月影掘Act.4


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1: アラヤ式 (2003/06/22 21:57:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

お世辞にも、豊かな暮らしとはいえなかった。

でも、あいつとそばにいるだけで、ただ、それだけで幸せだった。

あいつが身ごもったとき、嬉しかった。

娘が生まれた。手放しで喜んだ。

幸せだった。

あの日が、やってくるまでは。







エンハウンスとブラックモア。中央廊下での戦い。

赤のオーバーコートを棚引かせ、『半人半死徒の魔人』は魔剣アヴェンジャーを駆る。ブラックメタルの鋼の剣は常にブラックモアの頭部を狙っていた。

黒の羽装束に身を纏う『死徒殺しの怪人』は、四つん這いで暗緑色の魔眼を血走らせ、その刃を確実に、そして巧みに逃れていた。

エンハウンスの剣技は一級品である。志貴、黒騎士シュトラウトの一戦でみせた豪快かつ、隙のない剣技。

だが、今宵はいささか精彩に欠けていた。足を狙い、行動不能にするなどの思慮が全くない。

あるのは眼前の敵をたたき切る。ただそれのみ。故に、ブラックモアを仕留められない。

彼の思考は今、焦燥と、不甲斐無さと、慙愧の念が渦巻き、冷静な分析が出来ない状態なのだ。振りの大きい斬撃を愚直に繰り返すエンハウンス。

「畜生……!!てめぇ……!!」

「キュルルルル。ヨワイ。オマエ。ヨワイ。」

超人的な機動力で、魔剣の斬撃の嵐を避け続けるブラックモア。クマが取り囲んだ凶眼は、目の前のエンハウンスを嘲る。

脳天を狙った唐竹割。だが、それを左斜めによけ、なおかつ同時に飛び込んでくるブラックモア。

左腕の黒き爪が、エンハウンスの右横脇腹を狙ってきた。その余りのスピードに、薄紫色の怪人の手が伸びたかのように見える。

「『Saide』!!」

魔剣アヴェンジャーの超抜能力の発動。血脈のようにエンハウンスの体を包む魔剣の有機素体。それと同時に左手の聖葬法典が動く。

彼はおそらく、その防御でブラックモアの爪を止め、至近距離からの弾を食らわそうとしたのだろう。だがそれは最悪の選択だった。

「ダメです!!」

シエルの叫びは遅すぎた。

本来、体を防御するはずの有機素体は、ブラックモアの腕をゴム手袋のようにつつむ薄紫半透明の空間によって、消滅させられた。

エンハウンスは忘れていた。死徒の固有結界及び、超抜能力を一切キャンセルすることが出来る、ブラックモアの固有結界『ネバーモア』の存在を。

爪がエンハウンスの肉体に迫った。彼は体を背後にのけぞらせ、何とか致命の一撃は防ぎ、その代償に裂傷をつくる。

その刹那、ブラックモアの右腕が風きり音をたて、エンハウンスの頚動脈を狙った。筋肉の集塊の頂点に立つ、黒き爪が迫る。

左腕を咄嗟に上げ、聖葬法典の銃身でその一撃を防ぐエンハウンス。

「キュルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

ブラックモアの嬌声と連動するように、隆起した豪腕の力。身も凍るパワーで、エンハウンスは聖葬法典ごと吹き飛ばされた。

壁側面に叩きつけられ、瓦礫まみれになったエンハウンス。ブラックモアは、好機とばかりに彼に飛び掛かる。

それと同時に、白き槍の矢が、空中のブラックモアの体を貫いた。その打ち出されたスピードとともに、怪人は壁に肩を磔にされた。

第七聖典。輪廻転生を否定した教義が刻み込まれたパイルバンカーが、エンハウンスを救ったのだ。

カソックを脱ぎ、戦闘服を身に纏ったシエルが、エンハウンスに駆け寄る。

彼を両腕で抱き起こそうとしたシエル。だが、それは彼自身の手によって遮られてしまった。

「……シエル、てめぇ、余計なことするんじゃねぇ!!」

血走った双眸で、エンハウンスはシエルを睨みつける。

「何を言っているんですか!?そんな煮え繰り返った頭で、ブラックモアは倒せませんよ!!あなたの気持ちはわかりますけど、このまま……!!!!」

エンハウンスは強引に肘をあてシエルを突き飛ばした。瓦礫を払って立ち上がり、ブラックモアに向けて魔剣を再び構える。

「先輩!!」

「シエルさん!!」

廊下に倒れこんだシエルに、志貴とアルトルージュが駆け寄った。志貴はエンハウンスの理不尽な態度に怒りを覚える。

