月影検Act.3


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1: アラヤ式 (2003/07/28 21:08:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「まったく。
ナルバレックの家系は、どうしてあそこまで人格を捻じ曲げることができるのかしら。
洗脳教育をはるかに超えた領域ね。あの陰険ババア。」

艶やかな真珠の輝きを放ち、大理石の造りがもたらす絢爛かつ質実剛健さ。

淡く湿る湯気が隙間なく立ち込め、白磁のような少女の肌をしとやかに濡らす。

ナルバレックとの密談を終え、城に帰還したアルトルージュ・ブリュンスタッドは、大浴場で疲れた体を癒していた。

8畳くらいはあるミルク風呂に沈む少女は、湯に浮かぶナチュラルブロンドの髪をゆらしながら、

教会アンケートで嫌いな上司第一位を毎年独走する、最凶女の狡猾な立ち回りを思い出し、桜色の唇からため息をもらした。

ゴポリ。

「え?」

細腕を洗っていたアルトルージュはとまる。

彼女の耳に入ってきたのは、水泡の音。浴槽に備え付けのライオン像から注がれる湯の音ではない。シャワーとも違う。

ゴポリ。ゴポリ。ゴポリ。

「え?何?何なの?」

浴場の大理石に響き渡る奇怪音は徐々に間隔を早め、ボリュームも増して来た。

アルトルージュの暖かさで火照った可憐な顔はみるみる青ざめ、湯船から彼女は恐る恐る足をだした。

オーテンロッゼの刺客か。それとも何か別の罠か。

彼女は立て掛けてあったバスタオルを体に巻き、耳をそばだてて音の源を探す。

排水口。そこからもれてくる、水泡音は絶え間ない。アルトルージュは忍び足で近づく。

彼女の爪が伸び、目は黄金に染まる。

「来るなら、来なさい。」

アルトルージュは浴場のタイルに膝をついて、排水口を覗きこんだ。その瞬間、黒の姫君の叫び声が、早朝の城内に響き渡る。

/1.

