月影掘Act.9


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1: アラヤ式 (2003/07/06 20:22:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

暗緑色の魔眼をぎらつかせ、漆黒の羽毛に覆われた巨大な『鵬』、グランスルグ・ブラックモア。体長約20m。翼長約40m。

対する幽霊船団。アルクェイドたちが乗船している旗艦のガレオン船を筆頭に、

ブラックモアの右翼、左翼に艦隊15隻のキャラック船が上段から下段斜めにそれぞれ展開。後尾に15隻が一直線に並び、怪鳥を取り囲む。

空中での膠着状態は続く。






「1番隊と2番隊の掌砲長、目標に向けて砲撃準備開始したまえ。」

固有結界『バレード』が生み出す、白騎士ヴラドの幽霊船団。左右を取り囲む艦隊の右舷左舷から、大砲が顔を出す。

内部ではヴラドの忠実な髑髏兵士たちが、弾頭を詰め、導火線に点火。

火薬の匂いがそれぞれの船内に立ち込める。ドクロはカタカタ顎を鳴らし、手すりにつかまってその衝撃に備える。

旗艦の舵をとるヴラドは、スーツの袖からサッと深紅の薔薇を出した。

「フハハハハハハハハハ!!美しく放ちたまえ!!『バレード』!!」

歓声とともに放たれる砲弾。天空に連鎖する爆音が響く。目標は『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。

