月影供Act.12


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1: アラヤ式 (2003/06/11 17:14:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

ガイアが人間への憎悪を体現した存在。




人間への絶対的な殺人権利をもち、




人間へのあらゆる憎悪を内包した超々越種。





人間で在るかぎり、その壁は越えられない。





人間で在るかぎり、一方的に殺される。





殺戮の幕は、突如上がる。














「……いやぁああああああ!!トオノくん!!トオノくん!!」

シエルは取り乱していた。

目の前では血を大量に垂れ流し、既に事切れているとしか思えない遠野志貴。

ここは城の屋上。

シュトラウトとヴラドは既に行動不能なダメージを負い、

アルトルージュは2人の側で、ただ泣いていた。

アルクェイドは、志貴を庇い立ちはだかる。だが、息が荒い。

「はぁ…。はぁ…。志貴を喰うつもりなのね。ブライミッツ・マーダー!!……させないわよ!!」



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」



白い魔犬の地獄の咆哮。

天地を揺るがすという言葉すら、その前では足りない。

そこにいたのは、黒い少女に懐いていた犬ではなかった。

体長、5メートル。

黒光りする牙。

城のレンガを砂糖菓子のように圧砕する爪。

その目、深い漆黒。





――― クラウ。



――― ココデクラウ。



――― ジャマモクラウ。


「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」



『霊長の殺人者』は『真祖の姫君』に襲い掛かる。





「シエル!!しっかりしろ!!ここで錯乱するんじゃねえ!!」

エンハウンスは、シエルの肩を乱暴に揺らし、怒鳴り散らす。

「……と、トオノくんが…………トオノ…!!!!!!!!!」

シエルの頬を平手打ちするエンハウンス。

「ばか野郎!!いいか、志貴はまだ生きている!!
治療ができるのはこの場でおまえしかいねえ!!
俺たちが今やるべきことは、あの畜生から志貴を救い出すことだ!!
俺がひきつけるから、おまえは志貴をあの場から一刻もはやく離脱させろ!!いくぞ!!」