「おいエンハウンス!!どういうつもりなんだ!!」

エンハウンスには志貴の怒号も聞こえていない。彼の視界にあるのは、磔のなったブラックモアただ一体のみ。

シエルをアルトに任せた志貴は、エンハウンスのむなぐらを掴み、食って掛かる。

「……なんなんだよ!!頭に血昇らせやがって!!全然オマエらしくないじゃないか!!」

「……うるせぇ。」

むなぐらを捕まれたまま、エンハウンスは呟く。尋常でないその様子に、志貴の背中に一雫の冷や汗が垂れた。

「……うるせぇ!!てめぇらには関係ねぇ!!あいつだけは!!あいつだけは!!俺が仕留めなきゃ意味がねえんだ!!」

魔眼をぎらつかせたエンハウンスは、そのまま志貴を振り払い、ブラックモアに斬りかかる。

だが、ブラックモアは速かった。志貴たちともめている最中に、すでに彼は自分を拘束した槍を引き抜き、その場を退避していた。

そのタイミングは絶妙だった。逃げる瞬間を、魔剣アヴェンジャーの斬撃がやってくるのと同時にあわせたのだ。

虚をつかれたエンハウンス。振り下ろした魔剣は怪人を捕らえていない。ブラックモアは、天井に蝙蝠の如く張り付いていた。

両腕を天井に食い込ませ、ブラックモアは細面の凶相を歪めて笑った。

「ヨワイ。オマエ。ヨワイ。」

憤怒は噴火寸前の火山の如く、エンハウンスの身を焼き焦がす。体を震わせエンハウンスは叫んだ。

「……この化けガラスがぁ!!」

左腕から繰り出された聖葬法典が閃光を放つ。その散弾に刻まれている教義は『原点回帰』。

人間から外れた存在である死徒を、神の名において元の存在(人間)に戻す。

そう言えば聞こえは優しいが、復元呪詛を完全に無効化し、完膚なきまでにその肉体を消滅させる、対多数死徒用の恐るべき概念武装だ。

天井から降下するブラックモア。その落下スピードにあわせてエンハウンスに襲い掛かる。

弾は当たらない。怒りで我を忘れているエンハウンスは、照準をブラックモアに合わせることが出来ない。

彼の左手から白煙が上がり始める。てこずっている間にも、浄化は容赦なく無情に進む。

「畜生ぉお!!」

エンハウンスの悲痛な叫び。それと同時に怪人の左手が、彼の顔を掴んだ。

その勢いで後ろに倒れ、聖葬法典を手放してしまったエンハウンス。怪人に上乗りされた。怪人を振り払おうと、魔剣で斬りかかる。

だが、空いている右手を鞭のように唸らせ、ブラックモアは魔剣を弾いた。魔剣アヴェンジャーが、むなしい落下音を立て床に転がる。

エンハウンスは己の得物を失ってしまった。それは敗北。概念武装と魔剣を奪われた『復讐騎』に、もはや勝ち目はない。

「キュウルルルルルルアアアアアアアアアアア!!!!ヨワイ!!ヨワイ!!ヨワイ!!」

ブラックモアは勝利の雄叫びを狂い叫び、狂喜と狂気の赴くままに、エンハウンスを爪で嬲り始めた。

漆黒の爪は、赤のオーバーコートを切り裂き、彼の顔を引き裂き、肉という肉を抉りたおす。

あえて止めは刺さない。ブラックモアにとって、観念した獲物をいたぶる時間が、どんな快楽よりも遥かに勝る快感なのだ。

あっという間に鮮血が、中央廊下の赤いカーペットを汚していく。

志貴はもう見ていられない。たまらずエンハウンスを助けに飛び出そうとした。だが、シエルが肩を掴んでそれを止めた。

「先輩!?どうしてだよ!?あいつ、あのバカ……、あのままだと殺されるぞ!!」

「わかっています。」

シエルは、苦渋が抑えきれず、唇をかみ締めていた。だが、それでも彼女は志貴を止めた。

「……トオノくん。あれは彼の懺悔なんです。」

眼前で繰り広げられる壮絶な光景。ブラックモアの爪に容赦などは微塵もない。エンハウンスは、うめき声ひとつあげずに、ただひたすら嬲られていた。

「なんだよ、懺悔って……。」

「ブラックモアは彼の仇敵です。その眷属に、彼の家族は殺されました……。」

シエルの淡々とした口調。ただそれとは裏腹に、目には涙を湛えている。シエルの志貴の肩を握る手には力が篭っていた。

「……不器用なのよ。彼。」

アルトルージュも、いつの間にか志貴の隣にいた。彼女も目を赤くしながら、嬲られつづける男を見ていた。

「『月飲み』は強いわ。
倒せないとわかったから、彼は自分に痛みを与えて、そのときの奥さんと子供の気持ちを少しでも分かち合おうとしているのよ。
今の彼には、それしかできないから……。」