「ダメよ!!」

「危ないぞアルクェイド!!」

旗艦の船尾楼。手すりから乗り出さんばかりのアルクェイドを志貴が抱きかかえて止めた。

この船にはブラックモアが、常に飛行追尾しているのだ。うかつに身を乗り出すと危ない。

「ごめん志貴……。でも、ヴラドは忘れたの!?固有結界は『ネバーモア』に消されちゃうのよ!!」

『ネバーモア』の源は『The dark six』第三権、『死徒に対する相対殺害権利』。バレードによる攻撃は効果が無い。

はずだった。

「ア!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

怪鳥が苦しみの咆哮をもらす。

連撃の爆音とともに、飛行姿勢を崩し、羽を夜に撒き散らすブラックモア。砲撃はダメージを確実に与えた。

ブラックモアの、吸収した大地で構成されている肉体が、元の物質に戻りながら崩壊していく。

船尾の甲板でポカンと呆けるアルクェイドと志貴。隣で佇むアルトルージュとシュトラウトは、さも当然といった様子だ。

「幽霊船団の大砲は正真正銘の実物なの。砲撃を無効化することはできないのよ。」

「……確かに、それなら理屈は通るわ。でも……」

艦隊一隻のキャラック船には、砲口が4門(90mmボンバート砲)。それが怪鳥の左右の艦隊に全て装備されている。

大砲本体と砲弾の重量は想像を絶するだろう。それを支えるのは、フィナ=ヴラド・スヴェルテンの絶対的な『意思力』。

「カラスくん!!今宵のために用意したプレゼントは気に入ってもらえたかな!?フハハハハハハハハ!!」

リタ戦でも見せた、彼の圧倒的な具現化力。志貴は、死徒二十七祖第8位の実力を見る。

「……やっぱり、すごいなヴラドさん。(ホ○だけど……)」

「志貴殿。フィナは浅くは無い。(男色では有るが……)」

隣のシュトラウトの言葉には重みがある。永劫の時をアルトルージュのために全身全霊で捧げてきた護衛2人。お互いの力量を信頼しているのだ。

志貴も、地上に降り立った相棒に思いを馳せる。

「エンハウンス……。」





魔犬に乗る赤のオーバーコートを羽織る半人半死徒は、代行者とともに狙撃ポイントに到着した。

犬の背中から降りたエンハウンスが、まずやったことは地形の把握。そこは枯れ木の散乱し、廻りより比較的小高い丘。

空が一望でき、遠距離射撃には絶好の場であった。ここで、ブラックモアを撃つ。

地面に座り込んで聖葬法典スナイパーカスタムの最後の調整をするエンハウンス。スコープを合わせ、サイトとの誤差を修正する。

「……。」

長身の狙撃銃を、無言で扱う男。同じく『黒い銃身』に望遠スコープを装着しながら、シエルはそんな彼に目をやった。

再び復活した『復讐騎』の仇敵。そのとどめを、あえて彼は志貴に譲った。その感慨は、どれほどに深いものなのか。

「エンハウンス。……本当によかったんですか?」

「くどいぜ。俺は、奴を殺せればそれでいいんだ。」

エンハウンスはとり付くしまも無いといった様子で、準備に余念が無い。スコープのレンズを覗き込む。

もともと不遜で矛盾だらけ、と同時に冷静な判断ができる男。シエルはエンハウンスを少し計りかねていた。

肩からため息をついたシエルは、ブラックバレルの調整に戻る。

「……シエル。」

肩にストックをあて、射撃体勢をとったまま彼は呟く。

「なんですか?」

「……これ終わったら、カレー作ってくれ。腹減った。」

ズルッとよろけた。敵討ちの舞台とは程遠い台詞に、シエルは少し自分の耳を疑ってしまう。が、その滑稽さに笑ってしまった。

「しょうがないですね……。わかりました。上手く仕留められたら、ボーナスで輸血パックもつけてあげます。」

「ハッ。そいつは豪勢だな。カレーの具はパイナップルとジャガイモで頼むぜ。」

談笑を終えた後、2人は狙撃体勢に入る。枯れ木を土台にしてがっちりと銃を固定。天空に向けられる、聖葬法典と黒い銃身の二つの銃口。

後ろで控える魔犬は原形に戻り、2人の背後に控えていた。その双眸は、未だ見えぬアルトルージュの船を待っている。






―― ジャマダ。

幽霊船団の砲戦は続く。怪鳥の飛行軌道は波を描くように乱される。ヴラドの適確な砲撃は、旗艦への接近を許さない。

―― ナラバ。

「ん?」

「どうしたの志貴?」

「……あいつ、いま笑った……。」

船尾楼の甲板。志貴は異変に気付く。ありえないことだが、遠くで砲撃を受ける怪鳥の口元が、一瞬、醜く笑みをこぼしているようにみえた。

殺人貴の予感が告げる。危険だ。

「シュトラウトさん!!あいつが来る!!」

志貴の警告に反応したシュトラウトは、素早くアルトルージュを背後においた。志貴も同様の行動を起こす。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

