月影検Act.5


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1: アラヤ式 (2003/08/04 19:47:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

爽やかな、風が吹き抜ける午後。

大いなる主流、ライン川は、今もドイツの大地を潤し、その恵みを享受する。

「きれー!!」

展望台からのぞむ湖の爽快な風が、アルクェイドの金髪をゆらした。

「あはは。見た目はね〜。でもドイツの湖って酸性バリバリだから泳ぐと目が痛いんだよ〜♪」

「間違ってはいませんが、冷めることいわないで下さい。」

アルクェイドとシエルは今、スミレに連れられて、ライン川最上流に位置するボーデン湖へきている。

この湖は、国際湖沼ということもあって、周りの国々から年間2百万人の観光客がやってくる。

スミレが二人を連れてきたのは、湖を一望できる島、マイナウ島だ。

45haほどの小さな島だが、世界各国から集められた木々が茂り、数万の花が咲き乱れる観光名所の一つである。

「志貴といっしょに来たかったな……。」

手すりにもたれかかるアルクェイドは、顔をカエルみたいにふくれさせていた。

志貴たちはその頃

「だぁ〜!!農家の親父さんじゃあるまいし終わるわけねぇだろ!!こんなただっ広い面積よぉ〜!!」

エンハウンスは魔剣アベンジャーを振り回して草刈をしている。頭にハチマキを締め、額に汗だくだ。

―― ワカゾウ、 ウダウダイッテイナイデハタラケ。マダハンブンモカレテイナイゾ。

ブライミッツ・マーダ―は芝生の上でお座りしながら、監視している。

「エンハウンス。文句いってないでまず手を動かせよ。今日中に終わらせないと、俺たちまとめてヴラドさんにおそわれるぞ。」

七つ夜を握る志貴の眼前に広がる雑草は、約100haにわたって生えていた。

志貴とエンハウンスは、昨日のキッチン大洪水事件でお冠のアルトルージュから、居城の周りの草むしりを命じられていたのだ。

「女三人旅もいいじゃない。あたし、たまにしか陸あがんないからね〜。う〜ん、いい風だわ♪」

湖から吹き抜ける風を、スミレは気持ちよさそうに受けている。

「不可解です。」

「どしたの?神婦さん?」

「あなたは不可解ですよ。第21位ウォーター・ボトル。」

しばらく湖にみとれていたシエルは、それを振り切ってスミレをにらむ。

「ちょっとシエル。カレーの勘ぐりはやめなさい……ふにゃ!!」

シエルの左手が、アルクェイドの顔を鷲掴みする。

「へんな造語つくらないで下さい。
ウォーター・ボトル。あなたは元々単独で行動する死徒ですよね?
教会の長年の記録でも、水棲変種のあなたが、陸上に出現した回数は片手で数えて十分です。
そもそも厄介事を嫌うあなたが、なぜアルトルージュをはじめとする勢力に積極的に関わっているんですか?
気まぐれ♪なんて言葉であーぱーさんはごまかせても、私は納得しませんよ。」

窒息して暴れまわるアルクェイドを片手で握りしめたまま、シエルは手すりに膝をつけるスミレを見据えていた。

彼女の双眸に、普段の感情の揺らぎは感じられない。

シエルは、スミレに気を許しているわけではなかった。

死徒が今までの行動パターンから外れることをするのは、何かの企みがあって然るべきなのだ。

そんな彼女の横で、スミレは右手にもっている缶ビールをあおる。

アルコールで紅に染まる頬が、よりホオズキのような赤に近くなった。

睨みつづけるシエルに、スミレは何の気なしに微笑みかける。

「じゃあさ、あなたはなんでアルトちゃんの城に住んでいたりするの?」

「質問を質問で返さないでください。私は彼らを監視しているんです。」

「へぇ〜。監視している代行者ってさ、吸血鬼にカレー作ってあげたり洗濯してあげたりするんだね〜。はじめて聞いたよ♪」

シエルのきつくなっていた目つきが、一気にゆるんだ。

「図星〜。かわいいねぇ〜。ヴァンパイアに恋する神婦さん♪」

スミレはいたずらっぽくほほえみ、シエルのおでこをつつく。

「違います!!あのヤサグレ吸血鬼はすぐ部屋をゴミでためるから放っておけないんですよ!!」

「ひへふははひへ〜!!ひふ〜!!(し得る離して〜!!死ぬ〜!!)」

シエルの顔が朱に染まると同時に、握られっぱなしのアルクェイドの顔は青く変色していった。

/1.