シエルは正気に戻る。

「……は、はい!」

『復讐騎』は魔剣アヴェンジャーと聖葬法典。

『弓』は黒鍵を片手のみに構え、志貴のもとへ駆け寄る。

アルクェイドが叫ぶ。

「〜〜!!ちょびヒゲ!!シエル!!ここにきちゃダメ!!」


―― ジャマハクラウ。


「な!!」

速い。

魔犬はその鈍重な印象とは遥かにかけ離れたスピードでシエルに迫っていた。

魔犬の爪がシエルの首を狙う。

だが、

「シエルに手ぇ出すんじゃねえ!!この犬っころが――――――!!!!!!!!!」

エンハウンスは魔犬の頭めがけ、聖葬法典を放つ。

一瞬ひるむ魔犬。

その隙にシエルは志貴を抱え、城の屋上から飛び降りた。

志貴が離脱したのを確認すると、エンハウンスはアルクェイドに駆け寄った。

「大丈夫……なわけねえか。」

アルクェイドは脇腹を切り裂かれ、全身に裂傷をつくっていた。

「……ちょびヒゲ、……おそいわよ。」

「わりぃ。ちょっとたてこんでいてな……。しかしどういうことだ……。」

エンハウンスとアルクェイドは殺気を叩きつけ、魔犬と対峙する。

白い魔犬は唸り声をあげ、敵2人を睨む。

「……アイツ、部屋で寝ていた志貴に突然襲い掛かってきたの……。
私、すぐに助けにいったけど、志貴、もう、血まみれで……。」

アルクェイドは、目に涙をためはじめた。

「泣くな姫君。シエルが助けるさ。……あの畜生の前で俺たちが一瞬でも隙をみせれば、喰われるぞ。」

エンハウンスは魔剣と銃を両手に持ち、魔犬を睨みつける。

「……お願い。……やめて。」

今にも消え入りそうな声。

アルトルージュは、傷ついた騎士2人の側で、泣いていた。

「……ブライミッツ・マーダー。……やめて。……どうしてなの?」

胸に大穴を空けたシュトラウト。「ブライミッツ・マーダー殿!!牙をおさめてください……!!」。

両足をもぎとられたヴラド。「何故!?……何故彼らを襲うのですか!?」

黒騎士と白騎士の嘆願。

白い魔犬には、届かない。

「シュトラウトとヴラドがあそこまでやられるとはな……。このバケモノが。
〜〜!!
人類の絶対的な殺人者……。
畜生が……。
ふざけるんじゃねえ!!!!」

「……ちょびヒゲ!?」

アルクェイドは戦慄した。

初めてみる彼の憤怒。

『復讐騎』エンハウンスは抑えきれない怒りに身を焦がしていた。

深紅の魔眼。

右手の魔剣アヴェンジャーはすでに何千もの鞭となり、

左手の聖葬法典からは聖光が漏れている。

「だめよ!!第2形態の上に、聖葬法典を使ったら、あなたの体は10分すら耐えられないわ!!私がなんとか……。」

アルクェイドの警告に、エンハウンスは耳を貸さない。

「姫君。休んでいろ。でなきゃ死ぬぞ。
志貴が蘇生しても、おまえさんが死んだら意味がない。」

「……だって……。」

「シュトラウト。何とか動けるか?」

「……ああ。」

シュトラウトの腹の大穴は、大分回復していた。

彼の時の病は、復元呪詛を凌駕する再生スピードがある。シエルの不死と同様の原理らしい。

「姫様守ってやれよクソ騎士。巻き込んじまう。」

「わかった。……ブライミッツ・マーダー殿は強いぞ。死ぬなよ、エンハウンス。」

「めずらしく名前で呼ぶんじゃねえよ。タコ。」

黒騎士は、姫と白騎士を背後におく。

「……僕ともあろうものが、こんな無様な姿をさらしてしまったねぇ。頼むよ、エンハウンスくん。」

「ヴラド、今回は不可抗力だ。気にするな。」

右手に薔薇をかかげ、白騎士は礼をした。

「エンハウンス……お願い。あの子を……止めて……。」

アルトルージュは、涙が止まらない。

「……ちょびヒゲ、死んだらイヤだからね……。」

アルクェイドは半べそで、微笑む。



エンハウンスは、晴天のように笑った。

「 まかせろ。
人様襲って飼い主泣かせるような犬っころはな、俺が直々にしつけてやるぜ……!!!!」



エンハウンスは飛び出す。

「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、ガァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

魔犬もそれに合わせたかのように飛び出した。


―― ジャマハクラウ。


襲ってくる、鉄を紙のように切り裂く爪。

エンハウンスは『剛』の魔剣で受け止める。だが

「うぉ!!」

吹き飛ばされた。城壁に爆音とともに叩きつけられるエンハウンス。

「ちょびヒゲ!!」

「な、なんという力だ……。」

圧倒的なパワー。

刀身2.5mの大剣を駆る死徒を、魔犬は右前足一本でなぎ払った。

凶暴なまでの野生。

荒々しいまでの暴力。

エンハウンスは、瓦礫にまみれながら立ち上がり、思わずこう呟く。

「……熊みてぇな狼だぜ……。」



―― クラウ。



魔犬の攻勢は続く。

ようやく立ち上がったエンハウンスに向けて疾走してくる。

向かってくる魔犬の頭めがけ、聖葬法典を放つ。

だが、魔犬は俊敏な身のこなしで左右に移動し、それを紙一重で避ける。

学習しているのだ。

同じ攻撃は通用しない。

「ハッ、近頃の犬は頭がいいな。」

左手から、煙が上がる。

彼の手は浄化されてしまっているのだ。

アルクェイドは確信した。

エンハウンスの限界は、予想以上に速いと。

「ちょびヒゲ!!逃げてぇ!!」

迫る魔犬。

「逃げねえよ。」

右手の魔剣アヴェンジャーを地面に突き刺す。



「『Band・ein breites』!!」



地面から突如飛び出す、何千本もの黒鉛色の刃。

エンハウンスに飛び掛る寸前だった魔犬の体に、何千本も突き刺さる。

「ガァ、ガ、ガ、ガァアルルルルルルルル」

まるで、串刺し刑。

ガイアの怪物は苦しみの咆哮を漏らす。

有機素体の刃は、魔犬の動きを封じた。



「……やったわ!!」

「片刃……。」

「エンハウンスくん……。美しい……。」

アルクェイド、シュトラウト、ヴラドはエンハウンスの壮絶な奥義に見とれていた。

エンハウンスは、魔犬を見据える。

「ハッ。どうだ犬っころ。この技はてめえの急所、関節を余すところなく刺しきるものだ。
運動神経を切断することによって、ご自慢の馬鹿力も封じる。
いくら超々越種の復元能力でも、体中に異物が入ったままじゃ再生はムリだろ?
ここでしばらく頭冷やせ。」