ブラックモアの嬌声とともに、その巨体は急上昇、怪鳥は宙返りを始めた。

そして後方3番艦隊の幽霊船団をやり過ごすと、後ろを見せた艦隊に向かってスピードを上げて突っ込む。

ブラックモアの体を包む薄紫半透明の空間が帆船に触れた瞬間、その船員である髑髏兵士たちは硫酸を浴びせられたかのように消滅していく。

実体である大砲と砲弾だけが空しく地上に散る。怪鳥は、自分の固有結界『ネバーモア』の長所を最大限に生かす戦法を取ってきたのだ。

巨大な体で虱潰しにすれば、大砲を次々と失う艦隊は、ブラックモアに対抗できる火器を失うからだ。

その攻勢は続く。3番艦隊をその勢いであっという間に消滅させたブラックモアは、自分の右方を砲撃していた2番艦隊に迫る。

「カラスくんやるねぇ!!でも、そこまでだよ!!」

暗黒空間がブラックモアの前に展開する。そこから現れる幽霊船団。再び畳み掛ける砲撃の嵐。

だが、その数は撃破されるごとに段々と数を減らしていく。

「フィナ!!むちゃをするな!!イデアは無制限に使えるものでは在るまい!!」

甲板のシュトラウトの警告。舵を取るヴラドの顔は、蒼白さを増していた。

「心配するなよリィゾ。かわいいお姫様一人守れなくて、何が白騎士さ。」

「フィナ……。」

彼の双眸は輝きを増した。『白騎士』ヴラドの決意。命に賭けてもアルトルージュを守る。

ブラックモアはそれを嘲笑うかのように、第二の攻勢を仕掛けてきた。怪鳥の口から粘液とともに排出される何個もの黒い物体。

羽を広げたそれは、ブラックモアの小型版ともいえる翼長2mのカラスだ。砲撃の嵐をくぐり、群れをなして旗艦に襲い繰る。

志貴は『七つ夜』、シュトラウトが魔剣ニアダークを構えた。

小型の怪鳥たちはアルクェイドとアルトルージュを優先的に狙い、その爪と牙を向けてくる。

だがそれは志貴たちにとっては好都合。鳥達の標的が決まっていれば、その行動の予測は容易い。

アルクェイドの爪が鳥達の翼を引き裂き、志貴がその止めを刺す。

「……不謹慎だけど、前にこんな映画みた覚えがあるよな。」

「うん!!たしかヒッチコックって人のでしょ!!結構怖かったよね!!」

『死』をつかれ、次々と灰燼と化す鳥たち。アルクェイドも素早い身のこなしとその爪で、怪鳥たちをバラバラにしていく。

「……姫様には、指一本触れさせん!!」

雄叫びをあげる鳥の群れに、シュトラウトは右足を軸にして飛び込んだ。繰り出される魔剣ニアダーク。

アルトルージュを狙った鳥の一団は、閃光に似た鮮やかな弧を描く魔剣の斬撃に、五体満足でいられたモノは一羽もいなかった。

細かい肉片となって甲板に崩れ落ち、灰燼となって消えてゆく鳥の肉片。それに背を向けるように着地したシュトラウト。

「リィゾ、見事よ。ありがとう。」

「恐れ入ります。」

『黒騎士』の力量、超絶。アルトルージュは感嘆と慈愛をこめてねぎらった。シュトラウトは会釈で応える。

だが、それでも楽観視できる状況ではない。その間にもブラックモアは、体当たりと旋回を繰り返し、幽霊船団を消滅させていく。

なおかつ、分身たちの旗艦への波状攻撃は留まることを知らない。ブラックモアがこの攻撃を続けてくれば消耗戦となる。それは非常に不利だ。

――― ブリュンスタッド!!イマコソ!!

