月影検Act.10


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1: アラヤ式 (2003/08/19 23:16:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

うそだ。

「ベッドに水でぬれた痕跡がある。 間違いなかろう」

そんなわけがない。

「こんな真似ができるのは彼女しかいません。 残念ですが」

ありえない。

「志貴。 これが現実だ」

うそだ。

スミレさんが、アルクェイドをさらったなんて。

うそだろ?

悪い夢なら、覚めてくれ。

/1.

アルクェイドは、スミレによって拉致された。

朝、志貴が彼女の部屋にはいったとき、いつもみせてくれる笑顔はなかった。

アルクェイドの部屋に残された手がかりを元に、シュトラウトとシエルが現場の状況分析をしている。

部屋に残されていたのは、ほのかにのこる海の香りと一通の書置き。

『べただけどさ、姫様かえしてほしければ二人で来な。 わかるよね』

たった一行だけの、つたない書置きだった。

握りしめて、沈痛にへたりこむ志貴の肩に、少女の手がおかれる。

「志貴くん、ごめんなさい。 ……甘かったわ」

知らせを聞いたアルトルージュは、魔犬とともに駆けつけてきた。

部屋の中心で打ちひしがれる志貴の背中をみて、アルトルージュは己の怠慢を心底呪う。

あの時、無理にでもスミレを殺していれば、こんなことにはならなかったのだ。

権力者というものは、どんな非情な決断でも実行しなければいけないときがある。それを見誤ってしまった。

「……私」

「もういいよ。
どうすればいいんだ。 俺」

力ない志貴の弱音に、シエルは怒りにかられる。

「何をいっているんですか。 水魔スミレは敵です」

「先輩。 できるわけないよ。 俺は、スミレさんを殺せない……」

憔悴する志貴に、シエルの平手打ちがたたきつけられるよりも速く、エンハウンスの拳が志貴を吹っ飛ばした。

壁にたたきつけられ、滑り落ちる志貴の胸ぐらをエンハウンスの左手がつかむ。

「おい、ボケたこといってんじゃねぇよ。
恋人が殺されてもいいのか?
まさかてめえ、姫君は真祖だから死なないなんておもってるんじゃないだろうな……!?」

胸ぐらをつかまれても何一つ志貴は反応をみせない。いらついたエンハウンスの拳が彼の頬にめりこむ。

容赦ない連撃は、志貴の顔面を赤黒く腫らした。みかねたシュトラウトは、エンハウンスの腕をおさえつける。

「もう止せ。 片刃」

「すっこんでろクソ騎士! 言ってもわからねえボンクラはなぁ、体でわからせてやるしかねえんだよ!!」

怒りがおさまらないエンハウンスは、なおも志貴に殴りかかろうとする。

そんな修羅場に、弾丸を補充する音が響いた。シエルは肩を露出させる完全装備で、第七聖典を用意する。

「私が一緒に行きます。 聖葬法典のグリースアップは完了していますから」

銀色と強化プラスチックの銃が投げられた。

エンハウンスは空いてた左手で聖葬法典を受け取ると、志貴をつかんでいた手を離した。

うなだれる志貴を余所に、聖葬法典を腰にたずさえ、エンハウンスは魔剣を背中にさす。

「志貴、おまえさんには失望したぜ。 じゃあな」

吐き捨てて、エンハウンスは部屋をでていった。シエルは、床でほうけている志貴に、無感情に呟く。

「トオノくん、昨日言いましたよね。 『オーテンロッゼを必ず倒す』って。
オーテンロッゼは形式上とはいえ、二十七祖の王と称される死徒ですよ。
今のトオノくんでは、彼に近づくことすらできず死者に喰われるのが関の山です。
悪いことはいいません。 もう日本に帰ってください」

シエルは、冷淡に突き放した。

「ウォーター・ボトルの要求は十中八九、トオノくんとエンハウンスが来ることでしょうね。
私の姿を確認された時点で、アルクェイドは確実に殺されます」

志貴の瞳の色がかわった。

―― アルクェイドが、死ぬ?

―― 死ぬ?

―― いなくなる?

―― 嫌だ。

―― 俺はもう、あいつの死に顔はみたくない!!

