月影検Act.2


メッセージ一覧

1: アラヤ式 (2003/07/26 21:12:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「おっしゃー、もう一杯いこー♪」 「お〜!!」 「こうなったら、とことん付き合いますよ!!」

「……おー。」

酒豪で世界に名を馳せる、ドイツの土建屋たちですら驚愕のピッチで、美女3人は特大ジョッキを空にしていく。

特別ゲスト『水魔』スミレは、ジョッキを掲げて酔いどれアルクェイドとシエルとの通算20回目の乾杯を交わしていた。

スミレの隣に座る、だれ気味の志貴は、20分ごとのトイレ直行でかろうじて酒宴についていっているが、限界は近い。

酒宴の席に姿を見せないエンハウンスは、酒場の裏で電話中。

「……だから、頼むから送金してくれよ。……あ?城の金塊がなくなる?姐さんが飲んでるんだからそんなの当たり前じゃねえか!!
それにおまえさんへの借金は株で倍にして返すっつうの。……あてにならない?バカ、今度は見込みあるんだよ。またヴァン・フェムに借り
……あ、ちょっと待て!ま……ち、切りやがった。」

エンハウンスは、額に血管をうかべて携帯を握り締めた後、地面に叩きつけた。

「フォー・デーモンの野郎、珍しくぶちキれやがって。『姫君の生写真、ピンぼけしてたよ。』か。ぬかったな。ちくしょうやべー!!」

壁に頭を叩きつけ、彼は自らに宿命づけられた貧民ぶりを呪う。今や店ごと買えるくらいの飲酒攻勢に、寂しい懐は破産の危機をむかえていたのだ。

酒場のマスコット犬、黒茶のロットヴァイラーは、そんな彼に一瞥して欠伸をしていた。

/1.

テンション高い一行の席に、不釣合いな高級感溢れる一瓶が置かれた。運んできたボーイは会釈して去る。

「なんだろこれ?あ、スミレさんちょっと待って!!」

間髪入れずにボトルを開けようとしたスミレの手を志貴は止めた。他の客の注文と間違えているのかもしれない。

志貴がボトルの扱いに困っているとき、金策に走り回り疲れきったエンハウンスが戻ってきた。

ボトルを手渡され、エンハウンスがラベルを確認すると驚きをみせる。地元最高級の銘柄だ。金欠のエンハウンスが注文した覚えなど勿論ない。

彼は辺りを見回す。酒をたしなむ他の客の方に目をやると、エンハウンスはため息交じりで笑った。

「ハッ。粋な真似してくれるじゃねえか。今や世界を席巻する、シュタール財閥の会長どの。」

一人テーブルに座る、ブランド物のスーツを着こなした白髪の老紳士。

「古い友人のささやかな祝福だよ。ブラックモア撃破おめでとう、エンハウンス君。」

「気位高すぎてびびっちまったぜ。
まあよくよく考えれば、エコロジーが趣味のおまえさんは、環境先進国がメインフィールドか。」

割腹のよい体格と品性を兼ね備えた紳士は、刻まれたほりの深い顔で笑って応えた。

志貴はその老紳士に見覚えがあった。以前、二十七祖の会合でオーテンロッゼの隣にいた人物。

「あなたは、あの時の!」

「お久しぶりですな真祖の騎士。あの時は本当に驚嘆させられましたよ。ご一緒してもよろしいかな。」

席を立って皆に会釈する老人は『魔城』ヴァン=フェム。死徒二十七祖の一角でありながら、人間社会での名声をほしいままにする男である。

「お〜!!ヴァン爺まだ生きてたんだね〜。座ってよ〜♪」

驚きで口を半開きにする一行の仲で、彼に気付いたスミレは、嬉しそうに手招きした。

「スミレ様もお変わりないようですな。ははは、結構結構。失礼しますよ。」

酔っ払いの招きに応じたヴァン=フェムは、再び礼をしてアルクェイドの隣に腰掛けた。

常に上品な笑顔を絶やさない態度と洗練された物腰の紳士。志貴は以前から、ヴァン=フェムには好印象をもっていた。

唐突な二十七粗の登場で、アルクェイドとシエルの酔いは一気に覚めた。

「まさかこんな酒場で、二十七祖が3人も揃うなんて思わなかったわ。お久しぶりね、人形師。」

志貴とは対照的に、社交辞令のようにアルクェイドは挨拶をする。スミレに解かれていた警戒の網を、再び張り巡らしていた。

彼女は油断していない。アルクェイドの視点からすれば、『魔城』ヴァン=ファムはあくまで『白翼公』の一派だ。

老紳士は、アルクェイドの冷涼ともいえる態度に気付く素振りもみせず、小気味良く笑っていた。

「ははははは。真祖の姫君も御健勝麗しく、安心いたしました。
今日はちょっとした会議がありましてね。帰りがてらに昔の友人の顔を見たくなったのですよ。
そんなに構えられなくても結構です。」

