月影掘Act.1


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1: アラヤ式 (2003/06/16 17:03:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

湿気と怖気が支配する、薄暗い地下室。

そこに、過去に破壊と殺戮の限りを尽くした、第2階位の吸血鬼たちが封印されている。

廊下を挟んだ10部屋程が向かい合い、それぞれの扉には十字の封印、神の御心を記した教義が覆い尽くすように刻まれている。

白い聖衣を着た女は、3人の部下らしき神父をつれ、このなかでも一際目立つ、重厚さと堅牢さを兼ね備えた扉の前にやってきた。

女は、その眉の整った面持ちを最大限に醜く歪め、呟く。




「古のカラス。オマエが主演だ。」





某日。黒の姫君の居城。

曇りがちな空に、ところどころ見える蒼い切れ目。

日光は、黒い城を鮮やかに、優しく照らし出す。

志貴たちは、厨房のテーブルで、いつもの食卓を囲んでいた。

まだ眠気がとれておらず目をこする志貴。アルクェイドはそんな間抜けな彼の顔を、ぬれタオルで無理やり拭いて気付けを促す。

息が出来ずにもがき苦しむ彼の向かいで、椅子に腰掛け足を組むエンハウンスは、独語の新聞に目を通している。

テーブルに、黄色エプロンのシエルが運んでくる、濃厚で芳醇な香りの料理が並んだ。

今日の朝食は、冬野菜にブルートブルストが主役のスタミナ満点カレー。シエル食事当番の場合の確定メニュー。

ブルートブルストとは、ドイツ語で「血のソーセージ」の意。アルクェイドのリクエストである。

スパイシーな香りにそそられ、暴れていた志貴とアルクェイドは大人しくなった。

シエルもテーブルに着席。エンハウンスの隣に位置付ける。

「いただきま〜す。」

志貴とアルクェイドは馴れたものとばかりに、白いご飯とカレーをスプーンでよそい、口に運ぶ。

エンハウンスも同様に、ご飯にルーを染み込ませてほおばる。

「ブ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」

その刹那、彼は口を尖らせ、含んだカレーを勢いよく噴きだした。

白と茶色の噴水が、食事中の志貴とアルクェイドに降り注ぐ。

突然の汚物の襲来に、志貴は対応できずにかたまり、彼と自分の汚れた顔をタオルで拭くアルクェイド。

朝の食の楽しみに水を差された彼らは、エンハウンスを憤怒の眼差しで睨みつけた。

「おい……。」

「ちょびヒゲ……。汚いわよ……。」

食卓汚染の張本人は、まだ目を白黒させて咳き込んでいる。

「うえ、うえ、……はぁ、はぁ、わるいな。……しかし、どういうことだこりゃ……。」

空気を吸い込むたびに、怒涛の灼熱地獄が彼の口内をおそう。

彼が食べたカレーは、唐辛子・タバスコ・わさび・マスタードが50%の割合で混合されていたのだ。

唇が鱈子のように腫れる彼は、この騒ぎに少しも動じない隣の眼鏡少女を、横目で睨む。

シエルはすでにカレーを食べ終え、グラスに牛乳をついでいた。

その飄々とした態度に、エンハウンスは、怒って手をテーブルに叩きつけた。

「おい、てめぇ!!俺の舌がつかいもんにならなくなるだろーが!!どういうつもり……」

殺気。

屠場に送られる牛を見るような絶対零度のシエルの眼差しがつき刺さる。

一転して、激しい悪寒に体が震え、全身から脂汗を垂れ流すエンハウンス。

女郎蜘蛛に喰われる寸前の心境のなか、彼はおそるおそる口を開いた。

「あ、あの〜シエル、……俺、なんかしたか?」

