月影検Act.6


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1: アラヤ式 (2003/08/09 22:12:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「無粋な輩ね」

死者たちの奇襲を受け、アルトルージュは間一髪のところでその爪から逃れたところだった。

一人は、上あごが腐って落ちている青年。一人は、腹からピンク色の臓物をたれながす初老の男。その二人の中央に、耳まで口が裂けた女がいる。

奇怪な唸り声をあげる三体の死体はアルトルージュを取り囲む。

しきりに爪の伸びた指をうごめかし、ずり足にちかい奇妙な歩きで、彼女を包囲するように距離を詰めていく。

髪をかきあげ、アルトルージュは死者たちを睨む。

「古狸、ついにしびれを切らしたのかしら。それも構わないけど」

少女の指に鋭い鉤状の爪が発現する。その硬度と鋭利さは、死者たちのそれを遥かに上回る。

少女と死者がにらみ合う戦場に、壁を突き破る轟音が鳴り響く。

熊の体格と狼の俊敏さをそなえた巨躯の魔犬、ブライミッツ・マーダ―がかけつけてきた。

―― アルトルージュサマ。

その雄雄しい姿をみたアルトルージュは、優しく微笑みかける。

「ごくろうさま。いい子ね」

黒い少女の傍らに控えた魔犬は、絶対の忠誠を示しひれ伏す。魔犬の頭をなで、アルトルージュに金色の魔眼が輝く。

「さあ、はじめましょう。たかが使い走り程度が私の眠りを邪魔した罪、重くてよ」

中央廊下では

「貴様ら、そこをどけ」

シュトラウトは魔剣をむちのように振った。死者の体を構成していた肉のかけらが、床に撒かれる。

赤いカーペットで、下半身のみとなった死体が膝をついた。

胴を両断された死体の倒れた先には、腐れ落ちそうな目玉をたらす死者の男が、犬歯を剥き出しにして唸っている。

シュトラウトの鋼の眼は、腐臭をはなつ不法侵入者たちに一片の情もない。

「オーテンロッゼ、ついになりふり構わずきたか」

死者は物を見る機能をはたさない瞳を振りかざし、猛然と爪を立て襲ってきた。

「姫様、どうかご無事で!」

キッチンでは

「あ〜あ、せっかく幽霊船団総動員で改装したばかりなのにねぇ。ウォーター・ボトルの次は君たちかい?」

散乱した台所をみまわし、ヴラドはため息をつく。レイピアをたずさえ、死者二体と対峙していた

彼の背後に、どす黒い暗黒空間が広がった。そこから髑髏の腕による一糸乱れぬ剣戟が繰り出される。

「汚らわしい屍ども。君たちは美しくないんだよ」

/1.