志貴は、同時刻ゲストルームにて、アルクェイドとポーカーに興じていた。

「どう志貴?もう対抗できないでしょ?諦めて今日一日、私の言うこと聞いてよね!」

アンティークなテーブルに、スペードとハートのフルハウスが並ぶ。

志貴の真向かいに座るアルクェイドは満面の笑みでVサインを掲げ、勝利を確信していた。

対する志貴は、眉間を寄せて顔をしかめていたが、自分の役を確認した瞬間、眼鏡を光らせ口元を歪ませた。

「フ、甘いなアルクェイド。教えてやる。これが役を『殺』すってことだ。」

ファイブカードを叩きつけようとした瞬間、

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

少女の叫び声が、志貴の鼓膜に叩きつけられた。

「アルトルージュ!?」「え?あ?ちょっとまってよ志貴ぃ!!」

志貴は掲げていたカードを捨て、ゲストルームを飛び出した。アルクェイドはおいてけぼりをくらい、散ったトランプを片付ける。

赤いカーペットが敷かれた廊下を志貴は駆ける。悪い予感が走った。彼女の身に何かが起こったのか。

声が聞こえた方向をたどって角をまがると、彼は黒い塊にぶつかった。

「へぶ!!……いってえ。シュトラウトさん!?」

「くあ、……志貴殿!?」

志貴と正面衝突したのは、髪をオールバックでまとめる黒いスーツの武骨な漢、シュトラウトであった。

「すいません!!今、アルトルージュの叫び声が聞こえたような気がして……」

「気のせいではない。姫様!!」

倒れた志貴を引っぱり起こしたシュトラウトは、鬼気迫る顔で疾走した。志貴も彼の後を追いかける。

大浴場の扉についたシュトラウトは、拳を扉に叩きつける。

「姫様!!どうなされました!!姫様ぁ!!」

返事がない。シュトラウトの精悍な顔は、死徒であるにもかかわらずみるみる血の気を失せていく。

「シュトラウトさん、どいてください!!」

魔眼殺しを外した志貴は、ドアの鍵の『死』の『点』を確認した。右手に握り締めた七つ夜は、ドアノブに向かってふりおろされた。刹那

「志貴くん?リィゾ!?ちょっと待って!!」

ドア越しから彼女の声が聞こえた。その声は、志貴が鍵を消滅させたのと同じタイミングであった。

志貴とシュトラウトが更衣室に雪崩れ込む。2人の男は花の香る浴室のなかで、凍った。

浴場の更衣室で、床にしゃがみこむアルトルージュは、バスタオル一枚を羽織っているだけのあられもない姿だったのだから。

「あ。」

「ひ、ひめさま。」

顔中から汗を噴出して硬直する志貴とシュトラウトは、微動だにすることができなかった。

状況が状況だが、彼女の白い陶器のような背中に、志貴とシュトラウトの時間は止まる。

時間が経過するとともに、男2人に裸体を晒してしまったアルトルージュの瞳は、どんどん潤みをましてきた。

「……だから、『待って』っていったのに〜!!」

彼女の2回目の叫び声とともに、志貴とシュトラウトは猛火爆炎に飲み込まれたのであった。

/2.

「志貴。これは一体どういうことなの?」

体中焼け焦げ、煙りを立ち上らせる志貴とシュトラウトは、廊下に慎ましく正座していた。

アルクェイドは額に青筋をたてて、凹んでいる2人の男を冷たく見下ろす。

朝食の用意をしていたシエルもその場に駆けつけ、アルトルージュの介抱をしていた。

目を腫らして泣きじゃくる彼女を慰めつつ、シエルは氷の眼で2人の男を睨みつける。

「トオノくん。この状況はどうみても強姦未遂です。いいわけ、弁明その他は一切通用しませんよ。」

―― シュトラウト。サイゴニイイノコスコトガアレバイウガイイ。ドノミチ『シ』ハマヌガレン。

ブライミッツ・マーダ―はしきりに唸り声をあげ、今にも覗き魔のアタマを噛み砕かんばかりに、牙と爪をちらつかせる。

「先輩、違うんです!!俺たちは叫び声をき」

「通用しないといったはずです。」

シエルとアルクェイドが浴場に到着したときには、アルトルージュは裸に近い状態ですすり泣き、

志貴とシュトラウトは爆発炎上したドアのそばで、痙攣しながらぶっ倒れていたのだから、そういう風にとられても致し方ないことであった。

アルクェイドは、ゴミをみるような眼を志貴に叩きつけ、太陽に立ちのぼる炎プロミネンスの如く怒っていた。

「ついに、手を出したのね、志貴。
ふふ。自分が怖いわ。いまにもあなたを細切れにしちゃいそうで。私、自分が怖い。」

怖いといいつつ手の甲に血管を浮き出し、魔眼が黄金に煌々とかがやく彼女は、完全にワルクェイド状態だ。

「アルクェイド!!それは誤解だ!!今回のことは事故だったんだ!!」

かつてない死期を肌で感じる志貴は、必死で弁明を試みるが

「今すぐ死にたくなければ、だまりなさい。」彼女の冷涼な一言で、一気に押し黙る。

額に手をあてるアルクェイドは、もう一人の覗き魔を睨みつけた。

「それにしてもシュトラウト。まさか貴方までヴラド(ロリコン)だったなんてね。
最古参で唯一、そういう色のついた雰囲気がなかったから安心していたけど、正直いって失望したわ。」

アルクェイド同様、憤怒に満ちる魔犬ブライミッツ・マーダ―は、全身の毛を逆立てている。

―― シュトラウト。キサマトハナガイツキアイダガ、コレデオワカレダ。
アルトルージュサマニツカエル『ヘンタイ』ハ、ヒトリデジュウブンダカラナ。

アルクェイドと魔犬の罵倒にも、シュトラウトは眼をつぶって終始無言であった。

彼はおもむろに背広を脱ぐ。

「言い訳するつもりは毛頭ありません。姫様に辱めを与えてしまったのは一生の不覚。鬼畜にも劣る所業。」

志貴は微妙な表情をした。(鬼畜におとるの?)

