月影掘Act.2


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1: アラヤ式 (2003/06/18 16:37:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

そこは、地獄なのか。それとも、この世の終わりなのか。

体から暗蒼色の瘴気を立ち上らせる、骨格標本のような異形の兵士。

夜の闇を飛行する、朽ち果てた幽霊帆船から、次々とそれらは投下される。

剣と盾をもつ髑髏たちは、オーテンロッゼの死者たちを切り、断ち、えぐり、蹂躙する。

彼らが剣を振るえば、急所を確実に叩き、一撃で敵を仕留める。

彼らが盾をかざせば、襲いくる複数の死者の爪も、牙も、すべて最小限の動きで防ぐ。

彼らの動きは、死者の群れを中央突破し、小さな集団にしてそれを取り囲む。まさに、戦略、戦術、個人の技能。一個の強力な軍隊と呼べるだろう。


死者たちを撃破していくなか、志貴は、その異様な援軍に正直戸惑いを隠せなかった。

だがそれに構っているヒマはない。死者の女が彼の腹を爪で狙ってきた。「死」の「点」は女の左眼。

とっさにのけぞって、はらわたの一撃を回避した志貴は、そのまま女の肩を掴み、左眼に刀身を差し込む。女は灰燼と化す。

隣でエンハウンスは、魔剣アヴェンジャーを振るい、向かってきた3人を、全員同時に斬首した。

その隙に背中から襲ってきた、目の飛び出ているスーツ姿の男を、後ろ回し蹴りで地面にたたき潰す。男の頭が灰色の花を地に咲かせる。

犠牲を払いつつ、彼らの周りを取り囲もうとする死者たち。志貴とエンハウンスは互いに背中を合わせた。

『七つ夜』を前方に、魔剣アヴェンジャーを片手で構え、2人は警戒する。死者たちは徐々に包囲網を狭めていく。

「……なあ、エンハウンス。」

「なんだよ相棒。」

「あの骸骨みたいなの……うわっ!!!」

腸をひきずる男が、志貴に喰らいつこうとした。彼は『七つ夜』でその男の顔を、一気に切り裂く。どす黒い血が飛び散った。

エンハウンスは、姿勢を低くすると、魔剣を片手で、風車のごとく回転させて、取り囲む死者を牽制する。

「これで少し会話できそうだな。……あのドクロどものことだろ?あれはな、ヴラド御自慢の幽霊船団さ。……寄るんじゃねえ!!」

エンハウンスは、近づいてきた死者に右足で蹴りをいれ、高速回転する魔剣で、その頭を切り飛ばす。

「なんだよそれ……。」

「ヴラドから聞いたろ?『僕は幽霊船団の船長をやっている』てな。あいつの固有結界のひとつだ。」

ネロ・カオスの『獣王の巣』。ロアの『過負荷』。

志貴が今まで戦ってきた死徒たちは、それぞれ恐るべき能力を有する『固有結界』をもっていた。

だが、ヴラドのはその中でも群を抜いている。あの5000体はあろうかという髑髏兵士と、それを際限なくいまだに投入し続ける幽霊帆船。

まるで、おとぎの国の戦争でもみているかのような錯覚に陥る。

「あんなの詐欺だぞ……。」

「ああみえて奴は、第8位を張っている兵だぜ?……志貴、来るぞ!!」

志貴とエンハウンスを取り囲む死者たちは、身をかがんで、一気に飛びかかろうとした。2人も姿勢を低くし、迎え撃つ体勢をとる。

だがそのまえに、いつのまにか廻りを取り囲んでいた髑髏兵士たちが、死者全員を一刀両断してしまった。二つに分かれた死者は、灰に還る。

「ハハハ。危なかったねぇ君たち。どうだい志貴くん?この子たち可愛いだろう?」