「ブライミッツ・マーダ―!!飛んで!」

少女の掛け声と共に、体長5mの魔犬は俊敏な跳躍をみせる。襲いくる死者たちの頭上を支配した。

ブライミッツ・マーダ―の背中にのるアルトルージュは、左手を死者にかかげる。

彼女の金色の魔眼が見開かれるとともに、彼女の視界範囲内は灼熱と爆炎に包まれた。

炎がたちのぼる床に、滞空を終えた魔犬は降り立った。

本来ならば骨をもとかす灼熱の火炎地獄は、地下室をつつみこみ、もえかす一つ残さないはず。

―― アルトルージュサマ。ヤツラ、イジョウデス。

「わかってるわ」

炎がひくとともに、ありえないはずの五体満足の死者たちが、奇怪なうめきをたてていた。

「この死者たちはあなたの亡霊なの?『月飲み』」

アルトルージュの白い額に、一滴の汗がたれる。

彼女に牙をむく死者たちは、その体を薄紫半透明の真球に包んでいた。

アルトルージュの脳裏に、最悪のケースがうかぶ。彼女の記憶が正しければ、真球はすべての炎を無効化する魔の領域だ。

「そう。固有結界は効かないというわけね。ならば」

アルトルージュの顔から、汗がひく。

彼女は魔犬の背中から颯爽と降り立つと額に手をかかげ、指のあいだから強烈な殺意を覗かせた。

「直々に引き裂いてあげましょう」

―― オオセノママニ。

アルトルージュと魔犬は姿勢を低くとる。一瞬の静寂の後、彼女と魔犬の姿は消えた。

死者たちは、己が目標を見失う。

右と左側面の壁が、尋常ならざるスピードで一直線の白煙をあげる。

その疾走の終点で、死者三人の体は爆発したようにはじけとんだ。

飛び散る内腑のあめあられが、薄暗い地下室に降りしきる。

血の雨を直にあびた魔犬は牙に血肉をしたたらせ、アルトルージュの黄金の髪を、死者の鮮血と肉が染めた。

アルトルージュは血のついた髪をはらう。

「おざなりだわ。結界の存在濃度が、あなたたちの機動に全然ついていってないわよ。
ソレを真の意味で使いこなしていたのは、やはり『月飲み』なのね 」

アルトルージュは余裕だった。目の前の死者たちは、爪を振りかざすたびに結界の有効範囲からもれていたのだ。

物理的な攻撃で十分なダメージをあたえられる。

勝てる。

アルトルージュが勝利を確信した瞬間、重い感触が彼女の右腕を締めつけた。

「え!」

彼女に付着していた肉が蠕動する。そこから形をつくって出てきたのは、飛び散ったはずの男の顔。

頬肉が腐った男の犬歯が、アルトルージュの腕に食い込む。

おぞましい死者たちは、不定形なアメーバのように再生した。

「復元呪詛!……くっ!」

激痛でアルトルージュは倒れこんだ。

―― オノレキサマラァ!!

魔犬は毛を逆立てる。汚らしい死者が彼女を傷つけることなど許されることではない。咆哮とともに右前足の一撃をくりだす。

だが、ブライミッツ・マーダ―は全身に伸びた血肉の縄に、彼女と同じように拘束されてしまう。

筋肉に力がまったく入らない。魔犬は暴れまわって脱出を試みるが、ゴムのように張力を得ている死者の体を引きちぎることができない。

唸り声をあげる魔犬は、死者の再生した箇所に目を凝らす。自らの高い知性で、奇怪な死者たちの謎を瞬時に理解した。

肉体の傷口からみえるのは、奥ふかくに蠢く、薄紫にかがやく光の拍動。

―― コユウケッカイノナイホウダト!?キサマラ、『コントン』トドウヨウノコトヲ!?

魔犬の体躯をしめつける死者の肉体は、その白い体毛を血に染めていく。

自慢の剛力を発揮できない魔犬は、苦悶の唸り声をあげ、四肢が地にひざまづく。

拘束する肉の糸から、腐った女の顔がニュルリという不気味な擬音をたてて浮かび上がった。

死者に感情などないが、その顔はおぞましい笑みをうかべているようにみえる。

苦痛でしゃがみこむアルトルージュは、魔犬に命の危機が迫っていることを悟った。

「やめてぇ!!その子を離して!!」

原形をとどめていないアメーバ状の死者たちは、元は手であったものを鋭いニードルに変形させる。

しめつける死者の拘束力は強まり、魔犬のもとへ駆け寄ろうとするアルトルージュは転んでしまう。

腑物でできたニードルが、魔犬の額にむかってふりおろされる。泣き叫ぶアルトルージュの涙が散る。

「まったく、だらしないわね」

死者の刃が魔犬の額を貫こうとした刹那、修羅場にはふさわしくない、陽気な声がふきぬけた。

/2.

