月影掘Act.5


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1: アラヤ式 (2003/06/24 20:32:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

骨を噛み砕く音。肉を食いちぎる音。内臓を啜る音。薄暗い城内に響き渡る破壊音。轟音。

死徒二十七祖第16位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモアは、オーテンロッゼの使役する死者たちを喰らい尽くしていた。

「キュウルルルルルルアアアアアアアアアアア!!!!」

脳が城の廊下に飛び散り、内臓が血の海をつくる。『月飲み』は怒っていた。

獲物は一人も仕留めきれず、落とされた左手は一向に回復しない。その怒りを、物言わぬ死者にぶつけていたのだ。

そんな凄惨な現場に、白マントを羽織った白髪混じりの男と、ピンクのドレスを着こなす豪華絢爛な女が、静謐な足音を立てて近づいてきた。

二十七祖第17位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼと、第15位『芸術家』リタ・ロズィーアンである。

トラフィムは、飛び散っている死者の残骸を、ゴミのように一瞥する。

「ふん。随分と盛んなことだな。古き友よ。」

振り返ったブラックモアは、トラフィムの姿を確認した瞬間、暗緑色の魔眼をキッと見開き、くって掛かろうとした。だが、リタにそれを阻まれる。

「落ち着いてくださいませ。ブラックモア殿。」

リタの硬質化した羽扇が、ブラックモアの爪を防ぐ。涎を口から垂らしながら、ブラックモアはわめき散らした。

「ナゼ!!ナゼ!!ナゼ!!イワナカッタ!!アオイメノコゾウ!!『シ』ヲミテル!!ナゼ!!」

激しい憎悪で、トラフィムを睨みつけるブラックモア。

リタはあせる。『死徒殺しの怪人』の怒りは頂点に達している。このままだとトラフィムをその手にかけかねない。

だが、トラフィムは自らの髭をさすり、余裕の笑みを浮かべていた。

「ふはははは。古き友よ、その程度のことが何だというのだ?内包する『死』をみる小僧。確かに脅威ではある。
しかし考えてもみよ。その小僧はあくまで人間なのだぞ?人間程度にやすやすと動きを捕まれる貴公ではあるまい。違うかな?」

それを聞くとブラックモアは、リタに向けていた爪を下ろした。そして、彼の狂気の渦巻く瞳は、若干精悍さが感じられるモノに変った。

「ソウダナ……。ジャマサエハイラナケレバ、ワレハマケナカッタ。ブリュンスタッドニモ。」

ブラックモアの怒気が静まった。

「そうとも古き友。貴公は強い。『ネバーモア』を保有する貴公が負ける道理はないわ。
新しい肉体はすぐに用意しよう。それまで好きにするがよい。」

トラフィムの自信に満ち溢れた台詞。ブラックモアは再び奇声をあげ、四足でその場から走り去った。

大方、自らの餌でも採りにいったのだろう。勿論人間の血である。

用を終えた羽扇をもどし、釈然としない面持ちで見送るリタ。彼女の中には大きな疑問が渦を巻いていた。

ガイアの怪物すら圧倒した身体能力。彼が時折見せる本能のなかの知性。これらは一体何を意味するのか。

「……リタよ。結果はどうだ?」

リタの思慮を遮るように、トラフィムは目を深紅に染めて彼女を見下ろす。余計なことは考えるなとでもいうかのように。

「……おほほほ。予想以上ですわよ。エンハウンスソードの魔剣アヴェンジャーも、『ネバーモア』の前では鉄屑同然ですわ。」

トラフィムはよほど愉快なのか、口を大きく開き、皺の刻まれた顔を歪めてわらった。

「ふははははははははは!!出来そこないが!!自分の相応というものを思い知ったか!!ふはははははははははは!!
死徒が媒介する武装さえ押さえ込めるとはな。実験は成功というものだ!!ふはははははははははは!!」