「それで、あなたはどう責任とるつもり?」

シュトラウトは、己の着ていたYシャツのボタンを引きちぎり、引き締まった腹筋を晒す。

右手から魔剣ニアダークが発現し、その鋭利な切っ先を自分の懐に向けた。

「かくなる上はこのリィゾ=バール・シュトラウト、自らの死をもって、姫様にお詫びいたします!」

マジだ。日本のサムライ張りの切腹を覚悟する黒騎士シュトラウト。その鋼の目は血走り、決意で揺らぎもしなかった。

「ハッ。それはいい心がけだな。よし、俺が介錯してやる。苦しまずに逝けよ。」

どこからともなく現れたエンハウンスは、しきりにニヤケながら魔剣アヴェンジャーを上段に構えた。

「クソ騎士のハラキリを生で拝めるとは最高だ……てアバ!!」

シュトラウトの首を断つ前に、エンハウンスの首がシエルの黒鍵30連弾によって壁に磔された。

「そこのやじ馬死徒、調子に乗らないでください。」

シエルのノーモーション攻撃とともに、アベンジャーは空しい金属音をたてて床に転がる。

「リィゾやめて!!みんな誤解よ!!」

服を着なおしたアルトルージュは、自決寸前シュトラウトの魔剣の柄をにぎりしめた。

「死なせてください。このような私に姫様を護る資格はございません!!」

「だからやめて!!違うのよ!」

魔剣で己の腹を貫こうとするシュトラウトを、アルトルージュは必死で止める。

混迷を極める修羅場。そこにまた、新たな火種がやってきた。

「君たち、姫様を襲ったんだって!?なんてことをしてくれたんだ!!」

ヴラドだ。彼はその端麗な顔を涙でクシャクシャにしてやってきた。さらなる悪寒に志貴は震える。

さながら酸素で溢れ返ったビーカーに、熱々のスチールウールをいれるようなもの。

「ひどいよ!君たちはひどいよ!」

とにかく滂沱の涙にくれるヴラド。彼は金髪を振り乱し、その美形の顔も崩れきって見られたものではない。

「どうして僕も混ぜてくれなかったのさ!!」

アルトルージュは、キれた。

「ブライミッツ・マーダ―。やっておしまい。」

魔犬の豪腕が、風きり音とともに彼の顔面をクリーンヒット。魔犬の剛力は城壁を突き破って、ヴラドを遥か成層圏まで吹き飛ばす。

『そんな姫様も好きだ〜』と言い残し、ヴラドは星になって萌え尽きた。

/3.

今、アルクェイドたちは、煙が立ち込める浴場に潜入している。

更衣室と浴場を挟む引き戸からは湯気がもれ、何故か寒気を感じる。

アルトルージュの悲鳴の原因は、そこにあるのだ。

誤解をといたものの、アルクェイドの張り手で、志貴は頬をタラコのように腫らしていた。

鬼が出るか。蛇が出るか。

志貴は浴場の引き戸を、意を決し解き放つ。

「う。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ×○□△!!!!!」

髪。髪。髪。髪が出た。

湿気にぬれる浴場の床を、絹のように長く細い髪が大理石の浴場を埋め尽くしていた。

ミルク風呂にうかぶ、とろろ昆布のような髪の束。束。束。

スタ○ドか?リ○グか?一体何の狙いがあるのだ?