死者のニードルが、縦と横に切り裂かれる。

魔犬を苦しめていた死者たちは粉みじんになり、崩れた先に、白のハイネックを着た姫がいた。

「こんな雑魚になにてこずってるのよ。
どうせ古狸の刺客ってところでしょうけど、私の髪をうばっておいてそれはないでしょ?」

アルクェイドが、アルトルージュの助太刀にきたのだ。

「アルクェイドさん!」

同時にアルトルージュを監禁していた死者の体が消滅する。

「大丈夫か!?」

たおれかけたアルトルージュの背を、志貴の両手がささえる。彼は『七つ夜』で死者をそうそうに始末し、彼女を解放した。

「ありがとう志貴くん。……リィゾとフィナは!?」

「それも大丈夫さ」

中央廊下で剣を振るうシュトラウトは、肩の肉をもぎ取られていた。

「貴様ら、どけぇ!!」

ニアダークの超振動が、死者の脳天をねらう。だが、不気味に笑う死者の固有結界にかきけされた。

下半身のみの死者がシュトラウトの右足に、ベッコウ飴のようにからまっている。

もうひとりの死者の爪が、魔剣ニアダークを爪ではさみ、。

シュトラウトは己の不覚を心底呪った。たかが一介の死者が、なぜこれほどの力を持っているのか。

「おい」

剣と組み合ってた死者は、声の主に振り向く。目の前には、黒く深い銃口があった。

刹那、脳漿が壁にぶちまけられる。

死者がこの世で最後に見た光景は、タバコをふかしながら銃をぶっ放す不敵な死徒の姿だったろう。

白煙をあげる聖葬法典をかまえたエンハウンスが、シュトラウトの救援に駆けつけてきた。

「だらしねぇなぁ、クソ騎士」

「片刃。……なんだその頭は?」

「これか?旅行から帰ってきたシエルに顔合わせるなり、いきなり問答無用で刺されたんだよ。何でだろ?」

彼は頬に鮮やかにのこるビンタの跡をさすり、頭に刺さった黒鍵を一本一本丁寧に抜いた。

キッチンでは、復元できない大穴を腹にあけた死者の一人がうずくまり、もう一人の方も後ずさりしていた。

「ハハハハ!!この僕がまさか司教さんに助けられるとはねぇ。」

「誰があなたを助けにいくかで、20分もめてたんですよ。不本意ながらジャンケンで敗れてしまいました」

喜ぶホ○の横で、渋い顔をするシエルは第七聖典の槍を打ち出し、死者の頭を貫いた。

/3.

「ごめんね」

魔犬の白いお腹には、痛々しい裂傷ができ、復元呪詛の効力ことのほか遅く、アルトルージュはその傷をさすっている。

地下室の死者たちは、志貴とアルクェイドによってすべて屠られた。

「まったく。油断どころか怠慢に近いんじゃない?ガイアの怪物が何やっているのよ」

「この子のせいじゃないわ。あなたもみたでしょ。あれは、『ネバーモア』よ」

志貴の顔に戦慄が走る。

自分の手で抹消したはずの強敵、『月飲み』ことグランスルグ・ブラックモア。吸血姫に並々ならぬ憎悪をたぎらせていた古のカラス。

「あのバケモノが、生きているのか?」

「いえ。志貴くんは『月飲み』を完全に消滅させたわ。
あの古狸、そういうことだったのね」

彼女のなかで、この一連の騒動のパズルが全て組み合わさっていた。

「ちょっと。一人で納得していないで説明しなさいよ」

「アルクェイドさん。オーテンロッゼの狙いは、死徒の事象を完全に無効化する固有結界の量産化よ」

「なんですって!?」

「間違いないわ。おおかた、配下の死者一人一人に装備させる腹積もりね。
よくもそんな『蛇』のような悪知恵が働くものだわ。あきれをとおり越して感心しちゃう」

オーテンロッゼは死徒最大の領地をもつ権力者。抱える死者の数は数百万ともいわれている。

志貴もすぐに理解した。あのエンハウンスやヴラドを苦しめた死徒の能力を全てキャンセルする『ネバーモア』。

「感心してる場合じゃないわよ。それが本当だとしたら、
どんなにヨワイ雑魚死者でも、『月飲み』並の膂力を手中におさめることになるのよ」

アルクェイドの苦言は、絶望を運んでくるものだった。

数百万の死者全てが無効化の能力をもてば、死徒であるアルトルージュたちに勝ち目はない。

「でもまだ使いこなせていないはいないわ。
大体、もともと禁忌に近い能力をもつ『ネバーモア』を、そう簡単に発現させることはできない。
そうでしょう?リタ・ロズィーアン?」