そう。今回のトラフィムが仕掛けた戦いは、固有結界『ネバーモア』の性能を確かめるものだった。

死徒の力を経由して発現する魔剣の超抜能力でさえ、『ネバーモア』は無効化することが出来る。トラフィムはそれが知りたかったのだ。

尊大ではあるがどこか下卑たトラフィムの笑いに、リタは顔をしかめた。それを悟られぬよう顔半分を羽扇で隠す。

「……おほほほほほ。幽霊船団に対抗できる死者の生成計画、一歩前進ですわね。」

「ふはははは!!あれが量産の暁には、アルトルージュなどあっという間に叩いてみせるわ!!ふははははははは!!」

どこかで聞いたことがある台詞ね。と思いながらも、リタは自らの中に渦巻く、疑問の解消を試みる。

「ですがオーテンロッゼ殿?『ネバーモア』の原理、ブラックモア殿がやすやすと渡すとは思えませんわ?」

死徒にとって、自らの固有結界の秘密を暴かれることは死と同義である。理性を喪失しているブラックモアとて、その原則はわかっているはずだ。

「ふはははは。奴には24時間体制で死者の精鋭盗撮部隊を張り込ませており、一挙一動見逃さぬ。ぬかりはないわ!!ふはははははははは!!」

ブラックモアの私生活を、食事から排便まで監視しているということである。リタは想像しただけで気分が悪くなり、吐き気を覚えた。

「そ、それはよろしいことですわね……。
それと、もう一つ聞きたいことがございます。ブラックモア殿の知性、時折その高さを窺い知ることが出来ますのはどういうわけですの?」

トラフィムは深紅の魔眼でリタを睨む。リタは怯えながらも、外面では余裕をみせ、彼の目を見据え臆さない。

そんな彼女に鼻を鳴らしながらも、トラフィムは問いに答えた。

「ふん。奴が古の頃より、我と共に魔術の道を志しておったのは知っておろう。共に超越種の頂点を極めるためにな。
その過程のある儀式で、奴は完全なる戦闘生命体へと昇華を遂げ、同時に理性を失ったのだ。貴公が見たのはその残り香であろう。」