言い終わると、途端にアルトルージュの頬に涙が伝う。

エンハウンスが吸血鬼に激しい憎悪をぶつけるきっかけとなった、過去の忌まわしい記憶。

目の前で、妻と子を喰われた、そのときの男の慟哭。

目の前の仇敵に、一太刀もあびせることが出来ない、男の苦悩。

その憎き敵の攻撃をただひたすら受けつづける、男の自らに対する拷問。

それはまさに、壮烈な懺悔だった。

「そんなの、ひどいよ……。」

アルクェイドは立ちあがってきた。驚いた志貴は、ふらふらの彼女を支える。

「……どうして?……ちょびヒゲが何したっていうのよ……。どうして……。」

「アルクェイド!!だめだろ、寝てなくちゃ……。」

「……そんなのないよ。……ちょびヒゲぇ。……もういいよ。……もうやめてぇ。……死んじゃいやだよ!!」

血に染まるエンハウンスの顔には、もう憤怒はない。彼の目は穏やかだった。

―― 姫君。泣くなよ。

「……エンハウンス。」

――アルトルージュ。いいんだ。

「……もう、いいです…!!エンハウンス!!」

――シエル。突き飛ばしてわりぃ。ごめんな。許してくれ。すまん。

彼の意識は沈んでいく。もう、ブラックモアの顔も、満足に見ることが出来なかった。

「キュルルルルアアアアアアア!!オマエ!!アキタ!!シネ!!シネ!!シネ!!」

――化けガラス。てめえは地獄に落ちろ。ちくしょう。

ブラックモアの右腕の筋肉が盛り上がる。体を貫こうとする止めの一撃。

俺は死ぬ。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた彼の覚悟。エンハウンスは目を閉じた。

その刹那、金属の衝突音。ブラックモアの爪は、エンハウンスの顔を捉えることはなかった。短き銀色の刀身は、ブラックモアの黒き爪を防いだのだ。

『七つ夜』。『真祖の騎士』遠野志貴が、『死徒殺しの怪人』の前に立ちはだかった。蒼の双眸は、ブラックモアを捉える。

ブラックモアは瞬時に理解した。――この男はまずい――。彼の野生の勘が自らの危機を告げた。

「オマエ。ツヨイ。コワイ。コワイ。コワイ。キュルルルルアアアアアアアア!!!!」

「黙れよ、化け物。」

殺人貴は両腕を添えて、怪人の怪力に対抗する。ブラックモアは一端距離をおき離れる。エンハウンスは憔悴しながらも、上体を起こした。

「……志貴。」

血だらけの相棒に、志貴は背中を見せたまま。

「おまえ。バカだな。」

「あんだとてめぇ!!」

「懺悔なら、生きながらやれよ。おまえ一人でできないなら、俺も加わる。」

エンハウンスの顔に生気が戻ってきた。

「アルクェイドも、アルトルージュも、シエル先輩もおまえのことが好きなんだよ。あいつをみんなで倒せばいい。チームってそういうことだろ。」

背中越しの志貴の言葉。エンハウンスは、バツが悪そうに笑った。

――そうだな。おまえらいるもんな。

「意地っ張りはここまでだな……。おまえが一番頼りになるぜ。相棒。」

「まかせろ。」

志貴は、ブラックモアの『死』を凝視する。奴の『点』は、側頭部。『七つ夜』を構える。対峙する『真祖の騎士』と『月飲み』。

ブラックモアも、お決まりの四つん這いとなり、新たな獲物に狙いを定めた。狂喜は恐怖を凌駕したのだ。

「キュルルルルル。コワイ。コワイ。デモ。ニンゲン。オマエ。カテル。カテル。キュルルルルルルアアアアアアアアアアアアア!!」

「鬱陶しいよ、おまえ……!!」

2人は同時に飛び出した。その隙に壁に寄りかかるエンハウンスに、シエルたちが駆け寄ってきた。

シエルは、ポケットからタオルを取り出し、彼の血だらけの顔を拭く。

「焼きが回りましたね。エンハウンス。」

血をふき取るシエルの手。それを見ながら、エンハウンスは観念したかのように呟いた。