出て行こうとしたシエルの肩を、志貴の力のこもった手がとめた。

「先輩」

あざをつくった顔なかに、志貴の力強い双眸が蘇っていた。

スミレと戦うのはつらい。だが、ここでアルクェイドを失うわけにはいかない。

目の光が戻った志貴に、シエルは安心してほほえむ。

「はやく追っかけていってください。 あのヤサグレ、完全にすねちゃってますから」

少年は七つ夜を手に、駆け出していく。

彼の後ろ姿を見送ったアルトルージュは魔犬の体を抱きしめた。彼らの無事を心の底から願う。

ふと、彼女はあることに気付く。

「リィゾ。 そういえば、フィナはどうしたの?」

/2.

深く、黒い、森の深遠にあった。

シュヴァルツヴァルトのなかでもそこは、隠された秘境。

かつてブラックモアと死闘を繰り広げた針葉樹林帯を南に抜けると、清流に恵まれた泉が湧き出ている一角がある。

泉のほとりには、人の子程度の岩があった。

スミレは、片足をあげて腰掛けている。

水色のYシャツと、きつめのジーパン、赤いセミストレートの髪は、はじめて出会ったときと何一つかわっていない。

違うところといえば、

アルコールでいつも朱に染まっていたはずの頬は、人肌のように桜色、陽気でとろけていた瞳は、淡い蒼の冷たい魔眼にかわっていた。

志貴とエンハウンスは、彼女と対峙する。

「おそかったね」

二人をちらっと一瞥したスミレは、淡白に呟いた。

「ああ。 いろいろあってな」

素っ気のないエンハウンス。つい先日まで、酒を酌み交わして無二の親友だったはずの死徒は、いま敵となっている。

そして、志貴。

「スミレさん」

彼の脳裏に次々と蘇る思い出。

初対面で浴びせられるようにビールを飲まされた。浴場では、洪水に飲まれた。バルト海では、命について教えられた。

声を振り絞るように、志貴は口を開く。

「スミレさん……。
アルクェイドは、どこだ!?」

スミレは無言で親指を立てた。泉のほとりに、アルクェイドはいた。

彼女は、丸い水でできた真球に包まれて気を失っている。白い額から、一筋の血がたれていた。

志貴はナイフをかまえ、魔眼殺しをはずした。

ほほに手をつけて座るスミレは、こばかにするように言い放つ。

「あー、むりむり。 『死』の『点』みたところで、あの水牢は破れないよ」

志貴が、アルクェイドを拘束する水の『死』の『点』を確認した瞬間、戦慄が走った。

―― 動いている!?

―― 無数の赤い『点』が、不規則に、高速で蠢いている!?

「水って流動体でしょ? その『死』が動いてもおかしくないじゃん。
結構数ある上に、不規則に動いてると突きづらいんじゃない?
もたもたしてる間に、あたしはあんたを殺す。
あれを破るには、あたし自身が解くか、あたしを殺してコントロール解くしかないよ。 もっとも、前者はありえないけど」

志貴の背筋が凍った。

スミレは、何かが違う。

彼の中に眠る退魔の血は、ささやいて来ない。

どんな窮地に陥っても、暗殺者としての覚醒を促していたあの七夜が、一切反応しない。

恐怖しているのか。アルクェイドの時ですら殺意を増幅させた七夜が恐れている。目の前にいる死徒は、一体何者なんだ。

地に、大剣が刺さった。

エンハウンスは志貴の思考を遮るように、魔剣アヴェンジャーを地面に突き立てる。

「姐さん。 うんちくはそのくらいにして、さっさとはじめようぜ」

エンハウンスの紅の魔眼の殺気を、スミレの淡い蒼の魔眼は受け流すようにゆるがない。

「あわてないでよ。
あんたとは付き合い長いからさ、一から説明してあげる。
お察しの通り、あたしはクソジジイもといオーテンロッゼの刺客だよ」

志貴は唇をかむ。わかってたこととはいえ、辛かった。スミレは姿勢を一切かえず、淡々と言葉をつづける。

「あんたらに近づいたのは、もちろん油断させるため。
ゴマすって、ふざけたりして、あんたらの気の緩みを狙ってみました」

エンハウンスの皮手袋が、鈍い音をたてて軋む。

「おかげさまでアルトルージュの城も探り当てたしね。
あ、ちなみにあんたたち始末したあと、アルトルージュ殺しに行くから。 そこんとこよろしく」

「姐さん正気か? 二十七祖の上位四人も相手にして、無事じゃすまねえぞ」

「どうかな?
あいつら見た感じ、なんか牙が抜け落ちちゃってるよ。 人間に馴れ合いすぎたんじゃない?
お犬様にはちょっと苦戦しそうだけど、アルトルージュと護衛二人は確実に殺れるね」