シエルは彼に一瞥した後、牛乳を一気に飲み干すと、おもむろに席を立ち一言。

「知りませんよ。自分の胸に聞いてください。……ご馳走さまでした……。」

いつもの花のような笑顔は変らない。だが、同時に目も笑っていない。

その蒼い瞳の奥に、静かなる嫉妬の炎をたぎらせ、シエルは厨房から出て行った。

一部始終を目の当たりにしたアルクェイドは、声のボリュームを落として志貴に耳打ちする。

「ねぇ、シエルどうしちゃったの?……あれは相当、頭にきているみたいね……。」

「……さあ?」

志貴は、アルクェイドの質問を適当に返す。

だが、彼にはシエルの憤り様に心当たりがあったのだ。

昨夜の、城の裏庭でのアルトとエンハウンスの密会。志貴が目撃してしまった衝撃の組み合わせ。

もしや、あの場にシエルもいたのではないか。――という、最悪のシチュエーションが彼の頭の中を過ぎる。

当のエンハウンスは、憔悴しきってスプーンを置く。

「……ごちそうさん。」。

人知を超えた超辛口物理・精神同時攻撃には、普段気勢の良い彼もさすがに参っているようだ。

残さざるをえなかった激辛カレーと皿を片付け、エンハウンスはとぼとぼ歩いて食卓を後にする。

志貴は、そんな寂しげな彼の背中を、哀愁と同時に、今だ晴れぬ疑念も抱きながら見つめていた。

「志貴。」

同じような欺瞞に満ちた深紅の瞳で、アルクェイドが志貴を睨んでいる。

いぶかしげに腕を組み、彼のおどおどした目を、鋭い視線で逸らすことなくみつめる彼女。

私に隠し事は通用しないわよ。――という彼女のサインである。

こうなったアルクェイドを、はぐらかす事は非常に困難を極める。下手をすれば同時に志貴自身の寿命も縮まる。

彼はため息をついてから間を置き、自分が見てきたこれまでの経緯を、大人しく彼女に打ち明けることにした。


同時刻。

赤いカーペットが中心にしかれ、調度品や美術品などが飾られている城の中央廊下。

無造作な銀髪をポリポリかき、壁に背中をおいてヤンキー座りをしているエンハウンス。

「……まいったな。……見られちまったか。」

背中のYシャツ越しから伝わる、レンガのひんやりとした感触が少し心地よい。

マルボロをジーパンのポケットから取り出す。

彼がドイツにきてから、一本も吸っていなかったタバコ。ライターで火をつける。

しかしそれは、火を灯すことなく、彼の眼前で点火口を鮮やかに切り落とされてしまった。エンハウンスの手に油が散る。

「……シュトラウト。……ハッ。」

「姫様の通る廊下に、ヤニを塗るな。」

黒騎士シュトラウトの魔剣ニアダークが、エンハウンスの喫煙を阻止したのだ。

用を終えた魔剣は、彼の右手に拡散して吸い込まれるように消えていった。

ご臨終のライターをポケットにしまい、煙の出ないタバコをくわえ、エンハウンスは彼を怠惰に充ちた目で見上げる。

「人が落ち込んでいるときくらい、大人しく吸わせろ。……タコ。」

「却下する。貴様のようなふてぶてしさの塊が、落ち込むことなどあり得ぬからな。」

シュトラウトは無表情でエンハウンスの前に仁王立ちし、鋼のような温度の無い目で彼を見下げる。張り詰めた均衡。

「聞くが片刃。代行者……いや、シエル殿は、貴様の何なのだ?」

黒いスーツの男の不意な問いかけ。エンハウンスは顔を逸らし、興味がなさそうに手をぶらつかせる。

「知るか。シエルはただの古いダチ。……それだけだ。柄にも無く、人の色恋沙汰に茶々いれるんじゃねぇよ。」

シュトラウトは、エンハウンスに背中をむけてその場を立ち去る。後ろを見せたまま、もう振り向くことも無く。

「貴様の色恋に興味は無い。ただ、姫様を悲嘆に暮れさせることだけは許さん。それだけは覚えておけ。」

