月影掘Act.3


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1: アラヤ式 (2003/06/20 18:11:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「久しいな。古き友よ……。新しい器の調子はいかがかな?」

ここは、死徒二十七祖第18位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼの居城。

ダイニングルーム。上座に腰掛けるトラフィムの真正面、10mの長さはあろうかというテーブルをはさんで、その男はすわっていた。

台車に運ばれてきた料理。それは人間。人の体を輪切りにし、皿に盛り付けたもの。

男はそれを見るや否や、その堀の深い顔と凶眼を見開いて、肉を貪る。

胴体に素手でかぶりつき、胆汁を啜る。大腸をソーセージの如く噛み千切る。白地のテーブルクロスが、食べカスと血で染まった。

トラフィムは、そのあまりに汚らしい様子に、ひび割れた松のような顔をしかめながらも、男と語り合う。

「ふははははは。全く相変わらずだな。やはりあの儀式以来、理性を喪失したままのようだ。
共に魔術を探求し、お互い高みへ昇ろうとしたころが懐かしいわ。ふははははははははははは。」

食堂に響き渡るトラフィムの尊大な笑い声。並みの人間が聞けば、そのインパクトの強い声に、たちまち恐れおののいてしまうだろう。

だが、彼の眼前の野獣は、そんなことなど気にも止めずひたすら食事中。トラフィムは一方的な会話を続ける。

「古き友よ。貴公に頼みがある。」

男は食事を止めた。血塗れの口はそのままに、遠くの白髪交じりの老吸血鬼と、初めて目をあわせる。

「ナンダ。ナンダ。」

初めて聞く男の声。支離滅裂で2重音。胃の底が暗黒のマグマで煮えたぎっているかのような、おぞましさをもつ。

それに反響するかのように、それまで無表情だったトラフィムは、目が血走って顔が紅潮し、煮えたぎる憎悪を隠さない鬼の形相を現した。

握りこぶしをつくり、なおかつそこから彼自身の血が垂れている。憎悪は痛みをはるかに凌駕しており、自身はそれに気づいていない。

「……余に、この純然たる吸血種の頂点たる余に……!!耐えがたい恥辱を与えた下郎どもを、貴公に始末してもらいたい!!
奴らだけは、奴らだけは……!!地獄のありとあらゆる拷問に任せることすら生温い!!
二度と日の目をみられないように、完膚なきまでに滅殺し、抹殺し、塵のいっぺんも残さずに消してもらいたいのだ!!」

彼の怒りに震える拳はテーブルをたたきつけ、大穴をつくってしまった。我に返ったトラフィムは、少し落ち着きを取り戻す。

向かいの男は、黒い墨を眼の廻りに塗ったような凶眼を細めて身を乗り出す。漆黒の爪が、テーブルクロスを引き裂いた。

「ナンビキ?ナンビキ?ナナナナンビキ???」

「……4匹だ。場合によってはプラス4匹。」

「オオイ!オオイ!」

意外なことに、男は野獣そのもののような姿とは裏腹に、自分と相手との戦力差を冷静に判断できる頭脳を持っていた。

トラフィムは顔を歪めて笑った。彼は確信する。戦闘に関してのみをいえば、凶暴さと理性を兼ね備える、この男ならやれると。

「ふはははははは。案ずるな、古き友よ。『第3の権利』を保持する貴公なら可能だ。それに今回は、Brunestudも貴公の標的だ。」

それを聞いた瞬間、男は立ち上がり、天にそのおぞましい眼を向け、けたたましい狂喜をあらわにした。

「キュルルルルルルルアアアアアアアアアア!!!!ブリュンスタッド!!ブブブブリュンスタッド!!ヤル!!ソレ!!ヤル!!」

ダイニングルームに響き渡る金切り声。トラフィムも、それに肉薄するように尊大で豪奢に笑う。

「ふはははははははははは!!さすがは古き友。ナルバレックと密約したかいがあったというものだ。
お膳立てはすでに整えておる。リタをアルトールージュの所へ向かわせた。腹拵えもしただろう。いくがよい。」

