月影。Act.7


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1: アラヤ式 (2003/05/30 10:38:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「おっはよー。志貴ぃ!!」

バフン。

「!?」

いつも翡翠に起こされるはずの遠野志貴は、

目の前のヤワラカイモンに呼吸を阻まれ、目が覚めた。

「ハフフ!?フヘ!ハフフハハホヒヘフヘ!!
※訳(アルク!?ぐえ!頼むからどいてくれ!!)」

気が付けば彼は、セーター越しの豊満な胸に顔をうずめていたりする。

ギブッギブッ!!といわんばかりに、彼は彼女の背中を叩く。

そうして彼は、ようやく無呼吸闘技場から開放された。

「はぁはぁ。……。
こっ殺す気か!!」

「なによ、志貴ったら。ホントはうれしいくせに〜。」

ニパっと笑うアルクェイド。

だが、遠野志貴の悪夢は、

コレで終わるはずがなかった。

トントン。

「志貴様。失礼します。」

!!

これ以上ないタイミングで、翡翠がモーニングコールにやってきた。

「おはようございます。志貴さ……」

彼女の時が止まる。

彼女の視界には、

どう見てもアルクを布団にひっぱり込んでいるようにしか見えない、遠野志貴の姿があった。

「〜〜ひっ翡翠!?こっこれには、ちょっと訳が……」

「――――。
……失礼いたしました。」

翡翠は侮蔑の視線を送りながら、退室していった……。

「アルクェイド!!おまえなあ……。」

彼はため息をつく。しばらく翡翠とは、口をきいてもらえそうにないことを確信して。

「何いっているのよ志貴。今日はアイツのところに行くんでしょ?
はやく準備しなさいよ。
ねぼすけの志貴、わざわざ起こしに……」

バキバキ!!

!?

突然、轟音と共に壁が消滅。

「……こぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉぉ人外ぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!!!」