「感が鋭いのですね。タイトル『嵐の前の静寂』!!」

志貴たちの目の前にピンクの螺旋が立ち上った。『芸術家』があらわれる。

「おほほほほ!復元呪詛を強化し、死徒の能力を封じ込める新世代の死者たち、お気に召していただけたかしら!?」

リタ・ロズィーアンは、不敵に笑う。

「ええ。趣味の悪い怪物ぶりに磨きがかかっていて不愉快極まりないわ。」

「おほほほほ!オーテンロッゼ殿が腐心の末にうみだした芸術ですのよ。
お気づきになられたかしら?
『ネバーモア』は死徒の事象を無効化するばかりではなく、有効範囲内に入った死徒の復元呪詛を阻害する特典がございますの。
死者の肉体に内包する事で、物理攻撃にも対応できるようになりましたのよ。
現にガイアの怪物にも、すこぶる結果は良好なようですわね。おほほほほ!!」

リタはピンクのドレスを揺らめかせ、わらう。

アルトルージュは倒れた魔犬をみつめ、怒りにかられて立ち上がった。

「ゆるさない……。古狸もろとも、あなたを滅してあげる!」

「やめなさいよ。志貴も巻き込んで燃やすつもり?」

アルクェイドの左手が、アルトルージュの左手をつかむ。

「それにしてもセンスのない芸術家ね。
そのネバーモアは完全じゃない。
そんな未完成品を並べたてて悦にひたっているようじゃ、古狸の悪知恵もたかが知れているわ」

アルクェイドはリタをみすえて吐き捨てた。

「おほほほほ。今回はこの死者たちがどういうものかを見定めてくれるデビューといったところですの。もう一つ」

羽扇で顔をかくしたリタは、一瞬にして消えた。

「真祖の騎士。お命頂戴いたしますわ!!」

本物のリタ・ロズィーアンは壁と同化し、志貴の背後にすでに迫っていたのだ。

「志貴ぃ!」

アルクェイドとアルトルージュの反応は遅れた。

硬質化する彼女の羽扇が、志貴の首を狙い唸りをあげる。

「え」

リタは、なにが起こったか理解できなかった。

素早い刺のようなものが、彼女の羽扇をいつのまにか両断していた。みえないなにかが、自分の刃を一瞬で破壊したのだ。

「まさかこれは……」

美しい赤髪をたなびかせ、淡く深い、深海のような魔眼をもつ死徒がいた。

ジーパンのポケットに手をつっこみ、女性は佇んでいた。

彼女のまわりには、螺旋の弧をえがく水の糸が煌めいている。揺らめく水流の雨が、未だに燻っていたアルトの炎を癒すように降り注ぐ。

スミレにいつもの陽気はない。酒でいつも紅潮している頬は、今はまったく朱にそまっていない。

リタは全てを理解した。硬質化した羽扇を両断した不可視の刃は、『水』だ。