―― オノレ。

―― オノレ。

―― オノレ。


エンハウンスは、魔剣と聖葬法典を手放す。

がっくりと彼はへたり込む。

「……ち、いってぇ……。もう少しで壊死と浄化が脳みそまで来るところだったぜ……。」

3人が彼に駆け寄る。ヴラドの足も回復した。

「ちょびヒゲすごいわ!!空想具現化でいくら切っても、アイツびくともしなかったのに!!」

「線で切るより、点で突いた方がいいんだぜ。志貴のとどめと同じくな。」

「片刃。貴様にしては上出来だ。それも『ネクロス』のおかげではあろうが。」

「素直に感謝しろ。タコ。」

「う〜〜〜ん、僕、君に惚れそうだよ!!!!」

「それだけはやめろ。ホ○。」


―― クラウ。

―― クラウ。

―― クラウ。


シュトラウトとヴラドが、両脇からエンハウンスを担ぐ。

「ご苦労だった。ブライミッツ・マーダー殿には気の毒だが……。」

「エンハウンスくんをベッドに運んだら、徹夜で僕らが説得しよう。」

アルクェイドはアルトルージュに駆け寄る。

だが、アルトの様子がおかしい。

彼女はまだ、震えて泣いていた。

「どうしたの?魔犬はおとなしくなったわ。」

「……ダメ。」

「……?何がダメなのよ。」

「……あの子、まだ、怒っている……。」

「大丈夫よ。あの魔剣は『ネクロス』よ。ブライミッツ・マーダーを絶対離さないわ。」


―― ジャマハクラウ。


アルトルージュが叫ぶ。

「エンハウンス!!逃げてぇ!!」

魔犬の筋肉が蠕動する。

「グルルルルル、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


!!!!!!!!!


「なっ!!」


魔犬は拘束から脱した。

そして騎士2人を吹き飛ばし、エンハウンスの体を完全に地面に押さえつけたのだ。

肉食獣が草食獣を仕留める時の必殺のポジション。

魔犬の両前足の力で、エンハウンスの肩の骨が軋む。

「くっぐああああああああ!!この犬っころ……ぐあああああああああああ!!」

「ぐ、……。片刃ぁ!!」

「う、……。エンハウンスくん!!」

アルクェイドが叫ぶ。

「ちょびヒゲぇ!!
……アンタ、……離しなさいよ!!」

空想具現化。

空気の断層が魔犬を襲う。

だが弱体化し、なおかつ連発していた彼女のそれでは、魔犬の毛すら切れなかった。

「……く。」

「よ、止せ……姫君。そ、それ以上やるとおまえさんが死ぬぞ……。
ちぃ、油断していたぜ……。ぐあああああああああああああ!!」

―― ジャマハクラウ。

「ちょびヒゲぇ!!」

「そ、そうか犬っころ……。て、てめえ、体中の刃を避けて、最低限動ける運動神経のみを構築しやがったか……。
くそ、高精度の意思による再生能力、それがてめえの本当の力……。ぐ、ぐああああああああああああ!!」

魔犬の両足がエンハウンスの鎖骨をへし折る。

―― オワリダ。

「いやぁ!!やめてよ!!」

「片刃ぁ!!……ブライミッツ・マーダー殿!!やめてください!!」

「エンハウンスくん!!」

「て、てめえら逃げろぉ!!もうコイツは制御がきかねえ……!!
今のコイツは完全に『ガイアの怪物』……ぐあああああああああああああ!!
シュトラウトぉ!!ヴラドぉ!!てめえら騎士なら姫様連れて早く逃げろぉ!!
姫君、おまえも逃げるんだぁ!!」