「そうだな。ヴラドの台詞を借りれば、『オイタが過ぎる』ってやつか。」

ケタケタ笑うエンハウンス。それをみたアルク・アルト・シエルは、顔がほころんだ。

「シエル、志貴を助けてやってくれ。あの化けガラス、あいつひとりじゃ手に余る。」

「もちろんです。」

血を吹き終えたシエルは、第七聖典を両手で構える。

アルクェイドは満身創痍。アルトルージュの固有結界は効かない。彼女の出陣は必然であった。

そのことはとっくに理解しているアルクとアルトは、何も言わずに彼女に託す。

「ただしエンハウンス。アルトルージュさんとの件、後でちゃんと説明してくださいね……。」

「!!……は、はひ!!」

シエルの氷の嫉妬と微笑。突き飛ばした一件もあり、もはや彼女には逆らえない。エンハウンスは石のように固まってカクンカクンと頷いた。


第七聖典の照準は、志貴と交戦中のブラックモアを狙う。だが動きが速い。先で仕留められたのは、ブラックモアが跳躍していた瞬間を狙ったからだ。

殺人貴と怪人の素早い斬撃のラッシュ。そこに安易に打ち込めば、志貴も巻き込む恐れがある。

「キュルルルルルルアアアアアアアアアア!!!!」

「くっ!!」

時間は猶予を許さない。ブラックモアの圧倒的な敏捷性に、さすがの七夜の3次元運動能力も追いつめられていた。着々と志貴に忍び寄る『死』の足音。

確実に志貴に迫る、黒い爪と豪腕の脅威。シエルは決断した。

第七聖典の槍を、志貴の腹めがけて打ち出したのだ。驚きと共に、それを避け彼はバランスを崩す。

ブラックモアの顔が狂喜を極めた。好機とばかりにブラックモアは、志貴に飛び掛った。それがシエルの狙い。

パイルバンカーの矢は素早く次弾装填されており、白い槍がブラックモアの左肩を、再び壁に磔にしたのだ。感嘆したエンハウンスの口笛が鳴る。

「キュルルル!!イタイ!!イタイ!!」

苦痛に歪む細面の凶相。ブラックモアは右手で槍を引き抜こうとする。だが今度は抜けない。その後端がコスモスのように開き、完全に拘束したのだ。

「トオノくん!!今です!!」

「うおおおおおおおお!!」

よろけた体をかろうじてととのえた志貴は、ブラックモアの『死』にめがけてナイフを振り下ろす。

「イタイ!!イタイ!!キュルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!!」

突如、肉がちぎれる音。ブラックモアは命の危険を察し、左肩をもぎ取りながら退避したのだ。

だが、逃げおくれた左手が『七つ夜』の餌食となる。苦痛と共に床を転げまわるブラックモア。

「ナンデ!?ハエナイ!?ハエナイ!?キュルルルルアアアア!!イタイ!!イタイ!!」

奇しくも志貴が切断した左手は、『死』の『線』と重なっていた。いつまでも復元しない左手を凝視し、ブラックモアは叫びまわる。

志貴は転げまわる化け物に一歩一歩近づいた。止めを刺すために。

「もういいよ、おまえ。『死』ね。」

ブラックモアの頭部めがけて『七つ夜』が振り下ろされる。

だが、突如現れた虹色の螺旋と共に、その刃を、硬質化した羽扇が防いだ。

「ここは退くのです!!ブラックモア殿!!」

リタだ。彼女は再び志貴の前に姿をあらわし、ブラックモアへの致命の一撃を防いだ。

「オマエ!!ナンダ!!オマエ!!」

「時間切れです!!ヴラドとシュトラウトが死者を片付けてしまいましたわ!!お早く!!」

手のない左腕をつかまれ、味方だと判断したブラックモアは、リタの求めに大人しく応じた。

ブラックモアとリタの周囲が、虹色とオーロラの螺旋に包まれる。

「おほほほほほほ!!またもや敗れてしまいましたわね。
しかし今回、ブラックモア殿を仕留められなかったのは大きな痛手ですわよ!!ゆめゆめ油断なさらぬように!!おほほほほほほ!!」