「なるほど……。では、その儀式とはなんなのですか?」

リタの新たな問いは、トラフィムの憤激を促してしまった。

「リタよ。これ以上むやみに詮索すれば、容赦はせんぞ……!!」

殺気。トラフィムから繰り出されるその刃は、リタを黙らせるのには充分であった。

「……おほほほほほ。お許しくださいまし。御戯れでございます。おほほほほほほほほ。」

羽扇で顔を隠しながら陳謝するリタ。同時に彼女は確信した。ガイアの怪物を圧倒した秘密。それはその『儀式』の中にあると。




秋の空は、透き通るような青をたたえる。

黒い森は、枯れ木の灰色と若干残った木々の紅葉が織り交ぜられ、丘陵地帯はマーブル模様。

そこに聳え立つ黒い城。その一室。開け放たれている窓に、紅葉が舞い込んできた。

そこで寝ている銀髪の男の顔に、赤い葉は覆い被さる。

「ふぁ?」

間抜けな声を出しながら、鼻から入り込む葉の清涼な香りでエンハウンスは目覚めた。

ブラックモアに大敗を喫したエンハウンスは、あの戦いの後、ベッドに寝かされていたのだ。

起き上がった彼は、廻りを見渡し我に返ると、真っ白なシーツをきつく握り締めた。

「畜生……!!畜生……!!畜生……!!」

歯を食いしばり、悔しさをこらえ切れない。それほど、昨夜のブラックモアの力は圧倒的だった。

魔剣の超抜能力は通用しなかった。聖葬法典も当てることは出来なかった。そして何より圧倒的な俊敏さに、手も足も出なかった。

彼の脳裏に思い浮かぶ、ブラックモアの禍禍しい凶相。

何もかも自らを上回る『死徒殺しの怪人』。その現実に、『半人半死徒の魔人』は悔しさに暮れる。

「俺は……。俺は…。」

「ちょびヒゲ。なに泣いているのよ。」

エンハウンスは驚いて飛び起きた。彼の隣には、椅子に座っているアルクェイドがいたのだ。

「ひ、姫君!?な、なんで居るんだよ!!」

口をパクパクさせながら指をさすエンハウンスに、アルクェイドは頬を膨らませて怒った。

「なによ。一晩中見守ってあげていたのにつれないわね。でも、ちょびヒゲも泣くことあるんだ。初めて見ちゃった!!」

してやったりと笑うアルクェイドに、エンハウンスは恥ずかしいやら、やるせないやらで、バツが悪そうに頭を掻く。

「俺も初めてだよ。」

「ほんとう。貴重なものが見られたわ。」

「グルルルル。」

エンハウンスの驚愕はさらに続く。志貴とアルトルージュ+魔犬も、病床のエンハウンスにずっと付き添っていたのだ。

もう開いた口が塞がらないエンハウンス。その後、彼は顔を最高潮に赤くさせ、鼻をかく。

「……おまえら……。ハッ。」

ベッドを取り囲むように椅子に腰掛ける彼ら。志貴、アルト、アルクェイドはそれぞれ思い思いの言葉を投げかける。

「エンハウンス。奥さんと子供の敵、絶対とろうな。」

「私のお腹の敵もとってね!ちょびヒゲ。」

「『月飲み』を仕留めきれなかったのは私の責任だわ。必ず倒しましょうね。」

「ワン!!」

エンハウンスがいうべき言葉は、一つしかなかった。

「……ありがとよ。」

その直後、ドアをノックする音。部屋に入ってきたのは黒スーツの紳士シュトラウト。

彼はなぜか、エプロンを身につけ、料理を運ぶ台車を押している。呆気にとられる部屋の四人+魔犬。

シュトラウトは無言で、ベッドに備え付けの簡易テーブルを用意し、エンハウンスに食事の身支度をさせる。

「おい、シュトラウト……。てめぇどういうつもりだ……?」

いぶかしむエンハウンスを余所に、シュトラウトは蓋をされた皿をテーブルに置いた。そして呟く。

「……食え。」

「は?」

「貴様のためにつくってきた。心して食え。」

どうやらエンハウンスの朝食を作ってきたらしい。その証拠に、シュトラウトのエプロンは食材の汁で汚れている。

その意外すぎる行動に、志貴たちは沈黙し、エンハウンスは渋々応じた。

「……気味わりぃな。まあ食ってやるか。どれどれ……」

エンハウンスが蓋を開けた瞬間、室内に酸味と濃厚な肉の香りが充満した。それも、超絶不協和音を奏でながら……。

アルクェイドはその匂いを嗅いだ瞬間、気を失って椅子から崩れ落ちた。そんな彼女を支えにいった志貴も、余りの匂いに吐き気を抑えるのがやっと。

ブライミッツ・マーダーはキャウンとかいいながら、体をぐるぐる旋回させて倒れこみ、そのまま天に召された。アルトは飄々としている。

エンハウンスは、その人知を超えたメニューに、脂汗を垂らしながら呟く。

「こ、この世のものとはおもえねぇ……。」

その料理。肉料理でありながら、なぜかとても青い!!蒼い!!

