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1: MAR (2003/08/18 02:24:00)[eleanor_nekoyou at hotmail.com]

 幽玄の美。
 入り口に佇む少女を見た秋葉の感想はそれだった。
 年の頃は瀬尾と同じ位か。漆黒の、クラシカルなデザインのドレスに身を包み、髪も吸いこまれるような深い黒。
それゆえに僅かに露出した顔や手など、肌の透き通るような白さが際立っていた。確かに自分より年下に見える
のに、その身に纏う雰囲気は明かに艶やかな淑女のそれ。
 少女は秋葉の姿を見とめると、優雅に一礼を返した。その所作も非の打ち所が無い。

「初めまして、遠野秋葉さん。私がアルトルージュ・ブリュンスタッドよ。
 少々不躾な入室になってしまったけど、どうも私の話をしていたようだし、それなら自分で話した方が良いでしょ?
 許してもらえると嬉しいんだけど」
「あ…アルトルージュ様、困ります…」

 ようやく追いついたのか、少し息を切らせて小走りで駆け寄ってくる翡翠。アルトルージュの謝意はどうやら秋
葉と翡翠双方に向けられたもののようだった。
 そのままアルトルージュはすたすたと室内に入ってくる。翡翠が止める間もなく、そのままソファの一つに腰を
下ろした。それこそ不躾極まりない行動の筈なのに、あまりにも無駄の無く美しい動きであったために、秋葉で
すら一瞬見とれ、文句の言う間もなかった。

「そして初めまして、埋葬機関第七位。確かシエルさんといったかしら」
「ええ、そうです。こちらこそ初めまして…黒の姫君」

 あくまで気軽に話し掛けてくるアルトルージュに対して、緊張の色を隠せないシエル。すでに腰はソファから
少し浮いており、何が起きても対処出来るように身構えている。そんな様子を見て、アルトルージュはクスリ、と
笑った。

「そんなに身構えなくても。私は何もしないわよ。
 あ、秋葉さん。何か飲み物を頂いてもいい? 長旅で少し喉が乾いてしまったの」
「え…ええ。分かりました。
 翡翠、琥珀にお茶の用意をさせて頂戴」
「かしこまりました」

 やや困惑の表情を浮かべながらも、一礼し部屋を後にする翡翠。
 それにしても、と、秋葉は思った。自分もいわゆる「上流階級」に属する人間だから、人に傅かれるのは慣れて
いない訳ではない。しかし目の前のこの少女は、明かに自分とはレベルが違う。全く自然に人を使い、しかもその
事を当然と思わせるだけの雰囲気を身につけている。先ほどシエルに呼ばれた「姫君」と言う呼称も、彼女に対して
ならば全く違和感なく受け入れられる。本当に、アルクェイドと同じ一族なのだろうか…?
 そんな秋葉の疑問など知る由もなく、アルトルージュは話し始めた。

「さて、さっきの話の続きなんだけどね。
 私はブリュンスタッドを受け継ぐ真祖と、その直系の死徒との間に生まれたの。真祖の力も受け継いでいるから
「ブリュンスタッド」を名乗る事が許されているのよ。
 まぁ、人間で言ってしまえば妾腹の姫と言う事になるから、本来ならば別の真祖がブリュンスタッドを受け継いで
いたんだろうけど…今は真祖があのコだけだから、私が預かってるの」
「なるほど…先ほど少しシエルさんからも聞いたのですが、貴方はアルクェイドさんの姉と言う事でよろしいの?」
「ええ。人間で言う姉妹とはちょっと違うかもしれないけど、私はあのコのお姉さん。
 こんな外見だと、そうは見えづらいかな?」

 茶化すように答えたアルトルージュ。その言葉に苦笑しながら首肯する秋葉。確かに、自分より年下に見える
少女に、自分より年上の外見の女性の「姉」を名乗られても、にわかには納得し辛い物がある。