見透かされていた。それを良く思わないアルクェイドは冷淡な魔眼を煌めかせる。

「ふーん。あなたとちょびヒゲが友人だなんて初耳ね。仲間意識の薄い吸血種が、退屈しのぎで友情ごっこに転じているのかしら。」

「アルクェイド!!」

彼女の脇腹をシエルが小突いた。アルクェイドの失言は相手を激昂させてもおかしくない。

相手はあくまで人間の血を糧とする死徒なのだから、下手をすれば周りを巻き込む。

だが、老紳士は憤り一つ見せず微笑を湛えていた。彼の常識は、志貴の想像以上に深く、高い良識の頂にある。

「姫君そうとがるなよ。こいつと俺はな、なんていうかマブダチだ。」

エンハウンスは自信満々でヴァン=フェムの肩をたたいた。

「え〜?あんたさ、ヴァン爺に衣食住タカってるだけじゃん。マブヒモの間違いでしょ♪」

「ちがわい!!」

すでに30杯目に突入していたスミレは、貧民死徒をからかった。

「当たらずとも遠からずですな。昔、エンハウンス君の誘いで買った株の損失は、グループ総資産の約5割には匹敵しますよ。はっはっは。 」

すかさずヴァン=フェムも相槌をうつ。エンハウンスはすっかりやり込められてしまった。

「ヴァン=フェム!おまえさんも余計なこといってねえで飲めコラ!!」

ごまかすようにエンハウンスは、ヴァン=フェムが用意した特注品を彼のグラスに乱暴に注ぐ。

「はっはっは。まあ、人間と死徒、再びお会いしたのも何かの縁、乾杯といきましょうか。」

注がれたグラスを老紳士は掲げた。それは志貴たちに向けたもの。シエルに戒められて凹んでいたアルクェイドも渋々おうじた。

「それじゃ、もう一回飲み直しだね〜♪」

「スミレさん、ちょっと、いやもっと控えたほうがいいんじゃないですか?」

「なにいってるのよ遠野〜!あたしはこれからが本番だよ♪」

志貴の視線の先には、スミレ・アルクェイド・シエルが飲み干したジョッキ2桁が、うずたかく積み重ねられていた。

/2.

その後の酒宴は、他愛のない世間話が続く。

ヴァン=フェムは、夜中一人で人形に語りかけている根暗だとか、

エンハウンスに復讐する気なんて実はサラサラなかったとか、タンカーのスクリューにスミレが巻き込まれたとか、とるに足らないバカ話が続き、

警戒網を解いたアルクェイドとシエルは、急激なアルコール摂取のおかげですっかり寝息をたてていた。

涎をたらしてアルクェイドは幸せそうな寝顔をみせる。彼女の隣に移動した、志貴の肩にもたれかかっていた。

テーブルに突っ伏すシエルは、

エンハウンスの着ていた草臥れ背広を毛布代わりに「ナルバレックぅ……抹殺……滅殺……ZZ」と物騒な寝言を呟いていた。

スミレはつまみのソーセージをほうばりながら、自分の海洋滞在紀を語る。

「ほんとあの時はあせったわ〜。アマゾンの河水ひっかけてやったらアイツぷっつんしちゃってね。
ピラニアたちが裏渓流教えてくれなきゃ、マジで喰われちゃうところだったよ♪」

「はっはっはっはっは。南米の五位にケンカをうるとは、スミレ様らしいですなぁ。」

「おいおい姐さん、オイタは程々にしとけよ。」

「だって〜、なんかカレー臭い死徒が泣きながら追いかけられていたからさ、助けなきゃダメかなと思ってね〜。
後でなんか、『友情の証、ロイヤルインディオブレンドスパイス。ぜひ受け取って頂戴!!』とかいって貰ったっけ。」