静謐な革靴の足音。それが響き渡る中、彼はエンハウンスに釘を刺した。

シュトラウトのアルトルージュへの情愛。それは古の聖櫃に匹敵する程高貴であり、ひた隠しにされた感情。

無言で去るシュトラウトの背中をみて、エンハウンスは昔、自分が彼に説教したことを思い出す。

『違う価値観を受け入れなきゃ、一生わかんねえさ。』

エンハウンスは笑う。彼は、腹の奥底から込み上げてくるモノを抑えることが出来なかった。

受け入れやがったか。あの仏頂面が。――嘲るように笑いつづけるエンハウンス。

だがそれは、矛盾した自分自身の心を嘲笑しているかのようだ。

「う〜ん!良い朝だねぇ!おはようエンハウンスくん!!」

長髪の金髪紳士が、薔薇を口に加え、ヤンキーの目の前でくるくる回っておどけている。瞬間移動を遥かに超えた、白騎士ヴラドの神出奇抜。

さすがに呆気に取られるエンハウンスではあったが、すぐに落ち着きを取り戻し、再び笑い出した。

「……おまえもな。ヴラド。」

彼の言葉が聞き取れなかったのか、ヴラドは首傾げ、不思議そうにエンハウンスの顔をみた。

『吸血公爵』と畏怖された吸血鬼も、いまでは主の姫様のため、純和風創作料理に没頭している。





「そういうわけ……。」

志貴から夜の密会の経緯を聞いたアルクェイドは、眉根を寄せていた。

彼女の金色の髪は、窓の柔らかな白い明かりに反射して、官能的。

彼女は、ロングスカート越しの太腿の上で握りこぶしをつくり、不快感をあらわにしていた。

目を吊り上げ、唇をきゅっと結ぶ彼女。紅い目が、怒りで深みを帯びている。

「ちょびヒゲ……。なんで隠していたのよ……。……ごちそうさま。」

チームであるはずの彼の裏切りともいえる行為。

アルトルージュと既に面識をもっていながら、エンハウンスはそのことを打ち明けなかった。彼女は、それが許せなかった。

彼女は席を立つ。食器をもって流しにおいたあと、厨房のドアノブに手をかけた。

「……アルクェイド。上手くいえないけどさ、アイツも色々あったんじゃないかな……。」

志貴は、彼女の去り際に一言。相棒の弁護を試みる。

「知らないわよ……。それに私は、まだアルトルージュと完全に仲直りしたわけじゃ無いんだからね……。」

彼女は振り向かなかった。無機質な足音とともに、部屋をでていく。

カレーの残り香が漂う食卓に、一人残される志貴。

予想していた結果とはいえ、彼は深いため息をつき、落胆の色を隠せなかった。





辺りは、暗くなり始めた。

四次元和室での夕食。ヴラド特製の納豆フルコースである。

彼の創作料理の吟味役は、志貴たちにとって、もはや日課のひとつであった。

「あら?」

アルトルージュは気づく。いつも決まって全員顔を揃える『真祖の騎士』一行の中に、シエルの姿が無いことを。

彼女は、志貴、アルクェイド、エンハウンスの三人の顔を順番にみる。どこか、霧の晴れていない表情をしている彼ら。

いつもならシエルとアルクの天ぷらの取り合いで、元気よく騒いでいる頃だ。

「みんな、どうしたの?……シエルさんは?」

アルトの問いを聞いた瞬間、アルクは、隣で呆けている不精ひげに、明らかな非難の視線を浴びせる。

突き刺さる視線の刃。彼はバツが悪そうに頭を掻き、畳から重い腰をあげた。

「……わかったよ。……呼んで来る。」

エンハウンスは、サンダルを履き、引き戸を開けてでていった。

残されたアルトルージュは、彼らの雰囲気の悪さに少し疑問を抱きながらも、シエルを待つ。




2階、シエルの部屋の前。エンハウンスは一呼吸おいて咳払いをし、ドアをノックする。

「おーい、シエル。ヴラドのつくった夕食冷めちまうぜ?開けろよ。」