「まぁ、「姉」らしい姿になる事も出来るんだけどね。昼間だし、今はちょっと無理かな」
「姿に…なる?」
「そ。まぁ、機会があったら見せてあげる」

 と、そこへドアがノックされた。秋葉が入室を促すと、琥珀がカートに紅茶とスコーンを乗せて運んできた。

「あら、先ほど出迎えて下さったメイドと良く似てるわね。双子なの?」
「アルトルージュ様、でしたね。初めまして、琥珀と申します。秋葉様付きの侍女をしております。先ほどアルトル
ージュ様をお出迎えしたのは妹の翡翠です」

 いつもの朗らかな笑みを浮かべ、アルトルージュに答えながら、琥珀は手早く3人の前に運んできた物を並べ
る。それらが終わった後、秋葉は琥珀に傍らに控えるように言った。恐らく話は長くなるだろうし、そうなれば紅茶
のお代わりも必要になるだろうから。

「ん〜、良い味。良い葉を使ってるわね。それに入れ方も上手よ」
「あは、ありがとうございます」
「秋葉さん、いつもこんな美味しいものを飲んでるのね、羨ましいなぁ。
 ねぇ、彼女、連れて帰っちゃダメ?」
「…ダメです」

 イマイチ掴み所のないアルトルージュの態度に困惑気味の秋葉。そんな秋葉の表情を面白そうに見やった
アルトルージュが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、言った。

「でね、秋葉さん――って、堅苦しいな。これからは私の妹にもなるんだから秋葉ちゃんでいいわね。
 という訳で秋葉ちゃん、貴方のお兄さんの志貴君ってカッコイイ? 私の最愛のアルクちゃんの旦那様になるん
だから、相当の男じゃないとおねーさんは納得しないぞ?」
『……ぇ?』

 秋葉とシエルは固まった。
 アルトルージュを最初に見た時に感じた「幽玄」「優美」という印象。それが遥か彼方へ吹っ飛んでしまう物言い
に、当主様も教会の代行者も、どう反応して良いやら分からない様子である。
 ある意味外見相当と言えなくもないしゃべりっぷりであったが、第一印象とあまりにかけ離れ過ぎると、周りの人
間が対処に困る好例と言えるかもしれない。
 そんな中ただ一人琥珀だけが面白そうに、あは―、と笑いながらアルトルージュに答えた。

「安心してくださいな。志貴さんはカッコイイですから、きっとアルトルージュ様のお眼鏡にも適いますよ」
「ホントに? でもただ外見が良いだけの優男じゃダメよ? しっかりアルクちゃんの事も守ってくれるようじゃないと」
「その点も御安心ください。志貴さんはとても強いですから。
 はっきり言って超優良物件、ここにいる女性陣皆で狙っていたんですけど、残念ながらアルクェイド様に負けて
しまったんですよ」
「――琥珀! あなた何言って…!」

 着物の裾で右目を覆い、泣き崩れる真似をする琥珀に、大声をあげる秋葉。いくらなんでも初対面の相手に、
なんでそんな事までバラされなければならないのか。今にも睨み殺しそうな秋葉の視線を受けて、それでも
琥珀は普段の笑顔のまま面白そうに答えた。

「あら秋葉様、志貴さんの魅力を分かってもらうには一番分かりやすいと思ったんですけど?」
「! そ…それは…でも…」
「シエルさんだって、そうでしょう?」
「わ…私は! 遠野君が道を踏み外さないように監視していただけです!」

 琥珀の言葉に思わず黙り込む秋葉。
 彼女の言葉を否定する事は出来ない。それを否定したら、自分の中の一番大事な部分を否定する事になっ
てしまう――それでも、面と向かってその事を言われて冷静でいられるほど、秋葉は大人でもなかった。一方の
シエルも言い訳にならない言い訳を並べ立てていたが、琥珀からすれば可笑しい限りであった。
 そんな三人のやりとりを面白そうに眺めているアルトルージュ。秋葉に向かって悪戯っ娘の笑みを浮かべたまま、
ひょいと爆弾を投げつける。