「いやだよ!!ちょびヒゲ置いていけないよ!!!!!」

アルクェイドの悲痛な叫び。



―― シネ。




魔犬最大の武器、巨大な牙がエンハウンスの喉元を喰らおうとした。


そのとき



「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」





アルトルージュの悲鳴。

彼女のブロンドが黒髪になる。

魔眼は金色の光を際立たせ、

纏う黒いドレスとともに、

14歳の少女は、20歳前後の女性へと変貌を遂げる。


突如、蒼い閃光と爆発。


『黒の姫君』の空想具現化が『ガイアの怪物』を吹き飛ばした。


「!!いかん!!姫様、いけません!!」

「大変だ……!!お気を静めてください!!」

シュトラウトとヴラドがアルトルージュに駆け寄る。

だが、

同様に吹き飛ばされた。


アルクェイドは驚愕する。

「空想具現化……。『空間の爆発』だわ……!!
まさか、あれが、……第2段階。……そんな。……いや。」

彼女はアルトルージュの姿に見覚えがあった。

あの姿。

吸血衝動の抑制を放棄した真祖。


『魔王』そのものだったのだ。



「なんということだ……。ぐぁぁ。」

シュトラウトは爆発で半身が無くなった。

アルクェイドはシュトラウトに詰め寄る。

「……ねぇ!!……どういうことなの!?
今のアルトルージュのあの姿、……『魔王』じゃない!!??」

「姫君!!おやめください!!リィゾはとても話せる状態ではありません!!」

「じゃあヴラド、あなたが教えてよ!!」

再び足を失ったヴラドは答える。

「……姫様が、死徒と真祖の混血であることはご存知でしょう。
姫様は急激な感情変化に遭遇すると、第2段階に移行します。
しかし、もともと制御不能の力は姫様の精神を浸食し、耐えがたい吸血衝動として現れるのです。
もし、今の状態の姫様が一度でも吸血すれば、……もう、誰も止めることはできません……。」

「……うそ。……」

アルクェイドはここにきて、とんでもない思い違いをしていたことに気がついた。

アルトルージュは死徒だ。

吸血できる彼女は、精神を楽に保てているだろう。

そう、アルクェイドは思っていた。

だが、違った。

彼女は自分と同じ、

いやそれ以上の危険な枷をはめていたことに。

彼女は、感情の起伏のみで己を失ってしまう。

薄氷の上を、ずっと、ずっと、歩いていたのだ。


「アルトルージュ……。私、私……。」


第2段階のアルトルージュの力は、アルクェイドを遥かに凌駕している。

シュトラウトもヴラドも満身創痍。

あのブライミッツ・マーダーですら、先の爆発で原形に戻り、倒れていた。

アルトルージュは来る。理性を失い、精神状態は既に『魔王』と同等。

もはや、誰も彼女を止められない。





「やめろよ。アルトルージュ。」

「止すんだ。アルトルージュ。正気に戻れ。」


!!!!!!!!




絶望の中、アルクェイドは目撃する。

「……志貴!!……エンハウンス!!」

城の屋上に現れたのは、

シエルに抱えられた遠野志貴と、

骨を折られたまま、強引に立ち上がったエンハウンスであった。

アルトルージュは、感情の無い目で2人の男を見る。

「志貴!!エンハウンス!!シエル逃げてぇ!!
今のアルトルージュは誰も見境なく殺すわ!!逃げてぇ!!」

「片刃ぁ!!貴様……私との決着をつけずに死ぬ気か!!止せ!!」

「志貴くん!!逃げるんだ!!君が血を吸われたら姫様は終わりだ!!」

だが、2人の男は制止を聞かなかった。

志貴はシエルから離れ、

『黒の姫君』に近づく。

「アルトルージュ。
世の中には、楽しいことがいっぱいあるんだ。俺はアルクェイドにそれを教えた。
だから、君にもそれを伝えたい。
どうしてアルクェイドや君ばっかりが苦しい思いばかりしなくちゃいけないんだよ。
俺、そんなの許せない。
だからお願いだ。自分を、取り戻してくれよ。」

「志貴……。」

アルクェイドは志貴を見つめていた。

「俺も同意見だな。
死徒だって、人間社会で案外やっていけるもんだ。
そりゃ体の構造は違うけどよ、ちょっと我慢すれば娯楽なんて山のように転がっているんだぜ?
それをみんなここで捨てちまうなんて、勿体なさ過ぎるだろ。
スカイフック、教えてやるから戻ってこい。アルトルージュ。」

「エンハウンス……。」

シエルは、エンハウンスを見守った。

『真祖の騎士』と『復讐騎』は、『黒の姫君』を見つめて優しく、そう言った。





「……志貴くん。……エンハウンス。」





アルトルージュの目に、光が戻った。

黒髪は、ブロンドに戻った。

少女に、戻ったのだ。



「……私、私、」

少女は目に涙を浮かべる。



「お帰り。アルトルージュ。」

「飯食いにいこうぜ。お姫様。」

「……ありがとう……。2人とも……。……ありがとう……。」




黒い少女は泣いた。

人目も憚らずに泣いた。

彼女の涙は、蒼い月に照らされ、輝いていた。


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