髑髏兵士のなかに、血まみれのレイピアを携えた、幽霊船団長ヴラドがまじっていた。彼はねぎらいだよとばかりに、隣のドクロの頭を優しく撫で

る。

気を張ったのが無駄となり、力の抜ける志貴とエンハウンス。

だが、まだ死者が全滅していたわけではなかった。まだ、1000体ほどが血を求め蠢いている。

志貴は、『黒騎士』シュトラウトの姿が見えないことに気づく。シュトラウトの危機を感じた彼は、目で姿を追った。だが

「ニアダーク……。揺れろ……。」

深みのある鈍重な声で、魔剣を頭上に掲げるシュトラウト。彼と対峙していた200体ほどの死者は、自然発火したかのごとく燃え尽きた。

志貴の心配は杞憂だった。その隣でエンハウンスはケタケタ笑う。

「ハッ。シュトラウトの野郎、分子振動で発火現象を起こさせやがった。電子レンジみてぇな奴だな。」

志貴は思わず頭を抱える。彼の周りは超常をはるかに超えた、究極魔導人外ばかりである。

圧倒的な幽霊船団の質と量。この戦いの大勢は決しようとしていた。



城。玉座の間。

アルクェイド、アルトルージュ(+魔犬)、シエルは、ここで彼らの無事を祈っている。

しかし、3人の雰囲気はどこか張り詰めていて、緊張している。

カソック姿のシエルは、さっきからアルトルージュと一言も会話をせず、黒鍵を研いでいた。

アルクェイドも黙ったまま腕をくみ、彼女にそっぽ向いている。

そんな2人に困惑するアルトルージュは、玉座から降り、おそるおそる背をみせる2人に近づく。

「アルクェイドさん……?シエルさん……?」

シエルは無言。床に膝をついてただひたすら刃を研ぐ。アルクェイドは沈黙。白いハイネックの背をむけたまま。

二人の態度はまるで、アルトルージュはそこにいないものとする。というものかのようだ。

アルトルージュはどうしていいのかわからず、その場で立ち尽くしてしまった。魔犬が彼女を慰めるように頭を擦り寄ってくる。

身をかがめて、彼女は白い毛玉のなかの黒いつぶらな瞳と目を合わせる。ざらついた舌が、彼女の雪肌を優しくなめた。

「アルトルージュ。」

アルクェイドだ。彼女は急にアルトルージュに振り向いた。その目は厳しい非難に満ちている。

その瞳に少し動揺しながらも、アルトルージュはアルクェイドと目を合わせる。

「……ちょびヒゲと、夜の森で会っていたんでしょ。」

シエルの動きが止まる。彼女の肩が戦慄きはじめる。アルクェイドの視線はアルトルージュを離さない。

アルトルージュは無言。疑惑に満ちる女2人を目の前にし、少女はしゃがんだまま口を開く。

「……ええ。その、彼とは昔……」

「やめなさいよ!!聞きたくないわ!!」

アルクェイドの怒号。握りこぶしをつくって、しゃがんで俯く姉に詰め寄る。

シエルのこと、少しは考えてよ。―― 怒りと悲しみが渦巻く涙目を、アルトルージュにぶつける。

一瞬動きの止まったシエルは、再び黒鍵を研ぎ始めた。ただ、その背中は酷く寂しい。

「……ごめんなさい。」

それっきり何も言わずに、アルトルージュは俯いたままになった。





「おほほほほほ……。」

3000体の死者を引き連れ、襲撃してきた『芸術家』リタ・ロズィーアンは、戦場とは少し離れた草原で高見の見物。

彼女はわかっていた。

圧倒的な戦力の幽霊船団。次々と『死』を与え滅殺する真祖の騎士。不敵と実力を兼ね備えた復讐騎。洗練された武の黒騎士。