その名も、『照り焼きブルーベリーハンバーグ』。略して『ブルーバーグ』。果実・果汁85%含有。シュトラウト珠玉の一品である。

エンハウンスは、いまさっき隣で死亡した魔犬と猫を、冷や汗を垂らしながら凝視した。

『真祖の姫君』と『ガイアの怪物』は、この香りのみで息をひきとったのだ。肉を食せばどうなるかぐらい察しがつく。

シュトラウトは無言の仏頂面。だがその鋼の目は、『早く食べろ』といっている。しかも好奇心からか、彼の頬はほんのり赤い。

エンハウンスは血涙を流し叫ぶ。

「ヴラドぉ!!ヴラドぉ!!てめぇが食事担当じゃねぇのかよぉ!?お〜い!?」

彼が来ることはない。なぜなら、この料理の味見で白騎士ヴラドは屠られたからである。厨房で倒れ、すでに事切れていた。

「どうした片刃?冷めるぞ。」

迫るシュトラウト。エンハウンスはこの生命の危機に、相棒に助けを求めた。

「し、志貴!!おまえさん最近、肉が足りないだろ!?く、食えよ!!」

刺激臭を放つブルーバーグを志貴の前に差し出すエンハウンス。ハンカチで口元を抑える志貴は、断固拒絶する。

ブルーバーグは食卓破壊大帝・翡翠の『梅サンド』に匹敵するモノであることぐらい、充分過ぎるほど彼にはわかっていた。

「……食物を粗末にする気か!?片刃!!」

拒絶されつづけ、悲しさと共に怒りを露にするエプロン姿のシュトラウト。右手から魔剣ニアダークが発現した。

「うるせぇ!!命を縮める食い物はなぁ、残してもいいってお百姓さんがいっていたんだよ!!
アルトルージュ!!こいつになんかいってくれよ!!ブラックモア倒す前に俺は死にたくねぇ!!」