細かい牙の並んだ嘴を開け、その口腔をあらわにする怪鳥。口から立ち上る瘴気は、夜の闇にも関わらず、どす黒さがハッキリと確認できる。

巨大な翼が唸りをあげた。羽ばたいたブラックモアは、いよいよ最後の攻勢に入った。

ツバメのような素早い翼の動きで、いままでの4倍の速度で迫ってくる。巨体とは思えぬほどの敏捷性と飛行能力。

1番・2番艦隊はそれを阻止せんと、砲撃の間隔を極限まで短くして怪鳥にダメージを与えようとする。

だが、翼を最大限に広げたブラックモアは、両翼を当てる形で2艦隊に体当たりを敢行した。

その圧倒的な風圧と『ネバーモア』によって、吹き飛び、消し飛ぶ船と髑髏兵士たち。『死徒に対する相対殺害権利』が、ヴラドのイデアを抹消する。

幽霊船団は完全に全滅した。旗艦を守る盾は、もはやこの月天下には存在しない。

「オイタも、ここまでかな……。ぐっ……!!」

操舵室のヴラドは血を吐き、その場に倒れこんだ。連続具現化を強行し、固有結界を酷使した結果だ。

「フィナ!!」

「ヴラドさん!!」

それに気付いた志貴とシュトラウトが操舵室に飛び込み、介抱しようと駆け寄る。だが、船長は吐血を拭い、左手をかざしてそれを制す。

「お2人さん、僕に構っている暇なんか無いよ……。カラスくんが来る。」

ブラックモアは旗艦への距離を縮めていた。もうその間隔は50mもない。

――― マッテイタ。コノトキガクルノヲ。

「リィゾ。志貴くん。もはや彼に賭けるしかない。君たちは手筈どおり……」

途中で言葉を切り、再び血を吐くヴラド。だがその目は強い光を失っていない。

2人の男は、ボロボロになっても戦意を失わない、彼の騎士としての気概に感銘を受けた。

「わかったよヴラドさん。あとは任せてくれ。」

「ご苦労だった……。休んでいろ。」

甲板に戻る男達を見送り、ヴラドは深紅の薔薇を捧げた。

「……この世で一番美しい君たちが、カラス程度に遅れをとるはずはないさ。たのんだよ。……エンハウンスくん。」

――― アカイツキ。ヤット。ヤット。

ブラックモアと旗艦との距離。約30m。徐々に縮まる怪鳥との差。ヴラドのダメージも在り、ガレオン船の航行速度は落ちていた。

甲板に戻ってきた志貴たちはアルク・アルトと再び合流。

「志貴!!派手にやられちゃったみたいだけどヴラドは大丈夫なの!?」

「何とかな。アルクェイド、ちゃんと手順覚えているか?」

「何いっているのよ。私、これでも800年生きているんだからね。」

黒い袋をもち、得意げな彼女。アルトルージュは茶々を入れた。

「あなたは実質一歳前後でしょ?お・子・様。」

「何よ!!それバカにしているわけ!?あなたなんか見た目ロリだけど、その実1000歳超えている、お・婆・様じゃない!!」

「アルクェイドさん……!!それをいってしまったからには、覚悟はできているんでしょうね!!??」

この切迫した状態で、口ゲンカをはじめる金髪姉妹。2人とも目がまっきんきんである。

「この、ばか女ぁ!!ケンカしている場合じゃないだろ!!」

「姫様っ!!喧騒している場合ではございません!!」

志貴とシュトラウトのフルボリューム同時ツッコミで、アルクェイドとアルトルージュはシュンとなっておとなしくなる。

――― ワレハチカヅケル!!オマエ二!!

怪鳥は迫る。距離20m。

「……わかったわよ。でも、大丈夫なの?こんなので……。」

袋の中を覗き込み、渋い顔をするアルクェイド。中には何が入っているのか。

「エンハウンスを信じましょう。あの人、あれでも頼りになるのよ。」

「……やっぱり、知り合いなんだね。」

志貴の不意な突っ込み。アルトはハッとした後、恥ずかしげに目をそらす。

「後でいいよ。アイツに引導渡すのが先だからな。シュトラウトさん、カウントお願いします。」

「承知した。」

――― ブリュンスタッド!!ツイニ!!ワレハ!!

距離、15m。怪鳥が涎を宙に撒き散らす。嘴が開かれ、そこに刻まれた始祖鳥の如き鋭利な牙が顔をだす。

怪鳥は歓喜に湧き、その暗緑色の瞳は涙で潤んでいた。朱い月の撃滅。それは怪鳥の、魔術師だった彼の悲願。

転生先候補の一人アルクェイド。同じく候補で、なおかつ古に自らを屠った宿敵アルトルージュ。

ここで船ごと一飲みにしてしまえば、その憎きBrunestudの血脈は、完全にこの世から消滅するのだ。

10m。

「zehn!!」

シュトラウトのカウントが始まった。アルクェイドたちは各々袋を用意し、来襲に備える。

9m。

「neun!!」

8m。

「acht!!」

7m。

「sieben!!」

6m。

「sechs!!」

5m。

「fuenf!!」

4m。

「vier!!」

3m。

「drei!!」

2m。

「zwei!!」

1m。

「eins!!」

全身から瘴気を放つ怪鳥が、遂に船尾楼に迫る。

――― ワレ!!コトナセリ!!