所詮、遠隔操作のうえに、肉体を強化しただけの死者たちでは、彼らに叶うはずも無い。

「さすがは筆頭注目株といったところかしら。あなたも予想以上ね。ねぇ、ヴラド?おほほほほほ……。」

彼女の首には、すでにレイピアが突きつけられていた。

白騎士ヴラドは音も立てずに、彼女の至近距離を侵略していたのだ。右手の短き刃は、芸術家を狙う。それでも動じず、上品な笑いは崩さない。

「オイタが過ぎるねぇ。血にまみれて戦う美しさというものを、君はもっと学びたまえ。」

「おほほほほほ……。あいにく血で汚してもよい粗末な服は、持ち合わせてございませんわ。おほほほほほほ……。」

瞬間、レイピアはリタの首を狙う。しかし、そのうなじに届くことなく、彼女は虹色の螺旋と共に姿を消した。

辺りを警戒するヴラド。彼の表情は、これから襲いくる脅威にたまらず、狂喜・歓喜にみちている。

彼のもとに、死者を粗方狩り終えた、志貴とエンハウンスも駆けつけてきた。

「ヴラドさん!!」

「ヴラド。俺たちも混ぜろよ。」

3人は背中を合わせ、それぞれの得物を構える。彼らの狙いは、芸術家。

3対1。リタを庇う死者はもういない。圧倒的不利。絶体絶命。だが。

「おほほほほほほほほ……披露いたしますわ。私の固有結界『虚空幻楼』。おほほほほほほ……」

不敵な姿の見えない声が、灰色の草原に響き渡る。彼らの廻りに突如、夜の闇とは不釣合いな桃色の空間が広がった。

志貴はたじろぐ。自分の360度の水平線を、そのきついピンクのドームに支配されてしまったのだ。

ピンクのドームは、虹色の粒子が時折煌き、オーロラのような妖しい神秘の光に満ちている。

志貴の眼が蒼に染まる。このドームの『死』を、みつけようとした。だが、いつも見えるはずのそれが、みえない。

「おほほほほほほほほ……。タイトル『果てる3狼』。おほほほほほほほ……。」

姿を消したリタの嘲笑、自らの頭痛と共に、がっくりと膝を落とした志貴をヴラドが支えた。エンハウンスは隣で、かわらずに魔剣を構える。

「ムリはよしたまえ。彼女のこれは、『色』に干渉する能力なのさ。その範囲は、『色』の『意義』までかえてしまうんだよ。」

エンハウンスは警戒をおこたらずに、ヴラドに相槌を打つ。

「……なるほどな。『死』の『色』の『意義』を変えることによって、魔眼殺しと同等の効果を得るというわけか……。厄介な女だな。」

桃色の空間からゴムのように無数の手が伸びる。それが持つリタの羽扇。するどい青龍刀のような湾曲した複数の刃に変形し、志貴たちを襲う。

志貴を両脇からかかえ、ジャンプしてそれをよけるヴラドとエンハウンス。だが、次々と休むことなく、刃が彼らを狙う。

「ハハハ。やるねぇリタ。きみって意外と好戦的なんだねぇ!!」

「笑っている場合じゃねぇぞ。奴はてめえ自身の『色』も変えられる。このままだと体力削られて、いつか捕まっちまうぜ。」

無数の刃のなかでも、実際に志貴たちを切り裂くことが出来るものは、彼女自身の腕2本のみ。

だが、『リタの存在を確認することができる』色を変えられたことによって、彼らは彼女の実体を捉えることが出来ない。

舞踊とおもえる、リタの分身たちの華麗な動き。彼らを狙うオーロラの羽扇は、徐々に包囲網を狭めつつあった。

同時にエンハウンスの魔剣が轟動する。それはイソギンチャクのように蠢き、何千本もの鞭となる。だが、

「『Band』はだめだよ。君の戦闘寿命が短くなるからね。……僕に任せたまえ。」