漆黒の羽を全身に散りばめた男は席を立つ。そしてトラフィムに振り向き、暗緑色の魔眼をぎらつかせる。

「カリ。カリオワッタラ。ヤクソク。ヤクソク。」

「わかっておる。貴公の完全開放であろう?誓約しよう。二十七祖の王、トラフィム・オーテンロッゼの名にかけてな。
武運を祈るぞ。『死徒殺しの怪人』。」

それを聞いた男は、四足で獣のように走り去り、ダイニングルームを後にする。トラフィムは拳を頬に当てる。彼のその表情、まさに老獪。

「忌々しい吸血姫ども。汚物まみれの海のなかで、血反吐を吐きながらもがき苦しむがよい!!ふはははははははは!!」




一瞬の出来事だった。

その男は、リタたちと交戦中の志貴たちのいない間を狙い、玉座の間にいるアルトルージュ、アルクェイド、シエルを襲撃した。

アルクェイドはとっさに、空想具現化で男を縦3パーツに分解しようと、右腕を振りぬき、空気の断裂を放った。

だが、その男は蜥蜴のような四速歩行の圧倒的な速さでそれを回避し、彼女の懐にあっという間に飛び込んだ。

そして今、漆黒の爪と、筋肉の節々まで確認できる豪腕が、彼女の腹を貫いていたのだ。

アルクェイドは壊れた人形のように、ピクリとも動かない。

「アルクェイド!!……くッ!!」

シエルが男の頭部に向けて、黒鍵を3本放つ。男は、頭を少しのけぞらせるだけでそれをよけた。

だが、同時に飛び込んでいたシエルの空中右回し蹴りが、男の左側頭部に炸裂。

よろける男。シエルはアルクェイドを貫いていた腕から、彼女を開放した。

男は、突然の予想外の蹴撃に、よろよろと立ち上がり、憎悪の視線をシエルに向かって叩き込む。

「……オマエ。イタイ。キュルルルルルルルルルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

漆黒の羽を全身に散りばめ、肌は薄紫色。眼の色は暗緑色。堀の深い細面の凶相。突き出た鼻。無造作な長い髪。

死徒二十七祖第16位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。襲来。

おびただしい出血のアルクェイド。顔面蒼白で息が荒い。

シエルに両腕で支えられている彼女に、アルトは駆け寄る。アルクェイドの傷の深さに思わず狼狽した。

「いや……!! やだ!!しっかりして!!」

涙目の彼女に向かって、アルクェイドは笑顔を無理やりつくる。

「……えへへ。アルトルージュいじめたバチがあたっちゃったのかな?さっきは……ゴメンね。
で、でも大丈夫。わたしは吸血鬼だよ……これくらいじゃ……」

「もういいのよそんなこと!!それにあなた今弱っているのよ……!!お願い、しゃべらないで……。」

血塗れの白のハイネック。その上で彼女は嗚咽を漏らす。黒のレースが赤に染まる。

しゃべる間にも血をとめどなく吐き続けるアルクェイド。彼女の体組織の再生は、著しく遅れていた。

吸血衝動抑制と、再生にまわす彼女の力のパワーバランスは、片方に重りを載せすぎた天秤の如く崩壊寸前なのだ。

シエルは、カソックのスカートを破いて、アルクェイドの腹をぐるぐる巻きにした。

「このアーパー吸血鬼!!……少しは自分の体のことを考慮してください!!トオノくんを悲しませたら絶対許しませんからね……!!」

叱責するシエルの目も涙を称えていた。だが、敵は待ってはくれない。口から黒い瘴気を垂れ流し、3人に近づく狂気の怪人。

ブラックモアは知っている。ケガをした仲間に駆け寄る獲物こそ、一番狩りやすい。

再び四つん這いとなり、身をかがめるブラックモア。彼の狙いは3体。飛び掛ろうとする。

だが、魔犬が怪人の前に立ちはだかった。垂れ耳の白い犬は、体長5mの熊の如き怪物にすでに変態していた。

漆黒の瞳。鋼の白毛。鎌の如き爪。剣の牙。魔犬の重量で床のレンガが軋む。

ブラックモアは理解した。この犬は強大だ。