焼け焦げた中央廊下に響き渡る、リタ・ロズィーアンの笑い。志貴は歯を食いしばり、芸術家を睨みつける。

「キュルルルルルルルルルルルル。」

「化けガラス……。かりは必ず返すぜ……。」

苦痛にうめくブラックモア。逃げ去ろうとする『復讐騎』最大の敵。エンハウンスは唇を噛む。

「あんた!!」

「おほほほほほほほ!!ではごきげんよう『真祖の騎士』。タイトル『華麗なる敗走』。おほほほほほほほほほほほほ……」

虹色とピンクの螺旋が立ちのぼり志貴を遮ると、『黒翼公』と『芸術家』は姿を消した。



「『敗走』……。まんまじゃねえか。」

リタの捨て台詞に、エンハウンスは素直な感想を漏らした。

「姫様!!」

「志貴く〜ん!!姫様〜!!」

シュトラウトとヴラドが戻ってきた。死者は全員屠ったらしい。

彼らの眼前に広がるのは、焼け焦げた中央廊下。ぶっ倒れているアルクェイドと魔犬。グロッキーなエンハウンス。などなど。

シュトラウトはエンハウンスの傍らにいるアルトルージュに駆け寄った。

「……姫様。よくぞご無事で。」

「ええ。おかげさまで。」

アルトの視線は、傍らで項垂れているエンハウンスに注がれていた。それに気づいたシュトラウトは少し嫉妬する。

「……何があったかはしらんが、無様だな片刃。」

「うるせぇタコ。いろいろあったんだよ……。」

ふてくされるエンハウンスを、呆れた様子で見下ろすシュトラウト。ため息が漏れた。

「志貴く〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

そして志貴に近づく最大の脅威。薔薇を両手に携えた金髪白スーツのホ○が来る。

志貴は音速で逃げた。だが、死徒二十七祖第8位の脚力は驚異的。ヴラドにすぐ捕まり、マウントポジションを取られた。

「うわあああああああ!!たすけてー!!きもいよー!!」

「もう僕、君にぞっこんだよ!!さあ僕の愛を受け取っておくれ!!」

泣き叫ぶ志貴を捕まえつつ、上着を脱ぎ始めるヴラド。もう襲う気満々である。

刹那、ヴラドの頭が切り裂かれ、オマケに槍が打ち込まれた。空想具現化と第七聖典の同時砲撃。ヴラドはガックリと倒れる。

「……はぁ。はぁ。志貴に手を出したら殺すっていったでしょ!!変態!!」

「おぞましいにも程がありますね……。最優先浄化事項です!!」

ヴラドの魔の手から何とか脱した志貴は、血だらけの相棒のもとに駆け寄った。彼は、エンハウンスに最初に言わなければならないことがあった。

「わるい……。あいつを逃がした……。」

もう少しのところで逃がしてしまった慙愧の念が志貴の頭を駆け巡る。だが、エンハウンスはそれを吹き飛ばすかのように笑った。