エンハウンスを制したヴラドは、彼に志貴をあずけ、レイピアを前方に構える。金色の魔眼が輝きを強めた。

桃色のドームに、暗黒空間の歪みが拡がる。そこから出てきたのは髑髏兵士ではない。剣を携え白骨化した腕だった。

「フハハハハハハハハハ!!美しく破りたまえ!!『バレード』!!」

ヴラドの歓声と共に、剣を携えた腕たちは、ピンクドームに向け一斉に突きをはじめた。

最初のうちは、まだ虹色の粒子が液晶のように波紋する程度。しかし、際限なく繰り出されるその突きに、波紋とうねりが増していく。

そしてついに、桃色のドームに穴が開き、そこから夜の漆黒が舞い戻ってきた。銀色の剣山が隆起し、ピンクドームは拡散して崩壊した。

その先には、ドレスのスカートを若干切り裂かれた、リタが華麗に佇んでいた。

「おほほほほほ……。さすがね。イデアを体現することができる固有結界『バレード』。その真髄を見させていただきましたわ!!」

己の持ち技がアッサリ敗れてしまったことにもかかわらず、彼女の妖艶は変らない。

「君は良い所までいっていた。でもねぇ、所詮血から遠ざかる者に、勝利の栄光は手にすることができないんだよ。覚えておくんだね。」

暗黒空間からの腕たちが己を取り囲む中、優雅にレイピアをリタにむけるヴラド。それはさながら暗黒の阿修羅。彼は確信する。自分は美しく勝った

と。

志貴はエンハウンスにかかえられる中、あの厄介なピンクドームが、一瞬にして散ったことに気がついた。

「どうして……。」

「気づいたか志貴。たった今終わってな。ヴラドの勝ちだ。」

「……ヴラドさんが?……でもどうやって……」

「奴の固有結界『バレード』は、『自分の理想とするもの』を具現化することが出来るらしい。
幽霊船団も剣の山嵐も、奴のイデアから生み出されたもの。
強い思い入れのあるもののみを体現するから、あんな反則的な存在でも、世界から受ける修正を遅らせることが出来るんだとよ。
まあ、結界はその狭義だし、無制限に使うことが出来るものじゃないらしいがな。」

エンハウンスの説明を、半分理解した程度の志貴は、とりあえず納得したかのようにうなずく。

形勢逆転。志貴も復活し、リタ・ロズィーアンは完全に3人に取り囲まれた。だが彼女は羽扇を構え、余裕。

「おほほほほほ……。たいしたものですわねぇ。
……ところで、過去、どれだけの少年少女が、ヴラドの犠牲になっていったのでしょうね。おほほほほほほ……。」

リタは羽扇から覗かせる紫の魔眼を、志貴にぶつけた。『七つ夜』をむけ、自らの命を消そうとする彼に向かって。

「……どういうことだ。」

「志貴。この女の戯言なんぞ聞くんじゃねぇ。さっさと殺るぞ。」

エンハウンスは魔剣をリタにむけながら諭す。だが、志貴はそのまま止まってしまった。

「おほほ……。『真祖の騎士』。知らないのですね。その昔、彼の毒牙にかかった子供たちは数百万単位を超えますのよ。
そのかどわかしには、あの幽霊船団も大活躍されたとか。おほほほほほほ……。」

死者の軍勢のなかで、犠牲になった10歳の少女の姿を見たときの彼の狼狽を、リタは見逃していなかったのだ。

志貴は、動揺を隠し切れない瞳で、隣のヴラドをみる。ヴラドはそれに揺るぎもせず、ただ、鼻の高い端正な顔は表情ひとつ変えないまま。

「……リタのいうとおりだよ。僕はね、この手で泣き叫ぶ子供たちを陵辱し、地獄の苦しみを休むことなく与えつづけて、その生き血を啜ったのさ。
今でも変らない。君の見えないところで、僕はそれを繰り返しているよ。」