「オマエ。イイナ。ツヨイ。イイ!!」

「グルルルルルルルルルルルルルルル。」

唸り声を上げ、怪人を牽制する魔犬。金切り声をあげながら、狂喜に打ち震える怪人。2匹の野獣は牽制し、均衡する。

「……ブライミッツ・マーダー。」

白の山脈のような犬の背中をみながら、アルトルージュは理解した。

―――ニゲロ。

ブライミッツ・マーダーに隠された強固な意志。その精悍な瞳は、彼女に決起を促した。

「シエルさん。逃げましょう。アルクェイドさんは一刻を争う容態です。ここでは治療に専念できません。」

「……わかりました。」

シエルとアルトルージュはアルクェイドを2人で抱え、玉座の出口まで駆ける。

魔犬はアルトには振り向かなかった。ただ、その大きな背を彼女に見せたまま。アルトは涙を吹き払ってその場を後にした。

その直後、爆音と轟音が玉座の間を揺るがす。魔犬と怪人は激突する。



城の中央廊下。

アルクェイドは仰向けに寝かされ、シエルの治療術式を受けていた。

しかし、血は止めたものの、体内のダメージが酷く、彼女の体をこれ以上動かすことはできない。

アルトルージュはアルクの手を隣で握りながら、己の無力さに打ちひしがれていた。

息を荒げて苦しむアルクェイドを見ていることしか出来ない。ブライミッツ・マーダーやシエルに頼ることしか出来ない。

「……私、私、この子の傷を今、癒してあげることすらできない……。
私、弱いよ……。『助けてあげる』なんてえらそうに言っておいて……。この子死んだら、志貴くんになんていえばいいの……。」

一通り治療を終えたシエルは、白い頬をとめどなくぬらすアルトの額を、指で小突く。

「何馬鹿なこといっているんですか。また感情高ぶらせて、空間ボンボン爆発されたらたまりませんよ。
治療はもう終わりました。アルクェイドは安静にすれば回復します。それに、今回のことは不可抗力です。」

泣き止まないアルトルージュの頬に、シエルの人差し指が触れた。彼女のひんやりとした体温が、アルトルージュの頬に伝わる。

「無力なんて当たり前ですよ。誰かの助けなしで生きていける生物なんて存在しないんです。
それを補い合うために、仲間がいるんでしょう?それさえ自覚していればいいじゃないですか。
まっ、どっかのヤサグレの受け売りですけどね。」

人差し指を離して、シエルは微笑んだ。彼女の柔らかな表情。

アルトルージュは彼女の背後に、彼の姿を見た。だがそれは幻覚。ふって沸いてすぐ消える。

エンハウンスは、志貴ともに死者の軍勢と血みどろの戦いの最中。彼はここにはいないのだ。

顔が曇るアルトルージュの肩に手をおくシエル。

「大丈夫ですよ。『ガイアの怪物』が、たかだか第2階位のブラックモアに敗れることなんてありえません。
トオノくんも、ヴラドもシュトラウトも、すぐに駆けつけてくれますよ。あのヤサグレも。
そうすれば、みんなで袋にしてそれでお終いです。 」

シエルは信じていた。彼らは強い。どんな敵だろうが負けない。そう信じていた。

アルトルージュは、彼女のみせる真っ直ぐな瞳が、少し羨ましい。

だが現実は、爆音と共に無情にやって来る。

「ヨワイ。ソンシタ。ヨワイ。」

中央廊下の突き当たり、先にアルトルージュが逃げてきたところから、黒の怪人はやってきた。

シエルとアルトは驚愕する。ブラックモアの右手は、魔犬の頭を鷲掴みにしていたのだ。全身からの出血で、白き魔犬は真っ赤に染まっていた。

敗れた。霊長の殺人者であり、事実上最強の存在であるブライミッツ・マーダーは、怪人に敗北したのだ。

「……そんな!!」

「……い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アルトルージュはそれを見た瞬間、左手を前方にかざす。突如、紅い閃光と爆炎がブラックモアを中央廊下ごと飲み干した。彼女の固有結界である。