エンハウンスに助けを求められたアルトルージュは、椅子に腰掛けたまま、両手を顎につけてはにかむ。

「リィゾがね、『どうしても料理作りたい』っていっていたからお任せしたの。食べてあげてよ。」

アルトルージュは刺激臭が部屋を充満する中、唯一生き残っている人である。彼女もまた、翡翠クラスなのだ。

「ふざけんなぁ!こんな果実の芳醇な甘みを冒涜しきったハンバーグが食えるかぁ!!全世界の砂糖愛好者に謝れぇ!!」エンハウンスは甘党である。

すると、アルトルージュは泣き叫ぶエンハウンスを押さえに掛かった。志貴もわが身に降りかかっては大事と、彼女に同調する。薄情な男だ。

「やだ〜〜〜〜!!いやだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

シュトラウトがブルーバーグを、一口サイズに綺麗に切り分ける。そして、エンハウンスの口元に運ぶ。

「食え。」

ブルーバーグが口に運ばれたのと時を同じくして、彼の断末魔は城中に響き渡ったのであった。――エンハウンス。享年92歳(推定)。




みなさんは、すでにお気づきではないだろうか。この修羅場には誰かがいない。そう。我らがシエル先輩である。

シエルはこの騒ぎの同時刻。自分の部屋に篭って何かをしていた。そこから聞こえるのは、焼け焦げる音や金属の溶接音。

その作業中のシエルに、聞きなれた叫び声が耳に入ってきた。

「……いやだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!!!!」

「あ、エンハウンス。」

あわてて部屋を飛び出したシエルが駆けつけたときには、

血を吐いて真っ白に燃え尽きたエンハウンスと、アルトに慰められながら、しゃがんで俯くシュトラウトがいた。

事の次第を志貴から聞いたシエルは、急いで厨房に駆け込み、ヴラドを叩き起こしてカレーを作り始めたのである。

エンハウンス蘇生メニュー。『ジャガイモと焼きリンゴのカレー』。完成。

部屋に運ばれたその香りを嗅ぎつけるや否や、エンハウンスは今までの死後硬直がウソのようにカレーをほうばりはじめた。

「ぷは〜!!マジ生き返った〜!!
いや何しろ、もうお花畑が見えてな。かみさんと子供が『こっちにきちゃダメ〜!!』って必死で止めてくれたんだぜ?」

ルーで口を汚しながら、臨死体験を切々と語るエンハウンス。シュトラウトは、ヴラドに担がれながら、憔悴しきって部屋を出て行く。

「……無念。やはり私には料理などムリなのか……。」

「そんなことないさ。君の個性的な料理ときたら、それはもう昇天するくらいの美味しさだよ。(リアルでだけどねぇ……)。」

そんな彼をアルトは気の毒そうに見送る。隣で、椅子にどっしりと腰掛ける志貴は、きりっと引き締まった表情で相棒の復活を祝った。

「いやぁ、無事で何よりだったな。エンハウンス。はっはっは。」

その瞬間、額から血管の浮き出たエンハウンスは志貴の手を引っ張り、ベッドの上で三角締めを決めた。

「てめぇ!!今日という今日は完全に頭にきたぜ!!もうコンビ解消だ!!契約破棄だ!!慰謝料とって訴えてやる!!覚悟しやがれ!!」

「ぐええええエンハウンス……普通訴えるのが先だろ!?……ギブ、ギブ!!」

アルクェイドがカウントをとる。

「1!2!3!カン!カン!カン!!志貴ギブアップだにゃ!!タオル!!タオル!!(?)」

目の前の三バカに、シエルはもはや呆れてなにも言えない。アルトと顔を見合わせ、お互い立ったままため息を漏らす。

「はぁ。大変な妹さんをお持ちのようでお察ししますよ……。アルトルージュさん。」

「いえいえ。あなたも大変なパートナーをお持ちのようで、心労お察しいたしますよ。シエルさん。」

ウンウンと頷くシエル。だがちょっと待て。『パートナー』?????