アルクェイドはその余りにおぞましい怪奇っぷりに、体をぶるぶる震わせ志貴にすがりつく。

「志貴ぃ〜。怖いよ〜。」

「大丈夫だ。さっきのおまえに比べたら、まだかわいいほうだとおもうぞ。しかしこれは」

折髪に非常に酷似していた。日本で待つ妹、秋葉の略奪呪界にやけにそっくりである。

「あそこよ。」

震えるアルトルージュの指がさしたのは浴場中央の排水口だった。そこから派生して、髪の巣は大浴場を支配している。

短刀と魔剣を握り締め、志貴、エンハウンス、シュトラウトの3人は恐る恐る排水口にちかづく。

いまだ蠢く髪の毛は、排水口に絡まっている。

「なんなんだこれ……。」「さあな。いずれにしろ迷惑この上ないぜ。」「姫様を脅かす者は、万死に値する。」

更衣室からその様子をみつめるアルクとアルト+魔犬は、息をのんでその様子を見守る。

志貴が指でカウントをとる。

1.2.3の掛け声とともに、三人は一斉に己の得物を排水口に振り下ろした。

その瞬間、排水口の蓋が間欠泉のように真上に飛び出し、大の男三人を吹き飛ばす。

同時に噴出した水流は蛇のように浴場を暴れまわり、手当たり次第物を破壊した。

魔犬は咄嗟に変態して体を巨大化させ、激流からアルクとアルトを護る。

しばらくして大洪水がひいたあと、みるも無残な惨状が拡がっていた。

エンハウンスは、ライオン像の口に頭を突っ込ませ、体を痙攣させてダウン。シュトラウトは仁王立ちのまま一息つくと、水で乱れた髪を整える。

体中ずぶぬれの志貴は、気が付いて辺りを見回した後、

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

吠えた。その後、奇妙な感覚に襲われる。彼は自分の尻の下に、なにか柔らかい感触をおぼえた。

「遠野〜。重いよ〜。」

聞き覚えのある声だった。志貴は視線を落とす。

「え?ま、まさか……」

見ると自分のケツの下には、赤いセミストレートの髪をずぶぬれにし、ジーパンをはいた女性がもがき苦しんでいるではないか。

「す、スミレさん!?」

力なさげに手をふってきたラテン系美女、『水魔』スミレは、また唐突にあらわれた。

/4.