エンハウンスは急に身震いする。怖気の走る過去の対決を思い出し、寝ているシエルに一瞥した。十中八九、彼女のカレー仲間だ。

「あのオカマまだ懲りてねえのか。で、姐さんはそれどうしたんだよ?」

「大西洋で通りがかりのバンドウイルカにあげちゃった。いらないもん♪」

瞬間、エンハウンスは手のひらを目一杯叩きつけて大爆笑する。

ヴァン=フェムも『キルシュタイン殿、気の毒に』といいつつ、腹を抱えて豪快に笑っていた。

「どこの井戸端会議なんだろうな。」

そういう志貴も、スミレの話が面白くてしょうがなかった。

一連の騒動で、異国に来ている観光気分など微塵もなかった志貴は、世界中を見聞しているであろうスミレに、深遠な魅力を感じていた。

「ねぇねぇ時にヴァン爺〜?あたしね、いま聞きたいことがあったりするのよ。」

質問は、前触れもなくやってきた。

「リタ、今どこにいるの♪」

スミレは、なんの邪推もなく、純粋に聞いただけだった。

「あの子に久しぶりに会いたくてね〜。なんかこの国の近くにいるってカモメちゃんから聞いたからさ。ん?遠野どうしたの?」

「リタ……さんを知っているんですか?」

「知ってるも何も、リタとあたしは、もう300年以上の腐れ縁だよ。親友マブダチ♪」

彼女の答えは、志貴を沈黙させてしまうには十分なものだった。首をかしげて見つめてくるスミレの眼差しを、志貴は直視できない。

『芸術家』リタ・ロズィーアン。今はオーテンロッゼの配下であり、ブラックモアとともにアルクェイドたちを狙ってきた死徒。

志貴は覚えている。幼い子供にまで手をかける彼女の吸血鬼としての非情さ。リタに対する深い憎しみが、忌まわしい記憶とともに蘇る。

エンハウンスは表情を凍らせる志貴に一瞥し、飲んでいたジョッキを置くと重く口を開く。

「姐さん。リタは」

「リタ様なら今、アメリカで高名な画家の作品を競り落としている最中でしょうな。彼女は優れた美術には金と暇を惜しみませんから。」

エンハウンスの苦汁に似た告白を、ヴァン=フェムはかぶせるように遮った。驚くエンハウンスに、老紳士は目配せをする。

(今はまだ、言うべきときではないだろう)彼の深く、老骨さを感じさせる瞳が語っていた。

ヴァン=フェムの堂々とした答えを聞いたスミレは、心底安心したように笑う。

「あははははは!やっぱりそうか〜。あの子好奇心旺盛だからさ、何か変な事に首つっこんでいるんじゃないかって思ったけど、
あたしの取り越し苦労だったみたいね。戻ってきたら押しかけに行こ〜♪」

スミレは、安堵して残っていたビールを飲み干した。

志貴は、彼女の笑顔が辛かった。下手な人間より人情味あふれる吸血鬼スミレ。その親友は、志貴たちの敵。

本当なら、笑って酒を飲めるような心境ではない。

「遠野〜?どうしたのさ?もしやおなか痛かったりするの?」 沈痛に耐える志貴の顔を、スミレは心配そうに覗き込む。

「いや、なんでもないです。それよりもっと飲もうよ。スミレさん。」

志貴は笑って振り払った。楽しい席を、自分個人の感情で崩すのは、余りに忍びないし、切ない。

「そうこなくっちゃね!体中アルコール漬けになるまで飲み尽くすぞ〜♪」

「ハッ。今夜はとことん付き合うぜ姐さん。なんつってもヴァン=フェムのオゴリだからな!」

「おいおいエンハウンスくん。不景気でそれなりに私も厳しいんだよ。まあ、今宵は無礼講ということか。はっはっはっはっは。」

エンハウンスとヴァン=フェムも、スミレを気遣う志貴に同調した。

彼女はまだ、何も知らない。

/3.

辺りは、もうすっかり夜の幕を下ろしていた。昼間の喧騒とはうって変わっての静けさ。

「……じいや……もうお尻ぺんぺんヤダヨ……」

酔いつぶれてうなされているアルクェイドを、スミレと志貴は両脇から抱えて帰路についていた。

「すいません。こいつすっかり酔っちゃって。」

「いいってば。あたしと遠野の仲じゃない。ふふ、姫の寝顔かわいいね〜♪」

同じく昏睡しているシエルは、エンハウンスにおんぶされていた。

「……やりましたよメレム……ナルバレックを初めて泣かせました……最高です……ZZ」

「そいつは天地がひっくり返ってもあり得ねぇよ。ハッ。」

夢うつつで勝利に浸っているシエルに、エンハウンスは聞こえていないであろうツッコみをする。

人気がすっかりなくなったロットヴァイルの大通りに、一台の黒いリムジン(電気モーター搭載型)がやって来た。

手を掲げて、車をとめたヴァン=フェムは、後部座席のドアを開けた。

「さて、夜も更けてきたことだ。お嬢様方を城までお送りしよう。」

志貴たちはアルクェイドとシエルを座席に乗せ、ドアを閉める。ヴァン=フェムは運転手に一瞥し、発進を促した。

ドライバーは、彼のお手製からくり人形である。カーナビが内蔵されており、オートで客を目的地まで送り届ける優れモノだ。(特許出願中)