「ハッ。おまえさんが謝る事じゃねぇよ。俺の力量が足りないばかりに迷惑かけた。謝るのは俺のほうさ。」

志貴は拳をエンハウンスの前に突き出す。

「今度は倒そうな。エンハウンス。」

エンハウンスも彼の拳に合わせた。

「ああ。弔い合戦に付き合ってくれよ。志貴。」

彼らは誓約した。ブラックモアを倒す。陳腐な言葉だが一致団結して。



だが、残されたナゾは多い。

なぜブラックモアは、『ガイアの怪物』を倒すことが出来たのか。あの超常的な再生能力は何なのか。

そもそも肉体を消滅させられ、魂魄を封印されたはずのブラックモアが何故肉体を持ちえたのか。

ただ、一つ確実にいえることは、ブラックモアは今までの敵のなかでも、最悪の凶暴性と身体能力を備えているということだ。

エンハウンスを圧倒したその膂力。侮れない。

そんな思慮を巡らすアルトルージュ。彼女の背中をアルクェイドが押した。

「何考えているのよ。アルトルージュ。」

「アルクェイドさん……。なんでもないわ。というかあなた体大丈夫?(フィナに空想具現化なんかつかって……)」

「なんとかね。……『月飲み』。厄介な相手ね。」

「ええ。彼には謎がおおすぎるわ。ブライミッツ・マーダーを倒した時点で、その力は第1階位を超えている。以前の彼では在りえないことよ。」

「古狸……。何か仕込んだみたいね。」

腕を組み、考え込む2人。そんな二人の様子に気づいた志貴とエンハウンスは、お互い顔を見合わせる。

「なんだよアルクェイド。もう仲直りなんてとっくにしているじゃないか。」

「ち、ちがうわよ!!今回はたまたま……」

「ハッ。仲良し姉妹はみていて気持ちのいいもんだな。」

「ちがうわ!!私はこの危なっかしい子を放っておけないだけよ!!」

ぷんぷん怒る黒と白のお姫様。男2人の笑い声は、中央廊下に響き渡った。





「キュルルルルル……。」

リタに担がれ、敗走中のブラックモア。リタは、この黒羽だらけの怪物を抱えていて、正直いい気分ではない。

「……おほほほほほ。ブラックモア殿。今回は予想外の要因が重なっただけのこと。気にすることはございませんわ。」

「オーテンロッゼ。ナゼイワナカッタ。」

リタは驚く。ブラックモアから突然発せられる理知的な声。それはいつもの野獣ではなかった。

「アオイメノコゾウ。ワレノ「シ」ヲミテイタ。ソノコトヲナゼイワナカッタ。」

この男、どうやらただの戦闘狂ではないらしい。

隠されたブラックモアの本性。未だ底の見えぬ『死徒殺しの怪人』。リタはほくそえむ。





―― おほほほほほ。まだまだ面白くなりそうね。


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