吹きすさぶ余波の突風で、調度品などはすべて吹き飛び消し飛んだ。シエルはアルクェイドを庇い、身を低くおいた。

死徒二十七祖第9位の実力。並みの吸血鬼ならば跡形もなく消滅するほどの威力であろう。

だが、ブラックモアはまったくの無傷だった。衣装の羽一本さえ焦げていない。

「信じられません……。あれは、噂以上です……。」

シエルはブラックモアのことを、ナルバレックから聞いたことがある。

埋葬機関の地下室に封印された、魔術の探求の末に死徒になった者の話を。

ブラックモアの体の周りを、薄紫色半透明の真球が包んでいる。そこに包まれた物体は、アルトの爆炎の影響を一切受けない。

死徒に関する事象をすべて無効化する、魔術兼固有結界『ネバーモア』。これが『死徒殺しの怪人』と呼ばれる所以である。

アルトルージュはそれを知っていたかのように動揺しない。金色の魔眼を煌かせ、ブラックモアと対峙する。ブロンドの髪が揺れる。

彼女の脳裏に、アルクェイドと魔犬が浮かぶ。

もう、己の無力さに打ちひしがれていた少女はいない。

そこにいたのは、血と契約の支配者、アルトルージュ・ブリュンスタッドだった。

「……『月飲み』。その子を離して。」

金色の魔眼が輝きを増す。その目は眼前の外道を睨む。怒気。彼女のから繰り出され、突き刺さる殺気の刃。

「オマエモブブブブブリュンスタッド。サッキノヤツヨワカッタ。オマエハ?」

ブラックモアには、そんな圧力すら狂喜の一部になるのか。

「ブリュンスタッド!!ブブブブブリュンスタッド!!キュルルルルルルアアアアアアアア!!」

ブラックモアは右手を強引に振り、魔犬をゴミのように投げ捨てた。シエルは咄嗟に反応し、原形に戻った犬を抱きとめる。

「あなたって人は……!!」

アルトルージュの怒りは頂点に達する。かろうじて『第2段階』は防いでいるが、どこまで持つかわからない。

平静をなんとか保ちつつ、シエルに魔犬を任せる。彼女の瞳には、自らを庇い傷ついた犬の姿と、それに対する悲哀の光が写し込められていた。

目の前の怪人は、歓喜と狂喜でそのおぞましい凶相から一転、何かを思い出したかのように目を見開いた。

「???オマエ????オマエ!!オモイダシタ!!オモイダシタ!!ムカシオマエ、オレヲコロシタ!!
オマエツヨカッタ!!クウカンフキトバス!!ツヨカッタ!!キュルルルルルルルルアアアアアアアアアア!!!!!!」

両手を宙に掲げ、狂喜に浸るブラックモア。アルトルージュは無表情で佇む。

「そうよ『月飲み』。私は貴方を殺したわ。貴方は昔、大勢の死者を引き連れて山間の村々を蹂躙していたでしょ。
あなたの行為に耐えかねた私が、自ら粛清したのよ。もっとも、あなたにそれを覚えていられる知性があったのね。」

アルトルージュは挑発する。だが、

「デモヨワイ。」

会話はかみ合わない。というか、ブラックモアは最初から話を聞いてなどいないのだ。

「イマノオマエ、ヨワイ。カテル。カテル。カテル。カテル。カテル。カテル。
カテル!!キュルルルルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

