったのだ。スミレを剣で刺し貫いた時点で、間髪いれずに両断するべきだった。

「はは、さすがだなスミレ。 だが、まだ終わりじゃねぇぞ!!」

エンハウンスの左手に握りしめられている聖葬法典。そのトリガーに指がかかる。

それに気付いたスミレは指を鳴らす。水の海星が高速で伸びる水の銛に変形し、エンハウンスの人差し指は消えて飛んだ。

激しい出血とともに、エンハウンスは激痛におそわれる。

この光景を目の当たりにして、志貴のスイッチは飛んだ。彼が捕まった今、水牢を壊している余裕はもはや無い。

「わるいアルクェイド。 やっぱり俺、スミレさんを止める!!」

「志貴。 水魔を、殺すの?」

すがりつくようなアルクェイドの問いかけに、七つ夜をきつく握りしめる志貴の右手が、軋む音をたてた。

「殺したくない。 殺したくないさ。
でも、おまえを死なせたら俺、生きていけないんだ!!」

水の中でアルクェイドは、諦めたようにうなだれた。

志貴は彼女の思いを振り切るように、エンハウンスを捕らえたスミレに立ち向かう。

「そっか。 やっと遠野がきてくれるんだね」

スミレは一瞬微笑むと、すぐさま右手で弧を描きはじめた。

「あんたの本気、みせてもらうよ」

スミレの背後に、覆い尽くさんばかりの水の槍が群れをなす。志貴は七つ夜を前方にかまえ、まぶたを閉じる。

エンハウンスの魔剣で相殺するのがやっとだった水槍の群れを、短刀だけで捌ききるのは不可能だろう。

ならば、視覚というこの場では役に立たないものを断って、全神経を針のむしろにする。

エンハウンスの戦いで、スミレは水蒸気の濃度で彼の動きを予測していた。

自分にも、同じことができるはずだ。

研ぎ澄ませ。感覚を。

同時、スミレにうち捨てられていた魔剣が、不気味な胎動をはじめていた。


/3.『魔剣獣』


「……いくよ」

殺気を放ち、スミレの凄みがビリビリと伝わる。

だが

志貴とスミレが対峙する戦場で、予想だにしないことが起こる。

「ゲキャキャキャキャキャ。 なんだなんだぁ? この三文芝居はよ〜!!」

金切り声と狂喜が混じった声だった。

スミレに全神経をかたむけていた志貴は、思わず息を呑む。

水の槍と迎え撃つ覚悟を決めた志貴とスミレの間に、身の毛もよだつ怪物が出現した。

黒い狐。

細長い面に六の三白眼をもつ、異形の獣。

狼のような手足に、いささか長すぎる足の鉤爪。鮫のような細かい牙。蛇のように長い尾。

肉食獣の理想系とも思える細身の体躯。だが黒い靄が体をつつみ、全体的なフォルムをはっきりと確認できない。

そしてなにより禍々しい。あの凶獣ブラックモアを彷彿とさせる邪悪さをかもしだしていた。

黒い狐は空中で拘束されるエンハウンスに振り向くと、嘲るように笑った。

「お〜いご主人さま〜。 そんな宙でなに緊縛プレイに興じてんだ〜? 変態の主は願い下げだぜ〜!」

「うるせえよクソ狐。 相変わらず盛ってるな」

「キャキャキャ、いってくれるね!
久しぶりのシャバだってのに言うに事欠いてクソ! クソクソクソクソ!
クソはてめえだボォケっ! この出来損ないぃぃぃはァ〜!! 」

悪態をつく黒狐は、ながい尾っぽを振って笑い転げている。

目の前の怪物に志貴は唖然とする。

なんだこいつは? なんでこんな奴がいるんだ? ていうかどっから沸いて出た?

