月影供Act.13


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1: アラヤ式 (2003/06/13 14:18:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「……ふ。ふぁああああああ。」

遠野志貴はベッドにいた。いつのまにかパジャマを着ている。

天井の明かりを消されたランプ。

窓からは、秋空の中、宙を舞う木の葉が見える。

黒い森は、秋真っ盛りといった頃合。

周りを見渡すと、いつものように、世界の「死」の「線」が見えていた。

彼は、頭痛に襲われる。

「……いってぇ、でもこの痛み、なんか久しぶりだな。……しばらく、使うことなかったからな……。」

『直死の魔眼』。

以前、『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼを失禁するまで追い詰めた最強の魔眼。

だが、彼は思い知った。

――『ガイアの怪物』ブライミッツ・マーダー。

――『黒の姫君』アルトルージュ『第2段階』。

如何に最強の魔術回路をもっていようが、圧倒的な『力』をもった存在に、自分は何ひとつできなかったことを。

志貴は目をつぶり、昨日の出来事を思い返してため息をつく。

「……奢ってたんだな、俺。無意識のうちに傲慢になっていたんだ。……情けない……。」

彼は、手探りで眼鏡を探す。

ベッドの横のカラーボックスに置いてあるのを確認し、かける。

「ふう。……ん???????」

彼は、ベッドの右隣の床に注目した。

「……毛玉??」

何かいる。

床下で、白くてモソモソしたものが蠢いている。

「……ま、ま、ま、まさか……!!!」

彼は、急に冷や汗をだらだらかき、パジャマに染みをつくる。

「グルルルル……。」

七夜の血が騒ぐ。

――モウダメダ。マジデ。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶうぶぶブライミッ……いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!
助けてぇぇぇぇえ!!喰われるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

慌てて飛び起きた志貴は、変声期前の少年のように叫び、部屋の隅に超速で脱兎のごとく退避した。

昨晩、志貴を血まみれにしてなおかつ食べようとした『ガイアの怪物』が、自分のすぐ下にいたのだ。

部屋のドアが突然開く。

「トオノくん!!どうしましたか!!???」

黄色いエプロンをつけた、眼鏡のシエルと、

「志貴、なんなのよ今の声!!??」

いつもの白のハイネックに水玉模様のエプロンをつけたアルクェイド、

「どうした志貴!?ヴラドについに襲われたか!!??」

頭に赤のバンダナを巻き、くたびれた白のYシャツとエプロン姿のエンハウンスが全力疾走で駆けつけた。

「あわわわわわわわわわ……あれ、あれ、」

志貴はパクパク口をあけながら、のんきに欠伸をする白いたれ耳の犬に指をさす。

「ハッ。なんだ。犬っころじゃねぇか。」

エンハウンスはつまらなさそうにジーパンのポケットにデジカメ(?)をしまい、

「……もう、志貴ったらおどろかさないでよね。その犬、あなた襲わないわよ。」

アルクェイドはあきれた様子で腕を組み、ドア越しに寄りかかる。

「どういうことですか……」

「グルルルルルルルルルル……」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!!」

魔犬がちょっとでも唸るたびに、それこそ小動物のようにビビる志貴。完全に条件反射だ。

すると、シエル先輩は部屋の中へ入り、志貴の目の前で魔犬の頭を撫で始めた。

魔犬は気持ちよさそうに、尻尾を振っている。

「ほら、大丈夫ですよトオノくん。いまは原形ですし、普通の犬と何も変わりありません。」

「そ、そうなんですか……。」

とりあえず、命の危険は去ったようなので、ほっと胸を撫で下ろす志貴。

しかし、ふとある疑問が湧いてくる。

「でも、なんで俺の部屋にコイツがいるんだろう?」

「あなたに謝りたいのよ。その子。」

「えっ?」

アルトルージュが、ドアからひょっこり顔をだす。

黒いレースのセーター。クリーム色のドレスに黒のロングブーツを履いた少女。

志貴は思わず立ち上がる。

「アルトルージュ!!もう大丈夫なのか!!??」

「ええ、おかげ様で。なんとか血の高ぶりは抑えることができたわ。ありがとう、志貴くん。」

「……よかった。」

彼女の元気な姿に、志貴は心の底から安心した。

「……その子ね。私のことを想うあまり、あなたに手をかけてしまったの。
私ね、どうしようも無く哀しくなると、すぐに自分を見失っちゃう。
ここ数日間の私は、あなたたちに出会っていろいろなことを知ったし、とても楽しかったわ。
でもそれは、同時に感情の起伏の波が大きくなる危険性もはらんでいた。
私は、無感情の方が長生きできるから……。」