ブラックモアは飛び掛る。彼を纏う黒き羽が飛び散る。

その薄紫色の肌に光る黒き爪。先にアルクェイドの腹を貫いた凶器だ。

「話しをしても無駄のようね……。もっとも、もうする気もないけど。」

アルトは咄嗟に後方にジャンプした。豪腕が唸る怪人の、足元を狙った一撃は、床をプリンのように抉り取る。

そしてすぐに第2撃。左腕の爪が、退避したアルトの顔を狙った。彼女はそれを逆手にとった。

たなびく金髪と共に、ブラックモアの左腕をかわし、それを両手で掴むと、自らの体重をブラックモアに預け、後方に叩きつけたのだ。

轟音と共に後頭部を叩きつけられたブラックモアは、さすがに苦痛のうめきを漏らした。

「キュルルルルルル!!イイイイイタイ!オカシイ!オオオオマエ!!マエハ!!コンナノナカッタ!!」

怪人にマウントポジションをとったアルトは、右腕を振り上げる。

「『月飲み』。これで2度目ね。さようなら。」

彼女の華麗な右スカイフックは、ブラックモアの顔面を粉々に砕いた。焼け焦げた中央廊下に、肉片の赤い花が散る。

痙攣するブラックモアの死体に一瞥もくれず、彼女は立ち上がる。髪を掻き上げ、アルクェイドのところへ戻った。

黒いレースセーターに血と肉のグラデーション。窓から照らす月の光は、黒の姫君を、鮮やかに、色やかに照らし出した。

彼女の華麗な戦闘に見とれていたシエルは、我に帰った。

第9位アルトルージュ・ブリュンスタッドの底力に、彼女は感嘆のため息をもらす。

「……すごいですね。身体能力で魔犬を上回ったであろうブラックモアを、近接格闘で倒すなんて。」

ブラックモアに死徒の固有結界及び、超抜能力は一切通用しない。それを咄嗟に判断したアルトルージュの機転の勝利であった。

「シエルさん、ブライミッツ・マーダーは大丈夫ですか?」

アルクェイドの隣で同じように横たわる魔犬。傷は大分回復していた。

「あなたもご存知のとおり、このワンちゃんは仮にも『ガイアの怪物』と呼ばれている超々越種です。
私の治療なんて、消毒くらいでほとんど必要ありませんでした。」

それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろすアルト。魔犬の白いおなかを、労わるようにさする。