途端、シエルは顔中からやかんのように湯気を噴出し、アルトの意味深な発言を頭の中で何度も反芻する。

アルトの微笑みの先には、志貴にチョークスリーパーホールドを決めている銀髪の男。そして彼女は静かに立ちあがった。

「志貴くん。アルクェイドさん。しばらく2人にしてあげましょう。シエルさん、積もる話があるみたいだから。」

エンハウンスから開放された志貴と、隣で蒲団をバンバン叩いていたアルクェイドは動きを止めた。

アルトの意図を察した2人は、顔を見合わせてほくそえむと、そそくさと部屋をでる。アルトは倒れている魔犬を抱きかかえ、ドアに手をかけた。

「では、ごゆっくり。」

突然のことに呆けているエンハウンスとシエルを余所に、三人は部屋から出て行った。

残された二人。お互い一瞬顔を見合わせると、すぐに目線を逸らしてしまう。気まずい沈黙がつづく。

「……まあ、なんだから、座れよ。」

ベッドの傍らの椅子。たどたどしいエンハウンスの語調に促され、シエルは着席した。

急に静まり返った室内。窓から吹き込んでくる風。2人の間にながれる微妙な雰囲気。

別にもう怒りもない。嫉妬もない。猜疑心もない。ただ、『知りたい』ということだけ。シエルはそれだけだった。

「単刀直入に伺います。エンハウンス、あなたはアルトルージュさんとどういう関係なんですか?」

シエルは彼の目を見据えた。彼女に怒りはない。ただ、エンハウンスとの蟠りがいやだった。

ベッドの上で足を組み、シエルと真正面から向かい合うエンハウンス。彼は、口を開いた。

「……助けてもらったんだ。」



あれは、おまえと出会う前。前の主をぶっ殺した直後の話だ。

魔剣アヴェンジャーを奪い取った俺は、その残党に追われていた。

中途半端な体であり、成りあがり者の俺を主と認める死者なんて当然居なかった。認められたくもなかったが。

俺はまた逃げたよ。山の中に逃げ込んでただひたすら。魔剣は充分使いこなせなかった上に、多勢に無勢じゃ狩られるのは時間の問題だったからな。

そんなときだ。追い詰められた俺を仕留めようと牙をむいてきた死者は、目の前でいきなり頭を潰されていた。

「……アルトルージュさん、ですか。」

そうだ。犬っころに乗ったアルトルージュは、突然俺の前に現れたんだ。

あいつが手を死者どもにかざした瞬間、爆炎と猛火が吹き荒れた。それで終わった。

『死徒の姫君』の噂は聞いたことがあった。黒い装束を身に纏い、血と契約の支配者である女の話はな。

長いブロンドの髪。黒のレースのセーターが印象的だったあいつは、俺に少し一瞥した程度で、何もいわずに去っていった。




「……という訳だ。」

短い。これだけ引きずったクセに、あまりの簡素さにシエルは腰を抜かしてしまった。眼鏡をクイっとあげながら、彼女は姿勢を立て直す。

「……じゃあ、森で逢引していたのは一体なんなのですか?」

「逢引っておまえな……。ただお礼が言いたかっただけさ。あのとき助けてくれてありがとうございましたってな。」

エンハウンスは、頭を掻いた。

話を粗方聞き終えたシエルは、再び顔を紅潮させて、手をもじもじさせ始める。

「じゃあ……その……別に……ふ、ふしだらな、……関係という…」

彼女の聞き取りづらい言葉に、エンハウンスは耳に手を添え、彼女に近づける。

シエルは恥ずかしさのあまり彼から顔をそむけて、ものすごく小さなボリュームで呟いた。

「……その……いくところまでいってしまった……なんてことはないですよね……?」

顔を両手で隠すシエル。その指の隙間から彼女はエンハウンスの様子を伺う。

シエルの予想は裏切られた。彼の眼は宙を泳いでいたのだ。しかも顔中から冷や汗を垂れ流して……。

天地がさかさまになるように、恥らっていたシエルの態度は一変、燃え盛る嫉妬の炎が、オーラとなって彼女の体から立ち上っていた。

「……エンハウンス、まさか……」

「〜〜!!ちょっと待て!!ああああの時じゃねぇぞ!!昔……」

「昔ってあなた、あの話は『何も言わずに去っていった』のくだりで終わりじゃなかったんですか!!」

「つ、続きがあってよ!あのあと山小屋で介抱してもらったんだよ!そ、それで……」

両手をシエルの前で慌ててふり、エンハウンスは何とか弁明を試みる。だがそれは最悪の選択だった。

「それで?」

「ご、誤解するなよ!!……ご、合意の上だ……。」

終わった。もう、何もかも終わった。大魔人もびっくりの形相をして憤怒に満ちるシエルを、止められるものなど存在しない。

エプロン姿のシエルは、第七聖典の照準を目の前のヤサグレ男にあわせた。エンハウンスは『はわわわわわ……』とかいいながら、後ずさりする。

「……あなたという人は!!あんな年端のいかない女の子に手を出したんですか!!??ヴラド兇任垢茱凜薀畢供!」

「ま、待ってくれ!!ああみえても、アルトルージュは10世紀以上生きているんだぜ!?(っていうかヴラド供?)」

死刑執行の時は、容赦なく、確実に訪れる。

「……もう、最悪です。浄化します!!完全に!!跡形もなく!!細胞一片たりとも残しません!!このヤサグレ足くさ鬼畜ロリコン半吸血鬼〜!!」

エンハウンスの2回目の断末魔が城内に響く。ゲストルームでジジ抜きをやっていた志貴たち5人+魔犬にも、それは勿論届いていた。

心もち、アルトルージュの頬は、ほんのり赤かった。




「というわけで、もうすっかり仲直りしました。みなさん、ご心配かけてすいません。」

満面の笑みで、エンハウンスとの関係修復を宣言したシエル。

志貴は思う。――じゃあ、どうして俺のとなりの相棒は、体中穴だらけでピクピクしているんですか?――怖くて聞けやしないが。

アルクェイドは素直に拍手して喜んでいた。彼女の目に瀕死のエンハウンスは入っていないのだろうか?

ここはヴラドの四次元和室。入り口には張り紙がされており、『倒せ月飲み!!ブラックモア総合対策本部』とかかれている。(筆・シュトラウト)

ヴラドが皆に紅茶を入れる中、上座で正座する『黒の姫君』アルトルージュ・ブリュンスタッドは、重々しく口を開いた。

「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。我らが敵、死徒二十七祖第16位ブラックモア、『月飲み』を討伐します。」

全員に緊張が走る。エンハウンスは指を鳴らし、志貴も表情が強張る。

「そしてこれは、私の予測にすぎませんが……」

アルトは一度目を閉じ、再び目を見開いた。

「ブラックモアは、『The dark six』の一部の権利を、行使していると思われます。」

死徒の姫君から発せられる、死徒最大の謎。波紋は、音を立てて拡がっていく。


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