遠野の紅い鬼神がそこにいた……。

「!?秋葉!?なんで!?」

志貴は驚きを隠せない。

秋葉の横から、

笑顔をたたえた悪魔が、ひょっこり顔を出す。

「あはー。志貴さん。おはようございます。」

「こッ琥珀さん!?……まさか……」

「志貴さん。いくらアルクェイドさんと恋人同士とはいってもですねえ、
翡翠ちゃんにわざわざ見せつけることないじゃないですか。
罪な人ですねぇ。」

鬼神召還した、割烹着の悪魔は笑う。

そして、鬼神は動く……。

「……毎度毎度人の屋敷に勝手にあがりこんで、
兄さんを襲うなんて!!
今日こそ決着をつけてあげます!!
覚悟なさい!!人外!!」

「むーっ、私と志貴のことは妹には関係ないでしょうが。」

しれっというアルクェイド。

秋葉、リミットブレイク寸前。

「……ちょっとまずいみたいね。志貴、いくよ。」

「えっ!!」

トンッ。

アルクェイドは、志貴をお姫様抱っこで抱えると、窓から飛び出す。

「!!待てアルクェイド!!おれ、まだ寝巻きのままだぞ!!」

「そんなのあとでいいじゃない。それとも妹に体中の熱奪われたいわけ?」

「っ待ちなさいこの泥棒猫!!兄さんを返しなさい!!」

「あはっ。志貴さん。帰ってきたら覚悟してくださいねー。」

志貴は、ものすごい恐怖の悪寒にさいなまれながらも、なんとか略奪呪界を離脱した。




今日は約束の日。

アイツとの約束の日。









「……。」

「……。」

志貴とアルクェイドは、閉口していた。

彼らが今いるところは、この町の某木造アパート。

部屋の広さは4畳半。

トイレ・風呂共同。

ベタなほどのボロさである。

なおかつ、

カップラーメンの食べ残し。

AVのパッケージ。

コンビニ弁当の空。

吸殻で一杯の空き缶。

壁には、モー○ング娘。のポスター。

部屋の隅に置いてある、魔剣と聖葬法典を除けば、

どこぞのフリーターと変わらない生活感がある。

アルクェイドは思わずこう呟く。

「……ちょびヒゲ。ここ、汚いよ……。」

「そういうなよ姫君。まあ気楽にやってくれや。」

部屋の主、『復讐騎』エンハウンスは、Tシャツにトランクス姿。

ラフどころの格好ではない。

「エンハウンス。……あんた、本当に吸血鬼狩りの死徒なのか?」

志貴も心配になる。

マジでこの男と共同戦線はって、大丈夫なんだろうかと。

そんな欺瞞に満ちている二人を余所に、

「ゴミは分別しないとダメですよ!
出す曜日は守ってください!
あと、台所の水をはったままにしちゃダメです!
水が腐っちゃっているじゃないですか!!」

二人より先にきていたシエル先輩は、清掃作業におわれていた。

馴れた手つきの先輩は、ゴミをビニール袋にまとめている。

「ったく、シエルよぉ。なんだってお前はそんなに清潔好きかねぇ。」

「あなたが不潔すぎるんですよ!!
人の住めるレベルくらい、維持してください!!」

「俺は吸血鬼だっつうの。」

志貴とアルクは、そんな二人の漫才コンビぶりに、思わず笑みがこぼれる。

「あはは。ちょびヒゲとシエルって、ホント仲いいんだね。」

「ちがいますよ!!だらしないから放っておけないだけです!
……まったく。これじゃ、埋葬機関の面子もあったもんじゃないですね。
同じ死徒でも、カリーの方がまだマシですよ。」

「キルシュタインの話はやめろっ!!」

急に怒るエンハウンス。

……カリー・ド・マルシェと、過去になにかあったのだろうか。

彼は落ち着くと、志貴とアルクのすわっているテーブルにつく。

「……。まあ、ともかくあれだ。
そもそも埋葬機関なんてのはな、安い賃金に過酷な労働。
いわゆる3K(危険・汚い・きつい)だ。
シエルだって、ナルバレックにいびられつつ
日々頑張っているんだぜ。
なあ?」

「……。まあその点については賛成ですね。
なにより上司が、教会史上最低の鬼畜外道性悪女ですからね。
しょうがないです。
好きでこの仕事やっているのは、メレムくらいなものでしょう。」

いいたい放題言いながら、一仕事終えた先輩は、お茶をもってきた。

「ハッ。あの悪魔使いはな、そんな殊勝な心がけじゃねえよ。
あいつは、教会の門外不出の秘宝のそばにいたいだけさ。」

「知っていますよそれくらい。
トオノくんも一度、彼と会ったことありますよね。
実はそこのアーパーさんも、メレムとは切ってもきれない関係なんですよ。」

「えっ?そうなのかアルクェイド?」

アルクェイドも、お茶をすする。

「うん。いつも必要なとき、お城の金塊を通貨にかえて、口座に振り込んでくれるんだよ。
ロアを日本まで追ってきたときもお世話になったわ。
でも、私、彼はちょっと苦手だなぁ……。」

微妙な表情の彼女。

「あーあ。メレムの奴かわいそうになぁ。
千年越しの恋、今だ実らずだな。
ハッ。
いつの世も、恋愛っていうのは難しいもんだ。
シエルも失恋中だしな。」

「……エンハウンス。
わざとらしい同情はやめてください。
〜〜!!っていうか、どうして私がでてくるんですか!!」

「だっておまえ、志貴にフられたんだろ?」

ピシッ。

「そうよシエル。だって志貴は私のものだもん!」

ピシピシッ。

「姫君に恋の争奪戦で破れる、悲哀にみちた代行者。
ストーリーとしてはB級RPGだな。あははははははははは!! 」

ピシピシピシピシッ!!

「……はわわわわわわわわ。」

このとき遠野志貴は、

魔眼殺しの眼鏡をかけているにもかかわらず、

世界の『死』の『線』が、みえていた。

どどどどどどどどどどど。

「そこになおりなさい!!アーパー真祖とヤサグレ死徒!!
あなたたちだけは、全身全霊をかけて完膚なきまでに浄化してあげます!!」

シュパッ!

シュパッ!シュパッ!シュパッ!シュパッ!シュパッ!シュパッ!

襲い掛かる黒鍵!

しかも今度は火葬式典のオマケつき!!