マイナウ島は別名『花の島』といわれている。

蘭や薔薇など、熱帯性の花を中心に、多くの花を観賞できる名所になっているからだ。

その色は千差万別、柔らかな桃色、鮮烈な赤、清純な白が織り交じり、花の楽園とよぶにふさわしい。

色鮮やかな薔薇の花壇や立体木が取りかこみ、

その中の一つに、花の階段と呼ばれる場所がある。

幅の広い階段が二つ横に並び、その中心にそって色とりどりの花が植えられている。

階段を昇りきると次に見えるのは、更に傾斜のきつい階段があり、薔薇園の入り口へと続いているのだ。

薔薇園の中央階段一段目に、女三人は並んですわっていた。

「あなたって、そんなに私を殺したいわけ?」

「何いっているんですか。酸欠程度で死ぬ真祖がいたら、死徒を狩るのに苦労はしません。」

窒息しかけ、膨れっ面のアルクェイドをシエルは歯牙にもかけない。

ビールをひっかけるスミレは、あいもかわらず上機嫌だ。

「ほんといい取り合わせだよね〜。真祖と仲のいい神婦さんてレアものだよ〜♪」

「ウォ……スミレさん、私はアルクェイドに気を許しているわけではありません。
認めたくはありませんが、アルクェイドは私の恩人であるトオノくんの恋人なんです。 」

彼女の首をしめようと殺気立っていたアルクェイドは、彼女の言葉をきくと、その場で止まった。

「このあーぱー吸血鬼は危なっかしくて、トオノくんをいつ危険に晒すかわかりません。
ですから、こうして24時間態勢で監視しているんです。」

アルクェイドは途端に大人しくなった。

思えばシエルは教会側の代行者でありながら、戦ってくれた。

いつも悪態をつきながらも、遠いドイツまでついてきてくれた。

アルクェイドは口にこそださないものの、シエルには言葉で言い表せないほど感謝している。

「……シエルに監視されなくたって、志貴一人くらい護れるわよ。」

「ガイアの怪物やブラックモア相手に、一人で突っ走って無茶したあげく、ボロボロになったのはどこの誰なんです?」

二人ともいまいち、素直になれないのであった。

「いい感じだねぇ、ふたりとも。友達は大事にしろよ〜♪」

片足をあげて座るスミレは、ビールを一口含み、はにかみながら笑う。

シエルはそれが恥ずかしかったのか、『飲み物買ってきますね』といって、そそくさと席をたつ。

一人残されたアルクェイドは、四六時中アルコール摂取に余念がない死徒と二人っきりになってしまった。

スミレはシエルの姿が消えたのを確認すると、アルクェイドの肩を引き寄せる。

「な、なによ。」

アルクェイドは、酒臭い息が間近にせまって顔をしかめた。

「ねぇねぇ姫さま。ちょうど神婦さんもいないことだし、とっておきの秘密教えようか?実はね……」

アルクェイドに耳打ちするスミレは、天邪鬼のようだ。

しかめっ面だったアルクェイドの顔が、赤いグラデーションに染まる。

「え!?うそ!?」

「ほんともほんと。それとね、あいつの結構、おおきいよ〜。きゃ〜♪」

アルクェイドは意味がしばしの間理解できていなかったが、思考を切り替えた瞬間、赤くなった顔から蒸気が勢いよくふきだす。

スミレは自分で暴露しておきながら、羞恥のあまり両手で顔を隠している。

しばらくショートしていたアルクェイドは正気に戻ったが、衝撃のあまり肩から息を切らせていた。

「……水魔、案外やるわね。」

「免疫ないんだね〜。それもかわいい純情娘〜。それじゃあ今度は姫さまの番だよ。遠野について教えてぷり〜ず♪」

途端に、アルクェイドは調子を落とした。

「どしたの?姫さん。」

落ち着いて座るアルクェイドは、途端に影を帯びていた。

「志貴は、最高だよ。
志貴は女ったらしだけど、優しいし、
バカ女ぁって怒った後でも、すぐニコニコしてラーメンつくってくれるんだよ。
でも……」

ベンチに腰掛ける女二人に、噴水の霧がわずかにかかる。

アルクェイドの苦痛に満ちはじめた告白を、スミレは、黙って聞いていた。

「志貴はすごく強いよ。
でも志貴ってさ、体は陽炎みたいに弱いの。
いつか、志貴は死ぬ。」

彼女の苦汁に、辛酸がまじる。

「私、志貴と、離れたくないよ……。」

アルクェイドは、耐え切れず大粒の涙をこぼした。

「志貴がいなくなったら、私、きっと狂っちゃう……。
私は、いままで何の疑問もなく死徒を倒してきた。
でもね、志貴と出会って私はかわったよ。
楽しいこといっぱい知ったもん。
色あせていた世界が、一気に鮮やかになった。
ロアにやられたとき、志貴が私に泣いてくれたときも、とっても嬉しかった。
もう耐えられないの。志貴がいない未来なんか、私、もう考えられない。」