極限まで高められた水圧は、ぶあつい鋼鉄も容易に切断するという。切り口が鏡のように鋭利な断面をみせているのが何よりの証拠だ。

「どういうつもりですの!?あなた、死徒の姫君側につくつもり!?」

リタの悲鳴に似た叫びがひびく。

スミレは、無感情な瞳でリタをみつめたまま、何もいわなかった。

「……どうして?」

彼女の行動が、リタは信じられかった。

「……そう。あなたがそのつもりならいいでしょう。次にあいまみえたとき、容赦はしなくてよ!!」

リタをつつむ虹色の螺旋は、その哀しみを払うが如く消えていった。

へたり込む志貴は、しばらく状況を理解できなかったが、

「スミレさん、助かったよ??」

志貴は、彼女に駆け寄った。だが、スミレの様子がおかしい。

「リタ……」

彼女は、自らが両断したリタの羽扇を手に取った。

「リタァ……」

切った羽扇を合わせようとする。つながるはずもない。

「リタァ……」

崩れ落ちた彼女は、その場で泣き出してしまった。

「ごめん……リタ、ゆるして……あたし、あたし、リタ……ごめんね……ゆるして……」

まるでいじめられた少女のように、嗚咽をもらす。

普段のハイな彼女のイメージとは対照的過ぎて、周りの人外たちは唖然とするより他なかった。

/3.

ヴラドが、洗面台をもって部屋にはいる。

エンハウンスのつかっているベッドに、スミレは寝かされていた。

部屋のテーブルには、スミレの着ていたジーパンとYシャツが、綺麗にたたんで置かれ、ヴラドの用意したネグリジェに着替えさせられていた。

「……リタ……」

リタから志貴を救ったスミレは、さっきまで顔をクシャクシャにして泣いていた。

アルクェイドと志貴が必死でビールを勧めたりして慰めようとしても、たいした効果はなく、彼女の涙は体内の水をすべてからしてしまうくらいの量で、

泣き疲れと脱水症状で倒れたスミレは、駆けつけたシュトラウトから水分と塩分投与の応急措置をうけることとなってしまったのだ。

なんとか体調をもちなおし眠っているスミレの横で、志貴とエンハウンスは彼女を見守っている。

ヴラドからおしぼりを受け取ったエンハウンスは、彼女の頬に残っている涙の跡をふいた。

「姐さんは、基本的に悲観主義者なんだよ。」

「うそ、だろ?」

「マジだ。確かに姐さんは世の中の酸いも甘いも知っていて、良くできた女だぜ。
だけどな、水と酒が抜けると180℃性格変っちまうんだ。
特に親友のことになると、この人見境なくてな。
姐さんにとってリタとの絶交は、この世の海が全部干上がっちまうことに等しいのさ」