そして、距離ゼロm。ついに怪鳥は、その巨大な嘴でアルクェイドたちを飲み込んだ。

……いや、ブラックモアはとまった。なぜかその場で空中停止し、この絶好のチャンスを、怪鳥はみすみす逃した。

追撃を逃れ距離を離す旗艦。喰われて無くなるはずだった船尾楼にいる志貴たち4人は、夜の闇にそれぞれ何かを掲げていたのだ。

それは、虹色に煌く直径1mほどの折り畳み式円形反射板。怪鳥は月光で照らし出されたその光に恐れおののき、その場に釘付けとなる。

刹那、2発の銃弾が、天空を突き破り怪鳥に迫った。怪鳥は、それに一切反応できず、体を逸らすことすらかなわない。

――― バカナ!!ナゼ!?ワレハトマッタ!?

「ア!ア!グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

その瞬間、怪鳥は左眼の視力を失い、そして嘴にライフル弾が食い込む。

ブラックモアから片方の光を奪ったのは、シエルの『黒い銃身』。その弾丸は暗緑色の魔眼を、針に刺された風船の如く破裂させた。

そして、鳥類の急所である嘴を貫いたのは、エンハウンスの聖葬法典。怪鳥の嘴に食い込んだ弾丸は、青白い炎となって燃え広がる。

聖火。死徒の復元呪詛を無効化する教義である神の炎が、ブラックモアに耐え難い激痛と熱傷を与える。怪鳥は、漆黒に沈みはじめた。

――― ナゼ……!?



「上手くいったみてぇだな……。」

望遠鏡でその様子を確認するエンハウンス。シエルも空を見上げ、堕ちるブラックモアを見つめていた。

「……これでブラックモアは、アルクェイドたちを追撃することはできません。腕を上げましたね、エンハウンス。」

「オマエさんの腕があったからこそさ。見事な手並みだったぜ、シエル!」

手をパチンと叩きあい、成功を称えあう2人。

「でも良く思いつきましたね。鳥の習性を利用して、あのブラックモアを一旦行動不能にするなんて。」

「ハッ。いくら俺とオマエさんの射撃の腕がゴルゴ並だとしても、高速で不規則に飛行する目標には、なかなか当て難いだろ?
ましてや今回は姫さんたちの命もかかっていたからな、 むちゃな賭けは出来なかったのさ。外したらそれまでだからな。」