「わっ!!よせシエル!!まだ今月の家賃払ってねえんだぞ!!」

エンハウンスは今さらあわてている。もう遅い。

「……あなたはやりすぎたんですよ、エンハウンス!!
乙女の傷心は、やわらかい粘土細工のようなものなんですよ!!」

「どこが粘土細工なんだよ……グホ!!」

エンハウンス、リタイア。

「ちょっとシエル!?やめなさいよ!!志貴に当たるじゃない!!」

アルクェイドは、志貴を庇いながら叫ぶ。が、先輩は聞く耳を持たない。

「じゃあ今すぐ、あなたが黒鍵受けて死んでください!!
そうすれば、トオノくんに当たることはありません!!」

そんなムチャな。

この泥沼の攻防戦は、遠野志貴が体をはって止めるまでつづくこととなる。




「……さて、本題に入ろう。」

「そうだな。
ただ、エンハウンス。
……頭の黒鍵抜けよ。」

ヌポッ。

例のごとく、彼の頭からはピューッと血が吹き出ている。

なんとか、アパートの全焼だけは免れたらしい。

ぼろぼろになった部屋の中心で、4人は会合をはじめる。

服もボロボロ。

「し得るのばか!おかげでみんなボロぞうきんみたいにゃ!」

「うるさいですね、アーパー吸血鬼。
20回刺しても生きているバケモノにいわれたくありません!」

また睨みあう二人。

「もうよせよ二人とも!!今度やったらアパートが消滅するぞ!!」

志貴は二人を諌める。

「……俺もそれは、かなり御免こうむりたい。
今の部屋の状態で、十分弁償確定だからな……。」

塞ぎ込むエンハウンス。自業自得だろうが。

志貴は尋ねる。

「大体、おまえが俺たちを呼び出したんだろ?
なんなんだ、用件は。」

落ち着いたエンハウンスは、タバコに火をつける。

重い口調で口を開いた。



「『黒の姫君』。」



ゾクッ!!



志貴は悪寒を感じた。

アルクェイドだ。

彼女は、あきらかな怒りの目線でエンハウンスを睨んでいた。

「〜〜!!エンハウンス、あなた……。」

「……怒るなよ姫君。
現状で、『根源』に一番近いのは彼女なんだからな。」

「ふざけないで……。」

怒りに震えるアルクェイド。

金色の魔眼が開く。

「私も、そう思います。」

「シエル……!?」

「……わかっていますよアルクェイド。
あなたが彼女を受け入れることが出来ないのは。
しかし、『朱い月』の候補である彼女しか、あなたを救う手がかりは持っていないと思います。」

「……。」

黙り込むアルクェイド。

「エンハウンス?先輩?
……『黒の姫君』ってなんだよ?」

志貴の質問には、エンハウンスが答えた。

「死徒27祖第9位。
アルトルージュ・ブリュンスタッドのことさ。
『死徒の姫君』とも呼ばれている。
血と契約の支配者。そして……」

エンハウンスの言葉に、シエル先輩が続いた。

「アルクェイドの、姉ともいえる存在です。」

!?

「……アルクェイドの、姉さん?」

「……ちがうよ、志貴。
あんな奴、姉さんでもなんでもない……。」

哀しみを、かみ殺したような表情のアルクェイド。

エンハウンスは、アルクェイドを気にかけながらも、話をつづけた。

「……アルトルージュに会うんだ、志貴。
彼女は死徒27祖の、二大派閥の片翼。
慕う者は多い。
すべての情報は、彼女を中心に集まってくる。
直接接触するしか、方法はない。」

「……。」

「志貴、戦場ではな、決断の遅さが命取りになる。
俺たちに、迷っている時間はない。
……まあ、姫君のこともある。
返事は、明日までにはくれ。」

「……。」




遠野志貴、アルクェイド、シエルの3人は、

別れの挨拶もうやむやに、アパートを後にした。

「アルクェイド……。」

「……。」

志貴が声をかけても、アルクェイドは返事をしない。

夕暮れの帰り道。沈黙がつづく。

「……こら!アーパー吸血鬼!!」

ギュッ!!