「難儀なことだ。
ウォーター・ボトルはうつりかわる水といったところかな。
いつも大洪水で周りをおしながし、途端に静かな水たまりになるだねぇ」

ヴラドは薄く微笑み、スミレに毛布をかけた。

「またずいぶん感傷的だな。ヴラド、なんかあったのか?」

「なんでもないさ。あとは君たちにお任せするよ。なにかあったら呼んでくれたまえ」

ヴラドはスミレに一礼し、静かに部屋をでていった。

「じゃあ、スミレさんは、それくらい大事な友達を傷つけて、俺を助けてくれたのか?」

「そういうことだ。まったく、厄介なこったな。」

スミレの大人びた女性の顔は、子供のように幼い。

ベッドに横たわるスミレの手が、シーツをきつく握りしめている。

志貴は、半べそで眠っている彼女の手を握った。申し訳ない気持ちで胸がしめつけられる。

日本では有彦のバカが、首をながくして待っていることだろう。普段は悪態をつきながらも、有彦はかけがえのない友達だ。

友達と、ましてや無二の親友と仲たがいする苦しみ、痛いほど志貴にはわかる。

「スミレさん」

いつのまにか、寝返りをうつスミレの胸元があらわになっていた。

突然差入れされたような白い魅惑のふくらみに、エンハウンスの脳みそ旧皮質が活性化してしまう。

「おい、何やってんだよ!」

「いや、姐さん寝苦しそうだから、ちょっと、少し、胸元をな」

「ちょっとじゃないし、すこしじゃないだろ!やめろよこら!!」

そういって顔がとろけているエンハウンスは、スミレの胸元のボタンを一つ残らずはずそうとする。エロス全開だ。

「この着慣れてないネグリジェがまたそそるじゃねぇか。こんなチャンス二度とないぜ!止めてくれるな!!」

「なに開き直ってんだ!」

志貴はエンハウンスを羽交い絞めにするが、頭のネジが一本とんだ死徒のエロヂカラはことのほか強い。

「この不埒者めが」

発情した死徒の背後に、武骨で重い怒号が響いた。

黒騎士シュトラウトはいつのまにか部屋にきていた。彼はスミレの検温にやってきたのだ。驚愕でエンハウンスの目がデメキンになる。

エンハウンスを犯罪者をみるような(実際寸前だが)視線でつきさす。

「無防備な婦女子に手をだすな。まったく、死徒の風上にも置けん奴だ」

「クソ騎士にはいわれたくねえな。この隠れロリ……!!」

エンハウンスの首に、魔剣ニアダークがつきつけられる。

「シエル殿にこのことを吹き込まれたくなければ、今後一切、私が幼女趣味などという発言は控えることだ」

「てんめえ〜、俺をおどす気か?」

「この城には防犯カメラが各部屋にセットされている。貴様の一連の行動は筒抜けだ。残念だったな」

日頃エンハウンスに一杯喰わされているシュトラウトの、会心完全勝利であった。

スミレの体温に異常がないことを確認したシュトラウトは、エンハウンスに釘をさして部屋をでていく。

「自業自得だぞ」

「ち、わかってるよ。く〜あんにゃろう!!いつか絶対超えてやる!」

「何を超えるんだよ」

エンハウンスはそそくさとスミレに毛布をかけなおした。志貴は、正直頭が痛い。

「……リタ……ごめんね……ZZ」

/4.

黒い森が暗い闇におおわれ、鳥の鳴き声がなりひびき、城は静寂をとりもどしていた。

エンハウンスは志貴に耳をひっぱられ、寝室から強制退去。

スミレが一人眠るその部屋に、黒い人影がやって来る。

瞳が月光に反射し、するどい殺気を放つ影は、殺意の爪を研ぎ澄まし、寝息をたてているスミレのすぐそばにせまる。

「……わるいけど、ここで」

「『死んでもらうわ』ってこと?」

影は驚いて振り向く。

開け放たれた扉の影に、月光に反射する白のハイネックを着たアルクェイドが佇んでいた。

「アルクェイドさん。」

スミレを狙った影の正体は、アルトルージュだった。

「傷心で眠っている人に追い討ちなんて、ひどいことするのね」

「志貴くんのみえないところで始末をつけるのよ。邪魔しないで」

アルトルージュの冷たい殺意に、アルクェイドは怒りとともに鉤爪に変化させる。

「そんなこと、私が許さない」

「甘いわね。どうして水魔を信用できるの?」

「あなたこそ、どうしてそこまで疑うのよ。
水魔は志貴を助けてくれた。その恩を仇で返すなんて、なにかに憑かれているとしかおもえないわ」

花の島でなぐさめてくれたスミレの優しさに心うたれたアルクェイドには、アルトルージュの行動が蛮行としかおもえなかった。

暗い寝室に、二人の吸血姫の火花が散る。

「この人は敵よ。私の直感がそう告げているの」

「ふざけないで。どうひねくれたら、そんな一辺倒な思い込みができるのよ。どうしてもやるなら前の戦いの決着、ここでつけさせてもらうわよ。」

二人の黄金の魔眼が、取り囲む空気をねじるように衝突する。

「志貴くんにはわるいけど、しょうがないわね。何をいっても理解しない人にイチイチ説明するほど、私、寛大ではないの。……おしおきしてあげる」

「わからず屋はあなたのほうよ。覚悟しなさい!」

アルクェイドとアルトルージュ。ブリュンスタッドの名を冠する『白』と『黒』の吸血姫は、再びあいまみえる。


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