黒い少女は、寂しげな笑みを浮かべ、俯く。

「……。」

隣で腕を組んで話を聞くアルクェイド。

彼女の赤い眼が、哀しげな憂いを帯びている。

同じ業を抱えた姉妹。

志貴は、そんな儚げな2人をみて、胸の締め付けられる思いに駆られた。

「アルトルージュ……。アルクェイド……。」

「でもね。」

腕を後ろに組み、アルトルージュは微笑む。

「私、こんな楽しいことを知ってしまったら、ただ長く生きることになんて、耐えられなくなっちゃったの。
たとえ短くてもいい。
私、いろんなことが知りたい。いろんな人と出会いたい。
それを教えてくれたのは、志貴くん、エンハウンス、あなたたちよ。」

志貴は、恥ずかしそうに頬をポリポリかき、エンハウンスはほんのり頬を赤く染めている。

アルトルージュは歩みより、魔犬の頭を雪のような白い手で撫でる。

彼女の黒い服と、白い犬のコントラストが、美しさを際立たせる。

「ブライミッツ・マーダーは、できれば私に長生きして欲しいんだと思う。
でも大丈夫。この子はもう志貴くんを襲わない。
あなたを殺したら、もう私が耐え切れないことをこの子は理解したの。
こうみえても頭いいのよ。この子。」

もう、『ガイアの怪物』が、牙をむくことはない。

志貴には正直、そのことに対する安堵もあった。

ただそれ以上に、彼女と魔犬との絆が壊れなかったことが、彼は嬉しかった。

「……よかった。でも、もう噛まれるのはごめんだからな。」

志貴も、彼女と一緒に魔犬の頭を優しく撫でる。

シエルも、その様子を見て笑みがこぼれた。

「大丈夫です。今度トオノくんを噛んだら、お仕置きすればいいんですから。」

「あはは。そしたらまた、ちょびヒゲに串刺しにしてもらえばいいよね。」

アルクェイドの瞳にも、いつの間にか、普段の元気な光が戻っていた。

「アルクェイド……。物騒なこというなよ……。ったく……。」

「ハッ。姫君、こいつのしつけは命がけだぜ?」

2人の吸血姫の笑顔が戻る。

白と黒の花が、秋の日差しの中、城の中で咲き誇る。

「ところで……。」

志貴の中で再び疑問。

「先輩、アルクェイド、なんでエプロンしているのさ?ていうかエンハウンスまで……。」

彼の周りの人外たちは、なぜか台所仕様の格好をしている。

「その疑問には僕がお答えしよう!!それはもう美しく!!」

!!!!!