突然、シエル先輩が、アルクェイドのほっぺをつねった。

「っいったあい……!!何するのよシエル!!」

「『何するのよ!!』じゃないですよ。
なに普通の女の子みたいに、落ち込んでいるんですか?」

「〜〜!!シエルなんかにわかるわけないでしょ!!
私の気持ちなんか!!
……よりによって一番嫌いな人にしか、助けてもらえないかもしれないのに……。」

志貴は、ようやくわかった。

アルクェイドは、

自分の命運が、一番嫌悪する存在に委ねられているもどかしさを悔やんでいるのだ。

だが、

シエル先輩は、お構いなしに話をつづける。

「では、アルクェイド。あなたは日本に残ってください。」

「!?」

「私とエンハウンスが、トオノくんと一緒にアルトルージュに会ってきます。
あなたの吸血衝動を抑える手立てを探してきますよ。
あなたは日本で、朗報を待っていてください。
……まあ、その間、私とトオノくんが、あんなことやこんなことになっているかもしれませんけど。」

「せっ先輩!?」

あわてる志貴。

シエル先輩は揺らぎもしない。

「〜〜!!むーっ!!」

みるみる顔を真っ赤に染めるアルクェイド。

「私も一緒に行く!!」

アルクェイドは、隣町まで聞こえんばかりに叫んだ。

「シエルなんかに、絶っっ対志貴は渡さないんだから!!」

「あれ?姉さんが嫌いなんじゃないんですか、アルクェイドさん。」

先輩は、アルクェイドをからかう。

「そんなこと関係ない!!
志貴といっしょなら、何も怖くないもん!!
その気になったら、南米のオルトにだって会ってやるわよ!!」

「アルクェイド……。」

志貴は、

アルクェイドの正直な言葉が、

うれしかった。

自分のことを心配してくれているアルクェイド。

アルクェイドを、元気づけてくれたシエル。

志貴は、その優しさに、二人に感謝した。

……ちなみに彼は、オルトというのが

次元違いの攻撃力を誇り、侵食固有異界「水晶渓谷」を有する、

死徒27祖第5位 『ORT』であるということを、あまりよく理解していなかったりする……。



太陽は、もう、沈みはじめている。

二人と別れたシエルは、後ろの電柱に振り向いた。

「―――。
二人は、もう帰りましたよ。
エンハウンス。」

復讐騎はでてきた。

彼は、今までの一部始終をみていたのだ。

「……。まったく。
私にこんな損な役回りを、
よくも押し付けてくれましたね。」

いぶかしむシエル。

「いやあ、わるいな。
でもな、この役はおまえじゃないとだめだったんだ。」

エンハウンスは、申し訳なさそうに頭をかく。

「まあ、なんだかんだいっても、
俺は、死徒27祖の一人であり、
志貴を傷つけた張本人だ。
志貴も姫君も、勿論信頼していないというわけじゃないが、
心の奥底では、俺への警戒を解いていない。
俺がいたんじゃ、あいつら本音でぶつかれないだろ?
おまえなら、あの二人を導いてやれると思ったんだ。」


「……でも、エンハウンス。あなたはそれでいいんですか?」

シエルは、心配そうにエンハウンスをみた。

エンハウンスは笑う。

「おまえが気にすることじゃない。
今はな、俺と志貴の利害が一致していることで手を組んでるだけだ。
信頼なんてな、結果を出せばついてくるもんさ。」

それを聞いたシエルは、優しく微笑みかえした。

「……まったく。あなたって本当に矛盾していますね。」

「最近よく言われるぜ。
ハッ。
……さぁてと、
シエル。
飯でも食いにいくか!?
もちろん俺のオゴリでな。」

「大丈夫なんですか?
エンハウンス。
今回の部屋の損壊といい、結構、火の車でしょう?」

「気にするな。誰かさんのジャジャ馬には慣れっこさ。
ただし、
今回はカレーパン目の前にして、暴れてくれるなよ。」

「そんなことしませんよ。
……もういい時間ですね。じゃあ、行きましょうか。」

「ああ。」

二人は、そのままメシアンに向かった。






―― この世に不変なモノは存在しない。

―― 形あるモノはいつか崩れ、

―― それを糧とし、また再生する。

―― この世界そのものが、輪廻転生。

―― 死んで、生まれる。

―― 生まれて、また死ぬ。



紅い太陽は、蒼い月にかわっていく。


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