淡々と語るスミレの言葉には、静かなる自信に満ち溢れていた。

地面に直立する魔剣を引き抜き、エンハウンスは鋼鉄の切っ先をスミレに向ける。

「よくわかったぜ、スミレ。
おまえをぶっ殺して、相棒の恋人は返してもらう」

スミレを『姐さん』と慕っていたエンハウンスの、決別を告げる台詞だった。

水の球に包まれてアルクェイドは眠る。おそらく彼女は、スミレを微塵も疑っていなかったのだろう。

志貴は彼女の純真な心をおもうと、いつまでも七つ夜の刀身をしまっているわけにはいかなかった。

「あいつを裏切ったんだな、スミレさん。 覚悟しろ」

魔剣と七つ夜は鋭い殺意を、ウォーター・ボトルにむける。

「じゃあ、はじめようか。
あんたたち殺るには五分あればじゅうぶんだけどさ、狂言でもお酒飲んだ仲だから、多めに付き合ってあげるよ。
せいいっぱい抵抗して死んでね」

無表情を保ちつづけるスミレは、パチンと指を鳴らした。

泉の水面から、地震のような轟動とともに、巨大な水柱が月光にたちのぼる。

/2.

リタは、オーテンロッゼの居城に帰還していた。

脱走の罪は、もう何を言い訳しても動かしようのない事実である。

廊下を静々とあるくリタに、もう揺るぎはなかった。

スミレと再会することができた彼女に、思い残すことはなかったのだから。

ただ、一つ心残りなのは、スミレを一人で残してしまうことだろうか。

リタは、書斎の扉を空ける。

オーテンロッゼは、ゆったりとした幅の広い椅子に腰掛け、背を向けている。

リタは会釈をして、ゆっくりと言葉を振り絞った。

「オーテンロッゼ殿。
私、生き恥をさらして戻ってまいりました。 どうか存分にお裁きください」

無反応。

オーテンロッゼは背を向けたまま、いっさい反応をみせなかった。

一分ほどたち、彼は肩を震わせている。

「ふ。 ふはははははは……」

オーテンロッゼは、右手を額につけた。

「ふはは!! はーっはっははははははははははははははははははははははは!! ハヒ!! はははははははははは、は、は、
はははははははははははははははははははははははははっははっはっはっはははははははは!!」

リタは度肝を抜かれた。

オーテンロッゼは腹を抱えて笑っていた。涙交じりで、窒息してしまいそうなほど、豪快に笑っていた。

「オ、オーテンロッゼ殿……」

呆気にとられるリタを余所に、オーテンロッゼは椅子を回転させ、机の上でさらに突っ伏してわらう。

「はははははははは!! 貴殿をなぜ余が殺さねばならんのだ? そんな必要がどこにある!? はははははははは!!」

驚きとともに、リタは安堵をおぼえる。オーテンロッゼの優しさは、やはり幻ではなかったのだ。

一抹の希望をもったリタは、熱くなった目頭を抑える。

「あの魚くさい小娘を、我が配下に引き入れたかいがなくなるではないか!? ははははははははは!!」

リタの儚い願いは、一瞬にして打ち砕かれた。

「な、なんですって!?」

驚いた彼女の顔が心底面白いのか、オーテンロッゼはさらに腹を抱えて笑う。

「はははははは!! あの小娘、余が最初に接触したときには、『あたしの前に姿みせるな、クソジジイ』などと息巻いておったが、
リタ、貴公の名前を出した途端、顔の色がみるみる変わっていったぞ!!」

あまりの残酷な現実に、リタは膝をおとす。

「あの子を、脅迫したのですかっ!?」

「あれは傑作であった! あの生意気な小娘が『お願い、リタにだけは手を出さないで』と涙ながらに懇願してきよったのだからな!!
はははははは!! 友情!! 友情!!
これほど扱いやすく、利用しやすいものはない!!
流浪者の小娘が、今では立派な余の手駒というわけだ!! はははははははははははははは!!」

リタのなかで、何かが壊れた。

信じていたものも、何もかも。

リタはスミレを守ろうとした。だが実際には、リタはスミレに守られていたのだ。

スミレが流浪の生活を捨て、一番嫌悪する白翼公の命令を実行する姿を想像したリタは、地獄の底に突き落とされるおもいだった。

(とんだ道化ね。 私は、なんて愚かだったのかしら)

耐え切れず、リタは書斎を飛び出す。

涙が止まらない。廊下につっぷしたリタは、そのまま嗚咽を漏らした。

彼女に、ブラウンのスーツをきた老人が近づいた。

「……最初から、このことをご存知でしたのね」

うつ伏せのまま、リタはうめくように呟いた。ヴァン=フェムは、沈痛に眉間を歪めている。

「リタ様。 私は」

「もうよろしいです。 貴殿にいうことは何もございません」

リタはヴァン=フェムを無視して、廊下を駆け出した。

ドレスの裾が走るのには邪魔だった。切り裂いて、走った。

まとめていた髪をはずし、腰にまでとどく長いブロンドの髪があらわになった。

虹色の螺旋をまとい、リタ・ロズィーアンは消える。

/3.