「あれ? そーすると秋葉ちゃんったら実の兄を愛しちゃってたの? やーん、禁断の愛ね。ちょっと詳しくおねー
さんに話してみない? その辺り凄く興味あるの」
「うぇ……ぇぇっ?! そ、それは…」

 こ…この女はー!
 秋葉は叫び出したい衝動に駆られたが、さすがに客人の手前、切れそうな自制心の糸一本でかろうじて踏みとどまった。
 それに一応アルトルージュも身内となる存在である以上、いずれは話さなければならない事である。努めて冷静
な顔を作りながら、秋葉は彼女に説明した。

「わ…私と兄さんは血が繋がってないんです。亡き父が、滅ぼした退魔の家系の人間の生き残りを、気まぐれから
引き取って育てていたのが遠野志貴ですから。
 実の兄は――自らの血に飲まれて「魔」と化し、そこにいるシエルさんによって討たれました」
「なるほど、確かに秋葉ちゃん、かなり強力な「魔」の血が流れているものね。弱い人間だったら飲みこまれてしまって
も不思議じゃないかも。
 それにしても…」

 アルトルージュはシエルに視線を送った。先ほどまで秋葉に向けていたものとは明かに違う。その身に纏う雰囲気
も、急に張り詰めたものに変わった。
 秋葉の中の血が騒ぎ出す。 目の前のモノに対する警戒――いや、畏れであった。小動物がパニックに陥って
暴れるように、今にも吹き出しそうになる力を必死で押さえ込む秋葉。琥珀も急に変わった部屋の中の空気に、
いつもの笑顔は崩していないが明かに動揺していた。

「埋葬機関第七位。貴方にボランティア精神があっただなんて驚きね。そんな酔狂な輩は「王冠」だけだと思って
いたけれど」
「…ボランティア、ではありませんよ黒の姫君。今代のロアの転生体が、秋葉さんの実の兄だったんです。
 私は彼を捕捉し、第七聖典を以って消滅させ、連環を断ち切りました」
「ふーん、ではネロ・カオスを滅ぼしたのも貴方なの? あれは第七聖典を以ってしても滅し切れる存在では無い
と思うのだけれど」
「…第七聖典だけが教会の最秘奥という訳ではありませんから」
「フフ…まぁ、そう言う事にしておいてあげるわ――あら、秋葉ちゃんどーしたの?」

再び秋葉に向き直った時、アルトルージュの雰囲気はまたユルみきっていた。正直秋葉はホッとした。自分の目の
前にいる存在が、自分など問題とならないくらいの「魔」である事を改めて思い知らされたのだ。

「…すみません。少し空気に当てられてしまって」
「あ、ごめーん。シエルさんはともかく、彼女の上司と私ってあまり仲が良くなくて。思わず普段話してる雰囲気に
なっちゃった。許してね?」
「それは構わないですが…後はお二人の話で分からない言葉が多かったもので」
「? あー、そうか。秋葉ちゃん基本的に関係者じゃないんだっけ。
 よろしい、おねーさんに任せておいて。秋葉ちゃんをいっぱしの吸血鬼通にしてあげるから。教会の代行者もいる
から捕捉説明もバッチリよ♪」
「……ぇ? あ、いや、そこまでしていただく必要は…」
「って、私も問答無用ですか?!」
「あはー、後学のために興味深く拝聴させていただきます〜」

 約二人のか細い異議申立ては、目を輝かせたアルトルージュには全く効果なかった。非常に悲しむべきことに、
これと同じ瞳を秋葉は最近よく目にしている気がしている。
 秋葉は確信した。
 間違いない。その本質がどんなに危険なもので、どれだけ強大な力を秘めていようと、目の前にいるこの少女は
間違いなくアルクェイドの姉で、ブリュンスタッドは完膚なきまでにあーぱーの家系なのだろう。誰がなんと言おう
ともう疑う余地もなく。


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