大気圏から帰還したヴラドは、ティーポッドを両手で持ち、和風造りの引き戸をあける。

ヴラドの精神世界・四次元和室に集結していたのは、真祖の騎士一行と死徒の姫君の従者たち、そして

「あははははは。ごめんね〜。もうちょっとスマートに登場するつもりだったんだけど髪がからまっちゃってさ♪遠野、風邪ひくなよ〜。」

卓袱台の上座に、スミレはバスタオルで、申し訳無さそうに志貴の頭を拭いていた。

「スミレさん。あなたのいうスマートというのは、人の城に修復困難なダメージを与えることをいうんですね。はじめて知りました。」

右の席につくアルトルージュは腕を組み、めずらしく憤怒をあらわにしていた。彼女の額に血管がうかぶ。

いろいろ壊れた大浴場は、幽霊船団が急ピッチで修復の突貫工事をしている。

向かいの志貴は、アルトルージュの辛辣な態度に少し驚いていた。普段は比較的人当たりの良いアルトルージュが、

スミレに対しては明らかな嫌悪を示している。アルクェイドに対するものより露骨だ。

「そんなにとがらないでよアルトちゃん。あたしとあなたの仲じゃない♪」

「あなたに『ちゃん』づけ呼ばわりされる覚えはありません。馴れ馴れしくしないでください。」

片手にウィスキーをもつスミレは陽気に笑い、アルトの辛辣な態度にも一向に凹む様子がない。アルクェイドと秋葉の関係に酷似している。

志貴と同じ卓袱台右側に座るエンハウンスとシュトラウトは、お互いタオルをまわしてずぶぬれになった体を拭いていた。

アルクェイドとシエルは、再び登場した酔っ払い姉さんに驚きを隠せず、いまだにきょとんとしたままだった。

「アハハハハハハハハハ!ウォーター・ボトル久しいねぇ。
君の美しいアバレっぷりのおかげで、幽霊船団は24時間労働を余儀なくされているよ!」

妖しい紳士ヴラドは、ダージリンティーをスミレに差し出した。

「ありがと〜ホ○。おほめにあずかり光栄だね♪」

「スミレさん。一片たりとも誉めていません。」

手を掲げて陽気におどけるスミレに、アルトはますます眉間を寄せていた。

「スミレ殿。あのような出入りは本来であれば避けていただきたい。なぜ正面から入ってこられぬ。」

シュトラウトも若干の憤りをおぼえていた。今日の覗き魔事件の発端は、そもそもスミレにあるからだ。

「だってさ〜。やっぱ面白いことしなきゃダメかとおもってさ。そういうのって今の時代に求められているんでしょ♪」

「求めてなどいな……ブ!!」

「黙ってろタコ。うんうん。そのとおりだ姐さん。なかなかアドリブ効いていて面白かったぜ。」

シュトラウトの顔を肘打ちし、無条件でエンハウンスは同意する。スミレに向けるその顔は、かなりにやけている。

スミレに妙に懐くエンハウンスの態度に、

「エンハウンス。随分スミレさんの肩をもつのね。」アルトルージュは桃色の唇をキュッと結び、

「私もそう思います。少し彼女に甘いんじゃないですか?」シエルは握り拳をつくる。

「そんなに怒るなよ。姐さんだって悪気があってやったわけじゃねえんだからさ。」

そういうエンハウンスは、スミレの肩をたたいて笑う。

肘うちが顔面にヒットしていたシュトラウトは、顔を起こしエンハウンスの胸倉をつかみかかった。

「片刃ぁ!貴様という奴は!」

「うっせぇよ。ムッツリすけべ。」

エンハウンスは悪魔の笑みが、シュトラウトの拳を止めた。怒りに震えながらもシュトラウトは反論することができず、唇を噛む。

「姐さん、シュトラウトはな、こんな仏頂面して実はヴラドとタメはる幼女趣味なんだぜ?」

「知ってるよ〜。たしかアルトちゃんに告白したんだよね〜。でも恋は自由だから酔い良いでしょ♪」( ※月影供Act.13参照 )

スミレの隣で耳打ちするエンハウンスは、どこかのドンに垂れ込む子分のようだ。しかもシュトラウトに思いっきり聞こえるように囁く。

「姫様、申し訳ありませんが先に失礼いたします……。」

シュトラウトは酔っ払い姉さんとヤサグレ男に完全にやりこめられ、憔悴し、力なく退場した。

「エンハウンス、やりすぎだぞ。あとで闇討ちされても知らないからな。」

志貴は背中が寂しいシュトラウトを見送りながら、卓袱台に手をついてバカ笑いする男に釘をさす。

「ハッ。弱みってのは握ったらな、骨の髄までしゃぶり尽くすもんさ。これはしばらく使えるぜ。ぷぷ!」

「ちょびヒゲ。サイテ―だね。」「この不良死徒は……。」

まったく懲りないエンハウンスに、アルクェイドとシエルも、さすがに呆れかえっていた。

「スミレさん。一応聞いておきますが、今日はどのようなご用件で城に来られたのですか?」

アルトルージュは、怒気を若干おさえた口調で尋ねた。彼女の敬語には刺がある。

「あははは。いやね、たまたまライン川の流れにのってきたからさ〜。アルトちゃんに挨拶しておきたいなって思ってさ♪」

志貴に初めてあったときと同じく、何の気なしにスミレは答えた。

「それだけですか?」

「うん。そだよ♪」

「ならば即刻、お帰り願います。フィナ、リィゾに車を用意してもらいなさい。」

アルトルージュの冷たい返事に、入り口で佇むヴラドは少し疑問を感じた。

「姫様、せっかくここまで来てもらったことですし、もう少し居てもらってもよろしいのでは……」

「これは命令よ。フィナ。」

体を芯から震わす殺気が、正座しているアルトルージュの魔眼から発せられる。ヴラドは一礼して納得した。

「いいよ〜。そんな気遣わないで。あたしならすぐ帰るからさ♪」

スミレは気落ちした態度一片見せず、そそくさと立ちあがる。

「アルトちゃん。今度は玄関から入ってくるから許して♪それじゃみんな、短かったけどまた会おうね〜♪」

茶室のなかに立ち込めた水蒸気が、彼女の体を取り巻くように包み込み、バイバイするスミレは再び姿を消す。

アルトルージュはその様相を、ただ冷たく、黙ってみていた。

/5.