部屋のなかで咲き誇る、紅の薔薇の渦。

渦とともにあらわれたのは、長い金髪を後ろで束ねた白いエプロン姿の細身の男。

ホ○・ショタ・ロリ三恋星の死徒、ヴラドである。

両手にレイピア、口に深紅の薔薇をくわえ、彼はウットリご満悦。

「フフフ。今回の趣向はねぇ、3刀流剣士の……」

「ああいわなくていい。ていうかむしろやめろ。」

著作権問題を感じたエンハウンスが、面倒臭げにホ○のセリフを制する。

「まったくつれないねぇ。
ところで志貴くん。今から着替えて食堂にきたまえ。君の待っている答えはそこにある!!
姫様もお早くお越しくださいませ!!では!!」

渦とともに華麗に姿を消すヴラド。

「まぁそういうことだ。おまえさんと姫様が主賓だからなるべく早くこいよ。
姫君、シエル、先にいこうぜ。」

「またね、志貴!」

「そういうことですトオノくん。お待ちしていますよ。」

その場を風のように走り去る3人外。

志貴とアルトルージュは完全に追いていかれ、呆けている。

「……なんなんだ。……一体。……というか食堂なんてあったんだっけ?」

「……ええ。フィナの日本ブーム・リローテッドでまた増築したの。」

「賽ですか……。」









城の食堂。

広さは、ちょっとしたホテルの個室なみ。

畳など純和風の造りに、

ミスマッチなムンクの叫びを模した壺。

『美』と一筆書きされた奇妙な掛け軸。

シエルの学校の茶室に歪みを混ぜたような異空間である。

そこに一歩踏み入れれば、ヴラドの精神世界に入ったかのような感覚に囚われる。



そこではじまる歓迎の宴。



「かんぱ〜〜〜い!!」

長四角の卓袱台をはさんで、吸血鬼たちの宴会がはじまった。

「おお!!『Wallerstein Fuersten Weizen(フルーティーな白ビール)』じゃねえか!!」

「僕が注文したものさ。甘口の方が好みなんじゃないかとおもってねぇ。」

「……。」

「志貴、そこの醤油とって。」

「はいよ。」

「カレー粉をまぶしたソーセージですか。参考になります。」

「フィナがつくったのよ。一般的なドイツの家庭料理らしいわ。」

「グルルル。」

卓袱台左側から、魔犬、アルトルージュ、シエル、アルクェイド。

右側には、ヴラド、シュトラウト、エンハウンス、志貴の順番で、皆正座している。

ドイツと日本の混合した色とりどりの料理が並べられ、ドイツの地ビールも用意されている。

魔犬はというと、ソーセージにむしゃぶりついている。

「志貴とアルトルージュのケガが肉体的、精神的に一番大きかったからな。残りの俺たちで用意しといたのさ。まあ飲めや。」

「そうだったのか……。」

エンハウンスにビールをつがれながら、志貴は死徒の男3人と酒を酌み交わす。(シュトラウトは下戸のため麦茶)

そして、志貴とエンハウンスに向かって、白と黒の騎士がグラスを掲げた。

「ブライミッツ・マーダー殿も君たちのことを認めた。
本当の意味で歓迎するよ。『真祖の騎士』遠野志貴くん!!『復讐騎』エンハウンスくん!!」

「……姫様を救ってくれて感謝する。志貴殿。……片刃もな。」

「はい。ありがとうございます。」

「ハッ。恐れ多いこった。」

ヴラドとシュトラウトは真の仲間として彼らを認めたのだ。志貴たちもグラスをかわし、それに応えた

向かいの席で、衣が薄く掛かる程度に揚げた天ぷらをほおばるアルクェイドとシエル。その美味しさにおもわず顔がほころぶ。

「ヴラドってこんなに料理上手なんだね。びっくりしちゃった。」

「この腕は認めざるをえませんね。それと、後で『カレー・ブルスト』のレシピ教えてくださいね。」

「姫君にお褒めいただき光栄ですねぇ。日本食は栄養バランスに優れていますから。
レシピなら本にしてまとめていますから、あとでコピーして差し上げますよ。代行者。」

「フィナ。シエルさんとお呼びしなさい。志貴くんを助けてくれた恩人なんですからね。
ブライミッツ・マーダー?美味しい?」

「ガルル。」

魔犬の頭を撫でるアルトルージュ。

この席の和気藹々ぶりをみて、一体誰が彼らを吸血鬼だと信じるだろうか。

はたからみると合コンである。

「こらぁシュトラウト。てめえ、このめでたい席でウーロン茶飲んでいるんじゃねぇぞ。ノリわりぃなぁ。」

シュトラウトの肩に手をまわし、早速からんでくるエンハウンス。酒癖は悪い。

「私は下戸だ。酒は受け付けん。」

飲んだくれを相手にせず、仏頂面で鯖鮨を口に運ぶシュトラウト。

すると、エンハウンスはまるでガキ大将のような小ずるい笑みを浮かべ、ヴラドに目配せをする。

(やるぜヴラド……)

(りょ・う・か・い)