アルクェイドの手は、スカートをきつく握りしめていた。

「大丈夫。遠野は姫放っておいて死んだりしないよ。」

スミレの陽気な語調は、アルクェイドの哀しみに火を注ぐ。

どうしようもない悲しみを怒りと織り交ぜ、アルクェイドは赤い瞳に抱えきれないほどの涙をたたえ、スミレを睨んだ。

「あなたに何がわかるのよ!!
あなたが志貴を救ってくれるの!?安っぽい同情なんかいらないわよ!!」

認めたくない事実、それでも確実にやってくる事実、それは、遠野志貴の『死』。

場所を変えても、志貴の命の砂時計は、決してとまることはない。

スミレは、泣き濡れたアルクェイドを抱き寄せる。

「水魔……?」

アルクェイドの濡れた顔が、スミレの胸におしあてられた。

「姫さまの気持ち、わかるよ。
あたしにもね、失いたくない子がいてさ。
その子のこと考えると、どうしようもなく哀しくなるときがあるんだ。
辛いよね。
一番失いたくないものに限って、なんで一番壊れやすかったりするんだろうね。」

スミレの水色のYシャツは、ほのかに海原の香り、アルクェイドは嗅いだことのないその優しい香りに、何故か癒されている気がした。

「……私、志貴が好き。……狂いそうなくらい好き。……好きなの。」

アルクェイドは、スミレの体をきつく抱きしめていた。そうでもしなければ、彼女は哀しみで押しつぶされてしまいそうだった。

「遠野もきっとおなじことおもってるよ。あいつ、善人に輪をかけた良いやつだもんね。」

スミレの手は、アルクェイドの頭を慈しむようにささえていた。涙で濡れたアルクェイドの頬を、取り出したハンカチで拭う。

「だからさ、もう泣かない!せっかくかわいい顔してうまれてきたんだからさ、笑いなよ、姫さま♪」

無数に咲き誇る薔薇の園で、アルクェイドは涙をふいて笑った。

ジュースを買って戻ってきたシエルは、物陰から二人の様子を見守っていた。

/2.

「水魔に、害意はないわ。」

「どうしてそういいきれるんですか?あれも演技だという可能性は否定できませんよ。」

「私は死徒が善だなんておもっていない。
ただ、客観的に見て水魔が今、なんらかの悪意をもってアルトルージュたちに近づいているとは思えないのよ。」

「随分感情論が先行するんですね。客観的とはおもえません。」

「だって……。」

「わからなくはありませんが。」

アルクェイドとシエルは、夕日が降り注ぐ公園で議論をぶつけていた。

シエルは、スミレに対する質問をのらりくらりとかわされてしまったため、警戒を解いてはいなかった。

だが、アルクェイドを優しく抱いていた彼女に、虚言を感じ取ることが出来ない。シエル自身も困惑していたのだ。

「おふたりさ〜ん!!こっちきてよ!おもろいもんあるよ〜♪」

遠くでは、スミレが指をさしながら手をふっている。

「「こっこれは!!」」

それは花でできた鳥のオブジェだった。

デメキンのような真円の目に、羽をおもわせる黄色と白の蘭が咲き乱れている。

「あはは!ぶっさいくだよね〜。でもそこがまたよかったりするかな。」

指をさしてスミレは笑う。失礼極まりない行為ではあるが、実際デメキン目が顔の半分くらいの大きさで不恰好ではある。

「ぶ、ブラックモア、あなた、まだ消滅してなか……ふにゃ!!」

「みえみえのボケかまさないでください。カラスは黒一色です。」

黒鍵の柄でアルクェイドの頭はスパコーンと痛快な音をたてる。

「あはは!でも似てるね〜。エンハウンスがすっ飛んでかけつけてくるかも♪」

シエルの視線が、花をわらってみつめるスミレに注がれた。

「神婦さん。エンハウンスのこと、聞きたい?」

スミレはシエルの考えを見透かしていた。

「いえ、その、参考までに……」

「あいつはね、昔、あたしのこと殺しにきたんだよ。」

大きなタンコブをつくっていたアルクェイドは、目を仰天させた。

「ほんとだよ。あいつはね、二十七祖滅ぼすのが目的だから、当然あたしも頭数にはいってるよ♪」

とんでもないことをスミレはさらりといってのける。

「確かエジプトにいったときだったかな〜。
エンハウンスはちょうど、カイロで死徒殲滅の任にあたっていたんだよね。」

シエルにも覚えがあった。

怨念の渦と化し、200年は存在しつづける死徒カルハイン討伐に、エンハウンスが派遣されたときだ。

結果、エンハウンスは善戦したものの、捕食公爵を仕留めきることはできなかったのだが。

/3.