「ちょっと〜。 いつまでそうやって遊んでるのさ?」

スミレは、相変わらず片足をあげて腰掛けている。

彼女の真ん前で、エンハウンスは魔剣を振りかざし、水の壁を切り裂く。志貴も七つ夜を振りかざし、『死』の『点』をつく。

だが、断たれた水の壁は、すぐに回復し、再びもとの強固さと粘着性をとりもどしていく。いくら斬撃を繰り返しても、きりがない。

「くそったれが!」

「なんだよ、これ」

エンハウンスと志貴の前に立ちはだかる丸い水のドーム。スミレが使役する流水の防壁が、彼らの行動をいっさい制限している。

スミレはそんな二人を呆れ顔で見物していた。

「あのね〜、その厚さは1ミリなんだよ?
そんな薄い壁で難儀してるんじゃ、あんたら姫様救えないね」

「なめんじゃねえぞ!!」

魔剣アヴェンジャーはエンハウンスの豪腕で高速回転をはじめる。大剣は巨大な風車となり、水を弾き飛ばす。

だがそれだけではすぐ回復する。同時に聖葬法典の連射で、水の回復を遅らせる。

「今だ志貴!! 外へでろ!!」

エンハウンスの切り開いた血路、絶好の好機に志貴はすぐさま反応した。水の壁に1m大の穴があく。志貴は右足の踏み込みから体ごと飛び出す。

閃光の跳躍は、上半身を外気にさらした、だが、

「な!」

捕まれた。飛び出そうとした瞬間、軸足の右が脱出に遅れた。水の壁は右足にまとわりついて志貴をドームの中へ押し戻す。

地面に頭を打ち付け、志貴は昏倒した。その様子にスミレは、ため息をもらす。

「はぁ。 いい加減にしなよ。 遠野弱いね〜。
エンハウンスがせっかくつくった千載一遇のチャンスつぶしちゃった。
もういいよ。 姫様殺すわ」

スミレの人差し指が円をえがく。

アルクェイドをつつむ水牢の内側から、蛇のような水の鎌が具現された。彼女の真っ白な首筋に、鋭利な刃があてられる。

恋人の危機に我慢ならず、志貴は水の壁につっこみ、弾き飛ばされる。

「やめろぉ!! アルクェイドに」

効果のないタックルを繰り返す志貴に、スミレは吐き捨てた。

「『手を出すなぁ』って? 甘ったれるんじゃないよ。 ガキ」

うろたえる志貴を、無表情をたもったまま、スミレは魔眼で睨みつける。

「あたし、いつか言ったよね。
生きていくことは何かの犠牲がつきものなんだよ。
食い物にしろ、恋人にしろ、友達にしろ、大事なもの得るためには、自分の力を磨くしかないんだ。
あんた、自分の恋人が殺されかけても、何一つ力発揮できないボンクラなわけ?
むかつくよあんた。 はっきりいって腹立つ。
そんな奴が『手を出すなぁ』とかいっても全然説得力ないね。 死んでよ」