走り去る車を見届けた後、スミレは背を向けた。

「それじゃ、あたしも帰るわ♪」

陽気な千鳥足で、スミレは帰宅宣言をする。

「姐さん、今日のお宿はどこなんだ?」エンハウンスの問いに、スミレは人差し指を頬につけて考え込む。

「ライン川の下流あたりにしよっかな〜。ま、水にまかせるけど。
でもさ〜、ほんと今日は楽しませてもらったよ。ヴァン爺のおごりだったし。
しばらくはここら辺にいるからさ、また飲む時は声かけてね♪」

割腹の良い老紳士ヴァン=フェムは、少し苦笑いをする。本日の飲み代、16,000ユーロ。(約200万円)也。

「今日は、ほんとうに会えてよかったです。スミレさん。」

志貴は送別の挨拶をした。彼の言葉は素直な気持ちだった。スミレの陽気に、志貴は姉に似た感情を持つようになっていたのだ。

「うれしいこといってくれるじゃない。やっぱ遠野かわいい〜!あたし、あんたに食べられたいよ〜♪」

嬉しそうな笑みでスミレは志貴に抱きついた。志貴は慌ててもがきつつも、

アルクェイドとタメをはる彼女のナイスバディと、海の香りがする美しい赤茶の髪に、少し目尻が下がっていたりした。

「ハッ、姐さん。こいつの恋人は最強戦闘種族の姫君だぜ。ヤキモチされたら手がつけられねぇぞ。」

「あらら残念。ま、姫さま怒らせるわけにはいかないか。」

名残惜しそうに志貴を解放したスミレは、別れの挨拶に男三人に手を振った。

「またね〜♪」

空気中の水蒸気がスミレに引き寄せられるように集まり、彼女を上半身から螺旋のように取り巻く。

凝縮された水分は彼女の姿をすっぽり隠すと、煌めく粒子のように散り、『水魔』スミレは大通りから姿を消した。

エンハウンスは呟く。

「志貴。この世界に人魚って奴がいるならな、それはまちがいなく姐さんのことさ。」

志貴は、散った水の残渣に魅入られながら、彼の言葉に心から同調を感じていた。

/4.

スミレを見送った後、男三人をのせた黒い艶やかな塗装の車は、夜の街を徘徊する。

ヴァン=フェム専用リムジン(水素動力エンジン搭載)の車内、志貴は窓から夜の明かりを惚けながらみつめていた。

「おーい志貴。まだ姐さんにのぼせてんのか?姫君にたれこむぞー。」

ニヤケまくるエンハウンスの茶々入れで、志貴は慌てて我を取り戻す。

「エンハウンス君、それもいたし方なかろう。年頃の少年は、年上の女性に憧れるものだからね。はっはっはっはっは。」

膝に手をおき、堂々たる物腰のヴァン=フェムは豪放かつ上品にわらう。

「俺、あんな人初めてです。底抜けに明るいし、優しいし、」「乳でかいし〜、超美人だし〜、むしろ襲いたいし〜」

照れて頭を掻く志貴の告白を、エンハウンスは追随してからかった。

「エンハウンス!!おまえにだけは言われたくないぞ!!」

「ハッ!エロガキの本音を素直に言ってやっただけだろうが!!やんのかコラ!!」

怒った志貴は、エンハウンスの銀髪をちぎれんばかりに引っ張り、エンハウンスも負けじと彼の口元を突っぱねる。

足で蹴りまくるわ、手でお互いの鼻を引きちぎろうとするわの大乱闘を、観戦しているヴァン=フェムは笑いをこらえることもしなかった。

「はーっはっはっはっはっは。君たちは見ていて飽きないねぇ。頼むからリムジンを壊さないでおくれよ。
ところでぶしつけだが、ひとつ話がある。」

志貴はエンハウンスの耳をつねっていた右手を離した。

「君たちは、トラフィム・オーテンロッゼ殿と敵対しているのだな?」

喧騒は一気に静まった。一転、志貴とエンハウンスは顔に不満の色を浮かべた。

「申し訳ないですけど、俺、そいつの名は聞きたくありません。」「ヴァン=フェム、いまさら何ぬけたこといってんだ。」

「エンハウンス君。君はオーテンロッゼ殿に違和感をもたないか?」

ヴァン=フェムは深く、静かに2人に問う。

「はぁ?あいつは昔ドタマ吹き飛ばしてやった時から、くそ野郎ってことは知っているけどな。」

ヴァン=フェムは顔を伏せると、老骨の光を放つブラウンの瞳を揺らしていた。

「オーテンロッゼ殿がなぜ最古参の一人といわれているか。それはな、彼の永劫の時で培った危機回避能力の賜物だよ。
元魔術師であったあの方は、自分が確実に破滅する道は絶対に選択しない。」

