具間禄:月姫(カイマロク:ツキヒメ)・第一章


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1: 間桐 恭二 (2003/07/09 13:01:00)

0:PROLOGUE



 二つの影が・・・平原に存在した。

 一人は大きな鞄を持った女性、もう一人は鼠色の髪の毛の男・・・



女は右へ、男は左へ飛ぶ・・・たった一歩の移動だけで二人は2メートル以上もの距離を横に飛んだ。

 互いに着地し、相手を見据える。



女は腹部を抑え、片目だけで相手を見ている。 身体を侵食する『痛み』『腐り』が彼女の身体を徐々に蝕む。

男は平然とした顔で立っている。 鼻にかけるメガネをかけた黒いジャケットの男。



 二人の戦いは一昨日から続いていた。

 昼は身を潜め、様子を見、隙あらば脳天を狙う―――そんなことが一昨日の間に200回は繰り返されていた。

 いずれも・・・失敗に終わる。

「『せんせい』・・・どうしたんだ?」

「『せんせい』? ―――貴方にそう呼ばれる資格を与えたつもりは無いわ・・・『しき』」



 女は蒼崎 青子。 現存する魔法使いの内の一人。

 男は『しき』。 怪しく笑い、斜視の黒い瞳を持つ男。



 青子はクスリと笑った。 痛みをこらえる為、左目は閉じている。息は荒い。 だが、死と面していない分だけ、マシだ。



 彼からもたらされる感情・・・宣告・・・衝動・・・破壊・・・腐食・・・ありとあらゆる憎しみの情念が私の中に流れてきた。

 それは、個々の人間が想定し、実現するには到底不可能な感情であると察知したからだ。



「どうしたんだ・・・『せんせい』?」

「その名で呼ばないでくれる―――『しき』」



 『しき』・・・私の目の前にいるのは『しき』だ。

 いや、『しき』の名を持つ『しき』と言ったほうが良い。それも、性質の悪い・・・『しき』



 彼と私が出会ったのは一昨日前・・・場所はこの平原・・・

 そう、『彼』と私が出会い、別れた場所・・・



 今は『しき』と対峙している。

 彼は・・・危ない。 そう察知できたのは昨日辺りだった・・・



「せんせい、貴女を初めて見た『あの日』に始末するべきだと考えていた・・・だが、一瞬の動揺って奴のせいで―――やりそこねた」

 『しき』が舌打ちをする。

 この場に、『彼』がいたなら、どんな感情を持っていたか・・・



 私は、ゆっくりと右足を引いた。今ここで、彼に接触を果たされたら間違いなく『腐る』。

 それは、確実な答えであり、確実な可能性から導き出された、確実な・・・結末だった。



「逃げるのか、せんせい。 俺は、せんせいに会いたくてやって来たんだ・・・もう少し、話でもしようじゃないか・・・」

「お生憎様。 私は急な用事があってね・・・君と関わるのもこれっきりにしたいのよ」

「ほぉ・・・貴女らしい答えだ・・・ミス・ブルー・・・」

 途端、口調を変え、彼はその眼を鋭利な刃のように光らせた。



 一瞬―――自分の眼を疑った。



「どうした、ミス・ブルー・・・貴女は現存する五人の魔法遣いの中でも・・・殺すに値し、眼をつける程の一品だ」



 私は彼を見ている・・・彼もまた、私を見ている。

 なのに・・・背後には殺気・・・



「ふぅ・・・やはり、『その程度』・・・か」

「はっ!?」



 遅かった・・・気づいた時には右手・左手を『腐らされた』。



「くっ・・・!」

 思わず、屈み込み、感覚のある内に両手で身体を包むようにして守る。

 腕を見ると両肘が紫色に変色していた。

 腹部にも同様の現象が起こっている。この程度の腐食ならまだ、治療すれば回復は出来る。



「さすが・・・とでも言おうか・・・だが、貴女はその程度の存在だった。小さすぎた・・・いや、小さくて見えなかった・・・」

 『しき』は見下すような眼で私を見た。思わず、睨み返す。

「良い眼だ。 それ位できるのであれば・・・上出来だ。それと、両腕の治療は早めにしたほうが良い・・・」



 そして、『しき』はふっ・・・と姿を消した。

 まるで、風が吹いた時のように・・・


「出鱈目よ・・・けれど、彼を会わせちゃいけない・・・」


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