水を絶えず供給する泉は、スミレの静かなる怒りを彷彿とさせるように水面を揺らす。

志貴たちを囲む水のドームは、範囲を徐々に狭めていった。

粒子が唸るように水中を回転している。この水に押しつぶされれば、そこで終わりだ。

「う〜ん、もうめんどいから圧殺してあげる。
あんたらミンチになって死んでよ。
ばいばい」

手をふった水の悪魔は、その圧倒的な力『第五の権利』を振りかざす。

志貴たちが必死に水と戦っていても、スミレはだるそうに座る姿勢を一切変えてない。

圧倒的な距離。圧倒的な力の差。

ブラックモアが強大な力で押しつぶす津波ならば、スミレは深く静かに胎動する静水。

志貴とエンハウンスは斬撃をくりかえすが、水の圧搾は確実に迫る。

「最後に遠野、あれはなかなかウケたよ。 あのお姫様のキラキラした瞳♪」

志貴の攻撃が、止まった。

「遊びにいこうって言ったら、あの姫様ホイホイついてきてさ、
『今度はどこの海に連れていってくれるの!』だって。 笑っちゃうよね」

嘲笑するスミレに、エンハウンスの怒りのボルテージが上がる。

「おい、いい加減にしねえか」

「あんたにはいってない。 勝手にキれないでよ。
疑うこと知らないってさ、罪だよね〜。
真祖の姫君って元は処刑人じゃん。
なんであんなに純真無垢っていうか昼行灯になれるんだか。 それって遠野の影響なの? ぷぷ」

「ぶった斬るぞクソアマぁ!!」

「うるさいなぁ。 怒鳴ってたらつぶれて死ぬよ。
でもお似合いだよあんたたち。
世間知らずのお坊ちゃまくんと、頭のネジが一本取れてるお姫様。
典型的なバカップルだね。
二人仲良くあの世へ行ってさ、閻魔さまにIQの低さ治してもらいなよ。 お大事に♪」

スミレの台詞が、終わりを告げた時、

水のドームは、拡散して消えた。

「スミレさん……」

散ったドームは空中でばらけ、降り注いだ雨は、三人を濡らす。

無数の蛇のように蠕動する魔剣アヴェンジャーと、七つ夜の銀の刀身は、流水の壁を破壊した。

「アルクェイドは、スミレさんを信じてたんだ」

彼の唇から、血がにじみ出る。

「あいつ、スミレさん助けるために、アルトルージュと大喧嘩したんだ」

志貴の拳が、震えている。

「『水魔が連れてってくれるところね、みんなきれいな海なんだよ!』って、あいつ、子供みたいにはしゃいでいたんだ」

彼は閉じ込められているアルクェイドに一瞥する。

「俺は嬉しかったよ。
スミレさんはいろんなこと知ってるし、アルクェイドも本当に楽しかったとおもうんだ」

志貴は、七つ夜の切っ先をスミレに向けた。

「許さない。
あんたはアルクェイドを裏切った。 そして、侮辱した。
コロしてやる……」

憤怒と殺意に満ちた直死の魔眼、彼はもう容赦しない。

七夜の血が体中を駆け巡る。目の前の邪悪な『魔』を倒せと、脳にしきりに訴えかけていた。

「さっきとは全然ちがうね。 水がピリピリしてくるよ」

スミレはついに、岩から重い腰をあげた。

刹那、志貴はスミレの横を走り抜け、アルクェイドの元へ向かう。

走り去る彼に向かってスミレは左手をかざす。泉から具現されたのは水の銛。

それが志貴の背中を捕らえるよりも速く、アベンジャ―の鉛色の鞭が、水の銛をつらぬいた。

伸縮自在の魔剣を従えて、エンハウンスはスミレを見据える。

「スミレ。 あんた、一つ勘違いしてるぜ」

「ふーん。 それってなに?」

「あいつはぬるま湯で育ったボンボンなんかじゃねぇよ。
志貴は親父の仇に幼いころから育てられて、血みどろの人生送ってきた男だ。 あいつは強いぜ」

志貴は、一心不乱に駆け抜ける。

アルクェイド。彼女の姿しか志貴にはみえない。

彼女を拘束する水牢へむけて、刀身が振り下ろされた。

/4.

リタは、走った。

スミレはおそらく、真祖の騎士と交戦しているのだろう。

止めなければ。自分の命を盾にされて、親友が刃を振るうなんて耐えられない。

「スミレ!! スミレェ!!」

森の中を駆け抜けていた。

どこまでも続く木々の並木道は、どこまでも遠く感じる。

行き着いた先で、彼女は彼と出会う。

蝙蝠傘をさす、木々の間に、一人の紳士が佇んでいた。

「ごきげんよう、リタ」

長い金髪を後ろで束ね、清楚な白のスーツを着こなす紳士は、静かにそういった。

いつのまにか、入道雲が空を支配していた。天空から、大粒の雨が落ちてくる。

降り始めた雨のなか、男と女は向かい合う。

「ほんとう、あなたは読めないわね。ヴラド」

「貴婦人の行動には気配りしているんだよ。 ……行くのかい? リタ」

フィナ=ヴラド・スヴェルテンは、傘を彼女に差し出す。

リタ・ロズィーアンは雨にぬれた笑顔で、頷いた。


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