突然、エンハウンスがシュトラウトを後ろから羽交い絞めにする。

「ぶ!!か、片刃ぁ!!き、貴様何をする気だ!!離せ!! フィナ!?おまえも何をする……うんううぶぶぶ」

「てめぇのいい所がみ〜てみたいんだよ!!」

「ごめんよリィゾ。僕はね、本音の君がどうしても知りたいのさ!!さぁ、遠慮せず飲みたまえ!!」

エンハウンスがはやしたてながら暴れるシュトラウトを抑え、ヴラドが絶妙のタイミングで彼の口にビールを流し込む。

「おい!やめろよエンハウンス!!」

「ハッ。止めるな志貴。コイツの理性ぶっ飛んだとこ拝ませてやるぜ!!こら、暴れるんじゃねぇ!!」

「〜〜〜ぷは!!き、貴様ぁ!!絶対にゆるさ……うんうううぶぶぶぶぶ……」

「さあ、真実の君を今ここでさらけ出したまえ!!」

二十七祖2人が相手では、さすがの黒騎士も分が悪い。どんどんアルコールが体内に浸透する。

「あはははははは!やれやれー!!ちょびヒゲー!!」

「やめなさいフィナ!!リィゾがかわいそうよ!!」

「何やっているんですかね……。そこの知能指数低そうな吸血鬼どもは、全く……。」

アルクェイドがはやしてたて、アルトルージュが諌めようとする中、

シエルは、フォークに刺したカレー味のソーセージにかぶりつく。


10分後。


シュトラウトは、虚ろな目をしてグラスをじぃ〜っと凝視している。

今、彼の視界には、ガラスの中を漂うビールの波紋しかみえていない。

「おい、こりゃどういうことだよ……?」

予想外の反応にエンハウンスは眉根をよせる。

「……エンハウンス。シュトラウトさん、さっきからずっとあんな感じだぞ?やりすぎたんじゃないか……?」

声のボリュームを下げて耳打ちする志貴。彼の目には今のシュトラウトと翡翠がだぶって見えている。

「いいねぇ。今の彼可愛いよ!」

恍惚な表情を浮かべ、シュトラウトに萌えるヴラド。

「シュトラウト、どうしちゃったの?」

「時が止まっているみたいですね……。」

焦点の合わない目をするシュトラウトの顔を、アルクェイドとシエルは不思議そうに覗き込む。

「リィゾ、大丈夫?」

アルトルージュがすっかりデキあがっている彼に、心配そうに声をかけた。

すると、ここで初めて彼が反応をみせる。

「……ひめさま。」

シュトラウトがいきなり顔をあげ、アルトルージュを見据えてボソッと呟く。

「……ど、どうしたの?」

死地にでも飛び込まんばかりの目をしているシュトラウトに、アルトルージュは若干口元がひきつる。

「……ひめさま。
わ、わたし、リィゾ=バール・シュトラウトは……ひ、ひめさまのことを……」

「……な、何かしら?」



「愛しています!!!!!!!!!!!!」



!!!!!!!!