あたし、ちょうど避寒でナイル川に滞在してたんだ。

熱い太陽が沈んで、ようやく涼めるかなあとおもって顔出したらさ、

あいつがいたのさ。

ぱっとみ、ワニかな〜、熊かな〜、それとももっと強い猛獣かな〜っておもったよ。

そのくらいエンハウンスの殺気は、水の中にいても刺さるくらいに伝わってきたから。



―― ハッ。ウォーター・ボトル。まさかここで、てめえに会えるとは思わなかったぜ。

ねえ、あんたのお腹の皮、やぶれていたりするけど。

―― 人の心配するまえに自分の心配しろよ。この半魚女。てめえはここで仕留める。

ええ〜?無理だよ。だってあんた、今にも死にそうだよ。

―― わざとらしくなびくな。二十七祖の突然変異種を仕留められる機会、逃さねぇぞ。



あいつの目、真っ赤だったもん。本気だってすぐにわかった。

でもあいつの体、なんか半分くらい緑色に腐っていて、おまけにもう半分からは白い煙を立ち上らせてたんだ。

長くないなってことも、一目でわかったよ。

あたし、死ぬのは嫌だった。

だって、氷山から出られなくなったときに助けてもらったシャチに、まだお礼してなかったし、もっとまったり生きていたかったからね。

でもね、あいつにも死んでほしくなかった。

「どうしてですか?」

気に入ったの。

死徒なんてさ、みんな総じて自堕落な面があるでしょ?寿命長いからさ。

でもエンハウンスはちがった。

あいつは、狼みたいに目をギラギラさせていて、まるで人間みたいに憎んだり、恨んだりする奴なんだもん。

そういうやつレアだな〜っておもってさ。

でもね、あいつはショットガンみたいなの突きつけてきて、あんまり四の五の考えている時間はなかったんだよね。

だから、

「何を、したんですか?」

おそっちゃった♪

/4.

突如、花の島に激震が走った。

「スミレさん!?お、お、お、おそったってまさか!?????」

「そのまさかだよ〜。
まずあいつの剣と銃奪って、動きをとめてから、すかさず川の中へ押し倒してやったの。
さいしょは抵抗してたけどさ、唇うばってやったらあいつ目しろくろさせてね〜。
あとはそのまま……きゃ〜♪♪」

スミレは恥ずかしさのあまり、鳥のオブジェに顔をこすりつけている。

シエルは羞恥と怒りと嫉妬の3種の仁義が脳内で混ざり合い、両手に黒鍵をかまえた。

「不潔です!!あなたって死徒は〜〜〜!!」

「怒んないでよ〜。そうするしか方法なかったんだもん。でもね、あいつも後半は結構乗り気だったよ♪」

「んなこたぁ聞きたくありませんよ!!」

怒りで暴走しかけるシエルの横で、アルクェイドは合点がいったように手を叩いた。

「あ、『ちょびヒゲの初めて』って、そういう意味だったんだね。」

「姫さま〜。それ神婦さんの前でいっちゃダメっていったじゃない♪」

時が、止まる。

「あのヤサグレ吸血鬼。
そうだったんですか……。そういうことだったんですね……。
カルハイン討伐から帰ってきたとき、やられたくせに妙に頬に張りがあるとおもったら、
あらら、そういうことだったんですね。
ふふ。ふふふふふふ。」

シエルの額に、ネロ・カオスばりの血管が浮かぶ。

その殺気に、花に集っていた小鳥たちを瞬く間に飛び立ち、花びらが散っていく。

アルクェイドは、シエルの過去最高クラスの殺気に、戦慄をおぼえずにはいられない。

「すごくまずいわ。水魔、あなたなんとかしてよ。」

「あはは!こりゃエンハウンス死んだね〜。ふぁいなるかうんとだう〜ん♪」

酔っぱらい姉さんは、全く他人事である。

白煙をあげ、薔薇園を飛び出す代行者。

そしてシエルは時間ギリギリでフェリーに飛び乗ったのである。左手に第七聖典、右手に黒い銃身をもって。

その後エンハウンスがどうなったかは、この場では語らない。


シエルが去った後、スミレは笑っていった。

「でもね、エンハウンスの奴、ああみえて神婦さんにぞっこんだよ。
みてたらわかるね〜。あいつがあの子見る目は、いつも優しいもん♪」

「それ、先にシエルにいって欲しかったわ……。」


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