ヴラドの告白。それは懺悔ではなかった。語調は終始、無感情。志貴は硬直する。エンハウンスも、動くことが出来ない。

リタの読みは的中した。遠野志貴は人間。絶対の天敵である死徒と、所詮相容れることなど出来ないのだ。

彼らにはどうしようもない亀裂が入っている。今が好機。

リタの右腕が華麗に唸る。投げられた羽扇はふたたび刃となり、虹色の螺旋を纏いながら、白騎士ヴラドの首をねらった。

だが、その首を捕らえるはずの羽扇は、短き刃の閃光に遮られた。『七つ夜』は、ヴラドを庇ったのだ。リタは、その志貴の行動が信じられなかっ

た。

「ど、どうしてですの……??」

業物の短刀を握る少年は、深みが増した蒼の双眸で、死徒の芸術家を睨む。

「……あんたよりは、マトモだからさ。」

「な、なんですって……?」

「俺は、ヴラドさんのやっていることを、認めることは出来ないよ。だって、俺は人間だから。
だけどさ、ヴラドさんは自分の犯したことを自覚して、それを全部受け入れている。
……あんたみたいに、人の力借りて手を汚さない奴より、よっぽどマシだ!!」

志貴はリタに向かって『七つ夜』を振る。動揺していたリタも我に返り、『虚空幻楼』を再び展開して姿を隠した。

再び3人を包み込むピンクのドーム。だが、そこから響き渡る彼女の声に、いつもの妖艶さはない。

「……わかりませんわね。人間は死徒の犠牲になる運命であるのにもかかわらず、どうしてあなたはそれを信じるのかしら!?」

志貴は、『七つ夜』を構え、過去の戦いを思い起こしていた。

「……ヴラドさんと似たような女の子がいた。それだけだよ。」

志貴は襲いくる無数の羽扇を捌き返す。その動きは、先ほどとは段違いにはやい。襲ってくる刃は次々に塵と化す。殺人貴は目覚めた。

「すげえな。」

ピンクのドームに同じく取り込まれていたエンハウンスとヴラドは、オーロラの刃の嵐を己の得物で対抗しつつ、殺人貴に見とれていた。

ヴラドと背中を合わせるエンハウンス。彼は上機嫌だ。

「ハッ。どうだヴラド。志貴ってやつはな、そいつが何者なのかっていうのは後回しにして、まずどういうやつかを見極めるのさ。
おまえさん、どうやらあいつに気に入られたみたいだな。」