「ブ〜っ!!……しゅ、シュトラウトさん!?」

「ブーっ!!……おい、まじかよ……。」

志貴とエンハウンスは飲んでいた液体を霧のように噴出。

「……。」

ヴラドは衝撃のあまり、そのまま石になる。

「……や、やるわね……。」

「……やはり、時が経つと、尊敬の念は愛情に昇華していくものなのでしょうか……。」

アルクェイドとシエルは顔を赤くしながらも興味は津々だ。

「……。」

アルトルージュは、この事態を飲み込めずに硬直していた。

しかし、時間の経過とともに事の次第がわかってくると、みるみる頬が朱にそまる。

彼女は両手の人差し指をまわして、俯き加減で恐る恐る口を開く。

「……あ、あのねリィゾ。わ、わ、私も貴方のこと、き、き、嫌いじゃないわよ。で、でも……」

「はっきりお答えください!!ひめさま!!」

身を乗り出すシュトラウトは真剣そのものだ。

「あ、あ、あ、あの〜〜〜その〜〜〜、」

返事に困るアルトルージュ。

「さあ!さあ!さあ!お返事を!!」

シュトラウトの目が血走っている。

フられた瞬間、魔剣で彼は自害しそうな勢いである。

その刹那、ヤサグレとホ○の手刀が、シュトラウトの首を捉えた。

彼は意識を断たれ、その場に倒れこむ。

「ハッ。あぶねぇあぶねぇ。ったく、これだから真面目な野郎は、タガがはずれるとやばいんだよな。」

「もう少しで姫様を襲いかねなかったねぇ。」

自分たちのアルコール・ハラスメントは、すっかり忘れているようだ。

「誰のせいなんだよ……。でも、まさかシュトラウトさんが……」

志貴の視線の先には、

予想外の愛の告白に、顔から火が出そうなほど紅潮しているアルトルージュがいた。

シエルとアルクェイドはその様子が面白くてたまらず、

「ムフフ。ねぇねぇアルトルージュ、彼の気持ちにどう応えてあげるの?」

アルクェイドは指で小突き、

「……どうっていわれても、わ、私……リィゾと、」

「姫に恋する騎士の物語ですか。きゃ〜!!恥ずかしいです!!」

シエルは、恥らうように両手で顔を隠している。

「あんまりちゃかすなよ。アルトルージュ困っているじゃないか……。」

志貴の苦言は、シエルとアルクェイドの耳には全く届いていない。

結局、そのまま昏睡したシュトラウトを、エンハウンスとヴラドが抱きかかえて運び、

死徒3人の退場とともに、歓迎会は閉幕を迎えたのだった。






「……う。」

志貴は、再びベッドで目を覚ました。

「……うぷ!!」

彼の胃から酸っぱい物がこみあげてくる。

強烈な吐き気。

彼は窓をあけ、内腑の中を暴れまわっていたアルコールを大量に吐き出した。

「う〜。やっぱり、飲むペース考えとけばよかった……。」

キリで穴を空けられるような激しい頭痛。

窓の外は、もうすっかり闇が支配している。

「……。散歩、するかな。」

そのままではとても眠りには就けそうに無いと判断。

彼はコートを羽織、黒い森の中を歩いてみることにした。



酸性雨によって、枯れ木が散乱した森。

そのなかで城の裏庭は、緑が残されているこの辺り唯一の空間であった。

志貴は、落ちてくる紅葉をみながら、清楚な雰囲気に感嘆のため息をもらす。

「やっぱり、きれいなところだな……ん?」

漆黒の木々が立ち並ぶその奥で、彼は見慣れた姿を目撃する。

「……アルトルージュ?」

黒いレースのセーターを羽織る少女は、志貴から何mか離れたところで、倒れた木にちょこんと座っていた。

後ろ姿のブロンドの髪が、月の明かりを吸収している。

志貴は声をかけようとした。

だが、出来なかった。

彼女の隣に、誰かがいる。

志貴は目をこらす。

それは、くたびれたYシャツにジーパンの男。

その人影に、志貴は見覚えがあった。

「……え、エンハウンス……!!??な、なんで……!?」

彼ははおもわず声をあげそうになる。が、かろうじて口をおさえた。

磨かれた鏡のような月光が、少女と男を包み込んでいた。

彼らの間に会話はなかった。

お互い黙って、振り向きもせず。

志貴は、その聖域のような雰囲気に、沈黙せざるを得なかった。

彼は、足早にその場を後にする。



帰り道。

頭の奥で沸々と、とめどなく湧いてくる疑問。

「(どういうことなんだよ……。あいつ、アルトルージュとは初めて会ったんじゃなかったのか……?)」

――『黒の姫君』が唯一アルクェイドを救う鍵だといっていた、復讐騎。

―― シュトラウトとの一戦で、アルトルージュを殺すとうそぶいた、半人半死徒の魔人。

―― 彼女を愚弄したオーテンロッゼを志貴と共に殴り倒した、エンハウンスソード。

今までの彼の軌跡が、走馬灯のように志貴の脳内を駆け巡る。

「……一体、何がどうなっているんだよ。」

彼は、周りの景色などが目にはいらず、ただ自問自答の繰り返しをしていた。

「志貴、どうしたの??」

「!!!!!」

彼の視界に突然飛び込む純白。

「あ、アルクェイド!!??……おいおい、驚かすなよ……。」

アルクェイドが、木々の中からヒョッコリと姿を現した。

彼女は目を皿のようにして近づき、志貴の顔を凝視する。

「何ぼ〜っとしているのよ。さっき、部屋に遊びに行ったら、志貴いないんだもん。」

「いや、あんまり頭痛がひどくてさ、……ちょっと酔い覚ましにその辺あるいていたんだよ……。」

頭をポリポリ掻きながら、どこか余所余所しい態度を見せる志貴。

「本当に?……まさかあなた、アルトルージュとこっそり逢引していたんじゃないでしょうね……?」

アルクェイドは腕を組みながら、疑惑の眼差しを向ける。

「!!!!……そ、そんな訳ないだろ?
……もうすっきりしてきたし、部屋に戻るよ……。
そ、そうだアルクェイド!!ちょっと迎え酒でも飲まないか??」

アルクェイドの背中を強引に両手で押し、志貴はその場を何とか取り繕う。

「なんなの?もう……。まあ、いいわ。今夜は楽しかったから、志貴に乗せられてあげる。
ビ―ル、食堂に余っているみたいだからそれ飲もうよ。」

「ああ、そうだな……。」

彼女は半分納得した様子で、志貴の誘いに応じた。

「(……あれは見なかったことにしよう。)」

今の状況で、ありのままを話してしまうと、今の関係に亀裂が生じてしまうだろう。

容易に予測できる事態である。

志貴とアルクェイドはそのまま、裏庭の森をあとにした。


しかし、志貴は気付いていなかった。

アルトとエンハウンスの密会を、もう一人の人物が目撃していたのである。

志貴の隠れて覗いていた木のちょうど反対側。

アカマツの幹の裏に、彼女がいた。

「……どうして……?……何であの、ヤサグレが……」

シエルは震えていた。

疑惑と、

困惑と、

当惑が、彼女の心に渦をまく。


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