返事は無い。

しばらく一分ほど待ってから、エンハウンスは深く息を吸い込むと、右足に力を込める。

「……扉を破壊する気ですか?……鍵はかけていませんよ。」

足を振りぬこうとした瞬間、ドア越しの無感情な声。毒気を抜かれたエンハウンスは、扉を開け中へ入った。

薄暗い中で、彼女の机だけ電灯がともっている。シエルは、聖葬法典の部品をばらばらにして、動作チェックをしていたのだ。

エンハウンスに振り向きもせず、シエルは作業に没頭する。

「おい。」

彼女は無言。聖葬法典のバレルアッセンブリーをドライバーではずしている。

「おい。」

駆動部分に油をさす。

「……。」

彼女に会話する気がないことを知ったエンハウンスは、そばにあるベッドに、彼女に背を向け腰掛けた。

2人を挟んで流れる、重々しい沈黙の空気。

「……見たのか。」

シエルはそれを聞くと、作業の手をとめた。目に再び嫉妬の炎が舞い戻り、彼女は肩をわなわな震わせる。

「……見ましたよ。」

どうしようもない程の激しい怒りに、シエルは身を焦がされていた。

裏切りです。なぜ黙っていたんですか。―― 彼女の背中がそう言っている。

エンハウンスは沈黙する。気まずい均衡。一分が一時間におもえる。時の流れが今この場だけ、とても遅い。

その極致。彼は悔恨の念を込めながら、シエルに申し開きをした。

「……悪い。……いつか、かならず話す。」

その瞬間、両拳を強引に叩きつけ、シエルの怒りは頂点に達した。

「……出て行ってください。貴方と話すことなんて、もう私にはありません!!」

言い放つと彼女は、その場にうつぶせてすすり泣きはじめた。銃のパーツが散らばる机の上で。

エンハウンスは素直に応じる。音の無い足取りで、薄暗い部屋を後にした。

ドアを閉め、廊下に出た彼は、2人の存在に気がつく。志貴とアルクェイドは、扉の前で待っていたのだ。

自然体の志貴。彼を見る目には寂寞が漂っている。

それと対になって、腕を組んで佇んでいるアルクェイド。彼女の目は、エンハウンスに対する憤怒で満ち溢れんばかりだった。

彼女は、平手で彼の頬を思い切りはたく。エンハウンスは予期していたかのように、その瞬間も動揺をみせることは無かった。

「……ちょびヒゲのばか。シエルが怒るのあたりまえよ。ばか、ばか、ばか……!!」

アルクェイドは耐え切れずに、その場を走り去る。エンハウンスは、何も言わずに頬をさする。

志貴は去っていく彼女の後姿を見送り、その後、ドアに寄りかかるエンハウンスに顔を向けた。

「……なにがあったのかは知らないけどさ。俺は、俺のワガママで城に残ってくれたアンタを責める気は無いよ。
……ただ、後でちゃんと説明してくれよな。……アルクェイドにも。……先輩にも。」

エンハウンスは、寂しげに一瞬薄ら笑う。

「……悪い。……世話かける。」

4人の心は、パズルのピースのように散らばる。



そして、最悪の脅威は、最悪な機会に訪れた。




シュトラウト。

彼は、部屋の前にいるエンハウンスと志貴に向かい、全速力で駆けてつけてきた。

息も切らせず、疲れた様子など微塵も見せない彼ではあったが、その緊迫を全身から醸し出す様子は、ただ事ではない。

彼は既に、自分の得物である魔剣ニアダークを右手に発現させている。志貴とエンハウンスに緊張が走る。

「どうしたんですか!!」

「……死者だ。……3000体。……枯れ木の原にいる。」

はじまった。

いつかの会合で、志貴たちに自尊心を完全に打ち砕かれた、死徒二十七祖第17位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼ。