エンハウンスの策。それはブラックモアを空中に一瞬釘付けにすること。アルトルージュを囮にし、ブラックモアを狙撃ポイントまで近づける。

そして怪鳥が喰らいつく瞬間、船上の4人は反射板を出して虚をつき、その瞬間を狙撃するという極めてシンプルなもの。

鳥は、丸いものとキラキラ反射するものに弱い。とはいえ、元人間のブラックモアは、そんな方法をとってくるとは予測もしていなかっただろう。

ちなみにエンハウンスは、インターネットカフェで『東京・カラスの実害』というページをみたのがきっかけで、この策を思いついていたりする。

「原形に戻ったのが仇になるとは、皮肉な話ですね……。」

「ああ、……そうだな。」

シエルとエンハウンスは空を見上げた。月天下、もがき苦しむ怪鳥ブラックモア。隻眼と激痛を抱えたままでは、以前のような高速飛行は不可能。

その姿は、まさに死にかけのカラスだった。もはや哀れといわざるをえない。

シエルは隣のエンハウンスを肘で小突く。――いいたいこと、あるんじゃないですか?―――

彼女の示唆することに気付いたエンハウンスは、恥ずかしげに頭を掻き、両手を口につけ、空を飛ぶ帆船に向かって叫んだ。

「志貴ぃ!!やっちまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

それに呼応するかのように、後方のブライミッツ・マーダーも遠吠えをした。



飛行速度を落とし、ブラックモアは沈んでいく。エンハウンスの作戦は成功。船上の5人は歓喜に震えた。

「やりやがったな、あのバカ!!」志貴はガッツポーズ。

「……やったわ!!ちょびヒゲ!シエル!!最高!!」アルクェイドは甲板で踊りまわった。

「エンハウンス……。よかった……。」アルトルージュは手を握り締め、目を潤ませていた。

「……。」シュトラウトは目を瞑り沈黙。だが、その表情はどこか晴れやか。

「美しい……。エンハウンスくん!!君も必ず僕のモノにするからねぇ!!」操舵室で舵にもたれかかっているヴラドは、また萌えていた。

だが、志貴は平静を取り戻す。まだ終わりではない。ブラックモアは死んではいないのだ。

「アルクェイド。いくぞ!」

「うん!ラストは派手にね!!」

志貴はアルクェイドの背中に乗る。彼女は甲板を滑走路にみたて走り出し、一気に飛び出した。

「リィゾ!!手伝ってあげて!!」

「御意!!」

アルトルージュに一礼したシュトラウトは、飛び出した二人の後を追う。怪鳥までの距離は、その落下とともに徐々に離れている。

彼らの無事を願い、黒のレースを羽織る少女は祈りを捧げた。

三日月の光を受けて、飛び出す『真祖の騎士』と『真祖の姫君』。アルクェイドの白のハイネックが闇夜に映えている。

志貴は彼女のブロンドの髪をみながら、そっと呟く。

「これ終わったら、みんなで飲みにいこうな……。」

「もう、志貴って親父臭いんだから。でもいいよ。みんなで行こうね。」

そして眼前に迫る黒い羽の塊に着地した2人。怪鳥の暴れまわる後頭部は、触覚で侵入者の存在を感じ取った。

苦痛に歪むブラックモアとて、頭の上の無礼者を許すほど、錯乱しているわけではない。

――― オノレ!!ブリュンスタッドォォ!!

怪鳥の口から再び吐き出される小型カラスの一団。迎撃とばかりに、再びその嘴と爪を2人に向けてきた。

だが、一足違いでやってきた『黒騎士』シュトラウトの魔剣一閃が、カラスの群れをすべて切り裂く。

「志貴殿!!この好機逃すなぁ!!」

ブラックモアの『死』の『極点』。それは後頭部の中心。彼は『七つ夜』を振り上げる。その刀身に、全ての思いを込めて。

ブラックモアの、犠牲になった人々。

エンハウンスの、家族。

あえてとどめを譲った、相棒のおもい。

志貴の蒼の双眸が、黒翼の『鵬』をとらえた。

「長い付き合いだったな、バケモノ。……眠れよ。」

刀身は、音もなく、ブラックモアの肉体に吸い込まれる。その瞬間、全てが終わった。

―― ワレノ。

肉体を構成していた大地は、元の姿を取り戻し、シュヴァルツヴァルトに、土が砂糖の如く降り注ぐ。

―― ワレノウツワ。コンパクモ。コワレタ。

怪鳥の翼の先端から、肉体の崩壊は始まった。

―― シヌノカ。ワレハ。

城壁を引き裂いたショベルカーのような足も、散開して消えていく。

―― ダガ、フシギダ。

熊も一飲みにする嘴も、灰燼と化していく。

―― ワレハ、ワレジシンノショウメツヲヒテイシタ。ヒテイシタユエニシトニナッタ。アカイツキ、ホロボスタメニ。

体の半分は消滅している。怪鳥は、『死』に飲まれる。

―― ダガ、フシギダ。

もう、ブラックモアに残されたのは、その狂気を存分に振りかざしていた暗緑色の右目のみ。

―― 『シ』トハ、コンナ二モ、オダヤカデ、ヤサシイモノダッタノカ……。

怪鳥『鵬』は、死に際に理性を取り戻した。

―― ワレハ、ダレヨリモ、ハヤク『シ』ニタカッタ……。

死徒二十七祖第16位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。『月飲み』と畏怖された死徒殺しの怪人は、黒い森の空で、儚く、消滅した。





エンハウンスは、消えていく仇敵に向けて、言葉を送る。

「……じゃあな。……あ鵬。」

天空に散るブラックモア。残虐の限りを尽くした怪人も、その散り際は、ダイヤのように美しかった。


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