当の黒狐は、志貴にまったく関心を示さず、エンハウンスと一方的に会話していた。

「てめえが不甲斐ないから遠路はるばる深層意識から浮上してやったんだよ〜。
んで、俺の敵はあの女かぁ?
うひょひょいいかも! 僕ちん色々たまってるのね〜!」

「くそ。 放置して呪力制御が解けちまったか」

「ゲキャキャキャ!! そういうことですよ〜ん。 てめえはそこで俺の勇姿を見物してな!」

狐は緩慢とした四肢の動きでスミレに振り向いた。狐は舐めるようにスミレの体をみつめると、牙をみせて卑しく言い放つ。

「おまえ、乳でけえなぁ〜。
きぃめた〜!
斬り裂いて泣かせて犯そう! それはきっと楽しいに違いない! ゲキャキャキャ! かわいく喘いでおくんなまし〜!!」

間髪いれず黒い狐は、鋭いダッシュで猛然とスミレにおそいかかった。

さすがに閉口していたスミレは、冷静を取り戻して右手の人差し指をまわす。

「あはは。 面白いねあんた。遊んであげるよ」

泉を媒介に水の槍が具現された。だが、スミレの視界に狐の姿がいない。

「あれ?」

「ゲキャキャキャキャ! 水使わせなけりゃだろ〜!?」

狐はいつのまにか、スミレが背後に陣取る泉の水面にいた。

水の上を、狐は跳ねていた。まるでそこだけ無重力空間のように、黒狐は愉快に泉で踊る。

同時に泉で槍に形成されかけた水を、黒い靄をまとう獣は、片っ端から噛み千切っていた。

「まずは、裂〜く!!」

黒い獣の全身から、黒鉛色の刃が飛び出した。

「こいつ、はや!」

戦闘中一度も余裕を崩さなかったスミレは、身の危険を感じて咄嗟に後方に逃げた。黒狐から繰り出された刃はスミレを執拗に追跡する。

右手から拳大の水壁でスミレは応戦するが、

刃の一本一本が、流星のように目では到底おえない速さで突き、

スミレは水のガードが間に合わず上半身を串刺しにされ、あっという間に、血みどろの磔人形となった。

「ゲキャキャキャキャ! 血だらけになっちまったか。ばっちいな〜ばっちいよ〜。
俺が犯す前に、風呂に入っとけよ〜」

黒狐は全身から伸びた刃を強引に振り、スミレを泉へ投げ捨てた。白い飛沫をあげて、スミレは泉に沈む。

一方エンハウンスを捉えていた空想具現化はその効力をうしない、彼は地面に叩きつけられた。

それは、たった五分程度の出来事だった。

あのスミレが、志貴とエンハウンスが二人がかりでも全く寄せ付けないほど麗人の兵が、

どこからともなくあらわれた狐一匹に、秒殺されてしまった。

まったく状況が読めない志貴ではあったが、彼には一つ心あたりがある。

黒狐がスミレを仕留めた刃のみだれ突き。あれは、エンハウンスの技『Band』に酷似している。

だが狐のあれは鞭というよりも、鋭利な飛び出し連続ナイフだ。

そして今、地面にころがっていたはずのエンハウンスの魔剣がない。ということは

「おまえ、まさか」

「お〜、もう一匹メス発見〜!!」

戦々恐々と話し掛けようとした志貴を完全に無視し、アルクェイドの元へあらわれた。

驚愕で呆けるアルクェイドを、狐は鼻をクンクンとさせ、しげしげと見物する。

「おまえ、真祖か……!?」

いままでけたたましく笑っていた黒狐は、一転して目を見開いた。

一斉に自分にむけられる六つの眼に、最強種であるはずのアルクェイドは、思わず肩をすくめる。

「うっひょ〜! 真祖だしんそだ希少種だ〜! 強制禁欲の果てに感激も一塩だ〜!!
よし、おまえも犯そう」

「はぁ!? 何いってんの?」

いきなり動物にセクハラされ、アルクェイドが怒鳴ろうとした刹那、水牢は風船のように弾けて割れる。

志貴でさえ壊すことができなかった水壁を、黒狐の右前足から飛び出した刃はあっという間に切り裂いてしまった。

ずぶぬれになったアルクェイドは、アヒル座りで黒狐と向かい合う。

「あんた、一体何者!?」

「俺か?
ゲキャキャ! 犯す前に教えてやるぜ!!
俺さまは錬金術の最高到達点が生み出した最高の超魔導金属生命体!! 戦闘型ホムンクルス最高の完成品!!
魔剣アヴぇンじゃ○×△□っ!!」

意気揚々と自己紹介していた黒い狐は、エンハウンスの勢いにのったゲンコツを脳天にモロ喰らい、地面に顔をへこませていた。


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