「アルトルージュ、ちょっと姐さんに冷たいんじゃねえのか?」

スミレに対する強い敵愾心いだくアルトルージュに、名残惜しそうにスミレを見送ったエンハウンスは苦言を呈す。その質問に、彼女は答えない。

「アルトルージュ。スミレさんはいい人だよ。なんか、ちょっとさ。」

志貴も、アルトルージュの態度には若干の疑問符がついていた。

「志貴くん。彼女はそんなに甘くないわ。」

アルトルージュは、ずっと正座を崩さず、志貴の瞳をみつめる。

そのあまりに真っ直ぐで、なおかつ冷酷さを感じさせるアルトルージュの魔眼は、志貴が彼女と初めて対峙した時を彷彿とさせていた。

「 彼女は『水魔』。水を克服し、水を司る死徒。そのポテンシャルは警戒に十二分値する死徒よ。 気をつけることね。」

「おやすみなさいませ。姫様。」

アルトルージュは立ちあがると、そのまま無言で出ていった。彼女の背中にヴラドは一礼する。

そんな彼女を、アルクェイドは黙って見送っていた。

「確かに、間違いではないわね。」

志貴はアルクェイドの方をみた。スミレに懐いていたアルクェイドさえ、今は眼光が鋭くなっている。

納得のいかない表情をする志貴に一瞥しつつ、アルクェイドは冷静な見解を述べる。

「志貴。吸血鬼はなぜ流水を苦手とするかわかる?
水というのはね、キリスト教の洗礼の儀式や、日本でいう禊のように、罪や悪を洗い流すものと考えられているの。
故に死徒は、本来水のなかを移動したり、泳いだりすることは出来ないのよ。」

「……おまえは、無理だっけ?」

「私は短い距離を移動することはできるけど、ちょっと苦手ね。
それ故に、アルトルージュが警戒するのは当然だわ。
自分の弱点を克服している同属の超越種を相手に戦うことほど勝算が無く、危険な戦闘はないもの。」

アルクェイドの言うことも、志貴は十分理解できていた。だが、

「でも俺、また会いたいな。スミレさんに。」

彼女はよく笑う。決して笑顔を絶やさない人だ。

何より、彼女とあったらおもしろい。きっとまた、ひょっこり現れてくれるだろう。

「おーい。」

エンハウンスが、チョイチョイと志貴の背中をつつく。彼が指をさした先には、

「志貴ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「あ、アルクェイド。」

一人思い出にふける志貴は、当然のごとく、アルクェイドの嫉妬ゲージをMAXにさせていた。

「志貴ってさ、ほんともうわかっているけどさ、ほんと女たらしだよね……。もう我慢できない!!千年城に監禁するわよ!!」

茶室に志貴の悲鳴がこだまする。アルクェイドの爪で引き裂かれていく茶室をみつめ、

ヴラドはその修理代を、メレム君に体で払ってもらおうと考えていた。

「たく、懲りねえ奴だなアイツも。ま、確かに姐さんはイイ女だけどな。」

「人事だと思わないほうが身のためですよエンハウンス。あなたにも、キナ臭い点は死ぬほどあるんですからね。」

愛憎劇を気楽に観戦するエンハウンスの背後で、シエルは黒鍵を構えて冷たく微笑む。



廊下を魔犬とともに歩くアルトルージュは、ため息をついた。

「……油断はできないのよ、志貴くん。『水魔』スミレはね、第5の権利を保有しているんだから。」


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