「思い出してもゾクゾクします。とくに最後の右スカイフック……!!??」

シエルの表情は急に曇る。アルトルージュのフィニッシュブロー。それはエンハウンスがトラフィムを沈めたときのそれだったのだ。

未だわからぬ彼女とエンハウンスの関係。この喜ぶべき状況に不適切だとはわかっている。だが、気になる。

アルトルージュはそれを察し、突っ立ったままのシエルの手を握り締めた。

疑念と焦燥が渦巻く彼女に、少女は目をそらさず、真っ直ぐ見据えて切り出した。

「……彼は昔、」

「キュルルルルルルアアアアアアアアアア!!!!」

突如、響き渡る狂乱の叫び。それに驚いたシエルとアルトルージュは振り向く。さっきまで怪人の死体があったはずの方向へ。

口から瘴気をたち昇らせる怪人。小豆のように飛び散ったはずの細面の顔は、完全に元の凶相を取り戻していた。

在りえない。頭部を完膚なきまでに破壊したはずのアルトの一撃。通常の死徒なら再生は不可能。

シエルは、信じられない光景に戸惑いを隠しつつ、黒鍵を両手に構え、警戒する。

「どういうことですか!?なぜあの状態から復元を!?」

「……わかりません。でも彼は魔術の探求の末に死徒になった数少ない一人。
ブライミッツを倒したことといい、何かタネがありそうね。」

アルトは目の前の怪人を睨みつける。

状況は悪い。アルトルージュの固有結界は一切効果が無い。先の攻撃を繰り返しても、おそらく又再生してくるだろう。

彼女たちの後ろには、まだ倒れたままのアルクェイドと魔犬がいる。逃げられない。

再び胎動し始める、狂喜と狂気の交響曲。指揮者は、無造作な髪を振り回す『月飲み』。

「キュルルルルルル。オマエ。タノシイ。イイ。タノシイ。
デモ。ワレ。シナナイ。オマエ。シネ。キュルルルルルアアアアアアアアアア!!!!!」

野生の虎をおもわせる跳躍で、ブラックモアは飛び掛る。今度は両腕の黒き爪が2人を同時に狙った。迫る死徒殺しの怪人。

その刹那、彼女たちの眼前に、見慣れた有機的装飾が飛び込んできた。

彼女たちの頭上を軽やかな跳躍で飛び越えた男。怪人に立ちはだかる『剛』の魔剣アヴェンジャーが、猛る爪を防いだ。

エンハウンスは間に合ったのだ。

「ナンダ!?オマエ!?ジャマ!!?」

エンハウンスの右腕に力がこもる。魔剣の圧倒的パワーでそのままブラックモアをなぎ払い、中央廊下の突き当りまで吹き飛ばした。

絶体絶命から一転。安堵で思わず、笑顔がほころぶシエルとアルトルージュ。

「先輩!!アルトルージュ!!……アルクェイド!!」

同じく後方から志貴も駆けつけてきた。彼は、横たわるアルクェイドに気づいた。

アルクの腹にぐるぐる巻きにされている包帯。それをみた彼に、最悪の予感が過ぎる。

すぐに両手で抱きかかえ、人形のようにピクリとも動かないアルクェイドを揺さぶった。

「おい、しっかりしろ!!どうしたんだよ!!目を開けてくれよ……!!」

返事が無い。志貴の顔はみるみる青ざめる。たまらず、彼女をきつく抱きしめた。

「……勝手に逝くなよ。……約束しただろ、死ぬときは一緒だって……。ばか女……。」

両腕で力いっぱい抱擁する。いつのまにか頬が濡れていた。

「えへへ。驚いた?」

志貴は目を白黒させる。聞きなれた声。アルクェイドは生きていた。

「痛いよ志貴。そんなに抱きしめられたら腹の中身飛び出ちゃうじゃない。」

「……驚かすなよ。……ばか。」

彼女の鼓動は止まっていない。両腕から感じるアルクェイドの体温。志貴はほっと胸を撫で下ろした。

そして彼は、魔眼殺しの眼鏡をはずす。蒼の魔眼は怒りに満ちる。

アルクェイドを抱く彼の見据える先は、吹き飛ばされ、憎悪を滾らせながらよろよろと立ち上がるグランスルグ・ブラックモア。

「……あいつがやったんだな。」

「うん。あいつ速いよ。気を付けてね。」

「ああ。」

アルクェイドをそっと床におき、彼は怪人の『死』の『線』をみる。だが、志貴はそこでおかしなことに気がつく。

シエルとアルトルージュが、凍りついたように止まったままだったのだ。

確かに命の危険にはさらされてはいたであろう。だがそれにしても、彼女達の表情は、恐怖に凍りつきすぎている。志貴が駆け寄る。

「先輩!アルトルージュ!!どうし……」

志貴は気づいた。

エンハウンスだ。彼は、深紅の魔眼に狂気と歓喜を織り交ぜた双眸で、阿修羅の如き憤怒を露にしている。普段ではありえない。

息使いが荒い。歯軋り、血走る目、魔剣を握る手は軋む。彼のなかの『死徒』が目覚めている。

「……どうしたんだよ!!エンハウンス!!」

志貴の声は、彼の耳には届いていない。

「〜〜!! エンハウンス、だめです!!落ち着いてください!!」

シエルの叫びも届かない。彼の目にはもう、ブラックモアしか写っていない。

―― ハッ。

―― 性悪女。今回ばかりは感謝するぜ。

―― コイツを解き放ってくれたんだからな。

『復讐騎』エンハウンスソード。このとき彼は、初めて自分を見失った。

「会いたかったぜ、化けガラス!!」

『半人半死徒の魔人』と『死徒殺しの怪人』。激突。


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