その報復劇の幕が、突如きって落とされたのだ。

それを理解した志貴は、肩を震わせ、激しい憎悪をたぎらせる。彼の握りこぶしが軋みを立てる。

「……あいつ、……やっぱりそういうやつか……!!」

「そういうやつだ。わかっちゃいたことだろ?……行こうぜ。狩りに。」

怒りで震える肩に、エンハウンスが手をおいた。彼の表情は、さも当然といった様子だ。

こんなときに限って、仲間との溝が出来てしまった。だが、エンハウンスは動じない。

彼はドア越しで、返事をすることの無い彼女に向かって言った。

「シエル、話は聞いただろ?おまえさんは城に残って姫君と姫様を守ってやれ。……頼む。」

顔を合わせることのない対話。直後、エンハウンスは得物を取りにむかって走る。

志貴は、アルクェイドたちのことを案じながらも、彼の後を追いかけ『七つ夜』をとりにいった。



居城から、約1km離れた場所。

丘陵地帯の森から隔離された草原。そこは、もともと黒い森の一部であった。

今では枯死した木が散乱し、そこから覗ける灰色の死んだ地面は、深いひび割れをつくっている。

エンハウンス、志貴、ヴラド、シュトラウトは対峙していた。死者の軍勢約3000体。死徒の手足であり、忠実な僕である眷属たちと。

彼らは、チアノーゼ、あざ、死斑、目がえぐられているもの、腸がとびだしているものなど様々。まさにおぞましさが、足をつけて歩いているようだ。

以前、アルクェイドが倒したロアの死徒より、遥かに人間離れしていた。いや、その表現は正しくない。彼らはまさに死体そのものなのだ。

『真祖の騎士』遠野志貴は、辺りに広がる腐臭と、彼らの腐敗しきった姿に吐き気を覚えた。だが、負けずに短刀を構える。

魔剣を右手にもつ、『復讐騎』エンハウンスは、その辺の石ころをみるような冷徹な深紅の魔眼を、死者たちに送っている。

『黒騎士』シュトラウトは魔剣を上段に構え、鋼の武人の目で敵を見据えた。

『白騎士』ヴラドはレイピアを持ち、狂喜に満ち溢れた表情で、獲物をねらう。

「そんな古狸の美しくない木偶で、何ができるんだろうねぇ?『芸術家』さん?」

死者たちの蠢く中心から、かきわけるように一人の女が出てきた。ヴラドの問いに答えるがごとく。

ピンクのクリスタルドレス。手には羽扇。髪を巻いて束ねた金髪の絢爛豪華な姿。

「おほほほほ……。『白翼公』は、いたくご立腹よ。」

二十七祖第15位。『芸術家』リタ・ロズィーアン。再び。

彼女はその豪華な衣装を惜しげも無く披露するかのように、死者たちの前で舞踏する。

濃いアイシャドーと濃密な赤い唇が、死者の生気の無い色と混合する。

「おほほほほほ……。オーテンロッゼ殿からお借りしてきた死者たち。今宵の芸術作品の一部なのよ。おほほほほほ……。」

笑う狂喜の芸術家。夜の闇に踊る桜色の妖艶さは、彼女の中の『死徒』を感じさせる。

エンハウンスは、そんな彼女を見向きもせず、死者たちを一体一体眺めてから吐き捨てた。

「リタ。てめえ、『増やした』だろ……。」

明らかに年数が経っている腐敗しきった死者たちの中に、真新しい服をきた『人間であったもの』も紛れていたのだ。

志貴もみてしまう。そのなかには、ボロボロのテディ・ベアを右手に鷲掴みする、10歳前後の少女がいた。

リタは、ここに来る途中で集落を襲い、死者の軍勢を強化していたのだ。

志貴は、燃え盛るその地獄を想像し、拳を震わせる。もはや目の前の女は、唾棄すべき吸血鬼でしかなかった。

「……あんた、なんてことを……!!」

「おほほほほほほ……。『真祖の騎士』。いつかの問いを覚えていまして?あの答えは『白』が人間、『黒』は我々死徒のことですよ。」

志貴は、魔眼殺しの眼鏡をとる。蒼い双眸は、『死』をとらえる。

妖艶な唇にどすぐろい漆黒をたたえ、死徒の芸術家は笑う。

「おほほほほ……。『黒』は『白』を塗りつぶす。簡単なことですわね。」

志貴はその瞬間、身構えた。『七つ夜』の刃が光る。だがその刹那、レイピアが彼を制した。

白騎士ヴラドは、彼とリタとの戦闘を防いだのだ。納得のいかない様子で睨む志貴に、ヴラドは答える。

「よしたまえ。彼女の微妙な芸術を修正するのは僕の役目だよ。……今夜はいい機会だ。君にしもべたちを紹介しよう。」

ヴラドの周りから、圧搾され、練られた死人の息吹がきこえた。

七夜の血が震える。恐れる。怯える。

夜の闇に、一際目立つ暗黒のひずみ。その中からわきでてくる、朽ち果てた帆船に乗った、髑髏兵士の大群。

月の光を背に受けて、金色の魔眼が妖しく煌く。吸血公爵の歓喜の雄叫びが、天空をゆるがす。

「フハハハハ!!僕の幽霊船団よ!!死者たちを地獄に、美しく送りかえしたまえ!!フハハハハハハハハハハ……!!!!」

『白騎士』フィナ=ヴラド・スヴェルテンの本性が、今、暴かれる。


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