襲いくる刃を一刀両断し、エンハウンスはヴラドの表情を覗く。だがその直後、戦闘中にもかかわらず、彼は悪寒の冷や汗を滝のように垂れ流した。

普段の道化とは明らかに違うヴラド。感情が容易に読み取れそうな紅潮した頬。こころなしか、彼のレイピアの切れ味が悪い。

「……志貴くん。……美しすぎる。」

萌えている。

「……僕、君みたいな男の子、……はじめてだよ。」

明らかに萌えている。

「……僕、君と姫様のためなら、……世界中の退魔機関を敵に回しても構わないよ。」

どうしようもないくらいに萌えている。

「……僕、君のことが、す(自主規制)だ―――――――――!!!!!!」

金髪白スーツの紳士は、おそらく生涯初の一目ぼれに、歓喜で体を震わせていた。今彼の視界には、黒髪の蒼い目の少年しか見えていない。

それでいて、レイピアのリタの刃撃破率は、一気に急上昇。

エンハウンスは無言で彼の背中から離れる。極限まで火照ったホ○の体温が、とても気持ち悪かったからに他ならない。

志貴は、リタの攻撃を捌きながら、なぜか感じる別の異質な気に冷や汗を垂らす。

「フハハハハハハハハハ!!こんなに嬉しいことは無いよ!!というわけで『バレード』!!」

彼の極限まで高まった意思力により、固有結界はここにきて最大限の威力を発揮した。

召還された髑髏の腕が握るのは剣だけにあらず。戦斧、ダガー、終いにはモーニング・スターまで持ち出してきて、それらを存分に振るったのだ。

先ほどとは桁違いのスピードで、リタの固有結界『虚空幻楼』は、洗剤を入れられた汚物のように飛び散って消滅した。

リタは、体中に傷だらけで、初めてガックリと膝を落とす。もはや敗北は必至。そんな彼女の首に、再びレイピアが突きつけられた。

「リタ。これが愛の力だよ。君は負けたのさ。僕と志貴くんの、愛の絆にね!!」

「え!?」

志貴は勿論、首を横に存分に振るって否定した。だが、夜の闇に華麗に薔薇をかかげる男色の紳士は、一人悦に入っている。

エンハウンスは、志貴の肩に手をおき、――あきらめろ――といわんばかりに首を振った。志貴は血涙を流しながらエンハウンスに掴みかかる。

リタ・ロズィーアンの最後は近い。顔を落とす彼女の雰囲気は、それを覚悟したかのようだった。だが。

「おほほほほほほほ!!」

唐突に、今まででも最大音量であろう、リタの笑い。

「君ともあろうものが気が触れちゃったのかい?もうすぐリィゾも来る。君はここで死ぬんだよ。」

苦虫をかみつぶすヴラドを尻目に、リタの笑いは止まることがなかった。

「おほほほほ!!まんまと引っかかってくれましたわね。御三方。」

志貴に首をしめられていたエンハウンスは、強引にその手を振り解き、彼女の元へ来た。

「……どういうことだ。てめぇ。」

「おほほほほほほ!!……タイトル『虚脱』。」

リタの言葉を聞いた瞬間、エンハウンスの表情が、氷を帯びる。彼は急にきびすを返し、走り始めた。

「ヴラド!!俺は城に戻る!!その女はまかせたぞ!!」

志貴は、エンハウンスの後を追いかける。

「どうしたんだよ!!」

「やられたぜ……。リタは囮だ!!」

「!?」

「あの女、最初から城にいるアルトルージュたちが狙いだったんだ!!」

志貴に最悪の予感が走る。

まずい。城に残っている3人。アルクェイドは弱っている。シエルもあくまで普通の人間だ。

もし、そこに今以上の死者の軍勢が襲ってくれば、アルトルージュはその2人を庇いながら戦うだろう。

やられる。

「……ちくしょう!!」

歯を食いしばる志貴。憂いが彼の体を支配する。

枯れ木の原では、まだ黒騎士シュトラウトが死者を屠っている最中であった。彼は尋常でない様子で駆け抜ける、志貴とエンハウンスに気づいた。

「どうした片刃!!」

「シュトラウト……。俺たちは城に戻る!!こいつらはな、囮だったんだよ!!」

「なんだと!!」

シュトラウトは絶句した。自分がこうしている間に、アルトルージュに危険が及んでいる。

今すぐにでも、志貴たちと一緒に城に戻りたかったシュトラウト。だが、死者はまだ残って蠢いている。彼は冷静な判断を下した。

「……姫様を、頼む。」

志貴たちは目もくれずに、死者の群れを掻き分け走り抜けた。それでも、シュトラウトの願いは、彼らの耳には届いている。



芸術家は笑う。レイピアを突きつけ、怒りに震える白騎士の横で。

「またやってくれたねぇ……リタ。もういいよ。死にたまえ。」

首を狙うレイピア。だが、リタは虹色の螺旋を体中に纏い、その場から再び消えた。

「果たして、彼を止めることが出来るのかしら。おほほほほほほほほ……。」

去り際のリタの一言。白騎士ヴラドは舌を打ちながらも、いまだ戦いつづけるシュトラウトの元へむかった.





玉座の間。

壁が、粉々に突き破られている。

アルトルージュたちは、今まさに、刺客と対峙していた。

だが、それは志貴の予想とは反してたった一人。

漆黒の羽を全身に散りばめ、肌は薄紫色。眼の色は暗緑色。堀の深い細面の凶相。突き出た鼻。無造作な長い髪。

口からは、どす黒い瘴気を垂れ流し、野獣をそのまま人間の形にしたような男。

そのバケモノに、彼女たちは全員心当たりが合った。

「『月飲み』……!!」

「……まさか、あなたの姿をもう一度見ることになるとはね。」

「……ナルバレック、……狂っています……!!」

身構える彼女たちを、緑色の魔眼が狙う。血管を剥き出しにし、黒い男は蜥蜴のように四つん這いとなる。

死徒二十七祖第16位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。

「キュルルルルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

地獄の奇声が開幕を告げる。本当の戦いは、これからだ。


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