「有体にいえば、逃げ上手ってことだな。」

「そうとも言う。だがな、今回のオーテンロッゼ殿の行動は、狂気の沙汰としか思えんのだよ。
アルトルージュ様の実力と才覚は、オーテンロッゼ殿は十二分思慮に入れているはず。
にもかかわらず『黒翼公』をけしかけ、無計画ともいえる死者の襲撃を仕掛けたのはなぜだ?」

押し黙ったエンハウンスは、ヴァン=フェムの疑問に、合点のいくものがあった。

かつての二十七祖揃い踏みの会合で、オーテンロッゼが晒した醜態は、小心者の極みともいえるものだった。

だが、教会との秘密裏でブラックモアを開放し、大胆な攻勢に転じてきたその手腕は、相当の胆力がなければできることではない。

矛盾している。彼のキャラクターに不一致が生じている。

「そんなこと、関係ありません。」

思慮に苦戦するエンハウンスとヴァン=フェムを遮ったのは、志貴の、決意に満ちた言葉だった。

「俺はあいつに、『二度と手を出すな』って言いました。あの男はそれを破った。もう、奴に遠慮をするつもりはありません。
ヴァン=フェムさん。俺は、貴方の事は嫌いじゃないです。
だけど、今度敵として貴方と会ったときは、アルクェイドのためにも、俺は刃を振るいます。」

ヴァン=フェムは、少年の眼鏡の奥から覗かせる深い蒼の双眸に、崇高な殺人者としての気迫と、死徒すら凌駕する裂帛の気合をみた。

「遠野君。君は優しい。ゆえに、とても恐ろしいな。」

志貴の瞳を逸らさずに、ヴァン=フェムは見据えたあと、深くため息をつく。

若干肩を落とすヴァン=フェムに、エンハウンスは彼の背を叩いた。

「ハッ。おまえさんは人がいいから、どっちにもいい顔したいんだよな。
だけどな、そろそろ腹決めてかからねえと、自らの身滅ぼしかねないぞ。これは友人からの忠告だぜ。『魔城』ヴァン=フェム。」

「ならば私も友人として聞こう。君はこれからどうするのだね?『復讐騎』エンハウンス。」

志貴の肩をつかんで、エンハウンスは得意げに言い切った。

「決まってる。志貴と同じ道歩ませてもらうさ。アルトルージュたちのほうが、まだ可愛げがあるからな。」

彼らの決意に、ヴァン=フェムは親近の情を覚えながらも、一息をついて嘆息した。

「申し訳ないが、私はその返事を遅らせてもらうよ。今オーテンロッゼ殿に睨まれては、パワーバランスを崩しかねんからな。
だが一応、君たちには知っておいて貰いたい。
私は、アルトルージュ様が嫌いではないのだよ。(ヴラドのホ○野郎は問題外だけどな)」

老骨の死徒は、優しさを湛えた笑みで、自らの本音を吐露した。

志貴もわかっていた。ヴァン=フェムはあの時、オーテンロッゼに罵倒されていたアルトルージュを、常に庇っていたのだから。

老人の不器用な優しさにうたれ、志貴は笑顔で頷いた。エンハウンスも、諦めたように鼻を掻く。

「たく、しょうがねぇな。ま、俺らはおごられた身分だから勘弁してやるよ。
にしても今日は運気最高だぜ。姐さんには会えたし、タダでしこたま飲めたしな。
というわけで、おごられついでにもう一軒、飲みに行こうぜ!」

「おまえなあ、さっき風呂桶いっぱいくらいに飲んだばっかりじゃないか。ヴァン=フェムさんに悪いだろ?」

「はっはっはっはっは。構わんよ遠野君。しかしこの時間ではあれだな。
そうだ、湖畔の別荘で、ドイツワインの年代モノでも飲み比べするとしよう。今宵は無礼講だ。」

彼らを乗せたリムジンは、深夜の街を駆け抜けていく。



―― 遠野君。エンハウンス君。

―― 私のことは心配いらない。

―― 心配なのはむしろ、彼女のほうだ。

―― リタ様。

―― あなたは、

―― あの方が変わったのを、知らない。


記事一覧へ戻る(I)